月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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誤字報告ありがとうございます。助かっています。


31.任務、地下闘技場

 雄英高校の夏期休暇を前に、緊急の職員会議が行われていた。

 

「また(ヴィラン)と接触だと!?」

 

 ブラドキングの怒号が会議室に響く。

 休日の最中であったが、緊急招集を受けほぼ全ての教員が会議室に集まっていた。

 

「接触はしたものの、被害はなかった。白昼の人で溢れるショッピングモールでの出来事だったらしい。今も緑谷が警察で事情聴取を受けている」

 

 イレイザーヘッドが現状と詳しい状況を会議室にいるメンバーに向かって説明を始める。

 一年A組の生徒の一部が木椰区(きやしく)にある大型ショッピングモールに出かけた際に、緑谷出久が(ヴィラン)連合の死柄木弔と接触をしたとのことだった。

 幸い、一般客にも緑谷出久自身も被害はなかったものの、麗日お茶子の通報によりショッピングモールは一時的に閉鎖され、周辺をヒーローと警察が捜査をしたが結局死柄木弔を捕らえることはできなかった。

 

(公安調査庁の調査局も現場で捜査したが、足取りはつかめなかった)

 

 黒霧の個性を使い脱出したのか、それとも捜査の網を掻い潜れるなにかを死柄木弔がもっているのか。調査報告を聞く限りでは緑谷出久と話をしただけのようで、それ以上の痕跡らしい痕跡は何も残っていなかったらしい。

 何もないとなるところからでは、公安調査庁の調査にも限界がある。今は、追跡よりも善後策を講じることに専念した方がよさそうだった。

 職員会議では、林間合宿のことが話題に上っていた。林間合宿は強化合宿でもあるため、取りやめてしまうことはカリキュラムの遅れにもつながる。中には、雄英襲撃の件も含めて取りやめも仕方がないという意見もあったが、体育祭のように別の手段をもって続行すべきだとの声も上がっていた。そして体育祭同様に、取りやめは(ヴィラン)に屈することであるという風潮が雄英にはあったのだった。

 

「じゃあ、今回の一年の林間合宿は場所と人員の変更をするということにするよ」

 

 校長が今回の会議で決まったことを取りまとめはじめていた。

 例年、雄英で行われている合宿場所から校長と合宿に携わる教師にのみ新たな合宿場所を知らせることとなり、人員も必要最低限に抑えるのだという。雄英が合宿地として使っている場所は、公にはされていないものの地元では有名であるだろうし、少し調べればわかってしまうことでもある。分かってしまえば、襲撃されるリスク、そうでなくとも監視されるリスクが付きまとってくるのだった。

 それは暗に、雄英内部にも(ヴィラン)連合に通じている人間がいるかもしれないという警戒の表れでもあった。

 

(内通者……確かに今回の邂逅が偶然であった可能性は低い)

 

 あり得ないとまでは言わないが、(ヴィラン)連合と戦闘したA組生徒があの大勢の人が行き交うショッピングモールで出会っているというのは些か出来過ぎている。

 

(しかし、話を聞く限り死柄木弔が明確な目的をもって緑谷出久と接触したというわけでもなさそうだ)

 

 警察での取り調べの内容も(ヴィラン)連合を個性テロ組織として追っている公安調査庁にも逐一報告が入っている。だが、その緑谷出久の証言の中に有用な情報は特に見当たらず、死柄木弔は場当たり的な質問をし麗日お茶子に見つかってからは、何の拘りも見せずにすぐさま立ち去ったらしかった。

 ただ人前に姿を現すというのは、あまりにも不可解でリスクのみが付きまとう。

 

(死柄木弔が意図せずに緑谷出久と接触したと仮定する。その場合に考えうる可能性は……)

 

 私が幾ばくか思案に囚われていると、会議は終わりに差し掛かっていた。

 

「さて、じゃあここからは担任と私で話し合うことにしようか。急いで新たな合宿場所も見つけないといけないからね」

 

 他の教員はその指示を受けて会議室を後にしていった。私もそれに倣って席を立つ。

 

「狩人。少し待て」

 

 突然、イレイザーヘッドに呼び止められる。

 

「校長。狩人も合宿に連れていきたいのですが」

「……どうしてだい? できれば、雄英からは担任だけにしたいのだけどね」

「わかっています。ですが、今生徒たちと最も長い時間を過ごしているのは、狩人です。今回の合宿は強化合宿。それならば、生徒のことを最も理解している人物を連れていくことが最も合理的だと考えます」

「そうかもしれないね。だけど、今回に関しては考えうる限り不確定な要素は排除したいんだ」

「しかし、それでは強化合宿として本末転倒になってしまう。何より目の前に生徒達を伸ばすという目的を達成できる方法がこれ以上ないほどわかりやすく提示されているのをみすみす逃すのは、ただの馬鹿のすることだと俺は思いますね」

「とはいってもね……」

 

 珍しく校長にイレイザーヘッドが食い下がっている。

 

「俺も狩人は合宿についてきて欲しいと思っています」

 

 ブラドキングもイレイザーヘッドに同調する。

 

「どうしてだい?」

「認めたくありませんがA組とB組には差が出来てしまった。その差は、狩人が訓練を行ったことに他ならないでしょう。ですから、この機会にB組も狩人と訓練をすることで埋めておきたいのです」

「それを埋めるのは狩人ではなく君の役目ではないかな?」

「わかっています。ですが、俺以外の刺激が必要だとも考えます。マンネリにはまだ早いですが、それでも新しい刺激を常に与えることも必要なことと考えてです」

 

 ブラドキングは、今回の期末試験でのA組とB組の差を縮めようとして私を連れていこうとしているらしい。とはいっても私自身が何かをしたというわけではなく、彼ら自身のモチベーションの高さによって現時点まで地力を上げたのであって、私はメニューを与えたに過ぎないため同じメニューを課したからと言って実力が縮まるかはB組の生徒次第である。そのため、私に過度な期待を持たれても困るのだが、生徒達如何という部分を織り込んでいるのかいないのかわからないまま校長とブラドキングの議論は熱を帯びていった。

 

「あー、校長。教育論の話はそれくらいに」

「おっと。つい熱が入ってしまったね」

 

 ブラドキングと校長が合宿の話から教育論の話へとやや脱線し始めていた頃に、イレイザーヘッドが呆れ顔で口を挟む。

 

「とにかく、俺は狩人を一緒に連れて行くことを推します」

 

 イレイザーヘッドが改めて校長に進言をする。

 

「うーん。君はどうかな、狩人」

 

 校長が私の眼を覗き込みながら問う。

 

「私はどちらでも構いませんが、今回の人員削減は(ヴィラン)の動きを警戒してのものなのでしょう? ならば私は不適格かと」

 

 知る人数が多くなればなるほど情報漏洩の可能性は高まる。そしてなによりも(ヴィラン)連合と繋がっている内通者がいる可能性があるうちは、容疑者をできる限り絞るように立ち回るべきであるとも思うのだ。

 

「それはさっき言った通りだ。そちらに気を揉みすぎて育成のほうが疎かになるのなら意味がない」

「でしたら、私からは何も言うことはありません。指示があれば随伴しますしなければ待機するだけです」

 

 イレイザーヘッドは、そうかとだけ言って校長へと向き直る。

 

「校長、どうでしょうか」

「私も、別に狩人を信頼していないわけじゃないんだよ。むしろオールマイトの推薦を受けて私からお願いして雄英に来てもらったくらいだからね」

「なら、別に問題はないでしょう」

「だけどね……」

 

 校長は、言外に「狩人には任務があるだろう」と言っているのである。

 確かに任務になれば合宿所から離れることになるが、狩人の任務というのは火急の案件である場合の方が少ない。

 以前のような死刑が確定した後に逃亡した空間移動個性持ちの『ジャンパー』といった例でなければ、上が吟味に吟味を重ね私に指令を下すため、おおよそいつ任務が発生するかは見当がつくのである。

 目下で対象となっているのは、『ムーンフィッシュ』と呼ばれる脱獄した死刑囚と『マスキュラー』と呼ばれる複数件の殺人を犯した者であるが、未だに居所が掴めていない。その二人も移動系の個性ではないため、即断で私へと回される前に一旦私を行使する以外の解決法がないか議題に上がるはずだ。

 ただしこの二人は、殺人件数が多いことに加えヒーローまでもが被害にあっている。そのため、一般ヒーローでは手に負えないほど戦力が手配当時よりもさらに大きく上回っていると判断された場合、私が出向くことになるだろうことは予想ができるのだった。

 

「私は大丈夫ですよ、根津校長。せっかく相澤先生からもブラドキング先生からもこの身に過ぎたご推薦をいただいたようなのですから。それならば私にできる限りのことはしようと思います」

「……狩人がそういうならいいけどね」

 

 私は、席に戻り座り直す。

 

「じゃあさっそく合宿地から決めていこうか」

 

 私を含めた四人だけの会議は、深夜にまで及んだのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 雄英高校が夏期休暇に入ると、オールマイトは緑谷出久を伴って海に浮かぶ巨大人工島、学術移動都市『I(アイ)・アイランド』へとレジャーに行ってしまった。

 I・アイランドは、現在I・エキスポのプレオープンが行われており、I・アイランドに所属する科学者たちの研究成果を間近で見られるということもあり、各メディアの話題もI・エキスポで持ちきりであった。

 I・アイランドには、オールマイトの旧友であり、彼のヒーロースーツの開発者である科学者デイヴィット・シールド博士もいる。つまりオールマイトは旧友に会うべく、I・アイランドへと脚を伸ばしたというわけだ。

 同じく爆豪勝己にも雄英体育祭の優勝者として招待状が届いたらしく、切島鋭児郎に半ば強引に連れられて向かっていった。

 林間合宿までにあるイベントとしては、I・エキスポが最も大きなものであり、楽しみにしている生徒も多いらしくA組のほとんどの生徒は脚を伸ばすと言っていた。

 そんな科学の進歩の熱気が日本中を包んでいる間に、私は別の熱気が押し寄せる場所へ訪れていた。

 

『クリーンヒットォ! アゴが砕けた音がしたぞォ! だが攻撃をやめないィ!』

 

 実況者の声が掻き消えるほどの大歓声の中、鉄柵と金網に囲まれたステージでは二人の男が血飛沫を飛ばしながら殴り合っている。ステージを中心にすり鉢状の会場には観客席がぐるりと囲うように設置されており、観客で満ちた会場は異様な熱気に満たされていた。

 私もまた、観客席に紛れ試合の成り行きを見守っていた。

 

(地下闘技場。個性を用いた格闘戦とその賭博を主とした尋常でない額のカネが動く裏世界の興行か)

 

 会場に設置されたモニターにはオッズが表示されており、現在は人気の高い者が優勢に立ち回っているようだった。どうやら拳を岩に変えて対戦相手を殴りつけている。

 

『おっとォ!? ここで反撃! 掌から刀が飛び出したきたァ! 脇腹に深々と突き刺さるゥ!』

 

 劣勢に立っていた選手が突如掌から刀を取り出し振り回し始める。

 審判はいるが全く止めようとしないところをみると、それも問題ないらしい。

 格闘戦と謳いながらも、実態は個性であれば何でもありの戦闘ショーであった。

 

『収納の個性を使っての奇襲! 一気に形勢逆転だァ!』

 

 そしてそのまま刀をもう一度腹に突き刺し、対戦相手が動かなくなったところで試合は終了した。

 タンカに乗って運び出される意識もない選手に、労いどころか容赦のない罵声と数多のゴミが投げつけられている。

 

「ゲテモノ喰いもここまでくると悪趣味だ」

 

 つい独りごちていた。

 今回の任務は、この興行を取り仕切っている黒幕の調査である。

 ここはとある指定(ヴィラン)団体、つまり個性社会以前の言い方をすればヤクザが取り仕切っているものらしいが、それだけではいくつか説明のつかないものがあった。

 第一に現代のヤクザがここまで大きな興行を取り仕切ることは不可能であるという点だ。捜査四課とヤクザ者を相手取ることに特化したヒーローたちによって極道者は日に日に日陰へと追いやられ、現在では極道組織と言えば零細組織が大半を占めており巨大な組織は数えるほどしかない。その巨大な組織も警察とヒーローに常に監視をされているためここまで大きな興行を執り行えば簡単に締め上げられてしまう。

 現在この興行を取り仕切っているのは、かつてスタンダール――ステインに壊滅させられた阿辺川天忠會の下部組織であるが、幹部が全滅し組織の運営もままならない彼の組織がこの興行を興せるとは到底考えられず、それ故にここまでの資金力があるとは思えない。

 第二にここで名を上げた者が、(ヴィラン)として全国各地の組織に所属するというかたちで拡散されているという事実である。

 ここがスカウトの場として機能しているという可能性もなくはないが、だが地域が広範囲に渡りすぎているのだ。この国の指定(ヴィラン)団体は全国に数多あるが、おおよその構成員がその地域に根差したものである場合が多い。そのため組織への忠義も厚く、組織のために罪を犯すというものが大半を占めていた。しかし昨今、日本各地で起こる指定(ヴィラン)団体の構成員が起こす事件においてはその限りではなく、所属する組織に対しての忠義も薄く衝動のままに罪を犯す者が多発している。

 そして、その者たちの経歴を手繰っていき、ようやく公安調査庁はこの場所へとたどり着いたのであった。

 

(この裏の興行のさらに奥で、なにかが蠢いている)

 

 この国に悪意を拡散する中枢がこの興行そのものなのか、別の何かが隠れているのか。それを見極めるために、私が派遣されたのである。

 

(戦闘も必要な可能性もあったため私が派遣されたが、この観客席でみている分にはその必要はなさそうだな)

 

 たとえ戦闘になっても鳥の嘴を思わせるペストマスクを被り、顔全てを覆っているため私の素性が割れることはないだろう。私だけがこういった仮面をつけているのならば悪目立ちをしただろうが、観客の大半も何かしら顔を隠すためのモノをつけており私が際立って目立っているといったことはない。

 

(ただ実際に斡旋されているのなら、そのブローカーに接触するために試合にでて力をみせることが一番手っ取り早いか)

 

 ブローカーがそのまま黒幕ということもないだろうが、この観客席から見ているよりは黒幕へと近づけそうなものだ。

 試合へエントリーをすれば、誰でも出場はできるが確実にブローカーが接触してくるといった確証もない以上徒労に終わる可能性のほうが高い。

 無暗に参加するよりも、主催者側を観察し情報収集に専念したほうがよさそうだった。

 

「よお」

 

 突然、私の左隣に大柄な男がどかりと座り込んできた。

 怪訝に思い顔を向けると、私と同じようなペストマスクを着けている。私のペストマスクが鴉を模しているとすれば、男の着けているペストマスクはシャチを模しているとでもいえばいいのだろうか。

 

「ああん? 八斎會のモンじゃねェな」

 

 特に言葉を交わす必要も意味もなさそうだったので再びステージに視線を向ける。

 

「間違えたか。まあいいや。試合はどこまで進んでる?」

 

 私の都合を無視して、男は構わず話しかけてくる。

 

「おい、話しかけてるんだから答えろよ」

「お前に話す義理があるか?」

「なんだ喋れるじゃねェか」

 

 肘でつついてきながら一方的に喋っているのを鬱陶しく思いつつも、無視を決め込んでいると唐突に風切り音が耳を翳める。その男の拳が眼前に迫ってきていた。

 反応して受けると、周囲の観客がざわつき始めていた。

 

「無視すんじゃねェ」

 

 だが、大柄なその男から放たれた一言からは、なぜか敵意はまるでなく歓喜に満ちた声色をしていたのだった。

 

「マジかよ、強えなぁ。全然本気じゃないとはいえ、俺の拳を受けられたのなんて初めてだ」

 

 受けた拳を払いペストマスク越しに男の顔を睨み付けると、男はさらに喜色を浮かべる。

 

「なあ、俺と死合おうぜ。ケンカしよう。お前と闘うのは楽しそうだ」

 

 男は座り直してステージを指さしつつ、私の方へと身を寄せてくる。

 

「興味はない」

「嘘だろ? そんな強さがあるんだから斡旋かスカウトか腕試し目的でここにいるんだろ? ただ観てるだけなんてありえねェ。なあ、おい」

 

 男の言っている腕試しといった類にはまるで興味は沸かなかったが、一言だけ気になることをいっていた。

 

「斡旋?」

「ようやくまともに反応したな。つか知らねェでここにいるのかよ」

「ただの一観客だ。闘っている者の内情など知るわけないだろう」

「観客にしちゃァつまらなさそうにしているんじゃねェか? 自分(テメェ)より弱いやつの試合なんて見ても面白くないだろうからなァ!」

 

 男はいよいよ喜色を隠すことなくこちらへと詰寄ってくる。

 

「それよりも斡旋について訊きたい」

「おいおい。俺の要求は呑まねェのにてめェはこっちに要求してくるのかよ」

「……ふむ、すまない。些か無礼が過ぎたようだ。お互いに要求を一つずつ、でどうだ?」

「構わねェ! 俺はお前と闘えれば十分だ!」

 

 ばしばしと力任せに背中を叩いてくる。

 この男の態度に辟易しつつも任務を全うするためには仕方あるまい。効率よく情報が手に入る好機が眼前にあるにも拘らず逃すのは馬鹿馬鹿しい。

 

「どうすればいい」

「何、ここの試合は申し合わせってシステムがあるからな。そいつで受付を済ませりゃすぐにでもケンカができる」

 

 そういうと男は立ち上がり、どこかへと歩き出した。それについて観客席から離れ螺旋階段を下り、細く薄暗い通路を進んでいくと中央のステージへと繋がる通路の途中に人だかりになっている場所が現れた。

 

「じゃあ、そこで名前を登録しな。それで対戦相手に俺を指名するんだ。それで俺も対戦相手にお前を指名すればそれで登録は完了。すぐに対戦希望にしておけば早ければ今日中に対戦が組まれるだろうぜ」

「指名も何も、私はお前の名前を知らないのだが」

 

 そういうと何がオカシイのか豪快に男は笑い始めた。

 

「そうだな! 名乗ってもいなかった。俺は乱波(らっぱ)だ。乱れるに波。お前の名前は?」

「私は……鴉だ」

「堂々と偽名を名乗るとはなァ」

「構わないだろう。お前も本名であるまい」

「確かに! ここで本名なんて誰も名乗らないし意味もないからな!」

 

 笑いを零す乱波を横目に受付を済ませる。エントリーナンバーと共に試合要項が渡された。それに続いて乱波も受付を行っている。

 乱波が受付をしている間に、要項に目を通す。大ざっぱな理解では、武器を携帯して試合場へ入場するのは禁止だが、個性を用いて武器を作り出すことや持ち込むことは認められているとのことだ。

 試合は相手を降参させるか相手を戦闘不能にするかで決着がつく。ここで相手を殺してしまっても問題はないが、相手が降参を申し出た時に攻撃をしてはならないとされていた。基本的に審判は介入しないらしく、最後の決着をアナウンスするためだけにいるだけらしい。

 乱波が受付を済ませこちらへとやってきた。

 

「楽しみだなァ!」

「武器まで用いての殺し合いの何が楽しいのか私には理解しかねるな」

「安心しろ。俺はそんなもの使わねェ。この拳だけで叩きのめす。それがケンカってもんだ。そこでやる生死のやり取りが楽しいんじゃねェか」

「どちらにせよ理解しかねる」

 

 乱波は私の言葉など介さずに楽しみを抑えられない様子を振りまいている。

 

「次は私の番だ。質問に答えてもらおう」

「ああ、斡旋だったか?」

「そうだ。斡旋とは何のことだ」

 

 乱波はどうやら、ここで試合の経験があるようだった。もしかしたら黒幕と接触したことがあるのかもしれない。

 

「俺もよくは知らねェ。ただ、ここで勝ちを重ねていったり目立った成績を修めると主催者側から声が掛かるって話だ。そんで裏社会の組織に結構な報酬を提示されて引き抜かれないかって話が来るらしい」

「お前は声が掛からなかったのか?」

「俺は、声がかかる前に別の組織に引き抜かれてるからな」

 

 確定的ではないものの、ここで戦っていた者からの貴重な証言に変わりはない。

 

「その主催者をみたことは?」

「さあな。俺はケンカにしか興味がねェしカネも別に困ってねェ。だから主催者にも興味はねェ」

「……これは興味本位だが、ならばどうしてお前は引き抜かれたんだ」

「そりゃあ、俺より強ェ奴がいたからな。そいつと常に戦えるようにそいつの組織に入ったってだけだ」

「そんな男がどうして、またここにいる」

「ただのストレス解消よ。今の組も悪くはねェが、思い切りケンカができているとは言い難いからなァ」

 

 私からすれば呆れた理由だが、乱波にとっては重要な理由になるのだろう。

 その後も幾つか質問を重ねたが、有用な証言は得られなかった。

 

「って、おいおい。質問は一つじゃねェのかよ」

「すまないな。その代りと言ってはなんだが、一切の加減をせず最後まで闘うことを誓おう」

「いいや、それで十分だ! お前とはいい死合いができそうだからな!」

 

 もう既に現時点で取得可能な情報は手に入れ、当面の目的は達成した。このまま試合が決まる前に、この場から離脱してもよかったが乱波曰く、試合を放棄して逃亡した場合には面倒なことになるらしかった。

 

(面倒事が私を殺しにかかる程度なら楽なのだが、付きまとわれることになると若干面倒だ)

 

 それならば、ただ試合を熟しその面倒事を振り払っておいた方が無難だろう。

 乱波から情報収集をしている間に、モニターには次々と対戦の組み合わせと日時が発表されていった。その中には、私と乱波の取り組みが早くも発表されていたのだった。

 

「二時間後。本当に早いな」

「な、言った通りだろう? 二時間後だ。楽しいケンカにしようぜ」

 

 乱波は、受付を離れ人ごみに紛れて去っていく。

 

「じゃあな。がっかりさせないでくれよ?」

 

 厄介なことになったものだが、ここでアピールが成功すれば主催者側から接触してくる可能性もある。

 初参戦の者に姿を現してくるなどほとんどありえないであろうが、これがいずれきっかけになり主催者に接触する機会ができるかもしれない。

 

(そのときは……)

 

 いつかのことを頭に描きながら、私は試合に臨むべく準備を始めたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

『レディス&ジェントルメン。本日唯一の飛び入りの試合の始まりだァ!』

 

 実況の野太いアナウンスが入ると、会場の熱気とボルテージは俄かに膨れ上がっていく。

 

『かつてこの地下闘技場でその剛腕を振るった男は再び連勝という名の伝説を打ち立てるのかァ! 西方から、乱波ァ選手ゥ!』

 

 アナウンスを受けて、乱波がステージ中央へ脚を進めていく。

 両腕にはめている革製のガントレット以外は、完全に徒手空拳を貫くようで上半身の衣類までを脱いでいる。

 

『対するは完全な新人! その未知の実力は対戦相手に通ずるのかァ!? 東方から、鴉ゥ選手ゥ!』

 

 呼ばれたため、スポットライトの当たるステージへと歩を進める。今回は、完全な潜入であるため雄英体育祭同様変装をしていた。

 顔にはペストマスク、纏う衣装は鴉の羽を思わせる無数の黒羽をまとめたマントが特徴的だ。

 諸手は空。武器の持ち込みが禁じられている以上、狩り武器も銃も持ちこめない。

 ステージの外に待機していた審判からステージ中央に行くように指示を受け、乱波と対峙する。

 

「楽しい時間にしようぜ」

「楽しい時間にはならないだろうさ」

 

 お互いに距離を取り、構える。

 

『試合、開始ィ!』

 

 開始の合図と同じく乱波が突っ込んできた。

 

「この一発で果てるなよ?」

 

 両腕から繰り出される超高速の連打が拳の弾幕となって私に襲い掛かってくる。

 

(だが、オールマイトのラッシュを見て、オールマイトに鍛えられた私からすればただただ鈍い)

 

 オールマイトのラッシュはこの数十倍の速さだ。今さらこの程度を見せられても動揺のかけらも起きない。

 全てを見切り、全てを回避していく。手を添える必要もない。全て体捌きで躱すことができる。

 

『なんなんだァ、これはァ!? 乱波選手のラッシュも凄まじい! 眼で追うことすら困難! しかしそれ以上にあの凄まじいラッシュを捌いている鴉選手は何者だァ!?』

 

 回避を続けていくと、徐々に乱波のラッシュスピードが上がっていく。確かに当たれば強烈な一撃に間違いなく、私と言えど急所に当たれば戦闘不能になることも考えられた。

 しかし、当たらなければどんなに強大な力であっても無意味なのである。

 

「いいねぇ! いいねぇ! こんなに避けられるのは初めてだ!」

 

 私に見切られているこの状況であっても、乱波はまだ随分と余裕があるようだ。

 更に回避を重ねていくが、乱波のラッシュは緩むどころか鋭さが増していく。ペストマスクに隠れて表情は窺えないが、おそらく口元には笑みを浮かべているだろう。

 

(このまま避け続けていても埒が明かないな)

 

 鋭くなり続ける拳の回避と同時にカウンターとして拳打を乱波の顔面に見舞う。乱波は拳打を受け背後の金網まで後退し激突する。激突の衝撃で金網が乱波の身体の形に拉げる。

 その一撃で距離が離れると、ようやく乱打が止んだのだった。

 

『強ォ烈なカウンターが炸裂ゥ! あれだけの乱打を全て躱し切り、乱波選手に一撃を与えこの試合で先制したのは鴉選手だァ!』

 

 実況と共に歓声も大きくなる。

 金網から身体を起こすと、乱波は再び構え直した。

 

「いいなぁ、お前! 思った通り最高だ! だけどそろそろ、殴られろ!」

「断る」

 

 顔面へ攻撃が直撃したにもかかわらず、些かも乱波の闘志は萎えていない。萎えていないどころか、一層昂り猛っている。

 再度、真っ直ぐに愚直に乱波は突っ込んでくる。迫りくる拳を躱し、ローキックからの脇腹への回し蹴りへとコンビネーションを叩きこんだ。衝撃で吹き飛ばされながらも乱波は体勢をすぐさま立て直し三度こちらへと突っ込んでくる。それを今度はこちらから間合いを詰め、乱波の向かってくる勢いを利用して三日月蹴りを鳩尾へと撃ちこむ。肋骨を折った感触と共に乱波がステージの床を転がりまわっていった。

 大歓声が響き、実況のアナウンスも一層熱が入る。

 追い打ちを掛けろと観客席からヤジが飛び込んできたが、無視をして乱波が立ち上がるのを見守っていた。

 

「いい感じだ! やっぱりケンカはこうでなくっちゃなァ!」

 

 破れたペストマスクからは、一筋の流血がみられた。肋骨が折れ、内臓系に刺さったか口を切っただけかはわからないが怪我の状態は軽くないはずだ。重傷を負ったにも拘らず、乱波の闘志は衰えることを知らずむしろ最大級に高まっていく。

 

「命を賭してこそのケンカだ! ひりつくほどの殺し合いだ! 最高だ! 今俺は最高に生きているッ!」

 

 勝負を諦めろなどという言葉で、乱波は止まらないだろう。骨が折れたことで精神的に引いてくれれば僥倖と思ったが、むしろ逆に精神の高揚が治まらず少なからず暴走状態に陥っているようだった。

 

(アドレナリンとドーパミン、それにエンドルフィンで痛みも感じていないか。厄介な男だ)

 

 ここにきて初めて乱波が、一直線に私に向かってこずに攪乱するような動きを見せてくる。

 

「まだだよな!? まだ楽しませてくれるよなァ!?」

 

 骨折などなかったかのように、動きは異様なまでに素早い。私の背後に回った乱波は、その強烈な拳を私の頭部へ向けて振りぬいていく。

 拳を躱しつつその腕を掴み、背負い投げの要領で床へと乱波の巨躯を叩きつける。

 乱波は呻くがすぐに立ち上がり、先ほど以上に素早く駆ける。

 

「まだだ! まだ足りねェ! お前を()るには、全然足りねェ!」

 

 痛みでは、この男は止まらない。ならば、強制的に意識を刈り取る程度のことはしなければならない。

 幾度となく迫りくる乱波の攻撃を躱しつつステージを縦横無尽に駆けている乱波を眼で追いながら、動きを見極める。動きの予測がたったところで、乱波に張り付き同じ軌道を辿るように駆けだした。

 乱波はその私の動きにぎょっとし一瞬だけ動きが鈍くなる。その瞬間を狙って、まずは右上腕骨を左のハイキックで叩き折った。よろけながら短く呻き声を上げた乱波の左上腕骨をさらに右のハイキックを撃ちこみ折っていく。

 高速の二連蹴りを受け覚束ない足取りで乱波が後退したその隙に、一気に間合いを詰めて掌底で思い切り顎を打ち抜くと、前のめりにその巨躯がステージ中央で倒れ伏したのだった。

 数秒の沈黙が会場を支配した。

 私が乱波に背を向けると会場は歓声に包まれ、審判が私の勝利を宣言したのだった。

 ステージを後にしようと出口に向かったそのとき、後ろから『鴉』の名を呼ぶ声がした。

 

「……まさか、まだ意識があるのか」

「強ェな、お前」

 

 間違いなく意識は刈り取ったはず。脳は揺さぶられ、精神力の如何で保つことのできるものではないはずだ。明らかに常人の規格から外れているタフネスである。

 私が瞠目していると、床に倒れ伏したまま弱弱しく乱波は言葉を発する。

 

「ここまで、完膚なく、やられたのは、お前で、二人目、だ……また、死合い、しようぜ……」

「ケンカ狂いも大概にしておけ」

「これ、ばっかりは、やめられ、ねェ……性分、だからな」

「私は、もう二度と御免だ。こんなところ来たくも無い」

「いいや、お前は、必ず、戻ってくる……そういう、人間だ……そういう、人間の、眼をしている……マスクの下の眼、奈落の底みたいな、眼をしてたぜ」

 

 もう二度とこんな無意味な勝負はしたくない。それは本心だった。それに、乱波が回復する頃には、勝負ができるような環境もここにはないだろう。

 乱波の声を振り切り、私がステージを降りると一人の女が寄ってきた。

 どうやら、彼女の話をまとめると客の一人が私に興味をもったらしい。

 

(どうやら、思った以上に今の試合は効果があったようだ)

 

 私は頭を切り替えて仕事に専念することを決める。別室に連れていかれ、いくつかの話を聞いた。主催者と名乗る男が自らでてきたところをみると、私に目をつけた客というのは彼らにとって上客なのだろう。

 話を聞いていく内にわかったことがあった。どうやら黒幕は大物闇ブローカーの義爛(ぎらん)と呼ばれている(ヴィラン)。裏の組織に人材を始めとして、物資や情報を流している人物だ。奴の資金と人脈を元手にすることでこの地下闘技場は運営されていたようだ。この地下闘技場もやはり裏の組織へのリクルートを目的とし、見つけた人材を各地の(ヴィラン)組織へと斡旋するための催しとのことだった。

 私の信頼を得るためか、私が裏の人間と思ってか。それとも義爛の名前を出せば簡単に話がつくと思ってのことか、拍子抜けするほどあっさりと喋ったのだった。

 だが、義爛自身はここに顔を出すこともないらしく、どこにいるかもわからないし運営で得たカネを振り込むだけの関係であり義爛自身が直接斡旋するための組織ではないとのことだった。ただ、義爛の名前の効果は絶大で、私のように疑ってかかる者には義爛の名前を出すことで、話をつけているのだろう。

 その後もいくらかの話をきいて、その日は地下闘技場を後にした。

 

 数日後、地下闘技場を取り仕切っていた幹部が全員殺害される事件が起こった。いや、これは事件とも呼べないものだ。表向きは集団失踪となるだろうが、これは闇から闇へと葬られ誰にも知られることのない案件である。

 運営能力を持った者が根こそぎいなくなったことにより地下闘技場は運営がままならず自然消滅していくはずだ。こういう裏の組織はカネ回りこそなによりも大切であって、その部分を知る者が突如いなくなれば混乱は必至である。混乱が起き、その混乱が表にでてくればそれこそ警察が介入していくことになり、いずれ摘発されこの件は落着をみることになるだろう。

 

(しかし結局、義爛に繋がる情報は何もでてこなかった。資料もすべて押収したが、目ぼしい情報があるか怪しいものだ。主催者もあそこ(拷問)までされて最期まで口を割らなかったということは、おそらく知らされていないというのは本当だったようだな)

 

 目の前に転がる圧殺され物言わぬ骸化したものを見下ろしながら、血濡れの木製馬車用車輪から滴る赤い雫を拭う。

 凄惨な現場を見下ろしつつ今が夏期休暇中で本当に良かったと思い直していた。

 今の私は、とても生徒達にみせられない顔をしているだろうから。

 私にとっての日常はここで、雄英(あちら)こそ非日常なのだと改めて認識したのだった。




【烏羽の狩装束】

鴉羽のとある狩人の狩装束。
特に鴉羽のマントは、その象徴となっている。

その姿を鴉に疑すことは、鳥葬の意味があるという。

仲間の意志が、せめて天に、あるいは狩人の夢に届くように。

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