体育祭の撤収作業と各プロヒーローの事務所からの問い合わせに追われた二日間の休校日を終え、雄英高校にも日常が帰ってきていた。
A組では、各プロヒーロー事務所から生徒達へ職場体験の招待指名数の発表に伴って彼らのヒーロー名の考案が行われ、ミッドナイトの登場と共に一際の盛り上がりを見せてた。
しかしその体育祭の裏側で、密かに異変が起きており、些か私の興味はそちらへと向けられていたのだった。
保須市にヒーロー殺し、ステインが現れたというニュースがテレビを始めとしたマスコミを賑わせているのである。
被害者は二名。ネイティヴ、そしてインゲニウムというヒーローたちだ。どちらも死亡したわけではないものの、怪我の状態は決して軽いものではないらしい。ニュースによれば、ネイティヴが襲われているところをインゲニウムが救けに入り負傷したとのことだった。
ネイティヴによれば、ステインは去り際に声明を残していったらしい。
『お前はメッセンジャーだ。運がいい。紛い物のお前がここで殺されず生き残ることが出来るのは、ただ偏に役目を果たすためだ。これは社会への警鐘。俺の行為は歪み穢れたお前たちが蔓延る社会を正すための礎――』
そこまでステインが話したところでインゲニウムがネイティヴを救出すべく攻撃を仕掛け声明は途切れてしまった。しばらくインゲニウムとステインは戦闘をしていたが、ネイティヴと同様突如動けなくなり、ステインからの攻撃で深手を負った。その直後にインゲニウムの
ネイティヴは、意識は戻ったものの半身不随によりヒーロー活動は絶望的、インゲニウムもまた左腕の筋を斬られ、後遺症が残る可能性が高く、たとえ後遺症が残らずともヒーロー活動を再開するためには相当なリハビリを要することになるとの見立てだった。
そしてインゲニウムこと飯田天晴は飯田天哉の兄であり、飯田天哉は周囲がヒーロー名決めで沸いている中で終始一人悲痛な面持ちでいた。
一通りヒーロー名が決まると、続いて職場体験の受け入れ先を決めるようにとイレイザーヘッドは生徒達へ通達し、教室から出ていってしまった。
(ステイン……まだ保須にいたのか)
私との交戦から一月弱経つというのに未だにあの場所に固執してるのは、奴自身のジンクスなのか。ステインは一度殺しを始めると、必ず同じ地域で四人以上のヒーローに危害を加えている。ネイティヴとインゲニウムをその中に含めるのならばあと二人以上は保須市で危害を加えることになるだろう。
(それにしても、
これほどまでに被害が拡大しているのだから、メンツに拘らず私にただ殺せと命令を下せばいい。そうすれば、一連の事件は
しかし、反面そう簡単にその決断を下すことが出来ないのも理解はできる。他者の命を奪うことの重さをわからない者が私に命ずる立場にいてはならないし、私を行使するということは超法規的な死刑宣告と等しく、本来の法の手続きを経ないそれは人権的観点からすれば最大の侵害行為に他ならないのだ。それが表立って公表されていはいないとはいえ国家機関が下す命令なのだから慎重になるのは当然とも言えよう。
もうひとつ上が安易に命令を下せない理由があった。ステインがヒーロー殺しとして有名になりすぎてしまったということである。
私が手を下せば事件は止むが、その場合世間に公表されることなく表向きは迷宮入り事件として闇から闇へ葬られてしまう。それではただヒーロー殺しが活動をしなくなったというだけであり、奴が捕まり脅威が消えたという認識を世間は持つことはできない。
ヒーロー公安も警察もそれは望まないだろうし、
つまりは、ステインを公然と捕まえヒーローと警察の力を誇示しつつ正式に裁判へ掛ける必要があるのであって、私が介入する余地はほとんどないと言っていい。
(私は、ただ捕らえることは輪をかけて不得手である以上仕方のないことだが……)
ふと頭によぎるは、あのとき。初めて対峙したときに始末をしていれば、飯田天哉の兄は傷つくことはなかったであろうということだった。今まで
(この感情、悔恨……ではないな。ふむ、うまく言語化できないか)
現実にたらればが存在しない以上考えても仕方のないこととはいえ、飯田天哉の悲痛な顔を見るたびに平常よりも心を波立たせていることは確かであり、今まで感じたことのない奇妙な感覚に襲われているのであった。
「おい」
私が考えに没頭していると、唐突に正面から声を掛けられた。
「爆豪くん。どうかしましたか?」
彼は記入を終えた用紙を無言のまま私に突き出してきた。
そういえば、イレイザーヘッドが教室を出ていく前に生徒達に記入を終えたら私に提出するように言っていたことを思い出した。
「早いですね。悩まなかったのですか?」
「別にどこでも構わねェからな」
用紙に眼を落すとそうは言いつつも指名が来ていた中で最もビルボードチャートでランクの高いヒーローの事務所を選択しているあたり、抜け目がない。
ただ提出した爆豪勝己の顔はどことなく不満そうであった。
「……アンタは、募集かけてねェのかよ」
「私ですか? 私の今の職場は
私がそういうと、爆豪勝己は鼻を鳴らして背を向けてしまった。
「……覚えてるよな。俺が優勝したら」
「ええ。質問にお答えする、ですよね。放課後の訓練の前、少し早めに来てください」
爆豪勝己は背を向けたまま微小に頷くとそのまま自席へと戻っていった。
◇◆◇
体育館γに行くと、爆豪勝己は既に先に来ていた。
体操服に身を包み壁に背を預けながら腕組みをして、視線を落としてじっと床の一点を見つめている。
「お待たせしましたね」
私が声を掛けると背を壁から離し腕組みを解いた。
「他の奴には、今日はくんなっつってある」
「そこまでしなくてもよかったのですが」
「それじゃァ俺の気が済まねェんだよ」
爆豪勝己は、私に真正面から向き合い真っ直ぐに眼を見つめ返してくる。
「さて、もう一度質問を確認しておきましょうか」
「……」
「爆豪くんの質問は、私が脳無と呼ばれていた
「……ああ」
爆豪勝己はポツリとつぶやくように言葉を発した。
いつもの粗野な双眸ではなく、その赤味がかった鳶色の瞳からはなにか思い詰めた様子が窺い知れた。
「端的に言いましょう。あのときに私は死にました」
「……」
私の言葉に身じろぎもしない。少なからず困惑と動揺の色も見て取れるがある程度予想していたのだろう。
「驚かないのですね」
「まァ、あれで死んでいないほうがおかしいくらい頭の形が変わっていたからな」
「そうですか」
私自身の頭部を視ることは叶わないのは当然だがそれほど変形陥没していたのだろうか。
ただ、私もこの個性『Blood Borne』をさらけ出すわけにはいかないのである。
「正確に言いましょう。確かに私は致命傷を負いました。ですが、私の個性によってその致命傷をなかったことにしたのです」
「なかったこと……?」
「ええ。私の個性は身体能力を増強する個性だとお教えしましたね。それは言葉通りであり、筋力などだけでなく治癒能力も強化されているのです。今の私ならばたとえ本来ならば死する怪我であっても数分で完治まで持っていけます」
「……」
「もちろん、デメリットもあります。致死の怪我を治すのですから、私の寿命は怪我の度合いによって縮んでいきます」
「な……に?」
「どれほど削れているかまだ死んだことがないのでわかりませんが、専門家の見立てでは致死の怪我を負うたびに少なくとも五年は縮んでいるだろうとのことです。テロメアという単語はご存知ですか?」
「あァ、染色体末端粒子のことだろ」
「よく勉強していますね」
「そんなことどうでもいいんだよ。それより、そのテロメアがなんの関係がある」
爆豪勝己は私がはぐらかそうとしていると思ったのか半眼で睨み付けてくる。
「テロメアは正確に言えば、染色体の末端部分にある塩基配列とタンパク質から成る構造物のことです。このテロメアは細胞分裂のたびに短くなっていき、一定まで短くなると細胞が分裂を行わなくなることから、俗称として『命の蝋燭』や『生命の回数券』などとも呼ばれることがあるのです。そして、私のテロメアは同年代の人たちと比べて極端に短いそうなのですよ。特に、致死の怪我の治癒後は、その短くなり方が顕著なのだそうです」
「じゃあ、あんたの寿命は……」
「ええ、もしかしたらもう幾ばくもないかもしれません。雄英に勤める前に何度か同じような怪我を負っていますので」
絶句している爆豪勝己には悪いが、今知っている者以外にこの個性のことは明かせない。真実を煙に巻くためには、事実と虚飾を織り交ぜ、如何にも本当の事を話しているように見せかけることが効果的だと経験則からわかっている。彼との約束を違えることになってしまうが、こんな薄気味悪い個性などあっていいはずがない秘匿されるべきものだ。
だが、全てが嘘というわけでもなかった。少しは彼に酬いてやらねばならないと思ったからだ。
個性は身体機能。つまりこの『目覚め』も私の肉体ないし身体のいずれかから発動していることは疑いようもなく身体機能である以上、上限があるとみなされていた。その上限はまだ不明であるものの必ず存在するという。
つまり、次に死せば確実に『目覚め』る保証はどこにもない。いつ本当に死んでしまうかわからない、その部分だけは本当のことなのである。
私が死するたびに何度もオールマイトに叱責されるのはこのことを知っているからだ。
今のところ、その兆候は全く見られないが、死という本来ならば生命に対して絶対的な平等であるはずのものを掻き消すという世界の理を超越する個性など、本来ならば存在していいはずがない。いつ世界がこの個性を異物として排除してもおかしいことは何一つ無いのであった。
だから、私がいつ本当に死んでもおかしくはないという部分だけは、表現を変えてでも伝えておくべきだと思ったのだ。
「……っざけんな」
爆豪勝己は静かに、それでいて心の底から怒りに打ち震えた声を絞りだす。
「そういわれましても、こればかりは私にもわからないことなのですから」
「ざけんな、約束しろ」
「何をでしょう」
「急に現れて、完膚なきまでに負かして、庇って、なのに俺のせいで寿命を削りやがっただ? それで勝手に消えていなくなる? ふざけんな。そんなの絶対に赦さねぇからな。俺がトップヒーローになってあんたを負かすまで絶対に死ぬんじゃねぇ」
「……善処しましょう」
打ち震える声をどうにか抑えながら爆豪勝己は言葉を紡いでいた。
「回答はこれで満足ですか」
「……あァ」
その相槌を最後に、ひどく静かな沈黙が体育館γを支配していた。
「他の皆さんが来ないのでしたら、私と手合せしませんか?」
「あン?」
「また体育祭で成長したでしょうし、どれほど伸びたかみてあげますよ。ただし、いつもと違って今回は私も全力でお相手します」
私がそういうと、にいと爆豪勝己は口角を上げた。
「本気だな?」
「ええ、本気です」
爆豪勝己は跳ねるように私から間合いを取り構えた。
「今はまだ勝てねェ。俺はクソ弱ェ。だけど、必ず追いつく。追いついてあんたに並ぶ。並んで、戦ってやる。だから、死ぬな」
「楽しみにしておきましょう」
最後にそれだけ言葉を交わし、二人だけの戦闘訓練の音が体育館γに何時間も響いていたのだった。
◇◆◇
週末、私は再び保須市へ来ていた。
黒霧と死柄木弔らしき人物がステインと接触していたという目撃情報が入ったからだ。
現在の雄英を襲った
まだ抹殺命令は下されていないが、ステインと違い
私は高層ビルの屋上から遠眼鏡を使い保須市の様子を眺めていた。
(あの一件以来だが、あのときよりもどうにも町中が浮き足立っている印象を受ける)
ステインのヒーロー襲撃を受け、一般市民にも動揺が広がっているのか夕方という時間にも拘らずまばらであった。
ふと、来週からの生徒達が世話になる職場体験の候補の中に保須市に事務所を構えたヒーローがあったことを思い出した。
(飯田天哉が希望していた、ノーマルヒーロー:マニュアルだったか)
特段目立った活躍はしていないものの、ヒーローとして本来あるべき姿を目指し規範となろうとしている彼はある意味理想のヒーローと言える。
だが、飯田天哉にはもっと大手の事務所からも指名が来ており普段の彼の向上心から見ればマニュアルの事務所を選んだことは些か不自然であると言わざるを得なかった。
(ヒーロー殺しに固執している)
兄であるインゲニウムを傷つけた犯人。それを激情のまま追おうとしているのは火を見るより明らかであった。
(刃を交えた実力を鑑みるに、今の飯田天哉ではステインの相手は荷が重すぎるな)
対峙をしてしまえば、十中八九飯田天哉はステインに殺されてしまうだろう。
個性の扱いだけ見れば飯田天哉が劣っているということはない。
しかし、圧倒的に実戦経験に差があり、ステインは相手を殺してしまっていいという精神的なタガのない者なのだから一つ一つの攻撃を躊躇なくより深く踏み込んでいけることが致命的な差につながることは明白だった。
(このまま会敵させるわけにはいかないか)
かといって私も命令がない以上うかつに動くこともままならない。保須市で待機することしかできない身の上である。
広い市内でピンポイントで会敵する可能性は限りなく低いものの次善策は打っておくべきだろう。
私はビルの屋上から身を翻し、とある場所へ向かっていった。
向かった先は雑居ビルの一角でありながらそこはかとない威圧感を出していた。
私は、ドアノブを引き中へ入っていく。慌ただしく職務を熟しているかと思えば、扉の開いた音に反応し数人の視線を一斉に浴びたのだった。そのうちの一人が私へと寄ってくる。
「なにかご用でしょうか。一般の方の立ち入りはお断りしているのですが」
「ここは、エンデヴァーの臨時事務所であっていますか? エンデヴァーとお会いしたいのですが」
「アポイントメントの無い方とボスはお会いできません。この時間にご来客の予定はございませんのでお引き取りください」
「ほんの少し話すだけでいいのですが」
「申し訳ございません。お引き取りを」
淡々と拒絶の意を示し押し返そうとエンデヴァーの
「おい、どうした」
困惑を切り裂くように唐突に野太い声が彼らの後ろから発せられた。
その声をきっかけに私に迫ってた人波が真っ二つに割れ、奥から炎を猛らせながらエンデヴァーが現れたのだった。エンデヴァーは私を視認すると、嘲笑にも似た笑いを浮かべつつ私の眼前にやってきた。
「これはとんだ珍客がきたものだ」
「ええ、私も来るつもりはなかったのですが」
「ならば、今すぐ踵を返して帰ればよかろう」
エンデヴァーが本来の事務所ではなくこの保須に事務所を臨時とはいえ構えているのは、間違いなくステインに関係しているだろう。
エンデヴァーにとって私は不倶戴天の敵であろうが、オールマイトに次ぐ実力を持つ以上、彼に頼むことが最も合理的だからこそ私はここまで脚を運んだのであった。
「少しだけ二人で話がしたいのですが」
「フン、俺は話すことなどない」
「取引をしませんか」
「言っているだろう、取引だろうとお前と話すことなど――」
「追っているんでしょう、ステインを」
その一言で、エンデヴァーの表情が険しくなる。
「それはお前の上からの差し金か?」
「いいえ、私の独断です。独断ですが、情報の精度に関しては信頼性はご存知かと。見たところ手詰まっているのでしょう?」
「…………こい」
しばらくの沈黙の後エンデヴァーが背を向け、事務所の奥へ向かっていくと、彼の
「ぼ、ボス。よろしいのですか?」
「俺が良いと言っているんだ。応接室を使う。誰も応接室に入れるな。いいな」
「は……はっ!」
それだけ言い残すとエンデヴァーは私を案内することもなく一人でずんずんと進んで行ってしまった。どうやら同意したと受け取って大丈夫のようだ。私も割れた人波の間を抜けて、エンデヴァーの後を追い応接室へと入っていった。
応接室は臨時と言えども重厚な雰囲気が漂っており、黒革のソファだけでも相当値を張るものだと一目でわかった。エンデヴァーは、上座のソファに腰深く座りこみ背を預けると腕を組み、私をちらと一瞥してそこへ座れと言わんばかりに自身から対角線上にあるソファへ向けて顎をしゃくった。その指示のままに腰を掛けるとエンデヴァーが私のことなどお構いなしに口を開いた。
「なぜ、俺がステインを追っていると分かった」
「ただの推測です。そもそも貴公が本来の事務所からかなり離れた保須市まで出張るには相応の理由があることは明白ですし、その相応の理由に該当するものとしてヒーロー殺しの事件が最もあり得たからです。さらに言うなら保須市で起きた先の事件がステインの所業であり大半のヒーローの手に余る以上、戦闘力を鑑みて貴公が出動することは極めて自然だと思ったからでもあります。貴公は見た目に寄らず事件解決への姿勢と熱意は全ヒーローの中でトップであることは結果から見ても疑いようもありませんし、尚且つステインの今までの行動から、まだここ保須市で危害を加える可能性が極めて高いと考えた場合、現場主義である貴公は臨時的にでも事務所の機能をそのまま持ってきて現場の近くに根ざして捜査することが合理的と判断する、と推察したわけです。ここに臨時事務所を作ったのもステインの事件以降ですから。と、こんなところでいいですか?」
「……全くもって薄気味悪い連中だ。背筋が寒くなる」
「褒め言葉ですか? それとも貴公なりの冗句ですか?」
「下らん話はいい。それよりも、さっさと要件を話せ」
エンデヴァーは私を凝然と睨み付けながら、話を先へと促す。
「ステインに関する情報をお渡しする代わりに、私からの依頼を受けてください」
「……どういう意味だ」
「はっきり申し上げて、私の杞憂に過ぎないかもしれないことなので意味と問われると困ってしまうのですが」
「前置きはいらん。要点だけ話せ。時間の無駄だ」
「では単刀直入に言いますと、貴公らに警邏してほしい地域があるのです。場所は、ノーマルヒーロー:マニュアルのパトロール区域」
「意味が解らんわ。既にヒーローがいるのなら俺達まで見まわる必要がどこにある」
「ここからは順を追って説明しましょう」
私は、エンデヴァーにステインの行動傾向を分析した結果を話した。
ステインは神出鬼没と思われているが、危害を加える間隔はまちまちであるものの、危害を加えるために出没する場所にはある程度の傾向があるのだった。その傾向から逆算し予測すると、広い保須市と言えどもある程度までは場所を絞れるのである。
「……被害者が二人と言えどまだ事件が起きた場所は一ヶ所しかないだろう。それでは絞り込めないではないか」
「これは公表されていませんが、ステインはもう一ヶ所でとある
「……なるほどな」
「その二か所から次の出没場所を推測するともっとも出現確率が高い場所が、先ほど申し上げたノーマルヒーロー:マニュアルのパトロール区域なのですよ。ただステインの戦闘能力とマニュアルとを比較するとマニュアルではステインに太刀打ちできません。ですから、貴公に出張ってほしいのです」
エンデヴァーはそれを聞くと、鼻から大きく息を吐きだしつつ眼を閉じた。
なにか考えごとをしているようだが、数分の沈黙ののちにゆっくりと眼を開け、私へと視線を向けてきた。
「どうしてそれを俺に話す。そこまで判明しているのならPSIAで解決すればよいではないか」
「分かっているのに訊くのは趣味がいいとは言えませんね。基本的に一般公表されている各局においては組織犯罪を追うことが主で個人犯罪を追うことはしないですし、私にはステイン殺害の命は下りてきていませんから、たとえ発見できたとしても手出しができないのです。それにそもそも調査機関である我々には現行犯以外で逮捕権はない。ご存じでしょう」
「だから俺に対処しろと? あまりふざけるなよ」
「ふざけていません。ステインはあまりにも厄介な存在です。貴公ほどの実力者でなければ話すら持ちかけませんし、実力の伴わないものを徒に身を危険に晒させるわけにもいきません。インゲニウム程のヒーローでも対処できない人物である以上、現時点で保須にいるヒーローでこの案件に当たれる者は貴公以外に適任がおりません。これは、そういう案件であると貴公も理解していると思っていましたが」
「……」
私がそういうとエンデヴァーは再び唇を堅く結び、黙ってしまったのだった。
「もっと言えば、私は別のところを警戒しておきたいからです」
「……別の場所だと?」
「ええ。上の調査によると、ステインと雄英を襲った
「フン。そんな木端組織、ヒーロー殺しと共に現れても俺が捻り潰してやる」
その嘲笑は自信から派生するものなのだろうが、エンデヴァーといえども脳無の個性によっては完封されかねない。オールマイトですら、手こずった相手なのだ。
「貴公が潰してくれるのならこれ以上ありませんが、くれぐれも油断だけはしませんように」
「俺を誰だと思っている」
吐き捨てるように言うともう用件は済んだとばかり、エンデヴァーはソファから立ち上がった。私もそれに倣い席を立つ。
「それにしても、性格が悪い。取引と言いつつ情報と条件が一体化しているではないか」
「そうでもしなければ貴公が動いていただけないと思いましたので」
「……礼は言わん」
「そんなものは不要です。むしろ私から感謝の意を述べますよ。上は表立ってステインを逮捕したいようなのですから私の出番はありませんし」
「言っておくが、俺はお前を、お前たち組織を信用していない。法に依らない殺しが認められる社会などあってたまるか。それを担っているお前たちと
「ええ、もちろんです」
エンデヴァーと共に応接室からでると、再び奇異の視線にさらされた。今日のエンデヴァーの対応はよほど珍しいものだったらしい。
だがこれで最低限の予防線を張ることはできた。エンデヴァーがいる限り、飯田天哉は最悪の事態からは逃れられるだろう。
しかし、一見直接的な繋がりがなくとも負の感情というものは往々にして負の状況を呼びこんでしまう。
私の予測が杞憂に終わることを祈りつつ、一抹の不安を拭えないままエンデヴァーの事務所を後にしたのであった。
【遠眼鏡】
遠眼鏡。覗きこむことでモノが大きく見える。
特に狩道具でもないアンティークであり
どう使うのかは使用者次第。