シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第9話『Frozen Tears』

 

 私と飛鳥、裕子は全速力で走りながらも、ときどき首を上げ空を見た。奈緒からほとばしる『虹』が向かう先を確認するために。奈緒はというと、空には目もくれず、ひたすら前を見て走り続けている。

「奈緒っ……これは、この『虹』はいったいなんなの!?」

 当然気になっていたことを私は尋ねた。

「正直あたしにも分からん! でも、この虹の向こうに加蓮がいる!! それだけは確かなんだっ!!」

「感覚で分かるってこと?」

「そうみたいだ!」

 走るスピードはそのままに、大声で奈緒とそんなやり取りを交わしていると、飛鳥もその輪に入ってきた。

「これは奈緒さんの能力なんだろうっ?」

「そうだと思うんだけどっ……こんなのははじめてだぁ!」

 私も目にしたのは今がはじめてだ。奈緒の『ワン・ヴィジョン』は、確かにものの場所が分かる能力を持っているけど、それは『ステッキ』で触れたものでなければ発動しないし、場所が分かるのはあくまで奈緒本人だけで、今みたいに私たちにも分かる形(虹)で出たことなんてなかった。困惑しているということは、奈緒にとっても未知の出来事のようだし……。

「目覚めたのさっ!!」

 飛鳥のひときわ大きな声がこだまする。私たちは足を止め、振り返って最後尾の飛鳥を見た。それに合わせて飛鳥も立ち止まる。それまで胸から延びていた奈緒の虹が背中側に回った。どうやら身体の向きに関係なく、常に目標に向かってアーチを描くようだ。虹なんだから当然といえば当然だが。

「な……なにに?」

 奈緒が問う。声には出さなかったが私も裕子もその疑問を視線で飛鳥に問いかけた。

 

「『新たな一面(セカンド・サイド)』──にさ」

 

「せっ……」

 セカンド……サイド……?

「そのサイキックな響きはいったい……なんなんですか!? 飛鳥ちゃんっ!」

 裕子が叫び、私たちの視線はさらに強く飛鳥に注がれる。『セカンド・サイド』とは──?

 

「簡潔に述べよう。スタンドは……ボクたち同様『成長』する」

 そう前置きしてから飛鳥は人差し指で奈緒を差す。

「おそらくだが、北条さんを見つけたいという奈緒さんの強い思いが目覚めさせた『奈緒さんのスタンド(ワン・ヴィジョン)』の『第二の能力(セカンド・サイド)』……ということさ」

 人差し指に加え中指も立て、二本の指を向けて言った。

「第二の……能力?」

 裕子のきょとんとした声。スタンドの『成長』……『第二の能力』……。

「スタンドは成長次第で新しい力に目覚めることもあるのさ。といっても、なんでもありってわけじゃなく、あくまで本来の……元の能力に根づいたものであるはずだけどね」

「……なるほど。確かに『ステッキ』も『虹』も、どっちもなにかを探す能力だな……」

 頷き納得した様子の奈緒を見ると飛鳥はふたたびひとり走り出した。

「理解できたのなら(はや)()こうか、『約束の地』へ!」

 空をささやかに彩る虹に向けて言うと、オレンジ色の頭から断絶したように生える青い襟足を揺らして緑の中へ飛び込んでいった。

「もたもたしてる場合じゃなかったな! あたしらも行くぞ! もうひと息、ダッシュだ!」

 続いて私たちも再スタートを切った。感覚で目的地が分かる奈緒を先頭に、飛鳥を追いかけ、追いつき、追い抜いて4人ひとつの塊となって駆けた。

 息も絶え絶えになりながらそれでも走り続けていると、ときどき上を向いて覗く虹のアーチの位置がだんだんと低くなっていることに気づく。飛鳥言うところの『約束の地』へ向かうほどにアーチは高度を落とし、もうしばらく走ると正面を向いたままでも先へ延びていく光が視界に入るようになった。

 さらに進むとアーチはどんどん高度を下げていき、先行する奈緒の頭に隠れて見えないほどになっていったので私たちは鬱蒼とした林のなか、横並びになって虹を追いかけた。

 

   *

 

『約束の地』──それは広い広い公園の林のはずれだった。すぐ後ろは、より木々が鬱蒼と立ち並ぶ傾斜の激しい雑木林の坂がそびえる。道はなく登るのは困難だが、その上は学園へと繋がっている──こんなところから登校してくる生徒はいないだろうけど──。

 

 そんな場所で私たちはついに加蓮を発見した。もはや直線と化した虹の終着点は、あお向けに倒れている加蓮の胸。虹の光は奈緒と加蓮を繋いでいたわけだ。そして……

 

「やっ、ほっ、ほほぅっ、ふうぅっ!」

 そのまわりを、器用に木々をかわしながら小太りの男が跳びはねていた。そしてそれを追いながら日傘を振るう、暴走した加蓮のスタンドの姿もあった。それだけではない。さらに……

「加蓮ちゃんっ! ……おわっ!? か、火事!」

 裕子が叫んだとおり、といっても小火(ぼや)程度のものだが、一部の林の枝葉や植物がなぜか燃えていた。

「加蓮ちゃんと、スタンドと、おじさんと……火事……これはいったいなにが?」

 私が聞きたいよ。そう心の中で裕子にツッコミを入れる。

「とにかくまずは加蓮だ!」

 スタンドを出して全速力で加蓮のもとへ近づいていく奈緒。

「ぺいぺいぺいっ!!」

「のわっ!?」

 慌てながら奈緒が回避行動をとった。小太りの男の張り手のように突き出された白い手のひらから、なんと『火の玉』が飛び出してきた。

「なっ、パイロキネシス!? ……いや、違いますね。あのおじさん……」

「『スタンド使い』だっ!」

 裕子と奈緒が同時に叫んだ。火の玉と、なにより加蓮のスタンドが繰り出す傘による攻撃をはっきり見て、かわしている。間違いない。あの身のこなしもスタンドによるものなんだろうか?

「事情がまるで掴めない……が、北条さんの危機であることは明白だね」

 飛鳥に言われるまでもなく、訳の分からない状況だったが一刻も早く加蓮を助けるべきなのは見れば分かる。襲ってくる加蓮のスタンドにならともかく、来たばかりの奈緒に火の玉を撃ってきたということは単なる『暴走したスタンドに襲われているスタンド使いのおじさん』ではなさそうだ。

「かれええぇーん!!」

 果敢に再度奈緒が加蓮に駆け寄っていく。

『──ナオ』

 ! 奈緒の呼びかけに……加蓮のスタンドが反応した。しかし……

「奈緒さん! 彼女が来るッ!」

「ちぃっ!」

 反応こそしたものの、奈緒に急接近した加蓮のスタンドは私のときと同じように日傘で素早い一撃を振り下ろしてきた。

 ガキィン! と激しい音は『ワン・ヴィジョン』のステッキが傘を受け止めた音だ。VS剣の次はVS杖ときた。

「えぃやっ!」

 しかし『ワン・ヴィジョン』のパワーは私の『ネヴァー・セイ・ネヴァー』以上だ。あっという間に加蓮のスタンドは押され気味になっていく。少なくとも私たち相手の真っ向勝負では分が悪いようだ。それでも接近戦に持ち込むのは、そもそも隙を作らなければ『吹雪』も通用しないということを私と戦ったときに学んだからだろうか。

「まとめて燃えちまえっ!」

 いつの間にか木に登っていた男がてっぺんから奈緒たちに向けてふたたび火の玉を放った。

「奈緒!」

 相撲の突っ張りのような動きで、手のひらから怒濤のごとく乱射された火球がふたりを襲う。

『ナオ──ナオ!』

 加蓮のスタンドがまた奈緒を呼んだ。次の瞬間──

 バサッ──

「しゃがめ! 奈緒さんっ!」

 飛鳥が言うと同時に加蓮のスタンドが日傘を開いた。

「んおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!?」

 撃ち込まれた大量の火球が、薄荷色の吹雪によって瞬く間に霧消した。吹雪は木の上にまで届き、吹っ飛ばされた男は5~6mの高さから尻餅をついた。

「ほおおぅッ……!? お、おぉぉぉう……」

 うわ……痛そう。私は思わず守るように自分のお尻を手で押さえた。

「た、助けてくれたのかな……?」

 身をかがめたまま奈緒が怪訝そうに加蓮のスタンドを窺った。

「そうであることを願いたいね……だが、キミはひとまず本体(マスター)の元へ帰るべきだな」

 ドキュゥン! そんな音が聞こえたときにはすでに飛鳥は行動を完了させていた。

「おい飛鳥! なんのつもりだ!?」

 奈緒の問いかけももう意味を持たない。いつの間にか背後に近づいていた飛鳥が『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』で撃った。加蓮のスタンドを。

「痛ましい光景を見せてしまったかもしれないが落ち着いて。これでとりあえずは暴走を止められたのだから」

 弾丸を撃ち込まれた加蓮のスタンドは姿を消していた。

「スタンドに向かって放てば『棺桶』にはならず、強制的に本体の(もと)へ戻る……。動きを捉えさえできれば暴走を止めるのは容易なのさ……そう、ボクの『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』ならね」

 そう言ってから飛鳥は腕を下ろしてスタンドを解除した。確かに、飛鳥の能力を多少知ってるとはいえ奈緒がうろたえるのも無理はない、傍目から見れば恐ろしい光景だった。

「そうか、戻ったんだな? 加蓮に! 加蓮! かれんっ!」

 ホッとする暇もなく、慌てふためきながら奈緒が加蓮の元へ向かう。ふたりが近づくと胸に輝いていた虹の光がスーっと淡くなって、消えた。

「おい加蓮っ! 大丈夫か? 喋れるかっ!?」

 私たちも加蓮に駆け寄り様子を窺う。

「ん……ぁぉ──」

 意識はあるものの、加蓮は脂汗と苦悶の表情を浮かべていた。それに朦朧としていてまともに喋れないらしい。

「清良先生を今呼ぶよ──」

 飛鳥がスマホを取り出し電話をかけた。手早く話をつけたのか、すぐに切ってブレザーの内ポケットに戻した。

「サボってここにいるのを忘れていたよ……みんな、先生の大目玉を覚悟しておいてくれ」

 気落ちした飛鳥の声。どうやら電話で注意を受けたようだ。

「そういえば、そうでしたね……あはは、まあ、北条さんを見つけられたんだし良しとしましょうよ……っと、そうだ!」

 突如思いついたように裕子がスタンド──『ミラクルテレパシー』を出した。糸電話が私、奈緒、飛鳥の胸を通り抜けて、最後に加蓮の胸へと紙コップが潜り込む。

「喋るのが辛いならこれで……」

 そう言ってから──

(『北条さん、言いたいことがあったら、それを頭に思い浮かべて。でも無理はしないで下さいね!』)

 今度は頭の中に裕子の声が響いた。

「なっ!? 直接……脳内に!?」

 飛鳥が驚いて声をあげた。そうか、飛鳥は裕子の能力を知らなかったっけ。

(『これなら、聴こえにくかったり声を出すのが辛くても会話できますよ!』)

(『……驚いたな。これが裕子さんのスタンドか』)

 裕子に続いて飛鳥の声も響く。驚きながらもすぐ能力を把握し活用している。

(『はい! 『ミラクルテレパシー』……名前のとおりテレパシーのスタンド能力です!』)

 

(『…………なんで、そんなことできるわけ?』)

 

 頭に流れる裕子と飛鳥の会話に別の声が入ってきた。

「加蓮! 大丈夫なのか? ……ああ違う」

 うっかり()に話しかけてから、途中で気づいて改めて『ミラクルテレパシー』の力を借りて奈緒が加蓮に問いかけた。しゃがみこんで加蓮を見ながら。

(『大丈夫なのか?』)

(『おかげさまでなんとか……ね。だるいし熱いし、状況がまったく理解できてないけど。起きたらなんかいっぱいいるし……しかもテレパシーで会話してるし』)

(『加蓮を探すの手伝ってくれたんだよ。凛に、あとの子たちは……初対面か』)

(『えっと……あなたは確か、E組の子だよね?』)

 そう念じて苦しそうな顔で裕子に視線を送る。

(『はい、E組の堀裕子です!』)

(『ん、知り合いだったのか?』)

(『アタシD組だからね。合同授業のときに見た覚えのある顔だったから。でも……そっちの子は、分かんないや』)

 今度は飛鳥に目線を移す。荒い呼吸音がかすかに聴こえる。

(『アスカ、二宮飛鳥……よろしく、北条先輩』)

 裕子に続き飛鳥も短く自己紹介する。加蓮も「そう……よろしく」と短く応えてから、それから遠くを見るような目で少しだけ苦々しげにつぶやいた。

(『あー、もう。またまわりのご厄介になっちゃったわけねアタシ。しかも凛と奈緒以外にまで……んー、うまくいかないなぁ……』)

 ちょっと悔いるような、恥じ入るような声色。テレパシーといっても会話は会話だからその辺もしっかり伝わってくる。

(『私が言うのもなんだけど、気にしすぎじゃない? 厄介になったとか、迷惑かけたとか……』)

(『そうだよ加蓮。いちいち水くさいぞ。昔からそうだったろ。今さら気にするなよ』)

 それにすかさず加蓮が返す。

(『……昔からそうだったから気になるのよ。借りばっか作って……そんなの、カッコ悪いじゃん……』)

(『よせよ、そんなこと言うの。貸しができたなんて、誰も思ってない。助けたいから助けてるんだよ』)

 私も奈緒の言葉に同意だ。加蓮に貸しを作った覚えなんて、これっぽっちもない。

(『ちなみに、野暮なことを言うと初対面とはいえボクの方も気遣いは無用だよ。好奇心に導かれて此処(ここ)にいるのだけなのだから』)

(『それは私もです。状況に対して不謹慎な動機かもしれませんが……。それに、サイキック同盟(フレンズ)はひとりでも多い方がいいですし!』)

 飛鳥と裕子も私たちに同調してくれた。それを聞いてなぜか自分のことのように嬉しくなった。

(『加蓮、アンタいろいろ考えすぎ……けっこうめんどくさいんだね』)

(『ぷっ……凛、バッサリいくなぁー』)

 奈緒がようやく顔を綻ばせる。いつもの笑顔が少し戻った。

(『ちょっと凛……それひどくな~い?』)

 おどけるような調子で加蓮が言った。張りつめていた空気が少し緩んだような気がした。

(『凛にはこんなこと言われちゃうし、奈緒には笑われるし……はぁ、なんか奈緒(アンタ)の豆柴みたいな顔見てたらバカバカしくなってきちゃった』)

「んなっ……!? 誰が豆柴かっ!」

 加蓮の思わぬ一言に奈緒が大きく口を開いて叫んだ。

(『よしよし。今お姉さん体調悪いから大声出すのはやめてね~? フフフッ』)

(『うるさいっ! 犬扱いすんな!』)

(『奈緒はかわいいなぁ』)

(『くそぉっ、なんだよ! 余裕か!』)

 加蓮は汗を流しながらも笑顔で奈緒の頭を軽く撫でる。

(『加蓮、ちょっと……』)

(『おお、凛。言ってやってくれ! はしゃいでないで安静にしてろって!』)

 ふたりの会話に割り込んだきた私に、助けが来たと言わんばかりに奈緒が期待の目を向ける。

(『あのね、加蓮……確かに奈緒は可愛いけど、ハナコの方がもっと可愛いよ?』)

(『ちがあぁーう! そうじゃない! お前もか凛! 親バカならぬ飼い主バカか! ていうか、(ハナコ)とあたしを比べんな!』)

(『そんな……ひどいよ奈緒。うちのハナコじゃ釣り合わないっていうの……?』)

(『そうじゃないっつーの! ヒトはヒト! イヌはイヌ! みんな違ってみんなイイ! ……あたしもバカバカしくなってきた』)

 そう言って奈緒は頭を下げ大きなため息をついた。

(『さっすが凛。アタシが見込んだだけのことはあるわ~。その調子なら『奈緒イジり道』免許皆伝の日は近いかもね。精進めされよ!』)

(『はい、お師匠さま』)

「極めようとすんな、そんな道! オマエら息合いすぎだろ……」

 耐えられなくなったのか普通に声に出してツッコミを入れてきた。奈緒はすっかり呆れきった顔をしている。

「……仲良きことは美しき、(かな)……」

 私たちのそんなやり取りを見て飛鳥が小さくつぶやいた。

(『あの~……北条さん、そんなハシャいで平気なので……?』)

 おっかなびっくり裕子が加蓮に尋ねる。

「ん~、まだしんどいけど……さっきよりだいぶ楽になってきたみたい。みんなが見つけてくれたからかな? 『糸電話』ありがとね。もう大丈夫だよ」

 自分の口で照れくさそうにそう言ってから加蓮はあお向けに寝そべっていた状態から起き上がり、制服についた汚れを手で払う。そんな加蓮を心配そうに見守りながらも裕子はスタンドを解除した。

「おい、無理するなよ。先生呼んだから来るまで寝てろ」

「無理してないよ。だるいけど、意識ははっきりしたし、悪寒もしなくなったし。『すこしもさむくないわ~♪』ってカンジ」

 軽く歌ってみせる。それはさっき加蓮のスマホの着信音でも聴いた映画の曲だった。かと思ったら今度は真面目な顔をしてこんなことを言う。

「確かにアンタたちが言うように貸し・借りがどうのこうのとか、アタシは必要以上に気にしてるのかもしれない。けどね、やっぱりアタシの中では『借りたな』って気持ちがあって、それはアンタたちがなにを言っても返さなきゃ気が済まないの。アタシなりの、プライドが許さないから」

「だーから、借りとか貸しとか、そもそもそんなのないってーの」

「だーから! あるの! アタシの中では! だから、みんながそう思ってなくても勝手に返していくつもりだから」

 ケンカとまではいかないが熱く言葉を交わす。加蓮、病み上がりの身体のどこにそんな元気があったんだ。

「んー、わかったわかった! もう好きにしてくれ!」

 ぶっきらぼうに奈緒が言った。こういうとき、優しい性格が災いしてだいたいいつも奈緒の方から折れてしまう。

「ったく……。てか、いったいどうやって『返す』んだよ? ここにいるみんなにハンバーガーでも奢ってくれんのか? だったらドリンクとポテトは全員Lサイズにしろよ? 自分のだけじゃなくな!」

 しかし完全に屈するのは嫌なのだろう。軽く悪態をついて一矢報いようとする。

「別にそれでも構わないけど……もっと良い方法があるの。それに、ここで今すぐ『返せる』し」

 ? 加蓮は事も無げにそんなことを言ってみせた。

「今ここで、って……どうやってだよ?」

 もっともなことを奈緒が口にする。その答えは私にも分からなかった。が──

「う、し、ろ」

 答え合わせをするように加蓮が言った。「後ろ」と。

 それだけでは意味が分からないから私たちは揃って振り返った。

 

 地面に座り込んだまま小太りの男が両手を空に向かって上げていた。

 そしてその両手の数m上空に大きな火の玉が浮かんでいた。

 

「…………」

 絶句。まるでゲームの上級魔法のような巨大な炎の塊がめらめらと空中に停滞している。それは私たちが釘付けになっている間にも大きくなり続け、周囲の林を巻き込み、燃やしはじめた。

「なんて、こった……」

 奈緒が言葉を絞り出す。放たれれば間違いなく私たち全員を燃やせるだろう。

「気づいてなかったの? こんなに大きいのに。みんなどんだけアタシに夢中になってたのよ?」

 こんな状況にも関わらず加蓮が冗談めかすように言った。

「ややややややややや、北条さん! そんなこと言ってる場合じゃないでしょおぉぉ~!!」

 裕子の叫びがこだまする。奈緒も私も、飛鳥ですら緊張と危機感で引きつった顔になっているなか、加蓮だけが余裕の表情でクールに構えていた。

「さて、じゃあ奈緒が言ったとおり好きにさせてもらいますか」

 まるでちょっとした面倒事に対応するような、これといって臆した様子もなく堂々とした態度で加蓮がひとり前に出る。

「加蓮…………やめろよ……やめろ!!」

 単身躍り出た加蓮を見て奈緒が我に返り叫ぶ。

「うるさいよ奈緒! ハウス!」

「バッ……ふざけてる場合かバカッ!」

「ふざけてなんかないよ! 『確信』してるのよアタシは!」

 頑なに一歩も退かない。口にした『確信』という言葉は本心? それとも強がり? 心を測りかねていると、加蓮は落ち着いたトーンで話しはじめた。

「さっき言ったでしょ。少しも寒くない、って……。不思議なの。なんか凄く『確かで、強いエネルギー』が私の中にある気がするの……。分かってもらえないかもしれないけど、うぬぼれなんかじゃない……うまく言えないけど『間違いない』って感覚で心が満たされてるの」

 一言一言しっかりと紡がれていく加蓮の言葉に、私は覚えがあった。それは紛れもなく『スタンド使い』として目覚めたとき私が味わった感覚と同じものだった。

「加蓮……もしかして『理解できた』の……?」

「恐らく……ね。具体的なことはなんにも分からないけど、凛が言いたいこと、なんとなく分かる」

 隣の飛鳥の顔を覗くと私の意図を察したのか小さく頷いてくれた。加蓮は目覚めたんだ──『スタンド使い』に。

「だからここはアタシに任せてくれる? 後悔させないから」

 こっちを向いて迷いのない瞳を見せる。その目には強い光が灯っているような気がした。

「……やれるんだな?」

「もちろん。……心配?」

「そりゃあ、な。さっきまで倒れてたんだ。心配なのは当たり前だろ」

 包み隠さず奈緒が加蓮に告げる。

「そう……」

 加蓮は静かに奈緒を見つめて、続けて言った。

 

「それなら……見てて!!」

 

「えっ──」

 きょとんとしながら奈緒も加蓮を見つめた。

「見てて、私のこと……。それで、心配する必要なんて無いってこと分からせてあげる!」

 そう宣言して加蓮は男の方に向き直る。その後ろ姿は──儚げで、でも強い意志を感じた。

 気がつくと私は一歩踏み出していた。そこが自分の収まるべき場所であるかのように、加蓮の隣に並んだ。

「凛……もしかしてアンタはアタシを信用できな──」

「違う」

 加蓮が的外れなことを言いきりそうになったので否定の言葉を短く挟む。それから私は続けた。

「見るなら(ここ)で。……こっちの方が、よく見えるし」

「……もう。凛ってば……この負けず嫌い!」

「なに言ってんの。アンタも相当強情でしょ」

 燃え盛る小さな太陽を前に私と加蓮は笑いあった。

「おいおいおい、待てよ。あたしも入れろ」

 早歩きで奈緒も加蓮の隣に並ぶ。

「親御さんがいないときはあたしが加蓮(コイツ)の保護者って言われたから。近くで見張ってないとなっ」

 わざとらしく不満気な顔をして奈緒がそう言った。

「それ、いつのハナシよ」

「幼稚園のころ。あたしの両親が言った。加蓮の両親にも頼まれた」

「そんな小さいときの口約束いつまで守る気よアンタ……」

「う、うるさいっ! 死ぬまで有効だ!」

 赤い顔で奈緒が断言した。一方、そんな奈緒にいたずらそうな目を向けた加蓮はというと──

「ウチのマンション、ペット可だったけなー」

「んああぁぁっ!! まだ言うか~!」

 また懲りもせずからかった。嘘偽りのなさそうな笑顔を浮かべて。

「ちょっと失礼、エスパーユッコも合流させてもらいますよ!」

 今度は裕子が奈緒の隣に並んだ。

「裕子……別に付き合ってくれなくてもいいんだぞ?」

「仲間はずれはいやですよ~! 私たちサイキック同盟ですし、そもそもあんなのぶつけられたら前にいても後ろにいても同じですし」

 あっけらかんとした態度で裕子は巨大な炎の玉を仰ぎ見る。……この子も大概、お人好しかも。

「やれやれ、危機感のない先輩たちだ……隣、お邪魔するよ」

 気づけば飛鳥も私の隣に立っていた。

「アンタも付き合う気?」

「付き合うというか……面倒みてあげるよ。ボクの『ヴェルヴェッツ』を忘れてないかい。全員『棺桶化』してしまえばあんなものとるに足らないよ。辺り一帯焼け野原になるのまでは防げないが……それに」

 一度そこで言葉を切り、『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』を出してから続けた。

「こういう展開も、たまにはいい……」

「……ふーん」

 ──お人好しは全員だったか。

 

 なんだかんだで私たちはみんな加蓮の横に並んだ。まるで悪に立ち向かう戦隊ヒーローだ。

「……逃げないのか」

 姿勢はそのままに、小太りの男がつぶやいた。

「逃げたら公園(ここ)が丸焼けになっちゃうからね。それはイヤ。通学に使うし。あと、植物……特に花とか好きな子が友達にいるんでね。そんなことになったらその子ショック死しちゃう」

 首を左に曲げ加蓮が私にウインクしてみせる。いや気遣いはけっこうだけどいくらなんでも死にはしないから。

「逃げなかったら……それを防げると?」

 怒気を含んだ目をこちらに向けて、あくまで静かに男は言った。

「そうゆうこと。誘拐犯に言うのもなんだけど、本気でいくから……気をつけてね?」

 大胆不敵に言ってのけると、加蓮は前をしっかり見ながら、両手を胸に当てた。

「──出て来てっ!!」

 力のこもった短いその言葉に呼応するように、加蓮の前に見慣れたドレス姿のお姫様が現れた。

「あなたが……私の……?」

「そう。それがキミの心のチカラ──『スタンド』」

 お姫様に代わって飛鳥が加蓮に答える。

「スタ……ンド……」

「その薄荷色の姫君が貴女の可能性。……名前があればその存在はより確かなものとなる」

「私のスタンド……可能性……名前──」

 ゆっくりと手繰り寄せるように言葉を紡いでいく。それに続いてスタンドもひとつひとつの所作をしっかりと確認するように手に持っている日傘を開き、まっすぐ男に向けた。

「はんっ! お前の力なんぞ扇風機の代わりにもならんね!」

 攻撃体勢をとった加蓮のスタンドを目前にしても男は動かない。

「そう? それならもっと強いの見せてあげる!」

 そう言った加蓮もまたその場に立ったまま次の行動に移ろうとしない。スタンドの方も傘を前方に向けた姿勢のままだ。

「加蓮、どうするつもりなの?」

「アイツの火球(アレ)といっしょよ。『溜めて』るの!」

 溜めてる……ひょっとして『吹雪』のエネルギーを?

「そんなことできるの?」

「みたいよ! 今気づいたけど」

 行き当たりばったりか。それで対抗できるのだろうか。

「おい……本当に大丈夫なのか?」

 不安げな声を漏らす奈緒を一蹴するように微笑んでから加蓮は目を閉じた。すると、開かれた傘の前の空間に『歪み』が生じる。陽炎みたいな、ぼんやりとした歪み。

「焼き尽くせえぇぇぇぇっ!!」

 男が大声をあげて怒りをぶつけるように両手を前に振り下ろした。禍々しい熱量を持った火球がゆるゆると私たちに近づいていく。周りの木や草を燃やしながら。遅い。それはあっさりと避けられるスピードだった──あまりにも大きすぎなければの話だが。

 私の視界を火の玉が強引に埋めつくしていく。それだけでは飽き足らず、私の、私たちの全身をその灼熱のエネルギーの中へ閉じ込め消し炭にしようと迫る。

 みんな無言だった。無言だったけど、怖かったからじゃない。(きら)めきを感じたからだ。視界に映った炎の前にぽつんと立つ、お嬢様の持つ日傘から。

 

「いくよっ──『フローズン・ティアー』!!」

 

 透き通った声を響かせて、加蓮が目を開けた。日傘から強烈な光と風が放射状に拡散していった。

 

 目の前の火球に、ぽっかりと穴が開いた。

 穴はみるみる外側に浸食していき、巨大な熱の塊をかき消し、周りに広がった余波をも消し去った。

 風が吹き抜けると空間は銀色に染まっていた。くっきりと。木も草もなにもかも、風の流れた場所だけが霜で覆われていた。

「さみゃ、ままままままままままま……」

 それは小太りの男も同じだった。赤いキャスケット帽に無地の赤シャツ、その上に着たブルーのオーバーオール、真っ白な軍手、そして鼻と上唇の間に蓄えられた立派なヒゲ。なにからなにまで霜だらけだ。

「まままままままままま……」

 男は寒さで歯の根が合わず、二の句が告げないままこちらを見ていた。

「『涙は止んだ(フローズン・ティアー)』──『涙なんて似合わない女になるわよ』……ってこと。あっ、「幸せ過ぎて~」とか、恋の駆け引きで流す『オンナの武器』としての涙とかは別なんで、そこんとこヨロシク……ねっ!」

 そう言って無邪気にウインクしてみせる。その言葉を聞いた男は、

 

「……マンマミーア」

 

 ふざけているのかなんなのか、そう呟いてから倒れた。

「ふう……ねえ、凛。ヤバい、疲れちゃった……」

「えっ、ちょっ……加蓮?」

 こっちを向いて一息つくと、加蓮が突然私の胸に寄りかかってきた。

「なんだ、どうした!?」

 奈緒が慌ててこちらを見る。しかし加蓮はその声に反応しない。

「すぅ……すぅ……」

 私に身体を預けたまま、加蓮は規則正しいリズムで寝息をたてていた。

「眠っちゃった……」

「寝ただけか……よかった」

 奈緒がほっと胸を撫で下ろす。飛鳥と裕子も安堵のため息を漏らす。

 

   *

 

「見つけたわよっ、不良娘たち~!」

 それから少しして早苗さんがやって来た。

 一難去ってまた一難。いや助けを呼んだのは私たちだけど。来てくれた早苗さんに感謝しながらも、このあとの先生たちのお説教を想像して静かに戦慄しながら加蓮も含めて私たちは無事に学園へと帰還した。

 入口の前で、木場先生と清良先生が待ち構えているのが見える。それに気づいた私たちは、思わず立ち止まってしまう。笑顔がかえって恐ろしい。

 あのふたりの前ではどんなに大きな火球もしぼんでしまうだろう。そんなことを思いながら早苗さんの背中ですやすやと眠る加蓮をよそに、私たち4人は覚悟を決め、ふたたび校舎に向かって歩きだすのだった──。

 

(To Be Continued……)

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