月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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今回の考察は独自解釈です(改めて)


26.個性、狩人の省察

 オールマイトとの面談を終えたその日の放課後。緑谷出久は他の者よりも一足先に体育館γに来ていた。

 

「すみません。早く呼び出してしまって」

「いえ! とんでもないです!」

 

 緑谷出久は、私とオールマイトの関係を知ってからさらに眼を煌めかせ見つめてくる。

 

「緑谷くん。今まで通りにしてください。やりづらいですから」

「そんなこと言われましても!」

「……普段通りに振る舞う努力はしてください」

「はい!」

 

 今は時間が惜しい。緑谷出久には話しておかなければならないことがあるからだ。

 

「さて、緑谷くんにはお話しておかなければならないことがあります。その個性『ワン・フォー・オール』のことです」

「ワン・フォー・オールについて、ですか?」

「ワン・フォー・オールの成り立ちは、オールマイトから聞いた通りですが不思議に思った点はありませんか」

「えっと……?」

「ワン・フォーオールは個性を渡す個性と力をストックする個性が混ざり合ったもの……ちなみに緑谷くんで九人目の保持者なのですが、どうして先代までの個性が使えないのだろうと思いませんでしたか?」

「そういえば……」

「正確に言えば、オールマイトはもともと無個性なので先々代までなのですが緑谷くんに至るまでに全員が無個性であったとは考えにくいと思いませんか」

「オールマイトも言っていました。たとえば轟くんがワン・フォー・オールを持てば、炎と氷を操るスーパーパワーを持ったヒーローが生まれるだろうって。ということは、そういう人が後継者の中にいたということですよね」

 

 ワン・フォー・オールは生まれも不可思議なものであるが、その性質もかなりの特異性を孕んでいる。

 個性を渡す個性と力を溜める個性。力を譲渡できるのならば、自身の持つ個性を渡せてもいいはずだ。そして、ワン・フォー・オールの継承者の使命が原初から変わっておらず、オール・フォー・ワンを斃すことを目的としてきたのならば、歴代後継者の中に自身の個性ごと渡し確実に倒すため次代へと繋ぐことを第一と考えた者も必ずいたはず。もちろん、どの後継者も自身の手でその因縁を断ち切ろうとした結果、個性を渡すことなくオール・フォー・ワンに挑んだということもあるかもしれない。だが、オールマイトに奴が斃されるまでは間違いなく生き延びているということは、歴代は悉く敗れていったということでもある。それでもワン・フォー・オールが途絶えず受け継がれてきたということを考えれば、歴代の後継者たちは自身の限界を感じ次代へと託す瞬間とその儀式が間違いなくあったということだ。

 それにも関わらず緑谷出久に至るまで受け継がれてきたものは、その甚大なパワーのみであるというのは些か不自然であると言わざるを得ない。つまり、『渡さなかった』のではなく『渡せなかった』と考えるべきである。

 

「それは渡さなかったのではなく、渡せなかったということですか?」

 

 緑谷出久もどうやら同じ結論に至ったらしい。彼はやはりこの方面ではかなり優秀な部類に入るのだろう。

 

「そう考えるべきですね。オールマイトと緑谷くんのような例外はともかく、オール・フォー・ワンを斃すために受け継がれてきた力ならば、より強い個性を持った者に譲渡しようと考えるのが普通です。その後継者のもつ個性とワン・フォー・オールを合わせ挑むべきと思うでしょう」

「オールマイトと僕が例外……?」

「オールマイトはオール・フォー・ワンが君臨していた世界であってもその意志を買われて無個性ながら後継者になり、緑谷くんは譲渡された時点ではオール・フォー・ワンのいない世界で初めての後継者として緑谷くん自身のもつ個性の強さに関係なく選ばれた者、ですから」

「ああ、なるほど」

 

 そういえば、私はまだ緑谷出久自身の個性を知らない。それに、個性把握テストから今日まで一度も使おうとしたこともなかったように記憶している。

 

「そういえば、緑谷くんの本来の個性をまだ知りません。教えてもらってもいいですか?」

「え? あ、オールマイトから訊いていないんですか?」

「いえ? 特に何も」

「僕も無個性だったんです。この個性を継承するまで」

「……そうなんですか?」

「ええ、無個性でいた僕にオールマイトは『君はヒーローになれる』って言葉をくれたんです。それで」

 

 その言葉にくらと眩暈に近いものを覚えた。オールマイトはなんてリスキーなことをするのかという衝撃と、本当の意味で緑谷出久は次代の、新たな時代の新たな象徴として選ばれたのだという事実が頭の中を駆け巡っていた。

 

「緑谷くん」

「な、なんでしょう」

「あなたは、本当の意味での平和の象徴になれるかもしれませんね」

「どういう意味ですか……?」

 

 オールマイトは、オール・フォー・ワン亡き世界ではもう過剰な力は必要ないと判断し、強大な力よりも強固な意志を尊重し優先したということに他ならないのだ。そしてその強大な個性に匹敵する強固な意思を緑谷出久は宿しているとオールマイトは考えたのだろう。

 力に依るのではなく、意志によって成す平和。オールマイトとは別の、しかし明確な次代の象徴の形。人々の不安を除き支えとなり、それでいて一人に寄りかかるだけでなく一人一人に意志を宿させる存在。本当なら、オール・フォー・ワン亡き後、オールマイトが成すはずだった存在。

 

「どうしました、狩人先生?」

「いえ。なんでもありません。私の言葉の意味は、ご自身で考えてください。私からの課題です。いいですか」

「わ、わかりました」

 

 緑谷出久の眼を覗き込む。

 まだ、彼がそこまでの存在になれるのかわからない。だが、見届けなければならない。私もオールマイトから託されたものとして。

 

「話を戻しましょう。ワン・フォー・オールについてです。自身に宿っている元来の個性は渡さなかったのではなく、渡せなかったという緑谷くんの予想は当たっているのだと思います。つまりかなりの初期から『個性を渡す個性』と『力をストックする個性』の二つの個性ではなく、『ワン・フォー・オール』という一つの個性として変化しているということが分かります」

「そうなりますよね」

「では、もう一つの疑問です。なぜ元来持っていた個性は渡せなかったのか、ということです」

「それは……別々の個性として認識されてしまっていたから、ですか?」

「可能性としてはあり得ますが、それでは『個性を渡す個性』として成り立っていません」

「うーん……そうですよね。ということは別の原因……」

 

 緑谷出久は、いつものようにぶつぶつと唸りながら自分の世界に入って行ってしまった。

 これはワン・フォー・オールの知識を深めるためと同時に、思考の訓練でもある。私がすべきは、緑谷出久の技術の向上よりも思考力を鍛える方面に重きを置くべきだと考えている。いずれ一人で考え一人で最適解を見つけ行動しなければならないときがくるのだ。

 

「緑谷くん。一旦、今の疑問を横に置いておきましょう」

「え、は、はい」

「次はワン・フォー・オールのもう一つの特性について考えます」

「もう一つの特性……力をストックするという部分ですよね」

「ええ。オールマイトからはどのように説明を受けていますか?」

「特に詳しくは……ただ極まった身体能力の結晶であるとは聞いているので、そのまま筋力なんかのことではないんですか?」

「それならば、個性の発動で緑谷くんの筋肉が膨張しなければ変ではないですか。それとストックするものが筋力などだとしても、例えば無個性状態の緑谷くんが九人いて同時に一ヶ所に拳打を打ち込むことが出来たとして分厚いコンクリートの壁を破れるのですか?」

「あ、あれ? じゃあ、どういうことだ……? 別に力を引き上げるなにかがあるってことか……?」

 

 疑問符を浮かべつつも思考は続けている様子だが、なかなか納得のいく答えを得られないのかどんどんと思考の沼へと没入していく。

 このままでは深みに嵌まっていくだけだ。少しだけ、背を押してやろう。

 

「二つの疑問を包括的に考えてください。それこそ、二つの個性が混ざりワン・フォー・オールになったように」

 

 私の言葉のあともしばらく思考に没入していたが唐突にはっと顔を上げた。

 

「個性を渡さなかったのではなく渡せなかったこと……筋力などの一般的な要素のみでは今のワン・フォー・オールのようなパワーには行き着かないこと……今のパワーに至るまでには他の要素が考えられること……まさかそれはもしかして、ワン・フォー・オールが個性を力として変換してストックしてしまったということですか……?」

「ええ、私はそう予想しています。ワン・フォー・オールの継承者は引き継がせる際に自身の持つ個性が力として変換されワン・フォー・オールの残滓以外の個性を失ってしまうとね」

 

 ワン・フォー・オールに関しては、全てが正確に口伝されているわけではないと以前オールマイトから聞いたことがあった。ワン・フォー・オールの歴史はオール・フォー・ワンとの闘争の歴史でもある。故に全てを伝える前に、力尽きてしまったことで失われた歴史もまた存在しており、その中には二つの個性がワン・フォー・オールへと変遷した過程も含まれているのだという。

 

「オールマイトも、ワン・フォー・オールの全てを知っているわけではありませんし、私や緑谷くんが想像したことはあくまでも根拠のない予想にすぎません。そしてそれを確かめる術もありません。ですが、考えることをやめないでください。その個性を知ろうと常に努めてくださいね」

「わ、わかりました」

「ついでに私が既に疑問に思っている部分をお教えしておきます。一つは、ストックという表現を取っているにも拘わらず個性を使用しても減っている様子がないこと。『溜める』のならば使用の度に『減って』行かなければおかしいと思いませんか?」

「そういえば……」

「もう一つは、力を継承させさらに溜めていく個性ならば、既に緑谷くんの力が上乗せされオールマイト以上の力になっているはずにも拘らず、緑谷くんの百%は全盛期のオールマイトには遠く及んでおらず怪我を負った現在のオールマイト程度の力しか出せていないことです。緑谷くんの全力を受けてみての感覚なので間違いないと思います」

「どんどんワン・フォー・オールのことがわからなくなってきました……」

「これは私にもわからないことですから。それに緑谷くんやオールマイトでなければわからないことでしょう。ですから、もしこの件についてわかったら教えてくださいね」

「はい。でも分かるときが来るのでしょうか」

「それは、緑谷くん次第でしょう。ワン・フォー・オールの後継者は貴方なのですから。その個性のことは後継者にしかわかりません」

「僕次第……」

 

 個性は知ることで深化していく。ワン・フォー・オールは秘匿され尚且つ謎多き個性であるため自身で知る努力をしていかなければならない。知った先で新たな力を得ることもあるだろう。しかしこの問いかけの目的はそこにない。

 この予想が当たっていようとも外れていようともどちらでも構わない。緑谷出久には気づきを与えたかったのだ。この気づきは人から与えてもらう機会は限りなく少ない。だから、緑谷出久には今ここでそのきっかけを与えておかなければならなかった。

 そしていずれは自身で気づき、自身で思考し、決断や判断に至る力を身に着けてほしいのである。たとえ私がそばにいなくとも、だ。

 

(オールマイトはまだ伝えるべきではないと判断して伝えていないのかもしれない。差し出がましいにもほどがあるが、オールマイトのためにも緑谷出久の大成には手段を選んでいる場合ではない)

 

 それに私も、おそらくきっといつまでも緑谷出久のそばにいることは叶わないだろう。私が狩人という立場にいることはもちろん、オールマイトが何と言おうともやがてくる未来で平和の象徴を担う人物に私は師としても相応しくないのだ。

 

「あの、狩人先生」

「はい」

「もし不快に思ったらすみません。でも訊いておきたいことがあるんです」

 

 やたらと神妙な面持ちで、それでいてこちらの顔色を窺うように緑谷出久はおずおずと言葉を繋げていく。

 

「ええ。何でも構いませんよ。私に答えられることでしたら」

「どうして狩人先生は、ワン・フォー・オールを継承しなかったのですか? 一番弟子、なんですよね。それにとてもお強いですし、僕なんかよりも――」

 

 不安そうな表情をしている緑谷出久の唇に人差し指を立てて当て言葉を飲み込ませる。

 

「それ以上は言葉にしてはいけません。オールマイトは、緑谷くんを選んだのですから。それ以上の言葉はオールマイトの考えも否定することに繋がってしまいますよ。それは緑谷くんの本意ではないでしょう?」

 

 緑谷出久は首をゆっくりと上下に振った。私は人差し指を彼の唇から離す。

 

「勘違いしないでほしいのですが、確かに私はオールマイトから個性の継承について持ちかけられたことはありません。ですがそれを悔しいと思ったことは全くありませんし、受け継ぎたいとも思っていませんでした。更に言うなら緑谷くんが受け継いだからと言って嫉妬といった感情を覚えたことなども一度たりともありません。断言します」

「そう、なんですか?」

 

 実際に、私には嫉妬という感情はまったく沸いていない。だが、未だにワン・フォー・オールはオールマイトにこそ誰よりも相応しいという思いは変わっていなかった。

 

「ええ。オールマイトは私のことを一番弟子と呼んでくださいましたが、実際のところは私を保護してくださっていたのです。私がオールマイトに出会ったのは緑谷くんの今の年齢と同じ頃でしたが、とある事情で私には身寄りが誰一人いませんでした。今もそうですがこの社会は子供だけで生きていけるようには設計されていませんでしたから、私が社会復帰できるようにと後見人に名乗り出て下さったのです。ですから緑谷くんの思っているような本当の意味での師弟関係ではないのですよ」

「なんだかすみません……」

「気にしないでください」

 

 だが、その後すぐに私は狩人として生きることになってしまった。もしかしたらオールマイトも私に継がせるという考えがちらとでもあったかもしれないが、ワン・フォー・オールの継承者には平和の象徴を望むオールマイトにとっては表立つことの許されない狩人へ個性(ワン・フォー・オール)を渡すわけにはいかなくなってしまったのである。

 それにオールマイトが私を日の当たる場所へ引きずり上げてくれたにも拘らず、狩人という暗部に身を窶しオールマイトの厚意を無碍にしてしまったことは今も悔やんでいた。それでも狩人として生きていくことを決めたことに後悔はない。

 

「緑谷くん」

「なんでしょうか?」

 

 言わない方がいいのだと思う。ただ焦らせるだけかもしれない。私の思いなど伝えるべきではないのかもしれない。だが、私は言葉に出すことを止めらないのだった。

 

「オールマイトには……オールマイトに安心を与えられるのは君だけです。ですから焦る必要はありません。確実に力を身に着けていきましょう。私もできる限りお力になりますから」

「は、はい」

「これは、私からのお願いでもあります。姉弟子からのお願いとしてきいてもらえますか?」

「……わかりました」

 

 ほんの一瞬。ナイトアイの予知のことを緑谷出久に伝えるべきかと逡巡した。

 だが、今の彼にはまだ早い。私の想いを伝える以上にただ徒に動揺させ、徒に焦らせてしまうだけだろう。

 オールマイトはきっと、自分からはその予知のことを緑谷出久に伝えることはない。だから、もし緑谷出久がすべてを知りたいと願うことがあれば私から伝えてやろうと思う。

 そして、私がそんな運命など捻じ曲げることも、一緒に伝えてやろう。彼がオールマイトに安心を与えてくれるのなら私が彼に安心を与えてやろう。彼が征く道を阻む者が現れたのなら私が排除しよう。

 そう、オールマイトに安寧をもたらせるのは緑谷出久だけ。私にはできないことなのだから。

 

「狩人先生?」

「ああ、すみません。少し考えごとをしていました」

 

 らしくもなく、人前で思い巡らせてしまった。最近、考え込むことが多くなったように思う。

 

「さて、緑谷くん。もう一つお話があります。今後の訓練についてです」

「はい」

「今後はもう少し具体的にワン・フォー・オールに寄り添った訓練をしていきましょう」

 

 今までは、私が緑谷出久の個性を知らない前提での訓練だったためワン・フォー・オールに特化したものというよりも超増強系個性として接してきていた。

 だが、その必要もなくなったため、より専修的な訓練に入ることができる。ただ、やはり私はワン・フォー・オールを体感したことはないためオールマイトから聞き伝えられていることと私の身体強化の経験則を複合した程度の指導になってしまうことを考えるとやはり効率の面でいけば理想はオールマイトが指導を取るべきだとも思っているのであった。

 

「まず緑谷くんがワン・フォー・オールを今の時点でどれくらい扱えるのかを(さら)っておきましょう」

「えっと、フルカウルは九%が限界です。一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)を使えば倍程度までは引き上げられます。あとは、神経系の一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)は三十%までは引き上げられました。あの、体育祭のときに」

「まだ、意識を強く持たなければコントロールもままならなさそうな印象ですね」

「……はい、そうですね。まだ無意識化での運用はできていないです」

 

 緑谷出久は暗い顔をしているが、思ったよりは先に進んでも問題はなさそうだ。

 できることもやるべきことも明確に与えられる段階まで来ている。それならば、私もやりやすい。

 

「わかりました。では、今後は二点に絞って訓練をしていくことですね」

「二つ?」

「一つは、その一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)をいつでも繰り出せるようにすること。そしてもう一つはその出力に見合った闘い方(スタイル)と戦闘技術を身に着けることです」

 

 緑谷出久の今の切り札はいずれ使えなくなる。いや、使えないというと語弊がある。使う必要が無くなると言ったほうが正しい。ワン・フォー・オールを使いこなすことこそがそのまま切り札や必殺技といった類になりえるのだ。

 ただし、個性自体を使いこなしても戦闘技術に長けておらずただ振り回すようになっては意味がない。先を見据え、緑谷出久が独り立ちをしたときにただの強大な暴威ではなく指向性のある武として使用できるようになってこそなのだ。

 

「具体的には、防御の訓練に入ろうと思います」

「防御、ですか?」

「ワン・フォー・オールは攻撃力を上昇させるだけではないことは既に体感から得ていると思います」

「はい。個性を発動すると身体機能の全てが上昇するというか、頭の回転まで速くなるというか。それを応用して神経系限定で一時限界突破(オーバー・ザ・リミット)を使ってるわけですし」

「そうです。今後、私が緑谷くんに攻撃を仕掛けそれを防御するという訓練を組み入れます。ただし、緑谷くんの引きだせるマックスで防御をしなければダメージを負うように攻撃します」

「つまり、先生の攻撃に合わせて瞬間的にワン・フォー・オールを的確に発動していく訓練ってことですか?」

「そういうことですね。察しが早くて助かります」

 

 私の力を最大限まで発揮すれば、ワン・フォー・オールの二十五%程度の攻撃力と同等の力までは引きだせるが、ただそれは『筋力』と『技術』に全ての意識を割き、その上十全な体勢で繰り出せるときに限る。即ち動きながらでは到底引きだすことは不可能ということでもある。通常の戦闘状態ではおおよそ二十%~二十二%程度で撃ち出すことが関の山だろう。もちろんそこに速さを乗せることによって若干の増減はあるが、どうしても今の私ではそれが限界であった。

 故にこの訓練方法も今しかできないものであり、まだ私が緑谷出久よりも強い力を持っていられる早い段階でやっておかなければならなかった。

 これにより個性の出力の底上げと取り扱いを同時に鍛えていくつもりだ。

 

「そしてもう一つ。戦闘技術を身に着けることですが。その前に。緑谷くんはヒーロー殺しと会敵しましたね」

「はい。途中でかなりピンチに陥っちゃって、エンデヴァーが駆けつけてくれなかったら危なかったです」

 

 本当にエンデヴァーを向かわせておいてよかった。

 もしいなければ、おそらくきっとあそこに居合わせた者全てが殺されるか、重傷を負わされていただろう。

 

「ヒーロー殺しは強かったですか?」

「……? は、はい。強かったです」

「なぜ強いと思ったのですか?」

「な、なぜって……それは」

 

 緑谷出久は私の問いに俯いてぶつぶつと独り言を言いながら考えこむ。

 身体能力では既に緑谷出久の方が勝っている。にも拘らずヒーロー殺しを強いと考えたのならば理由があるはずなのだ。

 

「これは私の予想ですが、緑谷くんたちは最初は有利に立ち回っていましたが、急に途中からヒーロー殺しに動きを対応されてしまった。つい先程まで反応すらできていなかった攻撃も防がれるどころか掠りもしなくなってしまい焦りにより単調になったところを突かれてしまった、といったところじゃないですか」

「そ、その通りです。勝てると思った次の瞬間から多対一だったにも関わらずヒーロー殺しの個性の影響もあったんですけど一瞬で制圧されてしまって……」

 

 緑谷出久の顔に陰りが生じる。

 訓練してきたものが通じない現実が悩みと焦りを生み出してしまっているのだろう。

 

「それは、戦闘に際して動きが直線的で次の行動が予測がしやすいからです。故に回避や対策を取られてしまう」

「直線的……ですか」

「これはみせたほうが早そうですね」

 

 私は緑谷出久からやや距離をとり改めて緑谷出久に向き直った。

 

「今から緑谷くんに殴りかかりますので、防いでください。いつ殴りかかるかまでは言いません」

「えぇ!?」

 

 動揺している緑谷出久だが、彼の身体はすんなりと戦闘態勢を取っていた。日頃の訓練の成果と経た経験が彼の身体を自然と動かしているようだった。

 私は腰を落し、拳を握りつつ右肘を引いた。

 

「……」

「……」

 

 緑谷出久の動揺が収まったと同時に床石を蹴り緑谷出久へと突進し、右の拳を繰り出した。それなりの速さで繰り出したが、緑谷出久は冷静に私の手首に手を当て拳の軌道を逸らし見事に防いだのであった。

 

「結構です。しっかりと基礎は身についてきたようですね」

「ほっ」

 

 安堵に胸を撫で下ろしているが、本題はここからである。

 

「では次です」

 

 再び緑谷出久から距離を取って対峙する。緑谷出久も先ほどのような動揺はなく、素直に構えに入っていった。

 私も先程同じように右の肘を引き、拳を握り構える。

 そして、真っ直ぐに緑谷出久と視線を合わせる。緑谷出久の瞳を覗きこみ、私は一瞬だけ目線を左に振った。緑谷出久はそれにつられ同じように視線を動かし私への意識を阻害した隙に体勢を低くし一気に懐に飛び込んでいく。緑谷出久が私の視線誘導から意識を戻した瞬間を見計らい、右の拳をわずかに突き出す振りをして見せた。すると、その拳を逸らそうと緑谷出久の右手が突きだしてくる。

 それを左の手の甲でいなし、そのまま背後へ回る。緑谷出久も私を目で追えていたようで超人的な反応で後ろを振り向こうとするが、さらに私は床石を蹴り月面宙返り(ムーンサルト)で跳ねつつ振り向きざまの緑谷出久の脳天に拳骨を見舞ったのだった。

 

「いっだあぁあぁッ!?」

 

 緑谷出久が頭を抱えて蹲るのとほぼ同じくして着地をする。

 

「さて、緑谷くん。先ほどと何が違うのかわかりましたか?」

「ぱ、パンチ以外にたくさん動きがありました……」

「ええ、正解です」

「正解なんですか!?」

 

 なにを驚いた顔をしているのかわからないが、とにかく緑谷出久に足りないものを示唆できたはずだ。

 

「いいですか。最初にみせた動きは緑谷くんの現状を模したものです」

「ぼ、僕の?」

「緑谷くんの行動は本命しかない。故に読みやすいのです。ちなみに二回目の際、私がいくつ行動におけるフェイクやフェイントを入れたかわかりましたか?」

「えーと……三つですか? 最初の視線誘導と右手の突き出しと背面からの攻撃に見せかけた後ろどりの行動」

「惜しい。四つです。緑谷くんに接近する際と背後を取る際、体勢と重心を低くし視線を下に誘導しました。ですから最後に上への反応が若干遅れたでしょう?」

「ああ、そうか。あれもフェイントの一種ですね……」

 

 緑谷出久は、素直すぎる。攻撃する際は攻撃のみを意識する動きをしてしまうし、攪乱する際は攪乱しようとする動きをしてしまう。つまるところ、次に何をするかわかってしまうのである。そのために体育祭の決勝でも爆豪勝己には速さで圧倒しながらも次に何をするかを把握され受けきられ耐えられてしまったのであった。

 

「緑谷くんの動きは最初に私がやったように『今からこれをやります』ということが全てわかってしまうのです」

「つまりフェイントを混ぜろってことですか?」

「そうではありません。フェイントと言うよりも、次に何をするかがわかってしまうのがよくないのですよ。フェイントもフェイントが来るとわかっていては意味がありませんよね? 緑谷くんは今そういう状態です」

「難しいですね……頭でわかっていても実践できるかは訓練しないと」

「それと、最初に言ったこととも繋がるのですが、緑谷くんの動きはかなり直線的です。対象へ一直線に向かっていくことももちろん緩急が乏しく左右上下の振りも少ない。それでは相手は緑谷くんがどんなに速かろうが対応できてしまいます」

「うっ……すみません」

「謝る必要はありません。ただ緑谷くんはどうにもオールマイトへの憧れが枷になっているようにも思えます」

「オールマイトへの憧れが、枷?」

 

 オールマイトの動きを模倣しようとしているというのは動きを見ていればよくわかる。しかし、オールマイトの場合は『真っ直ぐ来ると分かっていても避けられない』といった類のものであり、誰もが真似できるわけではない、というより基本的に誰も真似のできないものだ。ワン・フォー・オールを持ち継承した緑谷出久ならばいずれオールマイト以上の出力を出すことも可能かもしれないが、今の段階ではそれも難しいと言わざるを得なかった。

 

「確かに緑谷くんはオールマイトの個性を継ぎましたが、全てをオールマイトに寄せる必要はありません。今できる最善を考えてください。そうすれば動きも直線的なものではなくなっていくと思いますよ」

「今できる最善……」

「ここから先は緑谷くん自身で考えてほしいのであえて言いませんがヒントを差し上げましょう。強大な力だからと言って、近接格闘のみがワン・フォー・オールの強みではありません」

「それは遠距離攻撃ってことですか? 確かにオールマイトは繰り出した拳が生み出す風圧で(ヴィラン)を倒しますけど、僕にはまだできませんし……」

「出来ることに越したことはありませんが、その必要はありません。緑谷くんはもう別の選択肢をもっているのですから」

「別の選択肢?」

 

 緑谷出久の瞳が爛漫に輝き私の顔を見つめてきていた。

 

「ええ。特別にもう一つだけヒントです。緑谷くんはもう既に、私にそれを見せてくれています」

「それって――」

 

 緑谷出久が言葉を発しようとしたとき、入口から他のA組の生徒たちの声が騒がしく近づいてきていた。

 

「ここまでのようです」

「え、あ、はい」

「では、緑谷くん。なにができるかの答えは、次回聞きましょう」

 

 集団へ向かうように緑谷出久を促すと早足で彼はA組の生徒達の元へ向かっていった。

 緑谷出久がA組の集団に戻ると私と緑谷出久を交互に何度か見た後に爆豪勝己がものすごい剣幕で緑谷出久に詰め寄っていたが、切島鋭児郎や瀬呂範太たちによって引きはがされていた。

 訓練を始めた最初の頃は、緊張した面持ちを崩せなかった彼らも、今ではすっかりリラックスして臨めるようになっているのも、また一つの成長なのだろう。

 じゃれ合っている彼らをみて、また複雑な思いが駆け巡る。

 

(次代の平和の象徴を、緑谷出久を私が育てる……)

 

 無意識のうちに両の掌をじっと見つめていた。

 ごしごしと装束の裾で掌を擦り、もう一度掌を見つめた。

 なにも変わるはずもないのに、私は何度も何度も掌を見つめずにはいられなかったのであった。




【鎮静剤】

とある学舎発祥の飲み薬、気を鎮める効果がある。

神秘の研究者にとって、気の狂いはありふれた症状であり
濃厚な人血の類は、そうした気の乱れを沈めてくれる。

それはやがて、血の医療へと繋がる萌芽であった。

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