月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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7.戦闘訓練その後、狩人の授業

 オールマイトとの戦闘訓練を終え、どうにか立ち上がり演習場から生徒達の元へ戻ると、予想外の光景が待っていた。

 

「すごかったッス! 狩人先生、すげー(はえ)ぇ!」

「ケロ。びっくりだわ。眼で追えないスピードなんて比喩以外で初めて」

「俺、オールマイトが負けちまうのかとドキドキしちゃいましたよ」

「あんなに翻弄されているオールマイト見るのもはじめてで! 狩人先生ものっすごく強かったですよー!」

 

 何人かの生徒が私の元へ、駆け寄ってくる。

 どういうわけか理解できなかった。彼らの口にしているのは、私への賛辞。

 皮肉でもなんでもなく、純粋な賛辞なのだ。

 わからない。私は敗者だ。送られるべき賛辞などあるはずもなく、あるべきは嘲罵と謗言。たとえそれらがなくとも、冷ややかな視線と嘲笑に晒されるはずだった。

 少なくとも、私は今までそういう世界で生きてきたし、今回もそうなるものだと思っていた。

 しかし、私の予想とは正反対の状況にどう対応していいかわからず、柄にもなく返答に困っているとオールマイトに背中を叩かれた。

 

「素直に受け取ればいい。君に対する正当な評価だ」

「……そうですか」

 

 オールマイトは二回柏手を打って生徒の注目を集めた後、整列するように促した。

 長いようで短かった戦闘訓練の授業時間は残り数分となっていた。

 

「さ、あと時間も僅かだ。最後にちょこっと解説をして解散しよう」

 

 生徒を見回した後、オールマイトは問いかけた。

 

「まずは君たちに訊きたい。私と彼女の戦いはどうだった?」

 

 オールマイトの問いかけに、四方八方から口々に感想が上がる。

 おおよそ、オールマイトへの賞賛と、私がオールマイトに対して彼らの予想以上に善戦していたことに対する驚きが大半だった。

 

「うーん! もう少しそれ以外のことを訊きたいな! そうだね、轟少年はどうかな?」

「……俺ですか?」

 

 いきなり指名をされ戸惑う轟焦凍に、オールマイトは力強い笑みを向ける。

 しばらく目を伏せていたが、私を一瞥しつつオールマイトへ視線を戻した。

 

「俺がヒーロー側なら……人質まで考慮すると(ヴィラン)側への対抗手段が限られてました。出来ることが限られる中で戦闘に突入した場合、人質を傷つける方法か成す術なく負けるかしかなかった。(ヴィラン)側なら、通路に氷壁を張ってもオールマイトなら簡単に砕いてこっちまで辿り着いちまう。そうしたら即制圧されて終わり。何をしていても負けていたと思います。だから、会敵せずに済ませる方法を探していましたが、今の俺には無理でした」

 

 轟焦凍の発言をきいて、各々が唸りながら考える素振りをみせていた。

 自分ならどうするか。どう対処するのか。それともできないのか。できないのなら何をするのか。

 ヒーローになれば自分の好む好まざるを問わず、ありとあらゆる状況が目の前に解決しなければならない事案として立ちはだかる。

 今の彼らにとっては、オールマイトも私も、自身の力では真正面から突破できない難敵。それを知ったうえでなにができるのかを考える。

 彼らは轟焦凍の発言を聞いてオールマイトの意図するところへようやく到達したらしい。

 その中で、天を突くかの如くまっすぐに手を上げる生徒がいた。

 

「よろしいでしょうか!」

「はい、飯田少年! いいよ!」

 

 飯田天哉。『エンジン』という自走スピードを著しく引き上げる個性を持つ生徒。ふくらはぎにあるマフラーを彷彿とさせる突起物が特徴的だ。

 個性把握テストの際には、攪乱しようと画策する者が多い中で開幕一番、全速でまっすぐに突っ込んできたので、なかなか印象深い生徒でもある。

 

「俺達のやった訓練との違いをまざまざと見せつけられた思いです。戦闘自体のレベルの高さは当然ですが、何よりも訓練だからという甘えがまるで見られませんでした。お互いがお互いを本気で叩き潰そうとする気迫……本当に対(ヴィラン)の制圧現場を見ているかのようでした。映像越しでも恥ずかしながら恐怖すら覚えるほど。これが本来あるべき訓練の姿なのですね」

「うん! だって本気で叩き潰しにいったからね! 攻撃は全部本当に(ヴィラン)を攻撃するようなレベルの威力だ! 君たちは今の段階で真似したらダメだぞ! 絶対に大怪我するから!」

「えぇっ!?」

 

 飯田天哉の驚愕を見てオールマイトは高らかに笑い出した。

 

「君たちも見て分かったと思うが、彼女のレベルはとても高い。高いが故に彼女を相手に、手加減をできるほど私も余裕はなかった。どちらかが手を抜けばどちらかが大怪我をする。あれは、そういう類のものだからね! ていうか、ぶっちゃけ負けると思った! あの超スピードは反則すぎ!」

「そ、そうだったんですか」

「私もかなり必死だった。本当なら、君たちに人質を救出しながらの戦闘の仕方というものを見せてあげたかったけれど、彼女が相手ではそれは無理だと判断せざるを得なかったよ。人質を先に救出していて庇いながらの戦闘なら最後にみせたあの技は使えなかったからね。もし彼女がわざと人質を救出させて、私の動きを一部封じる作戦をとっていたらきっと負けていただろう」

 

 そうだろう? といいたげな視線が私に投げかけられた。

 確かに考えはしたが、それは私自身の攻撃によって人質のハリボテを破壊しかねなかったので取らなかったのだ。私の技は、加減が難しい。今まで、真っ直ぐに命を刈り取るようなことしかしてこなかったというのに、今更加減をしろということ自体無理難題なのである。

 つまり最初からその作戦は考慮していなかったというのが実際のところだ。

 さらに言うのなら、(ヴィラン)らしく人質を盾にするという戦法もとることもできたのだが、オールマイト相手ではただただ動きが鈍く、制限されるだけでありデメリットにしかならない。

 同等か格下相手ならば通用する手段も、オールマイトほどの相手では意味をなさないのである。

 だからこそ、私も搦め手を捨てるという選択肢しかとらせてもらえなかったというのが正確な状況分析だろう。

 ただそれでよかったとも思う。

 人質を使って優位に立てるのなら容赦なく使っていただろうが、せっかくのオールマイトとの手合せの結末がハリボテ破壊による引き分けなどという、そんなくだらない結末になっていたら興醒めも甚だしいのだから。

 オールマイトは、言葉を続ける。

 

「だから私は全力を出すために、完全制圧に切り替えた。まあ、切り替えさせられたといったほうが正しいかな。ただ私も闇雲に全力を出したわけじゃないぞ。彼女なら命に関わるような大怪我をせずに済むと思っていたから、全力を出せたんだ」

 

 オールマイトは、私の個性であっても『目覚め』てしまうようなことになってしまえば、彼は彼自身を許せなくなってしまうだろう。

 オールマイトはその後も、戦闘での細かい駆け引きなどを解説していく。

 彼の楽しそうな語り口調とは裏腹に、生徒達は少しでも盗むべきことがあるかもしれないと真剣な表情でオールマイトの話を聞いていた。

 

「だから彼女はあのとき――」 

「オールマイト、それくらいにしてください。時間ももうありませんから。話し足りないのならまた次回にしましょう」

「おっと、そうだった! つい夢中になってしまったな!」 

 

 私は彼の話を途中で無理やり切上げさせた。

 もう時間が迫っているのだ。オールマイトが皆の知っているオールマイトでいられる時間が。

 私の覚えている限りでは、オールマイトのマッスルフォームを維持できる時間はもう僅かもない。

 

「それに、緑谷少年にも講評をきかせてやらねばならないしな! 君はここにいる諸君を頼むよ! じゃあ着替えてお戻り!」

 

 オールマイトはそれだけいうと、旋風の如き速さでグラウンド・βから去って行ってしまった。

 突然の終礼に、戸惑う生徒達。

 仕方がない。私がこの場は引き継ぐしかなさそうだ。

 

「さあ、オールマイトの言ったとおりです。教室に戻ってください」

 

 私が皆に戻るように促すと、生徒達はまばらにグラウンド・βから撤収していった。

 しかし集団が去っていく中で残っている生徒がいた。

 轟焦凍と爆豪勝己だ。

 二人ともなにか思うところがあるらしく、真剣な顔つきで私を見つめている。

 轟焦凍は、沈黙を破るように私の前に進んでくると、真っ直ぐに見据えてきた。

 

「……さっきはすみませんでした。生意気なことをいいました」

 

 つい先ほどとは打って変わって随分しおらしい。

 噛み付いてきたことに対して謝罪しているのだろうが私は気にしていないし、気にしていない以上頭を下げられる理由がない。

 さらに言うのならば私は誰かに頭を下げられるような人間でもない。

 頭を下げるのを私が止めずにそのままにしているのは、彼が自分自身の中のなにかにケジメをつけたいのなら、それを遮る理由もまたないというだけだ。

 十数秒たったが轟焦凍は頭を下げたまま、顔を上げようとしない。

 

「気にしていないので、私に頭を下げる必要はありません。オールマイトに言われた通り私も段階を踏むべきでしたから。最初から求めるレベルが高すぎました」

 

 轟焦凍はなにやら驚いたようで、はっと顔を上げ困惑を隠せないでいる。

 

「怒らないんですか? あんな失礼な口をきいたのに」

「怒る理由がありません。轟くんも理由があって突っかかってきたのでしょうから」

 

 私から言うことはそれだけだ。

 

「ははっ……怒る理由がない、か。器がちげぇ……だからこそ……」

 

 誰と比べているのか、轟焦凍はここではないどこかを見ながら独りごちている。

 そのまま彼は沈黙してしまった。

 

「もう、用件は済みましたか? では、轟くんも済んだのなら教室に戻る準備をしてください」

「いや、もう一つ――」

「どけ、半分野郎。俺も言いてぇことがある」

「爆豪、まだ俺が喋ってる途中だ」

 

 爆豪勝己が、轟焦凍を押しのけるように私の前に立った。

 言葉を遮られてややむっとしている轟焦凍は完全に眼中に無いようで、爆豪勝己は私を睨み付けてきた。

 

「なあ、あんた。言ってたよな、再戦はいつでも受け付けるって」

「ええ。いつでも構いません。それとも今からやりますか? 今日の戦闘をみても思いましたが、今の爆豪くんには十秒もいらないと思いますので」

「わかってるわ! クソが! 今の俺じゃ逆立ちしたって勝てねぇことぐらいなぁ! あんたと俺の間には天とゴミほども実力が離れてることくらい痛ぇくらいわかってんだよ!」

 

 キレながら自虐するとはなかなか珍しい芸だ。

 だが、彼の眼は怒りではなく、はるか高いところへ向かう決意の眼をしていた。

 

「だから……だから! いつかする再戦のために、俺の今からすることを見ておけ! いいか、一度しかやらねぇ!」

 

 そういって、膝と頭がつくほど深々と頭を下げてきた。

 

「俺に闘い方を教えろや!」

 

 彼の印象からは程遠い行為とちぐはぐな言葉遣いに滑稽さを感じるものの、真剣さだけは真っ直ぐに伝わってくる。

 頭を下げたまま、爆豪勝己は言葉を続ける。

 

「俺は、オールマイトすら超えるヒーローになることが目標だ。オールマイトはすげぇヒーローだ。俺が子供(ガキ)ンときからずっとすげぇまま……今もまだ憧れてる。だから気づいちまってる。憧れちまったら超えられない。超えられねぇんだ! 俺はいつかオールマイトを超えなきゃいけねぇのに!」

 

 憧れることは悪くない。だが、行き過ぎた憧れは諦めへと簡単に変わる。『彼は特別だから』『彼は私達とは才能が違うから』と彼がしてきたことに目を向けず簡単に言い放つ輩は後を絶たない。

 彼は、それを感じてしまい自己嫌悪に陥っているのだろう。

 そんなオールマイトが生ける伝説と化している中で、オールマイトを超えると言ってのける志はプロヒーローでも持てる人間は多くない。

 単純に子供故の万能感からそう思っているだけかもしれないが、彼はもう雄英生だ。オールマイトの力量を肌身で感じて、尚口に出すことはなかなか難しい。

 それでも口に出すことは、彼なりの覚悟の表れなのだろう。

 

「この憧れを覆すには、強くならなきゃいけねぇ。強くならなきゃ、目標(オールマイト)を語る資格すらもねぇ。ヒーローに成れないどころか、俺が俺じゃなくなっちまう。だから俺をボコってでもいい! いつかあんたにも、オールマイトにも、全員に勝つために! 今の俺じゃ、オールマイトとあんたどころか(コイツ)にさえ、デクにさえ――だから!」

 

 慣れないことをしている羞恥を含む興奮と爆豪勝己の中の感情が混ざり合って、最後の方は要領を得なかったが言いたいことは大体わかった。

 頭を下げたまま強く拳を握りしめているのを見るに、彼にとっては相当な勇気を要する行為なのだろう。

 倒したいと思っている相手に頭を下げてまで教えを乞う姿勢も、なかなか面白い。

 先ほどから暴言や粗暴な態度が真っ先に目につくが、この尋常ならざる向上心こそが爆豪勝己の最大の性格的特長であることに気付かされた。

 

「爆豪……お前」

「見てんじゃねぇ、クソが!」

 

 轟焦凍がいるのも憚らず、一心不乱に頭を下げ続けていた。

 その様子を見ていた轟焦凍も、決意を固めたように、口を開いた。

 

「いや実は、俺もお前と同じことを頼もうとしていた」

「はァ?」

「狩人先生。お願いします、俺を鍛えてください」

 

 爆豪勝己と同じように轟焦凍が再び頭を下げてくる。

 彼らの発言の真意が読み取れないでいた。

 私は、今のところ客観的に見て彼らを否定しかしていない。そんな人間に能動的に教えを乞うというのは私の理解からはかけ離れたものだった。

 

「俺は今まで、親父のこともあって色んなプロヒーローを見てきたつもりだった。悔しいが親父以上の強さをもつヒーローはオールマイト以外にいなかった。けど、それが今日で覆されたんです。親父でさえ深い溝があると思っていたオールマイトという英雄に、あれほど迫った人を俺は知らない。あんな風に反発した俺が言うのは虫がいいことだとわかっていて、それでもこの昂りを止められないんです。俺に"強さ"を教えてください」

 

 雄英高校(ここ)にきてからというもの、予想外のことに戸惑うことが多くなったように思う。

 

「……さて、どうしたものですかね」

 

 

◇◆◇

 

 

 オールマイトを探して保健室へ向かうと、オールマイトが保健医の老婆、リカバリーガールに説教を受けている場面をみてしまった。

 トゥルーフォームの痩せ細った姿になってしまっているが、しゅんとしている様子のオールマイトはなんとも可愛らしい。

 

「や、やあ。君か。誰がきたのかと驚いたよ」

「何を怒られていたんですか?」

「緑谷少年のことで少しね……」

 

 緑谷出久は、今回の訓練でも結局ワン・フォー・オールを使いこなせず大怪我を負って搬送されていた。

 リカバリーガールの『治癒』の個性は素晴らしいものだが外的能力をもって回復させるのではなく、肉体の治癒力を無理やり引き上げる補助のチカラであるが故に身体への負担も大きく多用することのできない代物だ。

 寝ている緑谷出久はギプスと包帯を巻いており、治癒が完全に終わっているわけではないようだった。

 

「新人ちゃんも大変だね。こんなのに振り回されてさ」

「いえ、オールマイトはよくしてくれてますから」

 

 リカバリーガールは、私が()()()()()()()()()()()()()()()ということまでしか知らない。

 私の本来の職務も、私のやってきたことも知らないので、彼女からしてみたらただの新米教師に映っているのだろう。

 

「もう一度言うけどね、オールマイト。あんたはもう導く立場だっていうのを理解しなきゃダメだよ! いいね!」

「はい……」

「わかったらお行き。この子も起きたら帰るようにいっておくよ」

 

 半ば、追い出されるように保健室を後にする。

 誰かに見られてもいいようにオールマイトはマッスルフォームへと変身した。

 

「と、とりあえず職員室に戻ろうか!」

「オールマイトが叱られているなんて、貴重な場面をみられました」

「シット! 的確に突いてほしくないところを抉ってくるね! 戦闘のときもそうだけど、君ときどきえげつないよね……!」

「そうですか?」

 

 こんなに可愛らしいオールマイトを見られるのなら、定期的にリカバリーガールに怒られてほしいと思ったが流石に口に出すことはしなかった。

 それよりも、相談したいことがあってオールマイトを探していたのだ。

 

「相談したいことがあるのですが、いいですか」

「構わないけど。君が相談なんて珍しいね」

「少し、場所を変えましょう」

 

 オールマイトはそれならばと仮眠室を提案し、私とオールマイトは仮眠室へと移動したのだった。

 対面になるように机を一つ挟んで椅子へ腰を掛けるとオールマイトはマッスルフォームを解除した。

  

「それで、相談って何かな?」

「先ほどの授業の終わりにですね――」

 

 私は、爆豪勝己と轟焦凍からの申し出をオールマイトへ伝える。

 

「――ということがあったのです。ですからどう対応したらいいものかと相談したくて」

「ふむ、なるほどな。それでそのとき君はなんて答えたんだ?」

「断りました」

「えぇっ!? 断ったの!? 話聞いてる限りだと全然断る流れじゃなくないか!?」

「断ったと言っても条件を付けてです」

 

 面倒だとかいう理由ではない。放課後に稽古程度なら付き合ってやるのも別に構わない。

 私の本職は、もっと夜の深い時間に行われる。それに支障さえきたさなければ、それまでの時間は使うことも吝かではない。

 しかし、ここは学校という場所だ。

 誰かを特別扱いをしてしまっては、それがいずれ大きな歪みになってしまう。

 学校など満足に行っていない私だが、ここに赴任するにあたって、上からそういうものだとさんざん聞かされてここへ来ているのだ。下手に特別扱いをしたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 だから、余計な面倒事をかかえたくないがために、彼らを特別扱いしないための条件を付けたのだ。

 

「それで、クラス全員にやる旨を伝えろ、か」

「ええ。伝えなければ受けられないと言いました。大分渋い顔をしていましたけど、そうすれば特別扱いにならなくて済むと思ったのですが、どうですか。こういうことをしてもいいものか相談をしたくて」

「どんどんやりたまえよ!」

 

 サムズアップをしながら、喰い気味に即答されてしまった。

 

「彼らが自主的に言ってきたんだろう? それに秘密にしてやるわけでもない。そして君も構わないと言っている。どこに引き留める理由があるんだい?」

「もっと、危ないからやめろだとか怪我をした場合の責任はどうするのかとか言われると思っていたのですけど」

「あ、そういわれればそうだね。でも、君も雄英教師だし自由にやっていいんじゃないかな。監督者としての責任は負わないといけないけれど、君の実力ならボロボロになるまで扱いてボロ雑巾のようにすることはあっても、取り返しのつかないような大怪我をさせることにはならないでしょ」

「ボロ雑巾のくだりはともかく、過分な評価だと思いますが」

「大丈夫! ヒーローたるものに過酷な修行は付き物さ! 私も雄英にいた頃はグラントリノに毎日ボロ雑巾のようにされていたからね! あ、思い出したら手が震えてきた」

 

 オールマイトは震える手を腿に撃ちつけて、止めるように四苦八苦していた。

 

「まあ、ボロ雑巾は冗談として。教師なら、生徒の向上心をへし折ってはいけない。そう思わないかい?」

 

 オールマイトは優しい笑顔を浮かべている。

 それは私だけではなく、生徒達すべてに向けられたものだった。

 そんな笑顔を見せられたら、肯定以外の選択肢がないじゃないか。

 

「……わかりました。あとは彼ら次第ですが、もしやるのならできる限りのことはしようと思います」

「本当は私も、参加したいのだが。金の卵が孵っていく様子を間近でみられるかもしれないんだ」

「無理を言わないでください。今日だってギリギリだったじゃないですか。私が切り上げなかったら人前でその姿を晒すところでしたよ」

「……気づいていたか。ちょっと夢中になってた」

「当たり前です。それに無茶をし過ぎです。私を呼んだのですから、適当に私に任せて抜ければよかったのですよ。というか時間のかかる戦闘訓練だから、そういう目的で呼ばれたと思っていたのに私を全然使わないですし。それどころかまさかオールマイト自身が訓練に出張るとは思いませんでしたし、オールマイトと手合せするとはもっと思いませんでしたし」

 

 すまないすまないと苦笑へと表情が変わる。

 この衆目に晒せない愛嬌のある姿(トゥルーフォーム)もやはりオールマイトだ。親しみがあり、強いヒーロー。

 やはり、オールマイトはいつまでも、どんな姿であろうとも私のヒーローだ。

 

「じゃあ、相談は終わりかい? 私は爆豪少年に少し話したいことがあるからいくよ。それに小言はリカバリーガールからだけで十分だから逃げさせてもらうね!」

「ええ、ありがとうございました」

 

 オールマイトは立ち上がるとマッスルフォームへと再度変身をした。

 

「……どうしたんだい? そんな熱烈に視線を送られたら照れてしまうよ」

「すみません。なんでもありません」

 

 いずれ、いずれでいい。

 彼がどんな姿(トゥルーフォーム)でも、オールマイトとして堂々と歩ける日が来てほしいと切に願ってしまう。

 

「そういえば、戦闘訓練が始まる前にいってた授業のカリキュラムを組まなきゃいけないんだろ? 手伝ってもらったんだから私も手伝うよ。気軽に相談してくれたまえ」

「ええ、ありがとうございます」

「ちなみに、何を教えるつもりだい?」

「以前も言いましたが、私には皆にヒーローを教えることはできません」

「……」

 

 ヒーローを教えるのは私よりも、いや私以外が適任だ。なによりもオールマイトがいる。

 そんな中で、ヒーローでもない私がヒーローを説いても、なにもならないことはわかりきっていたからだ。

 しかしヒーローではない私が、ヒーローになる彼らに教えられることが一つだけあった。

 

「"ヒーロー"を教えるのは、他の皆さんがいます。私は"ヒーロー"を教えることはできません。ですから私は、"(ヴィラン)"のことを教えようと思います。対(ヴィラン)学、それが私の雄英(ここ)で唯一教えられることです。それでカリキュラムを組もうと思っています」

「……なるほど! それは楽しみだ!」

 

 今夜は狩りもない。

 しかし、狩り以上に忙しい夜になりそうだった。




【千景】
薄く反った刀身には複雑な波紋が刻まれており
これに血を這わせることで、緋色の血刃を形作る。
だがそれは、自らをも蝕む呪われた業である。

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