月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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3.入学式当日、緑谷出久との邂逅

 入学式当日。

 職員室へ赴くと私のデスクが用意されていた。

 必要ないと私は固辞していたのだが、オールマイトをはじめ各教師陣から職務上必ず書類仕事が必要になるという説明という名の説得を受け、半ば無理やりデスクを置いたのだった。

 懸念事項はもう一つあった。

 確かに私は、彼らに興味を示した旨の発言をした。

 発言をしたからと言って、私にいきなり副担任をやれというのはあまりにも酷な仕打ちではなかろうか。

 私は、授業の内の一コマを任される程度だとばかり思っていたのに、あまりにもこちらの職務に対してのウェイトが大きすぎる。

 しかも一年A組。あのオールマイトの個性を継いだ、緑谷出久という少年のいるクラスだ。

 オールマイトが彼に個性を渡した件について、まだ私の中で折り合いがついていないというのにどんな風に接したらいいか、もしくは私自身がどんな風に接してしまうのかはっきり言って未知数なのである。

 席に着くや否や、さっそく頭を抱えることになりそうだった。

 

「怖い顔してるぞ、先生」

 

 頭を悩ませていると、頭上から声が振ってきた。

 振り向くとそこには、気だるそうな眼をし、手入れのされていないぼさぼさの髪と無精ひげをそのままにした男が立っていた。

 

「ああ、イレイザーヘッド。今日からよろしくお願いします」

「ここでは相澤と呼んでくれ。イレイザーヘッドはヒーロー活動時の名前だからな。教師時の名前じゃない」

「……わかりました。相澤先生」

「そっちはなんて呼べばいい?」

 

 私の名前は、一応書類にも記載しているし、隠しているわけでもないが、オールマイトからは君としか言われないし、他の人間は職務上の関係でしかないので常にコードネームでしか呼ばれたことはない。だからもう、コードネームが私の名前のようなものになっている。

 

「なんでも構いませんよ。ですが、多くの人からはコードネームで呼ばれます」

「コードネームってことはつまり」

狩人(ハンター)です。活動が基本的に夜なので、人によっては月香の狩人(げっこうのかりうど)なんて呼ぶ人もいますね」

「なら狩人(ハンター)と呼ばせてもらうがいいかな」

「ええ、結構です」

「狩人。さっそくだが担当するクラスの生徒の名前と個性くらいは覚えてきたか?」

「ええ、いただいた書類は一通り眼を通しました」

 

 抹消ヒーロー:イレイザーヘッド。

 その眼で視るだけで、相手の個性を一時的に消失させる個性を持つヒーローだ。

 この超人社会に置いて、無類の強さを誇る個性だが、彼自身は目立つことを嫌うため、メディアへの露出が極端に低く同じプロヒーローであっても彼を知る者は少ない。

 私とはまた違う、影のヒーローだ。

 ただ、彼の格好はいいのだろうか。

 ヒーロースーツを召しているのはともかく、到底人前に立つとは思えぬ出で立ち。

 雄英は自由な校風と聞いていたが、ここまで自由だとは思わなかった。

 というか、わざわざリクルートスーツを着て髪まで整えた私が馬鹿みたいではないか。

 

「ぼさっとしていると、生徒達に足を掬われるぞ。彼らも最難関の入試を抜けてこの学校に入ってきたいわばエリート達だ。個性の強力さだけならプロにだって引けを取らない者も多い。一筋縄じゃ行かないことは覚悟しておくんだな」

「先達からの助言としてありがたく頂戴します」

 

 彼が一年A組の担任だ。

 つまり私は彼のサポートをすることになる。

 といいつつ、私自身もイレイザーヘッドの活動を直でみたことはないし、彼もまた私を知る機会などなかったのだから、入学式までの数十日間、職員室で顔を合わせる程度の関係であり、お互いにほとんど初対面なのである。

 

「……今後の教師同士の連携のために、狩人の個性を聞いておきたいんだが。もし教えることで不都合なことになるならもちろん言わなくていい」

「大丈夫ですよ。それほど隠す必要のある個性ではないですから」

「そうか。それならまず俺の個性から教え……いや、もう言わなくても知っていそうだな」

「私の認識では視認した相手の個性を一時的に発動を封じるというものですね」

「ま、その認識で大体あってる」

 

 大体、というからには何か隠し玉がありそうだが手の内をすべてバラすのは、たとえ味方であっても愚策であることは言うまでもない。

 たとえば、万が一(ヴィラン)側に、テレパスのように心を読んだり、自白剤のように真実を強制的に喋らせる能力がないとも限らないからだ。

 いや、あると想定して動くのがプロヒーローとしての鉄則であり、故に彼の行動は極めて正しいと言える。

 

「それで? 狩人の個性は?」

「私の個性は、相澤先生のように面白味のあるものではないですよ。ただの身体能力強化の個性ですから」

「……それだけか?」

「ええ。厳密に言えば少し違いますけどね。たとえば戦闘の経験をダイレクトに、体力や筋力、持久力などに反映させて向上させる個性なんです。それに伴って動体視力なんかも向上していますね。常時発動の増強型といったところです」

 

 これは私が他人に個性を説明するときに吐く方便の一つだ。

 『目覚め』の方の個性は、誰彼かまわず言いふらすようなものでもないし、死血を用いて自身の糧とするというのも言及をされたらいろいろと面倒なことの方が多そうだから、というのが理由だ。 

 単純に客観的に見て、私の個性は不気味であることは承知しているし、それに分類も極めて特殊である。変化型、増強型、異形型、動物型など……現在確認されているどの分類にも当てはまらない。

 どれに当たるのか訊かれても私も答えることはできないのである。

 学者気質の者なら研究対象にしたいと思っても不思議ではない。

 ただ私は、そんなモルモットのような扱いは望んでいないのだから、今後も公表することはないだろう。

 そのため、個性を訊かれた場合(あまり訊かれることもないが)、このような方便を吐いているのである。

 

「ふむ、なるほど。強化された身体そのものは個性とは関係がないわけだ。あくまで、身体を強化するという過程において発動される能力だな」

「……さすがです。今の言葉のやり取りだけでそんなことまでわかるんですね」

「さっきから俺の個性を発動しているが、あんたが戸惑う様子もあんたの身体が萎む様子もないからな。大体常時発動の増強型はこれをやられると例外なく戸惑う」

「趣味が悪いですよ」

「狩人の場合、表情から読むのは難しいが、まあ間違いないだろう」

 

 改めて思うがイレイザーヘッドの実力は本物だ。

 結果だけ見れば、無個性同士の殴り合いを制しているだけのように見える。

 しかし、それだけでは彼がこの地位まで上り詰めることはできなかっただろう。

 個性を消してから、(ヴィラン)に二の手を打たせない迅速さ。個性を消すことによる相手の行動を予見しての周到な準備。個性を消してからの自身の行動を決定する瞬時の判断力。そして白兵戦を制する純粋な実力。

 どれもトップクラスでなければ、彼の個性を活かすことはできない。

 確かに彼の個性は強力だし、突然個性を消された者の心理的動揺は計り知れない。

 動揺は隙を生み、思考を鈍らせる。

 かなりの手練れでなければ、いや手練れであればあるほど個性を使えなくなることを認識してから即別の思考へ切り替えることは難しいだろう。

 白兵戦を挑むか、個性の消失から回復する方法を探るか、撤退するか、さらに別の手段を用意するか。

 相手に複数の選択を強制させ、思考の隙に制圧を完了させる。

 言うは容易だが、実行し結果を残すことは非常に難い。

 それを彼は成しているのだから、彼と共に行動をするだけでも得られるものがあるだろう。それだけでも雄英にきた価値がある。

 

「さあ、そろそろ生徒もクラスに集まっているころだろう。行くぞ」

「わかりました。……なんですか、その手に持っているものは」

「ん? ああ、寝袋だ」

「……どういった趣向で?」

「いや、本当はこれに包まって行こうと思ったんだが、さすがに一緒に行くなら置いていこう」

「包まって行くつもりだったんですか」

 

 イレイザーヘッドは無造作に寝袋を自身のデスクの下に放り投げると、パックに入ったゼリー飲料を手にした。

 

「今年の生徒は、見込みがある者が多いといいが。どうなることか」

 

 不穏な物言いを残しつつ、私達は一年A組へ向かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 廊下を進んで行くと、教室の前に掲げられている一年A組の札が見えた。

 ここへたどり着くまでもそうだったが、一年の廊下にはどこか弛緩した空気が満ちている。

 一年A組も例外ではなく、がやがやとした談笑の声がここまで届いてきた。

 私には、わからないが、これが学生生活というものなのだろう。

 

「……ちっ」

 

 イレイザーヘッドは露骨に舌打ちをすると、気怠そうに歩いていた脚を止め、クラスの入口へ立った。

 

「お友達ごっこをしたいなら他所へいけ」

 

 声を張っての一喝といったわけでもなく、ただ淡々と述べたにも関わらずクラスは水を打ったように静まり返る。

 

「ここは……ヒーロー科だぞ」

 

 彼はゼリー飲料のパックを開けると一気に吸い込んだ。

 生徒たちの視線が一斉に私たちに向けられる。

 不安、期待、疑問、怯え、驚き、様々な視線が混じる中に、緑谷出久の視線を私は見つけたのだった。

 

(後継者……彼が)

 

 間近で見ると、やはり彼が後継者であるとは思えなかった。

 肉体はあまりにも華奢。強い意志を感じるわけでもない。

 平和の象徴を担うには、あまりにも脆いと言わざるを得なかった。

 

(力だけでもなれないように、心だけでも平和の象徴にはなれませんよ、オールマイト)

 

 私の視線に気付いてか、彼と目が合う。

 しかし視線の意味にまで気付くわけもなく、彼は首を傾げるのだった。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」

 

 あれが先生か、という大多数の疑問の眼差しを前にイレイザーヘッドは意に介さず言葉を続ける。

 

「担任の相澤 消太(あいざわ しょうた)だ。よろしくね」

 

 クラスの皆は、あっけにとられ言葉もでないようだ。

 しかし、イレイザーヘッドは畳み掛けるように、生徒たちに指示を出した。

 

「早速だが、体操着着てグラウンドに出ろ」

 

 それだけ伝えると、イレイザーヘッドは有無は言わせないとばかりにそのままグラウンドに向かってしまった。

 生徒達は呆然とイレイザーヘッドの背中を見送り、我に返ったかのように教室中に動揺が広がった。

 

「どういうことだよ、ワケわかんねぇ!」

「とりあえず着替えて出ればいいのでしょうか」

「その通り! 先生の指示だ! 皆迅速に従おう!」

「はぁ~? なにいきなり仕切ってんだ。殺すぞ」

「本当に君は口が悪いな!?」

「ど、どうすればいいのかな」

「え、えっと。とりあえず眼鏡の彼の言うとおり指示に従ってグラウンドへ出たほうがいいんじゃないかな」

「でも入学式このあとすぐだろ? どうすんだよ!」

「知らねーよ!」

 

 ざわついた雰囲気は収まることなく、教室の至る所から混乱の声が上がる。

 各々何をすればいいのかわからない様子で混迷を極めていると言っていい。

 当然である。なにせ私すら知らされていないのだから生徒は何が起こっているかすらわからないだろう。

 

「あの。すみません。事務の方でしょうか?」

 

 私を見つけた女子生徒に声を掛けられる。

 黒髪のポニーテールが特徴的で、健康的な身体つきをしていた。

 確か、名前は八百万 百(やおよろず もも)

 

「いえ、私は事務員ではありません」

「学校関係者でいらっしゃいますよね。もう入学式も始まってしまうと思うのですが、こういうときでも担任の先生の指示に従ったほうがよろしいのでしょうか。雄英のやり方がまだわかりませんので」

 

 なるほど。私に指示を仰ぐのではなく、この学校の方針を聞くというのは賢しい。

 それに不安に囚われつつも行動に起こせる点も、ヒーローの素質というものなのだろう。

 しかし、生憎私自身もこの学校のことはよくわかっていないのだから、正しい回答を返すことはできない。

 

「申し訳ないですが、私にもわかりません」

「そうですか……」

「ただ、彼の言葉を借りるなら、ここはヒーロー科。もうヒーローになるための訓練は始まっているのではないですか?」

 

 彼女ははっとしたように眼を見開き、軽く会釈をすると教室の中へ戻っていき、いそいそと着替えのための準備をしだしたのだった。

 それを皮切りに、クラス中に波及していくように全員が着替えを始めたのだった。

 私も、彼を追いかけてグラウンドへ向かうことにした。

 

 グラウンドに行くと、イレイザーヘッドが一人で棒立ちで待っていた。

 

「相澤先生。いきなりどうしたんですか」

「気が緩みすぎだ。今日はヒーローになるということがどういうことかをあいつらにわからせてやる必要がある」

「少しクラスの様子を見ていましたけど、皆混乱していましたよ。もし来なかったらどうするつもりだったんですか?」

「教師の指示に従えないということは上司の指示にも従えない。上司の指示にも従えないやつがヒーローになれるわけがない。そんな奴は即刻除籍処分する。ヒーローにとって連携は必要不可欠。あんたも知っているだろう」

「……ええ、まあ」

 

 常に独りで夜に紛れ狩りを続けてきた私にとってまったく理解することのできないものだったが、適当に相槌を打って誤魔化す。

 

「ああ、そうだ。狩人にもやってもらうことがあるからな」

「やってもらうことですか?」

「途中までは、俺と一緒に見てもらうだけでいい。必要になったら声を掛ける」

 

 しばらくすると、遠くから、まだ大多数は混乱が抜けきらない面持ちでやってきた。

 

「よし、来たな」

 

 イレイザーヘッドは点呼もせず、適当に生徒たちを並ばせる。

 

「さ、今から個性把握テストをする」

 

 あまりにも唐突な展開にあちらこちらから、困惑の声が漏れ出た。

 ショートボブの女生徒から入学式やガイダンスはどうするのかという質問を『ヒーローになるなら、そんな行事に出ている暇はない』の一言で一蹴すると、続けてイレイザーヘッドは個性把握テストの説明を始めた。

 説明によると、個性禁止で行われていた体力テストを個性を用いて行うというもののようだ。

 体力テストも、孤児院ではやらなかったため耳なじみのない単語が並んだが、おおよそ単語から予想したものから外れることはないように思う。

 

「爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何(メートル)だった?」

「67m」

 

 爆豪と呼ばれた少年が、ソフトボール投げの計測円の中に入り、イレイザーヘッドからボールを投げ渡された。

 彼は先ほどのクラスで一際言葉づかいが荒かったように記憶している。

 そして、私があの試験のときに、鍛えれば様になると評した子供の一人だった。

 

「じゃあ、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいいから早よ」

 

 思いっきりな、との念押しがイレイザーヘッドから入ると、ストレッチもそこそこに爆豪少年は助走のために円の一番後ろへと下がった。

 確か、彼の個性は――。

 

「んじゃまぁ――死ねえ!!!」

 

 投擲と同時に彼の手元で爆音が炸裂し、大きな爆風を引き起こした。

 爆風に乗ったボールはぐんぐんと飛距離を伸ばしていき、ついには肉眼で視認できなくなってしまった。

 ピピ、という電子音がイレイザーヘッドの持つ電子端末から鳴る。

 彼が、その機械を皆の方へ向けるとそこには705.2mの記録を示していた。

 

「まずは、自分の最大限を知る。それがヒーロー素地を形成する合理的手段」

 

 今まで個性を極力使わないように教育されてきた結果、彼らは自身の全力を知らない。

 全力を知らなければ何が得意でどこに欠点があるかもわからない。

 全力は自分自身の今の力と限界を知る合理的手段だし、自身の方向性を考えるいいきっかけになる。

 

(それに、彼の力を間近で見るチャンスがこんなに早くくるとは思わなかった)

 

 緑谷出久は、あからさまに平静を失い挙動不審になっている。

 試験時には、強すぎる力に対し制御しきれず自傷していたが、あの様子から察するにまだコントロールができていないのだろう。

 そもそもあの身体で、使いこなせる道理もない。そもそもの身体能力があまりにも足りていないのだから。

 私は気づかれぬよう、深くため息を吐くのだった。

 

 爆豪勝己の記録を見て、俄かに湧きたつ生徒達。

 称賛の声と、全力で個性を使えることの歓喜。

 だが、皆の様子を見てイレイザーヘッドの表情が露骨に曇る。

 

「なんだこれ!! すげー面白そう!」

「705mってマジかよ!」

「個性思いっきり使えるんだ!! さすがヒーロー科!」

 

 今の言葉が決定的だと言わんばかりに、イレイザーヘッドが大きく息を吸う。

 

「……面白そう……か」

 

 ゆっくりと息を吐きだしながらイレイザーヘッドが生徒達を睨み付ける。

 

「ヒーローになる為の三年間。そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 突然の雰囲気の変貌に生徒達は困惑した表情を浮かべた。

 つい先程までのくたびれた様子からは、想像できないほどの迫力でイレイザーヘッドは言葉を続けていく。

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し除籍処分としよう」

 

 生徒にとって、予想だにしない処分宣告。

 今日一番の混乱が、この場を支配していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 個性把握テストは、つつがなく進行していった。

 さすがに雄英高校ヒーロー科に合格するだけあり、各々がどこかしらで一つは大きな結果を残していた。

 同時に個性を一つ一つじっくり見ることができたが、なかなか優秀な個性が揃っているように思う。

 勿論まだまだ粗削りであり、磨かなければ対(ヴィラン)の実戦では使えそうではない。

 故に私にとっての興味からは些かかけ離れていることも事実であり、端的に言ってしまえば、退屈を覚えていた。

 それでも、各々光るものがあることは間違いなく、いずれ人々を救済するヒーローとしての可能性が見えたことも確かである。

 しかし、一人だけ例外がいた。緑谷出久である。

 やはりというべきか、彼は個性を一度たりとも使っていなかった。

 彼の焦りは、顔に浮かび冷や汗が滝のように流れていた。

 そして、いよいよ種目数がわずかになってきたところでボール投げへ移った。

 彼は何かを決意した面持ちで、円の中に入る。

 

(ワン・フォー・オール(あれ)を使うつもりだろうか……?)

 

 緑谷出久にとっては自滅する個性でしかないワン・フォー・オール。

 今、最下位を独走する彼の表情は絶望に染まっていた。

 緑谷出久は助走をつけ、悲壮な決意を秘めた眼でボールを投擲する。彼が思い切り腕を振りぬいたボールは緩い放物線を描いて、46mという人並みの成績を記録した。

 しかし、緑谷出久はその記録ではなく別のことに驚愕をしているようだった。

 

「な……今確かに使おうって……」

 

 イレイザーヘッドの個性。抹消が緑谷出久のワン・フォー・オールを打ち消していた。

 緑谷出久が、イレイザーヘッドの方を視る。どうやら、相澤消太がイレイザーヘッドであると気付いたようだった。

 私もせっかく、彼の力を視られると思ったのにもかかわらず、見ることができたのがただの投擲では拍子抜けである。

 私にとって唯一の目的でもある彼の力を視ることができず僅かに不満を覚えたのだった。

 イレイザーヘッドに近づき、小さな声で抗議をした。

 

「なぜ、打ち消したのですか」

「わかったのか」

「当たり前です。ようやく彼の力を視ることができたのですよ」

「入試でもそうだったが、奴は個性を制御できていない。今も、なりふり構わず大怪我を前提に個性を使おうとしていた。はっきり言って迷惑なんだ。見込みの無い者が、玉砕覚悟で自滅されて行動不能になっても。そうなれば必ず誰かが助けてやらねばならん。それともそういうつもりでやろうとしたのか? なあ、緑谷」

 

 いつの間にか私の背後に緑谷出久が立っていた。

 

「そん、そんなつもりじゃ」

「そんなつもりじゃなくても、結果としてそうなるんだよ。そして周りは助けちまう。なにせここにいる者は皆ヒーローなんだからな。だけどお前は違う。助ける側ではなく、助けられる側だ。今のお前じゃヒーローになれないよ」

 

 あまりに重い、現役ヒーローからの言葉。

 緑谷出久の眼から、光が消えようとしていた。

 

「個性は戻した。ボール投げは二回だ。とっとと済ませな」

 

 緑谷出久が再び円のなかに入る。

 なにかをブツブツとつぶやいていたが、なにを言っているかは聞き取ることができなかった。

 

「安心しろ。次は止めない」

「もし行動不能に陥ったらどうするつもりですか」

「見込みなしとして除籍処分だな」

「もし、彼が個性を使わなかったらどうするつもりですか」

「そのときは宣言通り除籍処分だな」

「そうですか」

「前から思っていたが反応薄いな」

 

 緑谷出久は確かに、ワン・フォー・オールを継承した。

 しかし、彼を目にかけているのはあくまでオールマイトであり、私ではない。彼が除籍処分になるのなら、ただ予想通りというだけの話である。

 だけどもし、この状況を打破できるのなら――。

 緑谷出久が、再度投擲フォームをとるが、形だけみれば先ほどと何ら変わりのないものだった。

 

(諦めたのだろうか)

 

 いや違う。

 光が消えていた眼に、再び光が宿っている。あれはなにか、企んでいる目だ。

 助走をつけ、思い切り腕を振りぬく。

 瞬間、爆発的な加速と共に矢のごとき鋭さで彼方へとボールが消えていった。

 

(このパワー……全盛期のオールマイトには及ばずとも、その面影は見える)

 

 しかし個性の行使。つまりそれは――。

 

「先生……! まだ……動けます」

「こいつ…………!」

 

 緑谷出久は、堂々とまだ行動不能に陥っていないことを宣言したのだった。

 イレイザーヘッドが思わず笑みをこぼす。

 緑谷出久がイレイザーヘッドに向かって、痛みから涙を溜めながらも拳を握る様は健在であることを示していた。

 

「ボールから放す瞬間に指先だけに力を入れたのか」

「は、はい。これが僕にできる、今の全力です」

 

 結果をだし、且つ行動不能に陥らない唯一の道。彼はそれを、誰の助言も得ずに自力で辿り着いた。

 その時の最善手を自ら探し出す。間違いなく、ヒーローに、人を救済するヒーローに必要な素養を彼は持っていたということだ。

 

(少しは、期待をしてもいいのかもしれない)

 

 私も少しだけ、彼の評価を改めなければならないようだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

 イレイザーヘッドのだらけた声とは裏腹に、生徒の間に緊張が走る。

 余裕の表情のもの、真剣な表情のもの、眼をそらし拳を握っているもの様々だが、大半は緑谷出久が落ちているものだと思っているようで、存外平静を保っているように見える。

 

「口頭で説明するのは時間の無駄なので、一斉開示する。空間投影するから自分の順位を確認しておけ」

 

 イレイザーヘッドの持つ端末から順位表が投影される。

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 あっけらかんと言い放たれたその言葉に、生徒のほとんどが固まり、その後抗議の意味も含めてか絶叫が上がっていた。

 

「君らの最大限を引きだす、合理的虚偽」

 

 さらに絶叫は大きくなるが、八百万百だけはやけに冷静に状況分析をしていた。

 彼女は、あんなもの嘘に決まっていると切り捨てたが、実際緑谷出久が力任せに個性を使っていたら、イレイザーヘッドは容赦なく除籍を言い渡していただろう。

 合理的虚偽といった言葉こそ、彼が今後を円滑に進めるために吐いた合理的虚偽と言えるのだが、言う必要もないため黙っておいた。

 

「さて、皆も順位を確認したようだしこれにて終わり、と言いたいところだが本番はここからだ」

 

 不敵な笑みと共にイレイザーヘッドが唐突に、私の腕をつかんだ。

 この個性把握テストですら、私の知る範疇ではないのにこれ以上なにがあるというのだろうか。

 

「彼女の紹介をまずしよう。ほれ」

 

 イレイザーヘッドに促されるように前へ出た。

 

「この度一年A組の副担任を任されることになりました。よろしくお願いします。一応プロヒーローの資格をもっています。コードネームは狩人なのでそう呼んでください」

 

 狩人としての矜持を表す一礼を最後にして、言葉を締める。

 自己紹介といっても、生徒も興味はないだろうしこれで何事もなく終わるだろう。

 しかし私の予想とは反対に自己紹介を終えると生徒達、特に男子生徒から、歓喜の声が上がった。

 

「YEAH!! マジで!? 謎の美人が見ていたと思っていたけどまさかの副担任!? めっちゃテンションあがるなぁ!」

「てっきり相澤先生の恋人かと!」

「綺麗な金髪、それに翡翠色の眼も素敵ね」

「私は教育実習の方だと思っていましたわ」

「ねえ、知ってる? 私、狩人なんてヒーロー知らないや」

「いや、イレイザーヘッドと違って、名前すらきいたこともない」

「新人、にしちゃあ風格はあるな。俺が知らないだけか?」

「ぐへ、ぐへへ、ぐへへへへ」

 

 巨峰頭の子がやたらぎらついた眼で視てきていた。確か峰、峰……下品グレープと名付けよう。

 その後、いくつか質問がとんできたが無難な自己紹介としてオールマイトに教えられたものをこなしておく。

 しかし、イレイザーヘッドはいきなり何を考えているのだろうか。

 

「では、これから狩人先生にプロヒーローのすごさを見せてもらおう」

「はい?」

「さあ! プロヒーローと一戦交えたい奴は前に出てこいや! 狩人先生が相手になってくれるぞ! 自分の実力を知りたい奴もプロの壁を知りたい奴もどんとでてこい!」

 

 あまりに唐突過ぎて一瞬思考が遅れた。彼は何を言っている?

 

 数瞬の間を置いて一斉に生徒達から手が上がる。と、同時にすべての視線が私に向けられた。それも好奇心に満ちた目で。

 断るのは簡単だが、それをしていいものなのかすらわからなかった。

 とりあえず、イレイザーヘッドに意図を問いただそうと詰め寄った。

 

「相澤先生、何を言ってるのですか」

「ま、組み手のような軽いデモンストレーションだと思ってくれ」

「そうではなくですね。私も、私の個性も見世物ではありません」

「俺も。俺もあんたの実力が見たい。いいだろう? 何せ狩人先生のことを俺は何も知らない。俺はあんたの目の前で緑谷の個性を消して見せた。だから狩人先生も口だけじゃないことを見せてプロとして俺の信頼を勝ち得てくれ」

 

 イレイザーヘッドは不敵な笑みを携えたまま眼を怪しく光らせる。

 確かに、私は表立った功績がない。

 だから、イレイザーヘッドは私をプロとしての実力を試そうという気なのだ。

 入学式早々、私の教師生活も波乱の幕開けとなるのだった。




【Profile】

性別:女性
年頃:若年
出自:生まれるべきではなかった

体力:60
持久力:40
筋力:55
技術:50
血質:40
神秘:40

【所持装備】
狩人の狩装束
鋸鉈
月光の聖剣
エヴェリン
貫通銃

etc...

【所持アイテム】
古い狩人の遺骨
聖歌の鐘
小さなトニトルス
彼方への呼びかけ

etc...

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