月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

35 / 48
久々に更新です。


35.林間合宿、戦闘考察

「これで、皆さんと一通り手合せしましたね」

 

 B組の生徒達と森林戦を行い、昼休憩まではあと十数分。他で森林戦ではなく個性強化訓練を行っていたB組の生徒達にも集まってもらっている。

 その全員が息も荒く座り込んでいるのは、この合宿の過酷さを物語っていた。

 

「さて、みなさん。私と戦闘をしてみて各々が思うことがあるでしょう」

 

 結局、誰一人として私に一撃を与えるという課題はクリアできなかったものの、それでも何人かは惜しいところまで迫ってきていた。

 個性の相性、戦闘スタイルの相性、または思考の相性。様々な要因があるが、それでも迫りきた者と迫りこれなかった者には決定的な違いがあった。

 

「皆さんは私が強いと思いましたか?」

 

 質問を投げかけると、何を今さらという意味を含んだ視線が投げかけられた。それを代表するかのように拳藤一佳が口を開く。

 

「身体強化系の個性が強いのはわかっていましたけど、あそこまで何もできないとは思いませんでした」

 

 拳藤一佳は、私に迫れた一人である。彼女自身は何もできなかったと評しているが、森林という場所を十全に活かした立ち回りはB組で最も優れていた。あの期末試験でなにか思うことがあったのか、まるで別人にも思えるほどだった。

 拳藤一佳の言葉に同調するように、異口同音で他の生徒からも声が上がっている。

 

「では、なぜ強いと思いましたか?」

 

 そう問いかけると、先程までのざわつきが戸惑いに変わる。再び、拳藤一佳が代表する。

 

「なぜって、戦闘経験値の差ですか? それと個性が単純に強力だとか」

「それもあるかもしれません」

「それも?」

「ただ、私のことをもし強いと感じたのでしたら、それはもっと別の要因です」

 

 B組全員が疑問符を浮かべている。生徒達は私が何を言おうとしているのかと思案しつつ小首を傾げていた。

 

「確かに増強型の個性は、戦闘に際して有利をとることができる状況は多いと思われます。ですが、それでも宍田くんのように鼻は利きませんし、物間くんのように多彩な戦術を使うこともできません。黒色くんのように完全に姿を消すこともできませんし、吹出くんのように応用力に富んだ個性でもありません。実際は、増強型の個性で明確に有利な状況は一対一の正面戦闘だけであり、所謂搦め手を駆使されると増強型個性の強みは脆くも崩れ去ります」

 

 森林での実戦的な訓練を経て、改めてB組の個性を目の当たりにしたが雄英に合格するだけあり、やはり強力なものが多い。だが、それだけでは戦闘という見地からすれば不十分なのであった。

 

「しかし、事実として私は皆さんから一撃をもらうことはありませんでした。理由はいくつかありますが、その最大の要因は皆さんが何をしてくるかおおよそ予想がついたからです」

 

 生徒達には、何を今さら、と言った表情が浮かんでいた。

 

「個性を知っているのだから何を当然のことを、という面持ちですね。しかし皆さんは私の個性を知っているにも拘わらず、対応することはできなかった。なぜでしょうか」

「それは、やっぱり先生の個性が強力だったからじゃないんですか?」

 

 泡瀬洋雪が手を上げる。

 

「いくら力強く、素早く動けてもそれだけなら泡瀬くんでも簡単に対応できると思いますよ。譬えば新幹線を始めとした高速鉄道はとても速く動いていますが眼で追えないことはない。そうでしょう?」

「まァ……」

「ですが、そうはならなかった。私とあなた達生徒に差があるとすれば、その一つとして個性に対する認識でしょう」

 

 疑問符を瞳に浮かべた顔が向けられた。だが彼らも雄英生。少ない時間ながらもこの雄英という環境で研鑽を重ねてきた子たちである。話せばすぐに理解できるはずだ。

 

「森林での実戦に限らずの話ですが、皆さんは戦闘の際にどのように個性を使っていくかという考えをもっているかと思います。まず、その思考のスタート地点こそが罠なのです」

「それは普通のことでは……? 個性を使わないと戦いにすらならないかと思いますけど」

 

 円場硬成が疑問を口にしている。それはある意味正しく今のB組の状態を物語っていた。

 

「ええ、円場くんの言うことももっともです。そして、だからこそ読まれてしまう」

「じゃあ、どうしたら」

「発想を逆にするのです。『どう個性を使って戦っていくか』ではなく『どう戦うために個性を使っていくのか』とね。つまり個性を使うための戦い方ではなく、戦うために個性を使う。個性を主軸に考えるのではなく、あくまでも、個性は戦略・戦術の補助、補完として考えるのですよ」

 

 個性を主軸に戦術や戦略を考えてしまった場合、個性が判明した時点でとれる行動は容易に予測がついてしまう。個性を常に曝け出しているプロヒーローにとって、周到な計画性をもった(ヴィラン)が相手になった際には個性を主軸とした戦略では容易に対策を立てられ、個性の運用そのものが致命的な弱点になりえるのである。

 

「まだ、皆さんが限定的とはいえ公然と個性を使うようになって日が浅いため仕方がありません。この現代の社会構造そのものも皆さんの思考に影響を与えているのもわかります。公の場で個性が使えるのは特別で、ライセンスを持ったものだけが行使できる――だからこそ、こうあらねばならないといった固定観念や既成概念に囚われ、眼を曇らせ自らの可能性を閉ざしてしまうこともままあることなのです」

 

 それは同時に闘い方(スタイル)を狭めヒーローとしての在り方を狭めてしまうことになる。

 なによりも個性が通じない程度のことは、この先ヒーローをやっていくのならば否が応にも経験することになるだろう。そのときに個性を主軸に戦術を組んでいた場合、ただ個性が通用しないというだけで全てが破綻してしまう。

 

(私が彼らにしてやれることは、その破綻を土壇場になって起こさないように切っ掛けを与えてやることくらいだ)

 

 A組と同じく彼らもまた三百倍という尋常ならざる入試倍率を潜り抜けてきた優秀で潜在能力を秘めた者達である。切っ掛けさえ与えてやれば後は、自然とその気づきは萌芽し自ずとその芽の成長を促していける。

 

「皆さんは未熟。言い換えれば成長の余地があるということです。故に、自身の方向性を決めつけてしまうことは早計と言えます。個性自体を強力に育てることはもちろん重要ですし、必須事項でもあります。しかし、個性に依存してはその成長も阻害されてしまいます。そして個性を最も効率よく育てるにはなにものにも囚われない広い視野と柔軟な思考を持つことが重要なのです」

 

 例えば塩崎茨。彼女は、専ら拘束と防御に個性を用いているが、彼女の蔦の練度ならば障害物の多い場所で三次元的な高速機動も可能になるだろう。

 例えば円場硬成。彼の空気凝固を用いれば、盾や足場の生成、拘束だけではなく、不可視の罠としても用いることが出来るだろう。

 私が気付ける程度のことは、本人たちもいつかは、その気付きを自ら得られる。彼らが優秀であることは疑いないし、それは間違いない。しかし、その気づきが危機の最中では遅すぎるし、与えられてではなく何よりも自ら気づかなければ意味がない。そのために今から思考の訓練が必要なのである。

 

「私が皆さんに与えられるのは、気づきだけ。それもほんの些細な切っ掛けだけでしょう。ですが、その切っ掛けさえあれば皆さんは大きく成長していけるはずです」

「そうすれば先生みたいに強くなれるんですか?」

 

 拳藤一佳が真剣な眼差しで問う。

 

「それはやめておいた方が良いですね。私のような強さは目指すべきではありません」

「そうですか……」

「ですが、私が皆さんと同じ年齢の頃と今の皆さんを比べれば、皆さんの方が間違いなく優秀です。ですから私を上回る可能性は大いにあると思いますよ」

「本当ですか!?」

「ええ。拳藤さんの思う強さと私の思う強さに齟齬があると思うので一概には言えませんが、研鑽を重ねていけば総合的な分野で私を上回るのは、それほど難しいことではありません」

 

 それを聴いて、B組生徒の士気が高まっていく様子が分かる。

 私の言葉は嘘ではない。彼らの才能だけ見れば、生まれるべきではなかったと称された私と彼らとでは、比較することも烏滸がましいほどだ。特に"ヒーローとしての強さ"ならば、超える超えない以前の話である。

 彼女たちの求める強さは、その"ヒーローとしての強さ"であり、言い換えれば純粋な戦闘技術、そして誰かを救けるための強さだろう。

 だが私の言う強さとは、相手の眉間に銃口を突き付け躊躇なく引き金を引く強さであり、彼女たちの思う強さとは対極に位置するものだ。

 彼女たちには不要なものである以上、私のような強さは目指すべきではないことだけは確かだった。

 

「全てはこれからをどうしていくか、どうしていきたいかです。ただ雄英から与えられた訓練をこなせばいいということではありません。個性が千差万別であり完全に同一なものが無いと同様に適した思考のあり方も修練の方向性も一人一人まったく違います。目標を見据え、そのため何をすればいいか常に考え続けてください」

 

 話し終わると、それを待っていたかのように昼休憩の合図が鳴る。

 昼食をとるようにB組生徒に伝え、解散した。

 

(私の技術も、思想も伝えるべきではないことは分かっている。血に染まる力も、血だまりに立つ感覚も彼らは知るべきでないこともわかっている。だからこそ、彼らの熱意に酬いるために何をするべきかやや窮してしまうな)

 

 彼らの背中を見送りながら、私にできることの少なさを改めて思い知らされるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 昼休憩が明けた後、私が広場で爆豪勝己と対峙していた。

 

「こうして組手をするのも久しぶりですね」

「あァ。朝の技確認程度じゃ温ィと思ってたんだ。ようやく本気でやれる」

 

 爆豪勝己はストレッチをしながら、口元に笑みを湛えている。昼休憩中に爆豪勝己から手合せを申し入れられたのであった。日程としては例外的ではあったものの爆豪勝己の個性訓練における進捗具合と生徒の向上心を下手に折らぬよう許可を出されこうして時間を作っていた。

 私は、爆豪勝己との訓練のために一つ、とある武器を持ってきていた。

 

「何持ってんだ?」

「これは爆発金槌というものです。撃鉄を起こして振りぬいたり叩き付ければ爆豪くんのように爆破をおこせるという代物ですね」

「俺のパクりかよ」

「失敬な。爆豪くんと出会う前から私が持っているものですよ。まあ半分当たりと言えば当たりですが」

「半分だ?」

 

 わざわざこれを持ちだしたのは、理由がある。爆豪勝己自身の立ち回りを爆豪勝己に客観的に見てもらうためである。

 爆豪勝己の動きは、何度も見て覚えている。勿論私自身は爆破により軌道を変えたり疑似的な飛行はできないが、それ以外で要所要所の動きを真似て彼自身に立ち回りの弱点に気付いてもらおうという意図がある。

 本来の爆発金槌は直撃せずとも爆風により人体の手足の指程度は軽く吹き飛ぶ威力があるが、今回は小炉の中にある爆薬を変更してある。見た目は派手に爆発するが、威力としては精々煤ける程度のものだ。

 だが、動きを模倣する程度ならそれで十分。今の爆豪勝己には『怪我をしないから』などといった甘えた立ち回りをしないことは分かりきっている。

 

「今から、私が爆豪くんの立ち回りを真似ます。完全再現とはいきませんが、可能な限り再現するつもりです。今回の訓練はそこから爆豪くん自身の立ち回りを研究してもらおうというものです」

「は、それで俺のクソな部分を知れってか」

「言い方は別として、爆豪くんなら立ち回りをよく観察すればどこで攻撃をもらう可能性があるか分かるかと思いますよ」

「絶対に俺のクソな部分を殺したるわ」

 

 爆豪勝己はぎらついた瞳の中に、なぜか喜色を浮かべている。

 

「もっと反発すると思っていたのですが、しないのですね」

「あァ?」

「これから弱点を指摘すると言われているのです。自身の未熟だと思われている部分を見せつけられるのは、屈辱的なことだと爆豪くんは思わないのですか?」

 

 私の感覚からすれば、たとえ余程親密な関係であっても露骨に弱点を指摘されれば不快に思うものだろう。爆豪勝己の性格なら尚更反発しそうなものである。

 

「何を今さら言ってんだ。俺がクソなことはアンタと初めて手合せしたときに十分すぎるほど理解してんだよ」

 

 ストレッチを続けながら呆れ顔で私の疑問に爆豪勝己は答えていく。

 

「それでもここ数か月で『どうしようもねェクソ』から『ちったぁマシなクソ』になったことも同じくれぇ理解してんだ。そうなれたのもアンタのシゴきを経たからだってこともな。俺はアンタと肩を並べるまでは止まってなんかいられねェ。だから一々疑問を挟んでもいられねェ。最短ルートでアンタのとこまで駆け上がるには、どれだけ無茶で無謀でも俺が全力でアンタに喰らいついていくしかねぇんだってことも十分すぎるほど理解してんだよ。屈辱? 上等だ。アンタが提示したもんなら汚泥も啜るし恥辱にもまみれてやる。強くなるために全部を呑み込む覚悟くらい、頭を下げたあのときからもうとっくにできてんだよ」

 

 屈伸運動をやめ、揺らぐことのない双眸は私へと真っ直ぐ向けられていた。

 

「だから、俺に遠慮や配慮なんていらねぇ」

「……そうですか」

「いいたくねぇが、それは半分野郎もクソデクどもも同じだ。むしろ遠慮なんてされたら、アンタの求めるレベルに達してないってこったろ。そっちのほうがよっぽど屈辱だ。俺が俺を殺さねぇと気が済まなくなるくらいにな」

 

 どことなく、その眼はオールマイトが私へと向けるものと近しいように思えた。そしてそれが、希薄な私の感情をどうしようもなく徒に波立たせるのであった。

 

「……お喋りはこれくらいにしましょうか。時間も限りがありますから」

「そうだな」

 

 波立つ感情を断ち切るため爆発金槌の撃鉄を起こす。間合いを十分に取った後、一瞬空白の時間が流れた。一陣の風が吹き、木々を揺らし木の葉が舞う。それを合図に私は、爆豪勝己へと突進を始める。爆豪勝己はバックステップで間合いを図りながら後方へと跳んだ。

 爆発金槌は地面を擦りながら一本の線を引いていく。そのまま下から上へ右腕を振りぬくと前方に向かって爆破が起こり黒煙が上がる。煙幕となった黒煙に姿をくらませ、離れていく爆豪勝己に迫っていく。

 黒煙の中で再度撃鉄を起こしつつ強く地を蹴ることで加速し、跳びあがりながら爆豪勝己の背後へと回る。黒煙から抜け出し爆豪勝己の背面へ爆発金槌を振り下ろすが、気取った彼は背面への爆破により迎撃と回避を同時に行い再び間合いを取ろうと試みていた。爆豪勝己の姿は森林の中へと消えていく。

 私は接地した直後に再度地を蹴り、追走すべく森林の中へと入った。木々を蹴りつけ、立体的に移動しながら爆豪勝己を追う。爆豪勝己もこちらを警戒しただ間合いを取るだけでなく、威嚇として爆破を織り交ぜ自身の軌道を変えつつも私への牽制を行ってきていた。当然私も迎撃は怠らない。爆発金槌を振るうことにより爆風を爆風で掻き消していく。

 幾度目かの爆豪勝己の繰り出す強烈な爆破を回避しつつ、私は一際強く樹を蹴り空中へと躍り出た。蹴った瞬間に身体に捻りを加え、私の身体は高速の錐もみ回転を始める。

 彼が榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)と呼んでいる技の模倣である。

 

「その技……!」

 

 爆豪勝己は驚愕の表情を浮かべている。私は爆発金槌を諸手で握り込み、そして爆豪勝己へ高速で接近。直後に彼の足元へ回転の威力を乗せ全力で叩き付けた。

 強烈な爆破音と共に叩きつけられた衝撃で黒煙と土煙が派手に舞い踊る。一切の視界が利いていない状況ということは、相手からも視覚による索敵はできていないということだ。

 土煙に乗じて追撃を仕掛けようと神経を研ぎ澄まし爆豪勝己の気配を追う。不自然な揺らぎを察知し、そちらへ向けて爆発金槌を叩き付け爆破を起こすと反撃と言わんばかりに、私の起こした爆破をさらに大きな爆破で飲み込む。

 サイドステップで回避し土煙の中から脱出すると、直上から新たな爆破が迫ってきていた。

 どうにか爆発金槌を振りぬき同じく爆破で迎撃し威力を減衰させていると、直上の気配が爆破音と共に急降下してきていた。

 視線を向けると、爆豪勝己が右腕を大きく振りかぶっている。そして、急速に接近しその振りかぶった右腕を振り下ろすかのような素振りをみせたが、直前で左で爆破をおこし私の背面へ向けて軌道を変えた。背後に回ったと同時に今度こそ右腕を振り抜いてきたが、私も爆発金槌を振り爆豪勝己の攻撃を迎撃したのであった。

 爆発金槌と爆豪勝己の掌から発される爆発がぶつかり合い生まれた濃密な黒煙が一帯を包み込みつつ空へと立ち昇っていく。

 ゆっくりとした歩みで黒煙から抜け出すと、爆豪勝己も小さくむせながら姿を表す。

 私は、構えを解いて眼前の相手へと問いかけた。

 

「どうでしょうか。見えてきたものはありますか?」

「けほ。あァ、アンタがわざと大袈裟にやってるんじゃなけりゃ嫌でも目に付くわ」

「むしろできるだけ隠そうと努力してみたつもりです」

「なら、尚更クソじゃねぇか」

 

 苦々しげに吐き捨てる。これだけのやり取りで気づくのは、やはり爆豪勝己には天賦の才が宿っているのだろう。

 

「では、手合わせ自体は一旦終わりましょう」

 

 煤を払いながら爆豪勝己の元へ寄っていく。

 

「端的に気づいたことを言ってみてください」

「攻めるタイミングが単調すぎる、攻撃のモーションがでけぇ、威力が高い技ほどタメがなげぇ、何よりカウンター出来ると思ったら全部をカウンターに繋げようとして、カウンターの意味がねぇ。そのせいで相手に警戒を与えるだけになってる」

 

 爆豪勝己は戦闘という点においては、他の生徒の誰よりも秀でている。彼が今述べたことは、確かに弱点ともいえるがそれでも僅かなものでしかなく、トッププロでも必ずしも見切れるものではないような隙と呼ぶにはどうにも乏しいものであることも確かだった。自らを模倣されているとはいえ、それに気付くことができるのはやはり才を持つ者と呼ぶほかない。

 

「他にはありますか?」

「あァ。榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)も高速機動と高速回転で誤魔化しちゃいるが、よく見てりゃ技の性質上回転の軸になっている部分は動きが大きくねぇ分、十分目で追える。そこに気づかれた場合、初見でも看破される可能性は低くねぇ。総じて格下には通用しても戦闘経験値の高ぇ格上が相手になると対応されることが多くなるだろうな」

 

 過不足なく自身の実力を見極められている。相変わらず、普段の粗野な性格からは想像できない戦闘センスであった。

 

「それだけわかれば十分です。改善点をお伝えしましょうか?」

「いらねェよ。後は自分で考える。そうじゃなきゃ意味ねェって普段からアンタいってんだろ」

 

 爆豪勝己はその場に座り込んで腕を組み眼を閉じて考え始めた。

 もう既に、私が手を加えなくとも爆豪勝己は成長していける段階にまで来ているようだった。

 

「考えているところ申し訳ないですが、私は次の生徒の相手に行きます」

「あァ」

「爆豪くんもある程度したら個性強化訓練の方へ戻ってくださいね」

 

 爆豪勝己はそれっきり反応もない。

 

(ここまでくれば、私の言葉など邪魔にしかならないな)

 

 彼の元から静かに離れ、皆のいる広場へと戻っていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 広場では、生徒達の阿鼻叫喚が繰り広げられていた。

 その様子は多種多様であり、基本的には同じメニューは存在していない。唯一似ているメニューを熟しているのは身体強化系の個性持ちたちであるが、その訓練の様子もやはり一人一人異なるのであった。

 個性とは、文字通り個性(パーソナリティ)である。同じ顔の人間が存在しないのと同様に、同じ個性というものは厳密には存在しない。たとえ親子関係により似た個性が発現したとしても親兄弟とはまた違っているものが個性である。

 それ故に個性の強化訓練には細心の注意を払う必要がある。似通った個性を持っているからといって、各々に宿る感覚が別なものである以上、下手にその感覚ごと教え伝えてしまうとその考えに囚われて成長を阻害する可能性が高いのである。そのため抽象的なものいいにならざるを得ない部分が出てくるのが、個性強化に関する訓練であった。

 

「誰かのために鍛えるんじゃない。自分のために、自分の目標のために、自分の理想のために鍛えているんだ。それを胆に銘じて臨め」

 

 イレイザーヘッドが、苦悶の表情を浮かべる生徒達に向かって声を掛けて回っていた。

 思考のあり方で訓練の効果が向上することはもちろん、単調な訓練ほどモチベーションを保つのが難しくなる。今回のような訓練の場合は尚更であり、生徒達の個性を伸ばすと言いつつもできることは環境を整えてやり単調さを払拭してやることこそが私達教師陣の最大の役目なのである。

 

「ほれ、狩人もケツ叩いてやれ。やる気が爆発するようなやつな」

「難しいことをおっしゃいますね」

 

 イレイザーヘッドに言われ、生徒達を見回す。A組生徒もB組生徒も必死の形相で訓練に取り組んでいた。

 まだ三日目だが、生徒によってはモチベーションの低下が襲い掛かってくるタイミングでもあろう。特に、向上している、と実感しにくい肉体強化系の個性を持っている者たちはそれが一際早く訪れる。

 

「少し、向こうを見てきます」

 

 私は、虎に鍛えられている肉体強化系の生徒達の元へと向かった。

 

「気張れィ! (ワレ)ーズブートキャンプはまだ入り口でしかないぞォ!」

「イエッサー!」

 

 独特な調子で、独特な空間を作りながら虎の個性強化訓練は行われていた。

 緑谷出久、宍田獣郎太を始めとした肉体的な強さが個性の強さに直結するタイプの生徒がここには集められている。

 生徒達は一心不乱に、ダンスのような動きを繰り返していた。ふざけているようにも見えるが、見ている限り効率的に筋肉に刺激を与えるよう考えられたもののようだ。

 

「順調そうですね」

「おお、狩人。主も肉体強化系の個性持ちであったな。ここで一緒に鍛えていくか?」

「今は遠慮しておきます。私よりも生徒達を鍛えることを優先しましょう」

 

 虎に声を掛けるとなぜか私までこの訓練に巻き込もうとしてきた。

 

「では、一緒に生徒達に指導するか?」

「それも遠慮しておきます。確かに指導者が複数いれば多様な視点を与えられますが、今の生徒達には混乱を招くだけでしょう」

「肉体強化の個性ならばある程度までは同じ道を歩むであろう。それを伝えるだけならば混乱しないと思うが」

「同じこと、または同じ意味のことを言っていたとしても人によって表現の仕方が変わります。そして表現が変われば全く別のことを言っているようにも聞こえてしまいますから。そうならないためにもこの場の基礎訓練は貴公に一任して方針も一貫していた方がいい」

「なるほど。そういう考えもあるか」

 

 私と虎が生徒を見やりながら会話を重ねていると、汗を光らせ荒い息遣いのままふらりと緑谷出久がやってきた。

 

「狩人先生。そういえば一つ訊きたいことがあったんですけど」

「どうしました?」

「狩人先生って、すごいパワー持っていますけど見た目は痩せているというかしなやかというか。肉体強化系の個性の中ではかなり華奢ですよね。力の源泉が筋肉じゃないんですか? 筋肉をつける方向だと小柄な僕だと限界がある気がして。もしかしたら狩人先生の個性に何かヒントがあるんじゃないかと思うんですけど」

 

 尤もな疑問ではある。身体強化の個性は基本的には『倍化』や『加算』であることが多く、そのため自身の筋力を鍛えることが強さへと直結する。

 

「まったく参考にはならないと思いますが、聞きますか?」

「是非!」

 

 しかし、私の個性『Blood borne』における身体機能の強化の性質は、一般的に認知されている肉体強化個性とかなり異なる。

 

「私の個性は、単純に筋肉の倍化や加算ではなく攻撃時や運動時の行動を補正する概念的な強化なのです。つまり『筋肉』を強化するのではなく『筋力』を強化していると言えばいいのでしょうか。ただし、緑谷くんのように個性を発動しているわけではなく、どちらかと言えば異形型の個性と同様に常時そうあるように書き換えられているというのが最も表現としては近いでしょう。そのために私の場合は筋肉を直接鍛えても、個性に対してはあまり劇的な効果はありません。ですから身体能力を高めるためには別のトレーニングを要します。もちろん最低限の肉体的なトレーニングはしていますがね」

「なるほど、肉体強化の個性といっても多種多様。個性に合わせて鍛えないと無駄になる可能性も高いのか」

 

 それを聞いた緑谷出久はぶつぶつと思考に没頭し始めてしまった。

 

「無駄。結構ではないですか」

「え?」

「緑谷くんだけでなく他の皆さんもそうですが、肉体強化の個性は使い方によって強くも弱くもなります」

 

 緑谷出久だけでなく、他の生徒もトレーニングを続けながらも視線だけを私に向ける。

 

「ですが、使い方によっては最も多様な状況に対応できる個性でもあります。他の個性に比べて目に見える大きな変化はないかもしれません。これから訓練を重ねれば重ねるほど、向上のためには地道で地味な努力を要求されます。身体強化の個性に劇薬はありません。即効性もありません。しかしその地味でありながらも確実な向上こそが自身の目標へと近づく直接的な歩みになることは、身体強化系の個性特有のものです。だからこそ、身体強化の個性を持つものに最も必要で最も重要な武器は、諦めず折れぬ精神力なのです」

 

 いつの間にか、全員が動きを止め私の話を聴いていた。虎も動きを止めた生徒達を叱咤することなく私を見やっていた。

 

「努力が解決してくれるなどと無責任なことを言うつもりはありません。努力が全て実ることはありません。努力は全てを解決してくれる万能薬でもありません。しかし大成した者は悉皆努力の上に成り立っています。今、皆さんが知っているトッププロと呼ばれるヒーローの多くは無駄かもしれない努力を続けられた、言わば諦めの悪い者なのです」

 

 それでも現実は残酷だ。

 同じ努力を重ねても才覚の有無によって大きく優劣がつく。

 しかし、その程度のことで自らの可能性を閉ざしてしまうことは馬鹿げている、と私は思う。

 

「今の訓練は苦痛なだけで、苦しいものかもしれません。しかし、努力は糧になります。その糧が視野を広げます。広がった視野が新たな可能性を見いだします。新たな可能性が見えれば、また模索しもがくことができるのです」

 

 まだ、彼らの琴線には私の言葉は触れないだろう。

 だが、それで構わない。

 いつか緑谷出久、または彼らが脚を止めてしまう時がきたときに、ほんの極々僅かな支えになり少しでも背を押すことがあれば十分だ。

 簡単に諦めるには惜しい能力を皆もっている。しかし必ず訪れる挫折を味わったときに、才あるものほど折れてしまいやすい。

 今の言葉は、その添え木の材料になれば御の字だ。

 

「さて、しかし糧とするには相応の量が必要です」

 

 私は聖歌の鐘を打ち鳴らす。

 生徒達はこれで体力が回復したはずだ。

 

「これで、倍増しでメニューをこなせますね。あとは貴公にお願いします」

「あ、ああ……」

 

 悲鳴を上げる生徒達と困惑の表情を浮かべる虎を後にその場を離れた。

 

(才あるものは眩しいものだ。これはただの無い物ねだり、なのだろうな)

 

 胸中に渦巻く感情をうまく説明ができなかったが、これも糧として深く深く呑み込んでいったのだった。




【とある娼婦の靴】

いかにも不似合いな、かわいらしい品である。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。