月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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アンケートにお答えいただいた皆様ありがとうございました。
とりあえず、当初の予定通り騎馬戦は書かない方向でいきたいと思います。


20.雄英体育祭、最終種目

 北口の警備が終わると、ローテーションとして私も休憩の時間になった。

 私が北口の警備をしている間に二回戦の結果発表と生徒達の昼休憩があり、今生徒達は最終種目の抽選を行っているところである。

 職員控室には同じく休憩に入った教師陣が一息ついていたのだった。

 

「やあ! 君も今休憩かい?」

「ええ、そうです。オールマイトもですか?」

 

 トゥルーフォームのオールマイトがややだぼついたスーツに身を包みながらやってきた。

 オールマイトは活動時間の関係上警備を免除されているため、今も生徒達の観戦をしてるものだとばかり思っていたが、手に持っている外の屋台で購入したと思われる香ばしい匂いを漂わせた大きなビニール袋を軽く掲げているところを見ると今から昼食の様だった。

 

「一緒にどうかなと思って。外の屋台で買ってきたよ」

「ありがとうございます、是非」

「ああ、よかった。余計に買ってきたから断られたら一人で処理しなくちゃいけなくなってたからね」

 

 私がオールマイトの誘いを断る可能性があると思っていることがまず心外だったが、オールマイトがわざわざ時間を割いたということは何か話があってのことなのだろう。

 疎らにしか人のいない雄英教員専用の控室の隅の席でオールマイトと机を挟んで対面に座る。

 オールマイトはビニール袋からごそごそと屋台で買ってきたものを取りだしていった。

 

「そういえば、君はまだ二回戦の映像みてないんだよね」

「ええ。おおよその展開と結果だけは聴きましたけど」

「ああ、そうなんだ」

 

 焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、イカ焼き、焼きトウモロコシ、フランクフルトと机の上に拡げられていった。

 祭りの屋台など縁遠い存在だったため、どれも物珍しいものだった。

 

「……ソース味が多かったね」

「私は気にしません」

「そっか。まァ、すきにとっていってよ」

 

 オールマイトがたこ焼きを頬張りながら改めて先ほどの二回戦の話を振ってきた。

 

「いやァ、すごいね。A組」

「元々素養のあった子たちですからね」

 

 先程までの騎馬戦の結果だけみれば、最終種目に進んだA組は十二名。

 しかし、その競技を圧倒していたのは終始A組の生徒達なのであった。

 

「ほぼ最後までA組が上位を独占していたけど、最後の最後に潰しあいしちゃってたからねぇ」

「仕方ありません。彼らも仲良しごっこをするために体育祭に臨んでいるわけではないですからね」

「そうだね。まあ、何人抜けられるか説明していなかったから、こうなることも仕方がないというか想定していたというかそういう競技だしね」

 

 騎馬戦の最終盤には、A組が上位四チームを占めていたもののラスト三十秒の攻防で三位と四位のチームが得点を奪い合う展開になり四位チームが三位チームから得点を半分以上奪った結果、順位の入れ替わりが起こったのだった。

 

「それでB組と普通科が混合した五位のチームが繰り上がって四位でフィニッシュするまでずっと上位をA組で占めてたのは本当にすごいことだよ」

 

 オールマイトは感慨深そうに頷きながら、そう零した。その呟きには、それ以上の感情がこもっているように聞こえた。

 

「緑谷出久、ですか?」

「え?」

「彼も第一競技を頑張っていましたから」

 

 私がそういうとオールマイトは少しだけ困ったような顔をして人差し指で頬を掻いた。

 今回の騎馬戦は、ある意味驚きの連続だったと言っていい。

 まず、爆豪勝己と轟焦凍、そして緑谷出久が組んだのだから、A組の驚きは尋常でなかっただろう。

 どうやら轟焦凍が主導してメンバーを集めたようであったが、その中に八百万百を入れ騎手へとすることに同意し爆豪勝己が騎馬となったことも然ることながら、緑谷出久をメンバーとしていたことには、爆豪勝己という人物を知っている者からすれば驚天動地であった。

 彼らは開始と同時に、緑谷出久のパワーと爆豪勝己の爆破によって騎手の八百万百を飛ばした。

 その間は轟焦凍が幾重もの氷壁で他チームを妨害し、確実に、安全に行動を確保していたことにより妨害の入る余地もなく緑谷出久と爆豪勝己は八百万百を上空へ正確に飛ばすことだけに専念できたのだった。

 打ち上げられた八百万百は、ほぼ同時にパラモーターを作り上げ、ゆったりと空中を旋回しつつ、さらに気球を作り上げ完全な安全圏へと退避したのだった。

 騎手を投げ飛ばしたあとの状態を騎馬と呼ぶのかは些か疑問が残ったものの、意識の不意を突く完全な連携の前に他のチームは成す術なく見ているだけになってしまった。

 一千万ポイントである一位の鉢巻は、文字通り手の届かないはるか上空へと逃げ去ってしまったことにより騎馬戦は大混戦の様相を呈したのであった。

 

「……本当は先生として生徒達の間で贔屓とかしちゃいけないんだろうけど。でもやっぱり気になっちゃうんだよね」

「それも仕方のないことではないですか? なにせ後継者なのですから」

 

 私の言葉に苦笑いを浮かべつつも、オールマイトは眼を細めた。

 

「ところで、君はこの後どうするのかな?」

「レクリエーションの時間は競技場西地区の警備ですね。そのあとの最終種目はセメントス先生と副審を務める予定です」

「……随分多忙だね」

「そうしてもらったのです。本来はこの休憩時間も必要ないと申し出たのですが、無理やり組み込まれてしまって」

「最近は、学校であってもコンプライアンスとか煩いからね」

 

 オールマイトは先ほどとは違った苦笑いを浮かべながら、お好み焼きを私の方へ寄せた。

 寄せられたお好み焼きを一口大に切り取り、口へ運ぶとソース味が口いっぱいに広がったのだった。

 その間じっと、オールマイトは私を見つめてくる。

 

「どうしたのですか? 私の顔にソースでもついていますか?」

「いやァ、そういうわけじゃなくてね。君さ、出会ったころはなにも食べようとしなかっただろ? 今ではこうやってちゃんと食べてくれるのが嬉しくてね」

「……ええ、そうでしたね」

 

 私が個性に目覚めた後、一番はじめにしたことは個性を知ることだった。

 個性を知るという行為は死することに他ならず、何度も自死を試す過程の中には餓死も含まれていた。

 私がオールマイトに出会ったのはその過渡期であり、それ故いくら周りから勧められようとも私は頑なに口にしなかったものだった。

 結論だけいえば、いくら死が消え失せるとはいえ、その死への過程における苦痛が薄まることは一切なく、餓死や服毒による死は痛みよりも数倍の苦痛が長時間続くことがわかっただけであった。

 

「あれは、個性を知るためにやらなければならないことでしたから。個性発覚までは私も普通に食事もしていましたし睡眠もとっていましたよ。緑谷くんの大怪我と似たようなものです」

「全然違うと思うよ!? 前にも言ったけどね――」

「心得ていますよ、オールマイト。『個性は身体機能』ですよね」

「……わかっていてくれるならいいけど」

「ええ、十二分に」

 

 その後、私とオールマイトは他愛ない話をいくつかして、オールマイトは私の益体もない話を楽しそうに聞いてくれたのだった。

 オールマイトとの雑談に花を咲せていると時間の過ぎ去り方は普段の何倍も速く、いつの間にか休憩の時間が終わりに近づいてきていた。

 

「では、私は警備へ戻ります。ごちそうさまでした」

「あァ、気を付けて」

 

 私は席を立ち、一礼をすると休憩室を後にしようとドアへと向かっていった。

 もう一度オールマイトの方を振り向いた。彼は、不思議そうな顔をしながらも手を振り見送ってくれていた。

 軽く会釈をして休憩室を出ていく。

 

(気を付けて、か)

 

 私の個性を知って尚、そんな言葉を掛けるのはオールマイトだけだ。

 不合理な言葉であると思いながらも、不快ではないこの感情に私はいつも戸惑わされるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 レクリエーションが終わり、会場の熱気は最終種目へ向けて最高潮へ達していた。

 私も副審として、セメントスが作り上げたステージの傍らで待機していた。

 実際は副審とは名ばかりであり、役目のほとんどは生徒達が取り返しのつかない怪我をしないように止めに入るものであった。

 

「……そんな格好でなにやってるんですか? 狩人先生」

 

 定位置に着くと頭上から声が降ってきた。

 スタンドから身を乗り出して、声をかけてきたのは芦戸三奈だ。

 

「最終種目の副審なんです。なので少し着替えました」

 

 芦戸三奈はなぜかチアユニフォームを着ており、私の服よりもよほど不可思議だが趣味に口出しをする気もないので黙っておいた。

 私の今の格好は中世の青を基調とした官憲服を模したパワーローダー謹製の狩装束である。肩から腰ほどまであるマントは特徴的であるものの他はそこまで目立つような奇を衒った衣装ではない。

 副審を務める以上、カメラの前に出ざるを得ないための対策でせめて普段は身につけない服装へ変えたのであった。

 

「服はいいんですけど、なんでバケツを抱えているんですか?」

「これは、バケツにみえますが一応兜です。私は、カメラに映るのが好きではないので、その対策にこれを被るつもりです」

「えー、もったいないですよー」

 

 何がもったいないのかよくわからなかったが、芦戸三奈はしきりに兜を着けないことを勧めてきたのであった。

 私は副審でしかなく、主役はあくまでも生徒達。必要以上に目立つ気は一切ないのだ。

 芦戸三奈と話している内に、最終種目の開始時間が迫ってきていた。

 最終種目は、ステージ上での一対一での戦闘である。

 まだ精神と技術が育ち切っていない者同士の戦いであるため、全力で戦わせつつも致命的な怪我を避ける必要があった。その措置が私とセメントスというわけだ。

 セメントスが塗りかためステージを造り上げるとプレゼント・マイクの実況が始まり、トーナメント表が大画面に映し出され、組合せが発表されていった。

 

 【一回戦 第一試合】 轟焦凍   VS 心操人使

 【一回戦 第二試合】 爆豪勝己  VS 尾白猿夫

 【一回戦 第三試合】 物間寧人  VS 切島鋭児郎

 【一回戦 第四試合】 八百万百  VS 峰田実

 

 【一回戦 第五試合】 麗日お茶子 VS 緑谷出久

 【一回戦 第六試合】 円場硬成  VS 飯田天哉 

 【一回戦 第七試合】 常闇踏陰  VS 鉄哲徹鐡

 【一回戦 第八試合】 蛙吹梅雨  VS 瀬呂範太

 

 組み合わせが発表されると、生徒達の間で少なからぬどよめきが起こった。

 だが次の瞬間には、選手たちは友人や親密さに関係なく斃すべき相手として相手を見据えていたようだった。

 私は、所定の位置に着くと手を挙げ準備が整ったことを主審のミッドナイトに伝えた。

 ミッドナイトは小さく頷くと第一試合の選手の名を高らかに読み上げたのだった。

 読み上げられた二人、轟焦凍と心操人使が大きな声援に背を押されるように舞台上へと上がっていった。

 私も兜をかぶり、舞台傍へ寄り準備を整える。

 

『さあ、最終種目! ガチンコ勝負のはじまりだ! 第一回戦第一試合ィ! 第一競技、第二競技ともに一位通過ァ! 一年A組轟ィ焦凍ォ!』

 

 プレゼント・マイクの実況と共に轟焦凍が画面に映し出される。

 その眼は真っ直ぐに対戦相手を見つめており、周りの喧騒は既に耳に届いていないようだった。

 

『対するはァ! 最終種目、唯一の普通科にして唯一のヒーロー科以外! 心操ォ人使ィ!』

 

 同じく、画面に映され据わった眼を轟焦凍へ向け、喧騒を振り払うかのように大きく息を吐いたのだった。

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落すか行動不能にする! あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ! ケガ上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨て置け!』

 

 プレゼント・マイクが会場へ向けてのルールを説明していく。

 当然、詳細なルールは競技前に選手に伝えられているものの、エンターテイメント性を押し出さなければならない分、実況での説明は大ざっぱにならざるを得ないのだった。

 実際のところは、主審の判断により戦闘不能と判断された場合、戦闘継続が困難であると判断された場合、相手が降参の意思を表面した場合など複数の条件があり、それは雄英の当事者間だけで共有されているのである。

 

『レディ……』

 

 プレゼント・マイクの溜めの最中に、心操人使が轟焦凍になにか話しかけているようだ。

 

「いいよなァ、お前。恵まれた環境に、恵まれた個性。エンデヴァーなんだって? お前の父親」

「……」

 

 轟焦凍は、表情も変えることなくただ、心操人使をじっと見つめていた。

 

『スタートォ!』

 

 プレゼント・マイクの試合開始の合図とともに、轟焦凍が心躁人使との間合いを一気に詰めていく。

 体勢を沈み込むように下げると素早く足払いを掛けた。

 

「いきなり……っ! なあ、教えてくれよ、その天国みたいな環境にいるお坊ちゃんの感想をさ!」

「……」

「無反応かよ!」

 

 心操人使は苦々しげに吐き捨てつつも、どうやら回避に専念していたようで辛うじて足払いから飛び退いた。

 だが、轟焦凍はそれも想定していたようで、ほぼ心操人使の回避と同時にさらに間合いを詰めていた。

 ぴったりと回避先に詰め寄った轟焦凍は右の拳打を心操人使の鳩尾に叩きこんだのだった。

 拳が直撃した心操人使は盛大にえずきながら膝からくずおれ、隙だらけになったが、轟焦凍はただ見下ろすだけで追撃を掛けることはしなかった。

 

「……なにが狙いかわからねェが戦闘時にペラペラ喋るのは目的があるか、よほどの間抜けだけだって教え込まれているから答えねェよ」

「ぐ……!」

「もう差はわかったろ? 降参してくれ。無意味に怪我させるのは好きじゃねェ」

 

 試合開始前にみせてもらった資料によると心操人使の個性は『洗脳』というものらしい。

 問いかけ、それに応えたものを操ることができるという個性はかなり強力なものであり、初見で看破することも難しい類の個性だろう。

 だが、今のA組にあれだけ露骨なことをされて掛かるものはほとんどいない。

 それに加えて精神支配系の個性は、術者の個性の力と被術者の精神力によって効果がぶれるため、なかなかに狙った効果を得ることは難しいものなのである。

 

「……ま、まだだ。これは、心を折る闘いだぜ……? 俺はまだちっとも折れちゃいない」

 

 ふらふらと立ち上がる心操人使だが、もうその足は立つだけで精一杯といった様相だ。

 轟焦凍は構えをとると再び間合いを一気に詰め、今度は左拳で鳩尾を打ち抜いたのだった。

 心操人使はその攻撃を受け、わずかに宙に浮きそのまま再びくずおれる。

 

「……」

「は、はは。俺なんて、個性も、使わずに、倒せるってか。さぞ気分がいいだろうなァ、エリート様が凡人を見下ろすってのはさァ」

 

 心操人使はくずおれたまま轟焦凍を見上げ、皮肉をこめて言葉を発していく。

 だが、轟焦凍はその発言を一切介することなく、心操人使を見下ろしていた。

 

「くっそ、なにか言えよ!」

「降参すんのか、しねェのか、どっちだ。これ以上は、戦闘不能になるまでやる」

 

 心操人使の必死の懇願にも、轟焦凍は淡々と告げるだけだった。

 

「俺も、お前らみたいに恵まれた個性が欲しかったよ。だけど俺は、俺はなァ! ヒーローに! 俺だってヒーローに!」

 

 心操人使は、唐突に私の方を見やった。

 

「審判! 個性なら、()()()使()()()()()()んだよな!?」

 

 私へ向けて、ルールを確認してきたのだった。同時に、私も心操人使の意図を読み取った。

 彼は、私を『洗脳』し利用しようというのだ。

 

(なるほど、面白い)

 

 勝ちへの執念は、ヒーロー科にも負けていない。

 ならば、その執念に私も敬意を払い、あえて応えようではないか。

 

「ええ。個性であるならば、何をしても構いません」

 

 応えた瞬間だった。

 四肢の自由が奪われたかと思うと、私の意識に別の意識が介入してきたのがわかった。

 

(この感覚は、以前にも受けた覚えがあるな)

 

 私もかつて任務で、精神汚染系の個性を持った(ヴィラン)と対峙をしたことがあった。

 精神支配系、精神汚染系の個性は往々にして(ヴィラン)に陥りやすい傾向がある。

 物証を残さず犯行を行うことも可能であるため、自身にその個性犯罪を起こす気がなくとも、(ヴィラン)に利用されそれを脅しの材料として第二第三の個性犯罪へ手を染めていき、いつしか本当の(ヴィラン)になってしまうというのが、もっとも多いケースなのだ。

 

「くく……あいつを攻撃しろッ!」

 

 私は、私に介入してきた意識に身を委ねる。

 脚が前へ勝手に進んで行き、轟焦凍へと突進させていったのだった。

 

「……なにやってんだ、アンタ」

 

 どうやら轟焦凍は初動の動きだけで、バケツのような兜を被った私だと見抜いたようだった。

 轟焦凍の冷淡な言葉とは正反対に会場のどよめきは大きくなっていく。一対一の場に第三者が乱入してきたのだから、当然の反応であるものの主審であるミッドナイトももう一人の副審であるセメントスも止めることを一切せずに、成り行きを見守っていた。

 私の身体は周囲の反応に構わず轟焦凍へ攻撃を繰り出していく。

 右ブローから左のハイキック、さらにワンツーへとコンビネーションを繋げていくものの全て轟焦凍に捌かれてしまう。

 私の身体の行う全くなっていない身体運用に内心で大きく嘆息していた。

 

(なぜ、私自身の身体でここまでやきもきさせられなければならないのだ)

 

 正直、この程度の洗脳ならばいつでも解除することが出来る。

 月光の聖剣をこの身に宿し、宇宙の真理の一端を垣間見たという通常の人体であれば到底耐えることのできないある種の極大の精神汚染を常時受けている私にとって、この程度の精神支配は無いに等しい。

 心操人使の個性による洗脳は、完全な操り人形にし術者本人が洗脳者をマニュアルで操作するようなタイプではなく、単純に命令系統を自身の個性で上書きをしているだけにすぎない。

 そして、洗脳により操られた者が行えるパフォーマンスは、術者である心操人使の洗脳の能力に依存するようなのである。

 つまり今の操られた状態の私の身体は、私自身が運用した際の五%程度しかパフォーマンスを発揮できていないのだった。

 

「アンタだってプロヒーローだろ!? ヒーローの卵くらい簡単に倒してくれよ!」

「……わかってねェな」

「あァ!?」

 

 私の攻撃を捌きながら、轟焦凍は心操人使に語りかけた。

 

「強制操作か強制命令、もしくは洗脳ってところか……確かにすげェ個性だ。けど、この人の強さをまるで引きだせていない。もしこの人が本気なら、俺は十秒ももたねェよ」

 

 間合いを取った轟焦凍は迫りくる私の身体を見据えながら右の掌を地面に叩き付けた。

 次の瞬間に私の身体の首から下は、大きな氷塊に閉じ込められ身動きが取れなくなってしまったのだった。

 そして次の瞬間には、氷を重ねた高速の移動によりライン際にいた心操人使に詰寄っていた。

 

「なッ……!?」

「わりィな。俺も負けられねェ理由があるんだよ」

 

 そのまま押し出すように突飛ばし、心操人使はラインの外へ尻餅をついたのだった。

 

「そこまで! 心操くん場外! 轟くん二回戦進出!」

 

 ミッドナイトの試合終了の号令と共に、万雷の拍手と大歓声がスタジアムに響き渡る。

 だがそれは、決して轟焦凍にだけ向けられたものではなかったのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 第二試合、第三試合、第四試合と順調に試合は進んで行った。

 爆豪勝己と尾白猿夫の試合は、近距離へと間合いを詰めようとする尾白猿夫に対し爆豪勝己は細かく爆風で応戦し間合いを詰め寄らせない戦いを繰り広げた。

 近接戦の体術面で見れば尾白猿夫が上であったが、爆豪勝己は爆破とヒット&アウェイの戦法により確実に尾白猿夫の体力を削っていき最後は爆豪勝己がマウントを取る形で決着をしたのだった。

 三回戦の物間寧人と切島鋭児郎の試合は、思いのほか早く決着がついた。

 物間寧人は、どうやら事前に多くの個性を集めていたらしく、硬化の個性である切島鋭児郎に有効そうな個性を次々と試していったのであった。

 勿論切島鋭児郎も個性だけでなく体術で応戦し、有効打を加えていったものの最終的には麗日お茶子の『無重力(ゼログラビティ)』により空中に浮かされそのまま押し出され決着したのだった。

 四回戦はさらに早く決着がついた。

 峰田実が、八百万百へ開始早々突撃していったが、八百万百はそれを読んでいたようで、大きなネットを創造し見事捕縛を完了させ、決着をつけたのであった。

 そして今から、第五回試合、緑谷出久対麗日お茶子の試合が始まろうとしていた。

 

『さあ、一回戦第五試合! 会場の熱も一段と上がってきているぜ! なんだかんだで好成績! ヒーロー科1年A組、緑谷ァ出久ゥ!』

 

 プレゼント・マイクの熱の籠った選手紹介と共に緑谷出久が壇上へ上がる。

 その面持はどこか浮ついており、なにやら戸惑いと安堵の表情が入り混じったようなうまく読み取れない顔をしていた。

 

『キューティー&プリティー! ヒーロー科1年A組、麗日ァお茶子ォ!』

 

 反対に、麗日お茶子の表情は硬くなにか思いつめているような顔をしている。

 緑谷出久はその顔を見て、おどおどしながら麗日お茶子に話しかけていた。

 

「よ、よろしくね。麗日さん」

「デクくん……」

「お、お互い、頑張ろうね」

「頑張ろう、か……せやね」

 

 二人が開始位置に着く。

 

『レディ……スタートォ!』

 

 プレゼント・マイクの開始の号令がかかり試合が始まった。

 開始と同時に、麗日お茶子が緑谷出久へ突っ込んでいく。その突進を受けて、緑谷出久は闘牛士さながらの動きでいなし体捌きで回避をする。

 

「くっ!」

「麗日さん、すごい気迫……ッ!」

 

 その後も幾度となく麗日お茶子は緑谷出久に突進をし、攻撃を繰り返すがその全てが緑谷出久に捌かれていった。

 だが、その一方で緑谷出久もまた何を躊躇しているのか麗日お茶子には一切の攻撃を加えないのだった。

 そんな攻防ともいえないやり取りが数分続いた後、突如麗日お茶子は足を止めたのだった。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 緑谷出久は突然の停止に攻撃をすることもなくただただ戸惑うばかりだ。

 

「……けんな」

「え?」

「ふざけんな、ゆーとるんやッ!!」

 

 麗日お茶子の突然の怒号に緑谷出久だけでなく、会場全体が静まり返る。

 会場の誰しもが、なにが起こっているのかわからないようだった。

 

「あ、あの。麗日さん……?」

「デクくん。きっとデクくんのことやから、私に怪我させたくないと思って、そうしてるのかもしれへんけど、それただの侮辱や」

「そんな……」

「確かにデクくんはすごいよ。今の私なんて足元にも及ばないくらいすごいと思てるよ。そら、まともにぶつかったら私が勝てる確率なんてほとんどあらへん。けど、けどな! だからって退くなんて選択肢あらへんし、それ以上に真剣に勝負しないんは、ちゃうやろ!」

 

 麗日お茶子が、目に涙を浮かべながら緑谷出久に心からの絶叫を叩きつける。

 

「この後も今のままを続けるなら、一生恨むよ。だから……本気でこい、デクッ!」

 

 この会場にいる誰よりも強い闘志を目に宿し、麗日お茶子は再び緑谷出久へ攻撃をしかけだした。

 体勢を低くし、狙いを定めにくい状態を作り脚を取りに行く気らしい。

 それをみて、緑谷出久は足元に右拳を叩き付け、ステージの床石を砕き割り麗日お茶子の突進を防いだのだった。

 叩き付けた際の衝撃で麗日お茶子はその突進をやめ、防御に回り間合いをとった。

 粉塵が舞い落ちる舞台の上で、緑谷出久は真っ直ぐに麗日お茶子を見据えながら言葉を発する。

 

「……ごめん、麗日さん。そうだよね。ここに立つ以上はみんな真剣だ。どうあれ、僕は麗日さんを侮辱した」

「……」

「だけど、おかげで目が覚めたよ。ここからは僕も全力をぶつけていく」

 

 緑谷出久の全身に力がみなぎっていくのが舞台の外からでもわかるほど裂帛の気合が発せられていった。

 

「いくよ、麗日さん。勝つのは、僕だ!」

「いいや。勝つのは、私や! 勝負や、デクくんッ!」

 

 全力同士が、ぶつかり合った第一回戦第五試合は、今まで行われたどの試合よりも激しく攻防が繰り広げられ、しかしそれでも非情なほどに明確に決着がついたのだった。




【回転ノコギリ】
通常は、殴り倒す槌鉾の類であるが
その真価は追加部の回転ノコギリにある。
辺縁にノコギリの刃を配した円盤を、複数重ねたそれは
機構により高速で回転し、細切れに削り取っていく。

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