本日の訓練を終え、生徒達は食事を摂っている。
我々教師陣は、翌日の予定を確認しつつ、今晩のレクリエーションについて打ち合わせに入っていた。
「ま、道なき道を歩かせるわけでもなし。生徒がけもの道に入って行かないようにだけ気をつければいいでしょう」
イレイザーヘッドは早々にやる気らしいやる気を失っていた。
行われるものは『肝試し』というものらしい。私にとってはなにか全く分からないものであったため、聞き役に徹していたが要するに生徒間の脅かし合いらしかった。脅かしの中でも霊的な要素を組み込むことがこのレクリエーションの要点のようだ。
(かつて夢の中で見た、あの手袋があれば私もこのレクリエーションに寄与できたかもしれないな)
夢の中で見た手袋は、夥しい血で染まったであろう跡が見て取れ、所有者の血を触媒にし怨霊を躍らせるものであった。その禍々しさは、見たものの背すじを凍りつかせその顔を恐怖に染め上げることができたであろう。
さすがに、怨霊といった霊的な存在をパワーローダーが創り上げることはできないし、私の血に宿る神秘に反応し怨霊を呼び出す類の道具も見つけられていなかった。
「俺はそういうレクリエーション的なものは苦手なので、プッシーキャッツの皆さんにお任せします」
「ねこねこねこ! お任せ侍だにゃん!」
イレイザーヘッドに襷を預けられプッシーキャッツの一人、ピクシーボブがハイテンションに応えている。
「じゃあ、あちきが中間地点で待機していればいいかにゃん?」
「ええ。私はスタート地点からテレパスで誰がスタートしたかリアルタイムにラグドールに伝えましょうか」
ラグドールとマンダレイがそれぞれ担う役割を確認していると、ブラドキングが申し訳なさそうに口を開いた。
「すまん、物間の補習があるから俺とイレイザーはそっちに出られん」
「そっちが教師の本分だ。気にするなブラド」
反面、イレイザーヘッドはレクリエーションに参加しなくてよくなった分やや機嫌がよさそうである。
「では、我とピクシーボブ、そして狩人がスタート地点で生徒達を取りまとめる。ラグドールは中間地点で待機、生徒の名前の入った札は後で渡そう。そのラグドールにマンダレイがスタート地点からテレパスを送ることにする」
虎が総括し終わる頃には、そのレクリエーションの時間が迫ってきていた。
「まあ、生徒達の息抜きを手伝ってやれ」
「これが息抜きになるなんて、今の子供はやはり分かりません」
「安心しろ、俺もわからん」
イレイザーヘッドの平坦な声を聴き流しつつ、外へと向かっていった。
施設を出て皆と夜風が吹く広場で待機をしていると、マンダレイが落ち着きのない様子で周囲を見回している。
「どうしましたか」
「ちょっと洸汰の姿が見当たらなくって」
マンダレイが不安げな表情を浮かべている。彼女にとっては甥に当たるだけであるが、彼の境遇のこともあって自身の息子のようにも想っているのだろう。
「心配なのでしたら私が捜しに行きましょうか? それともマンダレイが捜しに行かれますか?」
「昨日もちゃんと帰ってきたし平気だと思うけどね。この森に猛獣なんかもいないから。ただ、どこに行っているかがわからないのが少し心配ってだけで」
少し、とはいいつつも危険な場所がないわけではないことを知っているせいか不安げな表情を消しきれてはない。焦っているわけではないが、目の届かない場所にいるというのが気がかりのようだった。
「やはり捜しに行った方がよいのでは?」
「大丈夫、大丈夫! 洸汰はあれでも冷静で賢い子だからあまりにも危ない場所にはいかないと思う。気を遣わせちゃってごめんね。……それにあの子も一人になる時間が欲しいだろうから」
「貴公がそう仰るなら、私はこれ以上干渉はしません」
「ありがとうね」
マンダレイが憂いている内にB組の生徒達が広場へとやってきていた。
「先生、集まりました」
拳藤一佳が、ブラドキングにB組生徒が集まったことを報せている。
各々楽しみにしている者もいれば、既に怖がっている者もおり、この催しに対して抱いている感情は様々であるようだったが、一際昂っている生徒がいた。
「ははは! ようやくこのときが来たよ! 僕がこの手でA組の連中を脅かして脅かしてひたすらに脅かしてあげよう! 僕の個性を使えばワンダフルでスペクタクルでマーベラスでマジェスティックな脅かしができるからね!」
物間寧人である。
訓練時から鬱憤でも溜まっているのか、やたらとハイテンションであった。それとなく、ブラドキングに視線をやると、額を手で抑えて首を振っていた。
「あー、物間。悪いがな、お前補習だ」
「え?」
「期末で赤点だったろ? 昼の時間に補習分の時間を取れていないから今から補習を行う」
「ははは、そんなのウソですよねぇ、ブラキン先生! アッハッハハハハ!」
「嘘じゃないんだ」
物間寧人は顔面蒼白になりながら空元気の笑いを続けている。
ブラドキングに背中を押され同伴されながら、妙に響く笑い声を上げながら物間寧人は広場から施設へと戻っていった。
その様子をB組の生徒は合掌をもって見送っていた。
「さてさて! 準備が整ったところでルールを説明するにゃん!」
ピクシーボブと虎がB組生徒達になにをするかを説明し始める。
B組の生徒はまずは脅かす側のため先に森に入りスタンバイをすることや、直接A組生徒に触れてはならないことを注意事項として聴いている。
「と、いうわけで! まずはどんな脅かしをするのかお手並み拝見だにゃん!」
ラグドールがおどけた口調で説明を終えると同時に、不快な感覚に身を包まれた。ほんの一瞬。ほんの一瞬でしかないがぬるりとした気配を南側から、つまりこれから生徒達が入っていく森林の奥から感じたのである。
「じゃあ、さっそく行ってみようか!」
「待ってください」
森に入って行こうとする生徒達の前に立ちはだかり、片腕を水平に伸ばし生徒達の歩みを止める。
プッシーキャッツの面々も、生徒達も怪訝な顔をしているが、今は感じた気配に集中するために、彼女らに背を向け森の奥へと向き直り意識を集中した。
「どうしたの?」
マンダレイが私の様子を察して、生徒達に気付かれないようにやや声を潜める。
「確認ですが、ここには猛獣の類はいないのですね?」
「ええ。ここにいる動物はリスやムササビ程度で一番危険な動物でもフクロウね」
「ここに旅行者などが紛れ込む可能性は?」
「無いとはいわないけど立地の関係上限りなく低いね。目ぼしい観光地があるわけでもないから。たまに悪戯半分で不法侵入してくる人たちがいるくらい」
「ありがとうございます。それだけわかれば十分です」
私は、さらに意識を森の奥へと向けながら生徒達に指示を出す。
「皆さん、不自然にならない程度に雑談をしていてください。拳藤さん、施設に戻ってA組の障子くんと耳郎さんを呼んできてもらっていいですか? あと、物間くんも一緒に」
「はいっ!」
拳藤一佳も只ならぬ雰囲気を察してか慌てて施設へと戻っていく。
生徒達にざわめきが拡がって行ったが、改めて不自然にならないように雑談を命じ直した。
拳藤一佳が、三人を呼んでくるのと一緒にイレイザーヘッドとブラドキングも一緒にやってきていた。
「どうした」
イレイザーヘッドが、やや緊張した面持ちで私の横へ並ぶ。
「私の勘違いならいいのですが。森の奥から人特有の気配がしました。それも複数の」
私の言葉を聞いて、一瞬のうちにイレイザーヘッドを始めとしたプロヒーローたちが警戒を強める。
「本当か?」
「それを確かめるために、障子くんたちを呼んだのです」
唐突に呼ばれた生徒たちは戸惑っている様子が窺えるが、すぐさまやってもらいたいことがあるため単刀直入に用件を伝える必要があった。
「宍田くんもこちらへ来てください」
「わ、わかりましたぞ!」
宍田獣郎太を加えたこの四名の生徒に車座になってしゃがむ様に伝えるとそこにプロヒーローたちも加わった。他の生徒に聴こえないように声を落す。
「まず先にお伝えしておきます。森の中に正体不明の人の気配を感じました。
「えっ、むぐ!?」
驚きで声を上げようとする耳郎響香の口を手で塞ぐ。
「静かに。徒に混乱を広げないために貴方たちだけに話しているのです。まだ確証はありません。私の勘違いという可能性もあります。なので、私の感じたものが正しいにせよ正しくないにせよ、それを確定させるために貴方達に助力を求めたのです」
そう伝えると、おおよそ何をするのか察したのか彼らの顔つきが引き締まっていった。
「まず障子くんと耳郎さんは、この森の奥に対して索敵を行ってください。宍田くんは嗅覚を使って私たち以外の人間の匂いを探って欲しいのです。物間くんは宍田くんの個性を借りて、補完をお願いします」
四名は黙って頷くとその真剣な眼差しで森の奥を睨み付ける。
「障子くんと耳郎さんは聴覚で。宍田くんと物間くんは嗅覚で。私は視覚から索敵を試みます」
「視覚って、この暗闇だぞ」
イレイザーヘッドが訝しがって口を挟んでくる。
「お忘れですか。私がなんと呼ばれているか」
「あ……?」
「月香の狩人、ですよ。こんな月の夜は私の独擅場……と言いたいところですが森林のせいで見通しが悪いので、ほとんど気配を手繰ることになりますけどね」
障子目蔵は耳を幾つも複製し森の奥へ向け、耳郎響香はイヤホンプラグを地面に突き刺す。宍田獣郎太は個性を発動し獣化すると鼻をひくつかせ周囲を探り、同じく物間寧人も宍田獣郎太から個性をコピーし獣化して宍田獣郎太とは別方向を探りだした。
しばらく生徒達の戸惑いが混じった雑談の声だけが広場に響いていたが、数分後には四人全員が一斉に振り返り私を見返してきた。
「……いますね。正確な数はわかりませんが、複数。ヒトの呼吸音です」
「足音もヒトのものがあります。ウチも正確な数まではわかりませんけど。ただかなり静かです」
障子目蔵と耳郎響香の神妙な報告を聞いて、ヒーローたちの表情が険しくなる。
あえて複数いると彼らには伝えなかったが、やはり私と同じ見解へと至っていた。
「
「うん。しかも森の奥だけじゃなさそうだ。てゆーか、囲まれてる、かも? ダメだね、これ以上はわからない。なんだろうこの匂い」
宍田獣郎太と物間寧人からも同様の報告が上がるが、想像以上に事態は差し迫っているようだった。
「ありがとうございます。期待以上です」
私だけでなく、他の四人もヒトがいるといっているのだ。もう疑念を挟む余地がない。
「しかし、囲まれているだと? 距離は?」
「や、そこまでは……色んな匂いが混じってて正確につかみにくいというか。でも、徐々に接近して来ている気が」
イレイザーヘッドが詰寄るように物間寧人に迫っていくが、それ以上のことはわからないようだった。宍田獣郎太にも視線が向けられるが、顔を横に振るだけでやはり正確な位置まではつかめていないらしい。
夏期特有の湿り気のある空気には立ち昇る蒸気に伴って土や木々の匂いが多く混じる。それだけならばまだしも、この夜風が森を通り抜けることにより匂いごと拡散し、殊更に分かりにくくしているようだった。
そして彼ら曰く、もっと別の匂いが混じっているのだという。
「プッシーキャッツの皆さん。彼らの言うような、なにか特別な匂いを発するものがこの森にはあるのですか?」
イレイザーヘッドの問いかけに、プッシーキャッツ全員が首を横に振る。
「確定的だな。少なく見積もって不法侵入者だが、偶然ここを取り囲むように接近してくるという可能性が極めて低い以上、
「そうなるとマズイぞ……!」
イレイザーヘッドの状況確認と同時にブラドキングが、振り返り施設のある方向を向く。
ここにプロヒーローと教師が全員揃っているということは、施設には生徒のみしかいない。こちらに戦力が集中してしまっているうちに奇襲をされてしまえば、一気に崩壊しかねない状況になっていた。
「俺は戻るぞ、ブラド! ここは任せたからな!」
「おう、わかった」
イレイザーヘッドが施設へ切迫して駆け戻っていく様子を見て、いよいよ非常事態だと察したB組生徒達に動揺が広がっていった。
「
ブラドキングがB組の生徒を取りまとめている最中に、マンダレイが焦った様子で周囲を見回している。
すると唐突に頭の中で声が響いた。
【洸汰! すぐに戻って!
マンダレイの悲痛な叫びがテレパシーとなって呼び掛けてくる。焦っているのか、少年だけでなく私達全員にテレパシーを送ってしまっているようだった。
しかし、周囲から少年が現れる気配はない。マンダレイの表情はみるみる青ざめていった。
今にも飛び出していきそうなマンダレイの肩を掴み、押しとどめる。
「なに!? 急がないと……!」
「私が、
「……わかった。同じ虱潰しなら機動力の高いほうが効率がいい。頼んでいいかしら」
「ええ。必ず連れて戻ります」
ブラドキングに了承を得て、私は少年を探す役割を担うことになった。
その後、すぐさまブラドキングが先陣を切り、生徒達を引率して動き出し、一人になったところで私は携帯端末を取り出した。
たった一ヶ所にだけしか繋がらない特殊な携帯端末である。現代科学では基本的に傍受は不可能な通信回線を用いているが、この現代では個性によりその限りではないため、使用は極めて限定されている。
通信のためのボタン操作をすると、スピーカーからはコール音もなにもなく不規則なビープ音が幾度か鳴り、唐突にそのビープ音すら止んで無音になった。
「コードネーム狩人。管理コード:XN64742994IW30。緊急回線使用の申請。申請コード:QG5846ZR2023」
そう言い伝えると、通話が切れビジートーンが流れる。通話切断ボタンを押すと同時に着信を知らせる画面が表示された。
通話ボタンを押し、携帯端末を耳に当てる。
『レスポンス確認』
「管理コード:XN64742994IW30。申請コード:QG5846ZR2023」
『認証完了』
機械音声が流れ、それに応答する。
直後にコール音が一つなったかと思うと、即座に通話が開始された。
『こちら中央管理室』
変声機で変えられた妙に濁った声が電話口に出る。公安調査庁のこの字も言わないが、この電話口にいるのは公安調査庁特務局専用のオペレーターのそれである。
「緊急戦闘第二条第五項の申請。執行対象予測、
『執行対象人数及び、執行対象者の明確化を要請』
「対象人数、対象者ともに不明。事前予測に基づく申請」
『承認不可。申請内容の変更を推奨』
「優先執行対象案件につき再申請。会敵回避確率、低。戦闘回避確率、極低。周辺損害確率、高。非戦闘時における被害対象予測、プロヒーロー:プッシーキャッツ四名、雄英高校関係者四十二名並び一般児童一名。被害予測地、プロヒーロー:プッシーキャッツ私有林」
『承認保留。審議後、再報答。その場にて待機せよ』
一旦通話が切れる。
緊急を伝えていても、この煩雑さは相変わらずである。今回に関しては、緊急でありつつも目視確認すらもない予測に基づく事前申告であるという例外的なものであるため素直に承認が降りるとも思っていなかったが、煩わしいことには変わりない。
勿論、一度承認されてしまえば
三十秒後、再度着信を知らせる画面が表示される。
『条件付き承認。現時点においての執行対象者のみ執行許可』
「再申請。
『再申請の却下。再通告、現時点においての執行対象者のみ執行許可』
「……了解。状況を開始する」
『状況開始、オーバー』
通信を切り、嘆息しつつ携帯端末を懐にしまう。
まず装備を改めて確認する。腰に帯びるは、千景とエヴェリン。もう一つの狩武器として慈悲の刃を持っている。
他のものとしてはスローイングナイフが数点と遺骨を始めとした各種の神秘に反応する狩道具だ。
(一応、他の状況に対応するために別の武器も持ってきてはいるが、今は施設の中だ。取りに戻っている時間はないな)
とりあえず、マンダレイの甥である少年を探さねばならない。
少年の心理から予測すれば、一人になれる場所且つ私達雄英関係者を極力視界に収めない場所。それでいて安全な場所であると考えられる。そして、マンダレイも知らないということを考えれば、施設からはそれなりに離れている場所でありつつも子供の脚で無理せずに行ける場所であることも考慮すべきだろう。
(しかし、いくつか不可解な点がある)
奇襲において殺害や加害を目的にしている場合、通常奇襲対象が最も警戒が薄くなるタイミングを狙う。
夜間奇襲ならば夜明け前が最も効率的であり、この時間では対象が徒に警戒を強めるだけだ。
そう。今この瞬間のように、だ。
「……考えごとをしているのだから、邪魔をするな」
「あら、気づかれちゃった?」
私が飛び退くと同時に、私のいた場所に布に包まれた巨大な棒が叩き付けられた。ぎぃんという歪んだ音から察するに金属塊のようだ。
振り向くと、そこには中分けの黒い長髪に大柄な身体をもつサングラスを掛けた男とトカゲの姿形をしどことなくステインを彷彿とさせる恰好をした男がいた。二人とも、布に包まれた大きな何かを背負っている。
大柄な男がニタついた笑いを浮かべながら、こちらへと語りかけてくる。
「全身黒ずくめの女教師がいたら警戒しろって言われたわね。アナタのこと?」
「引石健磁――
「私、有名人ね。でも私はアナタのこと知らないから教えてくれない?」
「不要だろう。すぐに意味をなさなくなる」
強盗致傷、殺人、殺人未遂と罪を重ねてきた
千景に手を掛けると、トカゲ男が前に出てくる。
「待て待て、マグ姉。お前も早まるな。俺達はただの暴徒じゃあない。我らは
「やはり
薄ら笑いを浮かべるマグネと神経を逆なでする下品な笑い声を上げるスピナーは
(すぐさま制圧してしまいたいが、今は情報収集を優先するべきだな)
(思い通りに進んでいると思っている内は、その緩みから情報が漏れ出てくる事が多い)
必要以上に言葉を交わすことはしないが、目的を始めとしたある程度の情報を吐かせることくらいはしておかねばならない。私の知りたいことを、奴ら自身が喋るよう誘導して言葉を選ぶ。
「お前たちが何をしているのかわかっているのか? 複数のプロヒーローとヒーロー志望がこれだけいる場所にたった二人で攻撃を仕掛けて無事に帰れるとでも?」
「クックック、あまり目に見えることだけを信じない方がいいぜ?」
スピナーと名乗ったトカゲ男が口角を上げた直後に、前方の森林の奥から黒煙と共に猛る炎が立ち昇った。さらに黒煙が揚がった場所からやや南からは白煙が立ち上っている。
(少なく見積もって四人……いや、六人か)
眼前の状況を整理しながら、千景を鞘から抜き払う。ここで戦闘状態を取らなければ逆に不自然になる。まだ奴らには都合よく進んでいると錯覚し喋ってもらわねばならないことがあるからだ。
「おっと、物騒だな! さっきも言ったが俺達はただの暴徒じゃない。信念をもって行動を起こしている高潔な行動者なのさ!」
「信念?」
「そう、信念だ! 俺達はステインの意志を継ぐ者! 彼の夢を紡ぐ者だ!」
ステインに感化され、ステインに陶酔した者というわけか。
スピナーは、背負っていた布に包まれた巨大な何かを取り出す。布が解かれるとそこからはいくつもの刀剣やナイフをはじめとした無数の刃物を無理やりまとめ一つの巨大な大剣を形どった武器が姿を現した。
「お前は、雄英の教師だったな。保須市にてステインの終焉を招いた人物……そしてステインが粛清しようとした人物。いるだろ? メガネ君が。そいつを出せ。俺がステインの代わりにシュクセーする。ステインの意志を継いで不浄を除き、この世界に本当のヒーローを甦らせる!」
「私は、そこらへんはどうでもいいけどね。私は自分のお仕事しかする気ないし」
「ステインの教示は最優先すべきだろう!?」
察するに、個々の目的は別のようである。
ここにいる二人ですらも意志の統一が既にできていない。
であるならば、他の者もそれぞれに役割と他の目的を持っていると考えたほうがよさそうであった。
(面倒だな。意志が統一されていれば、行動も読みやすいがそう簡単にはいかないか)
だが、ある程度の情報は集まった。これ以上引き伸ばしても少年の危険が増すだけ。さっさと切り上げて探しにいくことにしよう。
「おいおい、どこを見ているんだァ!? ヒーローなら、ちゃんと目の前の相手を見ろォ! それが出来ないヒーローモドキなら、粛清してやるっ!」
スピナーがいきり立って切りかかってきた。
武器の都合上、振りも大きく予備動作も大きい。回避は容易いと思った瞬間、ぐいと前方に引き寄せられる感覚に襲われた。地面に二本の線が引かれ、無理矢理スピナーの間合いに引きずり込まれる。
「うふ、警戒を要するまでもなかったわ。刻まれてちょうだいね」
マグネの持っていた布がほどけ、中から出てきたものは巨大な磁石であった。つまり、この引力の発生はスピナーではなくマグネによりもたらされたと考えられる。
しかし、不可解な感覚である。確かに私は多数の金属類を持ってはいるが、それであっても巨大とはいえ電磁石でもないあの磁石を用いて私が所有できる程度の金属類を引きつけることで、私の身体を引きずるほどの力を出せるとは思えなかった。
それどころか、むしろ金属類は反応しておらず、私の身体そのものを引きずるような感覚であった。
「死ねぇ!」
スピナーの振り下ろしを紙一重でサイドに回避する。
反撃を行おうとしたが、引き付けられているせいもありタイミングを逃してしまっていた。
「うっそぉ。カンペキに捕まえたと思ったのに」
「マグ姉! 凡ミスは看過できないぞ!」
「ミスじゃないわよ。あれの脚力と反射神経が尋常じゃないだけ」
強引にバックステップで距離をとると唐突に身体から違和感が消えた。
(なるほど。物ではなく人物を引き付ける個性のようだな)
引き付けられる感覚が消えたのはマグネから目算で約五メートル離れたところだ。
四メートル以上五メートル以下のところに個性の効く境界があると推察できる。
「まァいい。二度目は無いだろうからなァッ!」
またしてもスピナーが大上段に振りかぶって襲い来る。同時に再び身体が前方へと引き付けられる感覚に包まれる。
「そうだな。二度目はない」
今度は引き寄せられる感覚に逆らわず身を任せ、さらに地面を蹴りつけることで加速、スピナーとの間合いを一気に詰めた。
「んなっ!?」
驚愕しているスピナーの脇をすり抜け、すれ違いざま、後頭部に千景の峰を叩きつけた。
「ふぐぁ!?」
情けない声をあげながら私の後方へと吹き飛んでいくスピナーを横目で確認しつつ、加速を緩めることなくマグネへと迫っていった。
「え、ちょ、ま!」
同じくマグネの額を目掛け千景の峰を叩きつけようとしたが、動揺とは裏腹に冷静に磁石をもって防御する。
間断なく右のミドルキックを繰り出すが、よろけながらもマグネは腕と脚を使いガードしてきたのである。
「ぐうぅっ!?」
引き付けられているせいで体勢も不十分であったが受けられるとはあまり予想しなかった。
しかし、別段驚くことてもない。雄英襲撃時と違い、今回の奇襲は人数も多くない。そのため個性を振り回すだけではなく、ある程度の武芸の嗜みもあり、雑兵ではなく所謂一個の戦力であると考えるのは自然である。
「体術に自信があるようだな」
「うふ。お喋りもいいけど、アナタのいるそこは私の間合いよ」
磁石を振り回し千景ごと私を振り払おうとしているようだった。
だが、それだけであり、それだけでしかない。
「先に間合いに入っているのは、こちらだ」
マグネが振り払おうとした、一瞬の間。引き付ける力を解除したその僅かな時を狙って、遺骨を使い『加速』を発動、その速度をもってして千景を振り抜いた。
次の瞬間には、マグネの持っていた磁石はバラバラになっていた。
「えっ!?」
マグネが驚愕に染まった隙に、背後に回る。そしてスピナーと同じく後頭部に千景の峰を叩きつけ吹き飛ばした。
うつ伏せに倒れる
「脳が揺れて立つこともままならない程度で済ませている。雄英に感謝するといい。私に手加減というものを教えてくれたのだからな」
その二人に声を掛けながら、奴らの両手の甲と両足の裏にスローイングナイフを各箇所二本ずつ投げつけ地面に縫い付ける。
悲鳴を上げて、どうにかナイフを抜こうとしているようだった。
「あまり暴れるな。四肢を失いたいなら別だが」
とりあえず
森の奥から破岩する大爆音が鳴り響いたのであった。
【処刑人の手袋】
とある亡国の所蔵する秘宝の1つ。
遠国の処刑人の手袋。
処刑人の家系に代々受け継がれ、夥しい血に塗れたであろうそれは
いまや尽きぬ怨霊の住処であり、血の触媒がそれを召喚する。
亡国の貴族たちはこれを好み、怨霊の乱舞を愉しんだという。