モチベが完全に死んでいました。
また再開していきますので、よろしければお付き合い下さい。
回転ノコギリを構え、ハイエンドと呼ばれた脳無へと突進する。
鳴動し高速回転を続ける刃は掠める床板を削り取り、その姿に相応しい禍々しい軌跡を描いていく。
「なナ、なんダ……?」
危機を感じとったのか大きく後方へと飛び退くハイエンドだが振り上げた回転ノコギリの刃はその黒い表皮に覆われた腕を捉え切断、否、破砕していった。
だが、その直後には傷口から骨白の筋が突出し五指をかたどる様に枝分かれしていく。そしてその枝分かれした筋に傷口から筋繊維が伸び纏わりつき、破砕された腕を形成していった。
再生の個性は予想の範疇を出ていない。そして、その再生スピードにも驚きはしない。しかし、防御でなく今までの脳無にはない回避を選択したことが、あまりにも不可解であり何より物言わぬ忠実な生体兵器が、あえて消されていた思考や会話をするという行為をもったことが殊更に違和感を強めていく。
(今までの脳無は、再生の個性を持っているせいか回避には無頓着であった。だが、コイツは……)
その違和感を切り裂くように血相を変えてイレイザーヘッドが施設内の廊下から飛び込んできた。
「狩人!?」
「下がっていてください、イレイザーヘッド」
「何を言っている!? 一緒に――」
「巻き込みたくありませんので」
瓦礫の欠片を手に取りハイエンドへと投げつける。弾速並みで放たれた瓦礫を悠々とハイエンドは弾き飛ばしたが、想定通りである。
今の瓦礫の投擲により視線誘導を行うと同時に生まれた死角からハイエンドへ再度突撃し間合いを詰める。回転ノコギリを真一文字に薙いで腹部へと直撃させると、腕と同じく刻まれ粉微塵になって千切れていく。
全力で振りぬいた回転ノコギリの慣性を筋力で無理やり打消し、頭部へ向けて切り返す。切り返した回転刃が頭部に直撃する寸前に、突如ハイエンドの肩甲骨付近から爆風が噴出され、ハイエンドの上半身を上空へと運んでいった。
蒼炎の障壁を抜けてハイエンドの直下に位置どる。
「おオ前、おモ面白イ……ツ強イいブ武器だナ」
不明瞭な言葉を紡ぎつつ、ハイエンドは上空で破砕された下半身を再生していく。
(感触から予測するに、やはり千景で奴の身体を切り裂くには骨が折れそうだ。かなり硬質な表皮だな。千景に比べれば鈍重な狩武器だが、奴の身体を苦も無く破壊できるこの回転ノコギリで攻める他ないか)
雄英を襲撃してきた際にいた脳無もそうであったが、莫大なエネルギーを要するであろう再生を何度も行えると想定しておくべきだろう。その状態で持久戦では出血している私の方が時間が経つにつれて不利になってしまう。
(千景で斬り裂けない、つまり血刀による一撃必殺が狙えないとなれば、やはり狙うは頭だな)
案の定下半身から上半身の再生が行われることはない。脳無と言えども頭部が個性発動のキーになっているというのは間違いないとみていいようだ。
つまりハイエンドの脳を破壊するには今も空中へ浮かんでいる奴へ向かって跳びあがらなければならないということでもあった。しかし、それではただの的でしかなくなってしまう。
空中で機動出来る脳無と違い、私は一度跳びあがってしまえば選択肢は限りなく少ない。ハイエンドが浮かんでいる限り、安直な追撃は死に直結してしまうのであった。
どのように追撃すべきか逡巡していると、ハイエンドは両腕を突き出し掌を開いた。
「ト飛べ……なイ? つつまらン」
突き出された十指が亜音速並みの速度で伸長し黒槍の豪雨となって降り注ぐ。咄嗟にステップで回避をすると、先程まで立っていた地面には深く孔が穿たれていた。
さらにハイエンドは十指の伸縮を不規則に繰り返し、雨と形容するには生易しいほど間断なく狂暴な瀑布の如き黒の槍を畳みかけてくる。
「ニ逃ゲあシ……速いイだケカ?」
ハイエンドが落胆した声を漏らした瞬間、降り注ぐ十指を撃ち落とすかのように回転ノコギリを振るい破砕、即時跳びあがる。
「ア……?」
呆けた声がこぼれたとほぼ同時に脳天へ向けて回転ノコギリを振り下ろす。だが、ハイエンドは回転ノコギリの刃を胴体で受けようとすかさず身を捩る。
軌道の変更が間に合わず内心で舌打ちしつつも、渾身の力でハイエンドの胴体へ向けて振り切った。
「目障りだ、墜ちろ」
回転ノコギリを力任せに振りぬきハイエンドを遥か下の地面へと叩き付けた。振りぬいた衝撃でハイエンドの肩甲骨から下が千切れ、肩より上は勢いのまま地にめり込む。頭を小刻みに動かしていたが四肢がないため身動きが取れないようであった。
だが直後に再生を始め、触手がうねり四肢を再構成し跳ね起きる。醜悪な笑みを浮かべハイエンドが攻撃の構えをとった。
それらを視認した後にようやく重力に任せた自由落下が始まる。地面までの距離はおおよそ二十メートル。
(着地まで約二秒……気が遠くなるほど長い)
ハイエンドの十指が不規則な軌道でうねりながら刺し貫こうと迫ってきていた。
初撃は回転ノコギリで打ち払い十指を破砕することに成功するが、やはり間をおかず再生し再度十指を伸ばし追撃を仕掛けてくる。
回転ノコギリを接合部分から取り外し円盤と鎚鉾へと分離させ、鎚鉾で十指を打ち払うと同時に分離させた円盤部分を投擲した。
「ハ速イい……!」
ハイエンドの十指に勝るとも劣らぬ速度で投擲された円盤の刃は、その軌道上にあったものを全て切り裂きながら地上を目掛け突き進んでいく。そして、その先にはハイエンドの姿があった。
「う受ケらレないナ、ヨよ避ケる」
ハイエンドがバックステップで距離を取った直後にその場へと円盤が突き刺さる。突き刺さった衝撃で土煙がわずかに舞った。
エヴェリンを抜き、ハイエンドのバックステップに合わせて頭部を狙い銃撃を加えていく。数発身体に当たったものの、その銃創も即座に完治しダメージに至ったものは一つもないようであった。
銃撃の反動に身を任せることで本来の着地位置をずらして着地をする。着地と同時に身を屈め土煙を挟み対面することで自身の姿をハイエンドの視界から外す。着地の瞬間を狙ったハイエンドの攻撃は私の位置を正確に掴めず数寸の狂いをみせ私の身体を貫くことはなかった。
私へ向かう攻撃を回避した直後、砂煙の中心へ向かって駆ける。砂塵舞う中から、回転ノコギリの円盤を回収し鎚鉾と接合、さらに片手に砂を握り込みハイエンドへと突進する。
機構を再起動させ円盤が高速回転を始める。刺すような甲高い音が響き渡った。
握り込んだ土をハイエンドへ向けて投げつける。土に混じる小石が弾丸となりハイエンドの表皮をほんの僅かだが傷つけ、さらに土埃が奴を包み込むように煙幕を作り出す。
その煙幕に紛れハイエンドの死角へと回り込む。右足を踏み込みハイエンドの脳天へ回転ノコギリを振り下ろすが、奴は身体を捩らせながら右腕を犠牲にしつつ力任せに回転ノコギリを撃ち落とし振り払う。
(だが、その判断はヌルい)
左足を間髪入れずに踏み込みつつ振り払われた回転ノコギリの威力を殺すことなく身体ごと回転させ、膂力と遠心力を上乗せし逆方向から斬りつけた。頭部を狙った一撃だったが、瞬間的に身を引いたのか回転ノコギリはハイエンドの胸部を粉砕するのみであった。
「ハやイナ」
それでも予想外だったのか、ハイエンドは間抜けな声をあげながら支えが無くなった頭部を携えた半身が落下を始める。
回転ノコギリの柄から左手を放し、拳を握る。
だが、脳を貫こうと突き出した拳はハイエンドの首筋から生え出た
「オお前強イ、こレくライの……コとスル……だカラ、読めル」
さらにもう一本の蒼白な腕が生え、無作為に振り回し暴れ出した。やむを得ず飛び退き間合いを取る。
私の攻撃を阻んだ腕から先がずるりと粘液を纏いハイエンドの首筋から飛び出してきた。
(新たな、脳無だと?)
色白の脳無が奇声を上げて私へと跳びかかってくる。
真っ先に思い至ったのが、地下闘技場でみた収納の個性をもった者であった。地下闘技場にいたものは掌から刀を取り出していたが、おそらくその個性と同様のもので脳無を体内に隠していたと察しが付く。
(となれば、この一体だけではないと考えるべきか)
蒼白の脳無が跳躍から両腕を振り下ろそうと試みたが、左拳を強引に割り込ませ顔面を打ち抜いた。体勢も悪く本来の利き腕でない左拳であったせいで威力不足は否めないが、それでも無傷でいられる威力ではない。
だが、脳無は平然と立ち上がり臨戦態勢をとった。
(流石にこの状態の身体でハイエンドを相手しながら複数の脳無との戦闘は無理があるな)
攻略の糸口を見つけたにもかかわらず立ち回りの修正を余儀なくされたことに苛立ちを覚えながら口内に溜まっていた血液交じりの唾液を吐きだした。
「狩人! 加勢するぞ!」
「……イレイザーヘッド」
突然の背後からの声と同時にイレイザーヘッドが並び立った。ハイエンドから意識と視線を切らさないように受け応える。
「
「ああ、制圧した。すまん、手間取った」
「見張りはブラドキングだけですか?」
「いや、俺以外全員だ。見張りと同時に消火を任せている。それに不意打ちからの挟撃が最悪のケースと想定したからな」
最善の判断だ。背後を気にせずに戦闘に臨める。だがイレイザーヘッドの声色には若干の焦りが見えた。
「予想以上にこいつら手練れだ。戦闘も長引かせると予測不能な事態に陥るかもしれん」
「ええ。それにあの黒い脳無、身体能力強化の個性持ちでなければ反応も難しいほどです」
ハイエンドが再生を終え、こちらを睨み付けつつ立ち上がる。
「ジャ邪魔まマ……!」
痙攣を伴う奇妙な動きと共にさらに三体の脳無が吐き出された。
その全てが先程と同じく蒼白な肌の色をしており、長い手足をもった痩躯で長身の身体を引きずるようにこちらへと歩み出した。
(厳しいか)
ハイエンドのみであるなら、どうにかなるであろう。ただの脳無であれば四体など物の数ではないだろう。
しかし、それを同時に相手取るとなると話は変わってくる。
ハイエンド相手には視線をきることは死に直結する。かといって、脳無を放置していては今の疲弊しているプロヒーローたちにとっては不確定要素になってしまう。なによりも、生徒達に被害が及ぶ可能性が高いのである。
「……狩人。白い脳無は俺が引き受ける」
「四体ですよ? 街のチンピラならともかく脳無を同時に相手するのでは如何に貴公と言えど無事では済みません」
「ああ、倒すつもりならな。だが、時間を稼ぐだけなら四体相手でもどうにかなる。耐えてみせるさ」
「……ええ、了承しました」
イレイザーヘッドの提案であるが、時間を稼ぐと言ってもやはり限界はある。どちらにせよ、早々にハイエンドとの決着をつけなければ、致命的な問題になりかねないということは変わらないのであった。
「イレイザーヘッド。すぐに援護へ戻ります」
言葉を残すとすぐさま突進を始める。白い脳無たちが襲い掛かってくるが反撃せず回避に専念し、あくまでも標的はハイエンドのみに絞る。
そして私の進路を切り開くように、イレイザーヘッドが捕縛布で脳無たちを拘束し妨害していった。
目配せし、頷くとイレイザーヘッドも同じく「行け」と視線を送ってきた。
改めて前へ向き直り、ハイエンドを見据える。
(今、遺骨を使うか。決定的な機会を待つべきか。しかし使わねばハイエンドの反応速度を上回ることも難しいことも事実)
奴の反応速度に関係の無い"面"での攻撃手段を持たない私にとっては、純然たる疾さをもって弱点である頭部を破壊する必要がある。だが、今の身体の状態で遺骨を使えば、加速に身体がついていけずに自滅する恐れがあった。少なくとも、遺骨の発動時間の全てを全力で動けることはないだろう。
だからこそ、最後の決定的な瞬間まで遺骨を使うわけにはいかないのである。
ハイエンドに肉迫し回転ノコギリを突き出す。やはり、身体の一部を犠牲にしながらも脳への攻撃だけは的確に回避してきていた。
「もウ……おオ前えのう動キおぼ、憶えエた」
ハイエンドは攻防の中で回避、防御だけでなく徐々にカウンターを仕掛けるようになってきた。
ただあまりにも露骨なモーションであり、そのカウンターが直撃することはない。それにまだ十分に見てからでも回避することができる。
(それでも時間の問題だ。驚異的な戦闘学習速度、長引けば長引くほど不利になる上、私自身も既に動きに支障をきたしつつある)
痛み自体は、堪えることはできる。だが、不意の痛みが襲ってくることで動きそのものも鈍くなり、出血に伴い攻撃の精彩を欠いている。私自身が想定した攻撃を繰り出せない場面が増えてきていたのであった。
「ソろそロろ、終ワりダ……!」
ハイエンドは大きく両腕を広げると、肩甲骨の射出孔から爆風のさながら空気を噴出し猛突進をしてくる。
両の拳から繰り出されるラッシュは今までにないほど速い。
どうにか捌いていくが、奴の攻撃を受けるたびに全身が悲鳴を上げる。あと数秒もしない内に私の動きを上回ってくるだろう。
「ア……?」
だが、そうはさせない。
出し惜しみをした結果が敗北では意味がない。
懐に忍ばせておいた遺骨を発動させ、ハイエンドの両腕を破砕する。ハイエンドが勝利を予感した今こそ慢心が生まれる最大の好機であった。
反射的に身を引くハイエンドを逃さぬため畳み掛けるように回転ノコギリを振るった。
超速で再生するものの、その傍からすぐさま破砕し続けたことで防御一辺倒になったハイエンドは徐々に徐々に押し込まれ対応に窮していく。
「こノままじャマ負ケル……? おオれレが?」
突如、ハイエンドは咆哮を上げ、その形相を今まで以上に歪ませる。
「GAAAAAAAA!!」
その雄叫びは正に獣を彷彿とさせ、歯をむき出しにして苛烈に反撃に出てくる。再生速度も、攻撃速度も、攻撃の威力も今までとは比べ物にならないほど獰猛になっていた。
怪我と大型の狩武器により普段よりも動きが鈍いとは言え、私が加速をもって回転ノコギリを振るう速度に段々と付いてくるようになり、対応しつつあった。
(だが、むしろ好都合だ)
本能のままにハイエンドはその剛腕を振り回し猛る。
しかしそれでも。獣であるならば、獣へと堕ちたのならば如何に怪力であろうとも、如何に素早くとも、如何に暴れ狂おうとも。そこに思考が伴わない以上、狩人たる私にとっては易く蹂躙可能な相手へと変質したに過ぎないのである。
攻防のなかで回転ノコギリの脅威を十二分に意識させたところで、フェイントを織り交ぜつつ足払いを掛けた。小さく宙に浮いたハイエンドの胴体を回転ノコギリの柄頭で思い切り突くように殴りつけ地面へと叩き付ける。反動で僅かに跳ねたハイエンドの頭部へ回転ノコギリをアッパースイングの要領で下弦の半月を描きながら振り切った。
それでもハイエンドは腕を背面へ振り地面を叩き打つことで、さらに胴体を跳ね上げて頭部への直撃を避けようとしてきた。
しかし加速をもってすれば、見てから反応できる。
先ほど以上に獰猛になり、攻撃が激しくなったハイエンドでも、この頭部を守ろうとする習性だけはどの行動よりも顕著に表れ、思考を失った今殊更に見受けられるのであった。
振り切った回転ノコギリを加速の疾さから無理やり切り返し、高速回転を続ける円盤を頭部へと振り下ろした。切り返しの反動で腕の腱と骨が軋む。
腕の骨が砕ける感触と同じく、ハイエンドの頭部からは盛大に血飛沫と肉片が飛び散り狩装束を汚していくのであった。
(強かったよ、今までの狩りの中で誰よりも)
今度こそ、再生しなくなった
(血を……流しすぎたか)
目が翳む。死が近づきつつある。だが、ここで立ち止まっている場合ではない。
まだ困窮極まった現状を打開できていないことには変わりないのである。
回転ノコギリに寄りかかりながら、どうにか立ち上がる。
懐に忍ばせてあった聖歌の鐘を打ち鳴らし、とりあえずの治療を施す。
聖歌の鐘は重篤な怪我までは治せない。骨折した腕も切れた腕の腱も治りはしない。表面上の傷は癒え、これ以上の出血は無くなったものの既に失血したものが十分に補填されるわけでもない。
それでも、再び戦える程度までは立ち直ることはできたのであった。
「……イレイザーヘッドのところへ行かなければ」
重い身体に鞭を打ち、地面を強く蹴り応援へと向かうべく走り出していった。
◇◆◇
捕縛した
「警察へ連絡はした。場所が場所なだけにすぐにとはいかないが十五分もすれば警察もくるだろう」
ブラドキングが報告をするが、こちらを見ずに
どうにか
念のため
重苦しい沈黙が支配していたが、マンダレイが口を開いた。
「どうして、ここが分かったのかしら」
誰もが思っていたが口にしなかったことを改めて言葉にすることでその場にいた全員が顔をしかめた。
「かなり秘密裏にこの合宿は計画していた。雄英であっても限られた者にしか伝えられていない。校長と俺とブラドキング。それと各学年主任だけがこの場所を知っているだけだ」
「当然、我たちも誰にもこのことは教えていない」
「尾行にもかなり気を張って警戒していた。しかし実際にはこうして
つまり、の後をイレイザーヘッドは口にすることはなかった。だが、ヒーローたちはその後の言葉を察していただろう。
重苦しい空気を払拭できないままにいると、生徒達が施設の中から恐る恐る出てきていた。
「先生、
飯田天哉が代表しておずおずと挙手をしながら尋ねる。
「ああ、とりあえずは完了だ。まだお前たちは中にいろ。これから周囲を警戒しつつ警察の到着を待つ」
「……わかりました」
生徒達も当然ながら困惑から脱し切れていない。突然の
それでも食い下がらず引き下がったのは、ここで質問をすれば余計に混乱を招くと判断したからだろう。
生徒達が施設内へ引き上げていく途中、突然どこからともなく拍手の音が鳴り響いた。
「なんだ!?」
ブラドキングの声とほぼ同時に、そこにいた全員が臨戦態勢を取った。いや、
「素晴らしい。まさかハイエンドすらも斃してしまうとはね。流石に予想外だったよ」
森の奥から、怖気立つ声の主が足音を伴ってこちらへとやってくる。
思わず他のヒーローを庇うように前に立っていた。
「お前は……!」
「やあ、また会ったね。狩人」
不気味な髑髏を模した黒光りのマスク。マスクから伸びる幾多もの管。
その姿は、忘れようもない。
「オールフォーワン……!」
「おやおや、随分嫌われたようだ」
臨戦態勢を取った私を前に、オールフォーワンはおどけた調子で言葉を発する。だが、その言葉の調子とは裏腹にその漏れ出る悪意は微塵も隠そうともしていない。
私の後ろでプロヒーローたちが戦闘をいつでも始められるように構えているようだが、今の満身創痍の状態ではとてもまともに戦える相手ではなかった。それは、私も含めてだ。今のこのコンデションでは、周りを巻き込まずに奴を抑え込むことは不可能である。
それでもそれを気取られないように回転ノコギリを構える。
「安心してほしい。僕はここで戦うつもりは無い。この襲撃の手伝いもしない。弔自身が弔の行動をもって結果をもたらさなければ意味がないんだ。だから僕が手を下して君たちを斃しては意味がないし、それに僕の今の目的は君たちを打倒することでもないからね」
「意味不明だ。ならば、なぜここへ来た」
「ただ、僕は返してもらいに来ただけだよ。大事な弔の仲間をね。ここで彼らを失うのはまだ早い」
「死柄木弔のためにお前が? 馬鹿な」
「事実さ。僕には弔の成長が必要なんだ。さて、素直に返してもらえれば僕からは危害は加えない。約束しよう」
相変わらず、言葉を交わしても本心が探れない。悪意に全てを掻き消されてしまう。
だが、悪意がある以上、奴の言葉は何一つ信じるには値しない。
それでも現状では言葉を交わし、出来る限り奴を観察し行動を先読みするよう努める他なかった。
「
「イレイザーヘッド……僕は狩人と話しているんだ。邪魔をしないでもらえるかな」
怨嗟に満ちたその声はイレイザーヘッドを硬直させ、二の句を継ぐことすら出来なくさせていた。しかしイレイザーヘッドは視線を切らず、オールフォーワンの個性の発動を抑えようと試みていた。
「逆に訊きたい。ここで捕まるとは思わないのか」
「狩人にしては愚問だね。心にもないことを問うのは似合わないよ。ただ、一つ言うならば今の君たちなら片腕があれば十分かな」
くつくつと不快な笑い声をあげる。
その慢心ではない余裕ぶりは、確信をもっているようでもあった。
実際、私の見立てでも残息奄々の現状では片手であしらわれてしまうのは明白である。
だが、私たちに退くという選択肢はない。背後には生徒達がいるのだ。私たちが退いてしまえば被害の矛先がどこへ向かうかわからない。
「まあ、簡単に引き渡してはくれないか。仕方ない――」
特に何の感慨も無くそう呟くと、オールフォーワンからやや離れた位置に黒い靄が渦巻き始めたのである。
ワープに警戒をしなければ――とヒーローたちが眼を奪われた一瞬、爆風がオールフォーワンから放たれ私たちは施設の外壁へと強かに叩き付けられる。オールフォーワンの動きを察知し踏み堪えようとしたが、今の私では不可能なほど迅速で強力な一撃であった。
そして次の瞬間には、オールフォーワンの黒く鋭く変質した五指が素早く伸び捕縛していた
「今回は君たちの勝ちだ。弔は目的を達成できなかったからね。だけど次は勝たせてもらうよ。それでは、諸君」
そういって、オール・フォー・ワンは黒霧の中へと消えていったのだった。
しばらく、誰も言葉を発することが出来なかった。奇妙なまでの静寂が続く。教師もヒーローも生徒達も、誰一人なにかを口にすることが出来ず、蹲っている。
「オール・フォー・ワン……ッ」
奴の名を小さく口にする。ぎり、と歯噛みし口の中で血の味が滲む。
胸中には今まで感じたことのないほどの痛烈な敗北感が渦巻いていた。
【松明】
長い棒の先に、松脂に浸した布きれを巻きつけたもの。
ごくありふれた松明である。
狩人の狩りはしばしば暗所で行われ、松明の明りが役に立つ。
またある種の厄災は、病的に火を恐れることが知られている。