モチベーションに繋がります。
余談ですけど、本誌のほうにめっちゃ狩人っぽいキャラ出てきましたね……。
狩人のやることなくなるぅ……。
「一通り目を通させてもらった」
私は、公安調査庁からの報告書を持参してナイトアイの事務所へと赴いていた。簡素な応接室で机を挟み、ナイトアイは渡した書類にしばらく無言のまま視線を落としていたが、嘆息しつつ顔を上げた。
先日、ナイトアイを訪問した際に依頼されていた、指定
「個性を増大させる違法薬物が出回る量が増えているのは事実。だがどこかに資金が一極集中しているような目立った動きもまたないことも事実か……それに、個性を破壊する薬物に関しては真偽のほどは依然として不明のままだ」
「決定的な証拠は、まだ掴めていないようです」
「流石に物証まで至れるとは思っていない。過剰な期待は無為な落胆を生むだけだ」
「ただ、個性を増大させる薬に関してはアジア方面で粗製乱造された密輸品である可能性が極めて高そうですね」
「ああ、この資料に書かれているモノか。先月に起きた極道組織間の抗争というよりも小競り合い程度のものだが、そこで押収されたものの中にあった薬物はそうなのだろうな」
「この薬物も未だに密売ルートに関しての詳細は不明ですし、こちらに関しては大元に辿り着くのはかなり時間を要するかと。しかしこの資料で特筆すべきは、押収物のリストよりも小競り合いで逮捕された者のこの供述記録ですね」
私が指でなぞった部分をナイトアイが目で追う。
「『あいつらに撃たれた後、個性が使えなくなった。別のヤバいクスリを持ってるに違いない。俺よりそっちを調べろ』という部分か」
「ええ。ですが、被疑者から個性を増強する類いの薬物反応はあったものの、その他の反応は一切ありませんでしたし、聴取の時点では個性も普段通り使えたようですね」
「警察は客観的な証拠がない以上、虚言であると判断したようだが、見過ごすには些か気になる部分があるな」
ナイトアイが再度書類に視線を落とす。
「『被弾箇所として供述した上腕部に銃創は認められず。ただし、同箇所に
「警察は個性増強薬を注入した際にできたものとの見方をしていますね。当人は薬物使用のものではないと否定しているようですが、先程お伝えした通り薬物反応が出ている以上、供述に信憑性がありません。さらに相手側は発砲していないと供述しています。発砲に関しては硝煙反応から相手も虚偽の供述の可能性が高そうではあるものの、個性が使えなくなるような薬物の類いは押収物の中にはありませんでした」
「その個性が使えなくなったと供述した者の首もとには別の穿刺痕も認められているようだな」
「そちらに関しては黙秘しているようです。警察は二度使用したとみているようですが、流石にオーバードーズでしょう」
「差し当たって、首もとが個性増強の薬物を使用した際にできた穿刺痕だろう。出回ってるものが、そのアジア方面で製造されているものならば静脈へ注入するタイプが主流だからな」
「同意見です。故に、この上腕部の穿刺痕に引っ掛かりを覚えるのです」
個性増強の薬物が静脈への注射が主であるように、粘膜や経口によって摂取しないのであれば個性を使用できなくさせる薬物もまた同様であると考えられるはずだ。
しかし上腕部の穿刺痕から注入されたのだとしても、もしなにかしらの薬物では供述のような即効性も十全な効果も認められると思えないのである。
「虚言にせよ事実にせよ、精査する必要があるな。咄嗟の嘘としては『個性が使えなくなった』は出てきづらいだろうし、保身のための嘘としてはあまりに荒唐無稽がすぎる」
「警察もその点は気掛かりだったようですし、何度か聴取したようですが個性が使用できなくなるまでの経緯の供述が都度変わるので全体を通して信憑性はないものと判断したらしいですね」
「まァ、それは当然の判断だ」
「いずれにしても、決定的とは言えないものばかりです」
ナイトアイは書類から目を離し、大きくため息を吐いた。
「しかし、よく
「少々言えない方法を使いましたから」
「まったく……褒められたものではないな」
「我々は
肩を竦めるナイトアイを横目にもうひとつ、ズラリと極道組織が並んだ資料を取り出し、手渡した。
「ここ一年で活発的に資金集めに動いた組織を全国レベルでリストアップしてあります。とはいっても資金集めは極道者の生業でもありますから絞ることができたとは言いがたい量ですがね」
「ふむ……いや、ありがたい。空振りに終わる可能性があったとしても精査してみる価値はある」
「やはりこれ以上の進展を望むのなら明確な物証の発見、つまり『個性を破壊する』薬物の現物の確保が必要ですね」
「実際に存在すると仮定して、今回押収できなかったのは痛手だ」
ナイトアイは苛立たしげに机上で何度も手を組み替えていた。
「少し整理してみましょう。『個性を破壊する』薬物は希少品である、という印象は受けませんね。流通が少ないことは確かでしょうけれど小競り合いで使用する、そして末端の構成員が使用する程度のものですから」
「ああ、その割には誰も口を割らない。まあ、それは密売ルートを漏洩させたら釈放されたあとの命の保証がないからだろうが」
「次に『個性を破壊する』薬物は『個性を増大させる』薬物の密輸・密売ルートと同様の、もしくは近しい流通ルートを確立している可能性が高いということ」
「その根拠は?」
「この件に限らず、『個性を破壊する』薬物に関しては噂程度のものも含めてほぼ必ず『個性を増大する』薬物が関わっています。加えて武器や違法改造系、軍需品等の横流しの密売ルートでは一件の報告も上がっていないことと出回っている『個性を増大する』薬物の種類から考えても、海外マフィアや麻薬カルテルの線は薄いでしょう」
「不可思議なことに個性を使えなくなったと供述したものからはそれらしい薬物反応がでてきていない。そのせいもあって、実体が掴めていない。もはや海外マフィアからの新たな
「残念ながら捜査四課の資料以外にもそれなりに警察資料は調べましたが、そのようなことはどこにも載っていませんでしたね」
私がそういうとナイトアイは苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
「……さらりと外法行為を言われると調子が狂う。とにかく、供述に出てくる頻度の割に現物が未だに見当たらないのが気掛かりだ」
「意図的に隠しているという印象も受けないのですけれど。それにも拘わらず存在が確認できない。枯れ尾花でも探している気分です」
「幽霊とはロマンチストだな。私は身も蓋もない言い方をしてしまえば、試供品のような印象を受ける」
「試供品、ですか」
「少量、気軽に使える、使いきり。そうだろう?」
それを聞いてしばし考えに耽る。ナイトアイは冗句のつもりでいったのかもしれないが、案外当たっているのかもしれない。
「仰る通り、本当に試供品なのかもしれませんね」
「冗談を真に受けるな。広告宣伝のために配っているとは思えん」
「いえ、広告宣伝はかなり現実的な説かと思います。通常の銃で発砲事件を起こせば、一発で実刑ですが、実弾でないならば違法になるかならないかのギリギリのところで作られた改造モデルガンでも発射できる。そして個性を無効化してしまえば戦闘向けでない個性の持ち主でも他の武器と併用すれば制圧が可能になります」
「あり得なくはない程度に過ぎん仮説だ。まあ、たしかにいくら極道者といえどもシリアルキラーというワケではない。殺さずにすむのならそれに越したことはないのだろうがしかし……」
「なにより効果を実証しなければ売るものも売れません。『個性を破壊する』薬物というのは前代未聞です。話を聞いただけでは当然ながら信憑性は薄い。それならば言葉を介するよりもいっそ使用してもらうことがなによりも手っ取り早いと考えてもなんらおかしくありません。次世代の抗争の形を生み出し、その基幹となる部分を独占する。成功すれば大きなビジネスになると、私は思いますね」
「ふむ……そのために、今は種を蒔いているということか? 本当にそうなるならば莫大なカネが動くことになる。それに技術を独占出来ているならば尚更だ。確かにヒーローとしても対策をしなければいずれ大きな被害に繋がりかねないが、どうにも現実的とは思えん」
「現物が見つかっていない以上、空疎な妄言に等しいですから。ナイトアイの抱いた感想はお間違いではないかと。しかし無視はできない可能性です」
一番のネックになっている部分はやはり物証がないという点だ。
今のところあるという前提で話しているだけであって、見つからなければこの仮定もなにも成立しない。
「やはりこれ以上進展を望むのであれば現物の確保が最優先になりますね」
「現状ではなんとも雲をつかむような話だ」
「なので、私自身が極道組織に接触を試みられるよう上申してみます」
私がそういうとナイトアイは眉間の皺を深くし、そして三白眼で睨み付けてきた。
「あまり無為な殺人をするつもりならば全力で止める」
「まさか。威力偵察ではなく潜入工作ですよ。現物を押さえた時点で抜け出しますし、そもそも独断では武力を振るうことは許されていない身ですから。争う気は微塵もありません」
「潜入は本来の『狩人』の職務ではあるまい」
「ええ。ですが、潜入する相手が相手なので万が一を考えれば私が起用される可能性は高いと思います」
実際のところ、公安調査庁はトリガー事件を契機に違法薬物に関してはかなり事態を重くみている。薬物を使用した一人物が起こす個性の暴走による被害が通常の
ナイトアイも事情は承知しているはずだが、しかし眉間に深く皺を刻んだままであった。
「だが、潜入といってもどこに? 闇雲に潜入するだけでは徒労に終わるぞ」
「ひとつ、心当たりがあります。十年近く前になりますが大阪であった
「当然だ。無許可の違法格闘イベント団体の一斉摘発のことだろう? 表向きには非合法イベントから端を発した暴動の鎮圧になっているが、実際には違法薬物の物証確保と密売ルートの炙り出しが目的だった事件のはずだ。暴徒化した参加者を抑えるためにオールマイトも後発の応援として関係したと憶えている」
「そうです。あのときに押収されたものから運営母体まではたどり着くことはできたのですが、本丸である資金の出資者、ひいては違法薬物の提供者までは辿り着けなかったのです。当時あれだけの騒ぎになりつつも警察も相当苦々しい思いをしたようですね」
つまるところ、その運営母体はただのフロント企業であり裏には別組織、かつて解体された指定
「ですが、逆説的に違法薬物を流す側からすればただの中間管理団体とはいえ長年警察から逃れ密売ルートを確立しているうってつけの組織です。予想が当たっているにせよ外れているにせよ、薬物の密売ルートを握っている組織に接触しておくことは今後を考えても無駄ではないかと存じますので」
それに、と付け加える。
「近々その組織に摘発が入る可能性が高いと捜査資料から予見されます。なにやら最近になって派手に薬物を捌いていたらしく、その尻尾を警察もようやく捕まえたようです。強制捜査となればその際に抵抗することが予想されますし、騒動に乗じて証拠の隠滅を謀られては敵いません。その前に調査をして必要なものがあれば確実に確保しておきたいのです。場合によっては、強行手段を取りうる可能性も否定はしませんし、非合法な方法で手に入れたものは証拠能力としては認められませんが、今回肝心なのは議論を進展させるのための存在の確認であって物証としての価値ではないですからね」
ナイトアイはひとつ小さく息を吐いた。
「わかった。調査協力を依頼した手前、私から言うことではないかもしれないが、くれぐれも無茶はしないことだ。狩人なら言う必要もないと思うがね」
「元よりそのつもりです」
現在のところ根拠がない以上は議論、考察の進展は望めない。ならば早速、潜入のための段取りを組んで工作を上に頼むとしよう。席を辞そうと立ち上がる。
「……『個性』を過信しすぎぬよう身の安全を最優先にな」
掛けられた意外すぎる言葉に驚いて思わず目を瞠っていると、次第にナイトアイは視線を泳がせ気まずそうに口を開く。
「オールマイトならそう言うだろうと思っただけだ」
「流石、元
バツの悪そうな彼の表情にどことなくオールマイトや生徒たちと似た面影を重ねてしまった。
「せっかくの世にも珍しいナイトアイのご心配ですから、それに足るよい報告が出来るよう祈っていてくださいね」
それを聞いてナイトアイは呆れたように肩をすくめたのだった。
◇◆◇
夏季休暇も明け、生徒たちが仮免試験に向けて追い込みをかけている最中、私はとある指定された場所に荷物を持ち込んでいた。
ラフなワイシャツとパンツルックの出で立ちであるため、間違ってもヒーローや個性を扱う職業の者には見えないだろう。喫茶店の窓際のテーブル席で紅茶に口を付ける。持参したやや大きめのボストンバッグには、ボール紙で何重にも過剰に包装されたものが入っていた。
今、私がやっていることはいわゆる『運び屋』である。特務局に必要な書類と情報、携帯端末等を偽造してもらい、どこから見ても一般人でしかない架空の人物を作り上げ、とある指定
今回、私が請け負っているタイプの『運び屋』の仕事自体は合法であるものの荷物の中身は知らされず、指定された時間に指定された場所へ持っていくだけではあるが、その運ぶ物が大抵法的に問題のある代物であることが多い。それ故、組織から組織へ直接ルートを繋がずにフロント企業やアルバイト感覚の一般人の『運び屋』を介して出所や流通網を特定しづらくさせ、目的の物を届けるといった手法が蔓延っているのだった。
東堂組は、数年前に解体させられた極道組織だ。しかしその残党と東堂組の二次団体以下は地下で合流し活動を続け、一大勢力を形成しつつ東堂組の復活を画策しているらしかった。団体としての代紋こそ掲げていないものの資金収集を積極的に行っておりその派手さから流通網の一つを特定できたのである。また、その一番主な資金源は麻薬をはじめとした薬物であることまでは突き止めており、今回の調査にあつらえたような組織であった。
『運び屋』としての仕事は私の仮の住居へ荷物と指示書が送られくるところから始まる。基本的には荷物が届けられ、その翌日に指示書で指定された場所へもっていくことなのだが、届けるまでの一日を使い特務局はX線検査等で開封せずに中身を当然解析している。最初の数回はまるで違法性のあるものではなく、通常の運送会社を使っても問題のないような、ただのなんてことはない書類を各所へ届けることだった。おそらく私が信頼に値するか試されていたのであろう。
そんなやり取りを幾度か繰り返していく内に、今回の依頼は普段の依頼とは明確に毛色が変化したのである。荷物の中身を解析したところ、改造銃であった。しかし、その改造銃が妙な代物で、調べてみると通常の弾丸が撃てないらしく専用の弾丸を発射するための改造のようなのだが、射程距離も殺傷力も上がるどころか著しく下がるような改造が施されていたのである。
その受け渡し方法も今までとは少し様変わりし、指定された喫茶店で忘れ物として置いていけというものだった。今までは待ち合わせに現れた特定の人物に手渡ししていたのだが、相手に会うこともなく終わる指示は初めてであり、また報酬も今までの数倍ということもあって奇妙さが際立っていたのである。
そしてなにより、彼の団体は武器の密売ルートは密輸入にしても国内へ流通させるにしても確立していないはずだった。つまり、この銃は武器として使用する以外の何かである可能性が非常に高いと考えられる。そして、彼の団体の主要な商材から鑑みれば薬物に関連する可能性も十分にあるというわけだ。
おそらくこの喫茶店そのものが、東堂組残党の息の掛かった場所であり、こういった受け渡しに常習的に利用されているのだろう。この店に入ってから何度も警戒を帯びた視線を感じている。それなりに混みあっているにも拘わらずわざわざ路面側の窓際の席に案内してきたこともそうであるし、私の背後にいる客は元より正面の客席に見える数人も私の一挙手一投足をつぶさに観察してきていた。
(素人だな。あまりにも店内の者も店外の者も挙動がお粗末だ。ここにいる者も所詮雇われ者か末端の構成員にすぎないのだろう)
早く荷物を置いて帰れということなのだろうが、あまりにも露骨なので
私も紅茶を飲み終え指示書に書かれているとおりに、今度はコーヒーを注文する。そしてコーヒーが届く前に指定された金額をテーブルに置き、ボストンバッグを持たずに席を立ち店外へと出ていった。
ある程度喫茶店から離れ、路地裏に入った後に壁げりの要領で建造物の屋上へ上がる。
(さて、荷物の行方を確かめさせてもらおう)
荷物に発信機を付けた場合、さすがに発覚した際のリスクが大きすぎる。相手に気づかれた瞬間にせっかく掴みかけたこのルートを放棄して雲隠れしてしまうと予想がつくため、その策は取らないことにしたのだ。
つまり、目視で追わなければならない。通常であれば厄介極まりないが、気配を手繰れる私ならば容易に成せる。屋根伝いに先ほどの喫茶店まで踵を返していった。
戻ればちょうど私の置いていったボストンバッグを持った人物が店内から出てくるところだった。動きからして彼もまた一般人でしかない。
電車をいくつか乗り継ぎ、降りた駅からしばらく歩くと『運び人』は、人気のない集合住宅の廃墟へとやってきていた。
(ここは、確か)
かつて建設されていたものの途中で『個性バリアフリーが不十分だ』との批難から計画が中断となり放置された公営団地の計画跡地のはずだ。
『運び人』が建物へ入っていった。監視網に掛からぬようかなり離れた物陰から遠眼鏡で観察していたが特段の激しい動きは今のところ見受けられない。
(ここも中継地点に過ぎない?)
しかし、それにしては『運び人』が出てくるのが遅い。既に数十分ほど経っている。
さらに十数分後、その『運び人』がようやく出てきた。両脇を見知らぬ二人に抱えられ、ぐったりした状態だが様子からみると寝かされているだけのようだ。『運び人』をどこからかやってきた車に乗せ、走らせる。追跡していくと数十分後、人目のつかない山中で止まり、寝ている『運び人』を適当な場所へ横たわらせると二人はとっとと車で戻っていってしまった。
(突入するには判断材料が乏しい。本拠地と判断するのは早計にすぎるが、ここで見逃すというのもまた悪手に思える。……いや、確実性を優先すべき状況。まずはあの『運び人』に、私以外から接触して貰うべきだろう)
携帯端末を取り出し、状況を上に報告する。一旦その場から離脱せよとの指示が出され、若干後ろ髪を引かれつつ離れたのだった。
◇◆◇
翌日、警察が『運び人』に接触し聞き取り調査を行うと、興味深い供述が得られた。
やはり運び人自体は一般人であったが、彼が荷を届けた際に目隠しと拘束をされどこかへと担がれたらしい。部屋に押し込まれ目隠しをとった先では実験と称して、届けた荷物から出てきた銃で撃たれたというのである。
その際に逃げようと個性の発動を試みたようなのだが、その瞬間から個性が使えなくなったという。そうしているうちに薬品かなにかで寝かされてしまい、いつの間にか外に放り出されていた、というのが彼の供述内容だ。
念のため病院に搬送され、その後に警察による事情聴取をとったのだがその頃には個性は使えるようになっていた。薬物反応もやはり出てこなかったものの、彼の腕には穿刺痕がありさらに血液検査の結果からも個性因子の軽微な損傷が確認できたため、いよいよ『個性を破壊する』薬物の存在が現実味を帯びてきたのである。
効果はおおよそ十二時間から二十四時間程度であり、回復も特段の治療をせずとも自然治癒によって快癒できるとの予想のため、緊急を要する案件でもないと判断もできるが、未知の薬物であることには変わりない。秩序動乱の入り口になりえる可能性があるものは最低限実物を把握しておく必要があるというのが上の考えであった。
そのため、私は現在、例の廃墟に潜入してる最中である。
夜明け前の薄闇の中ならば、狩装束が夜陰に紛れることは易く廃墟へと潜り込み調査を行い地下へ続く階段を発見することができた。
おそらくこの下に東堂組残党のアジトのひとつがあるのであろう。
(警報装置をどこに設置しているかが問題だな)
ここを通った瞬間に作動されては二人の見張りの目をすり抜けてきた意味がない。
しばし思案している間に、下からカツカツと靴音が聞こえてきた。
身を隠し、様子を窺うことにする。どうやら見張りの交代らしい。何かを受け渡しているところを見ると、セキュリティゲートのキーのようなものがあるとみていい。
先ほどまでの見張りの二人は懐中電灯の灯りを頼りに地下へと進んでいった。
その背後を足音と気配を断ってついていく。この相手ならば数センチのところまでにじりよっても、気付かれることはなさそうな程度には無警戒であった。また、監視カメラもあったが、杜撰なもので死角がいくつもあるただの定点カメラでしかない。
しばらく進んでいくと、鉄扉が道を塞いでいた。扉の横にはカードリーダーがついている。そこに彼らが先ほど受け取っていたものを翳すと扉が開いた。
重厚な扉がスライドし開いた先に人影がないことを確認する。
(極道組織の人不足も深刻だな。監視カメラの設置位置も甘ければ本来ならば置くべき見張りを置けないところまできているか)
だが、私にとっては好都合である。遺骨を発動、加速し即座に背後から襲い掛かり、二人を気絶させた。
扉が自動的に閉まっていく前に、無事侵入を完了したのだった。
扉の先は一本の通路が伸びており、その両側にいくつも扉が並んでいる。さらに奥の突き当りでは左右両側に通路が丁字路のように別れていた。
もしこの通路の先から人が現れれば、身を隠せない以上侵入が発覚するのは必至。そうなれば、戦闘に追われて薬物を探すどころではなくなってしまう。
(ここまで来て収穫なしでは笑い話にもならない)
素早く迅速に、しかし扉の奥に人がいないことを慎重に確認しつつ探っていく。見張りの二人が戻ってこないことに他の者がいつ気づくとも限らないのだ。
部屋を探し、通路を駆け、また別の部屋へと調査していく。それをいくらか繰り返していくと、倉庫のような部屋にたどり着いた。雑多なものが棚に並ぶ部屋の隅にはダイヤルロックされた真新しい冷蔵庫があり異質さを際立たせていた。
(こんな場所に冷蔵庫……不似合いだな)
私が調べようと冷蔵庫に近づいた瞬間、大音量の警報が鳴りだしたのである。
そのアナウンスは、警察とヒーローが突入を仕掛けてきたというものだった。
急遽館内が慌ただしい雰囲気包まれる。
(近々あるとは聞いていたが、まさかこのタイミングとは。警察も東堂組の残党はマークしていたとはいえ、場所を特定したならば即突入判断か)
ここに人がやってくるのも時間の問題だ。
ならば、もうお行儀よくやってやる必要もない。懐から隕鉄で練り上げた歪なナイフ――慈悲の刃を取り出し、冷蔵庫の扉を切り裂き破壊した。
中にはプラケースがあり、その窪みには注射器の突端のような形状をした十五ミリ程度の大きさのものがいくつも納められていた。
(注射針……にしては小さすぎるな。それに薬莢がついているということは弾丸か? それを冷蔵保管とは。意味不明だ)
疑問に思いつつも、何点かを懐にしまいこむ。他にも薬物に関連すると思わしきものをいくつか押収した。中には私が運んだと思われる改造拳銃もあった。
室内を物色している最中に何名か構成員が怒声と共にやってきたが、即座に叩き伏せ気絶させ室内に転がしておく。おそらく物証や組織間の繋がりを示唆する証拠を破棄しようとして、ここにきたのだろう。ある意味、私の求めているものがここに眠っていると確信めいたものに変わる。
気絶させるだけとは随分と甘いやり方だと思いつつも、上からは執行命令は出ていないし、なによりナイトアイとの約束を違えてしまうのだから仕方ないと自身に言い聞かせていた。
この冷蔵庫の中身に関する書類があれば、と探していると高速で接近する気配を感じ取ったのである。
そう思ったのも束の間、派手に入り口のドアが開口部ごと粉砕され、その破片が殺到してきた。回避し、ドアがあった先に目を向けると、そこには見覚えのある耳の長いシルエットがいた。
「やっべ、蹴破ったついでに何人かノシちまった」
転がしておいた構成員をみて言葉とは裏腹になんの悪びれるような表情もなく、不遜に笑みを浮かべた者がいた。
そして、ゆっくりとその視線を私へと移す。
(最悪の状況だ)
頭を抱えたくなってしまった。
現れたのはラビットヒーロー・ミルコ。ヒーロービルボードチャートでトップクラスに名を連ねる実力派である。ウサギの彷彿とさせる純白の長い耳と胸元に三日月をあしらった白を基調としたハイレッグのボディスーツ。褐色の肌に包まれた美しくしなやかでいて豪然たる四肢は彼女の剛毅さを物語っていた。
「あ? ヤバそうなヤツがいそうなとこ目指していっただけだから、ここがどこかわかんね。どうやってって、勘だ、勘」
耳に手を当てインカムでどこかと通信しているようだが、その間も私から視線を切ることはなく、いつでも戦闘を開始できる態勢を維持している。
(戦闘は避けられないか)
私としては、どうにかして戦闘をせずに済ませたいが八方塞がりであった。
特務局のことを明かすわけにはいかないし、表立った任務でもないためヒーロー免許も携帯していない。なまじ携帯していたとしても突入前のブリーフィングにいない時点で信頼は絶無であるし、この現場にいるというだけで制圧しない理由がない。さらに言えばヒーロー免許を見せたところでせいぜい『裏切り者』の烙印を押されるのが関の山だ。たとえこの場で信じてもらえたとしても、その後の事情聴取は不可避であり、ここにいる正当な理由を作るのには、どうにも無理がでてきてしまい納得させるのは不可能に近いだろう。むしろ構成員と思ってくれているだけ好都合だった。
「んじゃ。とりあえず、蹴っ飛ばすか!」
ただ、構成員と思われているならば必然的にこうなってしまう。
ミルコがタメを作り体勢を低くする。次の瞬間には超高速で突進を開始し、ローリングソバットを頭部目掛けて繰り出してきたのである。反射的に身を引くように回避したが想定以上に蹴りが伸びてくる。回避した動きからバックスピンキックへと繋げ、彼女の蹴りを迎撃し威力を相殺した。
互いの脚が交差しシンプルな技とは思えないほど鈍い音が響く。
(ただの蹴りがなんて重さだ)
「……へぇ! いい蹴りだ!」
ミルコは口元の両端を吊り上げていた。弾かれるように私たちは間合いをとる。
「これならッ! どォだッ!」
ミルコの二度目の突進は直線的な攻撃ではなく攪乱。部屋中を上下左右無関係に跳ね回りつつ散乱しているモノを蹴りつけ、それが豪速の質量弾となって間断なく襲い来る。更にはミルコ自身の蹴撃も加わるのだから、さながら局所的な暴風雨であった。
質量弾は慈悲の刃を変形させ双刃で斬りつけ軌道を変えつつ、ミルコの技は紙一重でどうにか避け続けるが、このままでは埒が明かないどころかジリ貧になりかねないほど激しく攻撃は続いていた。手数と速さ重視の乱打でありながらも、一撃一撃はクリーンヒットすれば昏倒必至の破壊力をもっているのだ。タチが悪いにも程がある。
彼女の個性は『兎』と称されているが、実態は超身体能力系の個性だ。脚力をはじめとした圧倒的なフィジカルだけでなく五感も常人とは大きくかけ離れたチカラをもっており、それはランキングという形で如実に現れているのだった。
彼女こそ現役女性ヒーローにおいてナンバーワンの実力者なのである。
この個性社会で能力の如何をバイオロジー的な性別で区別すること自体ナンセンスであるものの、それでも頭角を現すのには相応の努力を要する。女性だけで括ったとしても群雄割拠のこの時代で、トップに立つというのは並大抵のことではないことは言うまでもないだろう。それを成している彼女の強さは紛れもなく本物だった。
ミルコの軌道を予測し読み切り、ハイキックをその軌道上に置きにいったのだが、ミルコは攻撃に転じるには不十分な体勢にも拘わらず悠々と同じくハイキックを割り込ませ私のカウンターを打ち消してくる。
着地後、ミルコはすぐさまミドルキックを繰り出してきた。それに合わせて受け技として中段前蹴りでストッピングをかけると、即座に反対方向から二段目の蹴りが飛んで来る。
上体を反らしつつ中段前蹴りで押し返すと、ミルコは空中で体勢を整えながら壁を蹴りその反動で、矢のような跳び蹴りへと繋げてきた。
それを横蹴りで迎撃することでどうにか威力を殺し合わせ痛み分けに持ち込む。
(受けた脚が痺れる。やはり体術は超一級品。技のキレだけみればどのヒーローよりも鋭い。徒手空拳同士で闘えば間違いなく押し切られるな)
ミルコは渋い表情で舌打ちし、距離を取りながらも戦闘態勢を維持したまま再び耳に手を当てインカムに話しかける。
「おい、私の居場所がわかっても他のヒーローも警察も応援によこすな。あ? ド級にやべェ奴がいっからだよ。コイツ相手に誰かのお守しながら戦うのはムリっつってんだ。わかったな?」
そういうと耳から小さなインカムを取り出し、握りつぶしてしまった。
「はン。攻撃してこないたぁ、随分お優しいこった。余裕か? それともナメてんのか? まさかフェアプレイの精神ってこたァねェよなァ?」
眼を吊り上げ殺気の宿った突き刺さるような視線を向けてくる。
残念ながら、どう切り抜けるかを考えていただけで、それこそ余裕なんてものはない。
ミルコ相手に手加減などしていれば、ただでさえ不利な中で一方的に蹂躙されてしまう。かといってヒーロー相手に武器を振るうわけにもいかない。お互いに殺すつもりで闘えば結果はどうあれすぐにでも決着もつくだろうが、ミルコはヒーローとして、私はミルコを必要以上に損耗させずここを脱出するために闘うという条件では、ただただ先の見えない時間を浪費するだけの消耗戦になってしまうことが予想された。
「まさか、下っ端なんてことねェよな。テメェレベルが数人いるならこの組織はとうに裏社会を掌握してるはずだ。つまりテメェがこの組織の最高戦力ってこったろ。なら私がここで勝つことが今回の任務の必須条件で絶対条件だ。それにいっちゃ悪ィが今日の突入メンバーで私以外がやりあえるとも思えねェからな。絶対にここから逃がさねェよ」
ミルコは自信たっぷりに言い切る。
「身体も温まってきたとこだ。こっからが本番だぜ」
飛び掛かりと共に繰り出された旋風脚が頬のマスクを掠める。蹴撃のスピードが明らかに上がっていた。先ほどまでの動きはまるで全力でなかったらしい。烈火の如き乱撃は回避も捌くも神経をかなり集中させなければならなかった。やはり、相手の土俵での戦闘はかなり分が悪いと言わざるを得ない。
ミルコは連撃の最中に後退しタメを作ると鋭い跳躍から身体に捻りを加えて突撃を繰り出してきた。大きく開脚し旋風の如き広範囲の蹴り技。
「オッラァッ!!」
故に私は前へと向かう。ステップを踏み、彼女の下を潜り抜けようと飛び込んだ。
すれ違いざまに蠍蹴りを入れようと技を繰り出す。
「甘ェッ! 私にそんなもんが通用するかよッ!」
ミルコは技を途中で解除、変化させ別の技へと派生させてきたのである。
上空から蹴り下ろされる対地技。重力加速を加えた垂直方向への全力の突き返し蹴り、
蠍蹴りへのカウンターとして合わせられてしまい、案の定力負けをしそのまま床へ強かに叩きつけられ、衝撃で身体が弾む。
(なんて威力……!)
受け身をとったが威力を殺しきれない。追撃を許す致命的な隙を生んでいた。
「貰ったぜ」
ミルコは着地からすぐさま飛び掛かり垂直回転を加えつつ脚を頭上へと振りあげた。
直撃すれば間違いなく意識を手放すことになる。
(さすがにアレを喰らうわけにはいかない)
だが大技で助かったと言うべきだろう。特有のタメ。その間で遺骨を瞬時に発動、体勢の立て直しから振り下ろしを視てから加速をもってして回避することで空振りを誘いつつ、ミルコの背後へと回った。
「んなッ!?」
ミルコの表情が驚愕に染まったときには、遺骨の速度を乗せた拳を彼女の背面に叩き込んでいた。ミルコは空中にいたこともあり、壁を突き破って通路を挟んだ向かいの部屋まで吹き飛んでいく。
願わくばこの一撃で決まってほしかったが、殴った感触では手ごたえがあったものの、ミルコの纏う筋肉の鎧がそう簡単に終わらせてはくれないのだと雄弁に語っていた。
「痛ってェ~……!」
瓦礫を蹴飛ばし、ミルコは何でもないように立ち上がってくる。
だがその双眸は怒りに満ちていた。
「テメェ……」
血の混じった唾液を吐きだしつつ、じりじりとこちらへ間合いを詰めてくる。
「っざっけんなクソが! なに手加減してやがるッ! 初めてだぜ、このミルコが
「……何を言ってる?」
見当違いの怒りについ、声を発してしまった。そもそも手加減など一切していないのだ。
「そのナイフで急所を刺しゃァテメェの勝ちだっただろうがよ! 何で殴りやがった! その速さだってどうしてハナっから出さねェ!?」
怒り方が尋常でない。どことなく爆豪勝己に似た怒り方である。
「こちとら現場に一歩踏み入れたなら、その瞬間からいつ死んでもいいように命賭けてンだ!
言葉を吐き捨てても怒りは治まらないらしく、唸るように歯噛みしている。その眼光は私を射殺さんとせんばかりだ。
だが、私も私とて言われっぱなしは癪に障る。
「それは貴公も同じだろう」
「あ?」
「先程の蹴り。なぜ腹部を狙った。頭部に叩き付けていれば決着はついていたかもしれないだろうに」
あのとき咄嗟に回収した懐のものを守ろうとしたこともあり、防御の意識が散漫になっていた。そのため昏倒しない程度にしか頭部へ防御のリソースを割けていなかったのだ。それはミルコにとって致命的な隙にみえていたはずだった。
「ンなことしたら死んじまうだろーが」
あっけらかんと言い放つ。あのレベルの蹴りなら防御をしくじればどこに喰らっても致命的な一撃になりかねないというのに何を言っているのだ。つい気を弛めて言葉もなく呆れてしまった。
「ま、でも確かに私も温ィことしてた。テメェ相手なら殺す気くらいでちょうど良ィくれぇだわな」
怒りの相貌は崩さず、しかし激情に任せない精練された構えはミルコの錬度の高さをよく表していた。
「さあ、第二ラウンド開始といこうかァ!」
ミルコが雄叫びを上げた直後、その長い耳がピクリと動き、唐突に私から視線を切った。
「バッ! 来んなっつたろ!」
焦りのみえたミルコの視線の先には警察を引き連れた別のヒーローの姿があった。どうやらこの組織の首魁の逮捕に至ったらしい。
ミルコの動揺を好機とみて、再び加速をもって彼女の懐に飛び込み水月にサイドキックを叩き込む。怯んだ隙に警官たちに向かってミルコを投げつけた。彼らが慌てふためいて受け止めているうちに逃走に全神経を注ぎ、戸惑う警官たちの間を縫いながら、その場を離脱していった。
離脱する際に背後から「逃げんな、コラァ!」という怒号が聴こえたが、振り向くことなく一目散に去ったのだった。
◇◆◇
「……というのが、顛末です」
後日、ナイトアイに押収物の報告がてら、潜入の際に起こったことを話すと口元に手を当て俯きがちに顔を伏せ小刻みに肩口を揺らしていた。
私が半眼で睨むと顔を逸らして椅子を回してしまった。
「笑いごとではないのですが」
「笑っていないが?」
こちらをみようとせず後ろを向いて言われてもまるで説得力がなかった。
「そんなことよりです。調査結果をみてください」
ナイトアイは咳払いをして、ようやくこちらに向き直った。
持参した封筒には、私の押収したもののリストとその内容が記載されている書類。そして正規突入した者たちが押収したもののリストも同じく同封されていた。
「また言えない方法とやらで警察の捜査資料を持ち出したのか」
「今更ではないですか」
パラパラと書類に目を通すナイトアイの表情が徐々に曇っていく。そして一点で目が止まる。
「ヒトの細胞や血液……だと? 弾丸のなかに?」
「ええ。おそらくそれが『個性を破壊する』"薬物"の正体です」
まだ最終的な試験結果がでていないため、断定的なことはいえないが、私が押収したあの注射針のような弾丸を分解、解析するとその中から出てきたものがヒトの細胞だったのである。
「随分と気味の悪いものがでてきたものだ」
「単純に考えれば、個性による個性の破壊でしょうね。イレイザーヘッドのようなタイプの個性の持ち主がおり、その発動条件がDNA情報ないし個性因子を対象者の体内へ侵入させることで個性発動を阻害する、といったところでしょうか」
ナイトアイの言うとおり気味の悪いものに違いないが、ならばこそ今まで薬物反応が出てこなかったことにも頷ける。
「しかし、それならそれで不自然な点がある」
「ええ。大量生産できるはずもないものがこれだけ噂になるというのもおかしな話です」
非人道的な観点を抜きにしても、人体から生成するには数に限度がある。拷問等によって調達しているのだとしても不可解な点であった。人体であるならば誰でもいいというわけではなく、どちらかといえば特定の人物からしか生成できないようなモノであることは明白なのだが、生産過程がどうにも予測がつかなかった。
「ナイトアイ、正規の突入によって得た情報に気になる部分があります」
「どの部分だ」
「その弾丸の調達先です」
ナイトアイが仕入先が羅列し記載されている書類に目を落とす。
「死穢八斎會……か」
「ここ数年で薬物の密売を積極的に取り扱うようになった組織のようですね」
「橋渡し役でしかないかもしれないが、調べる価値はあるな」
検査の最終結果を待つ必要があるものの、間違いなく一歩一歩深淵へと踏み入っている。
その不吉の影と予感が徐々に徐々に色濃くなり始めていた。
不意に、ナイトアイが腕時計を視た。
「ああ、そうだ。ひとつ言い忘れていたが今日はこの後に来客の予定があるのだ」
「では、私はそろそろ暇しましょう」
そういった直後、背面の扉が勢いよく開いた。
「よぉ、ナイトアイ。来たぜ」
つい最近聞いた声がしてきた。
「あン? なんだ? 客がいンじゃねェか」
嫌な予感がしつつゆっくりと振り返れば、そこにはミルコの姿があったのだった。
「あ、テメェ! なんでここに!?」
恨みがましくナイトアイへ視線を戻せば、そこにはまた後ろを向き肩口を震わせている姿があったのだった。
【骨髄の灰】
水銀弾の威力を高める追加触媒
それは特別な骨髄の灰であるといい
とある墓地街の産となるようだ
特に血の性質に優れぬ狩人にとっては
銃撃の威力を高める貴重な手段である