波乱に満ちた雄英の夏期休暇も終盤に差し掛かり、学校では雄英の1年ヒーロー科が鍛錬に励んでいた。
体育館γ、通称
私もまた副担任としてその趨勢を見守っていた。
本来ならば私も
また、逮捕に至ったスピナーこと伊口秀一とマグネこと引石健磁の取り調べも、両人共に予想外に黙秘を続けており全く進展を見せていない。利害関係だけで繋がっていると思われた
そのため
「お前たち一旦、訓練を中断して集合しろ」
イレイザーヘッドが訓練中の生徒達に集合の合図を掛ける。
突然中断されたことに疑問符を浮かべつつも生徒達は迅速に集まってきた。
イレイザーヘッドは相変わらずの平坦な口調で生徒達に説明を始めた。
「個性伸ばしや必殺技の開発は個人差があるが、ある程度は定まってきた。期間的に技の開発がもっとギリギリまで掛かると思っていたが、想定以上に順調に進んでいるため次の段階に移れると判断した」
イレイザーヘッドの言葉に生徒達が期待の表情を見せる。
「具体的には、実際の仮免試験対策を行う」
基礎能力を上げてきた段階と明確に違う、実際に行動を起こす応用訓練である。
基礎能力訓練の段階では、実戦を想定していたとしても感覚やイメージのズレが起こる。それを修正するためには、実戦に近い形で訓練を行う必要があるのである。
「というわけでほれ。狩人、説明してやれ」
「何をですか?」
さも当然のように話をしろと振られたが、事前の打ち合わせがあるわけもない。
イレイザーヘッドは私に視線を向けているが、何を話せというのだろうか。
「勿論、仮免試験についてだよ。この中じゃ一番直近に仮免試験を受けたのは狩人だろう? 一番生徒達に参考になる話ができるのはお前だ」
「……なるほど。わかりました。とはいいましても、試験の性質上、参考になるかどうかはわからないのでは?」
「いいからほれ」
そういうとイレイザーヘッドは壁にもたれ掛かり、顎をしゃくって早くしろと促してきた。
周囲にわからないよう一つ嘆息しつつ頷き、生徒達へ向き直る。
生徒たちの表情には疲労の色が浮かびながらも真剣な視線を注いでいる。その真剣に応えられるだけの有用な助言をどこまでできるのだろうか。
本来ならば、傾向と対策を伝えることが王道なのだろう。だが、ヒーロー活動認可資格試験は本試験だけでなく、仮免試験すらも流動的に内容が毎年変化するため、一面的な傾向を伝え、その対策をとってしまうと逆効果になりかねないのだ。
だがそれでも僅かにでも私の経験そのものが彼らにとって有意なものであるならば、伝える価値もあるのだろう。然らば埃を被った記憶の糸を手繰り寄せる必要がありそうだった。
「さて説明と言っても、仮免試験は毎年形式が変わります。ですから、私のときの試験内容をそのままお話ししても意味がありません。ですが、ある程度の傾向はありますし、なによりも本質は変わりません」
「ちなみに、意味はないとはいえ先生のときはどんな試験だったのかしら?」
蛙吹梅雨が顎に人差し指を当てつつ、疑問を口にする。
「私のときは、被災地において
ヒーロー飽和時代と呼ばれ久しいが、私が試験を受けたときもやはり同じくヒーローの飽和状態は叫ばれていた。
個々人の実力よりも、個性を鑑みた上で適材適所に配置し集団として最大限の効果を求めることを当時は第一に考えられていたのである。
そのため私が試験時に判断したことは「完全制圧後ならば精神的に余裕をもって報告ができ、後の救助活動の憂いを絶つことができる」だったため、救援到着までの時間から逆算し、眼前の
今思えば、試験なのだから救援の連絡を他の誰かに頼むことをしていれば幾分か楽になったであろうが、当時の私にはどの様なことであれ任務中に誰かを頼るなどあり得ないと即断で切り捨てる選択肢である以上、それしか最善策として取りえなかったのであった。
「先ほどもお伝えしましたが、試験そのものはほぼ間違いなく私が受けたときとは違う形式で出題されますが、試験官が観察するポイントは限られているのです」
三つ指を立て、生徒達に提示する。
「ヒーロー活動は、三つに大別されます。即ち、『救助』『避難』『撃退』です。これはヒーローの基本三項と呼ばれるものですが、試験はそれぞれに特化したシチュエーションが用意され、適切な行動をとることが出来るかを見られます」
一応、イレイザーヘッドに視線を送りつつ間違っていたら訂正を促すようにしているが、今のところ口を挟まないということは特段の問題がないものとして判断していいのだろう。
「基本的には、『撃退』を主にした戦闘能力を測る試験と『救助』を主にした救出能力を測る試験が一次試験と二次試験に分けられて出題されます。その年ごとに一次試験が『撃退』のこともあれば『救助』のこともありますので、一概に一次試験はどちらであると断定はできませんが、この構造自体は十数年は変わっていません」
ここまで説明したところで、八百万百から手が上がる。
「質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「先程、先生はヒーローの基本三項を上げましたが、試験には『避難』は出題されないのでしょうか?」
「尤もな疑問です。『避難』という項目は『撃退』と『救助』の何れであっても基本的に付随されてくるものとして考えられています。つまり試験は『撃退』並びに『避難』、もしくは『救助』並びに『避難』といった形で出題されるということです」
「なるほどですわ。状況から
「そういうことです」
ヒーローとして現場に出れば、思考を放棄して無心で一つのことに徹していればいいということはない。その場その場で、常に判断を試されるのである。
そして、仮免とはいえ現場でヒーローとして振る舞うことになれば、少なからずその判断をしなければならない場面に出くわす可能性が往々にしてありえるということでもあった。
今度は、緑谷出久から手が上がる。
「あの、僕も質問いいですか?」
「ええ。なんでしょう」
「三つ全部が同時に出題されることはないんですか? 実際のヒーローたちはそんな状況も多いと思うんですけれど」
「確かに緑谷くんの言うとおり、現実では今の基本三項が同時に起こることもままあります。ですが、仮免試験でそこまで求められることは稀ですね」
「そうなんですか」
「現代ヒーローの在り方も試験には影響しています。医者が内科や外科と分けられるようにヒーローとして事務所を構えた際には、『撃退』を主として活動するか、『救助』を主として活動するか、自身の得意に特化して方針を定めるのが一般的です。オールマイトやエンデヴァーのような全てのヒーロー活動を包括的に行うことのほうが例外なのですよ」
「言われてみれば……」
「勿論絶対に包括的なシチュエーションが出題されないということは言い切れません。事実、もうかなり前にはなりますが仮免試験において『撃退』『避難』『救助』全てを行うシチュエーションが用意されたこともあります。特に顕著だったのはオールマイトのデビュー翌年です。その年は例年とはかなり逸脱した試験が設定されました。あの大災害があった翌年は、多くのヒーローが必要だと言われながらも仮免、本試験共にかなり高難度の試験が実施されたのです」
「……! それって、つまり」
「現実の情勢を鑑みて試験の難易度は変動する、ということです。そして、今年はおそらく難化すると予想されます。本来ならば、試験内容が数ヶ月前に変更になるということは、まずあり得ません。ですが、本年は例外が多くありすぎましたし、なによりその理由は皆さんなら身に染みてお分かりになるでしょう」
私がそういうと、生徒同士は眼を合わせていた。
雄英への襲撃、ステイン事件、I・アイランド襲撃事件、再度の雄英侵攻。
マスコミは連日、ヒーローが飽和していると言われて久しくありながらも、昨今の
その情勢を反映して、おそらく試験の難度は例年よりも厳しいものになると予想が立つのであった。
視線を感じイレイザーヘッドをみやると彼の視線からは、そこまで言わなくていいというニュアンスが読み取れた。生徒ら自身が、事件の中心にいたため試験難化の要因になってしまっているかもしれないという誤解を与えるなという意味なのだろう。
彼らでなくとも、大きな事件が起これば試験はそれを反映するように設定されるはずである。つまるところ、関わっていた者が雄英の生徒でなくとも試験は如何様にも変化していたはずだ。
だが、ニュースを始めとしたマスコミは雄英の対応に問題があるという風潮が強く、彼らは雄英生であることでどこかしら自分のことのように受け取ってしまっている可能性があった。
私としては、そのような意図は全くなかったが、確かに余計なプレッシャーを与えてしまったのかもしれないのだった。
「……全くもって難しい」
「先生?」
「なんでもありません。緑谷くんの質問はもう大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
緑谷出久は考え込みながらも、そこに悲愴はない。
それは、他の生徒達も同じであった。
イレイザーヘッドが頭を掻きながら生徒達の前に戻ってきた。
「ふー……まァ、お前も教師としてのレベルも上がってきたってことにしておいてやろう」
「そうですか」
どうやら、私の教師としての試験でもあったらしい。
イレイザーヘッドの反応から見るに、満足な出来というわけではないが一切の不合格というわけでもないようだった。
「今、狩人から説明があった通り試験はシチュエーションが用意され、それを解決していくパターンが多い。俺の時もそうだったが仮免では応用的、複合的に能力を審査されることになるはずだ。個性把握テストのような個々人のポテンシャルだけを審査するというものでは当然ないということだけは覚えておけ」
イレイザーヘッドが私がした説明に補足的に情報を付け加えていく。
クラスごとの受験になるため他クラスと一緒の会場ではやらないということ、他校は通常二年で受けるため一年生である彼らよりも個性の扱いに長けているものがライバルになる、といった具合に試験要項を読んでいるだけではわかり得ない情報を並べていった。
「とりあえずこんなとこだろ。そんでこれからやる訓練についてだが」
一通り話終えると不敵な笑みを浮かべてイレイザーヘッドは生徒たちを見回した。
「『撃退』『避難』『救助』、全てを包括したシチュエーションを想定して行う」
それを聞いて生徒たちは驚き半分、しかしもう半分は想定の範囲内だという反応をしていた。
「なんとなく相澤先生なら、仮免試験に特化した方が合理的だっていいそうッスけどねー」
上鳴電気が何気なく言うと、一つイレイザーは息を吐いた。
「仮免試験だけが目的なら、確かに上鳴の言うとおりだが仮免は通過点に過ぎない。あくまでも目標はプロヒーローになり、プロとして活躍することであって、仮免試験でしか通用しないような訓練は後々無駄になる。だからと言って仮免の対策を練らず疎かにすることは当然ながら愚行。だから先を見据えてこういう形をとることにしたわけだ」
だが、訓練や試験と言えども
「ま、プルスウルトラの精神だ。かなりキツいが乗り越えていこう」
イレイザーヘッドは軽く言い放ったが、少なくとも十数通りのパターンが存在するのだから基本を押さえるだけでも相当に時間を要することになるはずだ。
生徒達は根気と集中を切らさずにどこまで状況対応ができるかを試されることになる。
「とりあえず、狩人。『撃退』『避難』『救助』を同時にこなさなければならない状況を挙げてみろ」
「わかりました」
どうやらイレイザーヘッドはまたしても私に
まだイレイザーヘッド流の教師指導は終わっていないらしい。
「まず、周辺環境の想定から始めましょう。皆さんもどのような状況が想定できるかを考えながら聞いてください」
とはいえ、私は私のやり方しか知らない。
いくらこれが教師としての職務と言えどもイレイザーヘッドの機嫌を取るためにやる必要もない。
私の思う、私のやり方の最大効率で彼らに伝えるだけであると思いつつも、無縁ゆえに埃をかぶり忘却の彼方にあった仮免試験を受けた際の記憶を必死に呼び起こしていた。
「真っ先に思い当たったと思いますが、第一は都市部や市街地で個性犯罪が起こった場合です。
ステイン事件の際の脳無の襲撃がまさにそれであると言える。
トップヒーローを目指す場合には、絶対に避けて通ることができないシチュエーションでもある。
「この状況下では、
都市部の
人口と建造物が密集しており、その場で
「また、敵以外にも人口密集地では二次災害を引き起こす要因があります。何かわかりますか?」
生徒たちに質問を投げ掛けると、麗日お茶子と目があった。
「ええと、なんやろ……そや、パニックになった一般人の行動とかですか?」
「ええ、その通りです。集団でパニックに陥った場合、先導する者がいない場合、一般人は無秩序に周囲の状況を鑑みずに逃げ出そうとするため、大きな事故に繋がることが多くあります。それを引き起こさないようにするのもヒーローの務めのひとつというわけですね」
「やたっ!」
「ですが、それだけでは半分です。もう半分、一般人が引き起こす二次災害があります」
再び、生徒たちを見回しながら問いかける。
「それは、一般人による善意の救助活動ないし撃退活動の手助けです。これによる二次的な災害は調べてみればわかりますが、驚くほど多い」
このヒーロー社会だからこその弊害を知ることも必要不可欠であると私は考える。
どうしようもなく自身だけではコントロールができない事態があるということを理解できるはずだ。
「訓練を積んでいない所謂素人が純然たる善意でヒーローを手助け、ないし自身で目の前の状況を解決しようとした結果に引き起こされる事故は、善意であるが故に無くすことがとても難しいのです。例えば被災者を助けようとしたために二次被災者になってしまうことや、一般人が
私がそういうと、緑谷出久と爆豪勝己は各々苦虫を潰したような顔をしたのだった。彼らなりに、心当たりと思うことがあるのだろう。
勿論、現場に居合わせた一般人が事件解決に劇的な効果をもたらした事例がないわけではない。
数年前の鳴羽田でおきたスカイエッグタワー倒壊事件の際には、オールマイトをはじめとし、ベストジーニストや当時来日していたキャプテン・セレブリティが表立ち事件解決の立役者として扱われている。だが個性の無断使用もあり非公式の扱いになっているが、そこに居合わせたとある大学生の助力による貢献が大きかったと、当時現場に関わった者たちは口を揃えて言う。
その大学生が関与したのは時間にすればほんの数分でしかないが、そのたった数分の助力がキャプテン・セレブリティを持ちこたえさせ、ベストジーニストを立て直させ、オールマイトを間に合わせた。
そして五万人を巻き込んだ大規模
しかし、それは特異なケースであることは言うまでもなく、一般事例として捉えるわけにはいかない。
「災害現場の一般人は基本的に興奮状態にあるため、多くの方が平時であれば可能な合理的な行動をとることができないことが多い。故に、ヒーローは撃退を主な活動にしていても
その後も、郊外における立ち回りや山岳や森林、沿岸部、水上水中における追跡を含めた状況判断、追撃を行うべき場合、反対に退くべき状況を私なりに伝えていった。
戦闘はともかく、ヒーローとして活動をしてこなかった私にとって彼らに伝えられることは、オールマイトをはじめとした様々なヒーローの活躍を思い起こしつつ、その虚像を組み上げることだけだった。
ヒーローの現場を知らないわけではない。だが、実際に携わっていない者の言葉にどれだけの意味があるのだろうか。
「……以上が、基本三項を同時にこなす必要がある基礎的状況です。しかしです。ここまで長々と説明してきましたが、これらは現着するまでのブリーフィングで予測しておくべき状況想定、もしくは突発的に事件現場に居合わせた際に即座に想定し判断すべき基本にすぎません。実際の現場に立ち会えば、刻々と変化する状況の中で、自身の予測を軽々と凌駕する事態が次々と立ちはだかってくるでしょう。これは以前の職場体験で感じた方もいると思います」
彼らが今後ヒーローとして歩んでいくならば、まったくの予想通りに対処できることなど生涯で数えるほどしか起こらないであろう。
不測を常に想定するという矛盾がヒーローにとって一番最初に立ちはだかる試練であり、受け入れて初めてプロへの一歩目である現場に立つ資格が得られるのである。
「そのため、訓練の段階で可能な限り状況を想定し即断で次善の策を立てられるようにしなければなりません。これは才能ではなく、後天的に得られる経験則からの技能の一種ですが、だからこそ誰しもが身につけなければなりません。動揺から生まれる一瞬の躊躇やたった一つの判断ミスが自身の命、そして救うはずの他者の命をも危機に晒してしまうのです」
今の言葉は、自戒を込めてだ。
これまで私が誰かを直接的に守るということはなかった。救うということに関しては、論ずる価値すらない。
だが、今ここにいる私は、誰かを守るために戦う必要があるのだと、この数か月で嫌というほどわからされたのでもあった。
私には誰一人『救う』ことはできない。それでも『守る』という責務からは、逃げてはならない立場になってしまっていた。
「ヒーローを続けていく中で勝てないと解っていても、挑まなければならない戦い――対
現実は勝ち負けや成功失敗の二元論で語れるほど、単純なものではない。
何かを活かし、何かを犠牲にする。捨てたくないものすらも捨てて、直視をすることすら嫌悪するようなものを拾う。そんな不合理な取捨選択をしなければならない日が必ずやってくる。
つまるところ『全てを救う』などというのは理想論でしかない。歴史上の誰もなしえていないし、今後もなせるものではない。
しかしだからこそ、ヒーローは理想という最大値を追い求め続けるのである。
理想に傾倒し執心する現実主義者という歪さこそが、この現代社会においてヒーローをヒーローたらしめているのだ。
「今できることの最善を尽くし、最大の結果をもたらすことがヒーローに求められるものである以上、次の二点が重要視され、同時に満たすことが仮免合格の最低条件です。それが状況対応能力と状況判断能力なのです」
事件に出くわした際に『何ができるか』と『どうすればいいか』を瞬時に導き出すこと、そして最低でも『なにもできない』といった思考停止状態に陥らないことが肝要である点は伝えておくべきことだろう。
「当然ですが、闇雲に何かをしていればいいだけというわけでもありません。仮免とはいえヒーローとして現場で扱われる以上、有用な結果をもたらさなければなりません。これは警句ではなく『個性』を扱う者としての責務であり、皆さんが合格のためには『自分はヒーローとして有用な人物になりえる』とアピールすべきポイントなのです」
『個性』が強力であろうと、素晴らしい格闘術を持っていようと、思想が素晴らしかろうと、いくら折れない信念をもっていようと、それを現場で発揮し有意な結果をもたらすことができなければ全くの無意味であると切り捨てられてしまうのがヒーローという職業だ。
信念無き力だけでは、力なき信念だけでは、意味がないのである。
仮免試験は、合格基準があるといえど正確な数値で測る試験ではない。それはヒーローとしての活動が正確な数値で測れるものではないことに起因している。
シチュエーションを限定し数値化をしようと思えばできるのだろう。個性が千差万別といえども、救助に向いている個性や戦闘のための個性にはある程度の一貫性を見出すことができる。
だが、それでは未知に対して強い脆弱性を孕んでしまうのだ。
もしも未知の状況を想定しないのならば、それに合わせて数値を測定できるようなシチュエーションを用意すればいいだけである。
だが、そのように単純な数値化をしないのはヒーローにはどうしても数値では測れないものがあるからなのだろう。
実力者に与えられるだけならば、わざわざ毎年試験方式を変える必要はない。
いくら労力がかかろうとも、ヒーロー公安委員会が流動的に試験方式を変更し合格基準や合格人数すらも変更してまでこのような試験を行うのは、既知に対応できることはもはや大前提であり、未知への対応こそがこれからのヒーローに求められる真価であると捉えているためと考えられるのである。
「ま、そんなもんだろう」
イレイザーヘッドが壁から背を離し、再び生徒の前に戻ってきた。
「狩人が言った通り、定型の試験ではない。だからこれからは各シチュエーションをより具体的に想定し対応力を向上させる訓練に入る」
そして、にやりと口角を上げた。
「まず手始めに、二対二十の『撃退』『避難』『救助』を想定した模擬戦を行う。お前たちはもちろんヒーローとして。そして
生徒たちの驚愕の表情とともに、何も聞かされていなかった私もまた呆気にとられたのであった。
【夜空の瞳】
精霊に祝福された軟らかな瞳
かつて学び舎が見えた神秘の名残だが
終に何物も映すことはなかった
その瞳孔の奥には、暗い夜空が果てしなく広がり
絶え間なく、隕石の嵐が吹き荒れている
僅かに瞳を擦りもすれば、それは飛び出してくるだろう