月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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13.悪意の矛先、雄英騒乱

 躍りかかってくる脳無三体を躱し、すれ違い様に六回引き金を引き銃撃をしつつ距離をとった。

 三体それぞれの関節部に二発ずつ着弾し出血を確認したものの、奴らはまるで何事もなかったかのようにこちらに顔を向けてきた。

 

(出血するということはダメージがないわけではない……となると痛覚がないとみるべきだな)

 

 出血は個体によって差がある。最も深く抉れたものは長身痩躯で手足の長い脳無。最も浅かったのは浅黒い大柄な脳無だった。同じ脳無という名前でも身体機能はそれぞれ異なっているらしい。

 痩躯の脳無がその両の手を四足獣の如く地に着け低頭した。上半身が一瞬で風船のように肥大化し、直後体内から一気に空気を弾き出すことで、大きく跳躍をした。飛び上がると同時に開かれた口腔から触手がうねり私へ向けられる。触手の先端に孔を視認した瞬間、極小の飛礫が拳銃の弾丸の如きスピードで発射された。

 

(生憎だが、悪手だ。その程度の弾速、これだけ距離があれば視てからでも避けられる)

 

 サイドステップを踏み弾道から左に半身だけずらし回避する。脳無は空中でその長い手を大きく振りかぶりさらなる追撃の構えを見せつつ迫りきていた。

 半歩右脚を引き、頭上へ向けて弧を描きつつ素早く蹴り上げる。突撃をしてきていた痩躯の脳無の後頭部に上段回し蹴りが直撃し、蹴り飛ばした先にいた翼をもった脳無を巻き込みながら二体はゴム鞠のように二度三度地面を跳ねながら転げまわる。

 いくらか転がった後、その二体は何事もなかったかのように立ち上がり、再び私へじりじりと迫り来きていた。

 だが、よく見れば痩躯の脳無の腕はあらぬ方向へ(ひしゃ)げている。地面を跳ねた際に腕の可動域を遥に超えて負荷がかかったようだ。

 

(常人なら頸椎を破壊して脊椎を損傷させるレベルの蹴りだったんだが。対オールマイトへの改人というくらいだ、そういう風に改造されたということだろう。目的から考えれば驚きはしないが、打撃系の攻撃の効果が薄い以上奴らを捕縛するための手段が限られるのは面倒だな)

 

 しかし、奴らの頑強さ以上に訝しいことがあった。

 

「そこの痩躯の脳無。先ほど飛ばしたのは私が撃った水銀弾だろう? 直接弾き返すわけではないところを見ると、吸収し放出する個性か?」

 

 私の持つ銃は特殊な構造をしており、それ故に弾丸も専用のものを使う。水銀弾と言う、私の血を混ぜることで弾丸をより硬質化させ着弾時の貫通力、威力を引き上げた代物だ。形状も通常の弾丸とは異なり特殊な形をしているため、見ればすぐにそれとわかるのである。

 それを奴は弾丸として使用し私への攻撃に変えていたのだった。

 さらに、もう一つ解せない点があった。跳躍の直前にみせた肥大化。あれだけ通常と変化した形状になるのはそれもまた個性のはず。一種だけでなく、複数の個性をもっているとでもいうのだろうか。ハイブリッドタイプではなく複数の個性をもっているというのはほとんど聞くことがない。それが生まれついてのものなのか、それとも。

 

「あ゛ア゛……アア゛ッ……あ゛っ」

(問いどころか私の言葉に反応はなし。やはり思考そのものが奪われているようだ)

 

 個性に関して問うと(ヴィラン)の反応はおおよそ四パターンに分けられる。

 問いに対して、動揺するもの。無視をして攻撃に転じてくるもの。はぐらかし、適当な回答をするもの。それがどうしたと開き直るもの。

 しかし私が視たいのは、個性の如何でも、この反応そのものでもない。個性に関して問うのは、戦闘中に訊く質問として不自然ではないことと、ある程度パターン化して分析することできるからであり、質問自体には意味はない。

 私が視ているのは、問いによっておこる精神的な揺らぎ。

 戦闘中、不意に問われると人であれば必ず気配に揺らぎが生じる。極々微細な揺らぎでしかないが、その揺らぎの過多によって相手の心理状態を推し量ることができるのである。追い詰められているのか、まだ余裕があるのか、罠をしかけているのか、なにか隠していることがあるのか。

 反応してしまう揺らぎ、反応すまいとする揺らぎ。水面に小石が投じられれば必ず波紋が生じるように、その揺らぎは隠すことが出来ない人間の原初的な反応故、色濃く精神状態を反映する。

 だが、脳無にその揺らぎは全く生じない。それはつまり、改造の過程で人が人であるための全てを棄てさせられてしまったということに他ならなかった。

 

「あ゛……あ゛……ア゛あ゛ァ!」

「お前たちは言葉さえも、ままならないのか」

 

 言葉にならない呻き声を漏らしつつ脳無たちは視線の先も胡乱なまま、間合いを詰めてくる。

 浅黒い巨躯の脳無が一歩大きく踏み込み、巨腕を更に巨大化させ尋常ならざる速度で私の脳天へ拳を叩き付けるように振り下ろしてきた。

 

(なるほど、腕力強化ないし筋力強化の個性)

 

 その攻撃に合せ、一拍だけタイミングをずらし有翼の脳無が翼を水平に拡げ地を這うように私へ向かい高速で滑空、さらに痩躯の脳無が再び大きく口腔を広げ触手の尖端から水銀弾を射出した。

 どの攻撃にも一切の隙はなく、どれかを避けようとすればどれかが命中する。脳無たちの見た目とは裏腹に寸分の狂いもない完璧な連携をもって攻撃を繰り出してきた。

 

(思考も言葉もなくとも、戦闘のために特化し作られただけはある)

 

 拳と銃弾はどちらかが当たりさえすれば即詰みの一撃必殺の脳を狙いつつ、私の回避先を限定させる。そして回避先には脚を削り確実に機動力を削ぐ攻撃を置いておく。一度では仕留めきれずともそれを繰り返せば、回避が間に合わずいずれ仕留めることが出来るという道理である。

 三位一体の様式は完璧ゆえに、常套手段でもある。常套手段であるならば、私が対策をしない理由もなく、また幾多の死線を潜る中で経験していないはずもない。

 私もかつて似た戦術で殺された覚えがあった。

 

(惜しいな、初見ならば私を一度()れただろうが。その戦術は既に看破している)

 

 私は右手にもった慈悲の刃を迫りくる巨大な拳に向かって突き立てた。血が弾け肉と骨が裂けた感触が慈悲の刃から伝わってくる。しかし巨躯の脳無は、自らの攻撃によりより深く拳に刃が入り込むことすら厭わず攻撃を続行してきた。

 手の甲を返して慈悲の刃を捩じることで、あえて肉体から慈悲の刃が容易に抜けないようにする。腰を捻りつつ突き刺さった慈悲の刃を巨躯の脳無の身体ごと思い切り引きずった。脳無は抵抗し踏みとどまろうとしていたが、成す術もなく二本の線が土に描かれる。

 

「残念だが、人としての全てを失ってまで得た力であっても、私に及ばない」

「ヴぉオ……ヴヴォ!」

 

 巨躯の脳無の身体が正面にくるのと同時に痩躯の脳無が撃った弾丸は浅黒い背に吸い込まれていき、私まで届くことはなかった。

 

「ヴォ……ぅヴ……ヴォッ!」

「盾ご苦労」

「ヴォロ……ヴぉォッ!!」

 

 瞬間、巨躯の脳無の体表から高熱の蒸気が吹きだし私を包み込んだ。左腕で瞬時に眼を防御し直撃は避け失明という最悪は逃れたものの、装束だけでは熱を完全に遮断しきれずに全身に軽い火傷を負っていた。一ヶ所一ヶ所は軽傷だが、衣擦れだけでも鋭い痛みが全身を襲ってくる。加えて僅かに露出していた皮膚はドロドロと爛れはじめていた。

 

(戦闘継続に問題はない。それよりも、こいつもやはり複数の個性持ちか)

 

 確定的だ。個性の複数持ちが偶然集まっていた、なんてことはないだろう。

 それはつまり、個性を複数もたせる『何か』の術をもっているということ。

 

(まさか、そんなことがあるはずがない)

 

 あり得ない人物を連想してしまった。奴は、オールマイトが殺したはず。さすがに笑えない妄想だ。その妄想を振り切るように(かぶり)を振る。今は目の前の(ヴィラン)を一刻も早く無力化することに専念しなければ。

 

(反撃ついでに、お前にはまだもう一仕事してもらうぞ)

 

 左手を脱力させるとエヴェリンが自然落下を始める。同時に慈悲の刃から手を離し、そのまま脳無の巨腕と腰に巻いていたベルトを掴み肩に担ぐように背負い、その巨体を浮かせた。そのまますぐ目の前まで迫っていた有翼の脳無ごと地面に叩き付ける。叩き付けた衝撃で地面が割れ砕けていった。

 エヴェリンが完全に落下し終わる前に空中で掴み取る。脳無に突き刺さった慈悲の刃を抜き出すと、ぬるりとした血が纏わりついていた。

 

「ガぽ……がァ……か…チゃ…で…」

「ヴォる……ヴヴ」

 

 まだ意識があるとは驚きだ。

 双方とも大量の吐血をしており、内臓系が損傷したことは間違いはない。さらに巨躯の脳無の腕は明らかに砕け折れ、有翼の脳無も片翼は歪曲し皮膜もボロボロになっていた。

 それでいてなお、立ち上がり私へ向かってくる。

 

(命令にただひたすら忠実な生体兵器)

 

 通常ならば昏倒していてもおかしくない傷痍。痛覚があれば間違いなく行動不能に陥っているであろうダメージを負っていたが、それでも奴らは私を攻撃しようとする。

 奴らは忠義で動いているわけでもなく、ましてや自発的に行動をしているわけでもない。

 理性も悟性も知性も品性も失い、それでいて感情を発露することもなく本能すらも抑えつけられ、ただ他者の命に従うだけの存在とは、(ヴィラン)ながら憐れみを禁じ得ない。いや、もしかしたら彼らは(ヴィラン)ですらなかったかもしれないのだ。

 

「人でいることも叶わず、本能衝動のまま堕ちることも許されない。同情はする、憐憫の情も沸いてくる。だが、それでもお前たちはやはり(ヴィラン)なんだよ」

 

 ならば、私だけでもお前たちを(ヴィラン)として、人として扱ってやろう。

 

「今日の(オーダー)では、お前たちを楽にしてやれない」

 

 この言葉も届くことはないだろう。

 私は、エヴェリンを腰に据え、慈悲の刃を双刃へと変形させた。隕鉄特有の澄んだ音が響く。

 

「それに、これ以上お前達に時間を掛けるわけにはいかない」

 

 手袋の上から慈悲の刃で左手の親指の表面を裂く。その血で『古い狩人の遺骨』を発動させ、全力で地面を蹴った。有翼の脳無の背後を取ると一呼吸の間もなく両の刃で銀閃を奔らせる。直後には脳無の両翼が身体から切り離され、血を撒き散らしながら宙を舞っていた。

 その舞った両翼がぼとりと地面に落ちてから、ようやく脳無たちは私が目の前から移動したことに気付いたようだった。

 翼を失った脳無を蹴り飛ばしながら間合いを取る。翼を失った脳無から飛び散る血飛沫を浴びると、火傷により爛れていた部分がわずかに和らいだ。

 これは、私の血の特性。私の身体は死血に触れればその遺志を得るが、生血に触れると、そこから生命力を得る。そしてその生命力を治癒の力に変え、直前の負傷を癒すことができるのだった。この力を私は『リゲイン』と呼んでいた。『リゲイン』で回復できる傷はかなり限定されているものの、継戦能力の向上に一役買っていることと死や怪我といった恐怖の類を希釈し死地へ躊躇なく飛び込ませることに拍車をかけていた。

 私の個性『Blood Borne(血の継承)』は死血であろうと生血であろうと、血を媒介にし発動する個性であり、つまり私の個性の本質は血から『なにか』を奪い取ることなのであった。遺志も生も死さえも奪い取る個性なのである。

 

「リゲインが発動するほどの戦闘も久しぶりだな」

 

 振り向いた脳無たちが一斉に威嚇し無感情な咆哮と共に、飛びかかってきたのだった。

 

「捕縛完了までに身体のどこかを欠損するくらいは覚悟しておけ。恨むならそれだけ頑強に創った製作者を恨むといい。私もお前たちを相手に、五体満足で黙らせるだけなどという器用な真似はできないのでな」

 

 届かないとわかっていながらも、私は声をかけることを止められなかった。

 しかしそれがせめて、人としての手向けになるのならばと願いつつ、私は慈悲の刃を振るったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 三体の脳無を制圧し入口へ戻ると、そこでは既に戦闘が始まっていた。

 やはり奴らと帯同した脳無がオールマイト対策だったらしく、オールマイトと脳無は目まぐるしく攻防を繰り広げていた。オールマイトのスピードとパワーについていくとは驚愕に値するが、ただそれだけならばもうオールマイトが斃してしまっていてもおかしくはない。仮に、私の相手をした脳無程度の耐久力かやや上位修正する程度ならばオールマイトにとって障壁にすらならない。しかし、未だに決着がついていないというのはそれだけではないということだろう。

 13号とイレイザーヘッドが黒霧を牽制しつつオールマイトのサポートに入っているようだった。オールマイトをはじめとして、イレイザーヘッドも13号も生徒達を庇うように戦っているため戦闘のみに注力し全力を出し尽くせているとは言い難い。

 その中で死柄木弔はやや距離をとり、黒霧と脳無の戦闘を高笑いをしながら観戦していた。生徒を襲うこともなく私の作った銃創を押さえているところを見ると怪我により戦闘が行えないのだろう。

 加えて雑兵も何名かいたが、生徒達を遠巻きに威嚇するにすぎず、時折襲い掛かって行っては返り討ちにあっていた。なにより生徒達は、爆豪勝己と轟焦凍を中心に中距離攻撃を主体にし円陣を組むように全方位からの攻撃に警戒をしていたため、隙と言う隙は全くないに等しかった。

 

(賢明な子たちだ。無理にオールマイト達の戦闘に割って入ることは邪魔にしかならないことを理解している)

 

 彼らが自衛に全力を注ぐことでプロヒーローたちは最低限の警戒で済んでおり、必要以上のダメージをもらっていなかった。

 だが、それでも(ヴィラン)達は的確に生徒達を巻き込もうと攻撃をし、それを護るために動くヒーローたちを確実に削っていた。

 

「ははは、無理だぜ無理無理。その脳無はお前を殺すために創ったサンドバック人間なんだからな。いくら殴ってもお前じゃ勝てない」

「本ッ当に、個性を封じてもらわないとダメージが通らないな!」

「封じても、イレイザーヘッドの個性の時間が切れれば骨折だろうと筋繊維が断裂しようと超再生で元通りさ。個性がなくてもパワーもスピードも百%のお前並み。数十秒程度、個性が使えなくてもその間に脳無がやられることはない。そもそもイレイザーヘッドは黒霧の相手で手一杯。つまりお前たちは詰んでいるんだよ」

「詰んでいる? 上等さ! それを覆すのがヒーローなのだからな!」

「……反吐がでる格言をありがとうよ。脳無! さっさと社会のゴミ(オールマイト)を殺せ! このグズが!」

 

 オールマイトにはまだ余裕がある。

 だが、それと同等かそれ以上に(ヴィラン)側は余裕の笑みを浮かべていた。

 

「それは、私がいない前提だろう? 死柄木弔」

「お前……脳無はどうした」

「何、向こうで寝ているさ」

 

 言葉を交わすより前に死柄木弔へ向けたエヴェリンの銃口から硝煙が立ち昇っているが、その銃弾は奴に届いていない。脳無の掌が、エヴェリンと死柄木弔との射線を遮っている。さらに銃撃をするが全ての弾丸を脳無が死柄木弔の前に立ちはだかり無傷のまま受け止めていた。

 

「オールマイトを倒せ、俺を守れ。ははは、命令を忠実に守るいい駒だ」

「エヴェリンの銃撃は、防御力が高い程度で防げるほど生易しいものではないのだがな」

「銃撃だって突き詰めれば、銃弾による過大な衝撃。それならこのショック吸収の個性をもつ脳無に通用する道理はないな」

「自ら個性をバラすとは、ミスリードでないのならお前は余程の阿呆だな」

「は? 絶望しろってことだよ。お前たちの攻撃が通じないって現実によォ!」

 

 死柄木弔が激昂する。

 私に意識が集中した隙にオールマイトが脳無へと攻撃を仕掛け、顔面にオールマイトの拳がめり込み脳無が吹き飛んでいった。

 イレイザーヘッドが、死柄木弔を睨み付け、それを見た死柄木弔は青筋を立ててさらに怒り狂う。

 

「黒霧ィッ! なにをしてる! イレイザーヘッドをさっさと始末しろッ! 粉々にされたいのかァ!」

「私に(かま)けているから、そうなる」

 

 エヴェリンの引き金を引いたが、再び脳無が瞬時に弾道に割って入ってきていた。しかし、個性が消されているせいか、今度は腹部から出血が見受けられた。

 

「いいぞ、脳無! そうだ、それでいい!」

 

 脳無は、口から血を流し顎は外れ、外れた顎はぷらぷらと歪な形に変形していたがそれを意に介していない。一所懸命。ひたすらに命令を実行するだけの人造兵器。

 しかし、感情と思考を消しそれだけに専心することで反応速度も反射速度も常軌を逸している。

 数秒後、イレイザーヘッドの個性消去の効果が消え、傷が瞬間的に癒えていった。

 

(脳無を制圧しない限り死柄木へ攻撃を通すのは困難)

 

 命令に忠実ということは、逆に言えば命令以外には無反応であることは容易に予想が付く。その証拠に転送前の私の銃撃に対しては脳無は反応をしていない。

 

(ならば、最初に対処すべきはこの二人ではなく、黒霧)

 

 黒霧を制圧してしまえば、イレイザーヘッドと13号が自由に動くことが出来る。そうすればイレイザーヘッドが脳無の個性を消し、13号が動きを拘束しさえすれば、オールマイトが脳無に負ける要素は絶無だ。

 

(脳無はオールマイトが抑えてくれている。ならば、私は黒霧制圧に専念できる)

 

 脳無の脇を走り抜け、黒霧までの距離を最短で詰めていく。しかし、この速さで詰めれば、イレイザーヘッドの個性のインターバル中に辿り着くことになり、黒霧が個性を発動させ私の攻撃を無効化してくる恐れがあった。

 

(黒霧まで距離二十、十五、十……。奴が私の接近に気づいていない今が好機。この隙は逃せないがこのままではイレイザーヘッドの個性に頼ることはできない。しかし私の予想が正しければ――)

 

 黒霧はイレイザーヘッドと13号との戦闘に集中している。背後より走りくる私に気づいた様子はない。

 背後三メートルまで詰寄ったところで、黒霧はようやく振り向いた。

 

「あなたはッ……!」

「お前も眠っていてもらおう」

 

 黒霧は、一見物理攻撃に対して無敵の個性に思える。

 しかし、奴は以前会敵した際に、私の投擲用(スローイング)ナイフが掠ったのか呻き声を上げていた。それは実体があり、実体があるということは攻撃を受け付ける部分があるという証左である。

 

(あのときのナイフの軌道から予測すれば、肩から胸にかけては実体のはず)

 

 予想外の私の襲撃と未だ戦闘中である前方のイレイザーヘッドと13号。その前後二つに意識が分散し黒霧の身体が硬直した。その一瞬を見逃すはずはない。

 

(それは、戦闘において致命的だ)

 

 本来ならば靄を展開し防げたであろう距離からの攻撃のはずだが、硬直により個性の発動が遅れていた。靄の展開より数瞬速く黒霧の後背に拳打を打ち込むことに成功する。手から伝わる感触は実体を捉えたことを確信させていた。

 

「ぐ、ぐうぅうッ!」

「殊更に手加減して撃つ必要があるのは面倒だな」

 

 黒霧は個性が如何に優秀であろうと、身体そのものは常人の範疇を出ない。脳無に繰り出した威力の拳打では、黒霧にとっては命を奪うものになりかねないのである。

 黒霧に追撃を掛けようと構えたが、黒い靄が既に展開され実体を守っていた。それならば、別の対象に移るだけだ。

 

「狩人先生ぇっ!」

「良い判断です、皆さん。よく耐えましたね」

 

 生徒に声をかけた直後に雑兵に向かってエヴェリンで銃撃し、無力化していった。

 

「戦闘中にお喋りとよそ見とは……私も舐められたものですね……っ!」

「舐めてはいない。ただもう終わっているだけだ」

「何を……? 何にしても、あなたにはこの場から退場してもらったほうがよさそうだ」

 

 黒い靄が眼前まで迫ってきていたが、それは文字通り霧散するかのように消えていった。

 

「なっ……!」

「俺を忘れてもらっちゃ困るな。インターバルも終わりだ」

 

 イレイザーヘッドの捕縛武器が黒霧に巻き付き、拘束を完了させてた。

 私は、黒霧に巻きついた捕縛布の上から蹴りつけ地面へ転がした。そして転がった黒霧の胸部を踏みつける。黒霧は肺から空気が押し出されるかのように声にならない音が漏れ出ていた。

 

「おい、狩人なにをしている」

「なにとは?」

「もう拘束は完了している。こいつはもう何もできないだろう」

「それには同意しかねます」

 

 私は踏みつけている右脚の力を徐々に強くしていく。ばきり、と黒霧の肋骨の折れる音がしその感触が足裏から伝わってきていた。黒霧の絶叫が響いた。肺に折れた肋骨のかけらが突き刺さったのだろう。黒霧の口と思わしき場所から吐血していた。

 

「やめろ!」

「やりすぎです!」

 

 イレイザーヘッドと13号が詰め寄ってくる。一々説明することも面倒だが、しなければ納得しそうにもない。

 

「……私も、やりたくてやっているわけではないですよ。しかし万に一つ、気絶から回復し個性を使われ逃亡される可能性もあり得ます。ですから、たとえ起きても個性を使えないコンディションにしておかなければなりません。いえ、逃亡ならまだマシです。増援を呼ばれたら今度こそ生徒が無事という保証はないのですから」

「言い分はわかるが――」

「生徒を守ることが何よりも優先。イレイザーヘッド、あなたが下した命令です。私はそれを実行しているだけにすぎません」

 

 それに、と付け加える。

 

「イレイザーヘッドには、あの脳無の個性を封じてもらわなければなりませんから。このままこの者だけを視つづけてもらうわけにはいきません」

 

 私が指さした先では、依然としてオールマイトと脳無の戦闘が継続していた。拳と拳が空中でぶつかり合い、衝撃波を産み荒風を巻き起こしている。

 

「ですから、私単独でもこの(ヴィラン)を封じられる状態を作っているだけです」

 

 イレイザーヘッドも13号も私の言うことは頭では理解できているのだろう。しかし、ヒーローとしてこの拷問に近い状況を看過できないのだ。

 

「はあ。へし折るなら手足で十分。呼吸器官は生き死にに直結する。俺達は殺人鬼じゃないんだ。折るなら折る箇所を考えろ」

「相澤先生!?」

 

 イレイザーヘッドは大きく息を吐き、諦めの混じった声で私に語りかける。13号は私のすることに同意したイレイザーヘッドに驚きを隠せなかったようだ。

 

「了解」

 

 右脚を胸部から離し、黒霧の右脛に振り下ろす。再びの絶叫と共に、黒霧は意識を完全に手放したようだった。

 

「これであとは、脳無とオールマイトの決着のみ」

 

 この場にいる全員の関心が、唯一の戦闘に向けられる。

 死柄木弔もこちらの戦闘が終わったことに気が付き、苛立ちを隠すことなく首を激しく掻き毟っていた。

 

「おい……おいおいおい! ふざけるなよ。ふざけるなよ黒霧ィ! 出入り口のお前が気絶してどうするんだよ! 起きろォ!」

「脳無に守らせるのなら、お前じゃなくて黒霧(こっち)だ。明らかな選択ミス。先程といい、やはり阿呆だな」

 

 今はまたイレイザーヘッドの個性発動までのインターバルに入ってしまい脳無の個性を消せていない。それでもオールマイトは戦術面で脳無を圧倒しつつあった。

 私は、死柄木弔へ歩み近づいていく。

 

「味方は全滅。脱出も封じられ、虎の子の脳無もオールマイトに対応されつつある。どうするんだ、(ヴィラン)?」

「クソッ、クソクソッ! ムカつく、ムカつくなァ!!」

「そういえば、あれ。対平和の象徴、だったか? それならオールマイトは対『対平和の象徴』だな」

「女ァ……ッ! 殺すぞ!」

 

 わかりやすく挑発を真に受けている。死柄木弔は本当に精神が子供(ガキ)だ。手玉に取りやすいことこの上ない。

 

「もういい脳無、俺を守らなくていい。そのかわり女を殺すために動け」

 

 狙い通りに防御を捨てて、私に矛先を向けた。進言役の黒霧がいれば、防御を捨てさせなかっただろうが、その黒霧はもう気絶している。

 これで脳無の邪魔もない。あとは、死柄木弔を無力化するだけだ。脳無をいなしながらでも、死柄木弔を無力化し、この馬鹿げた襲撃の幕を閉じよう。

 

「無理をするな。臆病者らしく脳無という家に引きこもっていればいいだろう?」

「絶対に後悔させてやる。いいか脳無、女を確実に殺すために……まず子供たちを()れ」

「何?」

 

 脳無は、オールマイトに背を向けて生徒達の方へ向き直った。

 

「流石にそれは行かせないぞ! DETROIT SMASH(デトロイト スマッシュ)!!」

 

 オールマイトの暴風を生み出す渾身の拳が脳無の背を穿ったがダメージはない。

 

「本当に厄介な個性だな! ショック吸収ってやつは!」

 

 脳無は全力で生徒達の方向へ駆けだした。私も舌うちをしつつ、全力で脳無を追う。

 数度オールマイトが脳無の進行方向の前に立ち攻撃を試みるが、つい先ほどまで執拗にオールマイトを追っていたのが嘘であるかのように完全に無視をし、回避に専念することでオールマイトを掻い潜り生徒達の元へ一心不乱に向かっていっている。これでは生徒の元へ着く時間を遅らせるだけであり、着実に距離は縮まっていった。

 

「くそ、あいつ標的を変えやがった! 生徒を守る。迎え撃つぞ! 13号!」

「ですが、僕たちではあのパワーをいなすことはできませんよ!?」

「『ブラックホール』で完全に塵にし殺すことまで候補にいれろ!」

「殺す……しかたありませんね」

 

 死柄木弔は狼狽するヒーローたちを視ると声高に笑い出す。

 

「これだよ! これこれ! これを視たかったんだ! はじめからこうしていればよかったよ! 女も教師だもんなァ! 生徒は見捨てられないよなァ!」

 

 尾篭な笑いを響かせて歓喜に震えた声を漏らす。

 

「ああ、それと13号。さっきから見てるけど塵にするスピードがその程度じゃ脳無が塵になる前にお前の脳漿がぶちまけられて終わりだ!」

「……ッ! わざわざ親切にどうも!」

 

 大丈夫だ、間に合う。

 『古い狩人の遺骨』を使えば、ここから奴が生徒達に辿り着くよりも早く紙一重で私の方が前に出て受け流すことが出来る。

 計算をしつつ遺骨を握りこみ、地面をさらに強く蹴る。爆発的な加速と共に一気に距離を縮めていく。

 しかし予想外に、脳無がさらに一段階加速をしたのだった。

 

(なぜだ。オールマイトとの戦闘でもあの速度が最高速だったはず)

「くっ、たとえ僕が死んでも他の三人が何とかしてくれる。ならば僕はできる限りお前を削るだけだ!」

 

 13号のブラックホールが発動し、射線上のものを強く引き付ける。

 脳無はそれに逆らうことなく身を任せることで、さらに加速をしていたのだった。

 拙い。これでは、間に合っても受けることができない。

 

「ククク、いいぞ脳無。さあ殺せ」

 

 片腕を欠損させながらも、脳無はイレイザーヘッドと13号の間を走り抜ける。

 脳無が左腕を振りかぶると、子供たちの表情が絶望に染まっていった。

 

(これは私の失策。挑発によって起こった出来事。私が奴の性格を読みきれなかった責任。ならば、私が尻拭いをするのは当然のこと)

 

 拳が振り下ろされる瞬間に、生徒の間にどうにか割って入った。無理をしたせいで脚の筋繊維が断裂し、これ以上動くこともままならないが、構わないだろう。

 

「大丈夫ですよ」

 

 聞こえたかはわからない。先頭にいた爆豪勝己を突飛ばし、脳無の攻撃範囲から外れさせた。

 繰り出された左フックが私の顔面を捉える。右眼球の破裂と頭蓋が陥没していく感覚と共に、オールマイトが脳無を殴り飛ばす光景を残った左眼に焼き付けつつ、私の意識は黒に塗り潰されたのだった。

 




【レイテルパラッシュ】
異邦の騎士たちが用いた武器。
大型の騎士剣と、彼ら独特の銃を組み合わせたもの。

古くから血を嗜んだ貴族たちは、故にかつての厄災の隣人であり
その処理は、彼らの従僕たちの密かな役目であった。

従僕を騎士と呼び習わせば、せめて名誉があるものだろうか。

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