私が任務に身を投じている間に、A組の生徒とオールマイトたちも休暇先の
現在、マスコミの話題はI・アイランドで初めて発生した個性犯罪事件一色である。I・アイランドでは今まで個性犯罪は起きておらず、ある種の安全神話の中にあった。それ故そこで起こった初めての個性犯罪、つまり
反面、メリットもあった。犯人の逮捕に雄英生も貢献していたが、正確な情報が出てこないせいでマスコミが雄英に押し掛けることもなくオールマイトのみに取材対象が向かっていた。オールマイトの取材を捌くテクニックはもはや芸術的であり、何か言っているようで何も言っていないことを言葉を変え、言い方を変えてマスコミを煙に巻いていた。
つまり正確な情報は当事者間と現地警察でしかわかりえないものになっているというのが現状であった。
生徒達も事情聴取を終え、無事に戻ってきたのだから何を煩うこともないが、緑谷出久を含むA組の何人かはこの短期間に襲撃の件から数えて四回も警察の聴取を受けているため些かの同情を覚えた。だが、当の本人達はさほど気にしている様子も窺えないため、メンタルケアも必要最小限に留めるとイレイザーヘッドは判断したようだった。
「あいつらはあいつらなりに、相補的に気遣っている。ならば大人が無暗に出ていって蒸し返し干渉するよりも、同年代の交流のほうが回復は早いだろう。今はいつでも俺らがでていけることを知らせてやり、精神的な逃げ場を作ってやればいい。ただ俺達はその逃げ場になってやるべく準備を怠らないでおくことだ」
「除籍が代名詞の教師とは思えない発言ですね」
「うるさいぞ」
現在、大型バスに乗って林間合宿の合宿地への真っ最中である。隣に座るイレイザーヘッドと背後で楽しげに騒ぐ生徒達の声をBGMに雑談に興じていた。
眼下に鬱蒼と生い茂る森林を臨みながらうねる山道に左右を振られつつバスは進んで行く。B組の生徒達の乗るバスも後方から着いてきてるが、生徒達の様子にA組もB組も大差はないだろう。
「浮かれている状態に冷や水を浴びせることになりそうですね」
「甘いものじゃないと判らせるには丁度いいだろ」
この合宿は強化合宿であり、加えて意識改革も兼ねている。自分たちの現在の実力の位置する場所を正確に理解し、今後の成長への糧とすることが主眼に置かれていた。
というのも、今はまだ内密であるが今年の一年のヒーロー科には『ヒーロー仮免試験』を受けてもらうつもりでいるからだ。
緊急時における個性の行使限定許可証、ヒーロー活動認可資格である仮免を取得し自衛手段の一つにしてもらおうという計画である。
個性の使用で他者に被害を与えることは、たとえ正当防衛であってもかなり批判的にみられてしまうというのが現代社会。しかし、仮免であってもヒーローとしての個性の行使ならば、ゼロとまではいかないがその非難はかなり薄まるのである。
「そろそろだな」
イレイザーヘッドが窓の外を覗きながら、独り言のように言う。
大きく弧を描くカーブの途中、山岳の中腹あたりに舗装のされていない空き地が見えてきた。施設も何もない場所だが、とりあえずの目的地には無事到着できたようだった。生徒達に、休憩と伝えながらバスはその空き地に停車する。
しかしB組のバスはその空き地を通り過ぎ、さらに先へと進んでいき視界から消えていった。それを確認するとイレイザーヘッドは生徒達にバスから降りるように促す。
バスから降りた生徒達が何もない空き地をみて、怪訝な表情を浮かべた。生徒達が口々に疑問を挙げていると背後から複数人の気配が近づいてきていた。
「よーう、イレイザー!」
「御無沙汰しています」
背後から近づいてくるその人影にイレイザーヘッドが頭を下げる。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!』
突然のことに生徒達は呆然と、やや冷やかにその名乗り上げを見守っていた。
二人の女性が独特のポージングを決めながら生徒達の前に降り立つ。茶味がかったショートボブの髪型をした一人は赤を基調としたコスチュームを身に着け、ブロンドにセミロングの髪型をした一人は青を基調としているコスチュームを纏っていた。両人とも猫科の動物をモチーフにしたコスチュームであり、装備の一部には猫の肉球をデザイン化したような模様まであしらわられている。両の手に装着しているグローブも猫の手をそのままモデルにしていた。
際立って目立っている二人のそばで、生徒以上に冷淡な眼をした子供が一人その様子を睥睨していた。
「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」
イレイザーヘッドが生徒達に紹介すると緑谷出久が興奮気味にプッシーキャッツの情報を喋りはじめた。まだこの二人の他にもう二人いる四人一組のチームであることと、ヒーロー歴が十二年目であることを勢いのまま喋っていた緑谷出久に痛烈なアイアンクローが、青のプッシーキャッツことピクシーボブから繰り出され強制的に黙らされていた。どうやら彼女にとって年齢に関わる話題は好ましくないらしい。
今回、合宿所を決めるにあたって会議でいくつか条件が挙げられたが、その中で最も合致したのがこのプッシーキャッツの面々であった。
「ここら一帯はあたしらの所有地なんだけどね」
赤のプッシーキャッツことマンダレイが森を眺めながら生徒達に語りかける。
彼女らの個性も有用なものであるということが前提条件であるが、今回の合宿は何よりも広大な私有地を所有していることが最も重要な条件であり、雄英同様に広範囲で自由に個性を使える必要があったからである。
眼下に臨む森林地帯はもちろん、遠景に聳える小高い山を含めて周辺一帯が彼女達の私有地なのであった。山岳地帯を主に活動する彼女たちは、常日頃から鍛錬するためにチームを組んだ当初から山岳付きの土地を購入していた。そこで、イレイザーヘッドの伝手を頼りにコンタクトをとり応援を頼んだのである。
「あんたらの宿泊所はあの山の麓ね」
マンダレイが指差した先には小高い山が連なった場所があり、その麓に宿泊施設が設営されているのだという。高低差と生い茂った森林のせいで若干距離感が掴みにくいが、おおよそ直線距離で十キロメートル弱といったところだ。マンダレイの言葉に、どこか含んだ意味を感じ取ったのか生徒達がざわつきはじめていた。
「今はAM九時三十分。早ければぁ、十二時前後かしらん」
マンダレイの不穏な発言を受けて生徒達は確信を持ったようで、何人かの生徒は顔を引き攣らせながら及び腰になっていた。
しかし、その中の数人はおおよそ何をするかを感じ取った上で、屈伸運動やストレッチを始めていた。
「はっ、上等ォ」
「着いた実力を測るいい機会と考えるか。環境が変われば分かることもあるだろ」
爆豪勝己は不敵な笑みを浮かべ、轟焦凍は淡々としながらも心構えは既にできているようだった。
「ケロ。いきなりハードそうね」
「確かに一筋縄ではいかなさそうですわね」
蛙吹梅雨と八百万百も嘆息しつつも、覚悟を決めたようだ。
そんな生徒達の様子を見て、マンダレイは口角を上げ、ピクシーボブが両手を地面に着ける。
「なんだか、活きのいいのがいるみたいだね」
「いいんじゃない? 十二時半までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね!」
二人が言葉を言い終る前に、突如地面が一気に隆起する。土が津波の如く殺到し生徒達へと襲い掛かっていった。
生徒を巻き込みながら土砂は眼下の森へと流れ落ちていく。巻き込まれなかった幾人かも、圧倒的な質量の波を前に完全には回避しきれずに同じく森へと追い立てられていった。
「あらま、不意打ちに対応できるコが何人もいるなんてさすが雄英生」
土の津波を作り出したピクシーボブは意外だと言葉でいいながらも眼を細め嬉しそうにしていた。
「私有地につき個性の使用は自由だよ! 今から三時間。自分の脚で施設までおいでませ!」
マンダレイが欄干に手を掛け身を乗り出しつつ、森へ追い立てられていった生徒達に声を掛ける。
「この魔獣の森を抜けて!」
その声を合図に、森の中に急激にいくつもの気配が増えていく。だが人の気配、というより生物の気配ではないところをみると、マンダレイかピクシーボブの個性なのだろう。
生徒達が困惑から立ち直り前へ進もうとした瞬間、生徒達の正面から上顎を超すほどに下顎の犬歯が大きく鋭く異常発達した四足獣の姿をした土の獣が姿を表した。数メートルはあろうかという体躯を揺らしながら、その大きな前足を振りかぶり生徒達へと叩きつけようとしていた。
しかし、その前足は振り下ろされることなく生徒達によって土の獣ごと即座に打ち砕かれたのだった。
「くぅー! 逆立ってきたぁ!」
ピクシーボブが歓喜の声をあげると同時にマンダレイとイレイザーヘッドが子供を連れてバスへと戻っていく。その様子を子供が異様に冷めた目で見下し「下らん」と吐き捨てバスへ乗り込んでいった。
「では、我々は先に行きます。よろしく頼みましたよ、ピクシーボブ」
「任されたにゃん」
どうやらピクシーボブは、この後も土を操作し生徒達の行く先々を見守りながら障害として土の獣を繰り出していく役目を負っているようだ。
猫の耳を模したヘッドセットとウェアラブルモニターグラスでなにかしらのデータの送受信を行っているところをみると彼女の作りだす土の獣には、発信機ないし送信機が埋め込まれているらしかった。おそらく、それ以外にも森に何かしらのデータを送受信する仕掛けがあり、監視、監督が出来る環境にあるのだろう。
「おい、狩人。いくぞ」
「ああ、イレイザーヘッド。少しいいですか」
私がバスに戻ろうとしないので、イレイザーヘッドに咎められるがそのまま留まる。
「どうした」
「私も、自分の脚で向かおうと思いまして」
「生徒の護衛のつもりか?」
「いえ、私自身の修行の為です。先日、少々思うことがありまして」
腕が鈍っている、というわけではないが先日の地下闘技場で完全に対戦相手の意識を刈り取るつもりで放った一撃で想定した結果を導けなかったことが、私自身かなりショックであり自身への落胆と共に、その事実に
無意識のうちに手加減をしたのか、それとも読み違えたのか。どちらにせよ、精神的に未熟な部分が露呈したことに変わりはない。故に、すぐにでも弱点であり欠点となり得る部分は早めに潰しておきたかったのだ。
「とにかく、鍛錬として丁度いい機会だと思ったので」
「まあ、狩人がそういうならいいさ。時間には遅れるなよ」
「了解です」
イレイザーヘッドは肩を竦めていたが、そのまま私とピクシーボブを置いてバスは出発していってしまった。
「ねこねこねこ! キティ、面白いねぇ」
独特な笑い方をしながら、ピクシーボブがこちらへとやってきた。
「はじめまして。狩人と申します」
「イレイザーから聞いてるよん。なんでも規格外の新人が入ってきたって」
一礼をするとピクシーボブがグローブを外し握手を求めてきたのでそれに応じる。イレイザーヘッドの吹聴の仕方にやや引っ掛かったものの、ピクシーボブから私への興味はなさそうなので気にするまでも無さそうだった。
握手を終え、ピクシーボブが森に眼を向けると、森からは生徒達の叫び声が聞こえてきた。
「ねこねこねこ! 早速やってるねぇ!」
「あの土の獣は、貴公の個性ですか?」
「そうだよん。私の個性『土流』。土を操っていろんなことをできるようにしたにゃん」
雄英にもコンクリートを操るセメントスがいるが、それと同タイプの個性なのだろう。あれだけの大質量を操作できるまでには、相当の鍛錬を積んでいることが窺える。イレイザーヘッドが、合宿の協力者に選ぶだけあり実力も申し分ないようだった。
「それで、狩人ちゃんもこの魔獣の森を抜けたいって?」
「狩人ちゃん……」
「私から見れば年下の女の子だから不思議じゃないでしょ?」
呼ばれ慣れない呼称のせいで、ぞわりと背筋に薄ら寒いものを感じる。
「けど、狩人ちゃんが教師でも私の土魔獣は容赦なく襲ってくるよ。近くを通る者を攻撃するようになっているから。それでもいいのかにゃん?」
「そちらの方が好都合です。そうでなければ修行になりませんから」
「ねこねこ! ストイックだねぇ!」
「一つ懸念があるとすれば、私が斃し破壊してしまうことで生徒達のほうが手薄になってしまうことなのですが」
「安心していいよ! 時間が経てば自動再生するようになっているから! まあ、狩人ちゃんが生徒達と同じ行進速度ならその限りじゃないけどねん」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
私は、崖を滑り下りていく。崖下に無事に着地すると森の奥からは相変わらず生徒達の声となにか大きなものが動く音が聞こえてくるのであった。
「ちなみにねー! 私らで大体二時間半から三時間ってところだにゃん! プロとはいえ慣れてない内は五時間程度みておきなねー!」
崖上の欄干から上体を乗り出しピクシーボブは私にアドバイスを伝えてくる。手を振り返し礼を伝えるとピクシーボブは土魔獣の操作のために別所に移動していったようだった。
「さて」
早速、正面から複数の気配がこちらへと向かってきていた。
改めて装備を確認する。今回は複数の武器を持ってきてはいたが、大半はバスの中の荷物に仕舞い込んであり現在装備しているものは、左手用の武器である水銀弾専用の散弾銃と右手用の狩武器である爆発金槌である。
散弾銃は射程距離はエヴェリンには劣るが面での攻撃が可能であり、ある程度の範囲をカバーすることができるものだ。
そして、右手の爆発金槌は
更に言えば殴打と爆炎という攻撃のみに意識が向いた狩武器であり、物言わぬ土くれたちには殊更相応しいものだ。
迫る気配に備え、左の掌の腹で炉の口を開く。
「加減無しで行かせてもらう」
私は、気配を頼りに森の奥へと脚を進めていったのだった。
◇◆◇
「ひゃあ、これは驚いた!」
約二時間後に森を抜け、被った土ぼこりを払いつつ合宿所の施設のある地点に辿り着くと、そこにはマンダレイが顔を驚愕に染めて固まっていた。
森林という気配の分散しやすい場所での奇襲の連続は警戒心を高め神経を鋭敏に保つ訓練にもなり、なかなか良い成果を得られた。ただ対象が土ということもあり耐久力には些か不満はあったものの、それは数でカバーしており十分訓練として成り立つものだった。
ルートの走行よりも戦闘を主眼に置き、基本的に殲滅戦のつもりで戦ってきたため幾分か時間がかかったが、まだ生徒達は誰一人到達していないようだった。内心遅すぎたかと焦っていたため、ほっと胸を撫で下ろす。とりあえずはまだ午後に至るまでは三十分程度はある。イレイザーヘッドに言われた遅れるなという命令を反故にはすることはなかったようでなによりだった。
「狩人も来たか。俺の想定より時間がかかっていたが何かあったのか?」
「いえ、特に問題はありません」
イレイザーヘッドが野菜の入ったカゴというあまりにも似つかわしくないものを手にしながらやってきた。
「イレイザー! なんなのこの子!?」
「事前にお伝えしていた狩人です」
「何者!? 初見でこんな早く魔獣の森を抜けられたのなんて初めてなんだけど!? というか、二時間切られたのなんて初めてなんだけど!?」
「雄英の新人教師。それだけですよ、マンダレイ」
イレイザーヘッドは、元々の合理性を重んじる性分もあり無駄口を叩くタイプではない。それに以前体育祭で話した『私が戸籍上死んだことになっている』ということを元に必要以上にはマンダレイに喋らないでいてくれている。
その後もマンダレイはいくつかの質問をイレイザーヘッドにぶつけていたが、全ていなされてしまっていた。
イレイザーヘッドに聞いてもまともな答えが返ってこないと思ってか、マンダレイがこちらへとやってくる。
「本当に何者なの? これだけの実力者でヒーローとして全然知られてないってありえない」
「相澤先生の仰ったとおりです。ただの新人教師ですよ」
私もイレイザーヘッドと同じく質問に答えはするものの、核心的な部分は結局何も答えずにはぐらかしていった。
マンダレイは矢継ぎ早に質問を重ねていたが、諦めたように大きく溜息をつく。
「はあ、まあいいけどね。そりゃ知られたくないこともあるだろうし。もう訊かないよ、私が無礼だった」
納得はしていないのは明白だったが、それ以上言及しないといってくれたのはありがたかった。
「それにしても、どうやってこんなに早く魔獣の森を抜け出してきたの」
「特別なことは何もしていません。基本的には、貴公が指示した方向へ真っ直ぐ進んだだけです。最短の道なりには漏れなく土の獣が配置されていましたから分かりやすかったですね。時折樹上に登り進行方向を確認しましたが、その程度です」
「初めての場所でそれに気付けるなんて大した冷静さと観察眼ねぇ」
マンダレイが興味深そうに私の周りをうろうろしながら見回していた。
「マンダレイ。それくらいにして準備に取り掛からないと今度は俺たちが間に合いませんよ」
野菜の入ったカゴを持ったままイレイザーヘッドが炊事場へ向かっていく。
「おっと、そうだった。必死にこっちにくる生徒諸君に美味しいご飯を作ってあげないとね。ここに辿り着く頃にはどうせボロボロで動く気力も無くなってるだろうし」
マンダレイも同じく炊事場へと向かっていく。
「汗かいて土も被ってるだろうから、温泉入ってきなね。埃っぽいまま調理はさせらんないから。保養所に入って右手に進んでいけば教師用の部屋があってそこにタオルなんか置いてあるから使ってね」
どうやらこの後、私も慣れないことをさせられるようである。昂った精神が急速に萎んでいく感覚に襲われ嘆息しつつ、言われた通りに保養所へと入っていった。
ロビーに差し掛かると、プッシーキャッツの二人と一緒にいた子供がつまらなさそうに設置されたテレビ番組を観ていた。
彼は私に気付き一瞥すると、鼻を鳴らしながら再びテレビのモニターに眼を戻す。
「また一人、ヒーローなんてくだらんやつがやってきた」
独り言のように漏らしたその言葉は、私を含みながらもヒーローそのものに対しての言葉であるような印象を受けた。怨嗟の籠った声だが、私が干渉するべきことでも解決できることでもなさそうだ。
(守るべき者に嫌われることもある、か。ヒーローでない私に彼の言葉が響くことはないが、生徒達はどう受け取るか。しかしヒーローというものも難儀な仕事だな)
自身を嫌うものも守らなければならない。ヒーローの難しいところでもあり、ヒーローがヒーローと呼ばれる所以でもある。
生徒達ならば、どのように受け取るか。それを少しばかり想像しつつ、私はその場を後にした。
私が到着してから三時間後、つまり現在時刻は午後の二時半に差し掛かったところである。一通り調理の準備や下拵えを終え、今後の合宿の予定を再確認し休憩を挟んだ頃に続々と生徒達がこの保養所へと到着し始めていた。
ふらふらと立つことすらも心許ない足どりながらも、どうにか全員辿り着き、私達の姿を認めると糸が切れるように生徒達は座り込んでいった。
「わお、ホント今日は予想外のことばっかり起こる日ねぇ」
「今からもう三年後が楽しみねん。こんなに早くここまで来られるとは思ってなかった。ポテンシャル高い子達ばっかりだわぁ」
マンダレイが瞠目しつつ、生徒達を陰から監督し後から合流したピクシーボブも驚きを隠さないでいる。
「くっそぉ、昼飯抜きかァ!」
切島鋭児郎が天を仰ぎながら、悔しがっている。
他の生徒も同じく、地面にへたりながらも言い渡されていた目標タイムである三時間以内に辿り着くことが出来ずに悔しさを滲ませていた。
「未熟だということを身体をもってわからせる、流石雄英……!」
「にしても、言われた時間に対して掛かった時間との差がここまであるとヘコむなぁ。改めて思うけど求められるレベル高すぎ……」
飯田天哉と耳郎響香も項垂れ、力なく言葉を零していた。
「いやいや、思ってたよりずっと早いよ。正直お昼どころか晩御飯にも間に合わないかもって思ってたし」
ピクシーボブが、そういうと生徒達の表情に怪訝な色が浮かんでくる。
「どういうことっすか?」
「最初に言った三時間てのは私らならって意味ね。だから君たちが来るのは早ければ晩御飯前くらいかなって。普通に考えて午後六時は過ぎると思っていたから」
「えぇ……」
瀬呂範太の質問にマンダレイが答えると、さらに生徒達は脱力してしまう。
「まさかプロヒーローにマウント取られるとは思わなかった……」
「ホンマや……慣れたプロで三時間て……ウチらじゃ最初から無理やったんか……」
砂藤力道が愚痴を口にすると、麗日お茶子が同調する。
「でも想定より早いってのはホントだし、ビックリしてるのもホント。君たちの先生がいなければ、もっと顔に出して驚いていたかな」
「どういう意味だ……?」
マンダレイの言葉に爆豪勝己が反応する。
「どういう意味もなにもないよ、そのままの意味。君たちの先生、狩人さんは君たちより後に出発して君たちの三時間前にここに到着してる。もちろん条件は君たち生徒と全く同じでね」
それを聞くと、爆豪勝己が目を吊り上げながらふらりとこちらへ寄ってきた。
「ってことはアンタでも二時間かかったのか」
「そうですね。ここに到着するまで二時間弱掛かりました」
「アンタが俺らと同じ条件ならそんなに掛かるはずねェだろ」
爆豪勝己が意図の掴めないことを言っていた。実際にそれだけの時間が掛かっているのだからそれ以上なにがあるというのか。
「なんかあったか、なんかしてたんだろうがよ」
「特別なことは何も。強いて言うなら、道中の土の獣を利用して技の確認や体捌きの確認をしていましたね。私自身の修行のつもりでいましたから」
「は、やっぱりな。真っ直ぐここにくるだけならもっと早いだろ」
「戦闘を回避して樹上を移動していけばそうですけど、それではわざわざ森を移動する意味がないでしょう」
そういうと爆豪勝己はどこか満足そうに笑っていた。
「俺は戦闘せざるを得なかった。アンタは戦闘に自ら臨んでいった。そういうことか。俺が目指す先と俺の現在位置がたった三時間のわけがねェからな」
私が爆豪勝己とやり取りをしている間にイレイザーヘッドとプッシーキャッツの三人はヘタっている生徒達に立つよう号令をかける。時間もあるためまずは生徒達に軽く汗と埃を流すようにシャワーだけでも浴びて来いと伝え、生徒たちを保養所へと入るように促していった。
全員が保養所に入っていくのを確認すると、マンダレイとピクシーボブが私とイレイザーヘッドに近づいてくる。
「ねこねこねこ! どうなってんのイレイザー!」
「どうしましたピクシーボブ」
「どうしたもないよ! 想定外も想定外! 早すぎてしばらくやることなくなっちゃったにゃん」
ピクシーボブは特段困った様子もなく楽しげに話す。
「本当に。優秀な子が揃ってる。日が落ちるどころか傾く前にここまで来られるとはねぇ」
マンダレイも同じく感慨深そうに頷いていた。
「そのあたりは大丈夫です。やらせることはあります」
イレイザーヘッドがプッシーキャッツの二人にそう伝えるとピクシーボブがニヤリと笑みを浮かべる。
「随分、生徒達を信頼しているみたいだねぇ?」
「そういうわけではありません。俺はただ実測に基づいて予測を立てているだけですから」
「じゃあこの結果も予想内ってことかにゃん?」
「まァ、そうですね」
イレイザーヘッドは、夕食の時間を五時に設定し予定を立てていく。
そのうちの一つが、夏期休暇前に言っていた期末考査での立ち回りが不十分であった者への講習であった。
「それでしたら、私は別のことをしていてもいいですか?」
「何をするんだ」
私はピクシーボブへ向き直る。
「もしよろしければもう少し私の訓練にお付き合いいただきたいのです」
「ねこねこねこ! また私に土魔獣だせってことかにゃん?」
「ええ。お疲れでなければですが」
「問題ナシ! むしろ狩人ちゃんの立ち回りを近くで見せてもらいたいくらい!」
「ありがとうございます」
「しっかし、本当にストイックだにゃん」
ころころとピクシーボブは笑って了承をしてくれた。
実戦以外で全力を出せる数少ない機会なのだ。できる限りコンディションを高く保つために、できる限りのことはできるうちにしておきたかったのだった。
数十分後、汗を流した生徒達がイレイザーヘッドの号令で一室に集められ、現在期末考査での解説を受けている。集まった生徒達の様子をみると疲労のあまりウトウトと眠そうな顔をしている者が何人かいたため、鐘を打ち鳴らしてやり、私はその一室を後にした。
「さてさて! やっていこうかにゃん!」
合宿所の広場で私とピクシーボブは対峙していた。
ピクシーボブが両の手を地面に着けるとボコボコと沸騰する水面の如く地面が盛り上がりはじめ、ものの数秒で森で幾度も視た巨大な土の獣が再び姿を現したのであった。
「魔獣の森ではセミオートだったけど、今回は
精神を落ち着かせ、眼を見開く。
「よろしくお願いします」
私の挨拶と同時に、その巨大な土塊が猛然と迫ってきていた。紙一重でサイドステップを踏み回避をすると、それだけでいつにない高揚感に包まれていた。私だけでなくピクシーボブも、好戦的な笑みを浮かべ喜色を隠さずさらなる追撃を仕掛けてきたのだった。
それを散弾銃で前足を砕き、突進を停止させ体勢を崩す。しかし、即座に修復が行われ、土の獣が再度攻撃を仕掛けようとした直後、直上へと跳びあがり頭部に爆発金槌を叩きこむ。爆炎と共に頭部から肩口にかけての土を爆散させる。
土の獣は体勢を保てなくなり、今度こそどしゃりと地に臥した。
「すっごいねぇ。じゃあ、もっともっといくにゃん!」
「素晴らしい運用ですね。流石です。ですが遠慮しなくて大丈夫ですから」
「ありゃ、分かるんだ。じゃあ。お言葉に甘えて……!」
ピクシーボブとのやり取りは生徒達の講習が終わる一時間半ほどの間続き、幾重もの攻防を繰り返していた。いつの間にか日は落ちかけ辺りは夕闇に染まっている。
マンダレイの声がかかり、調理の仕上げに入らなければならないとピクシーボブは個性の操作をやめ、土の獣を文字通り土くれへと還す。ピクシーボブも楽しんでいたのか、名残惜しそうにまたやろうと私に声を掛け、調理場へと姿を消していった。
「この感覚も久しいな……もう少し、戦っていたかった」
誰に言ったわけでもない独り言はどこかへ消えていく。私は、いつにない充足感に満たされつつ空を見上げる。そこには綺麗な三日月が輝いていた。
【爆発金槌】
古い狩人の用いた「仕掛け武器」
とある工房の異端の手になるもの。
小炉付きの巨大な金槌であり、撃鉄を起こした後の一撃は
火を巻き、着弾時に激しい爆発を起こす。
厄災を叩き潰し、焼き尽くす。
その端的な攻撃性は、厄災を憎む狩人たちに好まれたという。