個性把握テストも終わり、このまま解散になるのかと思いきや急遽私と生徒との手合せがイレイザーヘッドの一存で決まってしまった。
自由だと思っていたが、こうも振り回されるとここまで自由なのかと辟易もしてしまう。
しかし、決まってしまったことは仕方がない。
参加したいと、駄々をこねる緑谷出久を雄英救急ロボットがリカバリーガールのところへ引きずっていくのを見送ったのちに、改めてイレイザーヘッドに向き直った。
「わかりました。方法は、もう決めてあるのですか?」
「おっと、存外素直だな」
「反抗しても無駄だと思いますし、それに相澤先生のいうことも一理あります。同じ教師になったからと言って手放しで私を信用しろという方が無粋だと思っただけです」
「物わかりが良くて助かるよ。やり方は別に任せる。俺はあんたの実力が見られればなんでもいいからな。一対一でも、できるのなら多対一でもなんでも構わない。ただし、時間はそんなにないからちゃっちゃとな」
「そうですか。でしたら、希望者から一対一で手合せをするということで」
「君たち聞いたか? 希望者から一対一だそうだ」
私は今、パンツスーツ姿にパンプス。それに左右どちらの得物もない。
いつもの動きは不可能。かといって、過剰な油断が許される相手でもない。さすがにこの恰好で多対一は無謀と言わざるをえない。
それに、私自身、彼らの地力をみるのなら一対一が望ましい。
「いきなりプロに見てもらえるなんてさすが雄英!」
「今の私を知る絶好のチャンス、というわけですわ」
「ずっと試したかったことがあるんだ!」
あちらこちらから声が上がるが、その大半は自分の個性を使って対人訓練ができることに喜びを覚えているようだった。
彼らはヒーロー科を受験するくらいだ。どういう風に
その考えた方法が通用するのか、実際に自分の身体を動かせるのか、そういう
甘いのは、まだ仕方がない。だが、いずれその甘さを捨て、覚悟をもたなければならない。そして、それはできるだけ早い方がいい。
ならば、やるべきことは一つ。
「んじゃ、俺が開始の合図をするぞ」
「その前に、ルールを作っておきたいのですが」
「ああ、そうだな。終わりの条件を付けておかないとだらだら続けることになるところだった」
「生徒側の皆さんは、私に膝をつかせたり倒れ伏せさせたら勝利、でどうでしょう」
「そんなものでいいのか」
「ええ。それほど派手にやるつもりもないので。皆さんは背中を地面に着けられたらおしまいということで。着けられなければ何度向かってきてもらっても構いません」
「ま、狩人がそれでいいなら、俺から口出しをするつもりはない。だがあまり舐めてると痛い目を見ることになるぞ」
「舐めていませんよ。ですが、負けるつもりも微塵もありませんし、わざと負けてあげるほどお人好しでもありません」
私のその一言をきっかけに、生徒達の間に緊張が奔った。
数人からは、殺気や敵愾心にも似た視線を感じる。
「あぁ? ちょっと舐めすぎだろ」
「爆豪。口が悪いぞ」
イレイザーヘッドが爆豪勝己を嗜める。
「いえ、構いませんよ。彼も相澤先生と同じです。私が力を示さなければ納得してくれないでしょうから」
生徒が一人、集団から抜け出て、私の眼前に立った。
爆豪勝己。爆破の個性をもち、試験時から協調性はなく人一倍負けん気の強い生徒。そして誰よりも自信に満ちた目をしている。
「では、爆豪くんからでいいですか?」
「オォ、構わねぇよな、てめェら」
他に手をあげていた生徒を睨み付け威圧するかのように、言い捨てる。
冷静に見守る者、自分が先だと主張する者、爆豪勝己を鼓舞する者。
しかし、誰もが明確に言葉にせずとも爆豪勝己に訴えかけていた。目にものを見せてやれ、と。
お互いに距離を取り、爆豪勝己は体勢を低くする構えを取った。
「始める前に、一つだけ」
「あぁ?」
「私の個性は、身体能力を強化するだけの増強型の個性です。私だけ皆さんの個性を知っているのは不公平ですからね。トリッキーなことはしません。正面からねじ伏せます。ああ、もちろん爆豪くんも個性を十分につかってください」
「本ッッ当に、舐められたモンだなぁッ!!」
爆豪勝己は三白眼をさらに吊り上げ、絶叫する。
「それじゃ、はじめ」
イレイザーヘッドの気の抜けた開始の合図とともに、爆豪勝己は両手の掌を背後に向けて爆破した。
爆風に自身の身体を乗せて、加速し瞬間的に間合いを詰めてくる。
「しぃいぃいねぇえぇえぇッ!」
高速で迫りくる中、爆豪勝己は右腕を大きく振りかぶった。
と同時に、左腕を私の眼前に突き出す。二発の爆音が鳴り響き閃光と爆煙、そして土煙が巻き起った。
目の前で弾けた強烈な閃光により一瞬瞬きを余儀なくされ、その間に私の周囲は土煙に覆われ視界は全くきかなくなっていた。
(左手で煙幕とスタングレネード、右手で土煙を起こしたというわけか)
粗暴そうな性格と頭に血が上っていそうな発言と違って随分慎重で、繊細なことをする。
この土煙に乗じて、私を攻撃するつもりのようだ。
可能性としては、右で地面を叩き付けた際に上空へと飛び上がり、ほとんどの人間の死角である直上からの攻撃――。
「と、思うだろ? 死ねやぁッ!」
土煙を割りながら三時方向から、爆豪勝己が飛び込んできた。今度こそ本命だと言わんばかりに先ほどよりも右を大きく振りかぶっている。
右手を叩き付けた時に角度をつけていた、ということか。本当に器用なことをする。
思わず感心してしまった。
だが。
「想定内です」
一歩だけバックステップを踏み、爆豪勝己の渾身の右ストレートパンチを回避する。
全力の一撃を空ぶった彼は、驚愕の表情を浮かべていた。
「んなッ!? なんっ……」
「なんでわかったか、ですか」
作戦としては悪くない。視界を奪うのも、思考を誘導するのも、よく考えられていた。だが、所詮即席にしてはである。
冷静にみれば、あまりにも荒が目立つ。
彼自身の着地音に、本命の攻撃を当てるための力を溜めて地面を蹴る音、土煙のゆらぎ。どれか一つでも十分なのに、いくつも場所を特定する要素が多く存在した。つまり、どこから攻撃を仕掛けてくるのか丸わかりだったのである。
視覚を奪えば勝ちと思っていたのか、むしろ土煙が舞っていた方がわかりやすいくらいだった。
そして何よりも。
「目くらましをしているのに奇声をあげて自分の位置を教えるのは行動として下の下。詰めが甘い」
体操服の襟首をつかむ。
「ぐ、女ごときの力で、俺を倒そうなんざ――」
「言ったでしょう。私の個性は増強型だと。身体能力ならば、爆豪くんよりも、何倍も強い」
「があああッ!」
襟首をぐいと引き、そのまま地面へと叩き付け、立ち上がれないように左手で首元を押さえつけたのだった。
私の筋力は、十分なタメさえ作れば鉱石を発現した異形型の
増強型の個性でない彼の力では、いくら暴れようとも到底私を引きはがせるわけもなかった。
(敗北も認められないか。流石にまだ青い)
土煙がはれると、仰向けに倒れた爆豪勝己と私を見てクラスメイトは全員が戸惑いながらどよめいていた。
爆豪勝己も、信じられないといった顔つきで彼は私の顔を見上げている。
「作戦は悪くありませんが、その他の部分で荒が目立ちます。複数の選択を強制させているように見えて、実際のところは一択しかない。だからこんな風にピンポイントでつけいれられる。何はともあれ、爆豪くんは背中をつきました。私の勝ちですね」
「…………くっそがぁああぁああッ!」
爆豪勝己は悔しさを隠すことなく、右の拳を地面に叩き付ける。
「再戦は、いつでも受け付けますよ。ただし、これが今の君と私の差です。はっきり言って、今の君では何千何万回とやっても結果は変わらないと思います。よく噛みしめてください」
「ぐっ、ぐぅっ……!」
爆豪勝己はぎりと歯噛みする。
「は、狩人の勝ち」
イレイザーヘッドが、若干の驚きの色を浮かべつつ私の勝利を宣言する。
私には、理想のヒーローを語る資格はない。資格はないが、この程度で自信を喪失しそこから立ち上がることができなければ、ヒーローになる以前の問題だ。
なにせこの仕事は、私のような個性でない限り、命を賭す仕事なのだから。
私は土煙でついた埃を払いながらゆっくりと立ち上がり、集団の方へ向き直した。
「さあ、次は誰が来ますか?」
◇◆◇
雄英の食堂は豪華である。
なにせクックヒーロー:ランチラッシュが手ずから作っているのだから、その味の保証は間違いない。
私は食に関しても、大した感動を覚えることもないがここの食事は素直においしいと思える。
「やあ! 昨日は大立ち回りを演じたそうじゃないか! 相澤くんから聞いたよ」
「オールマイト。あれは不本意なものですから。私の意志じゃありません。というより見てましたよね」
「気づいてたの!?」
「むしろあれで気づかれないつもりだったんですか」
私の対面にオールマイトは腰を掛け、身体に不釣り合いな小さなお盆の上に乗った身体に見合った大盛りのカレーライスを食べ始めた。
胃を全摘出しているのだから、食べきれるはずもない。しかしそれでもこうしているのは、
それに生徒もいるような人前にでてくるときは、マッスルフォームでいるつもりなのか。
時間制限もあるのに、律儀なお方だ。
「どうだった。君から見て彼らは」
「個人としてですか? 全体としてですか?」
「全体として、で頼むよ。君の個人の講評は辛辣さに私の心の方が耐えられそうにないからね!」
「はあ、そうですか。全体としてはまだ青い、の一言ですね。ヒーローとして見た場合、伸びしろは十分ですが、実力はまだ不十分です。個性の扱いも、身体の作りも。まあ、つい数週間前まで中学生だったことを考慮して学生としてみる分には十分じゃないですか。私が十五のときはまだ個性に目覚めたばかりのころでしたし、あの頃の私よりは全員強いのは間違いないです。ですから、これから強くなる可能性は大いにあると思います」
「そうかそうか。君が言うと説得力が違うな!」
「ただ、副作用と言いますか、今朝教室に行ったら何人かから怯えられてしまっていました。こればかりは想定外ですね。もっと反発してくる方で想定していたので。やたら素直なのは私にとっては楽なのですが、これでいいものなのかと」
「教師にとって、生徒からの畏怖の念は大事にすべきものだぜ」
昨日の個性把握テストの後、私は結局怪我でできなかった緑谷出久以外の全員と手合せし、全員を叩き伏せたのだった。
私としては、緑谷出久と手合せできるものかと思っていた分、できないとわかってから若干力が抜けてしまったが、それでも真剣に向かってくる生徒に失礼の無いよう完膚なきまでに叩きのめしたつもりだ。
「昨日は大変だったよ。相澤くんから君は何者だって詰め寄られちゃってね」
「本職のこと言ってませんよね? オールマイトは身体の安心感と違って口の方はうっかり言っちゃうことたまにありますから」
「くー! 辛辣ゥ! 大丈夫! 言ってないから安心しな。元ヒーロー公安委員会の実働部隊って言ってごまかしておいたから! 納得したかどうかはわからないけどそうですか、って言ってもらえたから!」
「勝手に、設定を捏造するのやめてください」
私も、あれだけやったのだからイレイザーヘッドから何か聞かれると思って身構えていたが、昨日はやけにあっさりと私を解放してくれた。
まさかオールマイトに訊きに行くとは思わなかったけれど。
「ところで、今日の午後は時間あるかな?」
「今日の午後は、一応カリキュラムを組んで授業の進行予定表をつくれって言われてます。デスクワークですね」
「よし! なら、午後の授業を私と一緒にでてくれないか!」
「なにがよしなんですか。よくないですよ。話きいてましたか?」
「私から提出期間を延ばしてもらうように言っておくから。どうしても君に今日の授業は見てもらいたいんだ。な、お願いするよ」
こうなるとオールマイトは引かない。
となれば、私の取れる選択は一つというワケだ。
「わかりました」
「グレイト! 助かるよ。君のその淡泊さは気が楽でいい」
「淡泊なんですかね。それで、授業はなんですか」
「ヒーロー基礎学さ! 君にもお手伝いをしてもらいたい!」
「ヒーロー基礎学、ですか。何度も言いますけど、私から彼らにヒーローとして教えられるものはないですよ」
「いやいや、むしろ君にうってつけさ。なにせ内容は、戦闘訓練だからね」
「……なるほど。そういうこと、ですか」
オールマイトはぐっと親指を立てサムズアップのジェスチャーをとる。
なんとなくではあるが、オールマイトが私になにをやらせようとしているのか察しがついた。
私にとって初めての授業が始まろうとしていた。
【古い狩人の遺骨】
古い狩人の遺品。その名は知られていない。
その狩人は、独自の業「加速」の使い手でもあった。
その遺骨、意志から古い業を引き出すとは
夢に依って遺志を引き継ぐ、狩人に相応しいものだろう。