シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第10話『Work Song』

 

「1番、堀裕子! 『じょいふる』いきまーす!」

 

 底抜けに明るい声を響かせてから裕子は狭いボックス内を歌声で満たしていった。

「はい、はい、はい、はいっ!」

 歌に合わせて奈緒と加蓮が仲良く掛け声を入れる。ふたり息のあったノリっぷりに嬉しそうな顔をしたままちょっと前のめりなテンポで裕子がサビを熱唱する。

 

 ポップにはしゃぐ3人娘を眺めながら私と飛鳥はメロンソーダを飲み干した──。

 

 あれから5日が経った。戦いのあと、疲れ果てて放課後まで眠りつづけた加蓮は、大事を取って休むよう再三念押しした奈緒に負けて翌日、翌々日と学園を欠席した。

 残る金曜日、奈緒とともに登校してくるなり私と裕子を呼びつけると日曜日に遊びにいく約束を半ば強引に取りつけた。それから方々探し回り、最終的に「いくら個性が服着て歩いてる美城学園(ウチのガッコー)とはいえ、あんな髪色の子は5人といない」と息巻く加蓮を先頭に中等部の校舎にまで足を伸ばしたところでやっと飛鳥を見つけ、同様の約束を取りつけた(ちなみにあの特徴的な髪の毛がエクステであったことをここではじめて知った)。

 そして日曜日になり、加蓮号令のもと街へと繰り出し、たまに行くカラオケ店に今日は5人で入り、現在かしましい3人とそれを見守る2人がここにいるというわけだ。

 

「せんきゅー!」

 裕子の歌が終わるとすぐさま加蓮がマイクを持つ。モニターには『キミノヒトミニコイシテル』と表示されている。まるで呪文のような曲名だ。

 途中、詞に歌手の名前が出てくる箇所を加蓮は臆面もなく自分の名前に替えて歌ってみせた。それまで歌っているところを聞いた覚えはなかったが歌い慣れてる曲のようだ。そしてサビ。キャッチーなメロディに乗せて「マメミムモ、マメミムモ──」、これまた呪文のような言葉をアイドルみたいにキュートに歌った。

「なんの曲?」

 加蓮からマイクを受け取りながら奈緒が尋ねた。奈緒も知らなかったらしい。

「子どもの頃見た映画の中でアイドルが歌ってた曲」

「へー、なんて映画?」

「ないしょ」

「なんでだよ」

「別にいいじゃない。いちいち内容話すのもめんどくさいし……気になったならあと勝手にで文明の利器を駆使して調べてくださいな。歌はじまっちゃうよ」

 いけね、と軽く慌てながら奈緒が準備する。モニターに映った曲名は『君の知らない物語』──奈緒の十八番だ。照れ屋の奈緒だが、歌声はまっすぐ、素直で力強く、爽やかだ。飛鳥がその姿をじっと見ている。どうやら気に入ったようだ。

「そこのさっきから大人しいおふたりさん、退屈しちゃった? 次どっち歌うの?」

 奈緒の曲が終わり加蓮が聞いてきた。

「別に退屈してたわけではないよ。では……そろそろボクにも歌わさせてもらおうか」

 飛鳥が立ち上がりマイクを手に取った。画面に『スカイクラッドの観測者』というタイトル。

「おお~っ、いいね!」

 奈緒が嬉しそうな声をあげた。知っている曲らしい。「たぶんアニメかゲームの曲だよ」と加蓮が横で小さく言った。奈緒が反応したからといってなんでもそういう曲とは限らないと思うけど。

「それはなんの曲なの?」とためしに飛鳥に尋ねてみた。

「とあるゲームのOP曲さ」

「……ふーん」

 当たりだったか。

 歌う飛鳥の姿は凛々しく堂々としていた。上手いだけでなく、クールさの中にも可愛いげのある声は少し意外だった。

「飛鳥、かっけー!」

 男子みたいな感想を奈緒が漏らす。

「なるほど……だいぶやるようね。よし、凛、いきなさい!」

 なぜか道場破りに先鋒を倒された師範代のような口ぶりで加蓮に促された。

「いけ凛! 最初からクライマックスだっ!」

 それに便乗する奈緒の言葉につられ、いつもなら後半で歌う曲をつい勢いで入れてしまった。画面に現れたタイトルは『蒼穹』。

「とばしてくね~凛」

 アンタが焚きつけたんでしょ、と心の中で加蓮にツッコみ、立ち上がる。

 まあそんなことに関係なく最初から本気で歌うつもりだけど──。

 

 それからふたたび奈緒の番が来て『ヒミツの珊瑚礁』を歌いはじめた。しっとりした出だしのあとにビートの効いたリズムが響く。爽やかな可愛らしさを強調した歌いかたは本家の秋月涼を意識したものだろうか。よく似合っている。途中、無意識か歌詞に合わせたのか、目の前に差し出した左手をすかさず加蓮が握った。それに照れこそしたものの、歌のほうは淀みなく進行させていく。さすが奈緒、ノリノリである。

 それをきっかけに27番ボックスはアイドルソングメドレーの場と化した。裕子が『shiny smile』を歌い、飛鳥が『迷走Mind』を歌う。私が『arcadia』を歌うと加蓮は『99 Nights』歌ってから『ふるふるフューチャー☆』を奈緒に歌わせた。律儀に、というか意地なのかもしれない。奈緒は恥ずかしがりつつも感情を込めてしっかり歌いきった。その様子はまさにアイドルそのもの。可愛かった。加蓮も満足そうだ。

 

「凛、最後にゆったりしたやつお願い」

 退出時間も近づいてきた頃、城ヶ崎美嘉の『TOKIMEKIエスカレート』を歌い終えた加蓮が言った。

「いいけど……私で終わりになっちゃうよ。いいの?」

「またみんな集まればいいじゃないですか! というワケで、はいどうぞ!」

 裕子にマイクを渡されたので曲を入れる。

 モニターに『散歩道~さんぽみち~』と表示されると加蓮がマイク越しに訊いてきた。

「それはなんの歌なの?」

「あれ……歌ったことなかったっけ」

 奈緒と加蓮が首を横に振った。子どもの頃から慣れ親しんだ曲だからみんなの前でも歌ったことがあったと思ったけどなかったようだ。

「で、どういう歌なの?」

 本当なら、これは犬の散歩の歌だとか、この曲が入ってるアルバム全体が犬をテーマにしていてジャケットも子犬の写真で、しかもさまざまな犬種に着せ替え可能な愛犬家仕様だとか、そんなことを言いたかった。しかしもう前奏が始まっている。すべてを抑えて、

「犬の散歩の歌」

 加蓮の質問にそう短く答え、私は歌った。ゆったりしたテンポの、愛犬と飼い主との仲睦まじいひとときを描いた歌を。

 

   *

 

 先日のこともあるからと強情を張るので昼食は加蓮のおごりということになった。

「クーポン持ってたし、ちょうどよかったかもね」

 かわりと言ってはなんだがお店のチョイスを一任したところ加蓮が選んだのは王道ハンバーガーチェーン、“マック”こと『マックロナルド』だった。ここならおごられる側からしても気兼ねせずに済む。割引きできるというならなおさらだ。

「高校生に“ラッキーセット”は少しハードル高いけどね」

 チーズバーガー、ポテト、コーラ、フィギュアが入った箱の載ったトレーをテーブルに置いて席につく。

「凛気にしすぎ。いまどき珍しいことでもないでしょ」

「ボクの知人にも集めてる人がいるけど、その人は二十歳(ハタチ)だよ。趣味に貴賤なんてものはナンセンスさ」

「そーそー、飛鳥の言うとおりよ。現にここに、ラッキーセットをご所望のJKがひとりいるんだから」

 正面向かいに座る奈緒をつまんだポテトで指しながら加蓮が言った。加蓮のトレーにだけポテトが2袋載っている。単品で追加したようだ。しかもLサイズ。

「いやー、凛も加蓮もサンキュな」

 私たちの分と自分の分、『フルボッコちゃん七変化シリーズ(全4種)』なる名前のつけられた3つの箱をトレー脇に寄せてから奈緒が両手を合わせて言った。

「はいはい。おかげでポテトを追加注文しなきゃ満足できない加蓮ちゃんに特に感謝してね」

「へいへい。ありがと加蓮様。これをお納めくださいな」

 お礼にと自分のポテトをひとつ加蓮に咥えさせる。

「それも私のおごりだけどね。まっ、よかろう。裕子、こっちこっち」

 遅れて裕子もトレーを持ってやって来た。

 

「いただきます加蓮ちゃん!」

「どーぞどーぞ」

 おごりの(ぬし)に一言入れてから裕子がビーフパティ2枚重ねのバーガーにかぶりつく。清々しい。いい食べっぷりだ。つられるように私たちも食べ始める。

「んー! この期待を越えも裏切りもしないレベルのバーガーとポテト、そのあと飲む安っぽいコーラの味……いいわ~」

「褒めてんのか、それ?」

「人は必ずしも至高を求めるとは限らない。親しみやすさは孤高の美を駆逐する。それがボクたちの住む御しがたきセカイ……フッ、社会ってやつさ」

 冷笑し、飛鳥がフィッシュバーガーをかじりコーラを飲む。なんだかんだと言いつつも悪くない顔をしている。

「しかし……この薄いコーラだけはいただけない。こればかりははっきりと『ウッディーズ』のほうに軍配が上がる」

「あー、あそこはちゃんとした、っていうのもヘンだけど普通のコーラよねー。ポテトもこっちはホクホク柔らかい、あっちはカリカリ……甲乙つけがたいんだわ、これが」

「おまえの判断基準はポテトか」

 つまんだポテトをフニャフニャ揺らしながら奈緒が言った。

「ナゲットもいいけどアタシポテトだけは何個でも食べられる。いつもそんな気がするの」

「本当に何個も食べてたら体重がとんでもないことになるぞ」

「子どもの頃食べられなかった分を今食べてるからいいのよ。奈緒のが油断大敵よ。フィギュア目当てに何度も通ってるんだから」

「へへっ、そのへんは今回のコレでコンプリートだから問題ないんだな。『子どもの頃食べられなかったから~』なんて言ってる加蓮のほうがよっぽどだっての。そんなに食べる必要あるんなら、あたしナゲットおごってやるよ」

「あらいいの? ありがと。じゃ、どうせならアタシも買ってみんなで分けるとしますか。行くよ」

 そう勝手に決めるとふたりはカウンターに向かった。

 

「さあっ、モリモリ食べ野菜!」

 ご機嫌なのか柄にもない駄洒落を発し、加蓮がテーブルの真ん中のスペースに新たにトレーを置いた。

「お、おお……!?」

「ちょっ……これは……ずいぶんとまた豪勢な……」

 それを見て声を漏らす裕子と飛鳥。私は呆れて声も出なかった。

 トレーの上に載っているのは……15ピース入りのチキンナゲットが2箱。さらになぜかまたポテト。それも大量。当然野菜など見当たらない。

「ポテトに期間限定でメガサイズがあるのを加蓮が見つけてな……」

 まるでおもちゃをねだる子どもに根負けした父親のように奈緒がため息まじりに言った。実際におもちゃを欲しがったのは奈緒のはずだが。

「すごいでしょ! Lサイズふたつ分なんだって! もちろんこれもアタシのおごりだから気にせずどうぞ」

 ウキウキ顔で加蓮がさっそくそこからポテトをつまむ。たくさんおごってくれるのはありがたいが、この炭水化物のオンパレードを食べきれというのか。ナゲットだけでもひとりあたり6ピースだというのに……。

「デリーシャス! 奈緒ちゃんにも感謝ですね!」

 一分の憂いもなさそうに裕子がナゲットをひょいひょい食べていく。この子はきっとカロリーという名の悪魔を見たことがないに違いない。

「さあさあ、凛と飛鳥も食べた食べた」

「はあ……お風呂上がりに絶望しても知らないよ」

 冷ややかに言いながらもナゲットもポテトもありがたくいただく。

「言いつつバッチリ食べてるじゃん……」

 奈緒にそう言われた。しかし勘違いしないでほしいというものだ。

 

「私は、みんなより背が高いから」

 

 そう。背が高い、ということはエネルギーの消費量も多いということ。つまり私に限ってはふたたび必要な量のカロリーを摂っているにすぎない、はず。母さんにだって「気持ちはわかるけどもっと食べなさい」と言われた私だ。むしろもう少し身体に脂肪をつけたほうがちょうどいいのだ。主に胸とか。

「……なるほど。じゃあ、あたしもみんなより髪が長いぶん平気だよな……」

 そう言って奈緒もナゲットとポテトにおずおずと手を出す。確かにそのボリュームでキューティクルを保つには多くのエネルギーを必要とするのだろう。たぶん。

「アタシはさっきも言ったとおりだし、だから気にする必要ないし? ほら飛鳥もじゃんじゃんいきなさい」

「え……ボクはもう十分なんだが……」

 加蓮は言わずもがな。要するにみんなバクバク食べるための言い訳が欲しいのだ。私のは言い訳じゃなく事実だ。

「いっぱい食べなきゃ大きくなれないわよ! 背も胸も!」

「別に要らないよ。背はともかくとして……」

 ぶっきらぼうに飛鳥が返す。

「まあそれならいいけどさ。横に大きくなるだけかもしれないしね。それなら誰かさんみたいに背にしか栄養いってないほうがマシよね。ウフフッ」

「ちょ、加蓮……!」

 

 ──ん……?

 

 今、何者かから決闘の申し出を受けたような気がする。いったいどこの誰だ。私の勘ではポテトの妖精かミントの使者のどちらかだと思われる。

 

「加蓮今なんか言った?」

 私は、北条加蓮は世を忍ぶ仮の姿、その正体はポテトの妖精に尋ねてみた。

「ん~ん~? なんにも~?」

 どうやら違うらしい。今度はミントの使者に訊いてみよう。

「ミントの使者、いる?」

『あら凛ちゃん、わたくしをお呼びになって?』

 私の呼びかけに応じて『フローズン・ティアー』は世を忍ぶ仮の姿、その正体はミントの使者が現れた。さっきと同じことを尋ねてみる。

「さっきなんか言った?」

『いいえ呼んでおりませんわ。わたくしずっと美味しいミントティーの淹れかたについて考えておりましたのよ。オホホ』

 こっちも違うらしい。ちなみにこのミントの使者、声が加蓮にそっくりである。

「そう……忙しいところごめんね。もういいよ」

『あらそうですの。それでは、バイバイですわ~』

 そう言ってミントの使者は消えた。

 

「…………満足か? 新人お笑いコンビ『バラとミント』のおふたりさん」

 間を置いて奈緒が言った。

「お嬢様は「バイバイですわ」なんて言わないと思う。まだキャラ作りが甘い。65点」

「あちゃー、確かに最後気抜いたわ。今後の課題だね」

「ケンカかと思ったらその息の合いよう……なんなんだキミたちは。なにがしたい」

 飛鳥が怪訝な表情で見ている。正直なところ私もよくわからない。ひとつだけ言えるのは『バラとミント』は奈緒をいたずらに困惑させるために結成されたユニットだということだ。つまり目的は果たされた。でも失言は失言なので加蓮にはあとでコンビニでガムでも追加でおごらせよう。さて、『バラとミント』、一時解散。

 

「んん~! ナゲットのソース、ポテトにつけてもデリィーシャス!」

 

 そしてすべてをよそに、裕子はひとりポテトに舌鼓を打っていた。前言撤回。彼女はカロリーという悪魔を知らないんじゃない。悪魔に立ち向かう、恐れ知らずの勇士(ウォーリアー)だったのだ。

 

 ──なにを脳内で言ってるんだ私は。

 

   *

 

 大満足とは今の私たちのことをいう。もうお腹いっぱいだ。食後のコーヒーも飲む気になれない。

「さーて、これで明日からの学校生活に必要なエネルギーはバッチリ摂れたね~」

 組んだ手を前に伸ばして加蓮がひと心地つく。

「ったく、あの騒ぎで体調崩したと思ったら2日後には復活して、そのまた2日後に歌うわ食べるわふざけるわ……元気過ぎだろ」

「昔の私じゃないってことよ。実際、今は『この子』がいるからね」

 そう言うと、『この子』がふたたび現れる。加蓮のスタンド──『フローズン・ティアー』だ。もうミントの使者ではない。

「この子スゴいんだから。能力をほんの少し、かる~く使うといい感じに涼しい風が出せるのよ。今年からはクーラーいらずね。あはは」

「スタンドをクーラーの上位互換機扱いすんなよ」

 奈緒のツッコミが入る。クーラーなんて目じゃないくらい、その子が凄いのは十分知っている。暴走状態のときに一戦交えて殺されかけた私が言うんだから間違いない。

「ね~夏休みなにしよっか?」

「気早すぎ」「ゴールデンウィーク終わったばっかだぞ」

 早くも夏休みの計画を立てようとする加蓮に今度は奈緒とふたりでツッコミを入れる。

「まぁ期末どころか中間テストもまだだもんねー。ていうかまず来週よね来週。あー、めんどくさいなぁ、“職場体験”」

 けだるそうに発した加蓮のこの言葉に飛鳥が反応した。

「そういえば高等部は1週間後から職場体験学習だそうだね。学園という安全網(セーフティーネット)を飛び越えて未開の荒野へ……とまではいかないが新たなる地平へ一歩を踏み出すわけだ。まあ、とはいえしょせん柵の向こう側も予定調和の生い茂る平穏な草原……さしずめ放牧地帯といったところだが。キミたちはいったい何処の牧草を()みに往くんだい?」

「は、はみ…………は?」

 裕子の頭上に大きな『?』マークが浮かんだ。

「……どこの職場にお邪魔するのか教えてくれないかな」

 飛鳥の言葉の迷路は場合によってはあっさり飛び越えられることがあるらしい。

「私は果樹園です。さいきっくぱわーで園中の果物の成長を促して豊作にしてみせますよ。今から腕が鳴ります! 3人はどこへ行くんです?」

「あ、アタシここ」

「あ、あた……へ?」

 アタシココ。加蓮の直裁な返答に裕子が再度固まった。

「ここよ、ここ。ここのマックが私の職場体験学習の働き先でーす」

「おまえ働き先で堂々とめんどくさいとか言ってんなよ……」

「いっぱい注文したんだし、そのへんは差し引きなしってことで。奈緒はどこ行くの? そういえば聞いてなかったけど」

「あたしは、あれだ……喫茶店だよ、喫茶店。普通の」

 どことなく不自然に奈緒が答える。働いてるところを加蓮に見に来られるんじゃないかと警戒してるように見えた。

「えーそうなの? どこどこ? どこの喫茶店よ? アタシ絶対見に行く!」

「だあぁっ!? 来なくていいよ! ったく……言うと思ったよ……」

 バイト先に様子を見に行こうとする親を必死で阻止する子どものように奈緒が慌てる。案の定私の予想は当たっていた。

「そもそもみんな働いてるんだから来れないだろ」

「そこは、なんとかするわよ。1日だけ早退するとかしてさ」

「すんな。真面目に働け」

「ちぇー……凛は? どこにしたの?」

 流れで加蓮が尋ねてくる。私は──

 

「私は……幼稚園」

 

「………………うそん」

「なにその反応」

 嘘じゃない。嘘をついてどうする。

「へえ~。いや、似合うんじゃないか? 幼稚園の先生」

「奈緒それ本気で言ってんの? 凛が~? ようちえんの~? せんせい~? こんな長身のクールビューティーが先生だったら園児は怖がるわ~」

 けなしてるのか褒めてるのか。加蓮は私の選択をよほど意外に思ったらしい。

「いや確かに素っ気ないけどさ。花屋の娘だから接客で人と関わる機会多いし、花の世話してるし、ハナコの面倒だって見てるじゃん? それ考えたら、あたしはけっこう向いてると思うんだけど」

「家業な以上花屋はまだわかるけど……凛に向いてるって言ったらOLとかじゃない? スーツ着こなして、バリバリ働いて、意見があったら上司にも遠慮なしにバシッと言っちゃったりしてさ」

「あー、そっちも似合うなー。後輩の女子社員からモテてそうだな」

「わかる~! 絶対社内で一大勢力築いてるわ。でも、それでもやっぱりうまくいかないこともあって、ヘコむんだけどまわりは気づいてくれない。そんななか、ある日ほとんど喋ったことのない、仕事は出来るけど無口な同僚に不器用ながら励まされる……。凛の傷心にこの人は気づいてたんだね。それをきっかけに親しくなるふたり……いつしか凛の心に特別な感情が芽生えて……」

「……どこまで勝手にシミュレートしてんの?」

「ゴメンゴメン。いやー、凛ちゃんの未来予想図は輝いてるねー」

 そう言って屈託のない笑顔を見せる加蓮。なぜ進路だけでなく恋路までシミュレートされなければいけないんだ。

「なんにしても、いたいけな子どもたちに気に入られるお姉さんぶりを見せてる凛の姿が想像つかないのよね。それに悩んで庭の隅っこのほうでうちひしがれてる画なら浮かぶけど」

 ミント娘の口撃はとどまることを知らない。スタンドを身につけてからというものエネルギーに溢れすぎている。ここは一度、鼻を明かしてやるべきかもしれない。

「そんなに言うなら……賭けてみる?」

「えっ……?」

 加蓮の笑顔が曇った。その隙を突くように私はつづけた。

「1週間後、5月23日から27日の職場体験学習の間、私が笑顔の園児たちと仲良くしてるところの写真を園側の許可をもらって、撮る。それを加蓮に送ったら私の勝ち。出来なければ負け。どう?」

 毅然と加蓮の瞳を見つめて一気に言った。

「へえ~……で? 勝ったらなにがあるのかな? 次はドーナツでもおごる?」

 加蓮の問いに私は、力強く首を横に振って答える。そしてさらに力を込めて、はっきりと言ってやった。

 

「負けたほうは……勝ったほうに、『ロッドリア』で好きなメニューをなんでもおごるっ!」

 

「なっ……」

「なななっ……!!」

「なんだってえぇェ~~ッ!!? …………って、またハンバーガーじゃねえか」

 飛鳥、裕子、そして奈緒が、思わず驚愕の声を上げ、余計なツッコミを入れる。

「凛……アンタ、マジで言ってんの?」

 冷ややかに、しかし捕食者のような、獲物をしかと見定めるような目で加蓮が言った。

「……マジだけど?」

 負けじと私も見つめ返す。

 ロッドリア。このお店もマック、ウッディ同様ハンバーガー店である。しかし、それらと圧倒的に異なる点がある……それは他のファーストフード店と違い、ハンバーガーを提供する高級レストランというところである。なので値段は当然高い。シェイクひとつ2000円近くすると聞いたことがある。尋常ならざる価格設定だ。メインのバーガーともなると特に高いものはひとつ5000円を越えるものもあるらしい。いったいどんな食材を使うとそんなに高くなるのか。考えるだけで今は胃がもたれる。なんにせよセットメニューひとつ注文するだけで福沢諭吉が財布のなかから東へ西へ旅立ちかねない。負けたほうは当分なにもできない状況に陥ることは必至。それでも私は加蓮をギャフンと言わせたい。

「……逃げないでよ?」 

「はっ、当たり前。返り討ちにしてアンタの目の前で満面の笑みでシェイクチューチュー啜ってやるわよ」

 私と加蓮、ぶつかり合った視線と視線が火花を散らす。まるで剣豪同士の鍔迫り合いのように……。

「……奈緒さん。なんなんだい、このショーは」

「『バラとミント』が再結成したんだろ。気をつけろ。しっかり見てると時間をムダにするぞ」

「な、なるほど……では面白半分に見るとしよう」

「面白全部だ」

「……そうかい……理解った」

「もっと言えば裕子を見習え」

「え──」

「デリィーシャスッ!」

 

 ──こうして、職場体験学習を利用した私と加蓮による高級ハンバーガーを賭けた戦いが、その場の勢いで幕を開けた。のちにこの勝負は誰からも語り継がれることなく、夏休みがはじまる頃にはみんなの頭からすっかり忘れ去られるのであった──。

 

 ……またなにを脳内で言ってるんだ私は。

 

(つづく)




※どうでもいい捕捉コーナー

『マックロナルド』

(この作品内の)世界でいちばん店舗数の多いハンバーガーチェーン。メニューも味も素朴で王道。奇をてらわず地道に規模を拡大してきた。記念すべき1号店はテキサス州ダラスに建てられ現在も営業中。
 略称が『マック』または『ロニー』と、地域によって違う。

『ウッディーズ』

 トロピカルな内装とロック、レゲエ、サーフ・ミュージックなどのBGMが店内を彩るジャマイカ生まれの陽気でクラシックなハンバーガーチェーン。通称『ウッディ』
 この店のチーズバーガーにラブレターを挟んで告白すると必ず成功するという噂があるらしい。迷惑千万である。

『ロッドリア』

 ロサンゼルス発祥の高級ハンバーガーレストランチェーン店。シェイクひとつとっても絶品。そして高額。「せめてシェイクだけでも……」と店を訪れ沼にはまる学生たちがあとをたたないらしい。
 店員の目の前で他のハンバーガーチェーン店の割引券を鼻で笑いながら破るとLサイズのドリンクがMサイズの値段で注文できるという都市伝説がある。
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