月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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お久しぶりです。
いただいたご感想等、ありがたく読ませていただいています。
時間取りつつ今後もかけるときに書いていきます。


44.対策、仮免試験

 仮免試験用の特別講座のため場所を体育館γから移し生徒共々バスにて別会場に向かっている最中である。

 今回の(ヴィラン)役用にイレイザーヘッドから渡されたブリーフィングファイルに目を通す。どうやら十数年前の銀行強盗をモデルケースにするらしい。実際の事件とは構成人数も違うし、なにより随分と悪辣なモデルケースを選んだものだと思うが、これはヒーローならば必ず知っておかねばならない事件の一つであろう。

 通路を挟んで隣り合って座っているイレイザーヘッドとは、特に言葉を交わすわけでもなく窓の外を眺めていた。

 

「一つお訊きしてもいいですか」

「なんだ」

 

 私が声を掛けると、気怠げに視線だけをこちらに寄越す。

 

「なぜ私と? 相澤先生ならばご自身と同じような近接タイプよりも搦め手も駆使できるセメントス先生やエクトプラズム先生と組んだほうが状況に幅ができますし、そちらのほうが訓練として効果的だと判断しそうなものですけれど」

「当然それは考えた。だが、こういった同タイプが複数のシチュエーションも当然あり得るし、なにより一番初めに行うのであれば搦め手を受けたことに囚われて余計なことをごちゃごちゃ考えさせてしまうより、有無を言わせない圧倒的な相手から蹂躙されるほうがこれから自分たちがどんな世界に身を投じようとしているか理解できると思ったからな」

「この人数差を圧倒するのは前提なのですか」

「この間の林間学校で、あれだけの立ち回りをしてできないとは言わせん」

 

 視線だけでなく、イレイザーヘッドは改めてこちらに顔を向ける。

 

「だが、まァ……実際のところ、シチュエーションのためというのは理由の半分、ってところだな」

「半分ですか?」

「もう半分は、悪いが我欲だ。俺自身を鍛え直すために、こうさせてもらった。セメントスやエクトプラズムさんと組んだ場合、俺自身はサポートに徹しないと不合理だろうし、なにより(ヴィラン)として不自然になる。俺たちプロヒーローと違って誰かがサポートに徹するようなチームプレイを優先する(ヴィラン)集団はレアケースだ。そうなれば手始めに行う訓練としては相応しくないし、なによりも俺が直接戦闘をする機会が激減してしまう。だが狩人となら、俺も否が応でも前線に出ていかざるを得ないからな」

「そういうことですか」

「それに、間近で狩人の戦闘も見られるというのもある」

「ご参考になるようなものではないと存じますが」

「謙遜するな。林間学校で狩人が対峙したあの喋る脳無。お前が倒せていなければ、かなりの高確率で全滅していただろう。もし仮にあそこにいた狩人以外の全員が万全の対応を出来ていたとしても、少なくない被害を被ったのは想像に難くない。それを施設の壁が破壊されただけで済んだのは、間違いなく狩人の功績で実力だよ」

 

 気怠そうな眼はそのままだったが、その言葉からは適当に茶化すような外連味はまったく感じられない。

 

「本来ならば、俺が対応すべき役目だった。サイズで劣ろうとも、パワーで劣ろうとも、スピードで劣ろうとも今までそうしてきたつもりだ。独立独行(スタンドアローン)でプロとして活動していくと決めて事務所を構えたあの日から、甘えることはできなくなったはずだった。だが、あの林間学校での襲撃。俺が真にやらなければならなかったことが眼前に現れ、しかし俺単独ではどうしようもできない現実として目の前に突き付けられたわけだ。だからこそ、同じ轍を踏まないように今からでも、もう一つ上のステージに上がる必要がある」

 

 抑揚のない平坦な言葉のなかには、僅かながらに悔恨と怒り、そして哀しみに似た感情が渦巻いていた。

 イレイザーヘッドは、雄英を卒業してすぐに個人事務所を設立している。

 どこかのプロヒーロー事務所に相棒(サイドキック)として所属し経験を積んだ後、独立をするというのがプロヒーローの王道のキャリアであるが、イレイザーヘッドはその過程を全て省略しているのだ。

 彼は決してオールマイトのように飛び抜けた能力や実力があるわけではない。今でこそ、個性に拠らない体術のみでみれば、間違いなく上位数%に位置する実力者であろう。

 しかしそれは、プロとして経てきた経験のなかで培われたものであり、才能というにはあまりにも乏しいものであると言わざるを得ないし、個性に関しても彼の思い描く独立独行(スタンドアローン)を十全にこなせるようなものでもなかったはずだ。

 それでもイレイザーヘッドの個人事務所には彼以外のヒーローである相棒(サイドキック)はおろか、ヒーロー活動を支えるサポーターやオペレーター、事務員すらもいないのである。これは、イレイザーヘッド自身の覚悟の表れなのだろうが、現代のヒーローとしてはあまりにも無茶苦茶であることは彼自身も十分に理解していたに違いない。

 それにも関わらず独立独行(スタンドアローン)に拘っていたのは、彼の中でそうでなければならない理由があったからなのだろう。

 イレイザーヘッドは何かを思い返しているのか、私からふと視線を外し窓の外の景色を意味もなく見つめていた。

 

「……全てを一人でどうにかしたいとは、意外と傲慢なのですね」

「あぁ。俺は傲慢で欲張りなんだ。だから、生徒も狩人も気兼ねなく利用させてもらうことにした。努力なんてものは何かを失ってからじゃ遅すぎる。喪ったあとに気付くくらいなら、最初からそうあるべきだったんだよ」

 

 最後の言葉は私には向けられていなかった。「だった」という過去に向いた言葉に込めた彼の胸懐は、私には推し量ることはできない。

 

「つまらんお喋りをしたな」

「そうですか? 十分有意義でしたよ」

「奇特なやつだ」

 

 そういいながらイレイザーヘッドは苦笑を浮かべていた。

 バスのブレーキと共に会話は途切れ、同時に会場に着いたことを知らせる。

 生徒たちの降車が終わった早々にイレイザーヘッドが説明をはじめた。

 

「ここは見覚えがある者も多いだろ」

 

 着いた先は、かつて雄英高校の一般入試、その実技試験が行われた会場だった。金網で作られたゲートを前に、生徒たちは懐かしそうに思い出話をしている。

 入試ではこのオフィス街を模した会場に散らばった機械で作られた仮想(ヴィラン)を倒してゆくという試験であったが、イレイザーヘッドはそれを我々でやろうとしているということなのだろう。

 

「轟と八百万の推薦組は、初めてだったな。ここは、今年の雄英の一般入試の会場だった場所だ」

 

 突然、轟音が響いたかと思うと会場の中央付近で一つの中層の模造オフィスビルの外壁の一面が崩れ落ちていった。

 

「さて、説明するまでもないと思うが現場は今崩れたビルだ。お前たちはあのビルの倒壊に偶然居合わせたという設定だな」

 

 イレイザーヘッドが状況を説明している間に、先行していたセメントスとエクトプラズムが合流してきていた。

 

「準備ハ滞リナク終ワッタゾ。イツデモ始メラレル」

「ありがとうございます」

 

 話を聞いているとエクトプラズムの分身がどうやら要救助者役を担うらしい。数は三十。本体と残りの分身六体、そしてセメントスは万が一の事故を起こさないように監視役兼判定員を務めるようだった。

 

「クリア要件を設定しておこう。まず、絶対条件として人数の如何に関わらず要救助者を救助エリアに連れ出すこと。次に救助を十五分以内に終え、尚且つ自分達が全滅しないこと。そして、(ヴィラン)役の俺たちを取り逃がさないことだ」

「救助エリアは俺が造っておいたからね。分かりやすく舞台みたいに盛り上げておいたから見ればわかると思うよ」

 

 イレイザーヘッドの説明にセメントスが補足を入れる。

 本来ならば、救護班の到着の時間的なラグも考慮すべきなのだろうがまだ訓練の第一段階であるため省略したといったところなのだろう。

 

(もしくは、イレイザーヘッドが救護班が駆け付けるまでの時間内には誰一人通さないというつもりでいるかだな)

 

 その後もイレイザーヘッドが説明をいれていく。

 たとえ、エクトプラズムの分身が消えても、つまり要救助者が死亡しても訓練は続くことや仮に全員を迅速に救助し終えたとしても最低限十五分は続けることなどを伝えていった。

 

「十五分というのは、プロヒーローが到着するまでの最大時間をみている。どんなに遅くとも十五分経てば誰かしらプロヒーローは現場に着いているのが一般的だ。ま、十五分経てば俺達をどうにかできるヒーローが現着するという設定と考えてくれればいい。ただ、合流してきたヒーローが全力で(ヴィラン)に対抗できる状況を作り上げることも必須。つまりなんにせよ、開始から十五分後の状態が、そのままリザルトになると考えておけ」

 

 実際にオールマイトやエンデヴァー、それに続くナンバースリーに位置するヒーローであるホークスなどは、よほど距離が離れていない限り五分と経たずに現着する。そして彼らならば、大半の(ヴィラン)をものともせずに蹴散らせることも事実であるが、多くのヒーローが彼らと同じようにできないこともまた事実なのであり、やや楽観的な状況設定であった。

 

「はっ。俺らに殺られることは想定してねェってか」

 

 爆豪勝己が鼻を鳴らす。

 イレイザーヘッドは、爆豪勝己に視線を移した。

 

「爆豪。俺と狩人をたった十五分で制圧しきれると思うなら、それも構わないが――」

「ンなわけあるか。ただでさえ強えあんたらが組んだらそら強ェだろうよ。けど、あんまし舐めてっと足掬ってやることも忘れんなよ」

「俺達の足を掬うほどに成長しているなら文句はない。だがな、爆豪の思っている以上に基本三項を同時にこなすってのは難しいと痛感することになるぞ」

 

 極めて断定的にイレイザーヘッドは言い切ったのだった。

 

「ちなみに、俺達を拘束する場合は、全く遠慮は要らん。全力でやれ。少しでも緩めたら逃亡されると思っておくことだ」

「それは、捕獲しても拘束から脱せられたらやり直しってことですか?」

「そういうことだ。だから最後まで気を抜くんじゃないぞ」

 

 尾白猿夫の疑問に、不敵な笑みでイレイザーヘッドは答えた。

 

「ま、やってみればわかるさ。最後に脱落の条件を伝えとく。脱落したら、その回は復帰不可だから実のある訓練にしたきゃ必死でやれ」

「脱落条件があるんですか!?」

 

 麗日お茶子が反射的に食い付く。

 

「当たり前だ。仮免試験もそうだが、実際の現場でも一発でNGになる行為なんざいくらでもある」

 

 だが、とイレイザーヘッドは付け加える。

 

「今回は初回だからな。かなり緩めに設定してやる。脱落条件は『お前たちが死んだら終わり』それだけだ」

 

 生徒たちに疑問符が浮かんでいる。

 その疑問符を掻き分けて、数台の運搬用のロボットがやって来ていた。

 

「ドケドケ! マッタク、ロボットヅカイガ、アライゼ」

 

 口悪く音声を発しながらロボットたちが運んできたのは高さが二メートル程の中型のコンテナであった。

 ロボットたちはコンテナを置くと用は済んだと、さっさといなくなってしまっており、生徒たちの興味もコンテナに移っているようだった。

 イレイザーヘッドが閂型の鍵を外しコンテナの観音扉を開くと、ずらりと武器が並んだ光景が拡がっていた。その中から一本のコンバットナイフを手に取る。

 

「これは、刃の部分がゴム製のナイフだ。切りつけられても全く痛くはないだろうが、ペイントが付くようになっている」

 

 イレイザーヘッドの説明で、芦戸三奈と上鳴電気は渋い表情を浮かべている。

 私が期末試験で使ったものと同じギミックが備わっているということは、十中八九パワーローダーが関わっているはずだ。

 コンテナの中を覗けば、ナイフだけでなく私の狩り武器を模したものも数多く収納されており、ご丁寧にペイント弾まで用意されているのをみて、それは確信に変わった。

 おそらく、イレイザーヘッドがパワーローダーに自身のナイフを発注した際に一緒に私の模造武器も依頼しておいたのだろうが、パワーローダーもパワーローダーでどれを用意したらいいか判らずに手当たり次第用意したといったところなのだろう。

 しかし、私が期末試験で使ったものとは違い見た目もかなり本物の質感に近づけてあり、遠目でみれば判別はかなりしづらく仕上がっていた。

 相変わらずの精巧さに感心しつつ、コンテナの観音扉の内側にふと目をやると丁寧に折り畳まれた紙片が貼り付けてあった。剥がし拡げると、そこにはパワーローダーの字で『()()()使うことになるかもしれないからね。餞別だよ』と書かれていた。

 随分と周到すぎる用意に呆れながらも、使用する狩武器にあたりをつけておく。中には千景を模したものもあり、思わず手に取ってしまう程度には愛着のある狩武器になっていることを実感させられたのだった。

 

「基本的には急所に当たらなければ、どこを切りつけられても気にせず向かってきて構わない。だが、急所でなくとも明らかに一撃で致死の攻撃を受けたのなら、その場合も脱落とするからな。ああ、勿論俺達もお前たちから致命的な一撃を受けたと判断された場合は死亡として脱落するが、ヒーローたるもの間違って殺してしまいましたなんてことは、ご法度だ。念のため言っておくぞ」

 

 イレイザーヘッドにしては、生徒側にかなり緩い条件を設定しているが、それだけ彼も本気で生徒たちを叩き潰す心算でいるようだ。生徒側からすれば緩い条件ということは、裏を返せば私たちにとっては厳しい条件であるということでもあった。

 

「さて、説明自体はこんなところだが、狩人からは何かあるか?」

「いえ。特に私から補足するようなことはありません。ただ、少しだけ訓練を始める前にお時間を頂いていいですか?」

「構わんが、何をするつもりだ」

 

 私は、コンテナの中にあった金属塊を取り出してきた。

 パワーローダーが、どこまで想定していたのかわからないが、あまりの周到さにただただ恐れ入るといしか言いようがない。

 セメントスに、『個性』で簡易的な丸テーブルを製作してもらい、その上に金属塊を乗せる。

 十数センチ程度の立方体のそれは、光沢を持ちながら鉛色を湛えていた。

 

「これからすることを皆さんにも当然見ていてほしいのですが、特に見ていただきたいのは切島くん、八百万さん、轟くんです」

 

 三人は意外そうな顔をしつつも、集団の前方へやってくる。

 

「これはタングステンカーバイドと呼ばれる合金です。ダイヤモンドとまではいきませんが、それに準ずる程度の硬度を誇る金属と捉えてください。イメージがしにくければ少なくとも鉄よりは硬いと思ってくだされば結構です」

 

 千景を抜刀し、切っ先をタングステンカーバイドに定め、ゆっくりと振りかぶった。

 

「いきますよ」

 

 振り下ろした千景は、空気を嘶かせ金属塊ごとコンクリートのテーブルを真っ二つに切り裂いた。切り分けられた金属塊は鈍い音と共に無為に転がっていく。

 

「このように実際に真剣を振るった場合には、このレベルの金属ならば断ち斬ることが可能です。流石に豆腐を切るように、とまではいきませんが全身全霊を込めた渾身の一振りというわけでもありません。通常の攻防の中でならば繰り出せる程度の攻撃と考えてください。当然ながら今回使用するのは相澤先生の持っているものと同様のゴム製になりますので、この訓練においては皆さんの防御を切り裂けるはずもないですが、実戦を想定しての防御の参考にしてもらえればと思います」

 

 特に切島鋭児郎はその個性柄、刃物に対しての防御には絶対的な自信がある。

 だからこそ、斬撃や刺突を軽率に受けるきらいがあることも事実だ。それは決して間違った判断ではないし、得意を活かすことはひとつの最適解でもある。ただヒーローとして咄嗟に(ヴィラン)の攻撃をその身を挺してでも受けなければならない場面もあるだろうが、相手の性質を見極められる状況にありながら、観察を放棄し刃物だからと思考停止をしてしまうのは致命傷になりかねないと、このパフォーマンスを通して伝えておく必要があった。

 八百万百と轟焦凍も同じだ。大抵の攻撃ならば、八百万百は『個性』である創造を用いて、防御のための物体を瞬時に生み出し受けきることが可能であるし、轟焦凍も氷の壁を張れば大半の攻撃を阻害することは難しくない。

 だが、それに慢心してしまい思考停止で受けに回ってしまったとき、彼らの防御をいとも容易く破る相手に出くわした瞬間に勝敗が決定的なものになってしまう。

 せめて、そんな笑い話にもならない悲劇だけは起こさぬよう、今のうちから意識改革を行っておく必要があるのだ。

 転がったタングステンカーバイドを拾い上げ、切島鋭児郎は切り口を見つめている。

 

「……()()()()()()()()()()()()んスね」

「ええ。こうしなければ意味がありませんでしたので」

「そういうことなら、理解したッス」

 

 当然ながら、私の能力を見せびらかすなどという愚劣以下の下らないことをするために今のパフォーマンスを行ったのではない。

 以前、切島鋭児郎とは『硬い』ということは何かと議論を交わしたことがあった。

 彼が必殺技として見せた全身を自身の限界硬度にまで引き上げる技『安無嶺過武留(アンブレイカブル)』を私が拳で砕いてみせたのだ。

 自信があった故か彼の落ち込みも激しいものだったが、そもそも切島鋭児郎は勘違いをしている節があった。

 ダイヤモンドであっても鉄製のハンマーで叩けば簡単に砕けることが周知の事実のように、基本的に物質は硬度が高くなればなるほど、靭性は低くなるという性質がある。つまり『硬化』とは摩擦や局所的な圧力には強くなるが、変形をしにくくなることで耐衝撃性は損なわれ砕けやすくなるという、言わばトレードオフの関係なのである。

 要するに硬いということは、イコールで堅牢であることではないということだ。

 切島鋭児郎の『硬化』は地球上の物質では類を見ないほど硬度と靭性を両立しているまさに『個性』であったが、それでも硬度を上げれば上げるほど靭性は低くなるという原則は変わっていない。

 即ち、切島鋭児郎の『安無嶺過武留(アンブレイカブル)』はどちらかといえば防御よりも攻撃に特化した技であり、少なくとも全ての攻撃に対して受けの思考でつかうべき技ではないという知見へ既に至っている。

 しかし同時に刃物に対しては無類の強さを誇る戦型でもあることも否定できない。切島鋭児郎がひと度『安無嶺過武留(アンブレイカブル)』を発動すれば、たとえばムーンフィッシュの『歯刃』程度ならばいくら攻撃をされても無傷でいられるに違いない。

 ただそれでも上には上がいることに違いはなく、(ヴィラン)側に刃に類するものを見たからと言って安直に『個性』で受けることは死に直結することを知ってもらわねばならないのだった。

 

「攻撃の成否は監視役のセメントス先生とエクトプラズム先生に判断をお任せしますが、ゴム剣自体を防いだからといって必ずしも防御できたと思わないでいてくだされば結構です」

 

 仮免試験から先に必要なものは、今までよりさらに実戦的な思考と想定だ。

 プロヒーローの二人ならば、私の斬撃の威力はおおよその見当はついたであろう。そのためにわざわざセメントスが用意したコンクリートの台座ごと斬ったのだ。

 セメントス達の目線の先がイレイザーヘッドに集まると後ろ手で頭を掻きながらため息を吐いていた。

 

「ま、ゴム剣だからといって気を緩めるな、ってことだ 。真剣なら斬れると証明された以上、そういうものだと思っておけ」

 

 イレイザーヘッドは、私に会場へ向かうように促し、生徒たちへ向き直る。

 

「さあ、始めようか」

 

 

◇◆◇

 

 

 雪崩れたように大通りに面した外壁が崩れ半壊したビルの瓦礫の上に立つと、足元からしわがれた呻き声が聞こえた。

 

「エクトプラズム先生の分身とわかっていてもこのリアルな呻き声は気になりますね」

「生徒向けのヒントだからな」

 

 イレイザーヘッドはセメントスたちが事前に用意してくれていた紙束が多量に入った大きなバッグを担ぐ。

 

「一応、銀行強盗だ。俺らは俺らでロールは遵守する」

「了解しました。では現場から離脱することにしましょう」

「いや、早速ヒーローたちのお出ましだぞ」

 

 逃走を試みようと周囲を見回すが、三方はビルに囲まれ、大通りに面した正面からは生徒たちが立ちふさがろうとしていた。

 さらに気づけばビルの上方にも複数の気配が集まり、既にこの場所を取り囲んでいた。

 

「想定通りだな。初回であることも考慮すると五分も持てば充分、ってところか」

「どこかで想定を超えてくれればよいのですが」

「まァ、あれだけ人数がいればこうするのが当然の行動だ。とりあえず俺は正面以外を牽制する」

「故に読みやすいですね。三時方向のビルに三人、十二時方向のビルに二人、九時方向のビルに三人。いずれも屋上に陣取っています。そちらは任せました。私は正面の突破を試みます」

 

 大通り側からは十人程度の生徒たちがまとまってやってきていた。

 飯田天哉が、先頭に立ち集団を率いている。移動中も指示を出しながら周囲の警戒や観察も怠っていない。入学時とは比にならないほど迅速で的確な動きになっていることに感心を覚えていた。真正面にたどり着くと、指を突きつけ声を上げた。

 

「動くなっ! 現行犯で確保す……る?」

『インゲニウム、アウトだよー』

 

 だが、現場に立つにはまだ足りない。

 飯田天哉の発声と同時に即座に斬り込み、首筋を真一文字に薙ぎ払った。

 セメントスが飯田天哉に死亡の判定を告げる。

 

「手順としては正しいですが、敵対した際の投降勧告や警告は最大級の警戒を持たねばなりません。このように敵の間合いに既に入っているときは特に、です」

「ふ、不覚……っ!」

 

 そういいつつ飯田天哉は大仰に倒れ込む。

 ただ、今回の場合は警戒していたとしても防げなかったであろうが。

 背後からはイレイザーヘッドの個性でのサポートがあったのだ。正面班の半分程度は個性が使えない状態になり、重ねて奇襲に近い速攻を組み合わせれば、この結果は必然であった。

 

「おい、狩人。講義は後にしろ。(ヴィラン)はそんなことしないだろ」

「ええ、すみません」

 

 イレイザーヘッドに諫められるのとほぼ同じくして、隙とみたのか正面から突入してきていた砂藤力道を袈裟懸けに、さらにその切り返しで耳郎響香を一息に斬り捨てる。セメントスのアナウンスが矢継ぎ早に判定を下していった。

 

「いいとこ無しかァ、クソぉ!」

「ま、マジぃ? 動揺するどころか全く揺るがないとか……」

 

 正面班に追撃を仕掛けようとした瞬間、分厚く数十メートルはあろう氷壁に阻まれたのだ。

 

「正面後方からですね」

「あぁ。俺の視覚外から一気にきたな。轟がまさかサポートに回るとは」

 

 氷壁は私たちをぐるりと取り囲み円形闘技場のように展開されている。とはいえ、私たちのいるこの場に要救助者がいる以上、全てを凍らせるような攻撃はできないこともあり、逃亡を防ぐだけの苦肉の策でもあるのだろう。おそらくだが、正面班が私たちのどちらかを釣りだし分断を図ろうとしたのであろうが、失敗したため次善策に移ったとみていい。

 

「その場凌ぎの時間稼ぎか。上から奇襲も考えていたみたいだが、正面の誘導に釣られるの前提だったのか踏み止まったみたいだな」

「流石に直線上に位置する要救助者を巻き込んでの攻撃はできないようですね。ビル上に陣取っている気配も息を潜めたようですし」

「……流石にこの時期にそんなことをされたら俺たちの指導力の不足が露呈しすぎて自己嫌悪になるな」

 

 しかし、奇しくも状況は重なってしまった。

 今回のシチュエーションのモデルとした事件も(ヴィラン)たちを包囲し、逃げられなくしたことに端を発し、そして以後の(ヴィラン)対応の指針の一つにもなった事件と繋がることになるのである。

 

「こうも再現されるとは思いませんでしたね」

「それならこちらもこの事件を再現してやるべきだろう」

 

 そういってイレイザーヘッドは倒れ込んでいたエクトプラズムの分身に近づいていき、エクトプラズムの被っているマスクを掴み顔を持ち上げ、思い切りその顔を地面に叩きつけたのだった。

 鈍い音がし、その音とともにエクトプラズムの分身は霧散していく。

 

「おい、包囲を解け。でないとここにいる奴を一人ずつ殺していく」

「人質は最後に一人残っていれば十分に機能するのですよ。つまりそれ以外は間引かれる可能性が大いにあるということです」

 

 イレイザーヘッドが生徒たちに向かって叫ぶと同時に私も倒れ込んでいるエクトプラズムの分身の頭を踏み砕いた。

 そう、この事件は(ヴィラン)たちを取り逃がさないために行った包囲が多くの人命を奪うことに繋がったのである。実際の事件では(ヴィラン)たちが指名手配されており個性が割れていたことと、対応に当たったヒーローの個性が個別に捕縛できる状況ではなかったこともあり、逃亡させないために作り上げた物理的な障壁が(ヴィラン)を追い詰め被害を拡大させてしまったのだ。

 これ以降、たとえ相手が逃亡を試みようとしていても、被災者とは迅速に隔絶させることを優先すべきということが基本的な考えとして根付いたのである。

 

「ヒーロー基本三項、イチのイチ。『被災者の確実な避難経路の確保の優先』だ。戦闘であっても救助であっても目的はなにかを考えろ。何のための行動なのかを常に念頭に入れて動け」

 

 イレイザーヘッドは声を張って、周囲へ呼び掛ける。

 

「相澤先生も講義してしまっているではないですか」

「……すまん」

 

 アンダーグラウンドヒーローと呼ばれる彼も、自身の修練だと嘯いていたがどうにも教職のクセが身に染み着いてしまっているらしかった。とはいうものの動きが淀むことも止まることもお互いに無く、エクトプラズムの分身を見つけては潰していく。

 

「やめろッ!」

 

 十名ほど潰したところで正面の氷壁を炎波が飲み込み、私たちの眼前を掠めていく。

 そこには、覚悟の据わった眼をした轟焦凍の姿があった。間髪を入れず、轟焦凍は二撃目の炎波をイレイザーヘッドに向けて放つと同時に私を拘束しようと氷結が地を這い迫る。炎波はやや上方に逸れたが、イレイザーヘッドの視界を塞ぐには十分だったようで、正面からの特攻にも拘わらず轟焦凍の個性が抹消されていない。

 それを合図に尾白猿夫、常闇踏陰が突進を開始しようとしていたが、それを足元の瓦礫を蹴り飛ばし弾幕にすることで一瞬だが踏みとどめさせる。

 

「イレイザーヘッド、正面と交代お願いします」

 

 私が視線を上に向けるとイレイザーヘッドも意図を察したようで、頷きひとつで前方へと飛び出し立ち位置をスイッチしていく。

 この気配は、おそらく上方から奇襲を狙っているのだろう。炎波で視界は遮られているものの気配が濃密になっていた。

 私はその場から隣接するビルの壁面へ一足跳びで向かい、さらに炎波を避けつつ壁を蹴りつけ三角跳びの要領で上方に昇る。

 両隣のビルの屋上には、緑谷出久と切島鋭児郎が両側のビルから挟み込むように今まさに降下してこようと身構えた姿があった。

 

「かっちゃんの言った通りっ!?」

 

 緑谷出久の声とは裏腹に切島鋭児郎は笑みを浮かべていた。そして緑谷出久の言い回しに違和感を覚える前に切島鋭児郎が声を上げた。

 

「今だぜ、梅雨ちゃん! 青山っ!」

 

 正面からは青山優雅のネビルレーザーが眼前に迫ってきていた。身を捩り上体を反らしつつ上空への銃撃で反動を利用して回避したのも束の間、外壁に張り付き、保護色によって擬態していた蛙吹梅雨の舌が肉薄している。背後からの気配に反射的に左の手刀で応戦し払い除けた。

 

「ケロ、やっぱり拘束までは無理ね」

「僕の最速のネビルレーザーをあっさり避けられちゃったよ……」

 

 落胆する蛙吹梅雨と青山優雅に反して、切島鋭児郎は嬉々として声を張り上げた。

 

「けど、その空中で止まる一瞬が欲しかったんだ! やってやれ、爆豪ォ! 葉隠ッ!」

「命令すんなや! クソ髪ィッ!」

「一緒にいっくよー! 集光屈折!」

 

 切島鋭児郎の背後から飛び出してきた爆豪勝己に合わせて葉隠透が私を挟み込むように反対方向のビルから立ち現れる。爆豪勝己が両手を弾くように合わせると閃光が炸裂した。

 

(フラッシュバンの挟撃か……!)

 

 先程のように銃撃を行い体勢を崩したとしても全方位を覆い尽くす閃光では視線を外したとて回避は不可能だった。苦肉の策として爆豪勝己の直前の動作から予測し咄嗟に左腕で眼を覆ったものの、強制的に防御行動をとらされてしまっている。そしてやはり次の瞬間にはゴム刀を握る右腕を巻き込んで胴体になにかが何重にも巻き付いてきていた。

 

「へへっ、模擬戦含めて初めて先生を拘束できたぜ!」

 

 瀬呂範太の声がした直後、瀬呂範太がテープを切り離し上鳴電気がそれを掴む。

 

「こうすれば、先生でも迎撃できないッスよね!」

 

 テープを伝い強烈な電撃が身体を駆け巡った。テープを力任せに引きちぎろうとしたが痺れから僅かに反応が遅れる。

 

「緑谷! 爆豪! いくぞ!」

「うんっ!」

「だから命令すんじゃねぇッ!」

 

 切島鋭児郎の号令で緑谷出久、爆豪勝己が空中へと踊り出る。

 左右直上、三方向の同時攻撃の展開。直撃は免れない。空中ではこの連携は回避不能であった。

 

(なんと素晴らしい成長だ。だが)

 

 ただ指を咥えてやられてやるわけもない。束縛から免れていた左腕でペイント弾の装填されたエヴェリンを構え即座に射撃体勢をとった。

 

「マンチェスタースマァッシュッ!」

徹甲弾(A・Pショット)ォッ!」

安無嶺過武留(アンブレイカブル)烈怒頑斗裂屠(レッドガントレット)ッ!」

 

 垂直回転から遠心力を乗せた高速の踵落とし、焦点を絞った狭小範囲速射爆撃、限界硬化をもってしての全力の拳撃と三者三様の攻撃が襲い来る。

 攻撃が届く前にようやく拘束テープを引きちぎることができたが、しかしこの不十分な体勢からでは全てを捌き受け流しきれない。

 攻撃を受け空中から叩き落とされるように身体は急降下していく。地面へ激突する寸前で体勢を整え身を翻した。片手片膝を着いた際の衝撃で小さくクレーターが生じたものの、どうにか着地することに成功したのだった。それでも口内に裂傷が生じ僅に血の味が滲む。

 

「……マジか、八人がかりだぜ。受け身どころか普通に着地決められるような攻撃じゃなかったろ……」

 

 切島鋭児郎から愕然といった言葉が漏れ出ている。空中で身動きのとれない切島鋭児郎と緑谷出久は瀬呂範太にフォローされつつ、屋上へともどっていった。ぽつりと漏らした切島鋭児郎の声を掻き消すようにセメントスのアナウンスが入った。

 

『フロッピー、チャージズマ、Can't stop twinkling.、インビジブル・ガール、アウトだよー』

「ケロ……」

「あれに反撃されるならもう無理っしょ……」

「全然僕の見せ場を作れなかったよ……」

「くやしー!」

 

 攻撃を喰らう前に銃撃を繰り出しそれぞれの急所を狙い撃ったのだ。しかし四名しか仕留めることができなかったのは不本意でもあり、それだけ攻撃が優秀であった証左でもあった。

 

『あと烈怒頼雄斗(レッドライオット)もアウトだねー』

「……実戦なら胴体真っ二つ、ッスね」

 

 胴体には真一文字にピンクの線が引かれていた。切島鋭児郎は立ち回りの関係上、運が悪かった。攻撃の際にゴム刀の範囲に偶然いたというだけである。緑谷出久と逆の位置ならば結果は違っていただろう。

 

「あれ? 俺セーフ?」

 

 瀬呂範太にも同じく銃撃を仕掛けていたが、切島鋭児郎へ向けた意識と同時攻撃を受けた衝撃で照準がぶれてしまい左上腕部に着弾するに留まってしまっていた。

 

(予測が甘かった)

 

 攻撃の威力もさることながら、一連の連携には瞠目するばかりである。

 上方に構えていたもの達を一掃するつもりでいたのだ。それが半数しか削れていないのだから、私にとっては失策と等しい。そしてなにより、ゴム刀がほとんど使い物にならない程度には切島鋭児郎への一撃で磨耗してしまっている。ゴム程度の材質では切島鋭児郎の身体は荷が重かったようだ。

 だが、失策であっても不快ではない感情を少なからず認めていることが不思議であった。

 

『テイルマン、グレープジュースもアウトだねー』

 

 セメントスのアナウンスで正面に目を向ければ、イレイザーヘッドが擬似コンバットナイフと操縛術を繰り出しつつ常闇踏陰と轟焦凍と戦闘を繰り広げている。

 どうやら、尾白猿夫と峰田実の二人は抹消を受けて純粋な体術を強いられたところを捕縛され擬似コンバットナイフで急所を突かれたらしかった。

 

(しかし、イレイザーヘッドがこれほどとは)

 

 今戦闘をしている常闇踏陰も轟焦凍も体術のレベルは決して低くない。峰田実も直接の戦闘力は高くないものの個性柄立ち回りには長けており、戦闘そのものが劣ることもない。もとより体術をメインに戦略を組み立てる尾白猿夫は言及するまでもないだろう。それをこの僅かな時間で適応し対抗し、制圧をした。さらには現在も優位に戦況を進めているのだからイレイザーヘッドの修練の深さの一端が窺い知れるのだった。

 

(制圧も時間の問題だが……)

 

 生徒たちの人数が足りない。上方から八名。正面に七名。残り五名が視界の範囲に見つからないのだ。間違いなく正面班と共にいたが、轟焦凍の氷壁に紛れて姿を眩ましているようだった。

 しかし思考の間を与えてくれるほど、生徒たちも甘くはないらしい。

 上空から二つの影が並んで降下してきていた。

 迎撃のための態勢をとる。

 

「バレたっ!」

「ンならとっとといけや、デクゥ!」

「うおわぁああぁっ!?」

 

 空中で爆豪勝己が緑谷出久を投げ捨てるように放り投げ、爆破によってさらに加速させてきた。

 だが、無造作に放られたにも拘わらず体勢を崩すこともなく緑谷出久は矢のような蹴りと共に急襲してくる。

 大きく後方へステップを踏み、緑谷出久の軌道から外れると爆豪勝己が即座に直上へ詰めよってきていた。

 

「連携なんざクソくらえだがなぁ!」

 

 全ては勝つため。爆豪勝己はプライドもポリシーも擲って、勝ちへの最短距離を駆けてくる。

 

(であれば、全霊で応えてやるのが役目というもの)

 

 ()()()()()()()()()()()()を見せよう。

 マスクをずらし、口元の血を親指で拭う。そしてその血を胸元に仕舞いこんである狩道具と反応させた。

 

徹甲弾機関銃(A・Pショットオートカノン)ッ!」

 

 凝縮された爆撃が雷雨のように降り注いでくる。

 着弾の直前、私は身体の奥底から絞り出すかの如く(せぐくま)りつつ劈く悲鳴のような全力の咆哮をもってして、それらを迎え撃った。

 圧を伴った不可視の音壁――『獣の咆哮』は、足元の瓦礫を吹き飛ばし爆豪勝己の爆撃を私へ到達させることなく誘爆させ、あたりを黒煙と粉塵で包み込んでいく。

 視界が塞がれたと同時に、前方へと突進を開始した。

 

「いっつッ……! 耳が……ッ!」

「行ってンぞ、デクァ!!」

 

 爆豪勝己の怒声と黒煙の先には緑谷出久が両耳を押さえて身悶えている姿があった。

 ゴム刀で切り捨てようと振りかぶったが、緑谷出久から咄嗟に野球ボール大のなにかが投擲される。反射的に弾き返そうとゴム刀を叩きつけると、炸裂音を伴って中身が激しく飛散した。

 

「よしっ、クリエティ印のトリモチボールっ!」

 

 白色のベタついたトリモチは、身体にこそ付着しなかったもののゴム刀をもろとも巻き込んで瓦礫にへばりついてしまっていた。

 なるほど。確かにこれでは、即時に復旧させることは難しいだろう。武器のひとつは無効化されてしまったことも間違いない。

 

(称賛に値する。だが、この程度で戸惑い留まるほど私も脆弱ではない)

 

 ゴム刀を放棄し、ペイント弾で上空の爆豪勝己を牽制しつつ再度緑谷出久に向かう。

 

「うわっ!?」

 

 緑谷出久も隠し持っていたトリモチ弾をさらに投げつけてきたが、種さえわかればどうということもない。視線から投げる先を予測し確実に距離を詰め間合いに入っていく。

 

「なら、スマッ――おぐっ!?」

「次の行動が分かりやす過ぎます」

 

 緑谷出久の右ストレートをいなし、水月へ膝蹴りを叩き込んだ。

 嘔吐きひるんで頭を下げた緑谷出久の首もとに飛び掛かり前から両股で挟み込み脚を身体へ絡ませる。そのまま背面へ思い切り仰け反り、上弦に弧を描きつつ寸前まで迫っていた爆豪勝己をバックハンドスプリングで巻き込んで二人を地面に叩きつけた。

 地面には緑谷出久がまき散らしたトリモチが散乱しており、そこを狙い二人を張り付け拘束したのだった。

 

「がっはっ! くっそ、どけやクソデク!」

「うぐっ! そ、そんなこといっても!」

「ならテメェごと爆破して抜け出してやる!」

「……! ダメだ、かっちゃん!」

 

 爆豪勝己は爆破で無理やり脱しようとしていたが、近くにはエクトプラズムの分身体がいた。緑谷出久の声で気づき躊躇した一瞬を狙って二人にペイント弾で数発ずつ急所に撃ち込んでいった。

 

『爆豪くん、デク、アウトだねー』

「クソがァ!」

「もう、リタイア……」

 

 悔しさを滲ませている二人を差し置いてペイント弾のリロードをしつつイレイザーヘッドの様子を窺うと、戦場を大通りから向かいのビル群の中へと移しており市街戦の様相を呈していた。戦闘には瀬呂範太が加わっていたがイレイザーヘッドは三対一であっても、操縛術とナイフを駆使して全く数的不利を感じさせない立ち回りをしている。だが、イレイザーヘッド側からも間合いの関係もあり決定打を繰り出すまでには至っていないらしかった。

 援護へ向かおうと大通りへ出ると、二つの影が立ちはだかった。

 

「いかせないっ!」

「必ず捕まえる」

 

 芦戸三奈と障子目蔵が割って入り、進行を阻んでくる。芦戸三奈は両の手に酸をため込み、障子目蔵は複製腕を展開していた。

 

「アシッドショット!」

 

 芦戸三奈が腕を振りぬくと散弾の如く無数の酸の雫が殺到する。

 私の回避に合わせて、障子目蔵が追撃を仕掛けてきた。障子目蔵の複製腕の攻撃は広角且つ素早く、隙があまりにも少ない。

 捌くこともできるが、それは後詰めを許し芦戸三奈への隙を見せることに他ならないのである。回避に専念し、加えて今は見えない他の三人を考慮し警戒を強めていく。

 

「わかってたつもりだけど、全ッ然、当たんないっ……!」

「捉えきれん……!」

 

 二人とも顔を歪めているが、決定的な反撃機会とイレイザーヘッドとの合流機会を与えてこないだけでも立ち回りとしては優秀である。

 芦戸三奈は攪乱を主として滑走するように機動しつつ酸を身に纏い銃撃を常時警戒しながらも中距離からの攻撃を維持しており、障子目蔵も私から常に半身軸をずらし急所を無防備にさらしていない。それでも多腕が範囲をカバーし、攻撃の手が緩まることはなかった。

 

「ですが、読めました」

「ぐっ……!」

 

 障子目蔵の攻撃の空振りに合わせて間合いを詰め、銃口を胸部に突き付け連射した。

 乾いた銃声と共にピンクのペイントが広がる。背後に詰めてきていた芦戸三奈を後ろ回し蹴りで迎撃し弾き飛ばした。その一瞬、纏っていた酸が剥がれ落ちた。

 

「うわぁあっ!」

「障子くんを慮っての近接攻撃の選択だったのでしょうが、悪手でしたね」

 

 芦戸三奈が反撃として酸を飛ばしてきたが回避して銃撃を行う。

 

『テンタコル、ピンキー、アウトー』

 

 無事着弾し、死亡判定が流れる。

 さて、残るはこれでイレイザーヘッドが相手をしている三人と姿を見せていない三人の合わせて六人――。

 突如、浮遊感に襲われた。大仰な音を伴って足元が大きく崩れ落ちたのである。

 

(爆破だと? まさか)

 

 道路が陥没し、自由落下が始まる。

 

(自由落下ならば底に着く前に瓦礫を蹴りつけて復帰できる)

 

 しかし上空から多種が入り乱れた鳩やカラスといった鳥の群れが襲い掛かってきた。

 

(これは、口田甲司の『個性』……!)

 

 鳥たちを払い除ける動作が加わったせいで反応が遅れる。払い除け終わるころには底面に到達してしまっていた。

 到達した場所は、模された地下街に通じる地下通路が広がっていた。そして、私が着地した場所には大量のトリモチがばらまかれていたのである。着地の際に衝いた両足と右腕がトリモチに沈み込み接着されてしまっていた。

 

「なるほど、芦戸さんの動きと最後の攻撃は、この陥没を起こすために表層を削って崩落させやすくしていたわけですね。八百万さん」

 

 テーザーガンを手にした八百万百が柱の陰で待ち構えていた。

 

「五分で作れた限界がこのトラップでしたが……どうにか捕らえることができましたわ」

「障子くんと芦戸さんがわざわざ正面切って戦闘にきたのは穴作りの時間稼ぎとこのポイントへの誘導だったのですね」

「そのための犠牲はあまりにも多かったですわ」

「それでも計画通りにことは進んだ、ということでしょうか」

「……ええ。先生には防御が通じないのでしたら攻めるしかないと考えていましたの。防御に専念してしまえば今よりも被害が大きかったでしょうし、なにより地上でお二人と同時に戦っていては救助へ向かえませんでしたから」

「なるほど。分断は賢明な判断です」

「確実に捕えさせていただきますわ」

 

 テーザーガンを構えつつ、八百万百はこちらへとにじり寄ってくる。彼女が左腕を上げると、「解除」の掛け声とともに開いた大穴から目の細かい鋼鉄線で編まれた網が投下され、私をすっぽりと覆ってきたのである。それを合図にして麗日お茶子と口田甲司も大穴から地下へと降りてきた。

 

「どう!?」

「無事捕獲できましたわ」

「なら、次はすぐ救援と救助に向かわんと! 上は相変わらずピンチや!」

「ええ。もう救助班、攻略班と分けていられる状況じゃありません」

 

 口田甲司は身振り手振りで同意をしている。目の前で簡易な作戦会議が行われていたが、間もなく終わった。

 三人が無防備に背を向けた瞬間、私は鉄網ごと飛び上がった。網を腕力で引きちぎることで振り払い、背面と後頭部に銃撃を与えていった。

 

「うぇえっ!?」

「そんな……!? どうやって!?」

 

 麗日お茶子と八百万百が驚倒すると同じくして、三人分のアナウンスが入った。

 

「捨てただけですよ。やや力任せではありましたけれど。そして、戦闘中の無駄話は須く罠と思うべし、です。日頃からお伝えしているように」

 

 八百万百の作ったトリモチの接着力は確かに強力であった。

 だが、狩装束に纏わりついているだけでしかないのならば、破り脱げば十分拘束から脱せられる。それでも余裕を見せたり露骨にやればいたずらに警戒を与えてしまう。だからこそ余計と思いつつ会話を挟み、警戒を薄めておき決定的な隙を作り上げたのである。

 しかしながら、これで右手武器に加えて両の足具(ブーツ)と右腕の手袋を放棄させられてしまっていた。

 残りはあと三名。改めてイレイザーヘッドの元へ向かうべく大穴の外へと跳躍していった。

 地上に戻ると、轟焦凍と常闇踏陰がイレイザーヘッドと競っていた。アナウンスによれば瀬呂範太はちょうど今しがた退場させられたらしい。

 挟撃を狙っていた常闇踏陰との間に割り込み黒影(ダークシャドウ)を殴り付け、イレイザーヘッドと背中合わせになる。

 

「加勢します」

「他は?」

「眼に付く限りは全滅させておきました」

 

 間合いを窺っている常闇踏陰に対して、強引に間合いを詰めるべくステップを踏んでいく。

 黒影(ダークシャドウ)を纏った常闇踏陰はその腕を突き出すように伸ばしてきた。

 

「宵闇よりし穿つ爪ッ!」

 

 高速で迫りくる黒影(ダークシャドウ)の腕を避け、さらに深く踏み込んでいく。

 喉に手を筈にして押し当て、いわゆる喉輪の状態で力任せに押し込んでいった。

 

「ぐ……ぐっ!」

「さあ、一対一です」

 

 常闇踏陰が反撃をしようと動いた瞬間を狙って蹴り飛ばした。飛んだ身体はガラスを打ち破ってオフィスビル内へと転がる。しかし常闇踏陰はすぐさま受け身を取り立て直すと、反転し攻撃へと転じてきた。

 

「直線上の攻撃が駄目ならば……黒き腕の暗々裏!」

 

 両腕を伸ばし、左右両側から(しな)る鞭のように不規則な軌道で襲いかかってくる。

 それをしゃがみこみつつ前にステップを踏むことで回避し、常闇踏陰へ向かっていく。それでも背後からの追撃の気配は消えていない。

 胸部へ銃口を向けると、反射的に彼自身の腕を交差し防御行動をとった。

 

(ほう、戦闘中に銃口から射線を読めるようになっているか)

 

 炸裂音と共に常闇踏陰の腕にペイントが付着する。その防御姿勢の上から蹴りつけ、背後に迫っていた両腕をその反動の跳躍で逃れた。

 常闇踏陰は吹き飛び転がったが瞬時に起き上がり今度は物陰に姿を隠す。そして黒影(ダークシャドウ)だけが向かってきていた。

 

「ブットバシテ、ヤルゼ!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の連撃が襲い掛かり、次々と床に孔が穿たれていく。狙いすまされた攻撃というより周囲を丸ごと巻き込むような大雑把なものだ。黒影(ダークシャドウ)の若干の荒々しさから、常闇踏陰も興奮状態にあることがわかる。

 確かに黒影(ダークシャドウ)は荒々しくなればなるほどパワーもスピードも向上する。その反面、繊細さが欠け、精緻な操作ができなくなるデメリットが存在するのだ。

 

「つまりこの攻撃を回避さえできれば、制御に意識を割いている常闇くんにこの攻撃を対処する術はないということです」

 

 攻撃後の隙を突き一気に駆け抜け常闇踏陰の元へ詰めていき、ボディブローを見舞った。

 

「攻撃に意識が向きすぎましたね」

「く……そ……」

 

 常闇踏陰が意識を手放したのと同時に、セメントスから轟焦凍がリタイアしたアナウンスが流れ訓練終了が確定したのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「七分二十四秒。リザルトは全滅だな」

 

 イレイザーヘッドが意気消沈している生徒たちに講評を行い始めた。

 立ち回りの如何や、判断のポイントなど実戦形式を経た今だからこそ、机上論としてではなく経験としてフィードバックすることができる。また、今回モデルにした実際の事件の概況を踏まえることで実際に遭遇していた場合の結果をより想像しやすくしていた。

 一通り講評を終えると、イレイザーヘッドは肩を竦めて私へ視線を送ってきた。

 

「まあ、第一段階としては及第点だろ」

「そうですね」

 

 生徒たちは意外そうな顔でこちらを見つめてきた。

 

「予測していた『五分で全滅』のラインを越えられたからな。もう少しこの段階をクリアするのには時間がかかると思っていた」

 

 基礎能力のお披露目ではなくヒーローとしての立ち振舞いを見せるということは今までの基礎訓練と大きく異なってくる。なにができるか、なにをすべきかを常に迫られ続ける場では精神的な消耗も大きい。

 イレイザーヘッドは続ける。

 

「もちろん結果だけ見れば論外だが、各々の役割や何をすべきかで迷う瞬間は見受けられなかった。まだその場その場で何をすべきか迷う段階にいたのなら五分と経たずに全滅していただろうし、何度やっても五分の壁は破れなかっただろう。だがお前たちはその段階はとうに脱していたようで安心した」

 

 実際のところ、仮免試験でこのレベルの試験が課された場合はおそらく受験者の九割以上が落ちる高難度試験になるだろう。私のようなただの戦闘要員はともかく、イレイザーヘッドという個性社会の天敵とも呼べる者が試験官をしていたのなら初見であればなおさらだが、よく見知っていても対処はかなり難しい。『個性』を伸ばし『個性』を使うことを主眼に置いた訓練のみしてきたのであれば、文字通り何もできずに手も足も出なかっただろう。

 しかし、彼らは『個性』を使って何かを成すのではなく、成すことのために『個性』を使っていることを見事に体現してみせていたのだった。

 それはきっと、ヒーローという称号に必要な要素になりうるはずだ。

 

「さて、とはいっても失敗は失敗。当面の目標は変えるつもりはないし俺たちが手を抜くつもりもない。勝つヒーローを目指す者も、救うヒーローを目指す者も、まずはこの課題をクリアしてみせろ。いいな」

 

 生徒たちの返事が響き、その日も遅くまで訓練が続けられていった。

 夏季休暇ももうすぐ明け、仮免試験ももう目の前に迫ってきている。

 

 そしてその日、ナイトアイから依頼されていた調査結果が公安調査庁より私の元へ通達されてきたのであった。




【水銀弾】
災厄狩りの銃で使用される特別な弾丸

通常の弾丸では、災厄に対する効果は期待できないため
触媒となる水銀に狩人の血を混ぜ、これを弾丸としたもの

その威力は血の性質に依存する部分が大きい

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