シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第12話『★』

 

 

 火曜日と木曜日は、朝の歌の時間のあとはお散歩の時間となっているらしい。

 帽子を被り、今か今かと出発を待ちかねている園児たちを一列に並ばせ、先頭に亜里沙(ありさ)さん、最後尾に城ヶ崎姉妹と彼女たちのプロデューサーが着くと「いってきます」の大合唱をあとに幼稚園を元気よく出ていった。木曜日は私とクラリス先生が園児たちを率いることになる。

「さーて、面倒くせぇ事務仕事の始まりだぁ。ほいじゃ、凛先生にクラリス先生、あとよろしく」

 私たちと一緒に園児たちを見送ると園長先生は、だるそうな足取りで職員室の奥へと引っ込んでいった。

 私とクラリスさんは午後に園児たちに見せる『赤ずきん』の人形劇の準備を始めた。

 

 用具室で丁寧に保管されている様々な人形の中から赤ずきんに登場するキャラクター、赤ずきんやおばあさんや猟師、狼の人形を探してみるも、どうしても狼の人形だけ見つからない。

「クラリスさん、狼が見当たらないんですけど……」

 困り果ててクラリスさんに尋ねてみると、彼女は細い目をさらに細くして狼人形の置き場所を思い出そうとする。

「ああ、たしかお腹のあたりが少し破れていたのを園長先生が見つけて直してくれたのでしたわ。きっと職員室にあるはず」

「え。園長先生が……直したんですか?」

「そうですよ……ふふふ、意外ですか?」

「……まあ、それは」

 格好こそ普通だが、園長先生の顔は正直なところ、だいぶ“アウトロー”な感じだ。なぜ幼稚園の先生になったのかぜひ理由を聞いてみたくなるほど、およそこの仕事に向いてなさそうなくらいの(いか)つい顔。顔だけではない。声にしたって、昨日コルドくんが園長先生をさんざんディスり倒したときに言及した通り、荒んだ人生を送ってきたことが容易に想像させられるような酒に焼けたしゃがれ声だし、がに股で若干早歩きで動く様もどことなく荒々しい(もっとも園児たちが園長先生を怖がっている様子はないが)。

 そんな人が人形のお腹を(つくろ)って直してあげた、というのは、人は見た目だけじゃないということを頭では分かっていてもつい意外に思えて驚いてしまう。

「見た目で誤解されるかもしれませんが、久慈郎さんは純粋で仕事熱心なお方ですよ。裁縫だけでなく料理もお上手で。稀にですが、私たちと同じように歌の時間にオルガンを弾くこともありますし」

「そう、なんですか」

 確かに園長先生なんだし、立場を考えればそういったことが出来てもなんらおかしくはないが……聞けば聞くほど意外な人だ。

「きっと、迷える子羊を導く守護天使としての務めをしかと果たせるようにと、(あるじ)は彼をあのような相貌にお創りになったのでしょう……」

 守護天使というよりは用心棒と言った方があの人にはしっくり来るような……とは言わないでおいた。そんなことは言わぬが花だ。

「クラリスさんは歌もすごい上手いけど……やっぱり先生になるために練習したんですか?」

「あらあら、それはありがとうございます。そうですね……習って、というのもありますけど、日曜日には隣の聖靴(せいか)町の教会でシスターとして神に奉仕する身ですから……聖歌を唄うことでより磨かれているのかもしれません。凛さんがそう感じてくれたのなら、とても光栄です。歌うことは私にとって、かけがえのない(よすが)のひとつなのですから……」

 遠い目をして話すその声の調子には少し熱がこもっていた。

 歌を愛する働き者の幼稚園の先生、兼シスター……なんだかすごそうな肩書だ。

 心のなかで勝手に感嘆しながらクラリスさんと人形を取りに職員室へ向かった。

 

   *

 

 ガラッ、ガラッ、ガラーッ、と滑りが悪いのか少し途切れがちに大きな音を立てて職員室の扉が開かれた。

 クラリスさんの言うとおり、狼の人形があった。園長先生の机の隅の方にちょこんと置かれている。

 事務仕事を終えたのか、ミニトマトの水やりをしている園長先生が窓の外から見えた。

「園長先生ー、人形、持っていきますよーっ」

「んーっ? あいよーっ」

 開け放たれていた窓から園長先生に一言断り、お目当ての狼人形を持っていく。

「あれ……これは?」

 人形を手に出入り口へと向かう途中、机の上の違う人形に目が留まった。

「あら、ふふ……私の人形ですわ」

 はにかんだように笑ってクラリスさんが人形を手に持った。

「教会の子どもたちが私を模して皆で繕い上げてくれた大切な人形です」

 見ると白いローブを着たその人形は金髪でにこやかな笑顔を浮かべている女の子だ。

「いつか人形劇に出してみたいものですねぇ……」

 そう言って人形を元に戻すクラリスさんは慈しみ深い笑顔を浮かべていた。

「亜里沙さんのウサコ、ちゃんは……ないですね」

 なんとなく辺りを見渡していてふと思ったことを言ってみる。あの人形も亜里沙さんは大切そうにしていたから机の上に置いてあるのかなと思ったら亜里沙さんの机には見当たらなかった。

「ウサコちゃんは、亜里沙先生と一緒にお出かけ中ですよ。あの子もまた、亜里沙さんにとって特別な存在のようで。園にいる間は身に付けていない時間の方が少ないくらいで……」

 確かに亜里沙さんの人形遣いの腕は見事なもので、腹話術だけでなく、その所作やリアクション、自身との掛け合いを淀みなくやってのけた。園児たちが皆ちゃんと言うことを聞くのも頷ける、一流芸と呼べるものだった。

 園長先生、クラリスさんと亜里沙さん、美嘉と莉嘉、ふたりのプロデューサー……。

 みんな、頑張ってる。私はなにを頑張ろう? なにがやりたいんだろう? 勉強? うちの手伝い?

 いま具体的にしっくりくるものはなにも出てこなかった。やるべきことを見つけたこの人たちが羨ましい。奈緒や加蓮、裕子や飛鳥はどうだろう? みんなのやりたいことって、なんなんだろう?

 包み込んでくれるようなクラリスさんの微笑みと、開いた窓から流れてくる風に当てられて、思いがけず切なくなってしまう。外はよく晴れているのに風はけっこう冷たかった。窓の外をふたたび見ると、いつの間にか園長先生は毛皮のコートを羽織って水やりを続けていた。

 

 ──『毛皮のコート』…………?

 

 自分自身で思ったことに引っかかる。確かに陽気の割に肌寒い風が吹いてはいる。けどいくらなんでも毛皮のコートを羽織るほどでは、明らかにない。

 どうしよう。もしかして私たちが見ていることを見越して満を持して放った園長先生なりの渾身のギャグなんだろうか……? しかもよく見ると頭から首にかけてまでもが毛皮で覆われていた。つまりフードまで被っているわけで……。

 ダメだ、どうすればいいのか私にはわかりかねる。

「クラリスさん……アレは、笑うかツッコむかした方がいいんですか……?」

「はい?」

 窓の外を指差してクラリスさんに助言を請う。その光景を見て「あら……?」とクラリスさんも私と同じような反応を見せた。

「…………なんなのでしょうね?」

 ふたりして窓に近づき、しばし園長先生を凝視した。

 それから20秒くらいしてから、ようやく園長先生がこちらを振り返った。

「なんか言えよ! バカみたいじゃないか!」

 そんな感じのことを言う、おちゃらけた顔の園長先生が私の頭の中に浮かんでいた。のだが…………

 

 振り返った園長先生の顔は犬だった。

 

 犬みたい、ではない。そのまんま犬だ。

 全体的に毛に覆われた顔、黒い鼻、大きな口、頭部の左右手前にピョコンと出た三角形の耳……。それに、彼は毛皮のコートなど羽織っていなかった。身体が灰色の毛で覆われているのがそう見えただけだった。犬ではなく狼かもしれない。

 眼を見た。

 鋭く光った気がした。

「危険だ」──私の脳がすぐさま信号を出す。嫌な電流が身体を駆け巡る。それはすでに何度か味わった覚えのある感じ──。

「ゥォゥゥゥゥゥゥゥ……」

 犬人間あらため狼人間とも言うべき姿と化した園長先生が低い唸り声を上げながら、明らかに私たちを見つめている。

「気をつけろ!」──脳からの激しい指令が身体や髪にまで伝わっていく。

 

「ルクゥアァァァァァァァァァァァァァァアァァォォォォォォゥゥ!!!!」

 

 耳をつんざく遠吠えを引き連れ、手足を使い地面を原始的に園長先生が疾駆してくる。そして突如、窓の前で軽く跳び跳ねると……

 

「ルカアァァァァォォォォォォゥゥッ!!」

 

 スピードを殺すことなく、開いた窓を器用にくぐり抜けて私に向かって飛び込んでくる!

 突き出された右手の爪は長く鋭く、目の前に迫ったところで、それは振り下ろされた。

 爪が食い込み、胸がえぐられ、そこから大量の血が溢れ……

「……て、たまるかぁっ!」

 すんでのところで左に転がり身をかわす。全身を巡る嫌な予感に突き動かされて難を逃れた。

「ゥゥゥゥォォォォアァァァァァァ!!」

 私への攻撃が不発に終わったことに気づくと、手が早い。すぐさまクラリスさんにターゲットを変えて襲いかかろうとする。

「逃げてっっ!!」

 叫びながらクラリスさんの前に立ちはだかるように『ネヴァー・セイ・ネヴァー』を出そうとした──のと同時に、すでに彼女の前に何者かが立ちはだかっているのが見えた。

 

「お守護(まも)りを! 『シスター・ジャスティス』ッ!」

 

「ォォォォォォゥゥッ!!?」

 毅然としたクラリスさんの叫びに続いて聞こえてきたのは、困惑の色を含んだ狼人間の、くぐもった唸り。見ると、狼人間は何者かが両手で持った長い棒に噛みついていた。

 

 そしてその『何者か』とは、『シスター』だった。いや、シスターの格好なのだが、尼僧服から露出している顔と手は『甲冑』に包まれていて、さながら『甲冑を身に付けた上から尼僧服を着込こんだ人』ともいうような格好だった。頭部を覆う兜の顔部分には細く十字型の空洞が空いているが、中は真っ暗で、目や鼻や口など顔のパーツらしきものは一切見えない。

 そして両手に持っている、今現在狼人間が噛みついている長い棒──それはいわゆる『棍』という武器(?)だった。

『甲冑シスター』の持つ棍によってクラリスさんの身は狼人間の牙から守られた。この『甲冑シスター』……考えるまでもなくわかる。『スタンド』だ。おそらく狼人間の方も。またしても『引かれ合った』わけだ。

 しかし園長先生はなぜ突然狼人間になって襲いかかってきたのか。そこがまったくわからない。幼稚園(ここ)は、外部からやってくる人間が限られた場所ではあるし、今は私たち3人しかいないぶん騒ぎにもなりにくくはある。でもそれにしたってなぜ? なんの理由があって?

 

 なにもわからない現状にある意味答えを押し付けられたように、それまで聞いたことのない声が職員室の奥、園長室へと繋がる扉の方から聞こえてきた。

 

「『ヘルター・スケルター』!」

 

 謎の叫びに呼応するように勢いよく扉を突き破って、園長先生とは別の狼人間が現れた。

「『ヘルター・スケルター』!」

 声がもう一度すると奥からまた別の狼人間が。

「『ヘルター・スケルター』ッ!」

 さらにもう一度。園長室の前に3体の狼人間が並んだ。

 

「ルクァァァァオォォォォォオオオオゥッッ!!!!」

 

 怒濤の雄叫びをあげて計4匹の獣たちが牙を剥き出し爪を向け、一斉に私たちに迫る。

「『ネヴァー・セイ・ネヴァー』!」

 このままコイツらにやられてたまるか。幸か不幸か連日の騒動で私の神経はだいぶ図太くなっているらしい。狼人間たちに怯むことなくスタンドを出し、まずは側にいる園長先生に足払いをかけ、転倒させる。

「なんと……凛さん!?」

 クラリスさんがなにか尋ねたそうに一瞬だけ私を見たが、すぐ3匹の方に向き直った。彼女が状況を判断できていることに少し安心した。しかしそれだけでは事態は解決しない。

「ルクァォォォォォォォゥゥゥゥウ!!」

 3匹が来る! 剣を抜き、迎撃すべく待ち構える。だが、

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォッゥゥ──」

 両端を掴み水平に構えた棍を前方に出しながら、クラリスさんのスタンドが躊躇なく3匹に突っ込んでいった。

「グゲエェッ!?」

 ぶつかっても甲冑シスターは止まらず、そのまま前へ前へとまるでブルドーザーのように3匹を押し突き進んでいく。狼たちは抵抗して爪を突き立ててみるが、甲冑は傷ひとつつかず、ゆえに怯みもしない。

 シスターは前進しつづけ狼たちを窓際まで追いやっていき、そのまま力を緩めることなく窓を破壊しながらついに3匹を外へ追い出した。

「オオォン!」

 そうこうしてる間に園長先生が体勢を立て直した。しかしこちらには目もくれず、園長室へと駆け込むと、やがてガラスの割れる音がした。

「急いで!」

 クラリスさんに従うままに私たちは(危ないからというのもあるが)律儀に出入口から外へ出た。

 

   *

 

 庭に駆けつけた私たちを4匹の狼人間は低い唸りを立てながら睨みつけてきた。だがクラリスさんのスタンドに恐れをなしたのか、二本の足で少しずつ後ずさりはじめる。攻撃されないのはいいことだが逃がすわけにはいかない。このまま園の外へ出られたら誰かが襲われるかもしれない。第一、散歩に出た皆がそろそろ帰ってくるかもしれないのだ。

 

「たっだいまー☆ いやぁ~~お腹すいたね~~」

『莉嘉~、まだ早いっての。 次は英語のお勉強だって亜里沙さん言ってたでしょ』

「そうだっけ~~?」

 間の悪いことに私が危惧したそばから皆が帰ってきてしまった。

「オオウッ!」

 しかもあろうことか狼たちはそれを認めると一目散に園の入口へとダッシュしはじめた。

「だめえぇっ!!」

 スタンドと共にクラリスさんが狼に追いすがろうとする。すると一匹が(きびす)を返し、甲冑シスターへと立ち向かっていった。続いて駆け出そうとした私の方にも1匹向かってくる。

「ちっ……!」

 鋭利な爪による引っ掻きを、剣を使って弾く。

 

「うああぁぁぁっ!?」

 

 その垢抜けない叫び声が耳に入ったとき、私たちに向かってきた2匹は囮だということに気づかされる。邪魔者のいなくなった残りの2匹は散歩帰りの園児の列に接近すると、あっという間にそれぞれ園児をふたりずつ両脇に抱えると猛スピードで窓から園長室へ戻っていってしまった。

「な、なななななな……」

「な、なにアレー!? オオカミ!? だったよね~~!?」

 動揺を隠せない美嘉と、状況を把握できないゆえに好奇心でいっぱいになっている莉嘉。

「なに!? なにがあったんですかっ!?」

 列の後ろから慌てて出てくる亜里沙さんとプロデューサーさん。

「凛!? アンタまさかそれっ……」

 残された2匹の狼人間と押し合いになっている私たちの“スタンドを見て”美嘉が目を丸くした。間違いない、『見た』。つまり美嘉も……

 

「オオオオォォォォォォォォォォォォォォン!」

 

 分厚く重なった狼の遠吠えが園長室から響く。吠声(はいせい)の意図を察したように私たちの相手をしていた2匹が素早く跳び下がると、同じように吠えながら園長室の窓の前まで戻っていく。

「凛さん、先ほど園長室からたくさんの狼人間が出てきたとき、“声”がしましたね……?」

 そうだ。確かに声が聞こえた……確か『ヘルター・スケルター』とか叫んでいたはずだ。

「おそらくあの声の主が騒ぎの首謀者でしょう。園長先生を……そして、どなたかはわかりかねますが、他の人々をあのような姿に変えてしまう能力を持つ……」

「変えてしまう、能力……」

 園長先生は自らの意志であの姿になり私たちを襲ったわけではなかった。園長室にいる何者かが園長先生たちを狼人間に『変身』させて、仕向けた。そういうスタンド能力──。

 そして襲われた理由はわからないが、それを起こした本体は、あの園長室にまだいる……。だから園児を抱えた狼人間たちはあそこに戻った……『仲間』を増やすために……。

 

「lllllooo…………ルクァオオオオオオォォォォォォォォオオオオォォォォォォォォゥゥッ!!!!」

 

 ひとつの塊になった、恐ろしいほどの分厚い叫び声が園内を震わせる。

 そして次の瞬間、窓を破壊しながら現れたのは、園長先生と4人の園児、そして3人の誰かがスタンド能力によって変えられてしまった、8匹の狼人間だ(内4匹は身体が小さかった。きっとそれが園児たちだ)。

 

「よお、どうだいネエちゃんたち!! オレの『ヘルター・スケルター』は!? そしてこの能力の本体のオレのハンサム顔はよ!?」

 

 ここでまさかの本体と思われる男がガラ空きになった窓から顔を出した。

 ハンサム顔……確かに顔はまあよく、髪も綺麗に整ったオールバックにパリッとしたスーツを着込んでいて清潔感はある。だがやたらに光る金のネックレスを首にいくつも下げているのは少なくとも私的には趣味が悪いし、まずこんなことをやっている時点で顔がいいところでなにも許されるはずはなく、この男の言葉はただ私をイライラさせるだけだった。

 

「……なぜ、このようなことを?」

 引き締まった顔を真っ直ぐ男に向けてクラリスさんが問いかけると男は、

 

「いやぁ、“イケイケ番ちゃん”なんてもてはやされててもホストは楽な仕事じゃないかんね~、やっぱストレスとかあるじゃん。で、オレこんなチカラあるじゃん? 最近できるようになったんだけど。で、まあ、せっかくこんなチカラがあんだからアウトレイジなことでもやってストレス解消すっか~って思ってたら幼稚園あって。そういや幼稚園って金あんのかな~って気になって、まあ無かったら無かったで良さげな先生いたら襲ってアレしちゃうんでもいいし、入ってみっか~って、念のためにテキトーにその辺歩いてた奴ら何人かオオカミにして引き連れて入ってテキトーに物色してたら……こんなんよ。正直、今スゲーめんどくせぇ。家でバー経営の勉強でもちゃんとやってりゃよかったって思ってる。でもそうするには子どもはともかくお前らはヤッとかないと無理じゃん? だから今から頑張ってやる、そんな気分。マジ卍。って使い方あってる? ヤッッベェよぉ~オレ今年で31よ~9月2日で。あと3ヶ月ちょいじゃんか……」

 

 などと不愉快きわまりないことをつらつらと、どうでもいいことまで付け加えて喋るのだった。

「……どうやら、神への懺悔を必要としている方のようですね」

 平常心を装ってはいるが、その言い方は冷ややかだった。

 クラリスさんは自分の内の穏やかさを断ち切るように続ける。

「未知なる力による道徳にもとる振る舞い……見過ごせませんね」

「はっ、それはオレとまともにやり合おうってことでいいんだよな? アンタらもなんだかヘンな能力(モン)持ってるみてぇだが、んなことで怖じ気づくオレじゃねぇぞ!? “イケイケ番ちゃん”だからな! 許してくださいって言っても聞いてやんないかんな!」

「……私が許しを求めるのは神にであり、貴方にではありません」

 決然と言い放つ彼女の言葉には、今の自らの感情に少し素直になったからだろうか、挑発めいた抑揚があった。

「言うねえ……じゃあいいや、容赦しねえ。言っておくが『ヘルター・スケルター』は数が多くなるほどパワーが上がるんだぜ……8匹もいりゃ、何人来ようが関係ねえ。全員ズタズタにしてやる」

「そのような脅しに屈するのなら先程のようなことは申しておりません。私は既に覚悟を決めています。いい加減貴方もそうするべきでは?」

「なにをだ!? お前らに倒される覚悟かぁっ!? いらねえなぁ、んなもん! オレの『ヘルター・スケルター』は、サイッキョーなんだよ! オオカミどもはみんなオレの言いなりだ。こんなふうにな…………吼えろ!」

BOWWOW(バウワウ)!!!!」

「踊れ!」

 狼たちは男の言うとおり吠え、それから各自滅茶苦茶に踊りだした。その中には美嘉の『TOKIMEKIエスカレート』を踊っている狼もいた。

「よし、お前ら、獲物どもに挨拶しときな! 「私たち『ヘルター・スケルターズ』でーす!」ハイッ!」

 そう言って男が手を叩くと狼たちは深々と礼をし、男も窓から身を乗り出し狼の前に立つと、「どうよ?」とでも言いたげに両手を広げてからかうように首を傾げて礼をした。慈悲深いクラリスさんもさすがに険しい表情をはっきりと表している。私もそろそろ我慢ならない。

 

「その子たちはアンタなんかのバックダンサーじゃないッ!!」

 

 そんな矢先に男への嫌悪を声を大に(あらわ)にしたのは美嘉だった。下衆な奴のなすがままにされてしまっている子どもに自分の曲を踊られては反応せずにはいられなかったのだろう。

「あぁ~? じゃあなんだ、自分のバックダンサーとでも言いてぇのか、カリスマギャルの城ヶ崎美嘉ちゃんよ~!?」

 それまでクラリスさんを注視していた男だったが、美嘉の存在には気づいていたようだ。さすがカリスマギャル……なんて感心している場合じゃないけど。

「アタシはそんなおこがましいオンナじゃないの。ト・モ・ダ・チ、だから! アンタみたいなのに好き勝手されてたら、ムカつくに決まってんでしょ!」

 物怖じしない、堂々とした目つきに物言い。彼女をそうさせるのはカリスマJKアイドルとしての矜持? 園児への友愛? それとも……

「さっすが、カリスマギャルは威勢がいいねえ! 言っておくが、他のヤツらは即ブッコロでも、お前だけはまず最初にぜえぇ~~……ったいに、エッッッッッ……ロ~~いことしてやるからな!」

「じょおおぉぉーだんっっ!! そういうのは、好きな人にしかさせないし!」

「そーだ、そーだ! “ふじゅんいせーこーゆー”はだめなんだぞー! しゃざいしろー! つーか、しねー!」

「かえれゲスー! たいほーにうたれろー! てゆーか、しね!」

 園児たちも美嘉を応援したい一心で異口同音に男への怒りを自分なりに表明していく。その言葉はけっこう手厳しい。

「てゆぅ~かさぁ~、ミカちゃん好きな人いるの~? だれ~?」

 こんな状況においても耳ざとく情報をキャッチしたマセた感じの女児が好奇心全開に美嘉を問い詰め出した。少しくらいはこの異様な空気を察知してるはずだろうに……。

「や、ややややや!! たとえ! たとえだから! そういうの、違うから!」

 動揺しながらだけど美嘉もちゃんと答えるし。

 

「なんだ、つまんなーい。でもマジ、ミカちゃんのゆーとーりだよね~。“ビッチ”とか、いまどきダサいし。オトコに“また”ひらいたかいすうでオンナかたるとか、マジわろみ。アタシらのトレンドって、“ジュンジョーは”なんですけど? みたいな。マジきっちょむ」

 

 ……いろいろ大胆というか、極限に空気を読まないというか……。最近の子はこれが普通なんだろうか? 言語感覚も私とかなり違う。なんだか自分が急に大人になったような錯覚に襲われた。

「び、また、あわわわわわ……そんなの、どこで覚えたのォ!!!?」

「コトバンク」

 あそこにそんな言葉は出てこないと思う、たぶん。

「うー……ってか、今はそんな場合じゃないの! 危ないからみんな下がってて! それとトレンドじゃなくても、ジブンを大切にっ!!」

 女児に翻弄されながらも園児たちにその場から離れるよう促す美嘉。彼女の将来を案じた一言をも添えるあたりはさすがカリスマ。

 

「なかなか教育の行き届いてないガキどもだな。社会じゃあ、弱いヤツは強いヤツに食われるってことを今のうちに教えといた方がいいなぁ……」

 男はそう言ながらサディスティックで狡猾そうな笑みを浮かべ、狼人間たちの後ろに引き下がる。

「ようし! それじゃあ、誰がいちばん皆を喰い殺せるか競争だ! 位置について!」

 残酷な台詞を合図にすべての狼人間が身を屈め、こちらをじっと見る。低く湿った唸りを歯の間から漏らしながら『競争』の開始をじれったく待っている。

「よーい………………ドン!」

 そしてスタート。前方から聞こえてくるのは──

 

「ルカアアアァァァアァァァァアァアァアァァァァァァァァァァアゥッッ!!!!」

 

 何重にも重なった、獰猛さとか凶悪さとか、そんなものが一塊となって惨たらしさを私たちにもたらそうしている獣の叫び。

 まず先頭に躍り出た2匹がそのまま私と、隣のクラリスさんにはっきりと向かってくる。

「せええええええええいっ!」

 吠声の暴力に気圧されて反射的に縮こまりそうな胸を奮い立たせようと半ば無意識に私も叫びながら、ぶつかっていくように『ネヴァー・セイ・ネヴァー』で先頭組の片割れと対峙する。剣と棍が、爪と牙と激突し、鍔迫り合いのように交わり、押し合う。必死に押し返そうするが力は拮抗し、膠着状態に入る。

「ルアァァァァァァァァァァァ!」

 少しでも力を緩めたらその瞬間、間違いなく私は八つ裂きにされる、それがまざまざとスタンド越しに伝わってくるほど、男の言ったとおり狼人間のパワーは上がっていた。かつてないほどに力を振り絞って『ネヴァー・セイ・ネヴァー』に全精力を込めた。それでも押し勝つことができず、私は一向に動けなかった。

「ハイッ! くっ……!」

 なんとか押し勝ち膠着状態から脱したクラリスさんも決して余裕というわけではなく、横で精一杯になっている私や後ろの皆を守るために牽制的な手しか出せず、防戦一方に持ち込まれていた。

「りーーーんっ! クラリスさーんっ!」

 そんななか、後方から美嘉の声と──足音が、どんどん近づいてくる。

「美嘉!?」

「オォォォォォォゥッッ!!」

(「来ちゃダメ!」)と続ける間もなく3匹目がやって来て美嘉に飛びかかる。私はもちろんクラリスさんも目の前の敵に手一杯で美嘉をフォローする余裕はとてもない……。

「逃げてえっ!!」

 可能かどうかは関係ない。とにかくそう叫ばずにはいられなかった。しかしそれでも視界の隅に映る人影は消えなかった。

「大丈夫!」

 隣からふたたび美嘉の声。強がりなんかじゃなく、確信めいた、男に向かって啖呵を切ったときのような力強い声だった。

 

「そんな能力(モノ)、これでイチコロだよッ! 『ブラックスター』!」

 

「オ……オオオオオオオオオォォォォォォゥ!?」

 

 今までよりも高い狼人間の叫び声がすぐ横で響いた──その次の瞬間、目の前の狼人間がなにか『黒いもの』に遮られて、ほんの一瞬だけ見えなくなった。そして──

 

 園長先生が、目の前に現れて、『ネヴァー・セイ・ネヴァー』と組み合っていた。

 

「うわぁッ!?」

「いでえ!!」

 驚愕と同時に『ネヴァー・セイ・ネヴァー』が園長先生を吹っ飛ばしてしまった。

「えんちょーせんせー、だいじょぶー?」

 そして、いつのまにか私の横で園児が園長先生を心配そうに見ていた。

「はっ……あれ、ここ……幼稚園? なんで……」

 そして左隣……クラリスさんの目の前には、見知らぬ男性が。

「これは、いったい……?」

 男性の前でクラリスさんもしきりに困惑している。だがなにが起きたか私にだって当然わからない。いや、ちょっと違う。私たちを襲っていた『狼人間の能力』が解かれた、ということはわかり始めていた。だけど、なぜそんなことが起きたのかがわからなかった。

「て、てててててて、てめえ! な、なに……しやがったんだ……!?」

 先程とはうって変わって男は明らかにうろたえている。どうやら奴が自分の意思で能力を解除したわけでもないらしい。

 

──そういえば『狼狽(うろた)える』という言葉には『狼』の漢字が含まれているな──。なんて、そんなことが急に頭に湧いて出たとき、

 

「消したのよ……あんな悪いモノは★」

 

 美嘉が、ドヤ顔ともいうべき自信に満ちた顔で高らかに言った。

「け、け、け……『消した』だアァァ~~!?」

「そういうコト! アンタのあの『人間をオオカミにするエネルギー』みたいなものを、アタシの『ブラックスター』が飲み込んで、消したのよ★」

「はあ~~っ!? …………はあ~~ッッ!?」

 二度見、ならぬ二度驚き。驚きが能力に伝播しているのか知らないが、さっきから残りの5匹の狼人間も動きを止めて棒立ちしている。

 

『ブラックスター』……と美嘉が言ったその視線の先には、ぽっかりと、空中に星型の空間が空いていた。

 これが……スタンド? なんというか、まるで『星の形をした夜空』……『星型にくり抜かれた夜空』? とにかくそんな見た目だった。これが美嘉のスタンド……。

 

「く……おおぉぉぉぉ! 別にお前を倒さなくったって勝つことはできらぁ! “イケイケ番ちゃん”はこんなときでもへこたれない! 『ヘルター・スケルターズ』! 奥だ! 奥のヤツらをヤッちまうんだ!」

「グォ!? ……アァァァァアァア!」

 思い出したように残りの5匹がふたたび動く。狼人間たちは美嘉を避けるために横に大きく広がって駆け出した。

「ちょっとお姉ちゃああああん! カッコつけてないではやくそいつ倒してよぉ~~!!」

「うわぁ!? そうだ、これだけじゃダメだった!!」

 莉嘉の懇願するような叫びに慌てて男に向かってがむしゃらに走り出す美嘉。

 

 つまり、いま美嘉は狼人間を消したけど、それはあいつのスタンドが持っている『人間を狼人間に変える能力』を消しただけであって、しかもそれは一部の対象に対してだけだから、当然すべての狼人間が消えるわけではない。おそらく全部消すには、当たり前だけどすべての狼人間に『ブラックスター』を使わなくてはいけない。それか、能力の『もと』──『人間を狼人間に変える能力』を持つあの男のスタンド、あるいはそのスタンドの『本体』である男自身に『ブラックスター』の能力が発揮されなければすべては解決しないんだ。きっと。だから美嘉は必死こいて男の方にむかって全力疾走しているわけだ……。

 

 なんて、こんな火急のときでも冷静に考えるのは私の悪い癖かもしれない。どちらに行くか、本当にほんの一瞬だけ迷いつつも私は後ろの皆を守るために幼稚園の入口に走っていった。『ブラックスター』が男に触れて能力を消し去るまで、時間を稼がなくては!

 

(つづく)

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