流石にジェボーダンは反則ですって……どうしてもこれが書きたくなっちゃいました。
私達を乗せたバスが、元の場所に戻ると先に試験を終えていた生徒たちが雑談に興じていた。ここにはリカバリーガールの出張診療所があるため、大半の者はここで待機することになるはずだ。
「おかえりなさい、上鳴さん、芦戸さん……って! 全身ピンクに染まっていますのはどういうことなのですか……? どういった試験だったのでしょう?」
「ヤオモモ、訊かないで……」
八百万百がこちらに駆け寄り、二人の姿をみて驚愕の表情を浮かべていた。芦戸三奈がそれに対して落ち込んだ様子で答える。どうやらバスの中で行った講評が思ったよりも精神的に参ったらしい。私としては若干褒めたつもりだったが、そうは受け取らなかったようでなかなか難しいものである。それをみて轟焦凍も二人へ歩み寄ってくる。
「どんな試験だったんだ。二人のところは」
「轟も気になるのか……」
「それだけピンクならな」
雑談を始めた二組を横目にイレイザーヘッドがいつの間にか私の傍らに寄ってきていた。
「随分と優しい試験をしたようだな」
特段として非難するような声色でもなく淡々とした言葉をイレイザーヘッドは投げかけてきた。
「優しくしたつもりも易しくしたつもりもありませんよ、相澤先生。私は単純に試験要項に従っただけですから。私よりも相澤先生のほうが優しかったのではないですか?」
「それこそあり得ないことだろ。俺も試験要項を適切になぞっただけだからな。俺独自のさじ加減で基準を設けるほうが不合理だ」
イレイザーヘッドはこういうものの、轟焦凍も八百万百も怪我を全くしていないところをみると直接的な打撃や攻撃はせずに捕縛布を使い拘束を主な攻撃手段として立ち回ったのだろう。
イレイザーヘッドの本来の闘い方は捕縛と近接格闘だ。
「それにしてもなんなんだ。あの二人の有り様は」
イレイザーヘッドが上鳴電気と芦戸三奈を指差しながら怪訝な表情を浮かべている。
「これをつかったのですよ」
「拳銃?」
ペイント弾であり殺傷能力は皆無の銃だが、一応
「特製のペイント弾を撃てるように改造したモノです」
「……なるほどな」
トリガーガードに水平に人指し指を這わせ、イレイザーヘッドは興味深そうに十四式拳銃を見回していた。
「あのピンクは、実戦ならば出血ってところか」
「ええ、そんなところです。流石に真剣や銃弾で本当に流血させるわけにもいきませんので」
「当たり前だ。だが、それで緊張感を保てたのか?」
「上鳴くんも芦戸さんも、私が視る限りでは真剣にやってくださいましたよ」
「ほお、どうやってその気にさせたんだ」
「特段珍しいことはしていませんよ。ただ、殺気を飛ばして私を
私の言っていることに今一納得していなかったようだが、それ以上言及はしてこない。
私自身もよく淡泊だと評されるが、イレイザーヘッドも同程度淡泊な性格をしているように思う。私としてはそちらのほうが楽なのだから、仮とはいえイレイザーヘッドが上司であったことは幸運だったといえよう。
「それに狩人も随分と扇情的な格好になったな。ミッドナイトさんにでも影響を受けたのか?」
「試験の過程で破損しただけです」
指摘され改めて自分自身の格好を見直せば辛うじて衣服としての原型は留めているものの、箇所によっては襤褸屑を纏っているようにしか思えないような部分もあった。特に酷いのは芦戸三奈が降らせた溶解液から眼を防御するために覆った右腕の袖と膝をついた左脚の狩りズボンだ。口元を覆っていたマスクと纏った
「確かにこれではみっともないですね」
とりあえずの着替えと予備の装備は用意しているが、それに着替えるまでの間の応急処置はしておくべきだろう。
コートを脱ぎ両腕の袖を肩口まで破り、また狩りズボンも膝上二十センチ程度のところで破り棄てる。ボロボロになった
「これなら、ノースリーブにホットパンツに視えませんか? 応急処置ですが先程までのボロボロの格好よりはマシかと」
「あ、ああ」
なぜかイレイザーヘッドに視線を逸らされてしまった。視線を感じ、振り向いてみれば上鳴電気と轟焦凍がこちらを見つめていた。
「どうしました?」
「狩人先生……ありがとうございます!」
「はあ、どういたしまして」
上鳴電気はよくわからないサムズアップをくれたのだった。
イレイザーヘッドがこれ見よがしにため息をつきつつ、右手で追い払うようなジェスチャーをしながら私にさっさと着替えろと命じてきた。
私はその場を後にして、更衣室へと向かったのだった。
◇◆◇
着替えを終え、武器を新たに先ほどと同じバス停留所で再び待機をしていた。試験は当然ながらA組だけではない。B組にも同じ課題が科せられる。
A組にした説明と同じような説明を今度はブラドキングがB組の生徒へ向けて行っていた。A組と同様に生徒達は困惑をしていたが、試験官が発表されていくと自然に真剣みを帯びていった。
「宍田くんと拳藤さんは、私が担当します」
二人は組み合わせが意外だと言わんばかりに顔を見合わせていた。
宍田獣郎太は、自身を獣化させ身体能力を大幅に上昇させることのできる個性『ビースト』を持つ。だが、獣化すると精神的にアッパーな状態になり通常よりも冷静な判断が付きにくくなる欠点がある。
また拳藤一佳は常に冷静に予測を立て周囲の状況から考察する力を持っている。彼女の個性は『大拳』という自身の両の手を巨大化させるといったものであり決して強力な個性ではない。しかしそれでも彼女はB組でトップクラスの成績を誇っているのは偏に思考能力の高さだ。宍田獣郎太を如何に活かすことができるか、そしてフォローをすることができるかをみることになるだろう。
二人とも通常ならば冷静に判断することのできる生徒達。ただ、その冷静な判断力故に大きく力量差がある相手を眼前に据えたとき、諦めてしまわないかもこの試験の判断材料になってくるのであった。
「さて、では移動しましょう」
また同じようにバスへ乗り込み、同じく運動場γへと向かっていった。
運動場γにつき、また校長のファンシーな絵が描かれているゲートの前で試験要項を伝える。宍田獣郎太も拳藤一佳もA組の二人と同じような反応を見せていたが、彼らは上鳴電気と芦戸三奈の二人ほど悲壮感は漂っていなかった。
そして、宍田獣郎太と拳藤一佳にも同じように武器を使う旨を伝える。説明を聞いた二人は不思議そうな表情を浮かべていた。
「えっと、じゃあそれに当たってもなにも意味はないってことですか?」
「ええ。その認識で大丈夫ですよ拳藤さん。試験をより実戦に近づけるためのものと思ってください」
一通り試験について説明を行い、会場の初期位置へと向かわせ、私も初期位置へと向かっていった。
カメラへ準備ができた旨を伝えしばらく待機しているとアナウンスが入る。
『雄英高校一年期末試験、レディーゴー!』
上鳴電気、芦戸三奈組のときと同じように塩ビのパイプ管の取り付け金具を足場に工場の屋根へと駆けあがっていく。
遠眼鏡を取り出し周囲を観察すると、宍田獣郎太と拳藤一佳も最短ルートを突っ切ってきたのだった。
お互いの口元が動いているところをみると移動しながら作戦会議をしているようだ。最初から獣化していれば私の接近に気付いただろうが、獣化中は作戦会議に向かないと判断したのだろう。しかし作戦を練ることを重視したせいで接敵を許してしまっていた。
(結果論とはいえ、有利状況を作る機会をむざむざ潰してしまっているのは褒められたものではないな)
やや嘆息しつつ上鳴電気と芦戸三奈を狙撃したポイントへと飛び移っていく。
(移動中に作戦を練ることは問題ないが、そのせいで周囲への注意が散漫になってしまっているのは論外だ)
A組の二人よりも観察が甘い。死角になるポイントもいくつか見落としている。宍田獣郎太は普段嗅覚を頼りに索敵を行うせいか視覚による索敵が不足しがちな点が欠点でもあった。
(この点は、会敵したことのあるA組の方が上回っているな)
同じように私が上方に位置取っていることに気が付くか観察していたがやはり気が付かない。
十四年式を構え、ペイント弾を放つ。狙い通りに二人のこめかみにペイント弾が当たり、二人はようやく上を向いたのだった。
(さあ、どうする?)
宍田獣郎太と拳籐一佳は驚きつつも二人が取った行動は私を視認して尚ゲートへ向かって走ることだった。
おそらく錘をつけていることと距離を鑑みて追いつかれずに逃げ切れると踏んだか、ゲートに向かいつつどちらか一人が足止めをして一人だけでもゲートを抜けようとしているのだろう。元々の作戦なのか即断で判断したのか。どちらにせよどこかへ逃げ隠れするよりは直進したほうが合理的と考えてのことに違いない。しかし宍田獣郎太が獣化して嗅覚で索敵を行わず私との会敵を回避しなかったことを考慮すれば、見つかることは前提と考えることが自然だろう。
(だがそれは、最悪手に他ならないな)
明確に格上の銃を持つ
確かに私が使っている物は、ゴム剣にペイント銃だ。彼らに言ったとおり気にする必要もない茶番であり、それ故私がいった雰囲気づくりに付き合う必要もない。
だが、それは試験が甘くなることとイコールではない。
(試験だからという甘えが抜けきらないのなら、その意識をまず変えてやらねばな)
私は全速で屋根の上を伝い二人を追い抜き、彼らの走る道を塞ぐように降り立ったのだった。
「は、速すぎっ。まさかあそこから追いつかれるなんて」
「錘をつけているんじゃなかったんですかな!?」
困惑している二人に向かって銃を放つ。二人の額にピンクの塗料が広がった。
「うっ……大丈夫!? 宍田!」
「この程度なら目くらましにもなっていませんぞ。拳籐氏、打ち合わせ通りいきましょうぞ!」
「わかった!」
そういうと二人は同時に突っ込んでくる。
「ビーストォッ! ガオンレイジ!」
獣化した宍田獣郎太が飛び上がり、大きな腕を振り上げて私へ攻撃を仕掛けてきた。しかし拳藤一佳に攻撃を繰り出す素振りはなく、むしろ私の背後を見ているようだ。どうやら宍田獣郎太が攻撃し私がそれに構っている隙に私の脇を拳籐一佳がすり抜けていこうとしているらしい。
(杜撰過ぎる作戦だな)
躍りかかってきた宍田獣郎太の攻撃を躱し、ゴム剣で袈裟斬りにしつつ背後を取り、さらに背面から唐竹割りに斬りつける。
「所詮ゴム剣ですぞ! 怯むワケが……!?」
腰にゴム剣を帯びさせ右手を空けつつ、私は上鳴電気へ向けたように二人へ殺気を飛ばす。
ただし、今度は上鳴電気たちに向けたものよりも、静かに、冷たく。
「逃げられるつもりなのでしょう?」
宍田獣郎太の両腿の裏にペイント弾を着弾させると同時に接近し、腰のベルトを掴んでゲートと反対方向へ投げ飛ばし地面へと叩き付けた。さらにそこから拳藤一佳へ猛進する。
「くっ!」
「遅い」
拳藤一佳は個性を発動し拳を大きくし応戦しようとしてきたが、それを躱し懐に潜り込みつつ鳩尾に向けて掌底を打ち込む。浮かびあがった拳藤一佳の身体を回し蹴りで絡めつつ宍田獣郎太と同じ方向へと蹴り飛ばしたのだった。
(気づくために『痛み』が必要ならくれてやろう)
殺気を漏らしながら、二人へ向かいなおす。
「随分舐められたものですね。一人でどうにかなる相手だとでも思いましたか?」
えずきながらも、どうにか立ち上がる拳藤一佳だが、立ち上がるだけで精一杯のようで足元がふらついている。宍田獣郎太も起き上がるが、及び腰になっていた。
「ず、随分授業のときと雰囲気が違いますぞ……!?」
「そうだね。狩人先生って、私らが思ってるよりずっと強そうだ」
おそらく体育祭でみた動きから予測を立てたのだろうが、アレをマックスだと思われたら心外だ。
ただ、A組と違って私の動きを何度も見たことがなく対敵学の際の基礎訓練だけでしか手合せをしていないのだから戦闘能力を予測する根拠があの体育祭での試合しかないこともまた事実であるため致し方のない部分ではあった。
「錘のせいで全開には程遠いのですよ。ただ、貴方達をここから通さないだけであれば十分というものです」
「言ってくれますね……!」
再度、腰に据えたゴム剣を手に取り構え直す。
「会敵しているのですよ。ぼーっとしない」
銃を二人に向けて放つと、二人とも腕でガードをし、その部分にペイントが付着する。眉間を狙い撃ちこんだため、二人はガードによって完全に視界が塞がれてしまっていた。
「いつまで
その隙を見てステップを踏みゴム剣で拳藤一佳の胴を薙ぎ払う。またしても拳藤一佳の身体は宙を舞い地面を転がることになったのだった。
ダメージが大きいらしく、呻きながらもすぐさま立ち上がる気配はない。
「拳藤氏!」
「仲間思いは結構ですが、宍田くんにそんな余裕がありますか?」
振りかぶったゴム剣を振り下ろすが宍田獣郎太の強靭な腕に阻まれてしまう。流石にこの巨体をゴム剣で吹きとばすことは難しそうだった。
「だが、無意味です」
「なッ……!?」
その場で垂直に跳躍し、ローリングソバットを宍田獣郎太の左側頭部を目がけて蹴り放つ。
「ぐぐッ!」
腕でガードされたもののゴム剣のときとは違い、大きくよろけた宍田獣郎太は明確にダメージを受けていた。
「宍田くんはこちらの方が好みそうなので、重点的に打撃で攻めさせてもらいますね」
「そんなマゾヒストみたいなこと言ってませんぞ!?」
私から距離をとろうと離れていく宍田を追うようにステップを踏みながら接近していく。カウンターを取ろうと宍田獣郎太は構えたが、最後の一歩の踏込を強く蹴り僅かに加速する。
「うおおっ!?」
「そんなバレバレのカウンターに引っかかるわけがないでしょう」
ゴム剣で下から正中線をなぞるように切り上げると、宍田獣郎太の巨腕が私の頭上へ降りかかってくる。
その巨腕をバックステップ一歩で躱し、再度間合いを詰め、拳藤一佳に撃ちこんだように、掌底を鳩尾へと叩きこんだのだった。
その場でくずおれる宍田獣郎太を見下ろしていると、拳藤一佳が彼の後方でようやく立ち上がっていた。
「く、くそぉ……ここまで強いのは、想定外っ……!」
私が拳藤一佳に銃を構えると、足元に違和感を覚えた。見下ろせば、宍田獣郎太が私の足首を掴んでいる。
「け、拳藤氏! プランCですぞ!」
「わ、わかった!」
その合図で拳藤一佳は配管が入り組んだ地帯へと駆けていったのだった。
(なるほど、複数の作戦を用意するために初動に時間がかかっていたわけか。さて、それが宍田獣郎太の索敵を捨ててまでのものかお手並み拝見だな)
銃口を宍田獣郎太の頭部へ向ける。
「プランCとはなんですか?」
「教えるわけありませんな!」
パン、と乾いた音と共に宍田獣郎太の右肩口にピンクの塗料が広がる。
「もう一度だけ訊きましょうか?」
「な、何度訊いても同じですぞ……!」
さらに三度乾いた銃声が響くと、宍田獣郎太の頭部はピンクの塗料にまみれていた。
「さあ、私は拳藤さんを追わなければならないので――」
足首を掴んでいる手を振り払おうとしたそのときだった。
「おぉおぉぉおおッ!」
宍田獣郎太が咆哮と共に私の足首を持ったまま立ち上がる。
必然、私は逆さ宙吊りの形になり逆さ絵の状態で宍田獣郎太と眼を合わせる形になった。
「ようやく捕らえましたぞ! こうなっては流石に先生といえども動けませんな! ぐぅう……ダメージが大きくて今まで動けませんでしたぞ」
「錘のついている私をよく持ち上げられますね」
「ビーストモードはパワーも売りの一つですからなぁ!」
「それで、この後は?」
「この後も何も拳藤氏がこのままゲートを抜けて終わりですぞ!」
そう高笑いをする宍田獣郎太には悪いが、この程度で拘束したと思われるのは甚だ遺憾だった。
「宍田くん、私を拘束したいのなら四肢の腱を切るくらいしなければ無理ですよ」
私は、捕まれていない左足を素早く宍田獣郎太の後頭部へと絡ませ、掴まれている右脚と共に私の方向へ引き付けるように力を込める。
「お、おお、おおぉ!?」
宍田獣郎太も首に掛かった脚を解こうと試行錯誤しているようだが、体勢の維持と同時に行うことは至難だろう。
徐々に徐々に体勢が前のめりになっていき、私と地面が近づいてくる。諸手から武器を離し、地面へと落す。
両手を地面に着け、指先に力を込める。アスファルトの地面に亀裂を走らせつつ十指をめり込ませた。ようやく右脚を掴んでいた手を離したがもう遅い。離された脚をさらに首に絡める。そのまま全身に捻りを加え背面へと向けて力を込めると、宍田獣郎太の身体が浮かんだ。
「な、なんですかなぁッ!?」
ハンドスプリングの要領で垂直回転しながら、宍田獣郎太を地面に叩き付けた。
肺から空気が押し出され、意識が飛ぶほど悶絶はするだろうが、首から後頭部に掛けては私の脚で覆い保護したため大事には至らないようにはしたつもりだ。
「さて、宍田くんはここで休んでいてください。作戦を教えて下さりありがとうございます」
唸りながら立ち上がろうとしているが、しばらくは無理だろう。
私は武器を拾い上げると拳藤一佳を探す為に、再度屋根へと駆け上がっていった。
遠眼鏡を覗き込むが、それらしき姿は確認できない。
(何かの合図があるまで、隠れているつもりか?)
だとすれば、またも悪手と言わざるを得ない。それは、宍田獣郎太が斃されてしまうことを想定していないからだ。
あり得ることとすれば、しばらく待って合図がなければない場合の作戦を実行するか、様子を見るために戻ってくるかのいずれか。少なくとも合図があるまでずっと待機をするなどという馬鹿な真似は、この時間制限のある試験でとることはまずない。
(前者だろうな。しばらく待っても合図がなければ、事前に打ち合わせたというルートを通ってゲートへ向かうあたりが濃厚か)
今回の試験は、二人にとって最大の特徴であり得意の近接の格闘が通じない相手に対しての対応力をみるためのものだ。故に、近接格闘は無理やりにでも叩き潰す必要があったため、必要以上にダメージを与えてみたのだ。
(ただ、少しやりすぎたか)
眼下で蹲っている宍田獣郎太に視線をやり、思わず首元に手を当てていた。
(どうにも冷静さを失っていたな。宍田獣郎太をみるとなぜか心がざわつく)
別段、彼のことを嫌っているわけでもないし苦手というわけでもない。にも拘わらず、彼を相手にするとついムキになってしまう傾向が自身でもわかっていた。
(まあ、いい。今は試験監督に集中しよう。拳藤一佳なら、そろそろ試験の構造に気付いてもよさそうだが)
かといって、現在一人になってしまったこの状況でとれる作戦はたかが知れている。
(さあ、どうする?)
数分後、拳藤一佳が姿をみせた。私たちが戦闘した場所からかなり離れており、ところどころで身を隠しながら進んでいる。
(ふむ。作戦として考えられるのは二パターン。拳藤一佳がそのままゲートを抜ける素直な作戦。もう一つは拳藤一佳を追っていった隙に宍田獣郎太がゲートを抜ける作戦)
どちらにせよ、交戦の意志が見えない以上私はゲートに向かうべきだろう。屋根から降り、ゲートへ最短距離で向かっていく。
ゲートに着き待機をしていると右方から足音が聞こえた。
「ガオンレイジッ!」
拳藤一佳が来るはずであろう方向から、宍田獣郎太が襲い掛かってきていた。だが、最初のような鋭さはない。疲労とダメージが確実に蓄積しているのだろう。
回避し、銃撃しようと銃口を向けると、正面通路から別の気配が迫ってきていた。
「おっらぁあぁァッ!」
個性の大拳をつかい私に飛びかかってくる拳藤一佳の姿がそこにあった。
どうやら回避した直後、着地の寸前を狙い撃ちにするつもりのようだった。
(なるほど、見つかるのは前提か)
だが、拳藤一佳は攻撃の直前に減速し、その握りしめた拳を開くと無数の細かい破片が私へと投げつけられた。
思わず、防御をし一瞬目を閉じる。眼を開けると、視界が利かなくなっていた。
(これは、コンクリート片?)
握り込まれたコンクリート片がばらまかれると、あたりは土煙を巻きあげたかのように白んでいる。どうやら煙幕と目つぶしを同時に行ったようだった。
(だが、煙の動きに注意をしていれば、行動は読める。さあ、ゲートへ向かうか逃げるか闘うか、どれだ?)
ゲートは私のすぐ背後。走り抜けようとすればすぐにわかる。警戒をしていると、真正面の白煙が不自然に揺らいだ。
「おおぉおっ!」
「愚直、ですね」
再び宍田獣郎太が特攻を仕掛けてきた。この僅かな距離を進むための時間を稼ごうというのだろう。
流石に三度も同じことをやられてそのまま見逃すほど甘くない。
眼前に迫る爪を前に、回し蹴りを放ち顎にヒットさせる。次の瞬間には、宍田獣郎太の意識は刈り取られていた。どさりと糸が切れたマリオネットよろしく宍田獣郎太は倒れ込む。
わずかに煙が晴れてくると、いつの間にか私の後方に進んでいた拳藤一佳がゲートに向かう姿を視認できたのだった。
(煙を揺らさずに抜けることは不可能……ということは投げ飛ばしたのか)
拳藤一佳が煙幕を張り、宍田獣郎太が後方へ投げ飛ばし私へ突撃、その隙に私の頭上を通過してゴールへと向かう算段をつけていたということだろう。
(それだけでは、一歩足りない)
この距離からならばまだ拳藤一佳に追いつける。そう思い、ステップを踏みながら間合いを詰めようとしたそのときだった。
「これは……」
「瞬間接着剤ですよ、先生! ここが工業地帯でよかったです!」
私の位置から拳藤一佳までの最短距離を詰めるための地面に接着剤が撒き散らされている。ブーツの底がへばりつき身動きが取れなくなってしまっていた。
(ブーツを脱いで追うことも可能だが、それでは錘を外してしまうことになる。無理やり靴底を剥がして追ってもいいが、流石にそれでは試験が成立しなくなってしまう。これは、うまいこと出し抜かれたな)
煙幕により視認しづらく、煙幕が完全に晴れる頃にはゲートを抜けられるだけの走力をもって私の意識を自分自身に向けることにより地面へと視線を移させなかった点は賞賛に値する。
(ただ、最後まで
身動きを取ることをやめ、拳藤一佳の後姿を見送ると宍田獣郎太、拳藤一佳ペアのクリアを報せるアナウンスが響いたのであった。
【狩人の確かな徴】
狩人の脳裏に刻まれた逆さ吊のルーン。
これを模し、よりはっきりとしたヴィジョンを可能にする呪符。
これにより、血の遺志を捨てず、狩人は目覚めをやり直せる。