シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第11話『S・O・S ~ふたりはアイドル~』

 

 それは私にとってスタンドの次に思いがけない出会いだった。

 職場体験学習初日の朝。緊張のなか足を踏み入れた職員室には、およそ先生には見えないふたりの少女が園長先生たちと談笑していた。その横にはもうひとり、スーツ姿の男性もいる。

「あっ、おはよう。この子、渋谷凛さん。体験学習で来た美城の生徒さんね。んで、渋谷さん、実はこのふたりも体験で先生やんのよ。学校のアレじゃなくて仕事でだけどね。びっくりしちゃうよね。知ってる……よね? このふたり」

 少し聴き取りにくいしゃがれ声で園長の夏軒久慈郎(なつのきくじろう)先生から、唐突に紹介されたふたりの女の子……。私はその子たちの名前を知っていた。なぜなら──

 

「いえ~い! 城ヶ崎莉嘉(じょうがさきりか)だよ☆ よろしくねっ、凛ちゃん!」

「ハイハイ、あんまはしゃがないの。アタシは城ヶ崎美嘉(みか)。騒がしくなっちゃうかもしれないけど、これからヨロシク★」

 

 ふたりは、カリスマアイドル姉妹だったのだから──。

 

「美城の生徒さん、どうぞよろしくお願いしますね。あっ、申し遅れました。私こういう者です」

 姉妹の隣にいたスーツ姿の男の人が名刺を差し出してきた。幼稚園の先生でスーツ? と思っていたが、なるほど。この人は先生じゃなく姉妹のプロデューサーだったのだ。でもそれにしても……

「あの、私、このふたりもいっしょだなんて、なにも訊いてないんですけど……」

 思ってた疑問を素直に口にしてみた。

「ああ、申し訳ありません。なにぶん企画が急に予定変更になった経緯がありまして……」

「学生向けの雑誌の職業体験特集で、アタシたちが幼稚園の先生を体験するって企画なんだけど、本来行くはずだった幼稚園でインフルエンザが流行っちゃってね……」

 途中から城ヶ崎姉妹の姉の方、美嘉がいきさつをつづけた。

「で、企画の担当さんが慌てて他の幼稚園にアポ取って、土壇場で引き受けてくれたのがここだったってワケ」

「今年ウチ来る生徒は渋谷さんだけだったからねぇ。もう2~3人なら、増えても別に構わねぇから、来てもらったんだよ。びっくりしたでしょ? 学園側の許可はちゃんともらってるよ。きっとサプライズで言わなかったんじゃない? 生徒が喜ぶと思って、さ」

 

 サプライズ、ねぇ……。

 学校行事のサプライズゲストとしてはふたりは刺激が強すぎる。特に姉の美嘉は女子学生から凄まじい人気があり、当然うちの生徒にだってファンが大勢いる。体験学習にここを選んだ生徒の面子次第では、ちょっとした事件になっていたかもしれない。

「申し訳ありません。なにぶん時間がなかったものでして……」

 考え事をしてる間、怪訝そうな顔になっていたのかもしれない、プロデューサーさんにぺこぺこ頭を下げられた。カリスマギャル姉妹のプロデューサーにしては低姿勢過ぎるほど丁寧な人だ。

「いや、別にいいんです。突然だったから驚きましたけど……」

「まあそりゃ仕方ないよね。まあ仲良くやってちょうだいよ。そろそろ時間だから、教室行こうか」

 マイペースに話を進めながら歩き始める園長先生に少し面食らいながら、姉妹とプロデューサーさんともども、私も園長先生のあとに続いて教室へと向かった。

 予期せぬ出来事で胸のなかにあった体験学習への緊張は消えていた。

 

   *

 

 教室に入ると待ちかまえていた無邪気な視線たちは一瞬だけ私に降り注いだあと、すぐふたりに釘付けになった。

「りかちゃん!? りかちゃんじゃんっ!! なんでなんでなんで!?」

「ぎゃあああああああ!! みかちゃんりかちゃん!? “ふぁみりあついん”だあぁぁぁ!!」

 怒濤の唸りをあげる園児たちでさっそく教室内は大騒ぎ。『ファミリアツイン』のふたりが突然現れたのだから当然だ。

 

 女子中・高生アイドル城ヶ崎美嘉・莉嘉の姉妹からなるユニット『ファミリアツイン』は、もとからそれぞれ活動していたユニット『LiPPS(リップス)』、『(デコ)レーション』での人気に加えて、単なる短期ものの企画にとどまらない、姉妹による初のユニット活動ということも手伝ってこのように幼稚園児も狂喜乱舞するほどの絶大的な人気を誇るアイドルデュオだ。

 

「はーい、みんなー! 気持ちはわかるけど、騒ぐと美嘉ちゃんたちが困っちゃうから静かにしましょうねー」

『静かにしないとダメウサ~!』

「は~い!!」

 そう言って右手にはめられたウサギの人形を操り、狂乱状態の園児たちを直ちにまとめ静かにさせたのは、髪をサイドテールに束ね、ピンクのエプロンを付けた先生。胸のネームプレートには『ありさせんせい』と書かれてあった。

「よし。みんな、今日からね、金曜まで新しい先生が来ることになったから、言うことちゃんと聞いて、仲良くするんだよ……じゃ、自己紹介、お願いね」

 園長先生の言うとおりに、園児たちの前で横並びになった私たち3人はそれぞれ自己紹介をした。

 

「やっほー! 城ヶ崎莉嘉だよー☆ ザッシのお仕事でお姉ちゃんと先生やっちゃうよー! いっしょに遊ぼうねー!」

「はぁーい!」

「りかちゃんよろしく~!」

 園児たちの元気な返事でふたたび教室内が活気づく。

 

「城ヶ崎美嘉だよー。みんな、金曜日までヨロシク★」

「みかちゃんキレイ~!」

「カリスマ!」

「オアア~ッ!」

 またしても声は大きくなっていく。

 

「美城学園から来た渋谷凛……私も今日から金曜日まで先生だから、みんなよろしくね」

「はーい」

「ほーい」

「ふ~ん」

 パチ、パチ……パチ。

 途端に、まばらな拍手、まばらな反応。そりゃ人気絶頂のアイドルのあとに単なる学生じゃ仕方ない。仕方ない……。

 

「はぁ~い、それじゃあみんなで仲良くおうたを歌いましょうね~! 先生たちもいっしょに!」

『ありさせんせい』がそう言うと、今まで彼女の隣で微笑みを絶やさずに立っていた『くらりすせんせい』という、胸元に綺麗な赤い石のブローチを付けた金髪の先生が静かにオルガンに向かう。

 備え付けの椅子に座り木の蓋を開けると、そこから聞こえてきたのは懐かしい、童謡『アイアイ』のメロディ。

 

「あいあい!」

「あいあいっ!」

「霊長類だね~♪」

 

 素朴に歌う園児たち。時代が流れても子どもは変わらないな、なんて大人からすれば生意気そうなことを思いながら私たち3人も園児に混ざり歌った。

 本人たちは軽く歌ったつもりかもしれないけれど、横から聴こえてくるふたりのアイドルの歌声はやはり綺麗というか、よく通っていて巧かった。

 

   *

 

 歌を歌ったあとは外で遊ぶ時間だ。砂場、ジャングルジム、小さなすべり台などの遊具が設置された、狭くはないが決して広いともいえない庭で園児たちがはしゃいでいる。

「はいはいはいはいっ、よいしょー!」

「はえー! りかちゃんはえー!」

 城ヶ崎莉嘉がジャングルジムを素早く登ってみせ、頂上で男児たちから拍手喝采を浴びている。

 

「さあみんな、いくよー!」

「はーい! T・O・K! ト・キ・メ・キ!」

 いっぽう美嘉はリクエストに応えて自身のソロデビュー曲『TOKIMEKIエスカレート』の振り付けを女児たちに教えていた。みんな眩しいばかりの笑顔を振りまいている。そんな光景を姉妹のプロデューサーが時折カメラを構えて写真を撮りつつも、優しく見守っていた──。

 

 そして私は、小さな花壇のチューリップに水やりをしている。ひとりで。

 

「手伝ってくれる子がいたら来てね」なんて半端なことは子どもに言うべきではなかった。見事に誰も来ない。男の子も女の子も。みんな姉妹と遊ぶのに夢中だ。私のそばにはチューリップの花だけ。赤・白・黄、どれも綺麗だ。原色調で、はっきりした力強い色。チューリップ……『Tulip』。美嘉の所属ユニット、LiPPSのデビュー曲。あのシングルを持っていない女子高生なんてきっとほとんどいないだろう。かくいう私も奈緒と買いに行った。あまりアイドルに詳しい方ではないけどカッコいい曲だと思った。明日にでもCDにサインしてもらおうかな……でもファンとか別にそういうわけじゃないし……ミーハーっぽいし……うーん……。

 

 そんな空回りをする私の頭が、少しずつ大きくなっていく足音を耳ざとくキャッチした。

 チューリップの花から顔を上げると、ふたりの男児が目の前にいた。

「凛先生、僕らもお手伝いしますよ」

 はきはきと声をかけてきたのはツリ目の細い身体の男の子だった。スモックに付けられた名札に『葉加瀬光流人(はかせこるど)』とあった。

「じょうろ、もってくるね~」

 その葉加瀬くんの隣でおっとりと言ったのは、ふくよかな体型をした『郷田天瑠(ごうだあまる)』くんという男の子。ふたりとも、危うくかな(・・)が振ってなかったら読めないところだった。不覚にも「いまどきの名前だな」なんて思ってしまった。

 

「おっ、アマルにコルド、りん先生のお手伝いか、感心感心」

 花壇の脇に並ぶ、園児たちが育てているミニトマトのプランターをひとつひとつ眺めていた園長先生が少し茶化すようなニュアンスで言った。

「さっきから誰も凛さんを手伝おうとしませんからね。みんな美嘉さんと莉嘉さんに夢中なので、ここは常に場の状況を冷静に把握できる僕が一肌脱ぐしかないでしょう」

「そんなこと言っちゃって。ほんとはアマルと同じで身体動かすのが得意じゃないからこっち来たんだろ?」

 ぎくり。そんな音が聞こえてきそうなほどはっきりと焦り顔になるコルドくん。

「ち、違いますよ。みんなファミリアツインのお二人ばかりを気にしていて、誰も凛先生を気にかけていない。大衆はいつも陽の当たる美しい温かな場所にしか目を向けようとせず、陰日向でひたむきに頑張る人たちのことなんてまるで見ようともしない。僕にはそれが歯痒くて、情けなくて、ゆえにお手伝いに来たのです。それこそが善の道、仏の道にかなっていると思ったから来たのです。園長先生、まるで僕が逃避という選択を採った結果ここに来たとまわりに誤解されるような言い方はやめていただきたい。教育者の立場であるあなたが、幼稚園の長という立場のあなたがそんな誤ったレッテルを園児に貼りつけてしまって良いのですか? どうなのです、園長先生。僕としてはあなたの、教育者としての存念をお伺いしたいところですね。どうなんです? 園長先生もとい夏軒久慈郎さん」

 園長先生の発言に対して早口でまくし立てるコルドくん。どうやらだいぶこまっしゃくれた(・・・・・・・・)子のようだ。

「……運動会サボったのはどこの誰だったか覚えてるかな、コルドくん?」

「そ、それは…………」

 しかし、そう返してきた園長先生の言葉には二の句が継げずコルドくんは黙ってしまう。どうやら運動が大の苦手なのは図星のようだ。

「サボるというのは、逃避にあたる行為だと園長先生は思うよ? 君はそうやって、いちいち小(ざか)しいことをくどくどと喋って逃避を選んだこと自体から逃避しようとするんだね。そういう人を、世間では卑怯者というのだよ。アマルはビリっけつだったけどちゃんと参加してたよ? 彼は苦手なことから逃げずに、立ち向かうという選択をしたんだ。素敵だねぇ。とても素敵でダンディな少年じゃないか。たとえダメダメでも逃げずに立ち向かったアマルの方が、君の言う仏の道に沿っていると園長先生は、園長先生もとい夏軒久慈郎は思うなぁ。ところで、運動会をサボったのは誰だったか思い出せるかい。え? 葉加瀬光流人くん?」

 追い打ちをかける園長先生もとい夏軒久慈郎さん。塩気の効いたハスキーボイスによって、ねちねちした言い回しから生じるはずの陰険なニュアンスが相殺されて小気味よい。もっともコルドくんは全然そう思ってはいないだろうけど。

「……っ、園長先生とあろうお方が質問を質問で返し、あまつさえ話題の転換を謀ろうとは、ずいぶん姑息なやり口ですね。そうですか、それが大人のやり口ですか。かつてあったはずの純粋無垢な眼差しを失い、無味乾燥の偏屈人間と化した大人のスタイルですか。果てなき夢を追って大空を行き交う鳥のように自由闊達だったあの日のあなたはどこにいったのです。ご両親はさぞお嘆きになっていることでしょうね」

 しかしコルドくんも負けじと反撃に出る。そこからはもう単なる罵り合いだった。

 

「ぐぬぬっ……うっ……だ、黙りなさい! 大人にはね……社会に出ると、大人には大人の事情っていうのがあるんだよ」

「おっ、出ましたね出ましたよ“大人の事情”が。それこそ僕が最も忌み嫌う姑息な言い訳のひとつだ。大人はすぐそうやって無闇矢鱈にその胡乱(うろん)な言葉をまるで免罪符のように振りかざし問題の解決を後手へ後手へと追いやって自分で自分を濃霧の立ち込める廃墟と化した街の外れにポツンと佇む一軒家に取り残された錆びついた鳥籠の中に閉じこめるようなまねをする。そうやって心のセルフポートレートを虚飾という名の古びた灰色のクーピーで塗り固めていっていったいあとになにが残ったというのです? その毎晩辛子レンコンを(さかな)に呑んだ貧乏くさいワンカップに含まれるアルコールによって日々なにげなく蹂躙(じゅうりん)されていった喉から発される聴き取りにくいしゃがれ声だけじゃないですか。違いますか?」

「うるせえっ! 子どもが知ったふうな口をきくんじゃあない! 君に俺のなにが分かる! 君だって、いつかはそうなるかも知れないんだぞ。くそっ、俺だって……あのときああしていれば、俺だってなぁ…………」

「過去を悔いて嘆息しておられる、おほほ。“たんそく”はその短い御御足(おみあし)だけにしてもらいたいものですなぁ。おほほ」

「ううう……うあああああああああああああああっっ!!」

 

 園長先生の渇いた哀しい叫びが空に散って消えていく。

 子どもの無邪気さとは、ときに恐ろしいものだ。聞くともなしにふたりのやり取りを聞きながら私はそう思った。

 

「りん先生。りん先生は、なに色が好き?」

 隣でいっしょに花に水をやっているアマルくんが言った。

「うーん……私は、蒼が好きかな」

「そうなんだー。あおいチューリップは、ここにはないや。ざんねんだねぇ」

「そうだね」

「あっ! りん先生! うえ見て、うえ!」

「上……?」

 そう言われたので頭を上げた。雲ひとつない、よく晴れた空が澄み渡っていた。

「でっかい“あお”があるよ。やったね!」

「……そうだね。アマルくんの好きな色は?」

「あい!」

「え、“あい”……?」

 一瞬なんのことかわからなかったがなんてことはない。『藍色』のことか。

「藍色ね……ってことは、アマルくんは、夜の空が好き?」

「うん、好き! 星も好き! いつかうちゅうに、星をとりにいくんだ!」

「それが夢?」

「そうだよ!」

「そっか。叶うといいね」

「うんっ!!」

 満面の笑みのアマルくんが大きく頷く。そんな感じでふたりでチューリップに水をやった。

 

   *

 

「はい……じゃあみんな、作ってくれた人たちに感謝しようね……はい、いただきます……」

「いただきまーす!!」

 すっかり意気消沈した園長先生の号令のもと、園児たちが元気にいただきますを言って給食を食べ始めた。号令をかけると、教室を私たちに任せて園長先生は職員室へ戻っていった。昼食は向こうでとるのだろう。メニューはわからないがいつもより塩辛い味つけになっていないことを私は祈った。

「あ~っ! まだ1日目だけど結構疲れるね。仕事柄、体力には自信ある方なんだけど」

 向かいの机に座った美嘉が卵焼きを食べながら言った。

「ずっとダンス踊ってたもんね、美嘉さん」

「呼び捨てでいいよ。年そんなに変わらないんだし。アタシも凛って呼ぶから」

「そう? うん……わかった」

「凛ちゃんは疲れてない? アタシはみんなとジャングルジム登ったり鬼ごっこしたりでお腹ペコペコー。いやーサッコンのコドモたちの元気はとどまることを知らないね~☆」

「アンタもまだまだコドモでしょっ★」

 デコピンのまねをする姉に、八重歯を見せて笑う妹。公私共に姉妹仲は良好のようだ。

「渋谷さん、ちょっと失礼」

 不意に私の背後に立ちカメラを構えたプロデューサーが、ふたりに向かってシャッターを切る。

「……雑誌に載せる用の写真ですか?」

「ええ。こういうデリケートな現場は必要最低限の人数が望ましいので、カメラマンは私が兼任することに」

「……プロデューサーっていうのも、大変なんですね」

「ははは。でもやりがいだってありますよ。それに写真は自分の趣味でもあるので負担の内に入りませんよ」

「本職じゃないから写真の出来映えがちょっと不安だけどね★」

 冗談を言う美嘉に、プロデューサーがカメラを降ろし、真剣な目でふたりを見つめる。

「確かにね。あくまで趣味に過ぎないよ……けど、君たちは僕の担当する自慢のアイドルだ。君たちが貶められるような写真は絶対に撮らないよう全力でやってる。本当だよ」

「なっ、ちょっ……冗談だから! 信用してるからっ! もう、そんなマジにならないでよ。ハズいなぁ……」

 そう言いながら目をそらす美嘉が、心なしか嬉しそうに見える。

「だいじょーぶだよPくん! アタシもお姉ちゃんも、Pくんのこと信用してるし、大好きだよっ☆」

「ちょ、莉嘉……」

「ああ、僕もふたりが大好きだ!!」

「もうっ! 莉嘉もプロデューサーも、おっきい声でハズいこと言わなーいっ!」

 はにかんだ笑顔で美嘉が叫ぶ。

「ぼくはカレーパンが好きぃ!」

「あたしはメロンパン!」

 好きという言葉に反応して、まわりの園児たちが思い思いに好きな食べ物を言い出した。

 

「とうもろこし!」

「うどん!」

「ごもくごはん!」

「うずらのたまご!」

「あんかけやきそば!」

「いも」

 

 子どもたちから発されるたくさんの美味しい響きをおかずに一品ちょい足しして、賑やかな時間が過ぎていった。

 

   *

 

 お昼が終わったら、今度は帰宅前の歌の時間。園児たちは食後も元気いっぱいに声を上げて歌っている。一部、うとうとしている子もいるけど。

 

「おーりゅにーでぃずらーぶ♪」

 

 クラリス先生のオルガンに導かれて、たどたどしく歌われるのはビートルズの『 All You Need Is Love(愛こそはすべて)』。これまた懐かしい、親が歌って聞かせたのかテレビで聞いたか覚えてはいないが、小さい、本当に小さい頃に耳にした覚えのあるサビのフレーズ。それにしても朝の『アイアイ』とはまるっきり関連性のない楽曲。おそらく情操教育の一環というやつだろう。

 しかし周囲の歌声に改めて耳を傾けてみると、城ヶ崎姉妹はもちろんのこと、ふたりの先生のそれもものすごくレベルが高いことに気づかされる。亜里沙先生は落ち着きなく動き回ろうとする子をあやしながら、自らもしっかりと歌っている。優しいけれど、力強く芯のある声。一方のクラリス先生はオルガンを弾きながらも、淀みとか雑音とか、そういったものを微塵も感じさせない、どこにいても歌えばすぐに居場所がわかりそうなほどの透き通った声を響かせていた。ふたりとも職業上歌の心得があるとか、明らかにそういったレベルを一段も二段も越えているように私には思えた。

 

   *

 

「ばいばーい、また明日ねー☆」

 そんなこんなで午後3時。園児たちが送迎用のバスに乗り込み帰路につく。運転手は園長先生。

 正面にポップな字体で『てんしのすずようちえん』と書かれたバスは、快晴の空を思わせる眩しいばかりの青色で、両側面の窓のすぐ下には絵本みたいにやたらモコモコした雲が天使の羽のような形になって描かれている。シンプルに抑えつつもファンシーなデザイン。ただ、抜けるような青空のいちばん地面に近い部分が跳ね上がった泥水で曇天に染められていて、晴れのち曇りの空のような不穏な雰囲気を醸し出している。

 

 園長先生には日々の洗車をもう少し頑張っていただきたい。

 そんなことをぼんやり思いながら、発進するバスを美嘉たちと見えなくなるまで見送って、騒々しい体験学習の1日目が終わった。

 

(つづく)




※姉妹のプロデューサーは単なるモブ役であって武内P等ではないです。

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