月香の狩人、アカデミアに立つ   作:C.O.

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9.騒動その後、「対敵学」開始

 警察の到着により、マスコミが撤退し雄英からようやく喧騒が消えた。

 だが、喧騒の代わりに、私の簡易報告により少なからず動揺が職員の間で広がっていた。

 生徒には徒に不安を煽らせないため、表向きはただのマスコミの押しかけという発表がされていたが、職員には(ヴィラン)の侵入があったことは周知され、密かに厳戒態勢が敷かれていたのだった。

 そして非番の者も呼び出した全職員参加の緊急会議が開かれ、私は騒動の渦中で起こったことの仔細をすべて報告したのだった。

 

「――以上で報告を終わります。何かご質問は」

 

 何人かの教師から手が上がる。

 根津校長が議長として取り仕切り、私は質問に応えていったのだった。

 特に、質問が多かったのはオールマイトからだった。

 表情からは悔しさを滲ませ、私がいるべきだったと何度も呟いていた。

 

「私もいいかしら」

 

 十八禁ヒーローと自称するその手のクラブにいる女王様をモチーフにした扇情的なヒーローコスチュームに身を包んだミッドナイトから手が上がる。

 

「先に全ての可能性を精査したいからあえて言うわね。あなたが接触したワープの個性をもった(ヴィラン)は、本当に座標移動のタイプだったのかしら? 一度行ったことのある場所や会ったことのある人……つまりなにかの目印を起点にして移動してくるタイプは知っているけど座標指定は初めて聞くわ」

 

 言外に、誰かが以前からないし今回、侵入の手引きしたのではないか、という意図が読み取れる。

 そして、殊更その警戒は私に隠すことなく向けられているのだった。

 仕方がない。彼女らにとって私は功績どころか活動すら不明な新参者。疑うのは自然だし、疑わない方がむしろ不自然だ。

 雄英に侵入など、成功をする確証がなければできないのだから内通者がいると考えるのはなんらおかしいことはない。

 

「私の推測の域をでませんので明確に断定してお答えできません。ただ、戦闘時にナイフを黒霧と呼ばれていた(ヴィラン)へ何本か投擲した際、私の周囲へ精確に1本1本別空間から個別に返されました。ミッドナイト先生が例としておっしゃっているタイプの個性では不可能かと」

「……なるほどね」

 

 警戒に気付いている素振りは見せつつも、受け流すように答える。

 だが、ミッドナイトの意図していることにほとんどの教員が気付いたようで、私へ視線が集まった。

 

「ミッドナイトさん、狩人は俺にわざわざ許可を取ってから戻ったんだ。俺が許可を出していなかったら会敵することもなかった。第一俺とマイクと狩人が一番最初にマスコミの対応に当たったんだ。手引きするつもりなら最初から職員室に残るか行方を眩ましてどこかに潜んでいるさ」

「わ、私はそこまで」

 

 イレイザーヘッドもミッドナイトが言わんとせんことに気づいたようでミッドナイトを諌めた。

 

「疑うなとは言いませんけど、露骨に態度に出さないでください。表だって疑いだしたら誰一人証拠がない時点で全員が容疑者だ。もちろん俺も含めてです。むしろ狩人はこの中で一番容疑者に遠い。内通者だとしたら会敵した報告なんかする必要などないんですから」

「そうね……ごめんなさい、狩人」

 

 気にしていないと伝えると、今度は一年B組の担任でもあるブラドキングから手が上がった。

 

「俺も聞きたいことがある。どうして(ヴィラン)が侵入しているとわかったんだ? 疑っているというわけじゃなく、どうしてそう思ったのかその根拠を知りたい」

「明確な根拠はありませんでした。ただ状況から推測し行動した結果、会敵してしまったという形です」

 

 私は、そのときの状況とそこから考えうる推測を話した。

 既に侵入をされているという最悪を想定して動き、その最中に侵入者の目的を予測したものの結果的にしらみつぶしと大差なかったが、偶然に近いもので会敵するに至ったにすぎない。

 

「なるほどな……本来なら俺達ベテランが、予期しなければいけなかったことだ。結果として君一人に任せてしまった。すまないことをしたな」

「やめてください。ブラドキング先生。私も結局は偶然でしかありませんでしたし、なにより眼前の(ヴィラン)を逃してしまった。私こそ申し訳ありません。あるまじき失態です」

 

 そう、失態なのだ。私は、私自身が許せない。

 条件が十分ではなかった。偶発的な戦闘だった。相手が未知の個性だった。

 そんなものは言い訳にならない。残っている結果は、取り逃がしたという事実だけだ。

 私は、この程度でしかなかったのか。

 自身への失望という感情に身体を支配されていくのを感じていた。

 

「それを言うなら侵入に気付けなかった俺たちはもっとプロ失格だ。そもそも誰もが本当に(ヴィラン)が侵入できるとも、侵入してくるとも思っていなかった。今回は、その気の緩みが招いた事態だ。狩人がいなければ、侵入されたことすらも気づかなかったかもしれないんだからな。だから狩人が気に病む必要はない」

「……わかりました」

 

 違う。これは私自身の問題で、誰かと比べるものではないのだ。

 その後、いくつかの質問にさらに答えた。

 そして質問が無くなったころには重苦しい沈黙が会議室を包んでいたのだった。

 

「じゃあ、状況確認は次に進んでいいかい?」

 

 根津校長が沈黙を破る。

 現状を踏まえ何を(ヴィラン)は目的として侵入したのかをかんがえなければならない。

 

「今のところだけど、破壊された物は、ゲートだけしか確認がされていない。それに誰一人危害を加えられていない点を考えるとおそらくだけど、(ヴィラン)の目的は窃盗さ。だけど不思議なことに、重要なものは特になくなっていないんだ。金銭的価値のあるものも、たとえば君たちの履歴書や個性情報みたいな秘匿されるべき情報もね」

 

 会議前に、総出で調べたのだが各自の所持品はもちろん、校外秘の枢要な書類等は何一つなくなっていなかったのである。

 

「つまり、ただ入られたということですか? それでは、愉快犯にしては……」

「オールマイト、早とちりだね。重要なものは無くなっていなかったけど一つだけ無くなっていたものがあったのさ。僕にもそれが何を意味するのかわからない。正直ただ数があわないだけなのか盗られたのかも判断がつかないものだ」

「それは、一体……?」

「暫定版の我々(教師)用授業カリキュラムの予備が一部だけ無くなっていた。もしこれが盗られたものだと仮定して(ヴィラン)の目的の予想はいくつかあげられるけど、ほとんど根拠がないに等しい推測だけしかできないね」

 

 其処彼処から唸り声が上がる。

 確かにそこからだけでは、意図は不明だ。そんなものを持っていっても(ヴィラン)側にメリットはないように思う。

 だが、私には(ヴィラン)が残していった一言がようやくつながったのだった。

 

「いいでしょうか」

「どうしたんだい?」

「状況報告には不要なものだったので省略していたのですが、私と会敵した(ヴィラン)が最後に言った言葉が『次は遅れをとりません』でした。つまり――」

「それは……なるほどね。狩人、僕から言わせてもらうよ」

 

 根津校長が神妙に頷く。

 私の予想を言うより前に、根津校長は私が何を言おうとしたのかわかったようだった。

 

「今のではっきりしたよ。やはりカリキュラムは盗られたんだ。そして(ヴィラン)の目的は、教師(ぼくら)の誰か、もしくはどこかのクラスを襲撃することだ」

 

 会議室が驚愕に包まれる。

 根津校長は落ち着くように促し、言葉を続ける。

 

「おそらくでしか話せないけど、その黒霧というものを使っての奇襲の線が可能性として一番にあげられる。"次は"という発言からは、隠密な侵入ではなく明確に敵対をするという意志が見られる。彼女の予想通り、座標移動ができるタイプの個性ならば、雄英に限らずどの場所にいても(ヴィラン)を送り込んでくることができるんだからさ。それが授業中なのか授業時間外なのかまではわからないけどね」

 

「だけど(ヴィラン)も挑発のつもりだったのだろうが完全な失言だ。だからこそ、みせてやろう。雄英(ここ)に誰がいるのかということを」

 

 オールマイトの確言に、他の教師陣も呼応するように声を上げた。

 そして、その後の対策会議は深夜にまで及んだのであった。 

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日には、ゲートドアは即日で修理され元通りに戻っていた。

 超人社会は事件の解決も早ければ、物損の修復などの実生活における復興作業も尋常でないほどの速さで行われる。

 門の修復と共に、一見以前と何ら変わりない学校生活が戻ってきたように見える。だが学校の様子は昨日までとはまるで違っていた。

 まず第一に生徒達には悟られないように、常時教師(プロヒーロー)が学校内を警備するようになった。

 さらに、必ず校舎以外の施設――各体育館やグラウンド等を使用する場合三名以上の教師が授業に配置されることも決定された。

 当然雄英と言えども、これを十分な人員をもって行えるほど余裕があるはずもなく、半ば無理やりのローテーションが組まれたのだった。つまり、教師側に負担が著しくかかる警備システムなのだ。

 しかし、大半の教師がこの案に対し異を唱えるものはいなかった。その中で、異を唱えたものは校長とリカバリーガールと私だけだった。

 根津校長はプロヒーローとは言え、そこまで教師に負担を強いることはできないという観点で反対し、リカバリーガールは「そこまでやるくらいなら休校したほうがいい」と述べた。

 私はというと、単純に時間と共にパフォーマンスが逓減していく点において反対だった。短期的には人数を増やす施策で十分かもしれないが、長期的にみれば疲労がたまっていくのは人である限り避けられず、普段通りのパフォーマンスを発揮することは期間が長くなるにつれ難しくなる。何より(ヴィラン)側がいつ攻めてくるかわからない中で、いかにプロと言えどもその緊張を数十日以上も持たせることは不可能に近い。必ずどこかで、自身すらも意図しない気の緩みが生まれ、その綻びは往々にして伝播していくものなのだ。

 そこを突かれた場合、万が一の後詰めも不十分になり総崩れになる可能性があるという点を指摘をした。

 結果としては、校長は周囲の熱意に押し切られ、リカバリーガールの言い分はもっともだが、休校にするというのは(ヴィラン)に屈するのとイコールであり、弱腰な態度は(ヴィラン)を増長させるためできないとの総意であった。

 私の意見に対しては、ある程度の同意を得られたものの生徒の安全を優先した結果、段階的に校舎内の警備は戻しつつも手薄になりがちな校舎外活動では教員の三人以上の体制を持続するという決定がなされた。

 カリキュラムの見直しも当然提案されたのだが、(ヴィラン)の目的が誰なのかは結局不明である以上、変更を加えても大きな意味をなさないし、こちらが急遽で組み直せば幾ばくか浮き足立ってしまう。それならば、現体制に大きな変更を加えるよりか体制を盤石にしたものの方が安全性が向上するとの判断された。

 そして、今日から始まる私の「対敵学」も、校舎外活動にあたるため私の他にイレイザーヘッドとセメントスが付いたのだった。

 

「さあ、本日は私の授業です。よろしくお願いします」

 

 私も狩装束に身を包み、体育館γで授業の開始を知らせる。

 一年A組の面々も各戦闘服(コスチューム)に身を包み、並んでいる。

 体育館γは、通称トレーニング()台所()ランド()と呼ばれているらしい。同伴のセンメントスから説明が入ると、生徒の皆は一様に微妙な表情をしていた。

 あらかじめ、コマ割りがされているとはいえ、直前まで教師へ授業内容を決定する権限があるのはさすが自由の校風が売りの雄英である。昨日、渡したばかりの私のカリキュラムにも関わらず既に場所も人員も当てられているのだから驚嘆せざるを得ない。

 これもひとえに校長の個性である人の頭脳を超越した「ハイスペック」が成せる業である。

 

「狩人センセー質問いいですか?」

 

 桃色の肌が特徴的な芦戸三奈から手が上がる。

 酸を出す個性を持つ生徒だったと覚えているが、現時点までで見る限りではまだまだ個性を使いこなしきれていないように思う。

 酸という対物でも対人でも、明確に対象を変質させる個性ゆえに公然と使えず自主的な訓練さえもかなり限定されていたに違いない。

 しかし、それでも雄英(ここ)へ入学してきているのだから彼女自身のポテンシャルは相当に高いのだろう。 

 

「ええ、どうぞ」

「なんで、相澤先生とセメントス先生も一緒なんですか?」

「今年は雄英の方針で教師陣のレベルアップも兼ねて複数人数で授業へあたることになったようですね。今後も校舎外の活動では、基本的に複数人の教師で授業に当たります」

「なるほどー。だからこの間の戦闘訓練のときも狩人先生がいたんですね」

 

 というのが、表向きとして生徒へ伝えるようにいわれていることだ。

 

「基本的に、その単元の担当以外はオマケだと思え。俺もセメントスも狩人の授業にはほとんど口出ししないからそのつもりで」

 

 イレイザーヘッドは補足を加えるともぞもぞと寝袋に入りだした。

 生徒達ももはや見慣れた光景になっているらしく特に驚きもしていなかった。

 

「相澤先生は、こういいましたけど俺は必要があれば手助けしますからね」

「ええ、ありがとうございます」

 

 セメントスが柔和な声で私へ語りかける。

 セメントス曰く、ここは彼の考案した場所で床は全てコンクリートでできており、彼の個性『セメント』により如何様にも形を変えることができるらしい。

 ただ、今回私がここを希望したのは特に何もないフラットな場所だったからであって何かを作ってもらうつもりはなにもない。

 

「さて、この授業は『対(ヴィラン)学』です」

「ヒーロー基礎学とは違うのでしょうか!」

 

 飯田天哉から質問が入る。

 

「ヒーロー基礎学では、主にヒーローとしての行動を学んでいくでしょう。ですが、ここでは(ヴィラン)が犯罪を起こすにあたって何を考えて、どのように行動を決定していくのかを実例をもって学んでもらおうと思っています」

「犯罪捜査のプロファイルのようなものですね!」

「ええ。おおよそ抱くイメージはそれで問題はありません。ですが、そのプロファイルとは決定的に違うことがあります。あなたたちはヒーローを目指す者。現場で即断しなければならないことも多くあります。事前情報がない中でも現場の中から素早く読み取る力、そして判断力を養ってもらいます」

 

 説明をしてみたものの、私がそもそもこういう場に立つということに慣れていないこともあってか、今一つ生徒達に伝わっていないように思う。

 相手の立場に立って考えることは、苦手な分野であると自覚している分、私からすれば過剰だと思う程度には噛み砕く必要がありそうだ。

 

「……例えばです。ここに今、私と相澤先生とセメントス先生がいますが、私たち三人が指名手配中の強盗団だとしましょう。強盗はもちろん殺人に放火に誘拐なんでもしています。極悪です。しかし派手にやったせいで(私たち)の個性は割れている。そしてあなたたちは今いる全員で、(私たち)に市街地で会敵しました。しかしその会敵はあなた達も私たちも想定していない偶発的なもの。そのときはどうしますか?」

「おい」

「ふふふ、仮想でもここまで極悪な(ヴィラン)と呼ばれると妙な気分になりますね」

 

 イレイザーヘッドとセメントスからやや苦言が上がったものの生徒達のために犠牲になってもらうとしよう。

 生徒達は各々考え出し、しばらくの間沈黙が流れていた。

 

「正直、ヒーローを志す者として言いたくないですけど逃げの一択しかない気がするッス」

「うんうん。私もそー思うわ。正面戦闘は狩人先生的に言うならぐさくーってやつ」

「葉隠の場合逃げるのは簡単そうだしなぁ。実際そうなった場合、一番のキーマンよな」

「衣装までは消せないから不意の戦闘の場合、全裸になることが前提だからちょっと時間稼ぎしてもらわないといけないけどね」

「お前、見えてないからってときどき大胆だよな……」

「そーお?」

 

 尖らせた赤髪が特徴的な切島鋭児郎(きりしまえいじろう)と衣服だけが空中に浮かんでいる葉隠透(はがくれとおる)の意見を皮切りに次々と意見が上がった。

 

「そうね。戦闘になったら発動系の個性の人たちは個性を消された上で狩人先生に蹂躙されちゃうわ。ケロ」

「うん。それに市街地を想定するならセメントス先生がいるから簡単に分断されちゃうし、生徒達(ウチら)の個性じゃそれを打開できるような増強系の個性持ちは少ないし……」

 

 蛙吹梅雨(あすいつゆ)と麗日お茶子もそれに同調する。

 

「他で攪乱してもらって、俺のテープと轟の氷を組み合わせれば一人くらい拘束はできるんじゃね? たとえば狩人先生を真っ先に拘束すれば、近接戦闘でやられる確率はぐっと減るわけだし」

「……うまく成功して拘束できたとしても、その前に何人犠牲になるかわからねぇ。あの人相手に斥候するってことはほとんど命と引き換えだぞ。誰がするんだ」

「うん、無理だな。一瞬でナマス切りにされる。ホント狩人先生一瞬で詰めてくるからな」

「ああ」

 

 瀬呂範太と轟焦凍は私をなんだと思っているのだろうか。

 個性把握テストの際の手合せで、瀬呂範太は個性であるテープで攪乱しつつ接近してこようとしたので私が一足とびで間合いを詰めて勝負を決めたことを言っているのだろう。

 

「俺の場合、攻撃に使うと周りを巻き込む個性だからうまいこと使えねぇんだよな。使えれば一瞬くらいなら怯ませられるんだろうけど」

「いやいや。上鳴の場合、発動すらできないでしょ、相手相澤先生よ?」

「ああ、そっか」

「それにうまくいったとしてもウェイ化したあんたを放っておいたら人質になりそうだし。そもそも個性把握テストのとき、フル放電してたけど狩人先生に避けられてたし。ていうか戦闘訓練のときも最後の方半分ウェイ化してて足手まといだったし」

「耳郎さァ!?」

「まあ、言ってもウチも探索とか索敵とかそっち向けの個性だから先生たちレベルになるとうまく音で怯ませることができても、あんたと同じでその後が続かないなー」

「お、おう。真面目に考えてるんじゃねぇか」

 

 上鳴電気と耳郎響香は真剣に考えているのか考えていないのかよくわからないが、自身の個性との相性を考察しているようだ。

 

「何にしても相澤先生と狩人先生とセメントス先生の三人の組み合わせは個性の相性的に強すぎますわ」

「そうなんだよね。個人個人なら勝敗は別にして、ある程度抵抗できると思うんだけど、組み合わさったら隙がなさすぎる。こと戦闘になったら俺らじゃないにしても並大抵の個性じゃ歯が立たないと思う」

「ええ。こちらの数的有利などあってないようなもの。ここで人数で勝っているからといって真正面から向かっていったら結果は火を見るより明らかですわ」

「だから、必要なのは戦闘で勝つという判断ではなく、如何に情報を持ち帰り、対応できる者に託せるかというのが俺らの勝利条件になるのかな。難しいなぁ~……」

「勿論その中には全員無事で、というのが含まれますわね」

「ただ、退却するにも相手が追ってきたらきっついけどね、これ」

 

 八百万百と尾白猿夫(おじろましらお)も唸りながら黙ってしまった。

 それぞれが回答をひねり出そうとしている中で緑谷だけが困惑している様子だった。

 

「ねえ、狩人先生って、そんなにすごいの……?」

「ああ、そうか。緑谷、戦闘訓練の後は怪我でみてねぇし、手合せもしてもらってないのか。相澤先生が一昨日の戦闘訓練のビデオあるみたいなこといってただろ。後でみせてもらったほうがいい。すっげぇぞ。あのオールマイトが追いつけないほどの疾さなんだぜ」

「えぇっ!?」

 

 緑谷出久が切島鋭児郎に話しかけ、驚いた表情を見せつつその後なにかブツブツと呟きながら自分の世界に没頭しているようだった。

 生徒の皆も行き詰まってきているようで、ほとんどが唸りながら黙ってしまった。

 だが、まずはこれで十分だ。

 

「いいですか」

 

 私がそういうと、視線がこちらに集中する。

 注目される感覚は、今まで縁が無かった分とても奇妙なものに感じる。ここに来てから何度か味わったがこれからも慣れることはなさそうだ。

 

「今皆さんは、何かしらあやふやでも曖昧でも回答を出したかと思います。その結論が正しいのか否かは実際にことが起こってみなければわかりません。ただ一つだけ、確実に言えることがあります。その決定をヒーローになれば会敵した瞬間に行う必要があるのです。今のように(ヴィラン)は待ってくれません」

 

 一旦、言葉を区切りそして言葉を続ける。

 

「ちなみに、ですが。相澤先生、セメントス先生。もし私たち三人がこの生徒達に会敵したらどうしますか?」

「……撤退するな。少なくとも即時戦闘はしない」

「俺も同じですね。撤退を主に考えます」

 

 生徒達からは驚きの声が上がる。

 

「私も撤退を選択すると思います。私の場合威嚇ないし示威行動として一人二人危害を加えるかもしれませんが」

「ど、どうしてですか!? 先生方の実力なら撤退する必要などないのでは!?」

 

 飯田天哉が驚きつつもぶれない挙手をして発言する。

 

「簡単だよ。俺達からすれば未知の個性が二十人もいるからね。負けるとは思っていなくても長引く可能性があり、応援を呼ばれる可能性も高い」

「そう。それならば無駄な戦闘は避け撤退しつつ不確定要素を確実に排除するほうがいい」

「勝てるとわかってから攻勢にでても遅くはない。それなら周辺地区に検問が敷かれる前に街から出ていくことを優先して撤退を考えるということだね」

 

 イレイザーヘッドもセメントスも異口同音で同様の理由を説明をする。

 

「つまり、こういうことなのです」

 

 再度私へ視線が集中する。

 

「当然ですが、みなさんは、(ヴィラン)の思考に触れてくる機会がなかった。故に(ヴィラン)から自分たちがどう見られているのかという視点が欠落してしまったのです。今回の例では個性が割れた状態でしたが、実際は相手の個性が完全にわかっている状態で会敵することはほとんどありません。だからこそ、相手の状態から読み解き、その場で意思決定を行う必要があるのです。好戦的な状態なのか、それとも逃げ腰なのか、罠として誘っているのか。相手の行動の推定を行うための知識と手法、そして私の経験から(ヴィラン)の思考傾向をここでは教えていこうと思っています」

 

 はい、と力の入った返事が返ってくる。

 

「……といってもです。いくら行動が読めたからと言って、自身の実力が追いついていなければ(ヴィラン)を追うことも叶いません。今のがいい例です。はっきり言って、会敵して逃げの一手しか打てないようなヒーローはいりません」

 

 生徒達から生唾を飲み込む音が聞こえた。

 相変わらず、身構えられてしまうがぼやかしていう必要もないのでこうなってしまうのは仕方がない。

 

「ですから並行して、あなた達の実力を底上げする訓練も一緒にさせていただきます。あなた達が自分でできることの選択肢を増やす。そうすれば連携した際の選択肢は乗数的に増えていく。結果として思考の幅も拡がってきますからね。中には合わない人もいるかもしれませんが、私の戦闘技術の中でみなさんでも使えそうなものを教えていくつもりです」

 

 そういうと、先ほどより力強い返事が返ってきたのだった。

 そして多くの生徒はなぜか笑みを湛えている。

 やはり子供の考えはよくわからなかった。

 

「さあ、授業を始めましょう」

 

 

◇◆◇

 

 

「死屍累々……ですね」

「おい、狩人。俺よりきついことをしてるんじゃないか……こいつら除籍された方がマシとか思ってそうだぞ」

 

 授業が終わり、衣服を整えているとなぜかセメントスとイレイザーヘッドが引きつった顔でこちらを見ていた。

 いわゆるこれが引かれるというやつだろうか。

 

「そうですか? まだ基礎の基礎程度をやってるつもりですけど」

「それであんなにボコボコにするのか……というか一番動いていた狩人がなんでそんなに平然としてるんだ」

「相澤先生じゃありませんけど個性柄、ということですかね」

「それは絶対個性柄じゃない」

 

 体育館γの床には、一年A組の生徒全員が呼吸を荒くしながら倒れ込んでいた。

 倒れ込んでいるのは、想定内というより狙ってやっているから当然と言えば当然だ。体力テストから予測した当人たちの体力の限界をぎりぎり一歩だけ超える運動量を行ったのだから。

 今回は、彼らの実力を正確に測るために再び組手を行った。

 といっても、個性把握テストの時のような簡易的なものではなく、二十メートル四方の枠の中で、生徒には徹底して個性を使わせた上で私と一対一の戦闘を行い続けるというものだ。

 ただし、枠外へ出たら他の者と交代することになっており、場外に出るなりすぐに私が順次指名していった。

 一応の目標として、私に一撃加えたら合格でそこで終了という条件をつけたものの、そもそも当てさせる気などさらさらなかった。

 私は基本的に回避を主体として捌き続けることで生徒に個性を使わせ、その中で解説や改善点、指導を行いつつ、動きが鈍ってきたところで投げ飛ばすなり殴り飛ばすなり蹴り飛ばすなりして休憩させる意味合いも含めて場外へ追い出す、というものを二時間に渡り延々と続けたのだった。

 途中からは、複数人を一度に枠の中へ入れ、相手取り、一対一と同じように攻めさせ、疲労が見えたところで場外へ追い出すことを繰り返していった。

 それにしても倒れ込んでいるとはいえ一人も脱落しなかったのは流石に優秀である。ここは手放しで褒めていい。

 半分くらいは音を上げたり、過呼吸程度で保健室送りになるものだと思っていたにも関わらず全員が最後までくらいついてきた。

 それはつまるところ現時点で彼らは限界を一つ、既に超えたことに他ならない。全員が素晴らしい才能を秘めていることが窺えた。

 それに自画自賛だが、私も二時間以内で収めることもできたし、充実した訓練を与えられたはずだ。初回にしてはうまくやれたのではないだろうか。

 終礼の鐘までまだ五分ほどあるが、これくらいなら早めに切り上げても大丈夫だろう。

 

「もうすぐ終わるので、少し早いですが皆さん戻って着替えてもらって構いません」

 

 そう伝えると全員が声を揃えて

 

『立てません』

 

 と答えたのだった。

 




【獣の咆哮】
禁じられた狩道具の1つ。

忌まわしいかつての厄災、その力をごく一時的に借りる触媒であり
圧を持った獣の咆哮により、周囲の者を弾き飛ばす。

つんざくその悲鳴は、しかし使用者の声帯が出しているものだ。
人の内に、いったい何者が潜むのだろうか。

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