またちょっとしたアンケートを活動報告へ書いておくのでお時間がある方はご回答いただければ幸いです。
私は最後の一人が競技場へ戻ったのを見届けた後、警備員の詰所である簡易テントの元へ戻り、会場が映し出されているモニターをみていた。
先頭集団がゴールをしてからおよそ三十分後に全ての生徒が会場に戻り、第一競技の結果の発表を待っているという状態だ。生徒はゴールには戻ってきていたもののそのほとんどがリタイアであり、その多さは第一種目の過酷さを物語っていた。
実際に完走できた生徒は学年の三分の一程度でしかなく、さらにその中で上位陣は軒並みヒーロー科が占めているのであった。
『さあ、全員が戻ってきたところで改めて順位発表だ! ミッドナイト、よろしくゥ!』
『オーケー! それじゃあ、画面をごらんなさい!』
会場の大型モニターに下位から顔写真と共に次々と映し出されていく。
案の定順位のほとんどはヒーロー科の生徒達が立ち並んでいた。
その映し出された中で、最下位は四十二位であり、同時にその順位は予選通過のラインとして示されているのであった。
そして、その四十二という数字は、ほぼその学年のヒーロー科の人数と同じなのである。
(つまるところ予選は、実質ヒーロー科以外を篩い落とすための競技。本当に体育祭はヒーロー科のためのものなのだな。ヒーロー科のプロへのアピールとリクルートが目的である以上、当然の処置ではあるが、やはり残酷極まりない)
普通科や経営科がヒーロー科に転科できるかもしれないという淡い希望を粉々に打ち砕く予選。
一学年のヒーロー科の人数は四十人。そしてその四十人は倍率三百倍以上という非常識ともいえる難関の入学試験を潜り抜けたエリートたちだ。
そのエリートたちが、たかが二か月弱程度とはいえ身体能力に磨きをかけるための授業を受け、さらに能力を伸ばしているのが現状なのである。
そのような状況で純粋な競技で普通科や経営科がヒーロー科に敵うことがあるだろうか。
断じて否である。
答えは火を見るより明らかであり、それはつまりヒーロー科以外の枠は二枠しかないことを示唆していた。
(反面、これはある意味雄英なりの優しさなのかもしれないが)
第一種目の第一関門がそうであったように、入学試験で用意されたものは雄英の考える最低限の障害でしかない。
現代はヒーロー飽和社会だ。ヒーローになることはできても、その後に奮わず影へと消えてゆくものも少なくないのが現実である。
そうした者をできる限り出さぬよう雄英は篩にかけ、素質そしてヒーローとして活躍できる可能性の高いものだけを育成すると決めた結果がこの少数精鋭なのだろう。
(ヒーローになることが夢でも、ヒーローになった後のことを考えられる子供は少ない。ヒーローを続けることは常に試練の中に身を置くようなもの。その試練に耐え、打ち克つだけの能力をもたない者は、ヒーローになったところで現実と理想のギャップに折れてしまうだけだ)
ヒーローは派手な反面、潰しの効かない職業でもあり、肉体労働に近いため職業的な寿命も長くはない。しかしヒーローという職業が合わなかったからと言って簡単に転職できるものでもないのである。
ヒーローとは、ある意味個性を使う職業だ。しかし、ヒーロー以外の職業で個性を使える場面が極めて限られている現代社会では、その個性に長けているということは長所になりにくい。
ヒーローという夢に破れた後に、さらに現実に打ちのめされ、社会からドロップアウトしてしまう元ヒーローは決して稀有な例ではないのだ。
(しかし、それを子供達へ説いても無意味、というより逆効果にしかならないだろう。金銭的な動機や名誉欲を原動力にしているのなら安定志向とは遠くあり、『救いたい』という思いを糧にしているのなら、尚のこと遠い。まあ、彼らも彼らなりに考えをもってヒーロー科でなくとも雄英の門を叩いたのだから、これは余計な鬼胎というものか)
私が、考えに耽っている内に、順位発表は進んで行った。
画面の向こうのミッドナイトが鞭を振るいながら順位発表を盛り上げていたが、やはり映し出された面々はヒーロー科ばかりであり、その中では普通科とサポート科から一人ずつ予選突破をした生徒がいるだけだった。
『さあ、いよいよここからはトップ二十! そして驚くべきことに、なんとこのトップ二十は全員がヒーロー科A組! 一つのクラスがまるっと独占するなんてこんな体育祭初めてよ!』
興奮気味に捲し立てるミッドナイトのアナウンスと共にA組の生徒の顔写真が映されていった。
(まさか、本当に独占してしまうとはな)
発破をかけるだけのつもりでいったことであり、実際に成すことは難しいと思っていた。だが、まさか実現させてしまうとは、予想外と言わざるを得ない。
彼らの身体能力の向上以上に、体育祭へ懸ける思いの部分が大きいということなのだろう。
『まずは、二十位から十一位までを発表するよ!』
【二十位】 青山優雅
【十九位】 葉隠透
【十八位】 上鳴電気
【十七位】 口田甲司
【十六位】 峰田実
【十五位】 芦戸三奈
【十四位】 麗日お茶子
【十三位】 佐藤力道
【十二位】 障子目蔵
【十一位】 蛙吹梅雨
次々とA組の名前と写真が表示されていく。
青山優雅と葉隠透は個性上競技に適したものではなかったため、自身の体術のみで勝負するしかなかった。しかしそれでいて二十位圏内に食い込んできたことは日々の鍛練の賜物であり、彼らの力の発芽に他ならない。
(葉隠透の場合、コース外を走っていても気づかれなかっただろうに。真っ向からこの競技に向き合い結果をだしたことは彼女の意地であり、プライドか。そして青山優雅もよく葉隠透に喰らいついていった。状況を判断し個性に頼ることなく体術を使う選択が結果的に功を奏したな)
もし、個性を連発し腹痛を催していたら予選突破すら危うかっただろう。だが、青山優雅は個性に頼り切らなかった。その判断だけでも十分な成長だと言える。
上鳴電気や口田甲司も彼らと同じく個性を使う場所がなかったにも拘らず、よく体術をメインにして上位へと食い込んでいった。
反対に峰田実や佐藤力道、麗日お茶子、芦戸三奈あたりはもっと上位へ食い込めたはずだが、意図的に個性の使用を抑えていたように見受けられた。次を考えてのことか、もしくは体術でどこまで通用するかを試していたのだろう。
蛙吹梅雨や障子目蔵は、異形系の個性を活かし使うべきところを見極めつつ終始冷静に戦況を見渡しており、その結果、派手に目立っていたわけではないが、堅実にコースを走破し危なげなくゴールを決めていた。
『ここからはトップテン! そしてそのままレースを制したトップまで一気に紹介しちゃうわよ!』
ミッドナイトの掛け声に合わせ画面が切り替わり、写真と順位が表示されていく。
【十位】 耳郎響香
【九位】 八百万百
【八位】 瀬呂範太
【七位】 切島鋭児郎
【六位】 常闇踏陰
【五位】 尾白猿夫
【四位】 飯田天哉
四位まで表示されたところで、一旦画面が止まる。演出を兼ねてミッドナイトがマイクパフォーマンスを行っていた。
(順位は上位でも、各々課題とするところはいくつかある)
耳郎響香の順位は、第一関門では瀬呂範太を模倣し個性である『イヤホンジャック』を使い大型ロボットの隙間を悠々と抜け、そのときに得たアドバンテージを最終関門まで維持した結果だ。最終関門では、個性を活かした索敵によって一度も地雷に引っかからずに走破しきっていた。
しかし、その攻略法のほとんどが他の選手の真似であり自身が思いついたわけではないため、彼女自身が単独で競技に臨んだ場合、同じタイムを出すことが出来るかは若干の疑問が残る。瞬発的な思考能力も対敵や対災害では必須の能力であるため、彼女は今後身体能力よりもそちらを重点的に訓練した方が良さそうだった。
八百万百は、最終関門までは上位集団にいたが、最終関門での妨害を受け順位を落してしまい、十位まで後退をしていた。彼女の実力ならばもっと上位にいてもおかしくないが、これもまた競技種目の妙であり妨害に対応できなかったことも含めて新たな課題が見つかったのならば、この順位も無駄ではない。
(八百万百の場合、素直すぎる面がある。育ってきた環境の影響だろうが、もう少し狡猾な思考も覚えねばいつか足を掬われかねない)
素直な点は、彼女の美徳でもあり、しかし枷でもある。その枷自体は外すことはおそらく容易いが、一度外してしまったらその素直さは消えてしまう。良し悪しの判断は現段階でできるものでもなく、もう少し慎重に見極める必要がありそうだった。
(それにしても、八百万百より上の順位の者は、もともとの才覚以上に訓練で大きな伸びを見せたもの達ばかりだ)
瀬呂範太、切島鋭児郎、常闇踏陰、尾白猿夫、飯田天哉の五名は最後までトップを諦めなかった者達でもある。
最初からトップを狙いひたすらに前を追っていた。訓練で得たものも個性も惜しげもなく使い、今の順位を維持しようなどという意識よりもひたすらに一位を目指していた。
だがそれでも、トップ三に届かなかったのだから、悔しさを隠すことなく顔に滲ませている。
彼らは、きっとこの結果を糧にして今後も大きく成長していく。それだけでも十分すぎるほどの収穫と言えよう。
『そして、ここからはお待ちかねトップスリー! 第三位、緑谷出久ゥ!』
ミッドナイトのアナウンスと同時に、画面に大きく緑谷出久の顔写真が映しだされた。その後、緑谷出久をカメラが捉え画面が切り替わるが、その表情は明るいものではなかった。
あのとき、最後にみせた大跳躍でほんの一瞬はトップに立ったのだが、トップになった直後、身動きの取れない落下の最中を爆豪勝己に狙われ叩き落とされたのである。
落されたもののすぐさま体勢を立て直し、走り出したのだがそのときに生まれた差を埋めることはできずに三位でフィニッシュしたのだった。
(及第点といったところか。レースの最後、轟焦凍がコースを凍らせた際、一瞬だけ緑谷出久は戸惑い立ち止まった。それがなければ爆豪勝己に捕まることなく最後まで競り合うことができただろう。しかし、緑谷出久があの場面で立ち止まったのは間違いなく彼の染みついた習性であり思考のあり方だ。つまり、立ち止まらずに即座に行動に移すということは現時点の緑谷出久にとって、あり得ぬことである以上轟焦凍に地面を凍らされた時点で勝敗は決していた)
それでも私にとっては予想外であったことに違いはなく、嬉しい誤算でもあった。
(まだワン・フォー・オールを使いこなしているとは言えない。ただ初期の状態を思えば、よく一か月程度でここまで伸ばしたものだ)
発芽したて特有の爆発的なものとはいえ、他の者と張り合えるまでになった事実は緑谷出久を更なる成長へと促すだろう。
ただそれは、ワン・フォー・オールという超大な個性だからこそであり、そうでなければこの結果は得られなかった。ワン・フォー・オールを引き継いだ緑谷出久にとっては不本意なものであるかもしれないが、ここで偶然で一位になってしまい実力を勘違いするくらいならば最後の競り合いに勝てなかった今のほうがいい。
(いずれは、全てを凌駕してもらわねばならないが、今はまだそのときではない)
緑谷出久の成長を感じている内に画面の向こうでは、ミッドナイトが次の順位を発表に移っていた。
『第二位、爆豪勝己ィ!』
爆豪勝己は、形相険しく自分の順位の表示された画面を見つめていた。ぎり、と歯ぎしりをしながら拳を強く握っている。
選手宣誓から察するに、おそらくすべての種目で一位を取るつもりでいたのだろう。緑谷出久以上に悔しさと怒りを顔に浮かべていた。
(全く、緑谷出久に構わなければ最後まで結果はわからなかっただろうに)
私は思わず嘆息していた。
緑谷出久が第三関門の終盤で大跳躍によりトップに躍り出たとき、爆豪勝己は爆破による推進で真っ直ぐゴールに向かっていた進行方向を上向きに変え、緑谷出久へと迫っていった。
確かに緑谷出久を叩き落し妨害に成功することが出来たのだが、結果としてその進行方向を変えたことによるタイムロスが致命傷になったのだった。
(緑谷出久への対抗意識……ではないな。認めたくないのだ。ずっと下に見下していたものが、いつの間にか背後に迫り、もうすぐ自分の肩に手が届く範囲にまできていることを)
これは、緑谷出久の逡巡と同じく爆豪勝己の習性であり思考のあり方である以上、この結果は緑谷出久が先頭集団にいた以上変わりえない結果であり、つまりは爆豪勝己の現時点の実力なのだ。
端的に言ってしまえば、判断ミスによる失策。結果を予測しきれなかったのか、しなかったのかわからないが、冷静に考えれば容易に予測できたことである。
徹底した合理主義である必要はないが、周りが見えなくなるほどに冷静さを失うのは論外だ。
今回は体育祭という場であるからいいものの、実際の現場で同じようなことをされては他者まで危険に晒しかねない。
私のように常に独りであるならばそれでも構わないが、彼はそうはいかないだろう。
(これは爆豪勝己の明確な課題だな)
やや悄然としている間に、結果発表は最後の一人への発表を行っていた。
『そして、第一位はァ! 轟焦凍ォ!』
映し出された轟焦凍の顔はこれといった感慨も無いようで、至って平静と変わらない。いや、どちらかと言えば納得いかないような、そんな歯切れの悪い表情に近い。
おそらく、最後の瞬間に爆豪勝己と緑谷出久が脱落したことが気に喰わないのだろう。
(確かに、彼ら二人は自滅に近いものでトップ争いから脱落した。だがそれは轟焦凍の結果を否定するものではない)
過程を気にするなとまでは言わないが、客観的に見れば結果が全て。過度に誇ったり驕ったりする必要もないことと同じく自省や分析は自身の中に留めておくべきであり、それを表情に出す必要もないのである。
(青い、と断ずるのは簡単だが、認識させたところで何か変わるわけでもない)
轟焦凍が、なにを糧にしてどうして成長を目指すのか。私にはいまだに掴めていない。当人が言っていた復讐だけがヒーローを目指す原動力とはとても思えないのだ。彼に根差した原点は、負の感情以上の何かがあるように思う。
しかし、時折見せる憤怒に近い感情が、彼を突き動かす大きなエネルギーの一部になっていることは間違いなかった。
(さて、私は次の持ち場につかなければ。次は競技場北口か)
確かこの後にすぐ二回戦の騎馬戦が始まるはずだ。その前までには次の持ち場についておく必要があった。
(ここからはちょうど反対側だな。競技場内を抜けていけば余裕をもってつけるだろう)
私は仮設テントから一番近い入口から競技場内へ入っていった。相変わらず混んでいる関係者用通路をしばらく進んで行くと、ふと見知った顔を見つけた。
相手も私に気が付いたようで、眉間に皺を寄せながらつかつかと私に向かって歩を進めてきたのだった。
「貴様が、なぜここにいる」
「エンデヴァーこそ、どうしてここにいるのでしょう。貴公が雄英の警備の依頼を受けるとは思えないのですが」
「フン。答える義理があると思うか?」
「いいえ。別に私も返答を期待して訊いたわけではないので」
「生意気さは"狩人"になってからも変わらんな」
燃焼ヒーロー:エンデヴァー。
オールマイトにも劣らない巨躯と、個性である顔や肩から猛る炎は彼の気性の荒々しさをそのまま表しており、オールマイトに次ぐ現ナンバー2に名を連ねるヒーローだ。そして事件の検挙数に至ってはオールマイトすらも超えトップに君臨しており、彼の炎は
彼とは私が狩人になる前に、オールマイトと一緒に会ったことがあった。
当然エンデヴァーも日本の治安を守るトップヒーローであるため、
エンデヴァーの高圧的、威圧的な物言いは昔から変わっておらず、当時私も幼さゆえの未熟のままに反論してしまったことがあり、その結果決して良好と言える関係が築けるわけもなく、必要最低限の接触にとどめていたため目の前にして会うのは実に数年ぶりなのであった。
「私は、仕事です」
「一般公開すらされていないPSIAの特務局が出張るような仕事がここにあるとは思わんがな。いくら相手が雄英でも警備依頼を受けて動くような組織でもあるまい」
「実際任務の一部ではありますが、仰る通り警備が主眼ではありませんね。ただそれ以上に今の私は雄英の教師ですので」
「教師? 貴様が?」
私の言葉を聞くと、よほど可笑しかったのかエンデヴァーは天を仰ぎながら大笑いを始めた。注目を集めることも厭わずにしばらく笑い続けた後ごほんと一つ咳払いをして私に向き直ると好奇に満ちた目で私を射抜くように視線をぶつけてきた。
「いや、久方ぶりに笑わせてもらった。とうとう狩人から干されたか」
「確かに狩人とは直接関係ありませんが、別段狩人の任を解かれたわけではありません。それに狩人自体干される干されないといった類の職務でないことはご存じでしょう」
「それにしても教師とは傑作だ。職務の落差にさぞ戸惑っているんじゃあないか? 壊すことを仕事にしてきた貴様が導くことの真似事など到底できるとは思わんからな」
「それも承知してこの任に就いていますから」
私がそういうと、エンデヴァーはつまらなさそうに表情を変え、鼻を鳴らしながらそっぽを向いてしまった。
わかっていていっているのであろうが、おそらく私の反応が想像したものと違い、面白く思わなかったのだろう。
「貴様がどんなことをしようが興味はないが、俺の子に余計なことだけはするなよ」
「貴公の御子、ですか」
「ククク、あれはいずれオールマイトをも超える。超えさせる。当然貴様もな」
不敵な笑みを私に向けながら、私じゃないどこか遠いところをエンデヴァーは見据えていた。
私も教師という立場を得ているため、生徒の情報は眼にしている。彼は直接誰とは言わなかったが、私も彼の子が誰かは把握している。
エンデヴァーこと本名、轟炎司。つまり、私が副担任をしている一年A組に所属している轟焦凍こそが彼の子であり、もう既にエンデヴァーからすれば余計なことを十二分にしているのであった。
だが、エンデヴァーが私が現在雄英に所属していることを知らなかったということは轟焦凍は私のことを話していないということでもある。エンデヴァーであれば、私の名前を出さずとも恰好や容姿の特徴を知れば私が雄英にいることは察せたはずであり、それを知らなかったということであれば、轟焦凍からなにも聞かされていないということは容易に予想がつくのだった。
「私は貴公の家庭内の教育方針にも教育論にも興味はありませんし、そのことに言及することもしませんが」
「……?」
「貴公は御子からもう少し信頼されるように振る舞ったほうがよろしいのではないですか」
「どういう意味だ」
「意味も何もそのままですよ」
「……フン。なにを言いたいのかわからんが、俺とあれの間に信頼などいらん。ただあれは全てを超えれば、それでいい。もう一度言っておくぞ、もし俺の子と関わることがあっても余計なことをするんじゃあない、いいな」
それだけいうと、エンデヴァーは踵を返し観覧席に続く道を進んで行ってしまった。
関係者用のこの通路にいたということは警備を受けたのは間違いなさそうだがどうやら、ここにいるのも我が子の活躍を視るために依頼を受けたというのが実のところだろう。見た目や振る舞いに反して随分と教育熱心なことだ。
(いや、あれはただの執着か)
昔からエンデヴァーはオールマイトに対して異常なまでの執着をしていた。それが嫉妬からくるものなのかある種の諦観からくるものなのか、彼の内心を推し量るようなことはしないが、その熱に四六時中当てられる轟焦凍には若干の同情を覚えた。
(まあ、私には関係のないことだ)
通路の奥へエンデヴァーの姿が消えてから、私は再び北口へ向かって歩き出したのだった。
私が北口の警備に交代でついた直後あたりから第二回戦は始まり会場は再び盛り上がりを見せていた。
ここには画面もなく、特に会場内の様子を知ることもできないため、会場からの歓声くらいしか中の状況をうかがい知ることはできない場所だった。
「気になるんじゃないかい?」
「なにがですか?」
私と一緒に北口の警備に当たっていたセメントスが唐突に尋ねてきた。
「なにがって、君が副担任をしているA組の動向とか」
「いえ、別に」
「……オールマイトさんが言ってた通り淡泊なんだね」
どちらかと言えば私のことをオールマイトがどのように吹聴しているかに興味はあったものの、セメントスが言う一年A組の動向についてはほとんど気にしていなかった。
「二回戦は騎馬戦でしょう? そして抜けられるのは上位十六名のみ。どんなに彼らが努力をしてもA組の内、最低四名は必ず脱落します。それに一六名全員がA組で占めるのは難しいとも思っています。競技の性質とチーム戦である以上自身の能力だけではどうしようもないこともあるわけで、純粋な実力を測る競技でないこの種目は正直なところ私の興味からは程遠いですね」
「まァ、狩人先生の言うことは最もだけどね。ただヒーローとしてはもっと困難なチームアップで仕事をするなんてザラにあるわけだし。その中で実力を見せて、発揮していかないといけないわけだし。その模擬の模擬程度にならなるんじゃあないかな」
「……ええ。私も競技自体を否定しているわけではありません。十全でない状況で活動するのが当たり前の世界ですからね」
「そういうこと」
セメントスと話している内に会場のボルテージは高まり、大歓声が背後から響き渡っていた。
「おー、盛り上がっているね」
「二回戦もあと十分を切りましたし、そろそろ各チーム動きがあったんじゃないですか」
シンプルに考えた場合、他を補助できる個性を持ったものほど有利であり、反対に範囲を巻き込む個性を持つ者は強力な個性ほど不利になる。ただ組み合わせによっては、範囲を巻き込むことを制限でき有利な個性へと変貌させることもできるといったところだ。
つまり騎馬戦の肝は如何に自身の個性を有利に仕立てることができる相手と組めるかであり、目先のポイントの多寡に囚われてチーム作りをないがしろにすると痛い目を見ることになるだろう。
「ちなみに、誰が抜けると思う?」
「さあ、あまり無意味な予想は好きではないので」
「……本当に淡泊だね」
セメントスにやや呆れられたが、実際に意味はないと思っている。
「ですが、あえて言うのでしたら『勝利のためにプライドを投げ捨てられるもの』が勝ち抜けると思いますよ」
「どういう意味?」
「良くも悪くもプライドが高い生徒が多いですからね。技術や力量も大切ですが、どこまで勝利への純度を高くできるかという精神的な面が試される場であると思っています」
「へえ、そういう見方もあるんだね」
いうなれば一回戦は基礎能力の争いであり、二回戦はその基礎能力を踏まえたメンタル面の争いであると思っている。
そういう意味では力をつけてきたことでA組は苦戦を強いられるかもしれないのであった。
「彼らはまだまだ肉体的にも精神的にも成長過程。伸ばした力が自信になることはいいですが、その自信がチームを組む段階で邪魔する可能性もなくはないですから」
「まあ、若いころにはありがちだよね。無意味に尖っちゃうことも。って僕らもまだ若いんだけど」
「同じ若いに括られても彼らと私たちの決定的な違いは、経験です。彼らには圧倒的に経験が足りていない。A組は先日
どうなるかは、わからない。
しかし、どのような形であれ彼らの成長を促すものにはなるだろう。
背後の会場から、制限時間を報せるカウントダウンの大合唱が聞こえはじめ、空砲と共に二回戦の終わりが告げられたのだった。
【片目の鉄兜】
逆さにしたバケツのような鉄兜。
恐らくは元の使用者がそうだったのだろう。
片目だけ、のぞき穴が開いている。