襲撃翌日の臨時休校が明けると、雄英高校は平常を取り戻そうと努めていた。幸い、生徒への被害はなく、教師陣への被害も軽微であったためつつがなく再開することはできたのだが、生徒達に拡がった当然の動揺を止めることは不可能であった。
実際、雄英体育祭の日程が告知されたものの、生徒達の話題の中心は
「いいですか。他の組よりも先んじて対
「わかってる。俺らが相手したのはどいつも三下ばかりだっただろ」
「
体育館γで準備運動をしている生徒達は眼だけを私へ向けつつ頷いている。
爆豪勝己が返答した内容に異論はないらしく、誰一人驕りや浮かれの様子は見てとれなかった。
「……あんたやオールマイトが戦った相手を見て、それでも調子に乗れるやつがいたら、そいつぁ理解力ゼロの馬鹿か真性のクソ馬鹿だ」
爆豪勝己の独り言のように発せられたその言葉は如実にある事実を示していた。
(やはり、死の瞬間を見られていたか)
他の生徒は、まだ脳無の身体と爆豪勝己が目隠しになり、私の死の瞬間は見ていないかもしれない。不審に思ったとしても、『なぜ、あれほどの攻撃を受けて無傷でいられたのか』という疑問が精々だろう。
しかし、爆豪勝己に関しては、完全に私の頭部へ拳がめり込むその瞬間を目撃していたに違いない。なにせ、死の間際の最期に眼があっていたのだから見逃していたという方が無理があるだろう。
「いいかしら」
「どうしました? 蛙吹さん」
蛙吹梅雨が手を上げる。
「私、気になったことはなんでも訊いちゃうの。それが先生でも」
「質問ですか? どうぞ」
「どうして先生はあの大きな
彼女のした質問は、組の総意であるかのように、誰一人想定外の質問だという、どよめきはない。
蛙の特性を持つ異形系個性の彼女だが、特筆すべきはその個性ではなく冷静な対処力と判断力、そしてなにより他の誰もいかないような場面で一番に飛び込んでいける胆力にあるように思う。
今回も、誰もが気になっていたがそれでも言葉にできなかった質問を真正面からぶつけてきたのだった。
「それは、言葉で説明するよりも、実際にみせたほうが早いですね」
「みせる?」
「ええ。皆さんにはじっくり見せたことがありませんでしたね。緑谷くん、こちらへ来てもらっていいですか?」
突然の指名に戸惑いながらも緑谷出久が私の傍へやってきた。
「緑谷くんには、既に以前お見せしたのですが、皆さんにもお見せします」
「あ、なるほど。あれですね!」
私がそう言うと、緑谷出久は納得したように手を叩いた。
「今から、私が緑谷くんの攻撃を受けます。それを見ていてください。さ、緑谷くん。今できる全力で撃ってきてください」
「わかりました。フルカウル――九%!」
緑谷出久は前回とは違い、躊躇なく構えをとった。私が確実に捌くと思っているのか、それとも自身の力量の加減で余計な怪我をさせないと思えるまで自信がついたのか。できれば後者であってほしいが、まだ前者だろう。それでも他者への攻撃と言う行為に対し抵抗が薄まり、物怖じや恐怖への感覚が鈍くなっていることは、私からすれば望ましい傾向だった。
私も半身になり右腕を立てて構える。
「いつでもどうぞ」
「いきます!」
力強く床を蹴り、以前とは比べ物にならない鋭い拳打を緑谷出久は放つ。
成長に感心しつつ、彼の突きを構えた右腕で防御すると同時に衝撃を受け流し、あえて背筋から大気中ではなく床へと逃がした。床は衝撃に耐えきれず、びしびしと音を立ててひび割れていく。
緑谷出久は、ニッと笑みを零すと間合いを取って一礼をした。
「良いパンチです。毎日の訓練の成果がみえてきますね」
「ありがとうございます!」
私が賛辞を述べると、緑谷出久は満足げに戻っていった。
生徒達の表情を見回せば、その一連の行為だけで、分かったものが数名いるようだった。
「さて、これが私が無事でいた理由です。これは個性と言うより技術の一種ですが、外部からの衝撃を受け流し肉体から外部へと逃がす技。これをあのとき咄嗟に使い、事なきを得ました。今は手で受けましたが全身どこで受けても使うことはできますから、あのときは顔面で行ったというわけです」
そう説明すると、おおよその生徒は納得したようだった。それでもまだ懐疑的な表情をしているものも数名いたが、目の前で実際に衝撃を受け流し、私が無傷で今もここに立っているという事実と緑谷出久という私以外の他者がこの技を知っており、ありえることとして受け止めている様子が自身の疑念を上回ったようでとりあえずは、彼らも納得したらしかった。
ただ一人、爆豪勝己を除いて。
(……避けては通れないか)
爆豪勝己の視線は途切れることなく私へ向けられ、しかしそれは疑いというよりも哀しみを多く含んだものだった。
「狩人先生、それって私たちも覚えることが出来るのかしら」
「技術である以上誰にでも可能と言えば可能なのですが、蛙吹さんでは、というよりここにいる皆さんでは難しいかもしれません。この技は受けた衝撃とほぼ同時に、具体的な時間に換算すればタイムラグはコンマゼロゼロイチ秒以下で行う必要があります。私もこれを行う場合は攻撃への意識を全て棄てて、防御のみに意識を向かわせていますからね。それ以外でもかなり神経を尖らせていますし、それでも反射の領域を超えて行わなければ、ダメージとして肉体へ残ってしまいます。なので、通常の肉体的な反応を超える必要があるので技術と言えども神経系を向上させる増強系の個性でなければ難しいでしょうね」
「……とても私にはできそうにないわ」
この説明は、実際受け流しの技を使うために必要な工程であり虚偽はない。しかし、あの脳無の攻撃を受けた際には、今説明した技を使う間などなく、死してしまった。
だが、彼らへの説明はこれで十分である。必要以上に知る必要のないことであり、知りすぎることは時として危険を孕む。もっともらしい事実をもって事実を歪め、虚飾を彩らせつつ捻じ曲げる話術もまた、血の遺志から得たある種の技術と言えよう。
「なあ、あんた……」
「私のことはもういいでしょう。それよりも雄英体育祭が三週間後に迫っています。期日が本来の体育祭から二週間延びたとはいえ、本番までは僅かな時間しかありません。今日からの三週間は、さらに訓練の濃度を上げていきますよ。皆さんにとっては将来を左右する大切な場。自身の思う結果を出したいのでしたら、訓練に励むことです」
やや強引と思いつつも話題を打ちきると、前に出かかっていた爆豪勝己の身体は止まり、視線は床へ向けられた。
爆豪勝己の煮え切らない思いを含んだまま、他の生徒の威勢のいい返事と共に訓練が始まったのだった。
◇◆◇
体育祭へ向けた訓練は、さらに基礎訓練を重視しつつ個人個人の個性に合わせた訓練を増やしていくことにした。
あの襲撃の訓練以降、彼らの向上心は目を瞠るものがあり私が想定した限界を超えて喰らいついて来ている。訓練を始めたころでは全員が一時間もしないうちにへばっていたが今では二時間程度ならその兆候すら見えなくなっている。聖歌の鐘を使った強行軍さながらの訓練とスポンジの如き伸び盛りの年頃とはいえ、雄英に受かるだけあり誰もが才と伸びしろをもっているようだった。
ゴールデンウィークを挟んだことにより、より一層訓練に集中できる環境が整ったことも大きい要因だろう。まとまった訓練時間は、如実に彼らの実力を伸ばす栄養になっていった。
特に爆豪勝己と轟焦凍の二人は、単なる意気込みなどでは言い表せない鬼気迫る意志を感じる。彼ら二人は、既に完成というにはまだ遠いものの切り札を作り上げ、自身の
他の者も
「それでは一旦休憩にしましょう」
「あ? まだやれるだろ。いつもならこのあと三時間ぶっ通しじゃねーか。今更
爆豪勝己が私を見ることなく、両の親指だけで腕立て伏せをしながらそう言い捨てる。
「違います。この休憩は次の段階へ進むための準備時間です」
「次ィ?」
爆豪勝己がそれをきいて跳ね上がるように立ち上がった。それと同じくして、他の生徒も集まってくる。
「ここからは、さらに個人訓練へと移ります。爆豪くん」
「あァ?」
「考えた切り札。全力でつかってみたくないですか? そしてそれが対人で通用するのかも試してみたいとは思いませんか?」
「……できるならな。だが、そんなことしたらコイツらが大怪我するだろ」
爆豪勝己が親指で背面を指す。爆豪勝己の挑発じみた言い方に多少文句がこぼれるが、ここ二週間の放課後の時間は同時にコミュニケーションの時間でもあったようで、彼がそういう人間だと他のクラスメイトもわかったらしく漏れ出た文句も所謂お約束のような形だけのものだった。
「ですから、私が貴方たちの切り札を受けます。もちろんちゃんと一人ずつです」
「……全員か?」
「当たり前です。爆豪くん、いい加減自分だけ構ってもらおうとする子供じみた考えはおやめなさい」
「子供じみてねぇわ! そんで構ってもらおうと思ってねぇわ! 殺すぞ!」
「できるのならいつでもどうぞ」
彼のこの不満も形だけのものとわかっているが、いちいちやり取りするのも時間の無駄だと言わざるを得ない。取り巻いていた苦笑いを浮かべている他の生徒にもっと近寄るように促し、話をはじめた。
「休憩の後、この体育館内で一人ずつ切り札の実演訓練を行います。その間他の皆さんは外に出ていてもらいます」
それを聴いた彼らは期待と不安が入り混じった笑みを零す。
私が秘匿するべき技と言っていた手前、見通しの良い体育館であるため誰一人大っぴらにやってこなかったため彼ら自身もどこまでやれるかわからないのだろう。
「私が、受け手に回りますので存分に、そして思い切りやってください。私のことは一切考えず思い切りです。ただし実戦形式で一対一の戦闘を想定して行うのでもちろん私もただ受けるわけではなく、反撃もします。それとあまりにも隙が大きいようなら強めに攻撃を加えますので。つまり、基礎体術の確認と個性練度の確認も同時に行うと考えてください。ああ、もし他に試してみたい技があるのでしたら、それを使ってもらっても構いませんからね」
「切り札を撃つだけじゃねェのか」
「棒立ち相手にやるのなら、案山子で十分でしょう。不規則に動き回る相手に対してやるからこそ意味があるのです。もちろん私も攻撃するといっても、全力でやるわけではないので安心してください」
説明を聞き終わった途端、ピリと俄かに体育館γが緊迫した空気に包まれた。
「皆さん、戦闘態勢になるまでとても早くなりましたね。いいことです。では、私が指名した順に行いますから、最初に呼ばれた人以外は外へでていってください。ちなみに覗いたら覗いた者はその時点で以後訓練に参加させませんからそのつもりで」
念のため言っておいたが、誰一人その気はないようだ。
というよりも、他人のことに構っている暇はないと理解しているのだろう。
「では、爆豪くんから行きますよ」
「おォ!」
皆が出ていった後、やたらと静かになった体育館内で二十メートルほど間合いを取って互いに正面に立った。
爆豪勝己は簡単なストレッチを終えると、息を大きく吐いた。
「始める前に、ひとついいか」
「なんでしょう」
爆豪勝己が神妙な顔で、私に問いかける。
「もし俺が、体育祭で一位になったら一つだけ質問に答えろ」
真剣な爆豪勝己の眼が私を射抜くように見つめる。
「別に質問くらいなら今お答えしますが」
「わかってんだろ。前みたいにはぐらかした答えじゃねェ。
「……でしたら先に質問を預かっておきましょうか」
「あの脳みそ
やはり、というべきか。むしろ今まで訊いてこなかった方が愕きというべきか。
彼は、質問と言う形をとっているものの、おそらくもう結論に近い予想は得ているのだろう。
ただ、目の前で起こったこととはいえ信じられない光景であることは間違いなく、それが彼の中で燻りわだかまりとなっているということは想像に難くない。
「いいでしょう。優勝できたらお答えしますよ」
「約束したぞ」
「ですが、今は目の前のことに集中しなさい。私が言うのもなんですが、訓練によって皆強くなっています。簡単に優勝が狙えるとは思わないことです」
「わかってる。それに久々にあんたに相手してもらえるんだ。全力でいくからな」
「ええ。存分に暴れなさい」
一瞬の沈黙の後、爆豪勝己は体勢を低くしつつ身体が床に着かんばかりの超前傾姿勢で突っ込んできた。同時に右手を下から上へ掬い上げるように振り爆風を巻き起こす。
直進的であるものの遠距離から仕掛けたのは自身の姿を爆煙の中に隠すためだろう。左方向へ回避すると、私が避ける方向が分かっていたかのように第二波が眼前に迫り来ていた。
(やや私の正面から爆炎が右方向にずれていたのは、私の動きを誘導させるためか)
腕を交差し防御をすると、背後の黒煙から風切り音が聞こえた。即座に身を反転させ爆豪勝己のローリングソバットを左腕で防御する。しかし、爆豪勝己は防御されることさえも想定内であるように左手を突きだし爆撃を繰り出す。
(先程までの爆撃に比べて弱い)
練り切れていない攻撃ではダメージにならないことは明白。フェイントと煙幕を同時にこなし次につなげるつもりだろう。
黒煙の微かな不自然な揺らぎを察知し、バックステップを踏むと、私の頭部があった場所にダブルスレッジハンマーが振り下ろされたのだった。
爆豪勝己は舌打ちをしつつ着地をする。その着地の瞬間を狙い、私は左の拳打を繰り出すと追撃はしっかりと警戒していたようでバク転をしながら爆豪勝己は私との間合いを取ったのだった。
「見違えました。初めて戦ったときとは大違いですね」
「当たり前だ。ていうか、一撃も決めてないのにそんなこと言われても嬉しくねェ」
私に回避ではなく防御をさせたのだから大したもの。しかも一度ならず二度も。それだけでかなりの進歩である。
素直に受け取ればいいものの、爆豪勝己の理想からは程遠いらしく全く納得していないようだった。
「煙幕と同時にもう片方の手で軌道を変えたのはお見事です。しっかりフェイントの爆破音の中に軌道変更の音が紛れて音から判別は困難でしたからね。煙の揺らぎも爆破の直後でとても読みにくく、いいコンビネーションでした。その攻撃も爆破に頼り切ることなく肉弾攻撃を選択したこともよい判断です。中途半端な爆破より今の爆豪くんなら単純な殴打のほうが攻撃力がありますからね」
「……全部バレてるじゃねェか」
再度爆豪勝己は構えを取ると、私へ接近し肉弾戦を繰り出してきた。体術の中に爆破を織り交ぜることで、自身の間合いを常に維持しつつ容易に私に近寄らせないようにしていた。
ただ勿論、それでは訓練の意味がないので時折強引に間合いを詰めて攻撃を繰り出したが、見事に防御していた。私も一定ではなく強弱をつけ攻撃していたが、弱攻撃は防御から即反撃につなげ、強攻撃は防御しつつ受けきれないと判断すると無理に堪えることをせず攻撃方向へ跳び間合いを取っていた。
その中で、非合理的とまでは言わないが一つだけ不可解なことがあった。
(ふむ、なにか狙いがあるとみるべきだが)
どうにも、私に攻撃をさせている節がある。あえて隙を作り攻撃を誘っているようだが、罠を仕掛けているわけではなく変わらず弱攻撃には反撃、強攻撃は防御で対応してくる。
(これ以上単調に繰り返すようなら、気付けに一撃くれてやらねばならんな)
そして、いくつかの攻防のあと同じように隙を見せ攻撃を誘ってきたのだった。
「破ッ!」
「ぐっ!?」
今まで見せた攻撃よりも鋭く素早い一撃を繰り出す。爆豪勝己は反応しきれず
爆豪勝己は膝をついて立とうと試みているが、左脇腹から肝臓に与えたダメージが大きいようで立ち上がれずにいる。
「が……ぐはっ……! ごほ……」
「言ったはずですよ。隙が大きければ攻撃すると。少し速くした程度で反撃できないのなら誘う意味がありません」
「はっ……はっ……やっぱりまだ反応すら難しいか……そうでなけりゃ目指し甲斐がねぇ」
直撃しダメージは大きそうだが、まだ彼の心は折れていない。それどころか口元には笑みを浮かべ眼からはまだ闘志が失われていなかった。
しかし、まだ後続があるのだ。これ以上の遊びにならば付き合う必要もない。
「さて、もう終わりますか? 爆豪くんの相手だけしているわけにもいかないですから」
「まだ……だ。ようやく準備ができたんだから……な」
「ほう」
「あんたなら……大丈夫だろ。今から、やることは加減がきかねぇからな……。上手く受けるか避けるかしてくれ」
爆豪勝己は私を見据え、挑発ではなく本心からそう思っているようだった。
「そこはもう、
瞬間、私の目の前が光に包まれ、体育館γに大爆音が響いたのだった。
◇◆◇
「なあ、狩人先生は間違いなく俺ら全員みてくれたんだよな? 夢じゃないよな?」
「なんで息切れ一つしていないんだ……」
「規格外すぎますわ……」
「スタミナ無尽蔵すぎる……」
「コスチュームは多少煤けているけど、それだけとかどうなってるんだ……」
ざわつく生徒達を鎮め、一か所に集める。
一通り、生徒達の切り札を見終わったころには午後九時を回っていた。
誰もが個性を存分に活かし考え抜いた技を披露し、実戦を通して切り札の弱点や出すべきタイミングを感じてもらえたようでなかなか手応えのある訓練となったように思う。
ここから残りの一週間は、重点的に個性を磨いていく方向へシフトすることで個性の基礎能力を底上げし、汎用技、そして切り札の技のキレに繋がっていくだろう。
生徒達の切り札は、発想はまだ子供じみたものもあったが、それでも初見ならば大半の
特に初見看破が難しいと感じた技を使ってきたものは、轟焦凍、常闇踏陰、八百万百、峰田実、そして爆豪勝己だった。
緑谷出久も威力だけなら脅威に値するが、そこに至るまでのモーションで叩き潰される可能性があるため評価は保留と言ったところだ。
「さ、今日はこれで終わりにしますが、最後にひとつだけ」
疲労の溜まった、それでいて向上心はまだ失せていない二十の顔がこちらに向けられた。
「これから一週間は個性を磨いていこうと思います。そこで皆さんには訓練以外の時間で自身の個性について考えてほしいことがあります」
個性は身体能力であることは、以前から繰り返し彼らに説いてきているが、一つだけ個性が脚力や腕力といった他の身体能力と違う点がある。
「ご存知かもしれませんが、個性はその知識を深化させるほど伸びや技の多様性に関わってきます」
この知るという行為は、走りに譬えるとフォームに近い。フォームを知らずとも走ることは可能だが、フォームを学べばより効率よく、より速く走ることが出来る、というわけだ。
それに彼らの場合、実際にその深化させた結果、出来ることが増えている実例が目の前にいるのである。
「たとえば、葉隠さんがそうですね」
「え、私ですか!?」
驚いているところをみると自覚なしでやっているようだが、彼女のやっている技は知らなければとてもできることではない。
「葉隠さんの技、『集光屈折はいチーズ』は個性の特性を知らなければ絶対にできないことなのですよ」
「あー、そうかもしれません」
葉隠透の個性は『透明人間』という異形系に分類されるものである。
ただ、一口に透明といってもいくつかパターンがある。硝子のような単純な透過や映像投影による擬態としての透明化。さらに光学迷彩に属する空間歪曲や電磁波吸収、量子ステルスあたりがメジャーであり、おそらく葉隠透の個性もそこに類似するものである。
しかし、彼女の場合自身を集光レンズに見立て、その光を拡散することができる。レンズと光学迷彩は似通っているように見えるが非なる属性であり、つまりただの透明になるというだけの能力では成しえず、そこから思考を切り離して考えることができなければ辿り着かない技なのである。
「葉隠さんは摂取した食物まで覆い隠し視えなくさせていることから透過型ではなく光の迂回や歪曲型の透明化に属するのだと予想がつけられます。それにも関わらず、レンズと同等の効果である単純透過と集光、そして屈折が同時に起こっている。あの技は、そういう気づきを得なければ開発にすら至らない技なのです」
「そーなんですよ! 不思議なんですよ! でも調べれば調べるほどわからなくなっちゃってやめちゃったんですよね」
「最初はそれでいいですよ」
その矛盾した事実を知らなければ探ることもできず、もしできたとしたら永遠に埋もれたままになってしまう。
だから、個性は知らなければならない。個性を知ることでできることが増え、できることが増えれば、ヒーローとしての活躍の場も増やすことが出来る。
それは、つまりヒーローになってからも続く永遠の探求でもあるのだ。ならば、早いうちから思考の癖としてつけておくべきことでもある。
「そういうわけで、皆さんもできる限り個性を知ろうとしてください。個性はその名の通り、似通ったものはあっても画一的な規格も厳密に同一なものも存在しません。故に皆さん自身で探っていく他ありません。そこからの気づきや発見が貴方たちの力を飛躍的に伸ばすきっかけになってくれるでしょうから、身体的な訓練以上に力を入れてください。では、解散です」
解散命令を出し返事をした彼らだが、まだ帰る気配はなく自主トレーニングをつづけるようだった。生徒達からは訓練中からずっと並々ならぬ気迫を感じている。
体育祭まであと六日。
本番はもう、目の前に迫っていた。
【大砲】
大型銃の一種。
設置型の大砲を、そのまま手持ち銃としたような代物であり
バカげた重さ、反動により、実用化されるはるか前に廃棄されてしまったもの。
だが、絶望的な大敵に対するならば…。