月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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ナイトアイの個性は調べれば調べるほどわからなくなっていく……。


41.交渉、予知する者

 結論から言えば、突入をしたバーには(ヴィラン)連合の姿はなくもぬけの殻であった。

 オールマイトから聞いた予想通り休養を得られる場所ではなかったため、どうやら別所にて治療ないし療養をしているらしい。

 私も、ヒーローたちとは別所からそのバーを含めた付近一帯を監視していたが、不審な動きはなくどうやらヒーローが集合していた時点で、既にその場にはいなかったようだ。むしろ、戻った形跡がないといったほうが正しいだろう。

 集められていたヒーローたちからすれば肩透かしを喰らった形になったが、決して収穫がなかったわけではない。

 (ヴィラン)連合も慌てていたのか遺留品が多数押収され、その中にあったうちの一つにパーソナル・コンピュータがあった。

 警察がこのコンピュータの通信記録を辿ると、神野市にある廃倉庫との通信を確認できたのである。

 後日、再編された警察とヒーローのチームが廃倉庫へ調査へ向かうと、何者かがいた痕跡が発見された。

 中でも不自然であったのは、廃倉庫には相応しくない複数の空の金属製タンクとそれに繋がれた大仰な装置だ。

 空のタンクの中にはほんの僅かだが赤紫色の液体が残っており、その液体を専門の機関に調査依頼したところ意図的にアミノ酸や水素イオン濃度が調整されており、尚且つフェノールレッドという色素が検出されたらしく、所見では何らかの培養液ではないだろうかとのことであった。

 もし、なにかしらを培養していたのだとしたら、(ヴィラン)連合と結び付けられる心当たりは一つしかない。

 脳無、その生産工場がここであったということだ。

 しかし、(ヴィラン)連合の足取りをこれ以上追うための手掛かりを得ることは叶わなかったのであった。捜査は行き詰まり、警察は新たな手掛かりを探し始めたのであった。

 

「そうか、君のところも奴らの行先に繋がる手掛かりは得られなかったか……」

「ええ。あのバーも再調査をしましたが、どちらかと言えば臨時の拠点だったのでしょう。あまりにも生活をするという視点からみて設備に乏しすぎる印象です。当然資金に余裕がなく、あれだけの場所しか用意できなかったという可能性も完全には否定できません。ただ調理スペースはともかく、入浴や睡眠を考えたとき、あまりにも不適切と判断せざるを得ません。加えて合宿所で対峙したときも奴らの衣類からはヒトの皮脂を放置した際に発する特有の臭いは強く発してはいませんでした。つまり、ある程度は清潔を保てる環境や設備のある場所が近くに存在すると推測が出来ます」

 

 私は、雄英高校の仮眠室でオールマイトと対座していた。トゥルーフォームのオールマイトはゆっくりとお茶を啜っている。

 雄英には相変わらずマスコミが押しかけていたが、夏期休暇の最中ということもあって生徒達が疎らなことをいいことにマスコミもいつも以上に遠慮がなかった。

 だが、雄英は夏期休暇中とはいえヒーロー科を始めとした各科は自主的な活動も含めて完全休校状態になることはない。

 それに、根津校長が以前に話をしていた予てより内通者対策の一環としての施策の一つであるヒーロー科の寮制を完了させており学校内にはヒーロー科が揃っている。

 寮制の承認として各教師(ヒーロー)たちがご家庭に訪問し了承をとっていた。副担任である私にはその指令が課されなかったため、詳しい話は聞いていないがなかなかに苦労をしたらしい。

 結果的には全学年の生徒のご両親たちから了承を得て寮制を成したのであった。そのおかげもあって今も体育館γではヒーロー科の生徒達が鍛錬に励んでいることだろう。

 また寮制になると同時に一年のヒーロー科には仮免試験を受ける旨の通達がされたため、目の色を変えて訓練を行っているのだった。

 

「ホント、君はいろんなこと気づくね」

「所属している組織が情報を武器にしているトコロですから。観察はクセみたいなものです」

 

 だが、それでも場所を特定できなければ意味がない。ヒントは多いが、それ以上に進むことが出来なかった。

 これだけ警察、ヒーロー、公安とあらゆる組織が追っているにも拘らず手掛かり一つ手に入らないということは神野にはもう拠点がなく、他県に移ってしまっている可能性が高いと上も判断しているようだった。

 

「……オールマイト。相談なのですが」

「なんだい?」

 

 進言すべきか迷ったが、口にすることに決めていたことがあった。

 

「ナイトアイに予知してもらうというのはどうでしょう」

「……」

 

 オールマイトの表情が曇る。

 ナイトアイは、かつてオールマイトの相棒(サイドキック)だったヒーローだ。身体能力は決して高いわけではなかったが、その頭脳と個性によってオールマイトを陰から支えていた。

 そんな二人がコンビを解消したのは、オールマイトが大怪我を負い活動限界時間が出来てから。つまり、オール・フォー・ワンとの決戦のあとだ。

 ナイトアイの個性は『予知』といい、条件を満たすことで対象の人物の一生の未来を見通すことが出来るものである。

 その予知により「オールマイトの死」を予知したナイトアイはオールマイトにヒーロー業を廃業にすることを必死に訴えたが、オールマイトはその提言に乗ることなくヒーロー業を続けることを決めた結果、彼らは価値観の相違からコンビを解消し今に至っているのだった。

 

「ナイトアイの予知は、人物限定とはいえ僅かながらその周囲をも視ることができると訊いています。(ヴィラン)連合と私は、この先どこかでぶつかることは必定。ならばその瞬間を予知してもらうことで、うまくいけば拠点を割り出すことが出来るかもしれません」

 

 オールマイトは深く息をはいた。

 

「あまりオススメしないかな」

「なぜでしょう」

「彼は……私の死を視てからかなり苦悩していた。それは、彼の予知によって予知()た結果は一度も変えられなかったことに由来している。それは君も知っているよね」

「ええ」

「彼は言っていたよ。何度も予知で見た結果から変えようと試みても、行き着く結果は同じ。彼が予知()ることで、無限の可能性だった未来が確定してしまうのではないかとね。それから彼は人の未来を無暗に予知することはやめたみたいなんだ」

 

 オールマイトの表情には哀しみが宿っていた。身近にいながら自分(オールマイト)では救えないということを痛感しているのだろう。

 

「そもそも未来の情報なんてものは、人の手には余りある。それを彼は一身に受け止めてしまった。当然ながら、彼も人だ。私のことで大きく精神に傷を受けていた。時間が経っても精神に受けた傷は癒えないどころか、ヒーロー活動のために予知をすればするほど彼は傷ついていく」

「だから、私が未来を視てもらうことはやめたほうがよいというわけですか」

「あァ。多分に個人的な感情を含んでいるけどね。実を言うとできれば、私よりも彼にヒーローを引退してほしいと思っているほどだよ」

 

 苦笑いを浮かべるオールマイトは、どこか力なく言葉を発している。

 

「……それに君を予知した場合、凄惨な映像が映ることもあるだろうしね」

「まあ、それは事前に説明しておきます」

「とはいっても私に君を止める権利はないけどね。ただナイトアイに会うのなら、そのことだけは忘れないであげてほしいんだ」

「オールマイトはお会いにならないのですか?」

「ははは……彼には合わす顔がないからね。仕方がないとはいえ、申し訳ないことをした」

 

 私は席を立つ。

 

「では、オールマイトが止めないのでしたら私だけでも会ってみようと思います。実際に予知をしてくださるのかもわかりませんし、お話だけでもする価値はあるかと思いますので」

「……私が止めたら、会わないのかい?」

「ええ。そのつもりですが。やはり止めますか?」

「いや、止めないよ。そうだね、会ってみるだけ会ってみるといい。ナイトアイも君には興味があると思うから」

「私に?」

 

 苦笑いとは違った笑みを浮かべてオールマイトは言う。

 

「彼とコンビを組んでいた時も、結構君のこと気にしてたからね」

「それは初耳です」

「まァ、とにかく一度会ってみて判断してほしいな」

 

 オールマイトからの言葉を噛みしめつつ、仮眠室を後にしたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ナイトアイの事務所は、雄英高校から車や電車で一時間ほど離れた場所に構えたビルディングである。

 入口のドアのガラスからは無機質でいて閑散とした様子が窺えるだけだ。ドアを押して中に入ってゆくが、受付があるわけでもなく、誰かがやってくるわけでもなく屋内はしんと静まったままであった。

 不作法であるとはわかっているが、そのまま屋内へと歩を進めていく。ここでまごついていても意味がないし時間の無駄にしかならない。

 奥へ進んで行くと、一室から声が聞こえた。

 

(笑い声……?)

 

 どうやら、ドアを隔てた部屋の中では男性が大笑いしているようだった。

 何にしても、この事務所の関係者であることには違いないであろう。ならば、とりあえずコンタクトをとり、ナイトアイに取り次いでもらうよう頼むのが最も効率的である。

 そう判断し、ドアをノックする。しかし、笑い声は途切れることなく、そしてドアのノックに対しての反応はなかった。

 仕方なくドアノブを回し、部屋の中を窺うと異様な光景が目に飛び込んできた。

 何かの機械に磔にされたまま大笑いしているムカデの個性であろう容姿をした者と、その様子を無表情のまま眼鏡の奥から三白眼で睨みつけているビジネススーツを召した者。

 よくみれば磔にされた者は、機械から伸びた狗尾草のような尖端が楕円のブラシでできたもので脇や脇腹、脚をくすぐられているため笑い声をあげているのであった。

 さらに部屋中にはオールマイトのポスターやタペストリーが飾られており、その異様さに拍車をかけている。

 あまりに予想外の光景に思わず首を捻ってしまった。

 

「わははははははは! ゆるっ、許してください! わは、わはは、ははははっ!」

「この事務所において最も重い罪は、ユーモアを無くすことだ」

「ぞ、存じております! わはははははははっ!」

 

 ドアが開いたことに反応して、ビジネススーツの男がこちらを向いた。

 

「誰だ」

「ナイトアイですね。初めまして。いや、お久しぶりですといったほうがいいですかね」

 

 狩帽子とマスクを取り、狩人の一礼をする。

 

「私は、貴様なぞ知らん」

「オールマイトのところに保護されていた子供、といえば思い出せますか」

 

 ビジネススーツに身を包んだ男ことヒーロー:ナイトアイはぴくりと眉をあげた。

 くすぐっている機械を止めると、同時に拘束が外れムカデの個性をもった者は両手を床につけながら肩で息をしていた。

 そんな彼の様子に目もくれることなく、ぎろりと私を睨みつけてくる。

 

「……! なるほど。面影はあるな」

「思い出していただけましたか」

「ああ。私の記憶では、あれほど昏い眼はみたことがなかったからな。印象に残っている。子供とはとても思えない峭刻たる表情をしていた」

「それは重畳の至りです」

「アイロニーのつもりだが」

「存じています」

 

 オールマイトとコンビを組んでいたときと同じく、すらりとした高い身長から滲み出る威圧感と鋭い眼光は健在のようだ。きっちりと七三分けに撫でつけられた髪からもその性格が窺えた。

 少なくとも歓迎されてはいないことはよくわかるのだった。

 

「それで? 何の用があってここにきた」

「仕事の依頼です」

「今は取り込み中だ」

「体性感覚ニューロンの反応をみる実験でもしていたのですか?」

「曲がりなりにもヒーローがそんな実験をする必要があるようにみえるのか?」

 

 相棒(サイドキック)をくすぐっている必要もヒーローにはないと思ったが、言葉にはしないでおいた。

 取りつく島もなく、ナイトアイは自身のデスクへ向かい腰を下ろしてしまった。

 

「まあ、いい。センチピーダー。客人だ。元気よくもてなすように」

「は、はい。ただ今、お茶を持ってきます」

 

 センチピーダーと呼ばれたムカデの異形型個性の持ち主は、私のそばに椅子を置くと荒い息遣いのまま部屋を後にした。

 

「客として扱ってくださるのですね」

「客としてしか扱わないの間違いだろう」

 

 ナイトアイはメガネの位置を直しつつ、腰を掛けるように促す。

 

「オールマイトの関係者だからといって、特別扱いはしない」

「十分すぎますね」

 

 用件を伝えようとしたとき、背後のドアが開き見知った顔が入ってきた。

 

「サー! 今日も張り切っていきますよね! ってあれ狩人先生?」

「通形くんじゃないですか」

 

 通形ミリオが不思議そうに私を見ていた。

 おそらく、通形ミリオの職場体験(ヒーローインターン)先なのだろうと予想がついた。

 

「ミリオ、知り合いなのか?」

「学校の先生なんですよね! 一年ヒーロー科の!」

 

 通形ミリオは、私のすぐ横に並びながらそう説明した。

 ナイトアイは眉根を寄せて、私の顔を覗き込むように身を乗り出してくる。

 

「教師? 雄英で?」

「ええ。副担任ですけどね」

 

 ナイトアイは立ち上がると私の周りを品定めをするようにゆっくりと歩む。

 

「雄英で教師ということは、ヒーローということか。見えんな」

「免許はちゃんともっていますよ」

 

 私を見下ろすように真正面に立つと、眼鏡の奥の瞳に剣呑な色が浮かぶ。

 

「以前ほど昏い眼ではなくなったが、それでもヒーローとは程遠い眼をしている」

「そうでしょうね」

 

 眼光は一層鋭くなるばかりだ。流石に観察眼が優れていると評するほかない。

 只ならぬ雰囲気を察したのか、通形ミリオが朗らかな声で割って入ってきた。

 

「サー、狩人先生のことご存じなんですか!?」

「ああ、昔の知り合いだ」

「そうなんですね! 狩人先生って昔から強かったんですか?」

 

 ナイトアイは首を傾げる。

 

「強い?」

「あれ? サーはご存じないんですか」

「知り合いと言っても、昔に一度会っただけだからな。その頃は少なくともろくに戦えなかったはずだが」

「そうなんですね!」

「強いとはどれくらいだ?」

「俺が完敗する程度には強いんですよね!」

「ミリオが……?」

 

 ナイトアイが腰を折って私の目の前、数センチのところにナイトアイの顔が近づいてきた。

 しばらくの間、じっと私を見つめていたがゆっくりと体勢を戻すと自席へと戻り腰を掛け直した。

 ナイトアイがどのように負けたのか訊くと通形ミリオは嬉々としてその時のことを身振り手振りを交えて説明を始めた。

 眉間に皺を刻んだまま、ナイトアイはその説明に耳を傾けている。

 途中、センチピーダーが茶を置いたが、お互いに手をつけることはなく通形ミリオの声だけが響いていた。

 通方ミリオの説明が終わると視線を私に戻す。

 

「センチピーダー、ミリオ、席を外してくれ。少し二人で話をする」

 

 そう促されると二人は部屋を退出し、私とナイトアイの間には沈黙が横たわったのだった。

 ナイトアイは私から眼を逸らすことなく睨み付け続けている。

 

「用件を聞く前に、一つ質問に答えてもらう」

「どうぞ」

「……オールマイトの最近の様子はどうだ?」

 

 表情は変わらないが初めて、歯切れの悪い物言いをする。

 やはり、コンビを解消したと言ってもオールマイトを気にかけずにはいられないようだった。

 

「健勝ですよ。生徒達が(ヴィラン)に襲撃された件では憤っていましたが、基本的には笑顔を絶やしていませんし、周りを笑顔にしています」

「そうか」

「それと、ナイトアイのことをオールマイトは心配なさってました」

「私のことを?」

「ええ。申し訳ないことをしたと」

 

 一瞬、視線が揺らぐ。声色も表情もなにも変化は見られないもののどこか安心をしたように見受けられた。

 しばらくの沈黙の後、ナイトアイが口を開く。

 

「わかった。では、用件を聞こう」

 

 揺らいだ瞳の色は、もうすっかりと消え失せていた。

 

「私を予知してほしいのです。期間は今日からおよそ1年後程度まで」

「……一応、理由を聞こうか」

 

 私は、今までの(ヴィラン)連合との経緯を簡単に話した。

 今までの接触、そしてその状況。今後もぶつかる可能性が非常に高いこと。そしてなによりもオール・フォー・ワンの存在。

 総合的に判断して、今現在最も警戒すべき個性テロ組織が(ヴィラン)連合であろうと説明した。

 

「そして、私は今公安調査庁の特務局に所属しており、雄英としてだけではなく公安調査庁としても(ヴィラン)連合とはぶつかる可能性が高いと判断しこうして相談に来たわけです」

「特務局、なるほど。それで『狩人』か」

 

 ナイトアイもオールマイトと共に活動していたため、当然ながら公安調査庁特務局のこともその活動内容も知っている。

 それも踏まえれば、(ヴィラン)連合の動向を知る重要性も理解してもらえるはずだ。

 

「ええ。なので私を予知()(ヴィラン)連合の動向を教えていただきたいのです。おそらくこの先、接触しないということはないので」

「断る」

 

 予想に反して、にべもなく拒否されてしまった。

 

「なぜですか」

「わざわざ私のところまで来たのだから、オールマイトからその理由くらいは聞いているだろう」

予知()てしまうことで、たとえどんなに悲惨な未来が待っていてもその未来が確定してしまう、ですか」

「……可能性だが、捨てきれん。たとえ誰であってもそんな未来をみるのは後味が悪い」

「聞いた限りでは、未来を改変しようとも帳尻を合わせるかのように予知()た未来へ収束してしまうとのことでしたが」

「……ああ、その通りだ」

予知()た未来は、『予知し、それを視たことで行動を起こした結果』なのですか?」

「いや、未来を予知し知った上で起こした行動は、未来予知の中には含まれない。含まれないが、貴様が言った通り映画のフィルムに余計なカットを挟み込むだけのようなもので、すぐに予知した結果へと収束していってしまう」

「それだけできれば私にとっては十分です」

「十分なものか。何の意味もない行動だと言っているのだ。だから私は無暗に予知はしない」

 

 今度は、明確にナイトアイの視線が下がり机の一点を見つめている。

 彼は今、オールマイトの件を思い出しているのだろう。

 だが、ここまでは想定内だ。ただ依頼したとしても断られるのは当然だった。

 

「一つお訊きしてもいいでしょうか」

「なんだ」

「たとえば、未来をみた人の死という情報があったとすると、その死の後は何も見えないのでしょうか」

「そうだ。真っ暗な映像が浮かび上がってくるだけだ。それがどうかしたか」

「では、こういう個性の持ち主でも?」

 

 私は懐から慈悲の刃を取り出し、双刃へと変形させる。隕鉄の響きが部屋にこだました。

 警戒の色が浮かぶナイトアイを無視して自身の両首筋を挟み込むように刃を宛がう。

 

「おい、なにをしている!?」

「消えて汚れはしないので、ご心配なく。少しグロテスクですが、それはお許しを」

 

 ナイトアイが立ち上がろうとするのと同時に、慈悲の刃を思い切り引き頸動脈を深々と切り裂き寸断する。どうやら片方の刃は頸椎まで達し傷つけたようだ。

 瞬間、首筋からは大量の出血。噴水のごとく噴出した血が高々と舞い、天井や壁に飛散していく。

 瞠目したナイトアイがこちらへ向かってくる様子がそのときの最期の景色となったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ブラックアウトした意識からいつもの『夢』を見てから現実へ戻ると、見知らぬ部屋にいた。

 長机に椅子が並んでおりどうやら会議室のようだった。

 その部屋唯一のドアからでると、先程までいたナイトアイの事務所と同じつくりをしていたため、事務所のどこかだろうとあたりをつけた。

 窓の外をみれば視界が高い。どうやら上層で『目覚め』たらしい。

 階段を見つけ、降りていくとナイトアイが血相を変えて部屋から飛び出したところだった。

 

「この感じでしたら、およそ一分というところですか。相変わらず時間が読めないのはどうにかしたいですね」

 

 私が声を掛けると、信じられないものを見たといった様子で困惑の極みに達しているようだった。

 

「な、なんだ貴様は」

「そのことも含めて先程の部屋でお話ししますので」

 

 部屋に戻れば、血の跡もなにもかもが消え失せていることを確認した。

 だが、そのことがナイトアイを更なる混迷へと誘っているようだった。

 先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろす。ナイトアイも同じように腰を掛けてはいるが先ほどまではなかった動揺が見て取れたのだった。

 

「今のが、私の個性です。お見苦しいもの、そしてグロテスクなものをお見せしました。申し訳ありません」

「ミリオの話では増強型だったはずではないのか」

「実は、増強型というのも正確ではないのですよ」

 

 私は個性(Blood borne)のことをナイトアイに説明を始めた。

 死しても再び『目覚め』ること。死者の血から力を得ること。本質的には血から何かを奪う個性であること。だからこそ、オールマイトに保護されていたこと。

 ゆっくりと正確に伝わるように話す。

 だが、それでもナイトアイは信じられないといった様子が拭えていなかった。

 

「つまり、不死ではなく一度間違いなく死んでいると」

「ええ。面妖な個性でしょう?」

 

 ナイトアイの額からは一筋の汗が頬を伝い流れていた。

 

「さて、ここでようやく話は戻ります。このような個性の持ち主を予知()た場合、どのような未来が映しだされるのか興味はありませんか?」

「それは……」

「ナイトアイの言葉をそのまま捉えるのでしたら、今この瞬間の会話は視られていないはずです。つまり、私に決まった未来など存在しない。絶対的に確定できる未来など存在しないのですよ」

 

 ナイトアイは黙り込んでしまった。

 先程の自死の前に予知していた場合、今この現在の会話は予知として現れるのか。それとも真っ暗な映像が映し出されただけだったのか。

 今の私が、死の前の私と同一であるという確証もない以上、スワンプマンの思考実験にしかならない。

 だが、一つだけ断定できることがある。

 

「ナイトアイ。私を見てください。貴公の視る死の運命ごときでは、私は殺せません。それなら少なくとも他の人を予知するよりも安心できるでしょう?」

「……その前に一つ教えてくれ」

 

 ナイトアイの声が一際真剣みを帯びる。

 

「なぜ、私にその個性を教えた。聞く限りでは、極限まで秘匿してきたのではなかったのか」

「それは、こちらが何も差し出さずに教えてもらえるとは思っていませんでしたから。それに貴公の個性が私と同質の個性だから、というのもあります」

「どういう意味だ?」

「貴公の個性は、未来のどの期間であってもその様子を窺い知ることが出来る。それは人の叡智では永劫に辿り着かないものです。そして私の個性と同様に世界の理の外にある個性と言えるでしょう。世界の理から弾きだされた者にしかわからない苦悩を、貴公にも重ねてしまっていたのです」

 

 私は、無意識のうちにナイトアイに親近感を覚えていたのかもしれない。

 

「たとえば、数秒先の未来の人物の動きを予知する、といった類のものでしたら極論を言えば非常に観察眼がいいというだけであるとも言えます。それならば確かに身体機能、身体能力に由来します。ですが、僅かと言えどもその周辺環境を含めた未来を、しかも数年先どころか数十年先まで見られるというのは、明らかに身体機能という括りを逸脱している」

「……」

「もちろん、様々な仮説を立てられるにせよ、他の個性とは明らかに一線を画しています。そして、それは私の個性も同様です。明らかに自然の摂理に反した個性であり、生命として有るまじきものであります。バケモノといっても差し支えないほどには不気味な個性であると認識しています。この世に存在していいものかと迷った時期もありました」

 

 ナイトアイは黙って私の話に耳を傾けている。

 

「ですが、昔オールマイトに貴公のことを教えていただいたとき、どこか安心した私がいました。この世界の理から逸脱しすぎた個性を持っているのは私だけではないのだと。だから、貴公にも私のことを知っていてほしかったのかもしれません」

 

 沈黙が下りたまま、私たちはどちらも視線を逸らすことなくお互いに見つめ合っていた。

 数分間そのままでいたが、おもむろにナイトアイは口を開く。

 

「……わかった。予知()てやろう。欲しい手掛かりが得られる可能性は絶対ではないということだけは留意しておけ」

「そうですか。ありがとうございます」

「ただし、一度だけだ。それ以上は、たとえ貴様でも見ることはしない」

「十分です」

 

 どうやら交渉には成功したようだった。内心でほっと息をついた。半分以上賭けのようなものだったがどうにかなってなによりである。だが、ナイトアイの個性を聞いたときに思ったことは、本心でもあった。

 

「ゆくぞ」

 

 ナイトアイが私の肩に触れ、視線を合わせる。

 だが、このときの私にはまるで信じることのできない予想外な結果が待っていようとは思ってもいなかったのであった。




【狂人の智慧】
人ならざるものの智慧に触れ狂った、狂人の頭蓋。

狂うとて、神秘の智慧に触れるものは幸運である。
まして、それが後人の助けになるのだから。

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