月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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あくまで、独自解釈です(念押し)


33.林間合宿、個性強化訓練

 初日の訓練は森を抜け、ほんの僅かな座学で期末試験の解説兼授業補填は終了した。生徒達の食事をプッシーキャッツの二人に任せ、私とイレイザーヘッドは明日の個性強化プログラムの打ち合わせに入っている。

 おおよそ事前に取り決めていた通り明日にはB組と合流し、個性を伸ばすためのプログラムを中心に訓練を行う予定だ。本来ならば、雄英の前期課程では基礎能力の向上に充て、個性を伸ばすプログラムはこの林間合宿からになるはずだったが、A組は私との放課後の訓練により個性も同時に鍛えられており、入学当時より運用も個性の規模も大きく伸びをみせている。そこで、A組は個性を伸ばす訓練以外に地形を考慮し実際の戦闘を想定した個性の使用、つまり本格的な戦闘訓練を組み入れることになっていた。

 

「とりあえず、打ち合わせはこの程度で十分だ」

 

 イレイザーヘッドが打ち合わせの終わりを告げる。

 

「俺は、ブラドに連絡を取ってB組の動向を訊いて、もう一度打ち合わせをする。狩人はもう休んで構わないからな」

「わかりました」

 

 イレイザーヘッドは、携帯端末を取り出し通話を始めてしまった。私は打ち合わせをしていた応接室をでて、自室に戻る。

 

(生徒達は、まだ食事の時間のはず)

 

 打ち合わせに入る前に、ピクシーボブに言われていたことを思い起こしていた。

 彼女と雑談の最中に、入浴の話になった。常日頃からシャワーしか浴びないということを話すとピクシーボブに、それならこの機会にここの温泉に浸かれと強く勧められている。私にとって入浴は、血を洗い流し身体の清潔を保つための行為であるため、湯に浸かるということはあまり意味のないもののように考えていた。

 

(温泉か……)

 

 少しばかり逡巡し、入浴の準備を済ませ入浴場へ向かっていった。

 脱衣所で衣類を脱ぎ、温泉へと足を踏み入れる。浴場は露天であり、湯気の奥には夜空が広がっていた。一通り身体を洗い、足裏から伝わる冷たい感触を確かめながら敷石の上を進みごつごつとした岩に囲われた湯の中へ脚先から入り、岩に背を預けゆっくりと身を横たえる。

 じんわりとした湯の暖かさが身体の芯へと染み込んでいき、思わずほっと息を吐きだしていた。

 空を見上げれば、先ほどの三日月が薄雲を携えながらぼんやりと頭上で朧げな光を地上へと注いでいる。

 星灯りと月明かりが彩る夜空を鑑賞しつつ、瞼を閉じる。個性を発現してから眠ることのなくなった私が意味もなく能動的に眼を閉じるのはいつ振りだろうか。

 空疎な沈吟のせいか、取り留めもなく記憶が浮かんでは消えてゆく。

 狩人になる前の記憶。狩人になった後の記憶。初めて人を殺した記憶。初めて死を迎えた記憶。オールマイトに出会った記憶。雄英で出会った人たちの記憶。

 

(我ながら、過去を振り返るなど柄でもない)

 

 自嘲しているうちに、いつの間にか背後の脱衣場に複数の気配が集まっていたことに気が付く。同じくして隣の男子用の浴場にも複数の気配が集まっている。

 本当に気が抜けていたようだ。この距離に人がいて、ここまで気づくのに遅れるとは。自らを叱咤し気を引き締め直したと同時に、入浴所と脱衣場を隔てる引き戸が開いた。

 

「あ、やっぱり狩人先生いたー」

 

 芦戸三奈がぺたぺたと足音をたてながら近づいてくる。直後に、他の一年A組の女子たちも続いて入ってきた。どうやら短くない時間、私は物思いに耽っていたらしい。

 芦戸三奈に続いて、A組女子の面々が続々と入ってきていた。

 

「ああ、もう皆さんの入浴時間になっていましたか。私はでますので、ゆっくり入ってください」

「ええー! 先生もうでちゃうんですか! せっかくなら一緒にはいりましょーよ!」

「私がいては、皆さんがリラックスできないでしょう」

「え。全然そんなことないですよ。ねぇ」

 

 芦戸三奈が他の女子たちに振り向くと、一様に彼女たちは頷いている。

 頷いてはいるがほとんどが気を使ってだろう。だが、ここで彼女たちの厚意を無碍にしていいものか、このような経験がない故に迷っていた。

 

「ま、そーゆーことなんで! せっかくなんでお話しながらお風呂入りましょー! たまにはこーゆーのもいいじゃないですか!」

 

 芦戸三奈は湯から出ようと立ち上がった私の両肩を掴み、湯へと押し戻そうとする。

 

「……ええ。わかりましたから、芦戸さんも身体を洗ってきてください」

「はーい!」

 

 他の女子の元へ戻る芦戸三奈を横目に、岩に座り脚だけを湯につける。夜風が火照った身体を撫でるように緩やかに流れていった。

 身体を洗い終わった生徒達が、一人、また一人とこちらにやってきては湯に身体を沈め、安らぎの表情を浮かべていった。

 誰からともなく生徒達は雑談に花を咲かせ、今日の苦労を振り返りつつも、このひと時を楽しんでいる。

 

「そういえば、狩人先生。聞きたいことがあるんですけど!」

 

 葉隠透が、こちらに近寄りながら話しかけてきた。彼女のいるであろう場所の湯だけが不自然にぽっかりと空いているように見えるのは、何とも不思議な状態である。

 

「なんでしょう」

「なんで狩人先生って、私達生徒にも丁寧に話すんですか?」

「特別な理由はありません。この喋り方はお気に召しませんか?」

「いえいえ! そういうわけじゃなくって。ただ何となく、どうしてかなって」

 

 訊いてきたのは葉隠透だったが、いつの間にか女子たちの視線はこちらに向いており、私の回答を待っているようだった。

 

「私の平常の言葉遣いはかなり粗野なので、意図なく威嚇や威圧をしているように取られてしまわないように、こうした話し方をしているだけです」

「ええー、全然イメージないですね」

「皆さんにはみせないようにしていますから。ただ、この中なら芦戸さんは私の平常の喋り方をほんの少しですが、聞いていますね」

 

 今度は、私から芦戸三奈が視線を集める。

 

「あー……普段の喋り方って、あの期末試験のときですか?」

「そうですね」

「あれは怖かった……本当に怖かったですよ……」

「それは、殺気を飛ばしながらでしたから、そう感じただけです。さすがに粗野になるからと言って殺気を含ませて喋ることなんてほとんどありません」

 

 芦戸三奈は期末試験を思い出したのか両腕を抑えながら身震いをする。

 

「私も訊きたいことがありますの」

 

 八百万百も、こちらへとやってきた。

 

「先生は、どうしてヒーローを目指したのですの?」

 

 女子たちが口々に「私も気になる」と言いながら、再び私を見やった。

 私自身は、ヒーローの資格をもっているだけでありヒーローではない。数少ない表立った、表立たざるを得ない任務のために、個性の自由使用が必要であったというだけである。

 しかし、それでは彼女たちの好奇は満たせず、不信感だけを募らせてしまうだろう。私自身がヒーローを目指したということはない。ただ、八百万の言葉を受けて、不意に狩人になることを決めた日のことが脳裏によみがえっていた。

 

「そうですね……あえて動機を言葉にするのでしたら『とある人を不要な脅威から遠ざけるため』です。そう考えると、極めて個人的な理由ですね」 

「えー! それって恋人ですか!」

 

 芦戸三奈がこれまでにない素早さでこちらへと寄ってくる。

 

「違います」

「なんだぁ」

 

 芦戸三奈は分かりやすく肩を落としている。こういった話題が好きなのは年頃だからだろうか。他の女子たちも加わり、俄かに恋愛の話へと移っていっていた。

 そんなリラックスしきった彼女たちの様子を見て、ふと思ったことを口に出してしまっていた。

 

「皆さんは、私が怖いと思わないのですか?」

 

 彼女たちの雑談に紛れていたはずだが、私の声だけがひどく大きく響いたような気がした。生徒達も、よほど意外だったようできょとんとした表情のまま雑談を中断して沈黙したまま私を見つめている。同時に私自身が、これを口にしたことに最も困惑していた。意図せず、口に出す気もなかったにもかかわらず、なぜかわからないが言葉にしてしまっていた。

 

「ああ、いえ。なんでもありません。忘れてください」

「ケロ。なんて言えばいいか分からないけど、狩人先生がそんなこというのは意外ね」

 

 蛙吹梅雨が、沈黙を破る。

 

「でも、先生に訊かれたことに答えるのなら、私は全然怖いとは思わないわ」

 

 私が自身の言った言葉に対しての困惑の最中にいるせいで返答できずにいると、蛙吹梅雨に続いて耳郎響香が口を開く。

 

「ウチも怖いとは思わないかな。厳しいとは思いますけど」

「そやね。訓練や授業は、厳しいけど別に怖いとは思わへん。実際狩人先生、怒ったりはしてませんし」

 

 耳郎響香に呼応して、麗日お茶子も賛同する。

 

「それに厳しいと言っても相澤先生のような規律を求めるような厳しさでもなく、何と表現すれば正しいのかわかりませんが、獅子が我が子を千尋の谷に突き落とす厳しさと言えばいいのでしょうか」

「あー、そんな感じだよね。道筋を示して『ここまで来い!』みたいな!」

 

 八百万百と葉隠透も言葉を選びながらも、口に出していく。

 

「先生、それにね」

 

 芦戸三奈が、いつの間にか私の隣に座っていた。

 

「雄英が襲撃されたとき、命を賭けて私たちを守ってくれた人に、間違っても怖いなんて思う人はいないと思いますよ」

 

 その芦戸三奈の一言は、皆に頷きを与えていた。その後に、「ただし試験のときは物凄く怖かったですけどね!」と添えて、笑いを誘っていた。

 妙なことを口走ったと改めて後悔していると、壁の向こうが俄かに騒がしくなる。直後に男子の浴場から一つの気配が壁を登っていることに気が付いた。

 

(まったく)

 

 内心で呆れていると、もう一つの別の気配が女湯と男湯を遮っている間仕切りの間からやってきていた。気配はかなり小さい。おそらく子供だろう。

 小さな陰が、間仕切りの上に姿を現す。

 

「あ、洸汰くんだ」

 

 芦戸三奈に洸汰と呼ばれた少年が、男子の浴場を向いて何かを喋っている。同時に峰田実の絶叫が夜空にこだましていた。察するに、峰田実が覗きをしようとしたらしい。女子生徒全員が呆れつつ、嘆息している。

 

「洸汰くーん! ありがとー!」

 

 芦戸三奈の声に反応して、間仕切りの上の少年がこちらを振り返る。

 

「わっ!」

 

 私達に驚いた少年がバランスを崩し、間仕切りから落下しそうになっていた。この高さから落ちてしまっては大怪我では済まなくなってしまう。

 床石を蹴りつけ一足で間仕切りまで跳びあがり、どうにか落下前に少年の上着を掴み、抱えることに成功する。私が衣服を掴んだときには落下するといった恐怖心からか既に気を失っていた。

 眼下にいる男子生徒達に忠告をする。

 

「今回は未遂で終わりましたが、覗きは犯罪行為です。峰田くんには勿論後で言い聞かせますし、何かしら罰があるでしょう。それと皆さんが悪いわけではないですが、学友なのでしたら腕づくでも止めてあげることも、時には必要だとお伝えしておきます」

 

 男子生徒達を見やると、どうにも皆が不自然に視線を逸らしている。

 

「先生ー! 見えてるから! 見えてるから! 仁王立ちで丸見えだから!」

 

 女子風呂のほうから、芦戸三奈が叫んでいた。

 

「ああ、すみません。女性が男性の方を覗くのも、裸体を見せつけるのも犯罪ですね。今回は救助のための不可抗力ですので、不問にしていただけると助かります」

「いえ……ありがとうございます。俺、雄英に入ってよかったです」

 

 上鳴電気がちらちらとこちらを見やりつつ放ったよくわからない言葉を聞きながら、間仕切りから女子風呂へ向かって飛び降りる。

 女子たちがこちらへ近寄ってきていた。

 

「私は彼をマンダレイに預けに行ってきますから、皆さんはゆっくりと入浴をしてください」

「それより、先生男子に見られていたんですけど!? ええんですかぁ!?」

 

 麗日お茶子が凄まじい形相で、私へ詰め寄ってくる。

 

「緊急時に、羞恥心をもっていても仕方がないでしょう」

「そうですけどォ!」

 

 私は、脱衣所に向かいながら男子の浴場へ向かって声を掛ける。

 

「どうしてこうなったか、マンダレイにあなたたちからも説明してくださいね」

 

 間仕切りの向こうから力ない返事が返ってきたが、とりあえずは飯田天哉か緑谷出久あたりが説明することになるだろう。

 一際強い夜風が吹く。だが、身体の火照りが攫われることは、まだなさそうだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日は、AMの五時三十分に生徒達が保養所から寝惚け眼のまま出てきていた。一様にジャージに着替えてはいるが、ところどころ寝癖がついている生徒や大きな欠伸をしている生徒がいるところをみるとまだまだ訓練を開始するコンディションにはなっていないようだった。

 イレイザーヘッドが、合宿の目的を話し、何を行うのかを生徒達に伝える。

 

「この合宿では、技術や精神的な面ではなく、個性そのものを伸ばす」

 

 死ぬほどキツイが死なないようにとイレイザーヘッドが注釈を入れる。

 このあとB組が合流し、プッシーキャッツの残りの二人も合流する手はずになっている。雄英教師陣とプッシーキャッツの七人で四十名をみる。中でも私は、ブラドキングの希望もあり、B組の生徒を主に見ることになっていた。

 場所を移動し、ずらりと器具が並べられた広場へと生徒達を案内し、さっそく個性強化訓練が始まった。

 基本的に、個性は筋繊維などと同じように考えられており、個性器官に対してかかる負荷と反復によって成長、発達していくとされている。つまり、個性の規模的な最大値を伸ばすためには高負荷をかけ、耐久性や持続性を上げるためには断続的に個性を使用していくことになるのである。

 

「さあ、さっそく始めるぞ」

 

 イレイザーヘッドの号令と共に、四つの人影が生徒達の前に降り立った。

 

「煌めく眼でロックオン!」

「猫の手、手助け、やってくる!」

「どこからともなくやってくる…」

「キュートにキャットにスティンガー!」

『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!』

 

 前日にも見せられた独特のポージングを四人で行っていた。マンダレイとピクシーボブに加え、黄を基調としたコスチュームとターコイズブルーのロングヘア、おどけた表情が特徴的なラグドール、茶を基調としたコスチュームと短髪の黒髪をオールバックに整え、なによりも眼を引く筋骨隆々な立ち姿が特徴的な虎が揃い、プッシーキャッツのメンバーが勢ぞろいしたのであった。

 これは余談だが、虎は今でこそ完全に男性の見た目や声をしているがタイ国へ赴き性転換をしたらしいことをイレイザーヘッドに昨夜教えてもらっていた。

 

「あははは! あなたが狩人ちゃんね!」

 

 ラグドールがけたけたと笑いながらこちらにやってくる。

 一礼をすると、私の手をとり、ぶんぶんと握手をしはじめた。

 

「ピクシーボブからきいてるにゃん! すっごい強いんだって!?」

「後で我とも手合せ願いたい」

 

 虎ももう片方の私の手を取り、無理やり握手をしつつやや不穏な挨拶を交わす。

 

「なんか不思議な個性だにゃん」

「どういうことでしょう、ラグドール」

「あははは! あちきの個性、サーチ! 一目みた相手の個性を知ることができるのにゃん。本人の知らないことまで丸裸!」

「ほう、それは素晴らしい個性です。それで、私の個性が不思議とは?」

「正直に言うとよくわかんにゃい。言葉にするのが難しいのにゃん。何かが邪魔してるみたいで、こんなこと初めてにゃん。ちょっと調べてからまた教えて上げるにゃん」

「そうですか、残念ですね」

 

 遠くからマンダレイの呼ぶ声が聞こえる。

 つい話し込んでしまった。二人はマンダレイに窘められて、生徒達の方へと戻っていった。

 

(私の個性が解析しづらいのは、月光の聖剣が関係し阻害しているのだろう)

 

 あれは、常人が理解しようと思って理解出来るものではない。もし、無理に知ろうとしてしまえば発狂してしまうものなのだ。

 

(だがわからないことで、この個性に深入りされるのも面倒ではある)

 

 視線を向けるとプッシーキャッツの面々が生徒たちの隊列を整え、訓練の指示をだしていた。生徒達は個性強化訓練へと入っていった。

 開始から数分後には続々と悲鳴に近い声があちらこちらで聞こえはじめていた。

 

(まあ、考えすぎても仕方あるまい。今はこの合宿の役割を果たすことに集中すべきだな)

 

 ニ十分後、B組も広場へと合流し、目の前で繰り広げられている光景に顔を引き攣らせつつ同じく個性強化訓練へと移っていく。

 生徒達が訓練に入っていくのを見届けてから、ブラドキングが話しかけてきた。

 

「狩人、午後からのB組の訓練頼んだぞ」

「ええ。彼らにとって適した訓練ができるかわかりませんが引き受けた以上、しっかりやらせていただきます」

 

 今回の合宿でも、ただ同じメニュー、同じプログラムを熟したとしてもA組とB組の差は縮まらないだろう。いや、それどころか差が大きくなる可能性の方が高い。

 この二組に生じている差は、(ヴィラン)との戦闘を行った経験などではなく、自身の個性の運用において如何に身体を動かしながら考察を行ってきたかという経験値によるものだ。

 A組の生徒達には、訓練の度に今の自分に何ができ何ができないのかを考えなさいと言い聞かせている。その結果、自身でどのように個性を伸ばし、どのように運用すべきかという考え方をできるようになっているのである。その考え方一つだけであっても、考えることをせずに訓練に臨むよりも、明確な目的をもって行う訓練は何倍も効率を上げることが出来る。

 そして、日頃の訓練を通してA組の生徒達にとっての限界域に常に身を晒すことで、彼らはどうすれば個性が伸びていくのかも身体に刻んでいくようにして覚えていっているのである。

 勿論、A組のほうがB組よりも身体を動かす訓練の時間が長いということも多少はあるだろう。しかし、現状の差がついている決定的な部分はこの思考の在り方だ。

 だからこそ、B組の生徒達には、この合宿を通してその思考の在り方を身に着けてもらうつもりでいる。

 そうすればあとは、私が手を加えなくとも彼らの頑張り次第で勝手に伸びていくことになるはずだ。

 

「その前に、体力と気力が尽きなければいいが」

 

 ブラドキングが言うように阿鼻叫喚の個性強化訓練は、その悲鳴を倍付けにして進んで行ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 夜になり、食事を終えると生徒達は宿舎に戻り辺り一帯は静けさを取り戻していた。

 

「狩人、昨日もろくに寝てないだろ。寝ておけ」

 

 屋根の上で周辺を見回している私に向かって、イレイザーヘッドが地上から呼びかける。

 

「前にもほんの少しお話しましたが、私の本来の職務時間は夜ですから、この時間帯に行動するのは慣れています。なのでご心配なさらなくても平気です」

「それは昼に寝ている前提だろう。お前、B組の生徒達とも半日組手をして動き回っていたんだからな」

 

 昼過ぎからB組の相手をしていた私だが、そこには懐かしい光景が広がっていた。

 五人一組でグループを作らせ、私がそのグループごとに個性をフルに使わせて組手を行ったのだが、二時間もしない内にかつてのA組のように全員がへばり地面に倒れ伏していたのである。

 対(ヴィラン)学を通して、基礎的な体力はつけさせたつもりでいたが、まだまだ不十分だったようでA組に行っている行程の半分も行う前に力尽きてしまっていた。

 

「ご安心を。あの程度でしたら平時と変わりありませんから」

「……」

 

 イレイザーヘッドが呆気にとられた顔をしている。

 

「狩人もプロだからこれ以上は言わないが、休めるときに身体を休めるのも仕事の内だからな」

「ええ。心得ています。ですから、夜間哨戒は私に任せて相澤先生達はしっかりお休みになってください」

「夜間哨戒?」

 

 怪訝な声と共に、イレイザーヘッドの眼が鋭くなる。これは、意図を話したほうが早そうだった。

 屋根から跳躍し、一旦地面に降りるとイレイザーヘッドの元へ歩み寄る。

 

「万が一のためですよ。今回の合宿所の変更は(ヴィラン)の動きを警戒してのものでしょう」

「ああ、そうだな。だからこそ、ほとんどの人間にこの場所は知らせていない」

「それ故、何かが起こってしまった場合、ここにいる者で対応しなければならない。応援も期待が持てない。そんな中で、不意打ちをされてしまえば総崩れになってしまう可能性もあり得てしまう。そのほんの僅かな可能性を潰すための夜間哨戒です」

「その万が一が起こらないための、変更なんだがな……」

 

 イレイザーヘッドはバツの悪そうな表情を浮かべている。

 

「これが私の徒労に終わるのなら、それに越したことはありません。ただ、もしこれで(ヴィラン)が襲撃してくるのなら、疑惑は確信へと変わってしまいます。その場合、(ヴィラン)にとっては効果的なタイミングで、我々にとっては最悪のタイミングで()()が起こってしまう」

「……」

 

 私が何を言おうとしているのか、イレイザーヘッドも察したらしく表情が険しくなっていく。

 

「丁度いい機会です。相澤先生、少しここから離れたところで話をしませんか。外にある炊事場でどうでしょう」

「……分かった」

 

 生徒達が夕餉を作っていた外に設置されている炊事場へ場所を移し、整然と並んでいる木製のベンチに座ると、幅広の木製机を挟んで対面になるようにイレイザーヘッドも腰を掛ける。

 座るとほぼ同時に、イレイザーヘッドが口を開く。

 

「まず、何を言おうとしているのか訊こうか」

「内通者の存在についてです」

 

 私の言うことにイレイザーヘッドは特段の顔色の変化も見せず、どちらかと言えば想定内だといった面持ちであった。

 

「その前にいいか」

「なんでしょう」

「俺が(ヴィラン)連合に通じている内通者だとは思わないのか?」

 

 イレイザーヘッドが私の眼をまっすぐに見据えながら、問いかけてくる。

 

「相澤先生が内通者でない根拠はいくつかありますが、その最たるものが、最初の襲撃の際に(ヴィラン)が生徒達の個性を把握していなかったということがあります」

 

 雄英を襲撃してきた(ヴィラン)達の残党と戦闘を生徒達に行わせた際に、まったく生徒達の個性、ひいては私を把握していなかったという点がある。

 死柄木弔の発言から察するに、あれは斥候や威力偵察などではなく目的を達するための行動であったことに疑いはない。ならば、イレイザーヘッドが内通者であった場合、生徒の情報や私に関する情報を渡さなかったことは不自然であると言わざるを得ない。あまりにも渡っている情報が中途半端であり、個性把握テストまで行い、十二分に生徒達の情報を知っているイレイザーヘッドが内通者であるというのは無理があるのである。

 さらにいうのならば死柄木弔と黒霧がマスコミを利用して雄英へ侵入を行った際も、私に校内へ戻る許可を出したことからもイレイザーヘッドが内通者であることを否定できる。もし、内通者ならば死柄木弔と黒霧に侵入をわざわざ知らせる意味は薄い。(ヴィラン)が侵入してきたことを知られては、徒に雄英側の警戒を高めてしまうだけでなく、当初の目的を達成することすら困難になってしまう。それにもし、イレイザーヘッドないし雄英の教師陣の誰かが内通者であるならば、わざわざマスコミを嗾けたり、死柄木弔が自ら侵入したりせずにただカリキュラムを渡せばいいだけである。

 故に、イレイザーヘッドが内通者である可能性は限りなくゼロであると考えていた。

 その旨を伝えると、イレイザーヘッドは納得するように頷いていた。

 

「ああ、そうだな。俺も同様の理由で狩人は内通者じゃないと判断している」

「なので、私の考えていたことを相澤先生と共有しておこうと思い、こうしてお時間を頂いているわけです」

 

 イレイザーヘッドが、先を促すように手でジェスチャーをする。

 

「最初に、前提となる部分をお話ししておこうと思います。もし内通者がいるとしたら、以下の条件に当てはまる人物になります。まず第一に、内通者は雄英に対して精緻な情報をもっているわけではないということ。第二にそれでいて、雄英または生徒達の動向、もしくはその両方を窺い知れるということ。第三に、ある程度リアルタイムに情報を流せる環境下であることです」

 

 神妙な面持ちのまま、イレイザーヘッドが口を挟む。

 

「そもそもの話になるが、それだけなら雄英への監視カメラ等にハッキングも考えられるだろ」

「雄英襲撃の件だけならばその可能性もあり得ますが、先日の緑谷くんが死柄木弔に接触したことはとても偶然だとは私には思えないのです」

 

 あれを偶然で片付けてしまうのは、些か出来過ぎである。

 襲撃時のように、カリキュラムをみればどこにいつ誰がいるのかがある程度把握できることならばともかく、先日の件は休日であり、尚且つ通常ならば場所の特定ができないものだ。

 そして、ただ緑谷出久が(ヴィラン)と接触しただけならば、偶然で済んだであろうが相手があの死柄木弔である以上、偶然と断じてしまうのは早計であると言わざるを得なかった。

 それを聴いて、イレイザーヘッドは唸りながら黙ってしまう。

 

「なので、内通者に関して考えうる可能性は三つ。一つは雄英内部に内通者がおり、それを(ヴィラン)側に流している可能性。二つ目は、内通者はおらず(ヴィラン)側の個性によってこちらの動向や情報が割れているという可能性。そして三つ目は、知らずのうちに内通者にさせられてしまっているという可能性です」

「最初と二番目はわかるが、最後はどういう意味だ?」

 

 怪訝な表情を浮かべ、イレイザーヘッドは尋ねてくる。

 

「半分二番目になるのですが、譬えば他人の視覚や聴覚を共有できる個性があったらどうでしょう。本人にはその気がなくとも、知らず知らずのうちに情報を流しているということも考えられるというわけです」

「確かに考えられなくもないが……」

「相澤先生の思っている通り、今例示したタイプのような個性の多くは特定の距離から離れてしまうと発動できなくなることも多いですし、なにより接触をしなければ発動できないことが大半を占めます」

 

 雄英は、教師陣はもちろん入学する生徒達のことも徹底的に調べ上げる。万が一にも、(ヴィラン)を身内に入れてしまうことのないよう、ヒーロー育成機関のトップとして、それが厳密に調べ上げられるのである。

 現在のところ、教師陣には(ヴィラン)と繋がっているといったことは見いだせていないし、今の一年も入学前に(ヴィラン)と接触したと記録にあるのは爆豪勝己と芦戸三奈だけである。その二人も、入学時の健康診断と共になんらかの個性の影響下にないか調べ上げられているがその形跡も見いだすことはできなかったとのことだ。

 

「視覚や聴覚を共有するのなら、どちらにしても行き渡っている情報が中途半端すぎるな」

「ええ。ですから、可能性の一つとしてお考えください」

「……もし、その場合俺に仕掛けられているかもしれないし、狩人にしかけられているかもしれないわけだしな」

「その場合、今のやり取りもすべて筒抜けですし、何よりもこの場所も筒抜けになっているでしょう」

「だから、夜間哨戒をしていたわけか」

「そういうことです。私にそういった類が掛けられているのなら、奴らも経験則から軽々に手出しはできないでしょうし目的の一つと考えられるオールマイトがいないこともわかるでしょう」

「まあ。それはここにいる誰にでも当てはまるがな」

 

 イレイザーヘッドは納得してくれたようで、頷いてる。その後、一通り確認のような会話を交わし、イレイザーヘッドは保養所へ戻っていった。

 私は先ほど、あくまでも可能性としていくつか候補を出したが、実際私が疑っているのは三番目だけであった。これがただの(ヴィラン)の集団なら全ての可能性を考慮する必要があるが、相手は奴のいる(ヴィラン)連合なのである。

 

(オール・フォー・ワン……)

 

 もし、本当にここに(ヴィラン)が襲撃してくることがあれば、私の中の疑惑は確信へと変わるだろう。

 

(その場合の内通者は、緑谷出久――いや、ワン・フォー・オールに何か仕掛けられている可能性が最も考えられる)

 

 今、彼の持つ個性『ワン・フォー・オール』は元々、オール・フォー・ワンに作られたものだ。

 以前、オールマイトにワン・フォー・オールの成り立ちを聴いたことがあったが、そこから常に疑問が纏わりついていた。

 オール・フォー・ワンは超常黎明期、最初にやったことは手ごまを増やすことだったという。個性を奪い、個性を与える個性をもって、信奉者を増やし急激に勢力を拡大していった。

 その過程の中で、奴の弟に、『力をストックする個性』を与えたのだという。

 オールマイトは、どうしてオール・フォー・ワンが、そんなことをしたのか今となっては分からないといっていたが奴の目的が、その他大勢にしたことと変わらなかったと仮定しよう。つまり、手駒を増やすための行為である。しかし奴の弟、初代のワン・フォー・オール所有者は個性を与えられる前から反発的だったとも言っていた。

 手駒を増やせば、管理も難しくなる。当然、奴の弟のように反抗するものもでてくることは、想像に難くない。急に反旗を翻すものもでてくるかもしれないだろう。

 奴がその程度のことを考えつかなかったはずがないし考慮しなかったはずもない。そんな状況で、無計画に仲間を、信奉者を増やし組織を拡大していくだろうか。断じて否である。

 もし、私が奴と同じ立場、同じ目的を持っていたとすればどうしただろう。答えはひとつだ。

 

(常に監視ができるように個性を渡す際に、監視するための個性を植え付ける)

 

 超常黎明期は今ほど複雑な個性はなかったと聞く。おそらく仕掛けられたとしても位置を知る程度のものでしかない可能性は高いが、それでも管理や監視という点においてリアルタイムに常に位置を知ることが出来るというのは十分なメリットである。

 そしてこの予測が正しければ、全ての合点がいく。

 中途半端な情報しかもっていなかったことも、ショッピングモールで緑谷出久と死柄木弔が出会いながらお互いに不測の事態のような会話をしたことも、そしてなによりもオールマイトを目的と謳いながら悉く緑谷出久のそばに現れたことにも合点がいくのである。

 場所やタイミングを知りながら生徒達の情報をもっていないという中途半端な情報は、位置を知るための個性でしかなかったため。

 先のショッピングモールでの邂逅は、オール・フォー・ワンがワン・フォー・オールが現在誰に宿っているか確証を得るために死柄木弔を唆し向かわせるため。

 そして、オール・フォー・ワンが保須市にいたことも、ワン・フォー・オールの現所有者を確かめるために出向いていたと考えれば説明がつく。

 

(疑惑をもった最大の理由は、(ヴィラン)連合がオールマイトがいないにも関わらず、初回のU・S・Jでの救助訓練で襲撃を画策していたという発言からだ)

 

 あのとき、オールマイトは活動限界時間により仮眠室にいた。

 奴らも侵入がバレ、雄英側がカリキュラムを変更する可能性があることは承知していたはずだ。にも拘らず、襲撃するチャンスがあったかのような発言をしていたのである。

 あの場にいたのは、生徒とイレイザーヘッド、ミッドナイト、13号でありながら、せっかくのチャンスを逃したかのような物言いは不自然と言わざるを得ない。何かしらの確信をもった言葉のように思えたのである。

 そして、今、ワン・フォー・オールは緑谷出久に譲渡されている。

 ワン・フォー・オールの反応から、判断したと考えればつじつまが合ってしまうのであった。

 

(私の妄想や取り越し苦労であれば、それでいい。だが……)

 

 夜風が吹き付ける。

 ぞわりと薄ら寒い感覚に襲われつつ、私は夜間哨戒に戻っていった。




【とある処刑隊の車輪】

かつての存在したとある処刑隊の武器。
亡国の穢れた血族を叩き潰し
夥しい彼らの血に塗れ、いまやその怨念を色濃く纏っている。
車輪仕掛けの起動により、怨念を解放すれば
その素晴らしい本性が露わになるに違いない。

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