私は、片目の鉄兜を被りこの後の試合に備えて舞台からやや離れた待機所で、これから行われるミッドナイト対プレゼント・マイクの試合前の様子を眺めていた。
生徒達と違い、試合とはいえ時間も限られた
エキシビションが発表された直後に組合せのくじ引きは行われた。全ての組み合わせが決まると、すぐに試合が始まり、予想外の催しだったものの想像以上且つプロならではの駆け引きの応酬に会場は熱狂に包まれたのだった。全員がプロヒーローなだけあって大きな混乱もなく順調にエキシビションは進行していき、この二人の試合が終われば、私もとうとう出なければならないところまで試合は進んでいた。
「久しぶりに扱いてアゲるわ、山田」
「ノーノー! プリーズコールミー、マイク。アイム"プレゼント・マイク"! ミッドナイト、時々山田呼びするのやめない!?」
「フフフ、アナタが私に勝てたらヤメてアゲるわよ」
「オゥ! それなら俺頑張っちゃおうかな」
「エキシビションだからって簡単に勝たせると思って?」
ミッドナイトとプレゼント・マイクの場外戦もそこそこに、二人が舞台上で対面した。
『さあ、ここからも私、オールマイトが実況を担当するよ!』
オールマイトは実力的に抜きん出すぎていたこともありエキシビションにならないため、実況役に回されたのであった。活動制限時間という縛りもあることを鑑みれば適役といえば適役なのだが、私としては彼が戦うところを視たかったし、会場にいる観客もそれを望んだであろう。しかしオールマイトにとってこの舞台は些か狭すぎるせいもあって、たとえ満足に戦えるコンディションであっても出場が叶ったかどうかは怪しいというのが実のところだった。
『レディ……スタート!』
オールマイトの開始の合図があると、まずはミッドナイトが速攻を仕掛けた。
直線的にプレゼント・マイクとの距離を詰めていき、間合いに入ったとみるや鞭を振るう。
それをプレゼント・マイクは冷静に躱すと、カウンターと言わんばかりに個性を発動し、大音量の叫びをミッドナイトに向けて発した。
ミッドナイトは顔を苦痛に歪めながら、片耳を塞ぎつつもさらに鞭を振るい、プレゼント・マイクの背にうねる鞭が痛烈な一打を与えたのだった。
「アーウチッッ!? 絶対コレ腫れてるって!」
「それはこっちの台詞よ! 鼓膜が破れるかと思ったわ!」
互いに初撃を痛み分けに終わらせたように思えるが、今の攻防の限りでは、鞭のダメージのほうがやや大きい分軍配はミッドナイトに上がるだろう。
おそらくそのことに二人も気づいたらしく、この攻防が続けばジリ貧となってしまうプレゼント・マイクはらしからぬ突撃をミッドナイトへ行い接近戦を仕掛けていった。
確かに近接の体術だけでみればプレゼント・マイクが有利だろうが、そんな
しかし鞭の結界に触れる直前でプレゼント・マイクは急停止し、再びの大咆哮をミッドナイトに叩き付ける。
ミッドナイトはたまらず距離をとり、さらに迫りきていたプレゼント・マイクの追撃をどうにか捌くと再び鞭の結界を張ったのだった。
「……やるじゃない、山田」
「まー俺も日頃の訓練をサボっちゃいないってことサ! って、だからマ・イ・ク! リピートアフターミー!」
ミッドナイトは鞭を振るいながら、コスチュームの一部である右肩の極薄のタイツを破り捨てた。
「じゃあ、ここからは本気でいくわよ」
投げキッスをした後ミッドナイトの目つきが鋭く変わると同時に、個性『眠り香』が放たれ彼女の周囲を包んでいく。
眠り香を撒き散らしながら、ミッドナイトの鞭がプレゼント・マイクへと襲い掛かっていった。
「ヒュウ! でたぜ、即殺技。一息吸いこめば終わりとかまいったね。けどな……!」
プレゼント・マイクがバックステップで距離を取ると三たび大音量の叫びが会場に響いた。
「ッッ! 音撃だって大概即殺技でしょう。不可視で広範囲で、そして文字通り音速の攻撃なんて相手にしてらんないわよ」
「ま、俺もこれで飯食ってるんで」
重ねての大音量攻撃に先程と同じように怯みつつ片耳を塞ぐミッドナイトだったが、それでも前へ進んでいく。
その前進にプレゼント・マイクの眼が見開かれる。
「マジかよ……この距離で喰らって前に進めるワケが」
動揺の隙を突き、鋭く踏み込んできたミッドナイトの鞭の軌道がプレゼント・マイクの頬を掠めた。
その痛みで我に返ったプレゼント・マイクは飛び退くように間合いを取ったのだった。
「くっ、決めるつもりだったのに……!」
「あっぶねぇぜ。ちっと油断したが、これ以上はちかづ――」
プレゼント・マイクは、何かを言おうとし、そのまま前のめりに倒れ込んでしまったのだった。
「ふう、なんとかなったわね」
ミッドナイトが片耳から、何かを取り出した。
「水をつけた布は、音を著しく阻害する。破りやすいコスチュームでよかったわよ、ホント」
投げキッスをした際、コスチュームの切れ端を口に含み唾液で湿らせつつ、その後の鞭の攻撃にプレゼント・マイクが気を取られた隙に片耳に口に含んでいたコスチュームの切れ端を丸めて押し込んだらしい。
「布で両耳を塞いだら流石に、何かしたって気づかれると思って片耳だけにしたけど、手で塞いだ方の耳が痛すぎて意識が飛ぶと思ったわ。だけど、おかげで動揺が誘えた。知ってるかしら? 私が振るう鞭はね、別に近接戦闘と射程をカバーするためだけのものじゃないの。甘い香りはいつだって風に乗って漂うのよ」
ミッドナイトのいうことから推測するに鞭の起こす風が眠り香を拡散し、鞭の攻撃によって眠り香の溜まっていた場所へプレゼント・マイクが誘導された、ということなのだろう。
「でも、無観客試合で同じ条件なら、私が負けてたかもね。観客を巻き込まないようにかなり手加減して撃ってたみたいだし。強かったわよ、
拍手を背に受けながら、ミッドナイトは泰然と舞台を降りていったのだった。
◇◆◇
ついに私に出番が回ってきたのだが会場は先程まで行われていたミッドナイトとプレゼントマイクとの試合の熱気を引き継ぎ最高潮に達していたせいで、私としてはなんともやりづらい雰囲気になっていたのだった。
「サア、我々ノ出番ダ」
「ええ、胸をお借りします」
くじ引きの結果、私の対戦相手はエクトプラズムになったのだが、これもまたやりづらいと思う内の一つだった。
『続いてのカードは……おおっと! ある意味一番の注目カード! エクトプラズム対謎のバケツ仮面!』
オールマイトのコールで舞台に上がったのだが、思った通り会場全体がざわついていた。いきなり誰も知らない一見バケツに見える兜をかぶった者が登壇したのだから当然である。
それにしてもバケツ仮面はないと思うのだった。
『先に説明しておこう! この謎のバケツ仮面というのはもちろんヒーロー名ではないぞ! だが、本人の強い希望によって顔を出したくない&匿名にさせていただいた! けれど、れっきとした雄英教師であることは間違いない! それに純粋な戦闘力は、雄英教師の中でもピカイチと言っていいほどの実力者だ! だから皆さん安心してみていてほしい!』
オールマイトのアナウンスが終わると、ざわついていた会場は一転して歓声へと変わったのであった。
「なにを言っているのですか、オールマイト……」
「勝負ノ前ニ集中力ガ散漫ニナッテイルノハ、感心シナイナ」
「ああ、すみません。注目されることに慣れていないものですから」
対戦相手のエクトプラズムにまで注意されてしまった。どうやら今の私はかなり平常の状態から遠いらしい。
適当に時間を稼いでからわざと負けようと思っていたが、この状態でわざと負けようものなら私だけならず雄英全体、ひいてはオールマイトにまでブーイングが行きそうである以上その選択肢もなくなってしまっていたのであった。
気の入らないまま、私は構えを取る。
『レディ……スタート!』
開始の合図が掛かるとエクトプラズムは個性を発動し分身を五体生み出した。
エクトプラズムの個性はヒーロー名にもなっている通り口からエクトプラズムを飛ばし、それを任意の場所で自身の分身として化けさせることが出来るというもの。
つまり、私はこの狭い舞台の上で多対一で立ち回らなければならないのであった。
「マズハ、小手調ベトイコウ」
「……お手柔らかに」
五人のエクトプラズムが一斉に私に跳びかかってくる。
素性が露見してはいけないこともあり、それに繋がりかねないあまりにも特徴的な左手の銃も右手の狩武器も持っていないため、今の私は完全な徒手空拳の状態だった。
(多人数相手の徒手空拳戦闘は最も苦手なのだが……)
雑輩の
ただ、一つだけ幸いなことがあるとすれば。
「分身相手ならば、手加減せずに済む」
先行していた一体の分身を回し蹴りで場外まで蹴り飛ばすと続いて襲い掛かってくる分身達を右のストレートで迎撃し、その勢いと遠心力を乗せた左の裏拳、後ろ回し蹴りと繋げ沈めていく。
そして私を捕らえようと背後に回った最後の一体の首元を諸手を上げて掴み、背負い投げの如く地面に叩き付けたのだった。
どうやら一定のダメージを与えると分身は消えるようで、攻撃を加えた分身は床に転がると同時に霧散していった。
一連の攻防が終わると観客席から歓声が沸いたが、そのせいでどうにも集中が削がれてしまう。
「フム、流石ダナ。倒セルトハ思ッテイナカッタガ、マサカタダノ一撃モ与エラレナイトハ思ワナカッタゾ」
「お褒め頂き光栄ですね」
「デハ、コレデハドウカナ?」
エクトプラズムはそういうと、再度口から分身を作り出し始める。
(本気で勝ちに行くのなら、この隙を狙うべきなのだろうが)
エクトプラズムの個性も、今のように限られた範囲で一対一の状況になってから発動するのでは、発動から分身の形成までタイムラグが生じる以上やや隙があると言わざるを得ない。
勿論、かなり訓練されており隙があると言えども一瞬なのだが、たとえば私が『狩人の遺骨』を使ってしまえばこの程度の距離を詰めることは難しくないのである。
ただ、エクトプラズムも本来はこのような闘い方をするヒーローではないし、もっと搦め手を組み合わせて詰めていくタイプの闘いをする彼にとって真っ向勝負をしなければいけないこの状況は不利にしか働かないことを考えてしまうと、どうにも積極的に攻める気にもならないのであった。
私が集中していないということもあるが、それ以前に勝ちに行くという気が全く沸かないこともあり、ただただエクトプラズムの行動を見守ってしまった。
そうしてエクトプラズムが個性を発動し終わった次の瞬間、八人のエクトプラズムが私を円形に取り囲んでいた。
(まったく
私がエクトプラズムに対してやりづらいと思っているのが、彼の個性のこの『任意の場所で発生させることが出来る』という点であった。
如何に立ち回ったとしても、彼の個性の前では背後を簡単に取られてしまう。
それに対応することはできるのだが、そのためには常に気を張っていなければならない戦闘状態を作り上げる必要があり、好奇の衆目が刺さるこの場でそのコンデションを作り上げるのはかなり神経を摩耗するのであった。
「サア、先程ヨリモ数ガ増エタガ、ドウ対処スル?」
八人のエクトプラズムが同時に飛びかかってくる。
私は、左半身を完全に防御に回しつつ、右腕で一体のエクトプラズムが放った蹴りをガード直後に手を返しエクトプラズムの義足を掴み取った。
その掴んだ義足を即座に両手に持ち、
取り囲んでいた分身と武器に使わせてもらった分身が消えると、再び会場は歓声に沸いたのであった。
「コレハ素晴ラシイ。コンナ攻略ヲサレルトハナ」
「苦肉の策です」
「苦肉ノ策デココマデノ事ガデキルノハ、才能ダロウ。マルデ使イ慣レタ武器ヲ振ルッテイタヨウダッタゾ」
珍しくエクトプラズムの声色に驚きが混じっていたが、それ以上に楽しそうな声色をしていた。
「デハ、最後ニ全力デ君ヲ攻撃シヨウ」
エクトプラズムは、そういうと今度は三体の分身を作り出した。ただし、今までのような彼の等身大の分身ではなく、一体一体が三メートル程ある大きな分身であった。
「ユクゾ」
巨大な分身はその姿に反して俊敏に迫ってきていた。
三体の分身は今までのただ飛びかかってくる攻撃とは違い、明確にコンビネーションを意識した動きをしてきており、私を誘導し回避した先に他の分身が攻撃を置くかのように仕掛けてきていた。
私も連続したステップで躱し牽制の意味も込めて、数打攻撃をしてみたものの、見た目通りに耐久力も上がっているらしく、先ほどまでは吹き飛んでいた威力であっても容易に堪えていた。
(少し、威力を上げるか)
そう思いやたらとリーチの長い蹴りをスウェーの要領で上体を逸らし回避した次の瞬間、私の右脇腹に鋭い痛みが生じ身体は舞台を転がっていた。すぐさま受け身を取り体勢を立て直したものの不可解なダメージを確認する間もなく更に分身たちが襲い掛かってきていた。
(何だ今のは。間違いなく避けたのだが。死角になっている右側には細心の注意を払っていた。三体いずれの攻撃も避けそこなったということが無いのなら)
答えは一つだ。
一体の分身が再び蹴りのモーションに入ったところを今度は懐へ飛び込むように前方へステップを踏みながら回避する。
「エクトプラズム、貴公です」
巨大な分身のすぐ背後にエクトプラズム本人が隠れ、分身に合わせ波状的に私へ攻撃を加えたということしか考えられないのであった。
「半分正解ダ」
目の前のエクトプラズムとは全く別の方向から声が聞こえた。
「残念ダガソレモ分身ダ」
視界の端からは二体目の巨大な分身の肩を踏み台にし、さらに別のエクトプラズムが高速で接近してきていた。
だが。
(分かっているさ。だからこそこちらなのだ)
蹴りを喰らい気づいてすぐに、気配を読むことへかなりの神経を使い探っていた。
そこで感じた気配は五つ。つまり、目の前に見える分身の他にエクトプラズム本人、そしてもう一体の気配を感じていた。
そして、等身大の分身は本人と比べて運動能力がやや劣る。そのため、わざと分身がいるであろうこちらへと向かっていったのだった。
つい先程とやってみせたように蹴りに来た脚を取り義足を掴む。
「ナニッ!?」
掴んだ義足をそのまま逆水平に薙ぐ。
迫ってきていたエクトプラズム本人は空中故に軌道を変えられず、攻撃が成功したように思えたが、突如手の中から感触が消え失せた。
気づけば全てのエクトプラズムの分身が消えており、舞台上に残っていたのは迫りくる本体のみになっていた。
(個性の解除……!)
理解と同時に即座に防御へと行動を移す。
分身を振るっていた腕を瞬時に折りたたみ防御へと回すが体勢も不十分であり、エクトプラズムが放つ渾身の蹴撃を受けきることができない。
最低限の反撃にとエクトプラズムの身体を弾きとばすように受けたものの、私の身体も堪えきれず宙に投げ出され、空中で数回転し体勢を整えつつ着地をしたのだった。
『そこまでッ!』
攻勢に出ようとしたそのとき、唐突にオールマイトのアナウンスが実況席から試合を止めた。
エクトプラズムも何が起こったのかわからない様子のまま二人で実況席へ視線を向けたのだった。
『双方場外! 完全な同体であったため、この試合はドロー!』
オールマイトの宣言を聞いて足下をみれば片足がラインを割っていた。
最後の防御は虚を突かれたため意識が全て防御に持っていかれてしまいライン際のことまで考えることができなかった。まさかこんな決着になってしまうとは。
何とも締まりの無い結果になってしまったと思っていたのだが、観客席からは大きな拍手が降り注いできていたのだった。
煮え切らないながらも余興という役目を熟せたのなら、肩の荷も下りるというものだ。
立ち上がり舞台中央まで進み、エクトプラズムと握手を交わす。
「ありがとうございました。いろいろと勉強になりました」
「……ソレハ重畳ダ。ダガ勉強ニナッタノハ、我ノホウダ」
「微力でもお力になれたのなら」
「……君ハ一体何者ダ?」
エクトプラズムは神妙な面持ちで疑問を口にする。
「以前相澤先生にも同じことを訊かれましたが、ただの新米教師ですよ」
「……アア、ソウダナ」
交わした握手を解くとお互い舞台を降りる。
この後のエキシビションが終われば雄英体育祭も、残すところは表彰式だけになっていた。
◇◆◇
一悶着あった表彰式が終わり、全ての人を競技場内から出したあとに教師陣が会場の職員控室に集まっていた。
「今日はお疲れ様! どうにか今年も成功できたのは君たちのおかげさ!」
根津校長が労いの言葉をかけつつ、長い雑談めいた話を滔々と独白していた。
中でも最後のエキシビションは、例年にない催しだったためうまくいくか心配もあったらしいのだが、大いに盛り上がり、本来の目的でもある雄英の体制が盤石であるということも全国に見せつけることが出来たと嬉しそうに語っているのであった。
「シット……まさか負けちまうとはなァ。全国に恥を晒したぜ」
「あら、そんなことないんじゃない?」
プレゼント・マイクががっくりと肩を落とすがミッドナイトがフォローを入れる。
その他の教員も互いの健闘を讃え合っていた。
「だが、今回改めて驚かされたのはお嬢ちゃんだな!」
プレゼント・マイクの一言で皆の視線が私へ向けられた。
「オールマイトとやってた戦闘訓練の映像でもすげぇと思っていたけどよ! 今日の戦闘は尚のことすごかった」
「そうですか」
「た、淡泊だな……」
私としては、満足のいくようなものでもなかったため特段の感慨も浮かぶことはなかったが、他の教師たちはそうでもないらしい。
一通り私とエクトプラズムの試合を話していたが、ミッドナイトが私へ疑問をぶつけてきたのであった。
「……本当に貴方、何者なの?」
その一言で再び私へ視線が注がれる。
「気を悪くしたらごめんなさいね。オールマイトは知っていたようだけど、ほとんどの教師は貴方のことを知らないわ。それだけの実力があれば、事件は幾つも解決してきたでしょうし他のヒーローに知られていても不思議はないわ。けど貴方、ヒーロービルボードチャートはもちろん、どこの事件解決記録にも載っていない。どういうことなの?」
ミッドナイトは、不審に思っているというわけではなく、心底不思議であるといった様子で尋ねてきていた。
「……それは」
「それは、私から説明するよ」
オールマイトが声を上げると、今度はそちらに視線が向けられる。
「もちろん、彼女がいいならだけど。言っていいかい?」
「ええ、構いません」
オールマイトは一旦大きく息を吐くと口を開いた。
「彼女はね、戸籍上、亡くなったことになっているんだ」
オールマイトの口から発せられた言葉がよほど予想外だったのか、どよめきがはしる。
「どういう意味ですか?」
ミッドナイトが堪らず質問をすると、オールマイトは一つ一つ言葉を選ぶように話し出した。
「昔、もう十二年ほど前になるけど孤児院の襲撃事件があったことを覚えている人はいるかな」
「え、ええ。アタシがヒーローになったばかりの頃に起こった事件なので。確か全員が亡くなったとても凄惨な事件だったわ」
「彼女はそこの生き残りなんだ」
どよめきはさらに大きくなっていく。
「あのときの犯人のその後を知っているかな?」
「確か精神鑑定の結果、心神喪失状態という判断が下されて……」
「そう、無罪になったんだ。だけどその犯人は無罪になった後、更生施設に送られていたけれど脱走し、奴を捕まえたヒーローを殺害しているんだよ。逆恨みってやつだ」
「そういえば……」
「そして奴は、まだ捕まっていない」
どよめきの中で私へ向けられる視線も、意味が変わってきているようだった。
困惑の表情を浮かべたまま、ミッドナイトが質問を重ねる。
「でも、それとなにか関係が?」
「奴が最初に逮捕されたのはね、孤児院に残した痕跡が決定的な証拠となったからなんだ。奴は逆恨みでヒーローを殺すほど。だから最初に奴を追い詰めた孤児院の生き残りがいると分かったら復讐にくるかもしれない、ってことであの犯人がまた捕まるまで彼女の存在は公にしない方がいいということになったんだ」
「だから、表向きは死亡したことになっている、というわけなんですね……それで公の場に記録が残っていないのですか」
重苦しい空気がこの場を包む。
だが、これは半分以上嘘の話である。
確かに犯人は逮捕され無罪判決の後に脱走していたが、行方知らずなどではない。既に私がこの手で殺している。今はもう骨だけの存在となり無縁墓地に押し込められている。私の最初の仕事が奴を殺すことだった。そのときのことは、今もはっきりと憶えている。降りかかった生暖かい鮮血も、噎せ返るような濃密な血の匂いも、ぬるりとした臓腑の感触も、昨日のことのようにはっきりと憶えている。
そしてそれは、当然世間には発表されていない。誰に知られることもなく事を成す。それが、狩人の仕事であり役目なのだから。
それに私の戸籍はかなりの部分をいじられているが死亡したことにはなっていない。
私の存在自体がヒーロー公安の大半にも秘匿されている以上、プロヒーローのライセンスを管理するヒーロー公安の一般職員が不審に思うような不自然さをもたらすようなことがあってはならないのである。
「と、まァそういうこともあって黙っていたんだ。皆も秘密にしておいてね! だけど、実力は今日も見せた通りすごいものを持っているし、信頼に足る人物だよ。だから安心してほしい」
皆が無言のまま頷く。
私は、黙って一礼をした。
「まあ、暗い話もこれくらいにして、今日は私が奢りますよ! 打ち上げ行きませんか!」
オールマイトの一言で教師陣は俄かに活気を取り戻した。
教師陣たちはオールマイトを先頭にぞろぞろと出口へ向かって歩き出していった。
私は、優勝した爆豪勝己にも話さないといけないことがあることを思しだしつつ、その背を見送ったのだった。
【狩りの斧】
狩人が狩りに用いる、「仕掛け武器」の1つ。
斧の特性はそのままに、変形により状況対応能力を高めており
重い一撃「重打」と、リゲイン量の高さが特徴となる。
元がどうあれ、厄災は既に人ではない
だがある種の狩人は、処刑の意味で好んで斧を用いたという。