月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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今回はつなぎ回です。


15.騒乱終結、その後

「皆! 大丈夫!?」

 

 私達の間に横たわる沈黙を破ったのは、唐突なミッドナイトの声だった。声の方を向けば、そこには雄英の錚々たる教師陣が十人以上立ち並んでいた。

 先の侵入事件で設けられた教師の増員以外のもう一つの対策が、本校舎から離れた施設を使う場合、必ず十五分ごとの定時連絡をいれることだった。

 しかし、今回はジャミングを可能とする電磁波系の個性の使い手がいたのか外部との通信はできなかったようで、異常事態と判断した彼らがやってきたというわけである。

 彼らもプロヒーロー。一度非常事態宣言が発令されれば、五分と経たず現着しただろう。

 つまり、終わってみれば(ヴィラン)との戦闘は、二十分にも満たない攻防であったのだが、体感はその何倍にも感じていたのだった。

 

「定時連絡もないし、連絡も着かないから来て正解だったみたいだね。もうあらかた片付いちゃってるみたいだけど」

 

 ブラドキングの肩に乗っている根津校長が、よっという掛け声とともに地に降り私たちの方へ歩いてきた。それを合図のように他の教師たちは、地面に転がっている(ヴィラン)の回収を始めたのだった。

 

「さて、顛末を聞きたいのは山々だけど、まずは皆の安否確認が最優先だね。13号、イレイザーヘッド、状況報告をお願いするよ」

「え、ええ。そうですね」

 

 イレイザーヘッドは被害状況をまず報告した。生徒への被害はゼロ。教師陣もオールマイトが脳無との戦闘で若干の打撲傷を負ったが大きな影響はなく、またイレイザーヘッドが死柄木弔に攻撃を仕掛けた際、奴の個性によるであろう攻撃で迎撃され肘の表面皮膚が崩れるといった不可解なダメージを受けたものの、それ以外の被害は全くないとのことだった。人的被害は最小限であり、物的被害も私が吹き飛ばされ破損した天蓋の一部とオールマイトと脳無が拳打によって巻き起こした風圧による施設内家屋の破損程度に収まっていることを鑑みれば、この大人数の奇襲に対しての被害としては、極小と言っても差し支えないだろう。

 被害報告の際にイレイザーヘッドからも13号からも、意味深な視線を私へ投げかけられたが、()()()()()()()全く怪我などないのだから、素知らぬ顔で聴き手に徹していた。しばらく後に私が話す気がないと悟ると、二人とも諦めたように嘆息したのだった。

 次に(ヴィラン)侵入からの次第を二人は報告しだした。時折13号が、イレイザーヘッドの報告をより精確にするために、補足するように情報を付け加えていった。

 その間、根津校長は神妙な面持ちで、二人の話を遮ることなく黙したまま聞いていたのだった。

 

「――以上です」

 

 イレイザーヘッドと13号の報告が終わると、根津校長は深く頷いた。

 

「ありがとう。生徒に被害がなくてなによりさ。皆が身を挺して守ってくれたおかげだね」

 

 二人の報告が終わる頃には、散らばって倒れ伏していた無力化された(ヴィラン)たちも一ヶ所に集められ再び、教師陣が根津校長の周囲に戻ってきていたのだった。根津校長はそれを確認すると、ブラドキングへ警察に連絡するように指示を出す。

 ブラドキングは備え付けてある壁掛け電話を取り耳に当てたが、一言もしゃべらず元に戻してしまった。懐から自身の携帯端末を取り出し、同じように耳に当て、すぐに切ってしまったのだった。

 

「通じませんね。根津校長、ちょっとUSJ(ここ)から離れて掛けてきます。誰か二人ついて来てくれ」

「私が行くわ」

「じゃ、俺も行きますよ」

 

 ブラドキングが携帯端末を手にしつつ出口へ向い、ミッドナイトとセメントスが後を追っていったのだった。

 危機中の単独行動は何よりも愚行であることをプロヒーローたちはよく心得ている。電話一つであっても、無防備になる瞬間を極力潰していくのは鉄則であり、致命的なミスはいつも油断から生まれるものなのだ。

 つまり、彼らはまだ今が油断の許されない危機の真只中にいるという認識を持っているのである。

 

「ということは、ここに捕まっている誰かが常時発動型のジャミング個性持ちか、もしくは」

「まだ残党がいる、ということですね」

 

 オールマイトが緊迫感を漂わせながら校長の趣意を継ぐ。校長は軽く頷くと、捕縛された(ヴィラン)達を一瞥した。

 

「そういうこと。できれば前者であってほしいけど、まあ後者だろうね。不可視の電磁波系の個性でここにもう捕まっているってことも、勿論考えられるけどさ。電磁波系の個性はかなりレアだし、侵入してきた司令官の(ヴィラン)がよほどの間抜けじゃなければ、こんな前線に後方支援系の個性を配置しないだろうしね。それにジャミング系は大体発電系の個性持ちの専売特許的な部分があるから、ここに発電系個性がいないとなると残党の存在を考慮する方が自然さ」

「なら、やることは一つですね」

「ああ、そうだね。ここからは、掃討作戦へと変更だよ」

 

 根津校長のその一言で、一気に空気がひりつく。ここにいるプロヒーロー全員が、役目を理解し臨戦態勢になった証拠であった。

 

「とりあえず、ここに二人見張りとして待機してもらうとして、もう二人は生徒達を本校舎まで送ってやってほしい。きっととても疲れているだろうしね。そして残りの者でこのUSJ内を捜索さ。警察が到着するのまでに残党を一人残らず完璧に捕縛する。雄英の威信を賭けてね」

 

 それでいいかな、と校長が周囲を見回した。ほぼ全員が無言のまま頷く。

 それと同時にブラドキングたちが戻って来たのだった。ブラドキングたちに根津校長が、先程した説明をすると三人も納得したようだった。

 

「いいですか?」

「どうしたんだい、狩人」

 

 しかし、私は全く納得していなかった。

 残党がいるという予想はおそらく正しい。黒霧が前線で戦っていたのは、私達を分断し戦力を分散させる目的があったのだろう。当然だが、ただ引き離しただけではすぐに戻ってきてしまうことになるため、転送先に足止めないし討ち取るための戦力を置いておくといったことは容易に予測できる。だが、不意の戦闘ではあったものの襲撃を想定し、ある程度の心構えがあった私達にとって動揺は必要以上に大きいものにならず、予想だにしない完全な奇襲ならば生じたであろう致命的な隙は絶無であり、実際にイレイザーヘッドと13号が黒霧を完封するに至っていた。その思惑が外れ、送られてくることはなくなった今この瞬間も、自分の持ち場で待ち呆けている(ヴィラン)がいる可能性は高い。

 

「確かに、私達が総出で取りかかれば全く苦にせず残党狩りは終わると思います」

 

 私やオールマイトに宛がわれた脳無クラスがいれば別であろうが、そのレベルの戦力を生徒を排除するためだけに用いて、オールマイトやプロヒーローにぶつけないというのは死柄木弔の性格上あり得ないし、黒霧も戦略上それを許さないはずだ。

 おそらく、黒霧が転送先に配置した(ヴィラン)は、ここに転がっているレベル。人数合わせにもならないが人海戦術で消耗を狙い、その内で討ち取れれば僥倖程度に思っているような小物の集まりが精々だろう。

 

「だからそうしようと」

「いいのですか? ここまで虚仮にされたのですよ」

「……なにがいいたいのかな?」

 

 意趣返しもせずただ捕縛するなどあり得ない。死柄木弔たちにとっては、ただの捨て駒。益を生み出さずとも、損にもならないと、そう思っているに違いない。だから奴らの思惑を、逆に利用してやるのだ。

 

「残党が、ここにいる連中と同程度の者たちだと仮定した場合、プロヒーローの皆さんにはもちろん歯牙にも掛からない連中です。これは私が戦闘してみて得た実測からの予測です。そして、その予測からみれば一年A組の生徒達でも十分対処可能なレベルであるとも断言できます」

「それはつまり、生徒達に残っている(ヴィラン)を処理させようってことかい?」

「ええ。相手の実力の程度が分かった上で行える実戦なんて滅多にあるものではないですから」

 

 それを聞いて、教師陣がざわめく。非難めいた視線が幾つか、私へ向けられた。

 

「おいおい、さすがにそれはどうなんだ」

「なにがどうなんですか?」

 

 ブラドキングが、まず抗議の声を上げた。

 

「たった今だ! たった今、生徒は危険な目にあって恐怖を覚えたばかりだ! それをまた(ヴィラン)のいる戦場に駆り出させる? 正気か!?」

「正気でなければ、こんなことは言いません。冷静に、戦力を分析した結果です」

「そういうことを言ってるんじゃない!」

「それに」

 

 ブラドキングの怒声を遮りつつ、私は教師陣を見回した。

 

「これだけのヒーローが一クラスに付き合える稀有な機会なのですよ。三人一組(スリーマンセル)に一人くらいは教師がついていけるでしょう。その上で実戦経験を積ませることが出来る好機。これを授業として仕立て上げ、ヒーロー育成としての糧にするのです。この件を襲撃だけで終わらせる? それこそ正気の沙汰ではない。奴らの行動の全てが逆効果であることを教えてやるべきなのです。(ヴィラン)の全てを贄とし経験へと変える。それが雄英に襲撃を仕掛け、授業を邪魔した弩級の阿呆に対する手始めの罰なのですよ」

 

 ブラドキングの喉元が上下に動き、生唾を飲み込んだ音がやけに大きく響く。

 何を言うべきか迷っているのか、それとも自身の主張を貫くべきなのか逡巡しているのか、何にせよすぐに返す言葉はないらしくブラドキングの視線が微妙に泳いでいた。

 

「あのー」

 

 オールマイトがなぜか肩を丸めて可愛らしく、そしておずおずと手を挙げた。

 

「どうしました? オールマイト」

「君、もしかしてめちゃくちゃ怒ってる?」

「怒っていません」

「や、その眼の君。ブチギレてるときの眼をしてるよね?」

「ブチギレていません」

「覚えてる? (ヴィラン)のアジトそのものを文字通り殲滅しようして、むしろ私が(ヴィラン)の救助をしたよね? そのときと同じ眼をしてるよ?」

「……そんなことありましたっけ?」

「君らしくないすっとぼけ!?」

 

 狩人になる前、一度だけオールマイトと一緒に仕事についていったことがあった。

 そのときは、オールマイトのことを小ばかにされ、そして私を庇ってオールマイトが怪我をしてしまったことで、自身への不甲斐なさと敵への激情が合わさり、我を忘れた。そして怒りのままに行動に移したのだが、そのときに行ったことが銃の代わりに手持ち用に改造した砲身が二メートルほどある粗野な大砲を左手に持ち(ヴィラン)のアジトへ砲撃を仕掛けるといったものだった。

 弾も大量に用意し、室内だろうと構わず乱発したため五階建ての建物があっさりとガラガラと音を立てて崩れていった様子は今もはっきりと覚えていたが、同時に私にとって忸怩たる過去なので思い出したくもないものでもある。

 

「後にも先にも、(ヴィラン)から『助けて! オールマイト!』なんて言われることはあれ一度きりだと思う」

「話がそれているので、戻しましょう。オールマイト」

 

 私の過去話など、どうでもいいのである。久しく覚えのない、顔が上気するという感覚を味わいながら照れ隠しにオールマイトから顔を逸らした。

 しかし、頭に血が上っていたことは事実であったようで、オールマイトと話をしたおかげで、ささくれ立っていた精神はすっかり落ち着いているのであった。

 

「確かに、少々冷静でなかったことは認めます。しかし、それ以上にいい経験になると思っていることも事実です。私刑(リンチ)をしようと言うのではありません。私は、学生だからと言って温室にいれておいて現実(てき)を知らないままでいるのは反対ですし、現実(てき)を知るのなら早い方がいいと考えています。その上で、今回の(ヴィラン)の脅威レベルは大したものではありません。それこそ教材に変えることが出来る程度の者ばかりです。それになによりも、ここにいる皆さんならば生徒達に致命的な危険を負わせることなく、手ほどきできると思っているからこその提案です」

 

 その奥に待機している生徒達にもはっきりと聞こえるように声量を上げ、改めて申し出る。

 

「俺は構わねェ。それに力試しもしてみてェ。こんなに早く実戦ができるなら願ったりだ」

 

 教師陣の唸りをかき消すように爆豪勝己が歩み寄りながら教師の集団に向かって言い放つ。

 

「しかし、爆豪少年」

「甘やかしてもらうために雄英に入ったんじゃねェ。ヒーローになる為にここへきたんだ。オールマイトも最初の授業で言ってただろ。ヒーロースーツを着たら、その日からヒーローなんだと自覚を持てって。少なくとも俺は、目の前にいる(ヴィラン)からは逃げ帰るようなヒーローになるつもりはねェからな」

 

 爆豪勝己は、言葉尻すら一切揺れることなく断言した。

 その言葉で火が点いたかのように、一年A組全体にその熱は伝播していく。

 

「ぼ、僕もそうです。笑って全てを助ける人に憧れてここまで来ました。僕の憧れている人は、決して逃げたりはしない」

「緑谷少年もか……」

「オールマイト……僕は、少しでも。少しでも早くあなたに近づきたい。そのために、得られるものは全て吸収していきたいんです」

 

 緑谷出久がオールマイトに詰寄っている間、他の生徒も教師陣を囲むように迫ってきていた。

 

「まー、お前らがやるなら置いてけぼりくらうわけにはいかないしな」

「心堅石穿。苦難を乗り越えてこそ雄英生徒ですわ」

「ウチも、どこまで通用するか試してみたいこともあるし、やってみたいかな」

「オイラ、ミッドナイトに手取り足取り教えてもらえるならやる」

「峰田ブレねぇな……」

 

 生徒の熱意に圧されたのか、教師陣が顔を見合わせていた。

 

「……そうだね。授業を邪魔されたんだ。リンチせずに授業の資料として償わせるのは面白いアイディアだね。やってみようか」

 

 根津校長が右手を上げながら、宣言する。

 

「いいんですか!? 万が一があってからでは遅いのですよ!?」

「その万が一は、雄英にいる限り絶対に消えないものさ。万が一に脅えていたら、育てられるものも育てられなくなってしまうよ。僕たちができるのは、生徒たちがここに在籍している間に、実際の現場に出た時に困ることのないようできるだけ豊富な経験を与えてやることさ。いずれはどの生徒も通る現場体験の道。今回はその機会が他の生徒よりもほんの少し早く訪れただけだと思うよ」

 

 根津校長は、ブラドキングの肩へよじ登るとブラドキングだけでなく他の教師たちにも説得するように話し出した。

 

「ま、俺は根津校長の判断に従いますよ。その方が合理的だ」

「俺はお嬢ちゃんの意見に賛成だぜ! ボォゥイズ&ガァルゥズもいつまでもリスナーってワケにゃいかねぇよ! いずれはマイクを前にして高らかにパフォーマンスをするDJだ! なにより俺はお嬢ちゃんのこと気に入ってるからな!」

 

 イレイザーヘッドとプレゼント・マイクが同調したことを皮切りに教師の中でもおおよその合意は得られたようだった。

 最後まで明確に賛同しなかったのは、ブラドキングに13号、そしてオールマイトだった。

 しかし、その三人も生徒達の熱意に圧されて、最後は了承したのだった。

 

 「じゃあ、ぱぱっと編成分けしようか」

 

 それぞれの教師に三人ずつ生徒が振り分けられ、さっと散っていく。

 ブラドキングや13号も切り替えてからは、流石の迅速さであり、生徒達をひきつれてあっという間に行動に移したのだった。

 

「じゃ、オールマイトはここに殿として残ってね」

「わかりましたよ、校長」

 

 そして、私に割り振られた生徒は爆豪勝己、緑谷出久、轟焦凍だった。

 

「くれぐれも頼んだよ」

「ええ」

 

 オールマイトに念押しされつつ、生徒達の方へ向き直った。

 

「よろしくお願いしますね」

「デクと半分野郎と一緒かよ」

「嫌なら、ここで待っていてもらって構いませんよ」

「……ちっ」

「では、納得したようでしたら行きましょうか」

 

 編成が気に喰わない爆豪勝己とそれを見て苦笑いをしている緑谷出久、そして無反応な轟焦凍を引き連れて、三人からの意味深な視線を無視しつつ土砂災害エリアへ向けて駆けだしたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 午後からは、全校緊急休校となり生徒達は家へと帰された。

 私達が、残党を制圧した後に警察が駆けつけ捜査が開始され、そしてそのまま警察を交えた緊急の職員会議が開かれているのである。

 警察の報告によれば、捕縛された(ヴィラン)の数は、七十一名。そのほぼ全員がやはりというか、以前に個性犯罪を犯して書類送検をされた程度の(ヴィラン)とも呼ぶに値しない所謂チンピラのような者ばかりだった。

 ただ、死柄木弔、黒霧は共に個性登録もされておらず偽名でもあったためどこの誰かは結局不明のままだそうだ。その正体よりも死柄木弔という無邪気な悪意に魅かれた者がおり、それがあれだけの人数に至り行動へと移したことを警察は懸念しているようだった。

 実際に、それも懸念すべき事項であるがそれ以上に私が気がかりだったのは、あの脳無と呼ばれていた者たちだった。尋常ではない膂力に加えて、異常なタフネス、生気のない顔、そして複数の個性。どれも一般的な感覚からはかけ離れたものだった。

 警察の捜査によれば、私達が証言した脳が露出した(ヴィラン)はどこにもいなかったそうだ。つまりは、あのときの転送で全員回収されたことになるのだが、ただし私が斬り落とした部分はそのまま残っていたらしい。それを警察は回収したらしく、目下DNAの分析を行っているそうだ。

 両翼、右腕、左足とそれぞれ斬り飛ばし行動不能へと追いやったのだから自力で逃げたとは考えにくい。よほど、奴らは脳無に思い入れがあるようだった。

 

(作ったと言っていたが、量産できるものではないのか……?)

 

 いくつか予想を立てることは容易だが、どれも根拠に乏しいため確証には至らない。

 それに、個性を複数持っていた件についても混迷を深くさせていた。あり得ないと思いつつも、とある影を振りきれない。

 

(オール・フォー・ワン……六年前にオールマイトに殺されたはず。しかし遺体は誰も見ていない)

 

 個性を与え個性を奪う個性、オール・フォー・ワン。

 オールマイトの呼吸器官へ大打撃を与え、彼の活動限界をつくった張本人だ。

 

(可能性としては、三つ。奴がまだ生きているというのが一つ、奴が死の間際に他の誰かに個性を全て譲渡したというものが一つ、他の誰かにオール・フォー・ワンと同じような個性が発現したというのが一つ)

 

 正直どれも考えたくない可能性だった。たとえ生きておらずとも奴の悪意を引き継いでいる者がいると考えるだけで、怖気が奔り怒りが込み上げてくる。

 

(もし奴が生きているのなら、私がオールマイトに代わって息の根を止める。それがあのとき参戦できなかった悔恨を晴らすただ一つの方法なのだから)

「――ター、狩人! 聞いているか?」

「ああ、すみません。考えごとをしていました。なんでしょう」

 

 考えに没頭していたせいでイレイザーヘッドから声を掛けられていたことに気が付かなかったようだ。じとっとした目が「合理的でない」と訴えていた。

 

「お前も関係してくるんだ。ちゃんときいとけ」

「すみません。ええと、今の議題はなんでしょうか」

「雄英の体育祭だ」

「そういえば、順調にいけばもう一週間後でしたね」

 

 本来ならば一高校の体育祭なぞ、大事をとって取りやめるべきなのだが、こと雄英の体育祭ではそうもいかない。国立の高校故か、日本のトップ高である故か。国家プロジェクト並みの予算がかけられて行われる行事であるため、おいそれと中断することもできないのである。

 加えてこれがエンターテイメント性だけを追い求めたものならば中止したところで影響はないのであろうが、雄英の体育祭はヒーローの登竜門的な意味合いが強く、個性社会である現代にとってヒーローそのものを象徴する行事ともいえる。そのため(ヴィラン)襲撃による中止というのは(ヴィラン)に屈することを意味し尚更選択肢としてあり得ないのである。

 

「大人が自由に個性を使えないからといって、子供たちに社会のガス抜き的な役目を押し付けるのは毎年心苦しいが開催しないわけにもいかないしな」

 

 イレイザーヘッドは苦々しげにそうつぶやいた。

 かつてはオリンピックがスポーツの祭典として名を馳せていたが、個性の発現により建前上の平等すらも脆く崩れ去り、黎明期が過ぎるころには完全に形骸化していた。

 さらに公共の場での個性使用の資格化に伴い、オリンピックでも個性の不使用が規定されたが超常慣れしてしまった民衆は、個性を不使用とした記録を競ったところで誰も熱狂せず見向きもしなくなっていった。年々規模は縮小され今はもう、文化保護団体が細々と無個性のための記録会として開催しているにすぎず、テレビ中継はおろかどのマスメディアも取り上げることは無くなっていた。

 

「流石に、襲撃の件で一週間後には開催できないけど、やらないわけにはいかない。そこで二週間期間をずらそうと思う」

「二週間程度で世間の騒ぎは収まりますかね」

「収まらないだろうね。だからといって必要以上に伸ばす必要もないと思うわけさ。生徒のコンディションを整える期間さえ設けられればそれでいいよ。批判は我々が受けるべきであって生徒が不利益を被るべきではない。それまで各担任は生徒のメンタルケアに力を入れること、いいね?」

「それと開催にあたって例年より堅固な警備システムを練る必要がありそうですね」

 

 議題はあちこちに飛びつつも会議は深夜まで及んだ。

 しかしその会議中、身は入らず私にはずっとオール・フォー・ワンの影がちらつき続けたのだった。




【仕込み杖】
刃を仕込んだ硬質の杖は、そのままで十分に武器として機能するが
仕掛けにより刃は分かれ、まるで鞭のように振るうこともできる。

武器を杖に擬し、鞭を振るう様は、様式美の類である。
それは、血に飲まれまいとする意志だったろうか。

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