ワールドオブスピリットオンライン ――相棒は犬―― 作:ヒタク
「次は第六試合! ヒカリ選手対異能ただ高選手の試合です! 二人とも準備はいいですか?」
司会である
僕は軽く頷くと目の前にいる異能ただ高を見た。
異能ただ高は白衣を着ており、眼鏡をかけたまさしく研究者といった風体だ。
観測タイプの称号スキルを持っているだけあって、根っからの研究者なんだろうな。
持っている称号スキルは≪万能観測≫。何故か僕に教えてくれた人たちから聞く限り、相当強いプレイヤーらしい。
すべてを観測することができるなんて話も聞いたけれど、正直スキルの話を聞く限り強いとは思えない。一体どうしてそこまで油断するなと念押ししてきたのだろうか。
「あなたはネタタイプの称号スキルを持っているらしいですね。実に興味深い」
異能ただ高が眼鏡に人差し指を当て、くいっと持ち上げながら言った。……本当にやる人いるんだな。
「お前は観測するしか能がない観測タイプ。我が魔導の真髄を理解することなど出来まい」
「……あなたは何を言っているんですか。ネタタイプなんですから、魔導とか関係ないでしょうに」
「…………ふっ。凡人には理解できまい。我が深淵の英知を」
「ああ。中二病ですか」
「違わいっ!」
思わず叫んでしまった。
何を言い出すんだ、こいつは。
僕がそんなものにかかっているわけがないじゃないか。
……でも、ちょっとだけ顔が熱くなってきたな。手で仰ごうっと。
「まあ、あなたがどんなスキルを持っていたとしても、私のやることに変わりはありません。私はただ全てを解き明かすのみです」
「やれるものならやってみるがいいさ」
僕と異能ただ高の視線がぶつかる。
その様子を見ていた月金が一つごほん、と咳をした。
「はい! 二人の準備も十分のようです! そろそろ第六試合を開始しましょう! ……始めっ!」
月金が言い放った瞬間、僕は動き出した。
先手必勝。早さこそが正義だ!
「いぬっ! 君もあいつに≪切り裂く≫や≪噛み付く≫で攻撃してくれ!」
「わうっ!」
僕の指示を受けたいぬが駆け出す。僕もまた弓を構え、≪弱点看破≫による見えたポイントを狙う。
おかしい……。なぜ、≪弱点看破≫による弱点が空中に現れているんだ……?
異能ただ高の弱点をスキルによって表示させているはずなのに、なぜか赤いポイントは異能ただ高の弱点は異能ただ高の頭上に現れていた。
怪訝に思っている僕に対して、異能ただ高はただ眼鏡に人差し指を当てるだけで何も行動を起こそうとはしない。一体、何を考えているんだ、こいつは……?
僕がなおのこと訝しく感じる思いを強めた時、いぬによる≪切り裂く≫が異能ただ高に到達する――その瞬間、異能ただ高の口角が少しだけ上がった。
「――っ! ≪縮小≫!」
「わう?」
嫌な予感を覚えた僕が咄嗟に発動させたスキルによっていぬの大きさは急激に変わり、いぬによる攻撃は空を切った。
そして、ほぼ同時にいぬがいた場所に透明なオブジェクトが現れ、掠ったいぬのHPを大きく削った。僕が咄嗟に出したスキルによってクリーンヒットは避けられたらしく、いぬのHPはまだ残っている。
「へえ。今の攻撃に気づきましたか……」
面白そうな表情を浮かべる異能ただ高。
「いぬっ! 僕のところに戻るんだ!」
僕は構えていた弓を解除し、いぬに指示を出すと異能ただ高から距離を取った。
今、あいつは何をやった……?
いぬの攻撃が当たる寸前、何かが現れた。その何かは一瞬で消えてしまったけれど、掠っただけのいぬのHPをあれだけ削る威力を持っていた。……あれだけの威力があったんだ。スキルを使わなければ一瞬でいぬがやられていただろうな。
再び僕は異能ただ高を見る。
余裕なのか、ただ目の前にある何かを操作しているだけのように見え――やばいっ!
僕は小さくなったいぬを手の中に入れるとその場を飛びのいた。
ほぼ同時に僕がいた地面には氷が張り付く。
それを見た僕はすぐさま近くにあった岩の陰に隠れた。
≪氷結魔法≫のレベル2で覚える技能の≪アイシクルバインド≫。効果は攻撃と同時に高確率で相手に束縛の状態異常を与える。
先ほど異能ただ高が使ったスキルはそれだろう。
攻略掲示板で見たスキルを思い出しながら同時に僕は考えた。
おかしい。本来ならそのスキルは使えないスキルという話だったはず……。
≪アイシクルバインド≫は効果だけ見ると有用な技能であるように思える。しかし、実際には攻撃の威力はそれほどもなく、唯一の利点であるはずの効果でさえ、ある制約のために使えないと多くのプレイヤーから評価されているのだ。
その制約とは――スキルを発動させる場所を指定しなければならないこと。
本来ならその制約は大した制約にはならなかったのだろう。しかし、VRMMOは今までのMMOとは大きく異なっている。場所の指定をするためには三次元的な位置を脳内で判断する必要がある上にモンスターやプレイヤーの動きさえ計算に入れる必要があるのだ。
しかも、≪アイシクルバインド≫は発動する際に1~2秒のランダムなタイムラグが発生する。それが余計にスキルを使いこなす難易度を上げていた。
スキルを発動する直前でそれらを加味する必要がある――場所を指定できるのはスキルを発動する前であるため――がために≪アイシクルバインド≫は使いこなせるプレイヤーが少なく、いわゆる使えないスキルとして扱われていた。
「なっ!?」
僕の思考を遮るかのように異能ただ高による≪アイシクルバインド≫がまたもや僕を束縛しようとする。
転がるように僕はその場を動いた。
おかしい。さっきから異能ただ高が動いたような音はしていない。
その場から動いたために異能ただ高の姿が見えた。やはり、異能ただ高は動いていなかった。むしろ、開始してから一歩も動いていないようにも見える。
「おや、おかしいですね。計算が間違えていましたか」
呟くような異能ただ高の言葉がやけに響いて聞こえた。
計算……?
こいつは何を言っているんだろうか。
僕の浮かべた疑問をあざ笑うかのように異能ただ高による≪アイシクルバインド≫が地面から迫ってくる。
飽きもしない攻撃に僕は足を動かして避けようとして――嫌な予感を感じ、先ほどまで逃げようとしていた方向とは逆に移動した。
後ろから透明な――槍が突き出ているのが見えた。
「……どうやらあなたには奇襲の効果が薄いようですね」
異能ただ高が面倒臭そうな語調で言う。
「僕にそんな小細工が通用するわけがないだろう」
はったりだ。異能ただ高が何をしているのか全く分からない。
でも、今は少しでも時間を稼ぐ必要がある。
異能ただ高のスキルが分かれば対策を取れるかもしれない。いや、僕は絶対に負けられないんだ。異能ただ高のスキルを見破る必要がある。
「はあ。本当に面倒ですね。しかし、それもまた研究のし甲斐があるというもの。いいでしょう。あなたがどうして私の奇襲を見破れるのかを研究し、見破ってあげましょう」
余裕。異能ただ高の言葉から、その感情が読み取れた。
しかし、僕は異能ただ高に対して有効な手を持たないのも事実だ。
全く。
「いや、待てよ……?」
小さく呟きながら僕は考える。
「おや? 逃げるのはもうやめたのですか?」
「ああ。お前に対して有効な手を思いついたからな」
異能ただ高の顔が少しだけ歪む。
しかし、完全には笑みの表情を消し去ってはいない。それは自分が有利であるという確信を未だに持っているからだろう。
いいだろう。その顔から笑みの表情を消し去ってやろうじゃないか。
「≪変化≫!」
「想定通りですよ。≪女神のベール≫!」
腕を前に突き出しながら僕が発動したスキルに対し、余裕の表情で異能ただ高がスキルを発動させた。確か、そのスキルは相手の状態異常を与えるスキルに対して一時的な無効効果を与えるというものだったはず。
確かに通常ならそのスキルは効果を発揮したに違いない。
しかし、僕が発動したスキルの対象は異能ただ高ではない――!
「わう?」
僕が突き出した腕の先――手の中にいたいぬが不思議そうな鳴き声を漏らす。
そして、その姿は――いぬのままだった。
「……え?」
何が起きたのか分からない。そんな困惑が見えそうな表情を異能ただ高はしていた。
……そっか。そう来るか。そういえば≪変化≫の効果って他人の姿を変えるって説明だったっけ。プレイヤーじゃないと効果はないのか……。
確かに余裕の表情を異能ただ高から消すことはできたけど、なんか想定と違うなー。
ちょっとだけ僕が意識をどこかに飛ばしかけた時、いぬが駆けた。
「え、ちょ、ま――」
駆けていく途中で≪縮小≫の効果が切れたのだろう。大きさを元のゴールデン・レトリバーのサイズへ変化し、異能ただ高に噛み付く。
うん。急に目の前で大型犬が現れて自分に噛み付いてくるのか。……怖すぎる。
どんどんHPを減らしていく異能ただ高の様子を見ながら、なんだかなーなんてやるせない気持ちを感じながらも≪ライトアロー≫で弱点と分かっていた異能ただ高の頭上に向かって放ち、止めを刺すのだった。……どうして弱点が頭上に現れていたとか気になってたんだけどな……。
「勝者は天使――ヒカリです! 皆さま、惜しみない拍手を!」