月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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久しぶりの更新です。えらい難産でした。
そして書きはじめた当初は2~3か月で終わらせるつもりだったこれももう1年経つようで。
偏に読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。


38.森林戦、月下の攻防

 夜の森を施設の方角へ向けて走り抜けていくと、前方から一つの影が姿を現した。

 

「ネホヒャン!」

 

 脳無。やはりここにも連れられているという予想は当たってしまったようだ。

 声とは言えぬ不明瞭な音を発しながら二メートルほどはある褐色の上背を揺らし、水平に走る二本線の電子光の灯るマスク越しに私を視認するや、すぐさま突進を仕掛けてきた。突進の最中に、肩甲骨付近から筋肉が隆起し腕とも触手とも形容しがたい変形がおきる。その隆起した筋肉にはチェーンソーやハンマー、円錐螺旋型ドリルといった様々な工具を殺傷目的に改造したものが握られていた。この筋肉操作以外に身体強化はもちろん、他にも何かしらの個性を兼ね備えていると考えたほうがいいだろう。

 

(だが、ここで時間を取られるわけにはいかない)

 

 一太刀で決めるべく、千景へと手を掛ける。

ドリル、ハンマー、チェーンソーが同時に、そして多角的に襲いかかってきた。さらに両の腕は私を捕らえようと突き出され迫り来る。

 

(その程度か)

 

 しかし、焦燥はない。かつて対峙した脳無たちと比べればあまりに鈍い。

 抜刀一閃。血刃が深紅の三日月を描く。襲いくる工具ごと脳無の肉体を袈裟掛けに斬り裂き、納刀の音を合図に鮮血を撒き散らしながら下半身は泣き別れた上半身を惜しむように力なくずるりと倒れた。

 強靭な肉体だろうと、ハンマーだろうと、チェーンソーだろうと、ドリルだろうと関係ない。斬鉄の心得など二十を前に会得している。鋼鉄以上の硬度を持つ者達を数多斬り、この手で貫いてきた。眼前に立ち塞がるのなら全てを叩き伏せるのみだ。

 倒れ動かなくなった脳無の露出した脳に千景を突きたて、さらに心臓も刺し貫く。流れ出る血液から立ち上る匂いは鮮血にも関わらず、どことなく腐臭を思わせた。

 

(万に一つの可能性も潰しておく)

 

 脳無と言えども人間をベースとする生命体である限り、ヒトを維持するための器官と生命を維持するための器官を備えている事には違いない。その両方を破損させてしまえば、もし再生系の個性を持っていたとしてもその発動を阻害することが出来る。

 それ以上に再生された場合、不意に挟撃されてしまう可能性があるため確実にここで潰しておかなければならなかった。

 完全に動きが止まったことを確認し、隠蔽した後に更なる加速を持って施設へと向かっていった。

 月明かりが照らす木々の間を抜けていく。施設に近づいていくにつれ、焦げた臭いが鼻につくようになる。想定しうるいくつかの可能性が脳裏に浮かび、思わず顔を顰めた。

 施設にはプロヒーローが六人詰めているが、(ヴィラン)連合もある程度まではプロヒーローの存在を予測しているはず。ならば、対策を講じるのが道理だ。その対策によりプロヒーロー側が不測の事態に陥り想像よりも事態が悪くなっている可能性もある。

 だが彼らも一流のプロフェッショナル。軽々に敗北することもないだろうが、それでも戦略をもって挑まれれば即席でしか連携の取れない現状では苦戦は必至だ。

 纏わりつく不安を拭えぬまま十数秒の後、施設へ辿り着くと建物の周辺は炎に包まれ黒煙を上げていた。

 暗澹とした蒼炎は、施設自体にはついていないものの取り囲むように燃え盛り包囲していた。その炎の輪の外側では、プロヒーローたちと(ヴィラン)達が交戦していた。中には、脳無も混じっているようだ。

 黒光りする脳無をブラドキングとイレイザーヘッドがどうにか捌いているものの、二人とも怪我を負っているようで動きが普段よりもキレがない。

 生徒達の姿が見えないのはおそらく施設の中にいるのだろう。あの囲う炎も施設の中にいる者を逃がさないようにするためであると予想がつく。だが、あの炎が逃がすだけでなくいつ施設に燃え移ってもおかしくない状況であることには変わりはなく一刻を争う。

 さらにプッシーキャッツの二人、マンダレイとラグドールが倒れ伏しているのが見える。それを守る様にピクシーボブと虎がもう一体の脳無とどこかの学校の制服をきた女(ヴィラン)と交戦してるが、そちらも決定打を与えられずジリ貧の様相を呈していた。

 思った以上に戦況は悪い。

 急いで加勢に向かおうとすると、私の行く手を蒼い炎が遮って来たのだった。身を捩り回避すると、炎は背後にあった森林を燃やし尽くしていく。

 

「他のやつが心配か?」

 

 施設に背を向けて、一人の男が薄ら笑いを浮かべつつ私へ語りかけてくる。

 炎に照らされたその姿は、つい先程マスキュラーと交戦する前の道中に立ちふさがった焼け爛れた皮膚を継ぎはぎにしている男だった。

 

(炎を出すことが奴の個性ならば、先程の液状化は一体……?)

 

 不可解であるものの可能性として考えられるのは、液状化する個性と炎を出す個性を複合したハイブリッド型である場合、オール・フォー・ワンに新たな個性を与えられ個性を併せ持つ場合、炎もしくは液状化のどちらかのみが奴本来の個性でありもう一方は別の人物の個性である場合の三つ。

 

(一つ目は考えにくい。あまりにも個性の性質がかけ離れているためハイブリッドとして生れ出てくる可能性はほとんどない。突然変異(ミューテション)としても、複合個性の突然変異(ミューテション)は例がない。現在発見されているものも含め、理論的にも発現は単一個性としてのみだ。二つ目はさらに考えにくい。オール・フォー・ワンによる個性の複合化はリスクが高すぎる。脳無を知っているのならば、そのリスクは十全に理解しているだろうし、それ以上に(ヴィラン)連合として新参者であろう奴にオール・フォー・ワンが姿をみせるとは思えない。となれば、三つ目。単純に炎を出す個性が奴のものであり、液状化は他の誰かに付与された場合、もしくはその逆。どちらにせよ物理攻撃を全て液状化で防がれるのならば厄介だぞ)

 

 数瞬の間思考しつつも、目の前の状況を解決するための準備を整えておく。

 殺せない。だからこそ、殺さないために知らず知らずのうちに身体に入っていた力みを冷静に解していった。

 拳を軽く握り、半身に構える。

 

「俺は(ヴィラン)連合、()――」

 

 加速を持って懐に飛び込んだ。火傷男も瞠目し反射的に反撃に出ようとしていたが、振りぬいた右拳は正確に顔面の中心部を捉え、男の頭を直下の土にめり込ませる。しかし次の瞬間には、どろりと溶け奇妙な液体へと変わっていってしまった。

 

「構えている相手にお喋りとは、随分と悠長だな」

 

 奴が液状化の個性の持ち主ならば、また復活してしまう。今のところ決定的な対策がないのならば、それまでに目の前の状況をいくらか解決しておかねばならない。

 

(拳から伝わる感触は間違いなく鼻骨と上顎骨は砕いた。それでも液状化から復活すると治るものなのか? ……いや、考えるのは後だ)

 

 千景を抜刀し、交戦している他のプロヒーローたちの加勢へ向かおうとすると、再び蒼炎が行く手を阻んだ。

 炎の軌跡を目で手繰れば、たった今倒したはずの男が佇んでいた。訝しむ間もなく、炎の追撃が襲いかかってくる。ステップを刻み回避をしつつ、この解せない現象を探るべく火傷男の観察を続ける。

 その傍らには黒をベースに錫色のラインをあしらった全身タイツに身を包み、ゴム質の覆面で顔すらもすっぽりと被った人物が私へ敵意を向けていた。

 

「オイオイ! アイツ弱すぎる、楽勝だろ? 荼毘(だび)、お前瞬殺されたぜ! アイツ強すぎ!」

「ああ。黒ずくめの衣装……死柄木が言ってた奴だな。警戒しろと言われただけはある」

「しかし、想定の範囲内。驚かないぜ。なんだよアレ! 速すぎて視えもしねぇ!」

「問題は速さよりも、あの容赦の無さだ。殺すつもりはないが死んでも構わない、とさっきの一撃が雄弁に語っているからな」

「なるほど、ヒーローの鑑だ。ヒーローとは思えねぇ外道だな!」

 

 タイツの人物は声から判別するにどうやら男のようで、支離滅裂なことを喚きながら大仰な身振りで荼毘と呼ばれた火傷男とやり取りをしている。

 

「奴がこの戦線に加わると作戦遂行が困難になるな。ただでさえ、奇襲失敗してんだ。どうやってもここで足止めをする」

「意味わかんね! わかってるよ!」

「トゥワイス、あと二人俺を増やせ。奴を相手取るには俺一人じゃ力不足だ。すぐに攻略される。既に攻撃の軌道も完璧に読まれてるしな。時間を稼ぐ」

「嫌だね、お前なら一人でもできるさ。いいぜ、すぐに増やしてやる!」

 

 トゥワイスと呼ばれたタイツ男に荼毘が指示すると、その次の瞬間にはトゥワイスのすぐそばに二人の荼毘が立っていた。

 

(そうか。そういうことか。液状化する個性ではなく、分身を創る個性……いや、衣服や服飾品も創れるところをみると実在する対象をコピーし実体化させる、あたりか。あの液状化は個性が解除された際の現象というわけだな。解除のトリガーはダメージないし衝撃とみるべきか)

 

 ようやく合点がいった。そして同じくして安堵を得る。不可解であった疑問の種が割れたのだ。つまりは、奴さえ倒してしまえばこれ以上あの分身は出せない。たったそれだけで良いという至極シンプルな解決策。

 

「さて、邪魔するなよ、黒ずくめのプロヒーロー」

 

 薄ら笑う荼毘たちから三本の蒼炎が交差し、私を焼き尽くそうと襲い掛かる。大きく後方へ跳躍し、迫りくる蒼炎を回避しつつ、エヴェリンを抜き分身の荼毘へ向けてトリガーを引く。

 二重の銃声を伴って、荼毘たちの眉間へ水銀弾が着弾すると分身たちは大きく仰け反りどろりと溶ける。

 

「……マジかよ。なんだ、あの精密射撃。個性レベルの精度だぞ」

「アイツの個性知らね! 身体強化の個性じゃなかったのかよ!」

 

 (ヴィラン)たちの僅かな動揺を読み取り、好機を得たと地を蹴り前へと猛進する。トゥワイスとの間合いを詰め、瞠目させる間もなく掌底で顎を打ち抜き、脳を揺さぶる。

 ぐらりと前へと倒れ込むトゥワイスの身体が地に臥す前に荼毘の背後へ回り、左右の首筋へと両の手刀を撃ちこんだ。荼毘が怯んだ隙に、荼毘へ対峙するように移動し鳩尾を突き上げるように拳を叩きつけると、僅かに荼毘の身体は浮き上がりくの字に曲がる。

 胃液と吐瀉物を撒き散らしながら、荼毘は前のめりに倒れ込んだ。腹を抑え蹲り、顔すらも上げられないようだった。

 予測が正しければ、このダメージで消えないということは分身でなく本体なのだろう。ならば、この二人を迅速に戦闘不能にしておく必要がある。

 蹲っている荼毘の髪を掴み、持ち上げる。

 

「……殺す……ッ」

 

 焦点が定まらないながらも殺意に満ちた目で荼毘が睨む。抵抗を示すように私の顔へ唾を吐きかけてきたが顔を傾けるだけで躱す。

 直後に右のミドルキックで荼毘の左腕を折る。そして、同じく左のミドルキックで右腕を折った。荼毘の呻き声が上がった次の瞬間には、トゥワイスと同じく荼毘の顎へ掌底を打ち込むことで意識を刈り取る。掌底の衝撃で髪だけを私の手に残し、身体は地面を転がっていった。

 観察している限り、荼毘の個性は掌ないし腕を始点に発生している。これでもし起き上がったとしても戦線復帰はできないはずだ。

 荼毘の処理を終えて既に意識を失っているトゥワイスに近づいていく。仰向けに返そうと蹴り飛ばせば、トゥワイスの身体は力なく大の字を描いた。おそらくこのまま丸一日程度は目を覚まさないだろう。

 念のため、トゥワイスの顔を確認するべくマスクを剥ぐと、額の中央から眉間を割るように古い切り傷の縫い跡が特徴的な男の顔があった。

 見覚えがないところからすると、少なくとも執行対象では無いようだ。ならば、このまま打ち捨てておけばよい。

 

(だが、たとえ毛ほどの僅かな隙であってもみせるべきではない、ということを身体に教えてやる)

 

 空手で言うところの下段突きをトゥワイスの右膝に打ちこみ、本来曲がるはずの無い方向へ曲がるように圧し折った。

 痛みは気絶により今は感じないだろうが、万が一にも意識を取り戻せたとしても激痛で戦うことなど到底不可能だ。

 

(これで背後からの追撃の心配はしなくていい。前だけに集中できる)

 

 イレイザーヘッド達が戦っている場へ向かう。

 脳無と戦っている彼らだが、完全に劣勢であった。操血の個性を持つブラドキングと個性抹消の個性を持つイレイザーヘッドだがいずれにしても、相対している脳無との相性が悪い。

 見る限り、身体強化の個性を付与されているようだが発動型ではなく常時型のためイレイザーヘッドの個性である個性抹消が効かず、またブラドキングの操血もイレイザーヘッドの捕縛布も力で無理やり破られてしまっている。

 だがパワーはともかく速さは二人ならば十分対応できるようで致命打はもらっていない。どの攻撃も紙一重で躱し捌いている。

 しかし不意を打たれたのかイレイザーヘッドの左腕が折れているらしく、ひどく鬱血しおかしな方向へ曲がっていた。

 

(どのような個性を持っているか不明な生体兵器である脳無の生け捕りは考慮に入れられない。慮外の行動や個性から、思いもよらぬ被害を受ける可能性が極めて高い。故に完全に、行動選択の余地を奪っておく)

 

 脳無の背後に高速で接近し、千景を抜刀。血刀をもって脳天から唐竹に両断すると、さらに両腕、両足を切断する。脳無は血飛沫を撒き散らしながら重力に引かれるまま裂かれ、そして崩れ落ちた。

 血飛沫は返り血となって私の狩装束を朱に染めていく。

 

「遅れました。ご無事ですか」

「狩人! すまん、助かった。しかし、これではお前が……」

 

 イレイザーヘッドの視線が崩れ落ちた脳無と私の間で泳ぐ。

 

「叱責は後でお受けしますし、責任を取るのも私一人で十分です。今はこの状況を打開しましょう。安穏としている暇も言葉を交わす時間も惜しい」

「……ああ。俺たちは施設内の生徒たちを避難させる。狩人はプッシーキャッツさんたちの援護を頼む」

「了解」

 

 イレイザーヘッドの複雑な表情から視線を切って、ピクシーボブと虎の戦っている場へと駆け出す。

 女子制服をきた(ヴィラン)が黒味を帯びた皮膚をもつ筋肉質な脳無の攻撃の隙を埋めるように攻撃に参加しており、また持っている得物がナイフであることもあって個性との相性が悪く虎は苦戦を強いられている。またピクシーボブも土を利用し攻撃を仕掛けつつ地形を変形させ(ヴィラン)たちを絡め取ろうとしているが、脳無のパワーがそれを打ち砕いてしまっていた。

 女子制服を着た(ヴィラン)を先に攻略しようにも、脳無がすかさずフォローに入ることも然ることながら、本人が回避を主眼におき完全に反撃をもらわないタイミングでしか攻撃をしていないことにより、殊更に戦闘が困難にしているようだった。

 なによりも、イレイザーヘッドと同じく不意討ちを受けたのか、二人とも頭部をはじめとし身体の至る箇所から出血がみられ満身創痍の状態である。いつ致命的な攻撃を受けてもおかしくない逼迫した状況に陥っていた。

 

(しかし瀬戸際で間に合った。まずは攻撃の起点を潰す)

 

 脳無の背面から千景の刃筋を寝かせ平突きに心臓を貫く。

 だが、脳無は何事も無かったかのように反射に近い反応速度で反撃をしてきた。脳無の裏拳がマスクを掠り、破り剥がれされる。

 自身の動きで千景がその身体を裂いていこうとも、全く関せず私をその胡乱な目の中心に収め、猛り吼えたのだった。

 

「狩人! 其奴は並の攻撃ではダメージにならぬ! 再生の個性をもっているぞ!」

 

 虎の叫びに頷きで返す。

 同時に虎と交戦していた女子学生服を着た(ヴィラン)が飛び退き私たちから大きく距離をとった。

 追撃しようにも虎とピクシーボブも思うように身体が動かないようで、片膝を突いてその場にしゃがみこんでしまう。

 

「黒い人……弔くんがいってたヒトですね。三対二だし、仁くんたちもやられちゃったみたいだし、殺されるの嫌だから逃げようっと。そのお顔覚えましたから。美人さんだけど、私は嫌いです。美人よりカァイイ顔の方が好きなので。それにアナタからは血の匂い以上に死の匂いがします。嫌いな人には自己紹介もしてあげません」

 

 女子学生服を着た(ヴィラン)が鼻と口を覆うように管が幾本もついた奇妙なマスクを着け直し、じりじりと後退していく。

 エヴェリンを構えるが、その前に脳無が立ちはだかった。その間に、女子学生服を着た(ヴィラン)は森の中へと姿を眩ましてしまう。

 

(ヴィラン)たちを守るように命令されているというわけか」

 

 銃撃を重ねるが、脳無に決定的なダメージが入った様子はない。さらに銃撃の跡も先ほど斬り裂いた身体も個性により即座に修復されていく。

 しかし、案の定頭部への銃撃だけは腕を使い防御行動をとってきていた。

 

(心臓部の防御に頓着がないのは、再生の個性を持っている個体故か)

 

 つまり頭部を破壊しなければ脳無は止まらない。やはり、生かしたまま行動不能にすることは不可能であるということだ。

 

(だが、脳無のこの矛盾は……?)

 

 いや、疑問は後にすべきだ。

 眼前の状況を解決を最優先に動く必要がある。

 あの逃げていった(ヴィラン)も追っていかなければならない。

 

(そろそろだな)

 

 近づいてくる脳無は身を震わせ、咆哮のごとき絶叫をしたかと思うと全身から出血し倒れ伏した。千景を介して体内に浸入した血液がようやく廻りきったようだ。

 血払いに千景を軽く振るい納刀する。懐から取り出した聖歌の鐘を打ち鳴らし、虎とピクシーボブに簡易的な治療を施す。だが、完全に回復させるまでには至っていない。十全な戦闘はまだ不可能だろう。

 

「狩人。すまぬ、助かった。だが、その怪物は、一体どうしたのだ……?」

「私にもわかりません。突然叫んだかと思うと倒れたのです。貴公らが何かしらを仕込んだのではないのですね?」

「うむ。我らも心当たりがない。本当に死んでいるな……」

 

 虎が立ち上がり、脳無の死を確認する。

 私が直接の原因ではないと思っているのならば、都合がいい。無理に真実を伝える必要もない。

 何にせよ、私はイレイザーヘッドたちの前で脳無を直接手にかけているところを見せてしまっている。正当防衛だろうが、ヒーローとしての職務範囲内だろうが、過剰防衛だろうが、殺したという事実は変えられない。少なくとも教師として雄英にいることはできなくなるだろう。

 

「貴公らは脳無の監視と消火をお願いします。私は先程の(ヴィラン)の追撃に行きます」

「一人で、大丈夫?」

 

 ピクシーボブが焦燥を含んだ声で、森へ向かう私へ尋ねる。

 

「防衛拠点は人数が多い方がいいですから。それに、消火は貴公の個性が一番適していますし、私では効率が悪すぎて担えない役割です。適材適所ですよ」

 

 ピクシーボブはまだ何か言おうと口を開きかけたが、虎がそれを制止する。

 

「任せたぞ、狩人。悔しいが、今の状態の我らが同行しても戦力としてはおろか足手まといにしかならぬ」

 

 苦渋の表情を浮かべる虎が拳を強く握る。

 

「ええ。承りました」

「我らもここは死守する。後ろは気にするな」

 

 虎の言葉を背に、(ヴィラン)を追って木々の陰影が支配する森の中へ再び突入する。

 気配は近くにない。だが、それでも追える。森林の迷路を縫うように駆けていく。

 辿るは一つ。

 

「血の匂いだ。どんなに香水を振りまいてもこびりついた血の匂いは隠せんよ」

「やぁ、追いつかれちゃった」

 

 女子学生服を着た(ヴィラン)は余裕の表情を浮かべつつ、ナイフを構える。

 エヴェリンを抜き銃口を眼前の(ヴィラン)へと向けた。

 

渡我被身子(とがひみこ)だな」

「私のこと、知ってるんですね。誰ですか、アナタ。お知り合いじゃないと思うんですけど」

 

 一転、渡我被身子の表情が陰り殺意が溢れだす。

 

「警察に追われている自覚くらいあるだろう」

「なるほどです。ヒーローさんたちも私を疑っているんですね。悲しいです」

 

 年齢のこともあり渡我被身子はマスコミではまったく報道されていないものの、昨今の連続失血死事件の最有力容疑者として警察関係者を始めとした各機関には顔写真と共に通達されている。

 そして、未成年であることで法では十全に罰せないと判断されたとき。場合によっては私の執行対象にもなりえる相手でもあった。

 

「一応訊くが、投降する気は?」

「それって、ケーサツに捕まれってことですよね。嫌です」

「ああ、十分だ」

 

 トリガーを引き渡我被身子の持つナイフを手から弾きつつ、その刃を砕く。

 

「……うそぉ」

 

 唖然としている渡我被身子を制圧しようとした瞬間、渡我被身子の背後から白煙が押し寄せ渡我被身子を覆い尽くしていった。

 

「でも、アナタの相手は私たちじゃないですから」

 

 私の行く手を遮るように白煙の勢いは止まらず、眼前まで迫り来ていたが口元を腕で覆いながらバックステップで距離を取り離れていく。

 

(得体のしれない煙……新手か)

 

 このタイミングで現れたものを無害な白煙と想定するのは流石に浅慮が過ぎる。当然ながら可燃性の可能性が考えられる以上、安直に銃撃をするわけにもいかなかった。

 ただし渡我被身子が眼を覆わないマスクをしていたところをみると、催涙系ではなく催眠ガスの類の可能性が高いが神経系を麻痺させる毒を有する可能性も同時に否定できない。

 

(最悪は致死性の無い毒であり且つ動きのみを制限する類である場合だ)

 

 私の場合、死を迎えてしまえば毒から解放されるが、反対に言えば死を迎えなければ解毒の手段は限られてきてしまう。催眠ガスならば眠ることのない私にとっては無意味なものだが、神経麻痺となればそうはいかない。

 いや、むしろ私が拷問される程度ならば構わない。問題は人質として私が脅しの道具として使われてしまう場合が考えられることだ。

 故に、軽々にガスの類を吸引するわけにはいかなかった。

 

(マスクを破られたことが、ここにきて響くとは)

 

 しかし、追撃をやめる理由にはならない。

 自身の身体能力から活動限界時間を計算する。

 

(呼吸を止めた状態で戦闘まで考慮すれば、活動限界は三分か)

 

 離脱まで考えれば戦闘を二分以内に抑えなければならない。

 大きく息を吐き、思い切り吸う。息を止め、渡我被身子の後を追うべく、白煙の中へ身を投じていった。

 白煙の中は視界が全く利かず、気配のみを辿ることになる。その気配もこの白煙のせいで散漫となり読みにくくなっていた。

 それ以上に渡我被身子が気配を断つ術をもっているのか、足跡を始めとした痕跡が希薄すぎることも相まって必要以上に神経を摩耗させられている。

 追走の最中、森林の奥へ進めば進むほど白煙の濃度が濃くなっていき、白煙の流れに一定の法則性があることに気付く。滞留や無軌道な動きをしているのではなく、渦動している。

 となれば、その中心点にこの白煙の経始が存在する可能性が高い。

 そして、(ヴィラン)連合の仲間なのだとしたら、渡我被身子の逃亡のサポートをしたところからも戦力補完の為に合流しようと考えるのが自然である。

 方向転換しこの白煙の中心部へと向かって駆けだした。中心へ向かっていくと、ヒトの気配が徐々に濃くなっていく。

 白煙の濃度とヒトの気配が殊更濃くなった場所へ到達した瞬間、鋭い殺気が肌を刺し、そして殺気の感知と同時に銃声が響いた。弾丸は私の頬を翳め、一線の朱を引いて後方へと飛び去っていく。

 銃弾の方向を探れば、そこには仰々しいガスマスクをつけた男子学生服に身を包んだ(ヴィラン)がリボルバー式の拳銃を構えて佇んでいた。

 

「ガスマスクも無しに突っ込んでくるとか、プロヒーローとは思えない迂闊さだね。がっかりだ。エリートなんでしょ? もっとしっかりしなよ」

 

 くぐもっている挑発的な声から察するに男性らしいが、かなり幼い印象も受ける。渡我被身子と同年代かやや下。少なくとも成人はしていないだろう。

 

「このガスの中で息もせずに僕に勝とうって? 馬鹿なんじゃないの?」

 

 銃口を私へと向ける。数度銃撃をされたもののステップを踏み、回避していく。

 

「そこそこやるみたいだけど、いつまでもつのかな? 所詮雄英の教師っていってもその程度なんだろ? 夢がないよね」

 

 また挑発を口にしながら、その上で弾丸の入れ替えを行っていた。そして、特別なことをするわけでもなく、ただただ銃撃を重ねてきた。

 

「へえ、回避には自信があるみたいだね。でもいつまで逃げ回っていられるかな? ほらほら!」

 

 白煙で奴自身も視界が完全に利いていないはずだが、それでも私の方へ向けて銃を放てたということは、この白煙が個性によるものであり、且つ動きを感知できるタイプであろうことが予測できる。

 勿論、何かしらの機械から発する白煙の揺らぎを視認し、それを頼りに攻撃へ繋げている可能性も否定はできない。

 

(だが、そのレベルの使い手であるはずかない)

 

 わざと攻撃をせず様子を窺っていたが、特段罠がないことを確信する。全ての動きが素人以下であると物語っていた。

 仕留める最大のチャンスであった不意打ちを外す無能さ。腕力も技術もないにもかかわらず銃撃を片手で行い射撃の精度が絶無になっているお粗末さ。敵が言葉を交わせる距離にいるにも拘らず暢気にリロードをする不用心さ。自身の能力を過信する傲慢さ。そして、自ら銃を使うことでこの白煙が可燃性のものではないと自ら吐露するかのように知らせる愚かしさ。

 このレベルに自身の能力を欺けるほどの技量があるとは思えなかった。

 思わず(ヴィラン)に憐れみを覚えてしまう。

 

「……なんだ、その眼はぁッ!?」

 

 激昂をともなって再び銃口を私へ向けるが、その銃口が火を噴くことはなかった。

 代わりにエヴェリンから水銀弾が放たれ、(ヴィラン)の銃を弾き飛ばしていった。

 

「なっ!?」

 

 狼狽する声を上げた(ヴィラン)との間合いを詰め、水月に拳を叩き込む。さらに顔面へと被るマスクごと殴り抜き地面へ叩きつけることで、完全に意識を飛ばすことに成功したのだった。

 (ヴィラン)が意識を無くすと途端に白煙が晴れていく。どうやら白煙は機械的な装置を用いたものではなく、やはり個性によるものだったようだ。それも完全にマニュアル操作タイプの個性であったため、白煙を残留させることもできず、そのおかげでわざわざ戦線離脱することなく呼吸を取り戻せたのは幸いであった。

 

「気絶程度で解除される個性の後方支援係が有利地形で積極交戦するな、阿呆」

 

 割れたマスクから素顔が出てきたが、やはり声と服装から判断した通りかなり幼い。少なくとも未成年であることは間違いなさそうだった。

 この(ヴィラン)を倒せたものの拘束を含めて、問題は山積している。

 

「しかし、渡我被身子を見失ったか」

 

 想定していなかったわけではないが、渡我被身子がここへ向かっていなかったことも解せない。

 それに、(ヴィラン)たちの目的が、この段階に来ても見えてきていなかった。

 奇襲するタイミングも、投入している戦力も、交戦時の戦略も戦術も全てが煮え切らない中途半端なものばかりであることが、行動の読めなさと混迷に拍車をかけていた。

 思考をいったん打ち切り樹上へと上る。高所から俯瞰的に月明かりに照らされる森林を観察し、渡我被身子の発見に集中する。

 

((ヴィラン)を一掃してしまえば目的がなんであろうと関係ない、と考えるのは些か短絡的だな)

 

 全神経を探索に集中すると、か細い一つの気配を捉えることに成功する。

 だが、奇妙なことにその気配は再び施設へと向かっていたのである。

 

(囮? いや、誘っている動きではないし、この気配の消し方は見つかることを前提にしていない。それほど見事に気配を絶っている。ということは囮の線は薄い。つまり先程の渡我被身子が森林へ移動したのは逃走ではなく、戦力の分散が目的だと? だが、結果論として私しか追撃していない状況でなんの意味が……?)

 

 思考を続けつつ樹上から降り、気絶している男子学生服の(ヴィラン)を抱えつつ最速をもって施設へと戻っていく。

 森を抜け、施設へ引き返すと、二人の(ヴィラン)が虎とピクシーボブと交戦をしていたのだった。

 抱えてきた(ヴィラン)を投げ捨て臨戦体勢をとる。

 

「あらら、マスタードもやられちまったか。ボスの言うとおりいくら警戒してもし足りないって本当だったんだな」

「もう戻ってきたぁ」

 

 一人は、渡我被身子。

 もう一人は白をベースにした不敵な笑みの模様をあしらった仮面と片羽の飾りをつけた黒のシルクハットを被った長身の人物だった。声から察するには男。夏場にも拘らずキャメルのオーバーコートを羽織り、ロングブーツを着用した出で立ちは否が応にも違和感を覚える。加えてその手にはステッキが握られており、いっそう違和感を助長していた。

 そして、私が加勢しようとしたその時。

 

「いいましたよね、アナタの相手は私たちじゃないって」

 

 背後から高速接近するなにかに気付き振り返る。

 

「ツつつ、強イ、ひ、ヒひーロロー……! ヒヒーロー……! つつかかまえ、捕マえた……!」

 

 振り返ると同時に身体を鷲掴みにされ力任せに投げ飛ばされる。建物の壁へと叩き付けられ、壁を突き抜け建物の内部まで押し込められたのだった。

 

「ハイエンド、っていうらしいぜ。ボスからアンタへのプレゼントだ。存分に楽しんでくれ」

 

 軽薄な男の声とプッシーキャッツの叫びが遠くに聴こえる。

 今の一撃で何か所か骨折しているらしく身体中が軋み、焼けつくような痛みが襲い掛かってきていた。

 立ち上がり、壁の穴からのっそりとやってくる脳無を見据える。

 

「勝負ぶダ……ひヒーロー……! オオ前はは、つツ強イぃのカ?」

 

 眼に被った血を拭う。出血が多い。

 

「強くもないし、ヒーローでもないさ。だが、お前を斃すことはできる」

「おオ面白、おモしろイな……オマお前」

 

 ここで私がこの脳無を食い止めなければ、誰かが死ぬ。それを確信させるほどの一撃。

 脳無の接近に反応し、私は確かに回避行動をとった。しかし、この脳無は私の回避に合わせ軌道修正をしてきたのである。

 しかし不意打ちとはいえ、情けない一撃をもらってしまったものだ。

 

「故に、全力で相手をしよう。狩人としての全霊を込めて」

 

 壁を突き抜け飛ばされた先の部屋は荷物置き場であった。つまりそこには私の荷も存在する。使うわけがない、不要だと思いながら持ってきた布に包まれたある仕掛け武器を取り出した。

 通常は四尺程度の槌鉾でしかないが、とあるモノと接合することにより殊更に殺意に満ちた狩武器へと変貌する。

 その名は回転ノコギリ。

 接合し機構を駆動させると辺縁にノコギリの刃を配した複数の重なった円盤が高速回転を始める。

 唸る駆動音と擦れる金属音が大音量で鳴り響きだした。

 

「さあ、狩りの時間だ」




【回転ノコギリ】

通常は、厄災を殴り倒す槌鉾の類であるが
その真価は追加部の回転ノコギリにある。
辺縁にノコギリの刃を配した円盤を、複数に重ねたそれは
機構により高速で回転し、厄災の肉を細切れに削り取っていく。

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