ちなみに、ヴィランのモデルは同名の映画からです。
襲撃の翌日は引き続き臨時休校となり、その間に召集された教師陣たちの会議によって急ピッチで雄英体育際までの日程の組み直し、及び競技の見直しが行われた。
マスコミ、各ヒーロー事務所等へ日程変更の旨を報せる文書を作り送付する作業を始めとして地味ながら多忙を極めていた事務作業が一段落したのは、日付が変わる直前であった。
自身のデスクに座り、思わず息を吐く。
「くけけ……流石の
明らかに他の教師とは違うニュアンスをもった狩人という言葉を発する男が近づいてきた。
「パワーローダー。そうですね、こういう事務作業は普段まったく接点がないので些か困惑しています」
「ま、経験を糧にするってのは、お前さんの口癖だ。いい経験になっただろう?」
「そうですね」
ショベルカーのバケット部を基調とし龍を模したヘルメットを被った掘削ヒーロー:パワーローダー。彼は、オールマイト、根津校長以外に雄英で本来の私を知っている最後の一人だ。
そして、彼は数多のヒーローの装備を手掛ける一流の武具職人でもあり、私の武具の製作者でもある。
「頼まれていたモン、出来上がってるよ。まだ余裕があるなら工房までおいで」
それだけいうとパワーローダーは、職員室から出ていってしまった。
既に解散命令はされており、特に職員室に留まる理由もない。私も、パワーローダーの後を追うように職員室から出ていった。
パワーローダーに追いつくと、歩幅を緩め並ぶように歩く。
「くけけ、教師が板についてきたかい?」
「まさか。ここにいる他の方と違って私のは真似事にすぎません」
パワーローダーとは、私が狩人になる前からの付き合いになる。先日思い起こした中にあった大砲の手持ち改造もパワーローダーが行ったものなのだ。
しかし彼は、私と所属を同じにする者ではなく、あくまでも外部の協力者である。以前、人殺しになった私になぜ協力するのかと訊いたことがあるが、彼は私のしていることそのものには興味がないらしい。
『道具自体に罪はない。全ては使う者次第。俺は俺の出来る最高の仕事をするだけ。ただ、使われる道具も最高の使い手に使ってもらいたいはずだ』とは、彼の言である。本来の私を知って尚、脅しや恐怖ではなくそのまま受け入れてくれている数少ない人物の一人だ。
「教育なんざ、お前さんの本分とは真逆だろうからね」
「ええ。ですから正直まだ困惑の渦中から抜け出せていないですね。ここにいていいものかという葛藤は消えません」
「その割には顔に出さないからわかりづらいよ、狩人は」
「もともとそういう顔なので」
「ま、お前さんの本業と違って教師の悩みを一人で背負いこむことだけはしちゃだめだ。一人で悩んだ先に待っているものが自らの破滅だけならいいが、生徒も他の教師も巻き込むことは明白だからね。先輩からのアドバイスだよ、けけ」
「……ありがたく頂戴します」
雑談もそこそこに彼の工房まで辿り着く。パワーローダーが、暗証番号を入れると自動ドアが重々しく開いた。開いたドアの先で真っ先に眼に飛び込んできたものは、台座の上の刀掛け台に寝かされてある紅緋の下げ緒が彩る鞘に包まれた一振りの刀だった。
「さ、手に取ってみてくれ。注文通り作ったはずだ」
パワーローダーの巨大な手が刀を指す。
工房の中は無数のモニターや工具類、そして開発中のアイテムが乱雑そうにおいてあり、複数のオイルの臭いが充満している独特の空間が広がっていた。
太刀と言うにはやや小ぶりでありつつも、標準的な日本刀よりは一回り大きめのそれは独特な空間の中で、一際異彩を放っている。
私は、刀掛け台から持ち上げると鞘からゆっくりと刀を抜き払った。
銀灰色の刀身はしなやかさと力強さを兼ね備えた威風堂々たる姿をしていた。反りは美しく一点の歪みもない。切先から鍔元に奔る波刃紋の美麗さは芸術品と見紛うほどだ。しかし、純然たる日本刀ではなく
しばらく見惚れた後、軽く数度振ってみれば、何かを斬らずとも冴えた鋭さを持っていることがわかる。鞘走りを利用した抜刀を行えば、どれほどの速度と威力が出るのか私にも見当がつかないほどだった。
「素晴らしい仕事です、パワーローダー」
「くけけ、気に入ったなら結構なこった」
彼自身からしても、会心の出来なのだろう。私の賛辞に対してまんざらでもなさそうに笑っていた。
「お前さんの要望通りに作ったはいいが。しかし、お前さんが言ってたのは、ありゃ機能と言うよりも欠陥だし時代が時代なら呪いの品として誤解されてもおかしくないよ? なんのためにつけたんだか」
「いいのですよ、それで」
パワーローダーは最後まで私の要望に得心がいってないようだった。
私がこの刀を作るにあたって要望したことは、持つものの出血を促す自傷機能をつけることだった。当然、これも夢から発想を得たものであることは言うまでもない。
「それで、どうすればいいのですか? 今のところ変化は見られませんが」
「刀を鞘に納めて、そこからさらに押し込めばいい。押し込んだ瞬間に柄から極小の管が飛び出る。その管が持っている者から吸血するように血を徐々に奪っていき、刃に取り込んだ血を流すようにできているよ。それでもう一回鞘に入れて押し込むか、柄頭を捻ってやれば機構は元に戻る」
「ありがとうございます」
「やれやれ、お前さんの頼みは時々理解に苦しむものがある」
呆れたように諸手の掌を上に向け首を振っている彼だが、それでもきっちりと仕上げてくるのだから感謝の念しかわいてこない。
「それで、銘はどうする? 刀にはちゃんと相応しい名をつけてやるものだよ?」
「もう、決まっています。この刀の銘は、『
屍山血河の修羅場に、千の景を産み落とす。
私の狩り武器に、新たな一本『千景』が加わったのだった。
◇◆◇
日付が変わり一刻ほどたった深夜。
私は、とあるビルの屋上から街を見下ろしていた。
「保須市……この時間でも表通りは人が多くやりにくい場所だ」
パワーローダーから千景を受け取り、雄英の敷地から出た直後のこと。一羽の特異な鴉が私の元へやってきた。三本脚をもつその鴉――八咫烏は見覚えのある朱色の封蝋がされた封筒を渡し即座に去っていった。
八咫烏は、『個性の影響を無効化する個性』をもっている。根津校長と同じく動物に個性が発現した稀有な例であり、その特性により伝書の役割を担っていた。
電波通信によるやり取りでは傍受される可能性が常に纏わりつくため、任務の指令は常にこうして八咫烏から書面として私の元へ届くのである。
封蝋を千切り、中の手紙を取り出すとそこには任務の指令とターゲットの居場所が書かれてあった。
「……最近、空間転移系の個性に随分と縁があるな」
今回の標的は、
不法侵入から始まった奴の犯罪歴は強盗、強姦、暴行、果ては殺人へと至ったが、特殊な電撃がワームホールを不安定にさせ転移を行えなくするという発見と共に逮捕され、つい先日死刑が確定していた。しかし奴は刑の確定後、受け渡しの手続きが行われるほんの僅かな隙を突き独房から嘲笑うかのように消え失せたのだった。
そこでマスコミに知られるより前に、迅速に処理せよと私へ指令が回ってきたというわけだ。
隠蔽行為そのものだが、私にその是非を問う資格はない。ただ粛々と私は私の役割を全うするだけである。
(先程から動きがない、眠ったか?)
私は、手元の機械に眼を落しながら予測を立てる。
空間転移系の個性犯罪者には必ず発信機が体内に埋め込まれる。その電波を拾うための受信機を出撃前に渡されていた。
空間転移タイプの個性は常に逃亡の危険性を孕んでいるための処置としては当然であるものの、公にされていない処置であるため逃亡に成功した者は例外なく再逮捕ないし執行されることになる。また
奴は、二百メートルほど先の廃ビルの地下室に籠り動いていない。おそらくまだ見つかっていない、もしくは新たな根城なのだろう。
「征こう」
私は、受信機を懐へ仕舞いビルから飛ぶと壁を蹴り減速しつつ一気に地上へと降り立った。
夜陰に紛れ、外灯も疎らな路地を駆ける。灯りが乏しいせいか、たった一人だけすれ違ったが一般人では私の速さを目で追うことは叶わなかっただろう。
順当に廃ビルの鉄扉の前に立つと、そこで異変に気付いた。施錠がされておらず、きいと音を立てて半開きになっていたのである。
不審に思いつつも、極力まで消音し気配を絶ち地下への階段を駆け下りる。その間、ねっとりとした異様な気配が拭えずにいた。
地下の最深部に辿り着くとまず気づいたのは血の匂いだった。まだ真新しい鮮血の匂いが最奥の扉から僅かな光と共に漏れ出ていたのである。
(どういうことだ……?)
壁を背にしつつ素早く扉に寄り、音を立てずにドアノブを引く。
「ハァ……徒に力を振りまく者も粛清の対象だ……」
部屋は一面血に染まっていた。三十平米ほどの広さにソファベッドが置いてあるだけの物寂しい部屋は、似つかわしくない朱が飛び散り、コンクリートが露出した打ちっぱなしの壁や床を斑に彩っていた。
一人は、血溜まりに臥すターゲット。
そしてもう一人は全身にアーミーナイフやソードブレイカーなど複数の刃物を括りつけ顔面に包帯を巻きつけた無感動に立ち尽くす者である。
その者の横顔は、通常の人面ならば鼻や唇といったあるはずの凹凸がまるでそぎ落とされたかのように無くなっており、意図的に表情を、ひいては自己そのものを消したがっているような印象を受ける。髪はうねりながら逆立ち、元の髪色も辛うじて窺えるが幾重にも返り血がこびりついているのか、それ以上にどす黒く染め上がっていた。それは首元の巻布も同様であり、元の布の色が判別できないほど血色に染まっているのが見て取れる。
刃毀れのひどい鍔のない刀から血を拭いつつ、ゆっくりとその者はこちらを向いた。
私は、姿を隠すことをやめ扉から一歩部屋へと踏み入れた。
「まさか、こんなところで会うとは」
「ハァ……誰だお前」
「貴公は私を知らないだろうな。
「……なぜ、彼の。スタンダールの名を知っている」
鋭い眼光から放たれる殺気が瞬間的に膨れ上がり私へ向けられる。
「あらかじめ言っておくが私は、貴公と一戦交える気はない。私のターゲットはそこに転がってる者だ」
「ハァ……質問に応えろ……返答によっては」
ステインの持つ刀が私の眼前に突きつけられた。
「ひどい刀だ。道具が泣いているぞ」
「会話が通じない奴だな……ハァ、最後の警告だ。なぜ
なるほど。話に聞いていた通りあくまでもスタンダールと赤黒血染は別人であるというスタンスらしい。
十年弱前、スタンダールという
そこで、彼は次代の狩人候補として名があげられた。自身の正義に身を任せ躊躇なく殺人を実行する行動力。殺人を行いながらも平常を保つ異常な精神性。対敵時の冷静な判断力と純粋な戦闘力。なによりも
また、その当時前任が殺害され『狩人』という役が空席になってしまったこともあり、私とスタンダールは同時に狩人後継者の候補に挙がっていた。そして上は実績のない私ではなく即戦力として見込めるスタンダールに飛びついたのであった。
しかし彼は、スカウトされた直後、東京都段東区で行った指定
そして、数年後に
「話が通じないのはどちらだ。それだけの殺気を向けられては、話すのも億劫になるに決まっているだろう? 私を殺したいのか、それとも言葉を交わしたいのかどちらか一方にしてほしいものだ」
「ハァ……これで満足か?」
刀を下ろすと、ステインは私の正面に向き直った。見た目の矛を収めただけで、殺気は微塵も消えていないが、これ以上はステインも譲歩しないだろう。
「貴公を知っているのは、私が狩人だからだ。貴公ならばこれだけで察せるだろう?」
「……ハァ、そういうことか。お前は国家の
「随分な言い草だ。その走狗の役目を貴公が受けなかったから、私に鉢が回ってきてしまったのだがな」
「恨み言は……聞く気はない」
「いいや、逆だ。感謝しているよ。おかげで私と言う存在に役目ができたのだから」
「徹頭徹尾、国家の走狗に成り下がるとは……ハァ……正義は自分の眼で見つけるものだ。国家の走狗と言えど貴様も社会を正す英雄として社会正義を担う一翼なのだろう。そのために、自身の手を、自身の正義を血に染めている……違うか?」
「殺人鬼が正義を語るか、噴飯ものだな。貴公の行為はただの低俗な自己満足だろう」
再びステインが私へ刀を向ける。
「
据わった眼は、私の返答一つで容易に刃を薙ぐことを示している。だが、ステインの機嫌取りに終始する必要もない。
彼と私は、信念などでは決して交わることはないのだから。
「貴公は、一つ勘違いしている」
「何?」
「私は正義を語ったことはないし、秩序の守護者でも平和の使者でも、ましてや英雄を名乗ったこともない。何より私のしてきたことが正しいとも思っていない。殺人という行為は、どこまで突き詰めても殺人でしかないのだ。快楽で人を殺すことも、使命をもって人を殺すことも、その行為に大差はない。大差ないのだから、そこに意味を見出そうとすること自体、無稽で無価値な
「……」
「故に貴公の問いにはこう応えねばなるまい。『莫迦か』と」
「ハァ……結局信念なく力を振りまく愚者か……貴様も粛清の対象だ」
私の顔のあった場所に水平に刀の軌跡が描かれる。
即座に間合いを外し回避すると、私も腰に帯びている千景に手を掛けた。
「もう一度言っておく。私は貴公と刃を交える気はない。私の標的はあくまでもそこの
「残念だが……ハァ、俺には貴様を殺す理由ができた……」
ステインは、右に持つ刀とは別に左手にアーミーナイフを逆手に構える。
肌を刺すような殺気がさらに膨れ上がっていく。
「ならば仕方がない。無為に殺されてやる道理もないのだから、私も闘わざるを得ないな。殺すつもりはないがたとえ死んでも恨んでくれるなよ」
「虚言も過ぎれば……ハァ、笑えんな」
ステインは右の刀を大上段に振りかぶる。見るからにあまりにもお粗末な攻撃。が、左側面から刀の振りかぶりからはかけ離れた鋭い足刀が襲い掛かってきたのである。
千景の鞘で防御し、受けた衝撃を利用してそのまま右片手で側転、宙返りを繰り返し間合いを取る。
よくみれば、ステインの両足の靴のトゥーにはいくつものスパイクが生えており、ただの蹴りであっても当たれば流血は不可避の代物だ。
(持久戦で有利に持ち込むための装備か……?)
私も、奴の素性を知っているだけで個性までは話に聞いていない。不明であるものの奴の攻撃は、明らかに致命傷を狙うよりも刺創を創るための攻撃であったことは間違いない。
(長期戦を想定しているのか、それとも個性に関係するのか)
狙いが分からない以上、無暗に攻撃を受けるわけにはいかない。毒が付着している可能性もあるが、最初から露出していたところをみるとその可能性は高くはない。おそらく単純な刺突攻撃として利用されるだけだろう。
「ハァ……今のを防ぐとは……なかなかやる」
「舐められたものだ。両方の攻撃が明確に命を狙う攻撃ならともかく、明らかに刀の振りがデコイでしかない。それならば別に本命があると考えるのは当然だろう?」
「ならば……これならどうだ?」
手に持ったアーミーナイフをノーモーションから瞬間的に投げつけてきたが、首を躱すだけでナイフは外れ背後の壁に突き刺さる。
「私が、その程度の攻撃で眼を離すと思ったか?」
「ハァ……思っていないさ……初撃の視線誘導に引っ掛からなかった時点で並みの使い手ではないことは……わかる。だが、いつまでもその余裕が保てると思わないことだ……」
さらにステインは携帯しているナイフを抜き払うと、先程とは違い決定的に致命傷を狙う斬撃を両の刃を使い繰り出してきた。予備動作はほぼなく、そこに付け入る隙は無い。動きから軌道を予測することはできるが、同時に動き出していた右足刀が安易な回避を許さない。
(ならば、迎撃するまで)
左腰を捻り一息の間もなく抜刀を完了させ、ステインの持つ左手のナイフを弾き飛ばしつつ、さらに右の刀を圧し折ろうと試みる。
しかし、ステインは右の足刀を繰り出すことなく収めると私から迫りくる一閃を刀の腹で受け流し、そのまま後ろへ跳んだ。
(ほお。これに反応するのか)
私が力任せに千景を振り切ると、ステインは全ては受け流しきれず背面の壁へ強かに背を打ちつけたのだった。強打されながらもステインは立ち上がる。
「ハァ……このパワー、増強系か……」
「さあな。貴公こそ、増強系と違わぬ反射神経をしている」
「これは久々に……"粛清"ではなく"戦闘"になるな……」
確かに常人離れしているが、増強系の枠組みまでには至っていない。つまり、他に個性があるはずなのだがまだ見せてはいない以上不用意に近づくわけにもいかなかった。
確かにステインは素早いが、対応できないほどでもない。千景の機構を発動させ、血刀を形成すれば、血刀の性質上早々に決着はつくだろう。
(かといって変形させ、血の刃で斬りつければステインは確実に絶命してしまう。対象以外を殺害するのはどうにも矜持に反するな)
ステインは、壁に叩き付けられたことなどなかったかのように駆けだし、変わらぬ鋭さで数度ナイフを投擲してきた。
回避に迎撃を織り込みながら、私は間合いを徐々に詰めていく。私の繰り出す斬撃を防いでは反撃し、再度間合いを取るといった行為をステインは繰り返す。
ステインは独特の体術を使うようで、リズムもテンポもつかみにくい。武全般に共通する特有の効率的な動きではなく、明らかに別の目的のある動きをしている。
下手に攻撃を仕掛けるより、眼が慣れるまで見に徹した方が余計な反撃をもらわなそうだ。
(動きは捉えにくい。だが攻撃は単調……ナイフの投擲による攻撃が目的ではないな)
僅かだが、ステインの速さが上がっていく。身に着けたナイフ群が外れていくにつれて身軽になっていった影響だろう。
ついにはステインの持つ装備は、右手の刀と左手のククリナイフ、そして脚に装備したスパイクだけになっていた。
「強いな……ハァ……ここまでやって殺せなかった者は初めてだ……やはり驚異に値する……そして、称賛にも値する……」
「
「だが、これで仕留めるぞ……」
そういうと、ステインは天井に届くほど大きく跳躍した。
跳躍が頂点に達するや否や放物線を描くことなく、急激に角度を変え右方向へ飛んでいく。さらに壁を蹴りつけ刀で急襲を仕掛けてきた。
想定外の動きに上体を大きく背後へ逸らす回避になってしまう。その隙の大きい回避にククリナイフが私の左腕を掠めたのだった。
「流石だな……ハァ……これでも仕留めきれないか……首を狙ったんだがな」
「さっきまでの動きは、本気ではなかったということか。随分と疾くなった。それに、突き刺さったナイフを起点にして方向を変えるとは予想外だったぞ」
「一度見ただけで見破るか……やはりお前は脅威に値する」
部屋を見回せば、天井から四方の壁にいくつものナイフが突き刺さっている。
つまりは今までの動き全てが仕込み。私がナイフを弾き飛ばすことすらも伏線。ナイフという錘をつけた状態の動きに眼を慣れさせ、身軽になったところで本来の疾さで致命の一撃を狙う。緩急があまりにも激しく、初見で完全回避はほぼ不可能だろう。今まで何人ものプロヒーローを殺してきただけはある考えられた戦術だった。
「ハァ、だが……これで終わりだ」
「な……に?」
ステインがククリナイフに舌を這わせると唐突に身体の自由が利かなくなり、思わず片膝をつく。
かつて筋弛緩剤を打ち込まれたこともあるが、それとはまた別の感覚。不可解な拘束はいくら力を込めようと動かせるような兆しはなかった。
この奇妙な拘束はステインがナイフを舐めた瞬間から始まっている。
つまり、斬りつけられたことが発動条件ではなく、ナイフを舐めたことによって起こるものということであれば、個性の予想が成り立つのである。
「これが……貴公の、個性。他者の血液の摂取による身体の拘束、といったところか」
私の言に応えることなく、ステインはにたりと笑う。
確かにこれを使えば『ジャンパー』を逃がさず殺すことは容易い。初撃の奇襲を成功させ、切傷から血液を得られれば、その時点で対象者の生殺与奪はステインが握ったも等しいと言えよう。
身体を拘束している割りには口元や喉、目の筋繊維は動くあたりそこまで強力な拘束力はない。だが戦闘中ならば四肢が動かなくなるだけでも、それはほぼ死を意味する。
「ハァ……わかったところでもう手遅れだがな……」
「そうか。私の血液を、摂取したのか」
「……? なっ……!?」
ステインは突如頭を押さえ、ふらりふらりと後退していく。
「な、なにを、した……!?」
「別に、なにも」
「何を、したァ!?」
ステインの表情が苦痛に歪む。
「ああ、そうだ。一つ、言い忘れていたが。私の血は劇毒だぞ?」
「ど、毒……?」
既に指の先が徐々に感覚を取り戻しつつあった。
ステインは頭を抱えたまま両膝を突きくずおれる。吐瀉物を撒き散らしながらえずくその姿は、なんとも哀れなものだ。
「が……は……!」
「少し、特異な血をしていてな。一定量以上他人の身体へ浸入すると、浸入を許したものは全身の汗腺から血を噴出して絶命する。そうでなくとも身体に変調をきたす。今、貴公がなっているようにな」
そういい終ると同時に、身体の自由が戻ってくる。
私が立ち上がると、ステインの表情はさらに驚愕へと染まっていった。
「な……ぜ…少なくとも……数分は動けない……はず……」
「言っただろう? 特異な血をしているとな。どの分類で調べようとも既存の血液型にも当てはまらない。ABOでも、Rhでも私の血液型は不明だそうだ。調べた者からは本当に血液かどうかも怪しいと言われたよ。貴公のいう数分間は、既知の血液に対してだろう。私には当てはまらなかった。それだけさ」
呼吸を荒くしながら、ステインはどうにか立ち上がる。
「ハァ……ハァ……まさか、貴様の……ような奴が……この世に……存在する……とは」
虚ろな表情で、だが視線は揺らぐことなく私を見据える。
私は、千景を鞘に納め、抜刀術の構えを取った。
「まだ、戦う気力があるなら相手をしよう」
「まだ…だ。まだ、俺は……こんなところで……終わるわけには……いかない……歪んだ社会を…正すまで終わるわけには……いかないんだ……」
ステインは懐に手を突っ込むと、何かを思い切り地面に叩き付けた。煙幕が部屋中に立ち込め充満する。しばらく後に煙が晴れると、そこからステインの姿は無くなっていた。
ふらふらとした足取りでステインが部屋から出ていくのは煙の揺らぎからわかったが、奴が戦闘の意志を失った以上追いかける理由もなかった。
おそらく、一週間程度は死を選択するほうが楽と思える地獄の苦しみを味わい続けるだろう。だが、既にステインから興味は失せていた。
私は、ターゲットだったモノの襟元を掴み、遺体を引きずりつつ任務完了を報せるスイッチを押す。
ものの数分で、遺体回収係がやってくるだろう。
遺体に眼を落す。光を失った眼孔とあるはずのない視線が合った気がした。
「人殺しは、所詮人殺し。そこから抜け出す法はない」
つい、独りごちる。
いつか私にも振りかかるであろう酬いは、血の轍の先に間違いなく待っている。
この、血痕の標の先に。間違いなく。確実に。
「その日まで、私は私の役割を全うするだけだ」
誰が聞くでもない独り言は、虚しく溶けていったのだった。
【銃槍】
簡易な銃と、槍を組み合わせた試作品であり
失われた異邦の武器を見真似たものとも言われている。
単体としても特筆すべき性能を持つ武器ではないが
銃にもなる「仕掛け武器」は、他にはない特別なものだ。