月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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感想・評価・誤字報告ありがとうございます。
毎回、書くための力になっています。

本誌はついに海外勢登場で熱いですね。


47.英雄の決意、悪意の輪郭

 生徒たちが仮免試験のために会場に向かっているころ、私は仮眠室でオールマイトと机を挟んで対座していた。

 

「引退、ですか」

「そう。今年のヒーロービルボードチャートのときに発表しようかなって」

 

 オールマイトはトゥルーフォームでリラックスした様子のままお茶を啜っている。

 

「もちろん、発表したその場ですぐ引退って訳にはいかないだろうから年内あたりを目処にってことになるとは思うけど」

「そうですか」

「……驚かないんだね」

「基本的にオールマイトの決めたことに口出しするつもりはありませんから」

「思い返せば君がはっきりと反対意見を言ったのはワン・フォー・オールの継承のときくらいだったね」

「そうかもしれません」

 

 仮眠室には似つかわしくない重大すぎる話題であるとは思うものの、ある意味ではこれくらいがちょうどいい距離感なのかもしれない。

 

「理由は、お身体ですか?」

「それも理由の一つではあるよ。マッスルフォームの維持がついに一時間を切ったのは私も正直ショックではあるから」

「もう、そこまでですか」

「ただ身体の調子以上にやはりワン・フォー・オールの継承がトリガーになっているのだと思う。継承前と継承後では維持時間の減り方が大きく違っているからね」

「お身体のことは世間に公表するのですか?」

「いや、しない。だから納得しない人、できない人もでてくると思う」

「今でさえ、雄英はオールマイトを独占するなという論調も少なくないですからね」

 

 オールマイトが雄英に就任してからというもの、その論調は目立って多くなったように思う。実際のところは、オールマイトが雄英に就任する前から彼の活動は身体のこともあり徐々に縮小し続けていたが、雄英就任を切っ掛けに対外的な活動が目に見えて減少したこともありマスコミはこぞって書き立てていた。

 

「知らせていないから仕方がないとは言え、本当は順序が逆なんだけどね。雄英にいるから活動が少なくなったわけじゃなくて、活動時間が限られているから雄英で教師をしてるんだから。ただ、そういった風潮になることも根津校長は折り込み済みみたいだった」

 

 オールマイトは苦笑いを浮かべながらそう言う。

 

「引退の理由は、お身体以外に何が?」

「緑谷少年が独り立ちするまではどうにか、と思っていたんだけど。でも現実的な話、今のままのペースで活動時間が減少していけば早くて年内で、どんなに遅くとも年明け数ヶ月で私自身の思いとは関係なく『オールマイト』でいられなくなることは間違いない。『オールマイト』はシステムとしての抑止力の意味合いも多分に含んでいるし、そこでいきなり『オールマイト』が消えてしまうようなことがあれば世間をはじめとした各所での混乱は避けられない。だからこそできる限りのソフトランディングをするために今のうちに発表しておくのがベターかなって」

「ベストではないと」

「本音をいえば、最後の瞬間まで足掻きたいさ。足掻いてもがいて、それで潰えるのなら本望ですらある。けどその結果大混乱をもたらすことになるなら、『平和の象徴』を目指してきた意味がないからね」

 

 重い言葉だった。

 もはや、しがらみなどという言葉では言い表せない程度にはオールマイトを取り巻く環境は本人すら把握できないほど複雑な事情で絡み合いすぎている。むしろ、オールマイト本人のためには、唐突に、そしてやむを得ない状況で『オールマイト』という舞台から降りざるを得なかったのだと認知された方が後腐れがないのではないかと思うほどだった。

 

「ただ、一番の理由は私のエゴだ」

 

 オールマイトの声のトーンが落ちる。

 

「オール・フォー・ワンを討つ。そのために少しでも力を蓄えておきたい。この因縁を精算することが、私の、ワン・フォー・オールを継承し、継承させた者としての責務。何よりお師匠のことも含めて個人的な思いもある。けれど、今のままワン・フォー・オールが減衰していけばそれもままならなくなってしまう。だから残された時間は奴を捕まえることだけに専念したいんだ」

 

 オールマイトの組まれた両手に力が入っているのがわかった。

 静かな、しかし大きな決意が瞳には満ちていた。

 

「奴と決着をつけることは、緑谷少年ではなく私の役目だ。次代を彼らに託すのならば、前時代の亡霊は前時代の人間が祓っておかなきゃね」

「……刺し違えるおつもりですか」

「結果としてそうなっても仕方がないと思っている。だけど、刺し違えるつもりなんてさらさらない。私は幾度も見てきているからね。生きる意思、生き抜く意思、生きようとする意思がどれほど人を強くするのかってところをさ! だから、私も生きることを最後まで諦めるつもりなんてないんだよ」

 

 力強く笑む彼は、いつものナチュラルボーンヒーローのそれだった。

 

「オールマイトの決意は分かりました。私に言ったということはヒーロー公安にはもう伝えているのですよね」

「あァ、今会見やらなにやらの手配を含めて対応してもらっている」

 

 オールマイトの影響力は海を越える。米国、英国をはじめとした各国への根回しに今頃ヒーロー公安は忙殺されているに違いない。それを思うと、少しばかり同情を禁じ得ないのだった。

 

「だからこそせめて、近しい人たちや親交のある人たちには私の口から直接引退の意向を伝えようと思って」

「緑谷くんには、まだ?」

「仮免試験が無事に終わったら伝えようと思っているよ。大事な時期に余計なコトを考えさせたくないしね」

 

 緑谷出久に伝えたら、余計なわけがない、と怒り出しそうなものであるがオールマイトなりの配慮と、緑谷出久の継承者としての自負となによりオールマイトフリークとしての性は交わることはないだろうとも思う。

 

「グラントリノや根津校長をはじめとする雄英の先生たちには事前に言っておくつもりだよ。あとは警察の塚内くんあたりの以前から親交の深い人には私から直接伝えようかなって」

「親交の深いといえば、ナイトアイにはお伝えしないのですか?」

 

 私がナイトアイの名前を出すとオールマイトは困ったように視線を逸らした。

 

「どうなんだろう。彼は私に会いたくないんじゃないのかな」

「私にはナイトアイの内心を推し量ることができるほど交流があるわけではないので肯定も否定もできかねます。ただ、オールマイトと交流のあった方で思い当たったものですから」

 

 二人はお互いに不器用だなと思う。ナイトアイもオールマイトの身体を気に掛けていたし、オールマイトもナイトアイの予知した未来を覆すべく動いていた。気遣いあっているにも拘わらず二人の関係は改善されていない。

 

「ただ余計なお節介ではありますが、伝えたいことがあるのでしたらしっかりと言葉にするべきだと、私は思います」

「……そうだね」

「雰囲気で察してくれはただの甘えですし、仲違いされてるのでしたら言わなくても分かってもらえるなんてものは間違いなく幻想でしかないので尚更です」

「うーん、君の正論パンチは抉るように効いてくるなぁ……!」

「正論かどうかは分かりません。しかし少なくともなにも言わないよりはオールマイトのお気持ちは伝わると思いますよ」

「ナイトアイとはしっかり向き合わないといけないときがきてるのは、以前からわかってたつもりなんだけどね」

 

 決心がつかないんだ、とオールマイトは苦笑しつつ力無げに声を溢す。

 

「私からは会うべきとも、会わないべきとも言いませんし言えません。強いて私から何か言うのでしたら、オールマイトの後悔が少ない選択をしてほしいということだけです」

「後悔しない選択じゃなくて?」

「ここまで拗れているのでしたらどうしたにせよ後悔すると思いますから。言わなければよかった。言っておけばよかった。もっと早く言えばよかった。会えばよかった。会わなければよかった。もっと早く会っておけばよかった。なんにせよです」

「……その通りだね」

「ですから、どの選択をしても後悔することが分かりきっている以上、悩む時間が少ない選択が最も精神衛生上よろしいかと」

「君らしい考え方だ」

 

 くすりと笑むオールマイトからは、ほんの少しだが肩の力が抜けたように見えた。

 

「わかった。君にここまで言わせたんだ。あとは私自身で決断するよ」

 

 ところで、と言葉を継ぎながらオールマイトは緑茶を口につける。

 

「君は、私の引退をどう思う?」

「どう、とは。私は先程もお伝えした通り――」

「そうじゃなくてさ。君の気持ちを知りたいんだ」

「私の気持ち?」

「君はどう思ったか。それを知りたい」

 

 オールマイトはいつになくまっすぐに真っ直ぐに見つめてくる。

 

「改めて問われると言語化が難しいですね。ですが、あえて言語化するのでしたら寂寥感の中に微かな安堵が入り混じっているとでもいえばいいのでしょうか」

 

 オールマイトは興味深そうに目を細めていた。

 私自身そのような感情が沸きあがっていることに驚きがあるが、かつて私を救ってくれたオールマイトが一線から退くというのは、やはり私にとっても無自覚であってもそれだけの影響力があるのだろう。

 

「君の気持ちを聞けただけでも事前に話をした甲斐があるってものだよ」

「どういう意味ですか?」

「だってこんな機会でもないと、君から君自身のことを話してもらうことなんてないだろう?」

「……そんなことはないと思いますが」

「はっはっは、その一瞬の沈黙が全てを物語ってるんじゃないかな!」

 

 確かに自分語りをするのは好んではいない。自分の内面を誰かに知ってもらおうとも思っていない。けれど、オールマイトにまでそう思われてしまうのは些か度が過ぎるのかもしれないのだった。

 

「ただ私も今まで忙しさにかまけて訊いてこなかったからね。ゆっくりできるのはまだまだ先になるとは思うけど、だからこそ引退を切っ掛けにこういう時間も少しずつ増やしていきたいとも思ってるんだ」

「それでしたら尚のこと、オール・フォー・ワンと一刻も早く決着をつける必要がありますね」

「ああ。だから、引退発表した後こそ今まで以上に奴を討つための準備に全力を尽くしていく。全てを賭してね」

「私も当然協力しますから」

 

 ありがとうとオールマイトは小さく頷く。

 おそらくきっと。私の研鑽の全てはこのためにあったのだろう。

 

「ヒーローとしての最後の大仕事。頑張るよ」

 

 覚悟を帯びた双眸で、しかし優しくオールマイトは微笑むのだった。

 お茶を飲み干すとグラントリノに会いに行くとオールマイトは席を立った。

 一緒に付いていくと口に出そうか、ほんの一瞬だけ逡巡したが頭を振ってその考えを打ち消した。

 これは、あくまでオールマイトの決意の問題であって、私の意思をこれ以上介在させるべきではないのならば、オールマイトの意志決定において私はただの不純物でしかない。

 言葉を飲み込み、生徒たちの仮免試験の結果がでたら伝えると言うと「頼んだよ、先生」と今日一番の力強い笑みをサムズアップと共にくれたのであった。

 

 その日の夕刻、引率を終えて学校へと戻ってきたイレイザーヘッドから仮免試験の結果を聞かされた。

 

「全員合格。よいではないですか」

「ま、アイツらには身に覚えのあるシチュエーションだっただろうからな」

「というと?」

 

 イレイザーヘッド曰く、一次試験はシンプルな戦闘技能試験、二次試験は外部と隔絶、閉鎖された都市部での(ヴィラン)災害の対応だったらしい。

 

(アイ)・アイランド事件とヒーロー殺し事件を参考に想定されたようなシチュエーションだったよ」

 

 両方とも直接事件に関わってはいないから、又聞きの情報だけどな、とイレイザーヘッドは補足していた。

 

「なんにしても、例年よりかなり難化した試験だったことは間違いない。基本三項の同時対応を仮免試験レベルで求められるのはなかなかに稀有だ」

「過剰とは思いつつも対策しておいて正解だったというわけですか」

 

 先程、オールマイトは既にヒーロー公安に引退の意向を伝えていると言っていた。そのことも試験の難化には大きく影響しているのだろう。

 これから訪れるオールマイト不在の時代に今まで以上に社会を支え担える人材たちを、ヒーロー公安は発掘していかなければのらないのだ。

 

「ああ。一つ想定し忘れていた状況があったこと以外は、訓練のほうが厳しかったはずだ」

「想定外のことがあったのですか?」

「急造チームアップにおける味方との連携齟齬だ」

「どういう意味でしょう?」

「端的に言えば、試験中に他校の生徒と喧嘩したバカがいた」

「それは……確かに想定外ですね」

「下らなすぎてな」

 

 イレイザーヘッドは想定し忘れていたといっていたが、彼が言うように想定するだけ無駄なものと言えた。

 

「まァ、そうは言っても喧嘩は吹っ掛けられた側だ。ちょうどいい想定外のことが起こる訓練になっただろ」

「存外ポジティブ思考なのですね」

「そう思わなきゃやってられん」

 

 不貞腐れたように言い捨てたイレイザーヘッドは心底呆れ果てているようだった。

 

「ですが、合格はしたのですよね?」

「対敵行動に関しては、客観的に見て他校とは頭一つ抜けていた。救助活動も他校の二年と比べても遜色はなかったように思う。あれで不合格にするのは流石に恣意的すぎると判断されたんだろうな」

 

 イレイザーヘッドによれば二次試験の(ヴィラン)役にはギャング・オルカのチームが抜擢されたものの、ハンディキャップとして拘束用のプロテクターを装着し、不利な陸地のみでの戦闘、さらには部下たちはそのプロテクターに加えて個性の使用制限まで行っていたらしい。

 

「かなり行動制限がかかっていたとは言え、プロ相手に、しかもトップクラスのチームに対してよくやっていた。完全制圧の一歩手前までいったのは大したものと言ってもいい」

「訓練の成果がでたようでなによりですね」

「ま、戦闘に限って言えば訓練のときのほうが明確に厳しい条件だっただろう」

 

 私とイレイザーヘッドだけでなくエクトプラズムやセメントスをはじめとした各ヒーローから様々なシチュエーションで生徒たちは訓練を受けてきた。画一的な状況や思考に囚われないようしてきたのだが、結果に十分反映されているようであった。

 

「ただし喧嘩に関わった連中は、別に講習プログラムを受けさせられるみたいだがな。妥当な落としどころだろ」

「その喧嘩をしたのは誰なのでしょうか」

「轟と爆豪だ」

「揃いも揃ってなにを……」

 

 イレイザーヘッドが呆れるのもよく分かる。よりにもよって戦闘面の実力でいえば雄英のトップクラスがこの体たらくでは苦言の一つも溢したくなるだろう。

 

「士傑の生徒と轟がトラブったところに爆豪が突っ掛かっていき別の士傑の生徒と喧嘩になったらしかった。当人たちも反省はしているみたいだったし、必要以上にクドく言ってはいないが俺が試験官なら落としている旨は伝えておいた」

 

 そのときの様子を思い出したようで、イレイザーヘッドは大きく嘆息している。

 

「とはいえ、曲がりなりにもとりあえずの目標はクリアできたのでしたらなによりですね」

「ああ、仮免試験が終わったとはいえ、俺達は次の準備、インターンシップの手続きに取りかかるぞ。各所への通達、仮免取得の証明書類の発行、生徒たちの希望の取りまとめ、他にも諸々。俺達がやることはこれからの方が山積してる」

「前から思ってはいたのですが、教職にも拘らず生徒たちに接してるよりも事務仕事のほうが比率的に多いのはどうにかならないのでしょうか」

「……言うな」

 

 しばらくは、書類の山に辟易することになりそうなのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 生徒たちが仮免試験に合格した三日後、私はナイトアイの事務所に呼び出されていた。

 

「単刀直入に訊くが、狩人の差し金か?」

 

 オールマイトグッズやポスターが並ぶ客観的には異様な、ある意味常態的なナイトアイの執務室に入ると、ナイトアイが開口一番、彼らしくない要領を得ない質問を訊いてきたのだった。

 

「なんのことですか?」

「昨日、オールマイトがここにやってきた」

「ああ、なるほど」

「やはり貴様か」

「いいえ。私は何もしていません。オールマイト自身の意思でいらっしゃったのだと思いますよ」

 

 どうやらオールマイトも二日ほど悩んだ末にナイトアイに直接話すことを選んだのだろう。

 

「確かに、オールマイトからお話を聞かされたときに貴公の名前はお出ししましたが、会いに行くように勧めたなどということは一切ありません。そこまでは些かお節介が過ぎると思いましたので」

「……」

 

 眼鏡の奥の三白眼をさらに釣りあげて、疑いの眼を向けてきていた。

 

「数年ぶりに話すのだ。連絡があっただけでも一驚に喫するが、それだけでなく急に来られると私も慌てる。私にも私なりの準備がある」

「そう言われましても」

 

 さすがに何を話したかまで尋ねることは野暮が過ぎるし、一言で言い表せるものではないだろう。悲喜交々、これからのことにしても今後のことにしても双方とも複雑な感情が行き交ってもいただろうと思う。ただナイトアイにとってオールマイトと会って話したこと自体の是非は、ほんのわずかにナイトアイの声色に混じっていた喜色から察するに余りあるのだった。

 

「まあ、いい。今日はそんなことを言うために呼んだのではない」

「どうしたのでしょう」

「あの『個性を破壊する』弾丸の出所が判明した。やはり死穢八齋會だ」

 

 ナイトアイはあれから薬物売買のルートをいくつも探っていたらしい。その際に見つかった『個性を破壊する』薬物こと何らかの血肉の入った弾丸をいくつか押収することに成功していたようだ。そして、その調達ルートのいずれもが死穢八齋會に至っていた。さらにナイトアイは死穢八齋會の上流まで調査の手を伸ばしたが、個性を破壊する薬物に関しては、そこでいきなり情報が途絶えてしまったとのことだった。

 

「以上から考えうることは二つだ」

「死穢八齋會が独自の調達ルートをもっているか、死穢八齋會が製造しているか、ですね」

 

 二つの可能性があるとはいうものの、おそらくは後者であろう。前者の場合、国内での調達ならば拡販力の弱いルートしかもっていない泡沫団体といっても差し支えない死穢八齋會だけに卸している理由が見当たらず、海外からの調達ならば日本に入る前に他国で蔓延していてもおかしくないし話が入ってこないはずもない。それに加えて日本で実験的に試すにしても日本の規制や取り締まりの厳しさを考えればリスク面ばかりが目立って見合うメリットが現段階では無さすぎるのだった。

 

「だが、現時点では強制捜査をするまでの材料がない。捜査令状も出せないだろう」

「別件逮捕から切り込むこともできないのですか?」

「それも現状難しい。死穢八齋會は表向きはかなり大人しい極道組織だ。それこそ零細といっても差し支えないような、な。証言だけでなく物証がなければ動けん」

 

 ナイトアイは苦虫を噛み潰したような苦渋に満ちた表情から眉間の皺をさらに深くして吐き捨てる。

 やはり正当な手続きを経る方法では簡単には動くことができない。かといって特務局が腰を上げたとしても、狩人(わたし)を動かしたところで法的に有効な物証は手に入りはしないし、執行命令(さつがい)に至るような被害を撒き散らしているわけでもないためその命令はまず下されることはないだろう。もどかしいばかりで臍を噛むことしかできていないのだった。

 

「それに問題はそれだけじゃない。たとえ証拠能力の認められる正規ルートで『個性を破壊する』薬物の現物を入手できたとしても、そもそも『個性を破壊する』薬物が違法か適法かを判断することに相応の時間がかかると予想される」

「結局のところ内容がヒトの血肉ですからね。正直なことを言えば薬物の定義からは著しく外れています。付け入るとすれば、銃刀法の観点からになるのでしょうけど、それだけではヒーローではなく警察の管轄になってしまう。せめて多量の銃器を所有している、あたりを証明しなければヒーロー側から関与する根拠も薄く動きづらい」

「そう。生成する際に暴行や傷害、拷問、誘拐、殺人が行われている可能性があるにも拘わらず、おいそれと手出しができない。それに思っている以上に悠長に構えている暇はないことも確かだ。我々が想定していた以上に、『個性を破壊する』薬物は広範囲に渡っていた」

 

 調査をしていくなかで、ナイトアイたちは関西方面にまで『個性を破壊する』薬物が拡がっていたのを確認していたらしい。

 

「慎重に立ち回ることは必須。しかし裏社会に根付く前に根絶しきること、なにより弾丸生成にあたって被害者がいるのならば敏速に解決しなければならん」

 

 ナイトアイは、そう言いながらフラッシュメモリと大型封筒を渡してきた。

 

「これは?」

「我々が調査した結果をまとめたものとその資料だ。公安調査庁なら活かせるであろうし、うまく行けばさらに発展が見込めるかもしれん。それにこちらから協力要請をした以上、情報共有は必須。ただし厳重なセキュリティが担保されていることが絶対的な条件だ。故にそれを持ち帰ってもらうために今日はわざわざ狩人を呼び立てまでしたのだからな」

「なるほど」

「データと書類は同じ内容が入っているが念のためデジタルとアナログの両方を渡しておく」

「苦労して調べたであろう資料をこんなに簡単に渡してよかったのですか? 私が言うのも相当におかしいとは思いますが、随分と明け透けなのですね」

「早期の解決のために、合理的な手段を選んでいるだけだが。他に効率的な代替案があれば訊こう」

「いえ、我々が緊密な連携をとることこそ最大の効率かと存じます」

「ならば、素直に受け取りたまえ」

 

 ナイトアイは、どうにも手柄や名誉というものに全く興味がないらしい。事務所をみても機能的にまとまってはいるものの、ナイトアイクラスのヒーローであるならばもっと大金がつぎ込まれていてもいいようなものだが、そういった様子はみてとれない。相棒(サイドキック)も二名のみ、スタッフも最低限。広報活動もしていないことからも実績を外部に誇示するつもりもないことが分かる。

 かつてステインが凶行に至った世情の一端でもある評価や報酬に固執するヒーローが増加傾向であることは昨今の飽和時代と呼ばれる業界事情的に仕方のないことだが、彼はその時代の流れなど全く意に介していない。彼にとって名誉や報酬は、ひたすらシンプルに『救けるために動く』ことを実践した結果のオマケ程度にしか考えていないのかもしれないと思わされてしまう。

 以前ナイトアイと話をしていた中で「私たちはオールマイトになれない」と言いなれた口癖のように愚痴をこぼしていたが、ヒーローとしての在り方、そうあろうとする精神性は、彼らは外見を含めて一見正反対に見えていても、実際にはナイトアイが最もオールマイトに近いヒーローなのではないかとも思うのだった。

 

「私からの用はそれだけだ。狩人から何か報告はあるか?」

「現状特に――いえ、ひとつだけありました」

「訊こう。私にできることならばすぐに取り掛かる」

「むしろナイトアイにしかできないことかもしれません」

「なんだろうか」

「雄英のヒーロー科の一年生が無事に仮免試験を終えました。インターンシップの受け入れ先を探していますので、候補に上がったそのときはよろしくお願いいたしますね。積極的に候補に挙げておきますし、必要でしたら推薦も致します」

「……ミリオだけで手一杯だ」

「そんな。訊こうとおっしゃったにもかかわらず、まさか二言があるのですか?」

「む……」

 

 バツが悪そうにナイトアイがこちらを睨みつけてきていた。

 

「冗句が過ぎましたね。たとえ希望があったとしてもインターンシップとして採用の合否は当然お任せします。私の意思を介在させることはありえませんのでご安心を」

「真顔で冗談を言われても判断しかねる」

「すみません。ユーモアが苦手なもので」

「……この間の意趣返しだな?」

「さて、どうでしょう」

 

 先日のミルコの件に関して一矢報いたところで、席を立った。

 

「ですが、生徒たちにナイトアイの元で経験を積んでほしいというのは本音です」

「世辞はいらん」

「私がそんなことを言うとでも思うのですか。本心ですよ。特に、オールマイトを追いかけているような生徒には特にナイトアイの元での経験こそ一番必要なのではないかと思っています」

「何を根拠に」

「『我々はオールマイトにはなれない』という考えを持っているからですよ」

「夢を追いかける生徒たちにはなおさら不相応だろう」

「そうですか? この言葉は自虐や至れないといった諦観の言葉ではなく、だからこそ最善を尽くすために何をするべきか考え行動に移さなければならないというナイトアイなりの自戒と理想という幻想に囚われないための言葉と思っていたのでしたが、違いましたか?」

 

 ナイトアイは珍しく視線を外し、気恥ずかしそうにしている。ナイトアイは理想を求める現実主義者という矛盾した存在だからこそ、そばで学ぶことも多分にあるのだ。

 

「……インターンシップの件は考えておく」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 私は、ナイトアイの事務所から辞し特務局へと資料を持ちかえった。ナイトアイの情報は特務局を通じて公安調査庁の本庁へ渡るだろう。

 そこから、強制捜査に踏み切れるまでの証拠をいかに迅速に揃えられるかが今後の勝負になるはず、だった。

 数日後、予期せぬ報告があがった。今は戒厳令が敷かれ、一部にしか情報は渡っていない。

 私は再び、ナイトアイ事務所に向かっていた。大幅に今後の対応は修正変更しなければならなくなってしまったのである。

 (ヴィラン)連合、いやオール・フォー・ワンの手によって死穢八斎會が壊滅させられたのであった。

 




【火薬の狩人証】

工房の異端として知られる「火薬庫」が発行した狩人証

複雑な機構構造と、爆発的な威力にこそ魅力を見た彼らは
それまでの工房とは一線を画す、奇妙な武器を生み出した

今は亡き「火薬庫」は嘯いたものだ
「つまらないものは、それだけでよい武器ではあり得ない」

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