例にもれず、解説・考察は独自解釈です。
六月に入り、期末考査についての会議が行われていた。
通常科目のペーパーテストには私が介入する余地はないため特に会議に参加することもなかったが、ヒーロー科のみが行う演習科目に関しては私も関係してくるようだった。
「今年から、ですか」
「そうだね。
平和の象徴の立っていられる時間は少ない。だからこそ、いなくなった後のことを考え、即戦力を育てていく。合理的であり、ヒーローの養成機関として正しい選択であるものの、眼を逸らしたい現実を改めて他人から突き付けられたようで寂寥感に息が詰まりそうになってしまう。
「これからは、対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ」
校長の提言の元、会議は順調に進んで行き試験内容は生徒が二人一組で
「さて組の采配ですが、まずはA組から」
イレイザーヘッドがA組担任として割り振りを決めていく。それぞれの能力や個性だけに囚われず、より実践的な状況を設定するためお互いの親密さまでを考慮に入れているようだった。ヒーローにとっては、不仲であることが失敗の原因になってしまうことは許されざることであるため当然と言えば当然である。不仲であっても構わない。だが、それが結果に影響してはならないのだ。
「緑谷と爆豪はオールマイトさんに頼みます。この二人に関してはどうしてペアを組ませたか言わなくてもわかりますよね」
「あ、ああ」
二人の仲の悪さは、どうやら教師陣から見ても目に余るものらしい。
緑谷出久と爆豪勝己の二人にとって、特に爆豪勝己にとってはあらゆる意味で過酷な試験ではあるものの今後を考えれば必ず通過しなければならないシチュエーションであり、早々に解決をしなければならない問題でもある。そのため、今回の試験で最も実りがあるものは爆豪勝己かもしれなかった。
イレイザーヘッドは次々と淀みなくペアを決め、それに宛がう教師の配置も決めていく。各ペアに対して天敵となる個性を配置していったようだった。
青山優雅と麗日お茶子には13号が当てられた。これは、麗日の主な攻撃手段が瓦礫等の超重量物を個性を使い浮かせたものを相手にぶつけることと青山優雅の光線であるネビルレーザーに対するものだ。13号の個性であるブラックホールは質量のある瓦礫はもちろん光までも量子分解してしまうまさに個性の名の通りのブラックホールである。つまり主な自身の攻撃手段が封じられた相手にどのように対処をするかを視るための試験と言ったところだろう。
口田甲司と耳郎響香にはプレゼント・マイクが試験官を務める場が用意される。口田甲司も耳郎響香もどちらも音に関する個性であり、プレゼント・マイクはその二人の音を掻き消すほどの大音量を生み出す。これも先の13号と同じく自身の個性の攻撃が通用しない相手に対しての対応力を見る試験になりそうだった。
蛙吹梅雨と常闇踏陰にはエクトプラズムが割り振られた。この二人に関しては弱点らしい弱点はない。以前ならば常闇踏陰は近距離戦闘が苦手だという弱点があったものの、彼は今彼の個性である
瀬呂範太と峰田実はミッドナイトが担当する。ここは最も過酷な試験の一つになるだろう。瀬呂範太の個性である『テープ』も峰田実の個性である『もぎもぎ』も確実に当てるためにはある程度まで近づかなければならないが、ミッドナイトの操鞭の射程とほとんど変わらない間合いまで詰めなければならない。彼女の操鞭術と体術を鑑みれば、遠距離からの攻撃は功を成さないどころか無駄に自身たちの居場所を教えてしまうことになる。さらにミッドナイトの個性である『眠り香』は一息でも吸えば意識が即ブラックアウトしてしまうため、迂闊に近づくことさえできず近接の格闘戦も不可能に近い。常に
葉隠透と障子目蔵にはスナイプが振り当てられた。二人の個性は索敵や諜報に向いた個性であるが、さらにその範囲の外側からの攻撃を行えるのがスナイプだ。彼の個性は『ホーミング』である。距離が遠く離れていようとも狙った箇所に自身の放ったものを必中させることが出来るという個性に銃を組み合わせることで、圧倒的な遠距離攻撃を可能としている。つまり、障子目蔵の索敵の外から襲い掛かってくる脅威と個性により自身の姿が見えずともヒーロースーツの一部等を視認されてしまえば不可視と言えどもその部分に命中させられてしまう葉隠透にとってはこの上ない天敵と言える。つまり障子目蔵が囮となり、葉隠透が脱出ないし捕縛するしかないのだが葉隠透にその非情な決断が取れるかどうか、さらには障子目蔵には葉隠透がその場からいなくなったことに気付かせない動きができるかどうかという試験になることが予想されるのだった。
砂藤力道と切島鋭児郎にはセメントスが割り振られた。この二人にはシンプルにして最大の課題が当てられている。即ち持久力である。個性の使用に時間の限りがある二人に対して、コンクリートがあれば無制限に個性を発動できるセメントス。真正面からやり合えば二人はジリ貧になってしまうため、個性の使用はここぞという場所のみに抑えつつ機転を利かせセメントスの眼を欺くことが必須となる。離脱のための脱出ゲートは一つしかないため脱出するとわかってしまえばその前に壁を立てられてしまう。かといって戦闘を行えば無尽蔵のコンクリートの波が襲い掛かってくる。つまり綿密な作戦と的確な行動が求められることになるのであった。
飯田天哉と尾白猿夫にはパワーローダーが充てられた。ここもシンプルな課題が割り当てられている。飯田天哉も尾白猿夫も、地形が十分な状態で初めて十全の力を発揮できる。パワーローダーの戦闘スタイルは個性である『鉄爪』を用いて地中を掘り進めつつ、トラップで搦めとることが多い。飯田天哉のエンジンは出力が大きくなればなるほど小回りが利きにくくなるためパワーローダーによって地形を陥没させられてしまった場合、本来の力の半分も出すことが出来なくなるだろうし尾白猿夫も個性そのものは地形に影響されることは少ないものの、彼の扱う近接格闘術は足場が圧倒的に悪い状態を想定していないため決定打になりにくい。さらに二人の共通点として、遠距離から可能な攻撃と面で制圧する攻撃を持っていないというのも挙げられる。耳郎響香や爆豪勝己、轟焦凍のような個性ならば対応可能なパワーローダーの地中移動も彼らにとって攻略は困難を極める。戦闘においても、無暗に近接戦を仕掛ければトラップの格好の餌食となってしまうだろうが、彼らにとって遠距離攻撃がほとんど絶無に近いため戦闘を仕掛ける場合、近接戦闘を選択せざるを得ないのであった。不利であることを冷静に認識する判断力とそれを打開する機転が必要になってくるだろう。
轟焦凍と八百万百にはイレイザーヘッド自身が当たるようだ。
「轟は、一通り申し分ないがなまじ個性や身体能力が高い分、攻め手が単調になりがち。そして八百万は個性が万能で状況対応能力あるものの、判断までの時間がまだかかる。まあ、最近は二人ともその弱点も克服しつつありますがね」
私へ視線が送られたが、特に反応する必要もない。
「それで、残りの芦戸と上鳴は、狩人。お前に頼む」
「私ですか」
私の個性が彼女達にとって天敵というわけではないし、もし担当するとしたら飯田天哉と尾白猿夫のペアに充てられると思っていた。そこにパワーローダーが割り当てられたため出番はないと思っていた分意外であった。
「本当は校長に頼もうと思っていたんだが。ただ本来校長は授業を行う役職ではないし、なにより人を試すときにうっかり素がでてやりすぎることがあるからな」
「はっはっは、随分だね!」
朗らかに根津校長は笑っているが、根津校長はいろいろと過去に闇を抱えているらしい。どうやら実験と称してかなり弄ばれていたと以前話を聞いたことがあった。
「そこでお前だ、狩人。芦戸も上鳴も良くも悪くも単純な行動傾向にある。二人も強い個性を持っているがお前と正面切って戦闘できるほどじゃあない。つまり二人の最も得意な正面から個性をぶつけるという戦法は取れなくなるわけだ。さらに、狩人が攻め続ければ芦戸と上鳴は個性の許容上限という壁にぶち当たらざるを得なくなる。頭のキレるお前なら真正面からの闘いだけじゃなく間断なく多角的に攻めつつ、そして口八丁手八丁で二人の弱点を抉り出すことが出来るだろ。あとはその追い詰められた状況で芦戸と上鳴がそれに気づき打開できる機転があるかどうかを見てほしい」
随分と過分な評価だが二人に弱点を気付かせこちらが攻めながらも攻略ポイントを持たせるということは簡単ではない。
だが、それでも彼らも今の殻を破るようにもがいていることも私は知っている。破ることに苦労していることも知っている。
普段の訓練でも行き詰まっている二人であれば、視点を変えてやれる機会でもあると考えよう。
「ああ。そうだ。分かっていると思うがくれぐれもわざと負けてやろうとはしないことだ」
「当然です。私はそこまで甘くありません」
「……それと試験であることも忘れないことだ」
「分かっています」
「狩人はあまり加減というものを知らなさそうだからな」
「……精進します」
心外であるものの、実際に加減は苦手なため反論もできなかった。
会議は、遅くまで続き、B組の組み合わせや具体的な採点ポイントについて話し合われたのであった。
◇◆◇
「はい、では今日はここまで」
対敵学も今学期はあと一回を残すところまで来ていた。
生徒達の基礎能力も今では授業終わりでも倒れ込むことなく精々膝に手をついて肩で息をする程度までにはついてきている。
体育館γには今日も荒い息遣いが満ちていた。
「いいですか皆さん。疲れているでしょうが最後にお知らせがあるので聞いてください」
私がそういうと、虚ろな目をしながらふらふらとした足取りでこちらに生徒達が集まってきた。
「では、本日で今学期の実技訓練は最後です。次の授業ではレポートを提出してもらいます」
ヒーロー科の科目は基本的に演習試験にまとめられてしまい、それぞれにおいて試験という形はとらず授業の採点は平常点が主となるが、ヒーロー情報学などはその限りではなくレポート提出をもって成績の付与を行っている。
私の行っている『対敵学』は実技だけでなく座学も行っているため、同様にレポートを提出させ採点をせねばならなかった。
「うへぇぇ……マジかぁ」
「レポート提出は苦手だァ」
上鳴電気と切島鋭鋭児郎は既に頭を抱えているが、そこまで難度の高いものをやらせるつもりもなかった。正直なところ提出さえすれば、最低限の合格点は付与するつもりでいる。
それをイレイザーヘッドに相談したら甘いと言われたが、座学に関して難度を上げ過ぎて他の通常科目に影響を及ぼさないように考えた結果でもあった。
「提出していただくレポートのテーマは『
何を書くべきか察しがついている者もいれば、まだなにを書くことになるのかわからないといった表情を浮かべる者様々だが、緑谷出久を始めとしたステインの事件に関わったものたちはすぐに理解したようだった。
個性犯罪に手を染めるものの経緯は一様でない。一様であるはずはないが、その心理の変遷を辿ることは決して無駄ではない。
対峙したときに、相手の行動を読む際の判断材料の手札はできる限り多いことに越したことはないのだ。
私の合図でバラバラと体育館γを生徒達は後にしていった。
生徒達が戻ったことを確認し、私も体育館γから職員室へ戻り、次の授業の準備を始めていた。
本日に限り、三年の授業にも出なければならなかった。本日はスナイプが
とはいっても、三年のこの時期は既にどのヒーロー事務所に所属するか半ば決まっている者も多く、そのうちで数少ないカレッジへ進学する者は独自で勉学を進めているため自習で構わないとされているし、監督官としてその場にいるだけなので特に労するものでもない。
私は、準備を整え三年の教室へと向かっていった。
三年の待つ特別学習室に入ると、三年のヒーロー科であるA組とB組が一絡げに着席していた。この時期の三年はインターン等で学外にいることも多く、全員が揃っていることも少ない。ここにいる人数もA組B組をあわせてようやく一クラス分程度だった。
教室はどこか緊迫感に包まれており、流石に雄英の三年ともなると一年とは違い浮ついた空気は薄くなるようだ。
「この時間を担当します狩人です。担当と言っても監督官というだけですから、各々自習してくださって結構ですので。もし質問があれば私がお答えできる範囲でお答えいたします」
授業はじめに私がそういうと、その場にいた一人が空気を割くように鋭く挙手をした。
「俺、通形ミリオっていいます! 先生! 質問いいですか!」
「ええ、どうぞ」
緊迫感を無視するように朗らかで快活な声を上げた通形ミリオは私をまっすぐに見つめてくる。
「先生って、あのエキシビションのバケツ仮面ですよね。新任だってことで僕ら三年生の誰も先生のこと存じ上げていなかったんですけど、どこで鍛えたんですか!? というよりどこで活動していたんですか!?」
「……授業のことではなく、私のことを訊きたいのですか?」
「ダメでした!?」
「構いませんけれども、特に面白味はないですよ。私の場合はほとんどが実戦での経験ですので、特別なトレーニングはしていません」
「それであれだけの強さを! なるほど納得ですよね。型にハマらないというか柔軟な対応というか次々と変わる状況によってすぐさま行動を変えていましたよね……!」
「あれだけの試合でそこまで分かるのでしたら通形くんも十分強いと思いますよ」
恥ずかしそうに鼻の下を人差し指で擦っているが通形ミリオは雄英ビッグスリーと呼ばれるうちの一人だ。雄英のトップクラスはプロヒーローを含めても上位に位置する力を持つと言ってもいい。
「質問が終わりでしたら自習を始めてください。質問は適宜受けますので――」
「もう一ついいですか!」
通形ミリオは眼を爛々と輝かせながら、さらに前のめりになる。
「先生! 質問じゃないんですけどお願いが!」
「なんでしょう」
「手合せしてしてほしいんですよね!」
突然の申し出に教室にいた生徒達がざわめきだす。
しかし、通形ミリオの眼からは血気盛んというよりも興味への探求の方が近いように見える。私の実力を試そうなどではなく、純粋に言葉通り手合せを楽しみたいといった感じだ。
「ミリオ……さすがにそれはどうかと思う」
「え、ダメかな!? とてもいい経験になると思うんだよね!」
「先生にも先生の都合がある……誰もがスナイプ先生のような人じゃない」
「でも、見た目のクールさ以上に狩人先生優しそうだよね!」
「女の人は見た目じゃわからないっていうだろ……」
通形ミリオの後ろの席から窘めたのは天喰環だ。彼もまた雄英ビッグスリーの一人であり、雄英トップクラスの実力者の一人である。彼の実力は申し分ないが、その本領を発揮することは少ないのだと聞いていた。話をしている姿をみて確信を得たが、本領を発揮することが少ないのではなく彼自身の性格によって引きだしきれていないというところなのだろう。
通形ミリオも天喰環も私の判断を待つように視線をこちらに向けている。
「私は構いませんが、監督官が他の皆さんを残してこの場を離れるわけにはいきませんので、他の皆さんがよろしければそれで構いませんよ」
「ああっ、そうですよね……!」
眉尻を下げる通形ミリオはそのまますごすごと席に座った。だが、教室のどこからともなく「ミリオやってみろよ」との声が上がり、その一声をきっかけに通形ミリオへの同意と声援に変わっていった。
「いいのかな!?」
「まあ、皆さんがよろしければ。監督下に置いておかなければならないので皆さんも体育館ないし運動場へいくことになりますが」
私が改めて確認をすると、全員がそれでいいと返事をしたのだった。若干、興行的な雰囲気が出てきてしまい学習的な側面が失われてしまったことに嘆息したが、実際に手合せをしたいという彼らの希望がありそれに則っていれば充足に役目を果たしたことになるのならば私の気も楽になるというものだ。
そう決まってから、通形ミリオはヒーロースーツに着替えるために更衣室へ向かい、私は他の生徒を引率して再び体育館γへと向かったのだった。彼は自身の毛髪から誂えたコスチュームでなければ、全裸になってしまうためいろいろな意味でヒーロー活動のためにはコスチュームを手放せないのである。
体育館γでしばらく待っていると、コスチュームに着替えた通形ミリオがやってきた。
「お待たせしました!」
「準備運動が終わったら言ってください。私はいつでも構いませんから」
私がそう通形ミリオに促すと、彼は屈伸や伸脚と準備運動を始める。その様子を眺めていると、天喰環が、何かを言いたげにこちらをちらちらと視てくることに気付いた。
どうにも自身から何かを言い出すタイプでは無いようで、何度か口を開くがすぐに噤んでしまう。
「どうしましたか、天喰くん」
「俺の名前、知っているんですね……」
「ええ、一通り生徒の名簿には眼を通してきたので」
「なら、ミリオの個性についても知ってますよね」
「そうですね」
そういうと言いにくそうに口ごもり、しかし何かの使命感をもって私に何かを伝えようとしていた。
「先生は、新任の方ですよね」
「はい」
「確か個性は増強型の個性で」
「よくご存知ですね」
「体育祭で先生の試合を見た後、三年でも話題になってみんな調べましたから。それで……」
先ほど以上に言いにくそうにしながらも、天喰環は言葉を続ける。
「失礼かもしれませんけど、もしミリオに負けてしまってもそれは先生のせいじゃありませんから……個性の相性が悪い、それだけなので気にしないでください」
「なるほど。私の心配をしてくださったのですか」
「ミリオの個性は、決して強い個性ではなかった……でも今のミリオに対してシンプルな増強型の個性は最も相性が悪いですから」
どうやら天喰環の中では、私が負けることは既に既定路線のようだった。
通形ミリオの個性は書類でみたが、『透過』というものらしい。発動型の個性で、『透過』が発動している最中はありとあらゆる物理現象を透過するとのことだ。一度発動すれば地面はすり抜け、音も光も貫通し通形ミリオには影響を与えることができなくなってしまう。一見無敵に思えるが、発動のオンオフの全てをオートマチックでもセミオートでもなくマニュアル操作しなければならないため、その運用は困難を極めると言っていい。
メリットとデメリットが常に表裏一体でまとわりつく個性である。
しかしその困難な運用を乗り越え、通形ミリオは雄英のトップに立った。つまり個性を使いこなすことに成功したということでもある。そうなれば、『透過』の個性は異次元の強さに昇華されその効力を存分に発揮することに疑問の余地はない。
「天喰くん」
「はい……すみません。言いすぎました。俺は先生に対してなんてことを言ってしまったんだ。穴があったら埋まりたい。むしろ穴を掘りたい。穴を掘ってまた埋め直すことを繰り返して贖罪したい」
「どこの賽の河原ですか。大丈夫ですよ。その程度を気にするほど狭量でいるつもりはありませんし、なにより私も簡単に負けるつもりもありません」
「ですが……」
「では、一つ教師らしくお手本をお見せしましょう。通形くんの個性に対してただの増強系がどのように対応するか。その実演講義です。ああ、丁度いいので天喰くんには開始の号令をお願いしますね」
私が天喰環にそう応えるとほとんど同じく、通形ミリオから準備完了の返事があった。
三年の生徒が見守る中、私と通形ミリオは二十メートルほど距離をとって対峙する。
「では、お願いします。とりあえずは、決定打をもらうか適当に時間が経ったら終わりということでいいですか?」
「はい! 大丈夫ですよ!」
「もうご存知かもしれませんが、一応伝えておきますね。私の個性は単純な身体強化の個性です。トリッキーなことはしません。もし私だけが通形くんの個性を知っていたら不公平ですからお伝えしておきます」
「……! わかりました!」
いつか誰かに言ったことと同じセリフを通形ミリオに伝えると、わくわくを隠しきれないといった様子で飛び跳ねていた。
私は、構えとして自然体に立った。
通形ミリオの目つきも変わり、真剣そのものの眼差しで私を視界の中央に据え左足を半歩下げ、半身になって構える。
「……じゃ、はじめ」
天喰環の力ない開始合図と同時に通形ミリオは地中へと沈んでいく。さっそく個性を発動したようだ。
そして次の瞬間には、私の背後に通形ミリオの気配が移動していた。私は振り向くことなく前へ一歩ステップを踏み風切り音を聞きながら背後の気配から間合いを取った。そこで初めて振り向くと、通形ミリオの表情は驚きに彩られつつも、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「先生って後ろに眼があるみたいですよね!?」
「風切り音と気配を読んだだけですよ。通形くんの個性を知らなければ一撃もらっていたかもしれません」
通形ミリオの個性はいくつか特性がある。そのうちの一つが、質量をもつもの同士は重なり合えず、質量のある部分で通形ミリオが個性を解除するとはじき出されてしまうとのことだった。それを利用しワープを行っているらしいのだが、その説明では空気にも質量があるため空気と重なり合った場所で個性を解除した場合宇宙空間まで弾き飛ばされてしまうことになる。おそらく人体との比重や密度、体積などが関係していると予想がつくものの、詳しいことはまだわかっていないらしい。
とにかく、自身の透過の個性の特性をうまく利用しただ透かすだけでなく移動手段に昇華させているというのは個性運用に於いて一年の遥か先を行っているといえる。
「さあ、続いていきます!」
今度は沈むことなく真っ直ぐこちらに走って向かってきた。そして僅かに体勢を沈め、顔面にジャブを繰り出す。それを顔を動かすことで避け、拳打の届かない位置まで僅かに通形ミリオから距離を取ると彼は体勢をがくんと深く沈ませる。
おそらく蹴りのモーションだと思うが、それにしては体勢が沈みすぎている。警戒を強めるとほぼ同時に、異常なまでに鋭い蹴り上げが私の顔面に向かって放たれてきた。
上体を反らし回避しつつ、私も同じように通形ミリオの顔面へ向かって蹴り上げるが案の定透かされてしまった。その勢いのまま後方倒立転回で間合いを取りなおす。
(なるほど。つま先だけ沈ませ、即座に個性の解除を行い蹴りを加速させたか)
なんとも面白い個性の使い方をする。移動に攻撃、防御と全てにおいて個性運用のレベルが高い。
私の繰り出した蹴りも一応は当たればその場で戦闘不能にするつもりで放ったが、予測していたのか微塵の焦りもなく冷静に個性を発動していた。
「あっぶなっ! 蹴りが尋常じゃないですよ!」
「通形くんも容赦がないですね」
「それくらいじゃないと先生に失礼だと思ったので!」
興奮した様子で語っている分、まだまだ通形ミリオには余裕がありそうだ。
(では、そろそろその余裕も無くさせようか)
私は、初めて自分から通形ミリオに向かって歩みを進めた。通形ミリオも警戒を強め構えを取るが、間合いに入る数歩前からステップを踏んで一気に距離を詰めていく。
「はやっ!」
通形ミリオの上げた声と共に私は右拳を彼の胸部へと突き出した。しかし当然ながら透過されてしまう。だが私は胸を突き抜けた拳を引かずに、左拳と脚で別の攻撃を仕掛けていく。
「……!」
私の攻撃は次々と透過させられてしまうが、それで問題はない。私は離れようとする通形ミリオに張り付き続けた。通形ミリオも私の意図を理解したようで、引きはがそうと反撃を試みるが、弾速でさえある程度の距離さえあれば回避することのできる私にとって腕一本分の距離があれば増強系でもない攻撃は回避するには易い。途中胸に突き刺さっている腕そのものに攻撃を加えてきたが、増強系個性の者が本気で力を入れていれば、鍛えた拳程度では大きくダメージをもらうことはない。少なくとも数分では無理だろう。
その攻防が一分を過ぎた頃には、通形ミリオの顔から余裕といった雰囲気は失せていた。
つまり通形ミリオは、動きながら一分以上も呼吸を取ることが出来ていないのである。おそらくすぐに私を引きはがせると思っていたのだろうが、ここまで張り付かれるのは誤算であり次の行動が制限されてしまったのである。
ここで、通形ミリオの取れる行動は三つ。
一つは、これまで通り私に攻撃を加え続けるというもの。だがこれはあまり功を奏さない。呼吸が苦しくなっていく中でさらに鋭い攻撃をもって私を引きはがす公算というものは高くない。
もう一つは、胸部の透過を解除しはじき出され距離を取るというもの。だが、弾かれるといってもその反動で大きく距離を取ることができるわけではなさそうだった。弾かれる速さは相当なものだが、慣性とは違った力が働いているようで勢いのまま大きく弾かれてしまうことはなさそうだった。もし大きく弾かれてしまえば、疑似ワープの直後にすぐさま地面を蹴ることもできない。つまり間合いを十分にとれない中で、個性を解除し呼吸をしなければならない。そして私ならばその個性を解除から一呼吸をする前に胸部に向けて拳打を打ちこむことが可能なのである。
最後の選択肢は地中に逃れるだが、これもあまり好手であるとは言えない。通形ミリオは最初の攻防で私が地中へもぐっていく角度からどこに出現するか予測ができることを気づいているはずだ。通形ミリオも一旦地中に潜ってしまえば、地上の状況を知ることが出来ない。下手に地中で個性解除後の地上出現位置を変えてしまえば自身に、そして周囲に思わぬ危険が降りかかる可能性があることは通形ミリオも十分に承知しているだろう。
なにより、私に出現した出端を狙われる可能性が高いと認識しているが故に、胸を貫かれた直後に個性を発動し地中に逃げなかったのだということも予測がつく。
(だが、いずれかの行動はとらなければならない。さあ、どれを選択する?)
◇◆◇
「いやあ、完敗だよね!」
通形ミリオは、朗らかに笑いながら自身の手合せを見ていた生徒達に向かって言った。
結局あの後、彼の取った行動は胸部の個性の解除と同時に全身を地中に沈めていくといったものだが、地中に身体が完全に沈むまでの間の呼吸をする瞬間。そのほんの僅かな時間を唇や喉、胸部の動きから読み切り私の突き上げる拳打いわゆるアッパーが胸部に当たった。肺から僅かな空気もすべて吐き出すように盛大にえずきつつ、そのまま透過を完全に発動しきる前に個性は解除されてしまい、結果地面から弾きだされ大の字に倒れ伏したのだった。
「まさか、ミリオが……」
天喰環の表情は驚愕に染まり深刻そうな顔をしていたが、通形ミリオはまったく気にする様子もなく笑っている。
「まさか透過をあんな風に攻略されるとは思わなかったですよね」
「ほとんどの増強系の個性にはできないでしょうから攻略と言えるほどのものではありませんけどね。あれほどの至近距離で通形くんの攻撃を捌ける人はほぼいないでしょう」
「思えば初撃の段階で心理的誘導に引っかかってしまってますから」
「おや、気づいていましたか。やはり通形くんは優秀ですね」
「今振り返ればですから、戦闘中に気付かなければいけませんでした……!」
彼との初撃のやり取りは彼が地中に沈み疑似ワープを行い、そして私がその転移先を読み切ったというものだ。その時点で、通形ミリオの中には『地中からの奇襲は決定打にならない。何度も見せては回避だけでなく反撃につなげられる可能性が高い。この疑似ワープはここぞという場面で決めるために使わなければ』という認識が生まれたのである。故に彼は、続いての攻撃をあえて沈まずに走ってこちらに向かってきたのであり、私の張り付きに対して脱出ではなく反撃という形をとってしまったのだった。
せっかくなので、講義の一環として他の生徒に向けて攻防を解説すると、全員興味深そうに頷いていた。
「環たちもどうかな!? 狩人先生にみてもらうの勉強になると思うんだよね!」
通形ミリオのその一言で、他の三年にも火がついたらしく我も我もと手が上がる。
彼だけを贔屓するわけにもいかず、ほぼ手が上がった全員の相手を終える頃にはチャイムが大きく鳴り響いていたのだった。
【鉛の秘薬】
重苦しくドロリとした飲み薬。
一時的に比重を高め、攻撃を弾きやすくする効果があるが
動きは鈍り、また防御力も変わらないため、使いどころが難しい。
製法が全く知られていない謎めいた薬であるが
一説には、悪夢的な絶望の中でのみ、これが生まれるという。