月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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18.雄英体育祭、開始

 雄英体育祭当日。雄英高校は、マスメディアや観客をはじめとし、広大な敷地ですら手狭に思えるほどの大人数がごった返している。

 先日の敵襲来が一度報道されると、オールマイトが雄英就任を発表した時以上の数のマスコミが連日押し寄せていた。

 当然雄英側も取り合うことをしなかったせいか、襲撃の件は徐々に下火になっていったものの体育祭の開催に合わせて再び盛り返し雄英の名前はメディアを賑わせている。

 襲撃があったこと以上に日本で現存する数少ないスポーツの祭典であるため、この反応も仕方がないといえば仕方のないことだが、一高校の催しにしてはやはり大規模すぎると思うのだった。

 

「警備を任ぜられた以上、職務は果たしますがここまでの人数が警戒対象では、些か気疲れしてしまいますね」

「けけけ、お前さんはまだいいよ。競技場の警備だ。眼にかけてる一年坊の勇士が間近でみられるだろうし。俺は『緑化地区』の警備だと」

「パワーローダーの個性上仕方ありません。それに私も競技場といっても外周ですから」

 

 そう答えるとパワーローダーはなにか微笑ましいものを見るような眼で私を見てくる。

 

「くけけ、眼にかけてるって部分は否定しないんだな」

「放課後に訓練していることは事実ですし、他の生徒達より意識が向いていることは間違いありませんからね」

 

 パワーローダーと私は、所定の位置に着くために人ごみをかき分けながら進んでいた。

 今年は例年までのロボットを使った警備だけでなく外部からプロヒーローを警備として雇い、さらに手の空いている教員が各所に割り当てられローテーションが組まれたのだった。

 一年の部の第一種目は、競技会場の外周を使う競技である。本来ならば、外周から離れて雄英の敷地内を縦横無尽に駆けさせる予定だったのだが、あまりに広大な雄英の敷地故、広範囲での競技では警備が薄くなり危機対応が遅れる懸念があった。

 その結果、競技内容自体は大幅に変更することなく競技場周辺に限定させる措置を取ったのだった。

 

「ただ、警備をするにあたって、『生徒達の気を削ぐことの無いよう姿を見せずに付かず離れず遊撃として見守って』と校長に言われましたが、あまりにも無茶苦茶な要求で既に頭を抱えていますよ」

「くけけ、狩人と知られてることが仇になってるな」

「全くです。狩人としての本分は夜なのですから、こんな真昼間ではかえって目立つ装束ですよ」

「今日の主役は生徒達だ。くれぐれも生徒より目立つことのないようにしなよ、けけ」

「元々目立つ気などありませんが、細心の注意は払いますよ。今日は祭典。血腥(ちなまぐさ)い私などいるべくもないのですから」

「なら、せめて狩装束(それ)脱いだらどうだい」

「監視ならともかく、警備ですからね。応戦する可能性がある以上、万全を期せず失策を招いたら目も当てられません」

「けけ、違いない」

 

 個性発現以前のスポーツ競技は、個性の発現と同時に『平等』と『画一的なルール』が失われたことにより衰退の一途を辿った。

 走り一つをみても、特化したフォームを習得し何年も努力を重ねた無個性の選手よりも、走りを補助する個性を訓練した幼子のほうが圧倒的な差をつけた好記録を出したのだから、個性を持たぬ者の絶望は想像に難くない。

 個性が発現した黎明期には、各スポーツ関連団体は当面の対策として個性の使用を禁止するルールを制定した。そもそものスポーツのルールが個性を前提としないものなのだから当然と言えば当然だが、異形型の個性や常時発動型の個性所有者たちは、各種スポーツの参加を禁じられたと同義であった。それ故に反発は起こり各団体を巻き込んで人権問題にまで発展することに時間は掛からなかった。彼らはその後スポーツ競技の参加権を獲得するに至るのだが、それは同時にスポーツ競技の崩壊を意味していた。

 異形型や常時発動型の個性持ち達が参加を許されるとすぐさま彼らはスポーツ界を席巻し、記録される上位の者たちは軒並み個性使用者で占められたのだった。その記録は無個性もしくは個性の不使用者の努力次第で超えられるものではとてもなく、そうなれば意図的に押さえつけられていた個性所有者から不満が漏れ出ることはもちろん、さらには無個性者からも暴動に近い反発が出たことも必然と言えよう。

 個性使用を許された者、個性使用を許されなかった者、個性を持たぬ者。三者の溝は決して埋まることなく、ことあるごとに膨大なルール改定が行われたが、どのルールであっても誰に対しても平等な条件を与えることは終ぞ叶わなかった。さらには個性使用を許された異形型や常時発動型の個性を持つ者たちからも、個性によってはルール次第で明らかな不平等と格差が生じてしまい、不満と不平が漏れ出ることになり全てを巻き込んで反発は大きくなるばかりだった。

 その過程で起こったことは、国家間による異形型、常時発動型個性所有者の争奪戦であった。あらゆる手を使い帰化させ国家の威信を保とうと躍起になり、また別の人権問題が世界規模で発生したのである。オリンピックと言うスポーツ以上の意味を持っていた舞台故に、個人だけでなく各国を巻き込んだ国際問題に発展したことで、国際オリンピック協会は何かしらの早急な結論を強いられたが、その後苦渋の選択として『無個性』者のみが参加可能と条件付けをすることになり、画一的な不平等を選手へ押し付け、国際オリンピック協会が一身に非難を受けることで、一応の決着はみたのだった。

 そして、無個性者の母数が減り、個性所有者が大半を占めた現代でも、無個性者のスポーツ競技の記録会として現在に至っている。

 個性の発現によりオリンピックだけでなくスポーツ自体が差別を生むとされ、その差別と偏見を無くすために個性所有者が参加権を獲得したことがオリンピック衰退の決定打となったことで、結局オリンピック参加の権利も意義も失ったことには皮肉と言うほかない。

 スポーツ自体は途絶えることこそなかったが、その形は変えることを余儀なくされた。形を変えたもののおおよそ記録競技としての体は成せず、個性所有者たちのためのオリンピックの代替になるものは現代までいくつか開催されたが、記録としての平等を保つという根本的な問題が解決出来ずいずれも根付くまでには至っていない。

 オリンピック自体も無個性者に限定された記録会であることで、個性所有者からは興味を持たれなくなり、記録としても驚きも興奮ももたらさない以上無個性者すらも見向きをしなくなった。利益を追求する私企業であるマスメディアも利益にならないのであれば取り上げることもなくなり、今では細々と文化保存のためだけに行われるものにまでに縮小化していった。

 またスポーツ自体が差別を生むとされた以上、スポーツをやる上では記録を競う面よりもエンターテイメントとしての面を前面に出さざるを得なくなり、個性社会における精緻なルールに基づく競技は絶滅したと言っても過言ではない。

 実際、雄英体育祭にもその手の批判は未だに寄せられるらしい。それ故に、競技自体も厳密に記録を測るものではなくエンターテイメント色を強くし、さらに記録が主目的ではなくプロのヒーローへのアピールを兼ねたリクルート及び各所からのスカウティングが目的であるという体裁を取り繕うことでどうにか薄氷の上で開催しているのである。

 だが、競技スポーツを求める声も一定以上あることは確かであり、その復興を願う声も少なくないのもまた現実なのであった。

 

「……だからこそ、高校生の児戯めいたものであっても競技である以上一定の需要があるわけだが」

「ん? どうした?」

「いえ、なんでもありません」

 

 これは余談であり推測だが、この国の義務教育課程で行われる個性禁止の体力把握テストは身体能力の調査如何よりも、スポーツを通して無個性者への差別意識をなくすための教育課程と言う意味合いが大きいのだろう。

 無個性者への風当たりの強さは身をもって体験している分、その効果に意味があるとは思えないものの、反対に考えれば教育の賜物によりあの程度で済んだともいえるのかもしれない。

 

(私も、雄英(ここ)に来てから一般常識とやらが身についてきたみたいだな)

 

 雄英に来る前は、体力把握テストすらおぼろげにしか知らなかったのだから大した進歩だ。

 

「それじゃお互いなにもないことを祈るよ、けけ」

「ええ、それでは」

 

 そういうとパワーローダーは緑化地区の方向へ足を運び人ごみの中へ姿を消したのだった。

 

(何かあるとすれば(ヴィラン)連合が報復として襲ってくることだが、黒霧も死柄木弔もリカバリーガールのような個性持ちがいない限り三週間程度で治るほど生易しい怪我ではない。ただ可能性は低いといってもゼロでない以上警戒を怠るわけにはいかないか)

 

 私も、競技場外周に設営された警備要員の詰所である簡易テントへと向かった。

 簡易テントの下には、他の警備要員も集まっており、そして開会式が行われている画面を食い入るように見ていた。

 開会式は一年、二年、三年とそれぞれの会場で行われ、競技自体も学年別に分けられ開催される。

 この時点でかなり異色であることがわかるが雄英体育祭は、生徒の成果発表の場であると同時にプロヒーローたちが品定めをする場でもあるため、一般的な高校の体育祭の意味合いからも様式からもかなりかけ離れている。校内親睦の目的はまったくなく、専ら外部へ意識が向けられたプログラムになっているのである。

 

(体育祭と言うのは名前だけで、お披露目とリクルートがメイン。サポート科はともかく普通科や経営科が参加させられているのは体育祭と言う名目を維持するためだけ。雄英もなかなかえげつないことをする)

 

 雄英のヒーロー科は一学年につき二組しかないということを考慮した際、学年別に分けてしまえば必然的に運動能力に長けるその学年のヒーロー科が体育祭では目立ち、反対に否が応にもその差を他の科はまざまざと見せつけられることになる。

 一応、体育祭の成績によっては各科からヒーロー科への転科ができるらしいのだが、ほとんど逃げの口上なのだろう。

 ある意味これも、個性社会の歪みともいえなくもないのだが、サポート科と違い普通科や経営科にはヒーロー科に落ちたために仕方なくそこへ入ったという者も少なくないらしい。

 

(しかし差を見せつけられようと、本人たちの選択に他ならない。進学だけなら他の高校のほうが効率もいいのだから。理解したうえで未練がましく不満を垂れるだけに止まるか、好機と捉えるかは個人の資質だな)

 

 雄英の体育祭は雄英高校を目指すものなら誰もが知っているだろう。それを知った上で、他科に入学したのだから、差を見せつけられたところで不平不満を漏らすのはお門違いと言うものである。

 

(かといって、彼らの年齢で割り切れるものでもない。いろいろとこの体育祭は問題を内包しているが、国民的行事と化した今では無下に扱うことも難しい。何事もままならないものだ)

 

 ただ私が深慮も憂慮すべきことでもないことも確かである。

 いずれ解決へ向かうかオリンピックのように崩壊するかは今後の雄英次第であり、その頃に私は雄英(ここ)に携わっていることもないだろう。

 しかして私が雄英へ教師として関わることも予想外のことであり、未来のことは百%とは言い切れない。

 

(まったく数奇なものだな。人生と言うのは)

 

 画面の向こうでは、選手宣誓がなされようとしていた。各学年で一人ずつ生徒が代表として前へ出ていった。

 一年の選手宣誓はどうやら爆豪勝己がするらしく、体操服のポケットに両手を突っ込んだまま不遜に前へと進んでいる様子が映し出されていた。

 宣誓台へ向かう最中に、爆豪勝己はカメラを一瞥し画面越しに視線が合ったような気がした。その不遜な態度のまま宣誓台に上がり、マイクの前に立つ。

 

『せんせー』

 

 一呼吸だけ間があったかと思うと、鋭い目付きをさらに鋭くしポケットから手を出しカメラを指差したのだった。

 

『俺が一位になるとこを、そこで見ていろ』

 

 不遜な態度に違わぬ不遜な宣誓を言い放ち、会場にいる生徒から大ブーイングが巻き起こったが爆豪勝己はそれを全く意に介さず元の列へ戻っていったのだった。

 詰所にいたプロヒーローたちは笑っている者もいれば、引いている者、さらには怒りを滲ませる者もいた。

 一見、ライバルとなる他の生徒への宣戦布告だが、私はどうにもそうは思えなかった。

 

「……私への当てつけだな」

 

 開会式の宣誓が終わると、競技のルール説明が始まった。競技内容は『障害物競走』である。

 競技場の外周をコースとし、外周に設置された障害を掻い潜りながら全11クラスでゴールを目指す徒競走の一種であるが、その道中ではコースアウトをしなければ()()()()()()()()というものなのだ。それは、出場している選手も障害そのものということに他ならない。

 

(そろそろ、私も警備につかなければ)

 

 生徒達が走るコースを挟み込むように何台ものカメラロボットが設置されており、生徒達の競技の様子をリアルタイムで実況している。

 

(さすがに全国ネットで私の姿が放送されることは望ましくないな)

 

 狩人という秘匿されるべき存在である以上、私はそのカメラに極力映り込まないように移動しなければならない。 

 コースはある程度の塀に囲まれており、その裏側に身を隠す場所はある。カメラロボットも塀を越して生徒を撮影しているため映らないように動くこともそれほど難くはないだろう。

 しかし、全ての場所に塀があるわけではなく、どうしても見通しの良い場所を通る必要もあるため映りこんでしまう可能性も高く、なによりも生徒達に見つかってしまう。

 かといって、警備上離れすぎるわけにもいかないため、どうしたものかといまだに頭を悩ませていた。

 

(第一関門の場所はともかく問題は第二関門と第三関門。本当に無茶な命令(オーダー)だぞ、根津校長)

 

 第一関門ゾーンと入口のゲートの中間地点に位置取り、対策を思案しているうちに、競技場と外とを繋ぐ門が重々しく開いた。それをみて私は身を屈ませつつ僅かに顔を塀から覗かせる。もう、数秒もしない内に生徒達が一斉に外へと出てくるはずだ。

 昨日、訓練の終わりにクラス全員に一つだけこの体育祭に当たって声をかけたことがあった。

 教師が生徒達に種目を事前に教えることは禁じられているため、詳しい話をすることはなかったが全力を出すよう発破をかけるために一言だけ伝えたこと、それは。

 

「第一種目くらいトップ二十をA組で独占して見せろ、か。さて、お手並み拝見」

 

 青いランプが灯り開始の号令されると多くの生徒が人数に対して明らかに狭い門へ我先にと殺到した。しかし、そのせいで入口に詰まり身動きが取れなくなっている者が多数を占めいきなり混乱の様相を呈していた。

 その群衆の中から、三つの影が抜け出してきたのだった。

 

「どっけぇえぇえぇぇッ!」

「悪ィな。クラスメイトでも手加減はしねぇ」

 

 爆豪勝己が空中に身を投じ、爆破で推進力を得たことにより文字通り爆発的加速をもって入口で詰まっている集団を出し抜くと、ほぼ並んで轟焦凍が地を凍らせ他の生徒を妨害しつつ、さらに氷を何重にも重ねることにより機動力に変え前へ出る。

 

「僕も、負けられないんだ……ッ!」

 

 そして緑谷出久が僅かに遅れつつも大きな跳躍と共に同じく先頭へと躍り出たのだった。

 さらにその後に、他の一年A組の生徒達が続く。

 轟焦凍の不意の攻撃に戸惑う生徒達とは対照的に誰一人、轟焦凍の脚封じの攻撃にかかることなく一拍ほど遅れたものの先に飛び出した三人と同じく群衆から抜け出たのであった。

 先頭を目で追いつつ他の生徒が押し寄せるように一年A組の生徒達を追いはじめた頃に私も同時に駆けだした。

 既に先頭は最初の障害ゾーンへと差し掛かろうとしている。迅速にカメラロボットの後ろを進んで行き、この障害ゾーンへ爆豪勝己たちとほぼ同時に到達した。

 

「これって……入試の仮想(ヴィラン)!?」

 

 緑谷出久が顔をほぼ真上に見上げ驚きの声を上げた。

 雄英高校の一般入試の際に使われた数十メートルはあろう巨大なロボットが十体以上も密集し先頭の三人に大きな影を落としていた。さらに、小型のロボットも同時に生徒達に襲い掛かろうと向かっている。

 だが、三人は一切足を止めることなく、そして躊躇なくそのロボットの群れへ飛び込んでいった。

 

「遅っせぇなァ! クソポンコツがよォ!」

「足止めするまでもねぇな」

「狩人先生に比べれば……! 大丈夫。これなら、やれる!」

 

 三人は、振り下ろされる金属の巨腕を軽々と回避しつつ足元を縫うように、時には最低限の個性を発動し迎撃し、時には避けた腕を足場に見立て前へ蹴り進んで行く。

 小型(ヴィラン)に至っては、それぞれの個性の一撃をもって一蹴していったのだった。

 

『一年A組の三人が全く仮想(ヴィラン)を意に介さず突き進んでいくゥー! ビビるどころか逆に利用してるぜ!? 肝座りすぎだろォ!?』

『迷わなかったことは評価していい。実際の現場でも一瞬の躊躇が成否を分けることが多いからな』

 

 実況役のプレゼント・マイクのハイテンションな声とそれに反してやたらとクールなイレイザーヘッドの解説がスピーカーを通して大音量で会場に響く。

 さらに後続の一年A組も先頭の三人と同様に迷いなくロボットの群れへと向かっていった。

 

『実戦を通して、迷いがなくなったか。それとも別の自信がついたか。どちらにせよ、他のクラスより先に何かを掴んだようだな』

『おいおい、どーなってんだよお前のクラス!? 誰一人脚とめねーぞ!? これじゃ障害になってねー!』

『知らん』

 

 単純な体運びのみで突き進むものもいれば、個性を駆使し素早く抜け出そうとするものもいた。

 

「イィィヤッホォウ! 気分はターザンってな! 爆豪、轟、緑谷ぁ! すぐ追いつくからなぁ!」

 

 瀬呂範太は巨大な仮想(ヴィラン)の腕や脚にテープを次々と巻きつけ振り子の要領で乗り継いでいくことで密集地帯を潜り抜けてゆく。当然のようにロボットたちは足元をうろつく瀬呂範太を攻撃するが空中であっても何のことはなく焦り一つ見せず回避していく。

 素早い個性の発動と自在に方向を転換する身体感覚がなければできない芸当であるが、今の瀬呂範太にとっては苦も無くやり遂げられるだけの身体が出来上がっていたのだった。

 

「この程度の攻撃なら最短で行ける。試してみるか……!」

 

 飯田天哉はクラウチングスタートの形から、個性『エンジン』を発動させ巨大仮想(ヴィラン)の群れへと向かっていった。

 襲い掛かる鉄腕は飯田天哉が去った場所に叩き付けられ、攻撃はまるで追いついていない。

 さらに、飯田天哉は目の前に聳えるロボットの脚部を壁や段差に見立て、個性の付与された脚だけに頼るわけではなく腕や体全体を使いながら、身体の捻りや空中で回転を加え壁蹴りを駆使することでロボットの攻撃を躱していく。時には受け身のように地面を自ら転がりつつ最小限の動きで最大限の効率的な移動を行っていた。

 

(あれが、飯田天哉が試したいと言っていた技か。個性を使った『超高速パルクール』。緑谷出久や爆豪勝己に感化されて、といっていたがなるほどな)

 

 この体育祭だけでなく、市街戦でも十分に通用する技になるだろう。基礎を真面目に熟し、体幹を十分鍛えていなければできない身のこなし。人一倍真面目な飯田だからこそこれほど早期に習得できたと言っても過言ではない。だが、飯田天哉も全速力で行っているわけでもなさそうであり、彼流にいうのならば『三速』程度までしかスピードは出していないようだった。技の発想は申し分ないが、まだ意識と肉体が全力に追いついていないのだろう。

 そして、彼らを筆頭に一年A組の生徒達は次々と第一障害を難なくクリアしていったのだった。

 それどころか、飯田天哉のように試したい技を使い、実験する余裕すらある。今の彼らにとっては、この体育祭の場ですらも修行の場に変貌していたのだった。

 

「……ちぇ。もう抜けたのか。これじゃあ、個性を観察するどころじゃないな。最悪でも予選を抜けないとお話にならない」

「物間さ、そーゆー狡いこと考えてるからA組に置いてかれるんだよ」

「ん」

「A組のヤロウ! 絶対に一泡吹かせてやるからな!」

 

 A組が全員抜けてすぐ同じヒーロー科であるB組が追いついてきた。

 なにやら相談しつつ進むようだが、B組の何人かは物間寧人を中心に何か企んでいるようだった。

 

(対敵学のときもそうだが、物間寧人は考えすぎにより判断が遅くなる節がある)

 

 授業である以上A組だけでなくB組でも同じように私も授業をしているのだが、彼の評価はいまだに定まっていなかった。

 触れた相手の個性を真似(コピー)するという個性を持つ生徒だが、その個性柄観察をせざるを得ない状況に常におかれていたせいか後手に回る傾向が強い。

 

(勝利への執着は、A組の生徒にも負けず劣らずだが)

 

 物間寧人はなにかを仲間に伝えた後、不敵に笑いようやく仮想(ヴィラン)と対峙を始めたのであった。

 

「行こうか。雄英一年のヒーロー科は、A組だけじゃないって世間(みんな)にも教えてあげないといけないからね」

 

 

◇◆◇

 

 

 最後の生徒が第一障害を抜けた後、外周に設置されている実況用のモニターに目をやれば先頭三人が第二関門を渡りきろうとしていた。後続に続く一年A組の生徒も到達し始めている。

 第二関門は、落下ゾーン『ザ・フォール』。パワーローダーが抉り掘ることで作り上げた人工の断崖が生徒たちの行く手を阻む。ゾーンはおよそ百五十メートルほどの敷地に作られており菌糸類の萌芽のように適宜足場として地面が残されていた。その点在し立ち並ぶ足場と足場の間に太いロープが張り巡らされているコースである。

 仰々しいものの要は単なる綱渡りであるが、底が見えないという恐怖は簡単に人の脚を竦ませ立ち止まらせる。差し詰め恐怖に打ち勝つための試練といったところだが、今のA組にこの程度で怯む者はいない。

 訓練により鍛えられた身体と個性ならば、その程度の障害で遅れをとることはないだけでなく、なによりも厳しい訓練をやり抜いてきた自信が身体を立ち止まらせずに前へ一歩踏み出すための原動力となるのである。

 ある者は迷いなく綱の上を進み、またあるものは個性を活かし足場から足場へと直接飛び移っていく。それぞれが、今できるベストを尽くし眼前の困難へ立ち向かっていっていた。

 

(第二障害ゾーンはここからちょうど競技場を挟んで反対側。落下救助も含めて多数の人員が配置されている……それならば無理に追い付く必要もない)

 

 私は、踵を返し関係者用の通路から競技場内へ入るとコースを垂直に割るように競技場内を駆けていく。

 パワーローダーが自身の作ったコースを傑作だと評していたが、どうにもこの眼で直接視ることは叶いそうになかった。

 第二関門から第三関門までは、やや距離が離れているため単純な徒競走の場が設けられている。その間の時間があれば、競技場内を通り抜け先頭が第三関門に辿り着く前に到着できるだろう。

 関係者用通路と言えど、普段よりは何倍も人が多い。なにより例年より五倍に増員された警備を任された者たちによって手狭になっている。

 人を掻き分け、それでも迅速に進んで行く。どうにか第三関門のやや手前に出ることが出来る出口まで辿り着き、扉を開くと唐突な爆破音が鼓膜を揺らした。

 爆豪勝己、轟焦凍、緑谷出久の三名がプレゼント・マイクの実況をBGMに激しい攻防を繰り広げながら第三関門へと近づいてきていた。

 轟焦凍が二人を氷塊で攻撃すると爆豪勝己は爆破で迎撃し、さらに反撃として轟焦凍へ爆撃を見舞う。その隙に緑谷出久は氷による攻撃を紙一重で回避し、あえて反撃に出ず単独で先頭に出ようと跳躍を試みる。それに対し爆豪勝己と轟は更なる爆撃と氷塊をもって防いでいた。

 

(他人への妨害はこの競技の華とはいえ、そんなことをせずに前に出ることだけ考えていればとっくに第三関門へたどり着いていただろうに)

 

 三人が攻防を繰り広げている間に、私も私のことを考えねばならなかった。

 

『さあ! 先頭は既に最終関門に到達だ! 一面地雷原、怒りのアフガンだ!』

 

 プレゼント・マイクが妙にレトロな映画を譬えに使いつつ、熱の籠った実況を行っているが今の生徒は誰一人わからないのではないだろうか。何度かリメイクはされたものの、なにせ原作が公開されたのは個性社会以前なのだ。彼らの親世代でも認知度は高くないだろう。

 

『地雷の位置はよく視りゃ分かる仕様になってんぞ! 目と脚、酷使しろ!』

 

 この第三関門のゾーンは地雷原を模した平地となっており、演出のためかコースを囲う塀も有刺鉄線になっている。

 ここが、懸念していたもっとも姿を隠しにくい場所だった。

 身を隠しつつ観察ができる場所と言えば、疎らに生えている樹木の上くらいだろう。しかし、そこへたどり着くまでにはどうしても遮蔽物のない更地を進まねばならず、間違いなく生徒もカメラも私の姿を捉えてしまうだろう。

 

(……仕方ない。使うしかないか)

 

 手袋を外し親指の表皮を噛みきり出血をさせ、『古い狩人の遺骨』を発動した。発動により『加速』を得た私ならば、よほどの高性能のスローを撮ることのできるカメラでない限り映っていたとしても、視ることはできない。

 しかし、言い方はアレだがこんなことのために切り札の一つでもある狩り道具まで使用して、なにをしているのだろうかという疑問がふつと沸き、内心で溜息をついた。おそらく今の表情を鏡で見れば、弛緩した間抜けな顔をしていたに違いない。

 余計なことを考えないように頭を振り、樹上へと駆け上り緑葉の中へ姿を隠したのだった。

 

『すげーぜこいつら! とんだデットヒート! 何回先頭入れ替わるんだよ!?』

 

 爆破で身体を浮かせ地に降りることなく踏破しようとする爆豪勝己を轟焦凍が氷壁を展開し妨害すると、すかさず緑谷出久が氷壁を利用し跳躍を試みる。が、爆豪勝己は緑谷出久の体操服の裾を掴み地面に投げ捨てるように放り、意地でも前へ進ませないように妨害をしていた。

 先頭の三人は変わらず互いを妨害しながら、地雷原を突き進んでいく。

 地雷の派手な爆破が幾度か起こるものの、それでも三人の目に映っているのはライバルとゴールだけのようだった。

 三人の進行が鈍くなる一方で、他のA組の生徒も追いつきつつあったのだった。

 

『ここで、後続も最終関門に到達ッ! 次々と地雷原へ突入していくぞォ!』

 

 プレゼント・マイクの実況を聴いた三人は思わず後ろを振り返った。

 そこには、他のクラスを置き去りにしたA組の面々がまだ誰一人一位になることを諦めることなく虎視眈々と前方を走る三人の背中を見つめていた。

 

黒影(ダークシャドウ)、探査開始。俺を安全なルートに導いてくれ」

『アイヨ!』

「ウチもそれやろっと。地面に刺せば簡易音波探査(ソナー)のできあがりっ。丸見えだね」

 

 常闇踏陰と耳郎響香は探査を駆使し、地雷を避け先頭に迫っていく。

 その上空を一つの影が追い越してゆく。

 

「皆さんには申し訳ないですが、私は走るつもりはありませんわ」

「うわ! ヤオモモずっこい!」

「ず、ずっこい!? って、きゃあっ!」

 

 八百万百は、パラモーターを創り上げ地雷原に一切足を着かずに抜けようとしたところを常闇踏陰と瀬呂範太に捕まり叩き落され、地雷の爆破に巻き込まれたのだった。

 A組の面々が地雷原の攻略を始めたころ、後方から小さく他の集団の影が見え始めた。

 

『さあさあ! 本当に最終局面だぜ! 最初の種目、栄冠の一位は誰が手にする!?』

 

 先頭の三人が今度こそ、前だけを向いた。

 

「ここまでくれば後ろがどうとか関係ねぇ。やるか」

「俺が、一位だ!」

「考えてはいたけど無謀だからやれなかった。だけど勝つにはリスクを恐れちゃだめだ。行動あるのみ。失敗したらそのときに考えろ。やるぞ!」

 

 轟焦凍は足元から冷気を放ち前方の地雷原を全て凍らせ、さらに靴裏に氷でスパイクを作りだし全力で駆けだした。それとほぼ同時に爆豪勝己は、特大の爆撃を後方に撃ち出し身体を浮かせ飛び上がる。

 

「しまった……! 地面の氷がブ厚い……これじゃ僕が考えていたことが……いや、今の僕ならできる。いや、やるんだ! 勝つために!」

 

 一瞬だけ緑谷出久は立ち止まった。その間にも爆豪勝己と轟焦凍はゴールへと近づき緑谷出久との差は拡がっていく。さらに後方からは他のクラスメイトも追い縋ってきていた。

 

(さあ、この状況から勝つために何をする、緑谷出久)

 

 緑谷出久は大きく息を吸い込み、

 

「……脚部限定、一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)! ()()()()()

 

 右脚を叩きつけるように踏込むことで分厚い氷を砕き割り、地面を思い切り踏み抜いたのだった。

 緑谷出久は、私が教えた力の受け流しを利用することで、ワン・フォー・オールによる自傷を防ぎ、現在の肉体許容限度である九%から二倍の十八%まで引き上げたのである。

 踏み抜いたのと同時に氷の下に埋まっていた地雷が作動し爆風が緑谷出久を包み込んだ。

 しかし、緑谷出久は体勢を崩すことなく、それどころか爆風に乗るように地面を蹴ることで大跳躍を見せ、前方を進む二人をはるか頭上から肉迫していった。

  

「デクぁ!!」

「緑谷!? だが抜かせねぇ!」

 

 爆豪勝己と轟焦凍は上空を見上げ何が起こったのかわからないといった表情をみせたが、さらに抜かれまいと一層加速していく。

 三人が最後の気力を振り絞るように前へ前へと進む執念の背がゴールを目指し第三関門から遠ざかって行った。

 

「決着の瞬間を見られないのは、少々残念だ」

 

 この湧き出た感情に私自身が驚いていたが、それでも素直に受け入れることはできた。

 警備のため、私はここから離れることが出来ず、ここからではモニターを視ることもできない。

 プレゼント・マイクの実況と競技場から大歓声が響き渡り、彼らの決着を私に報せたのだった。




【官憲の服】
かつて厄災を追い、とある古都を訪れた官憲隊の制服。
彼らは皆厄災の餌食となり、生き残った一人が厄災を喰らったという。
それは、古都の民の好む類の噂話だ。
高圧的で偏見に満ちた異邦人たちは、古都を理解せず故にその闇に血の躯を晒す。
なんと溜飲の下がることか。

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