バイト経験ゼロの学生なもんだから肩肘張った感じがそうすぐに抜けるわけはないけど、それはそれとして自分で希望したからにはそれっぽい振る舞いができるようになりたいと思いつつも、どうしても恥じらいはある。
この個人的な問題をどうやら店長は察してくれたらしく「お嬢様相手なら少しは気楽にいけるんじゃないの」、と女性のお客さんをあたしのはじめてのご主人様としてわざわざ向けてくれたのは良かったんだけど、それでも結局最初は挨拶もしどろもどろになってしまったにもかかわらずお客さん側である比奈さんと由里子さんがあたしを気遣って励ましてくれて、ありがたさと申しわけなさで困惑してたら、どうやら常連のお嬢様たちのようで、「だからあまり気にすることないわよ」と店長まで気さくなことを言って、正直それお店側が言っちゃう? ってなりながらもすっかり気持ちは軽くなってて、頑張ろう! って思えた。意図せず嬉しかったのは、ふたりと趣味が合うこと、それを出会って2日目のこの時点で知れたことだ。
「いやー、あの『フルボッコちゃん』フィギュア、ファストフードのセットのおまけの割にやたらクオリティ高いからどうしても揃えたくなっちゃって……友達に頼んでもらったりしてなんとかコンプしたんですよ」
「わかる~。ホント最近のおまけは油断ならない出来のモノがあるから侮れんじぇ」
「ハハハ……でも高くないとはいえそれでも財布の中身は減るし脂肪はつくし……しばらくジャンクフードは敵っスね……、とか言いながら次のおまけも推し作品だったらまた通いつめるんスけどね」
「いや~、ベーコンレタス以外のハンバーガーはもういいかな~って。カッコ遠い目……」
眩しそうに目を細める由里子さんの空になったグラスにお冷やを注ぐ。
まさか、学園じゃできなかった話がこんなカタチでできるとは……やってみるもんだな、メイド。
「しかし職業体験学習のラインナップにメイド喫茶が入ってるとか、相変わらずフリーダムというかなんというか……器の広い学園のようでなによりっス」
「ゆうてあたしらだってほんの2年前までは通ってたんだから、そんなスグ変わらんっしょ。ま、あたしらはJKではなくなったケド」
「JK……女子高生……かぁ。まだほんの2年前のことなんスね……懐かしい……眩しくて、甘酸っぱい時代……」
「比奈センセ、あたしらそんな瞬間あったけ?」
「いや、ないッスね。言ってみただけ。アハハハハハハハ!」
「ですよね~。アハハハハハハハ!」
「はあ…………」
「はあ…………」
……なんかふたりともいきなりため息ついて虚しい感じになりだしたぞ……。
「いやいやいや、比奈さんマンガ描いてイベントで出展したりしてるって昨日言ってたじゃん。それって超青春じゃん!」
そう言ったら比奈さんのメガネがキラーッ! と光って、
「フフフ、そうっスね…………終わらない作業、近づく締め切り……うんざりするほどの量の人が通りすぎていく出展スペース、いっこうにハケない創作物……フフフフフフ……」
「際限なく増えていく本、収まりきらない本棚、薄い本1冊読むたび真人間から遠ざかっていく気がしてたあの背徳感…………たまらん青春すなぁ……」
なんだかよけいにネガティブな雰囲気に……。
「でもまあ、楽しくはあったっスね。放課後はマンガ読みまくって、で、描く」
「あたしはそれを読む。たまに手伝う。修羅場なときは……ガッツリ手伝う」
「そう……スね。そうそう、王子様がアイドルデビューするアレの二次創作のときは作中で歌うオリジナルの歌の歌詞をユリユリに頼んだッスね~」
「あ~、懐かしいじぇ……あたしの黒歴史……」
「いやいや、よかったッスよ。当時も今もそう思ってるッス。名作詞家、由里子サマ誕生の瞬間っス!」
「そうかな~? ま、そう言われたら悪い気はしないよね~エへへへ……」
あっ、なんだかんだで楽しい感じに戻ったみたいだ。よかったよかった。
「ヒナちゃん、ユリユリ、そろそろ奈緒ちゃん返してくれる~? メニュー上がってるから~。奈緒ちゃん、4番に『ムスターファ』2皿お願いねェ~!」
「あっ、はーいっ!」
「はいよろしく~」
「はいっ」
カウンターに置かれた出来立ての2皿をトレンチに乗せる。メニューは両方とも、店長が開発したオリジナルのスパイスをこれでもかと利かせた激辛カレー『ムスターファ』だ。ひとつは普通盛り、もうひとつは大盛りだった。トレンチを傾けないよう慎重になりながら4番テーブルまで、ちょっとぎくしゃくした足取りで向かう。
よっぽどじゃない限り落とすことはないと自分では思っている。バランスを崩してマズいと思ったら『ワン・ヴィジョン』で支えればいいだけだ。でも本当に落としてしまう瞬間が来るまではスタンドは使わない。あくまで自力でこなしたいからだ。っていってもスタンドの力だって自力の内に入るわけなんだけど。まぁ、とりあえず今のところそれとこれとは別のハナシなのだ。あたしのなかでは。
「お待たせしましたお嬢様。『ムスターファ』になります。……っと、ぉ、大盛りのお嬢様は──」
4番テーブルのお嬢様ふたりは、見た感じあたしとそんなに年が変わらなそうな子たちだった。こういうとき、“大盛り”は言わないほうがいいのか? あたしだったら、例えば自分だけが大盛りを頼んでいたらちょっと配慮してほしいと思う。べつにそうされなかったとしても、それで感じ悪いと思うほどのことではないから気にはしないけども。でも念のため『大盛り』のとこだけ若干トーンを抑えてお嬢様たちに尋ねた。午前10時に激辛カレーとは大胆なお嬢様たちだ。
「はいはい、アタシアタシ」
向かって左の席のお嬢様がビッ、と指をまっすぐキレイに伸ばして小さく手を上げた。頭のてっぺんのちょい後ろでお団子をつくった髪型は、今は
「うーん、見た目は普通のカレーだね? 匂いも……普通」
右の席のオレンジ色の髪のおさげの子は、自分の前に置かれた並盛りのカレーに顔を近づけてそう言った。その姿は小動物のような感じがあってかわいい。垂れ下がるふんわりとしたおさげがそう思わせるのかもしれない。
「見た目は普通でもな、中にはコレが入ってるんだぜ?」
お団子のお嬢様がテーブル脇の調味料やつまようじ、紙ナプキンなんかが置いてあるスペースからひとつ小瓶を取っておさげのお嬢様に見せた。
「えっ、うぅっっわ! 真っ赤じゃん! なにそれ?」
ちょっと大げさな困惑顔をつくったその子の目の先にあるのは、七味唐辛子のような赤い粉の入った小瓶だ。粉の赤は一目ではっきり香辛料だとわかるほど
「で、なんなのそれ?」
香辛料を2、3秒凝視してから彼女がふたたび尋ねると、
「はい奈緒ちゃん、説明!」
「うぇ!?」
いきなりマスターが言った。店内は決して広くなく、今は混雑もしていないからどうやらふたりの会話を聞くともなしに聞いていたみたいだ。
「おいおいマスター、新人イジメか?」
「美少女メイドだからって嫉妬しちゃダメだよマスター!」
「イジメじゃないしジェラシーでもないわよっ! ちょっとしたテストみたいなものですぅ~!」
ふたりが意地悪く言った言葉をわざとらしく怒ったようにマスターが返す。やりとりからしてこのふたりも比奈さんたちみたいな常連お嬢様らしく、でもそれよりあたしとしては、おさげの子が言った『美少女メイド』という言葉にムズムズきてしまって、少し恥ずかしい……嬉し恥ずかしい。
「まぁ、じゃあそういうわけで説明プリーズ、美少女メイドさん?」
「へ? うぅ、あっ、はい! かしこまりましたお嬢様っ!」
なんだかんだノッた感じでおさげのお嬢様が楽しそうにあたしに説明を求める。しどろもどろになりながらも、しかし料理やお店のことなんかの説明もメイドの務めで、その香辛料のことは昨日きちんと覚えたから大丈夫だ。それにしてもやっぱり面と向かってあっけらかんと美少女と言われると面喰らってしまう。でも悪い気は…………しない。
軽く深呼吸をしてから、あたしはお団子のお嬢様が手に持っている小瓶の中身について説明した。いやご説明させていただいた。
「そ、それではご説明いたしますお嬢様。今そちらのお嬢様が持っておられる調味料は『レッド・スペシャル』という、当店オリジナルの香辛料で、お嬢様たちがご注文された激辛カレーライス『ムスターファ』にも含まれております。辛さのもの足りない方は自由にお使いいただいて、お好みの辛さに調節して料理をお楽しみください」
よしっ!
「奈緒ちゃん勉強熱心で助かるわぁ~っ」
言い終えると、マスターの黄色い声が店内に響くと同時にふたりのお嬢様からも拍手の音が響いた。
「うーん、さすが美少女メイドだなー」
「あははっ。マスターよかったね、有能で可愛いメイドさんが来てくれてっ!」
うぅあぁぁ……やっぱりこれは……ちょっと…………照れるっ!
「以上になりますごゆっくりどうぞ!」
話が長くなって料理が冷めるといけないから矢継ぎ早にそう言って引っ込んだ。
「照れてる~、カワイイんだ♪」
後ろからおさげの子が言うのが聞こえてくる。たしかにそうだけど、料理が冷めるのもいけないからそうしたわけで……。
「奈緒ちゃん……恥じらいメイド……GJッス」
「あ~、尊いんじゃ~……」
去り際に比奈さんと由里子さんまでが親指を立てて
*
カウンターに引っ込むと、マスターがニコニコしながらお冷やを差し出してきた。
「いいわぁ奈緒ちゃん。初日の初々しさを残しつつご奉仕の方はちゃんと身についてきたわね。その感じを維持してくれたらアタシ嬉しいわ」
もらった冷水を飲み干しながら、見るともなしに笑顔で話すマスターを見る。コックコート越しに隆起するプロレスラー然とした肉体を持ち、鼻と唇の間に立派にたくわえられたヒゲを携えた彫りの深いやや日本人離れしたエキゾチックな顔から放たれる
「奈緒ちゃん、アタシらはそろそろ失礼するッスよ。引き続きお仕事頑張ってッス」
「マスターもばいばーい。また明日か明後日か
「あっはい! またね比奈さん由里子さん……いってらっしゃいませ!」
「うんうん、メイドとしての反応力が上がってきたッスね。お姉さん感心しちゃうッス」
「なぁにがお姉さんよっ。アンタたちは女子力を上げなさい。せっかくカワイイんだから」
「ぐへへへへへ、冗談もほどほどにねマスター。カワイイ子はこんな風には笑わないんだじぇ!」
カウンター越しに軽く談笑して比奈さんと由里子さんはレジに向かっていく。
「まったく……女子大生はのんきなモンねェ……」
どこか諦めたような笑みを浮かべてため息をつくマスターのその顔はなんだか母性的だ。常連客のことだし、比奈さんや由里子さんにどことなく自分の娘のような感情があるのかもしれない。まだ誰のことも大して知りはしないけど、あたしにはそういう笑顔に見えた。
「ありがとうございました! いってらっしゃいませお嬢様~!」
そんな笑顔をマスターから向けられていることを知らない比奈さんと由里子さんはカランコロンとベルを鳴らして店を出ていった。
「しほぉー! このカレー辛すぎるよぉーっ!」
すると突然さっきのおさげの子が、比奈さんと由里子さんのレジの応対をしたメイドさんであるところの
「マスター失礼しまーす」
「はいは~い」
志保さんが一言断りレジを離れマスターが交代する。
「大丈夫、
「いやパフェは食べたい、けど……ひとまずこれが辛すぎて……」
そう言って彼女は自分の前にあるカレーライスを指差した。残っているご飯の量に比べて、かなりルーが残っている。
「調子こいてスパイスガンガン振りかけっからだよ」
向かいのお団子の子が言った。彼女の大盛り皿の中はきれいになっていた。
「んん……アヤがチョイ足しして涼しい顔して食べてたから、いけると思ったのに……」
志保さんが伊吹と呼んだその子の声は、次第に力が抜けていくようにするすると小さくなっていった。
「確かめもせずに一口目からいきなり足すなよ! 食ったことあるモンでもねーのにさ」
「だぁって……激辛メニューって、たいてい大したことなくて期待外れじゃん? うぅ……これはちょっとナメてた……」
「うふふ……伊吹ちゃん敗れたり! その期待外れを払拭するために開発した『レッド・スペシャル』なのよッ!」
レジのマスターが嬉しそうに声を張る。とても、とても嬉しそうだ。
「うぅ……マふたー、うるはい……」
ヒリヒリしてるだろう口で懸命に言ってから、伊吹さんはお冷やをグビグビ飲んだ。
「志保、お冷や持ってきてくれ。まったく……見切り発車が過ぎるぜ、伊吹」
アヤさん、は、ワケない顔で伊吹さんに話しかける。多少辛さが上乗せされたムスターファは、このアヤさんにとってはお気に召すものだったようだ。
「アヤぁー…………少し食べない? ほら、こっちから左のゾーンならいくらでも食べていいから」
「おまえ……こっち左ってルーのゾーンじゃねぇか! そんな風に言ってるとメシとルーかき回すぞ」
「ダメっ! 癒しのライスだから! 救いのライス様だからっ!」
「そのルーはもともとお前の責任だろ。ちゃんと食いきれ」
「いやアタシにとってはこのルーは最初から悪かった可能性があるよ。スパイス足さなくても辛すぎたかもしれない」
「じゃあ最初から頼むなよ!」
「むー……残すよりいいでしょ? ねえアヤ、マスターにも悪いし……」
「わぁかったよ……食うよ……ぅうぁっ、かなり辛ぇなコレ……。お前スパイスかけすぎだよ……」
「ライスは手つけちゃダメだよ」
「鬼か! さすがにアタシでもキツいわっ!」
「お冷やお待たせ~……、? アヤちゃん大丈夫? パフェ食べる?」
「水はサンキューだが隙あらばパフェ推すんじゃない志保……でもこれ食い終わったら持ってきて……チョコのやつ」
「アタシフルーツパフェ……」
「よし。じゃあパフェの前に、食え」
「うう~っ……」
「ライス足す~? パフェ頼んでくれたんなら常連のよしみでタダにしとくわよ。少しでいいなら」
「マスターナイス! お願いするぜっ!」
「あいあと、まふあー……」
「ほら、水飲め」
「ん……」
苦戦しながらも彼女たちは少しずつムスターファを食べ進めていく。
*
喉元過ぎれば熱さ忘れる。フルーツパフェに舌鼓を打つ伊吹さんはすっかり元気だ。
「へーっ、美城の職場体験学習でここ働いてんのね。っていうかじゃあアタシらの後輩じゃーん! 学園生活はどうだね? ん? どれどれ、先輩たちが可愛がってあげようじゃないかっ!」
「パフェ食ったら一気にやかましくなったなオマエ」
「パフェ・イズ・ゴッド!」
「オマエを救ったライスのことを忘れるな」
ツッコミを淡々と入れながら、アヤさんもチョコレートパフェを食べる。
そんなふたりを志保さんが嬉しそうに見ている4番テーブルに、なぜかあたしもいた。ふたり以外にお客さんのいなくなった室内の妙な静けさが落ち着かないのか、なんの気なしの単なる賑やかし要因なのか、「さっきの美少女メイドさんいるー?」伊吹さんにそんな感じで呼ばれ、いつからここで働いてんの、と聞かれたから諸々の事情を話したら、志保さんがそうなのは昨日本人から聞いたけど、アヤさんと伊吹さんも元・美城学園生だということがわかって、にわかに空気が盛り上がった。
「懐かしいなー、ダンス関係の部活がなくってさー。人集めて同好会立ち上げて……。もー楽しくてさ。アタシ踊ってばっかだったなー」
「踊ってばっかなのは今もだろ」
「アンタもでしょ」
「……結果的には、な」
話を聞いていくと、アヤさんは伊吹さんのストリートダンスの同好会発足のための人数合わせとして巻き込まれたらしいのだが、やってみたら楽しかったそうで大学に行ってからも伊吹さんと同じダンスのサークルに入って活動を続けているらしい。志保さんも含めて彼女たちは美城女子大に通うの1年生だそうだ。まあ
「ほんと、ちょっと前のことなのになんだかもう懐かしいよね。違う部活なのにいっしょに練習したりとかしたね」
ふたりの空のグラスに新しくお冷やを注ぎながら志保さんが言った。
「やった、やった! ウチの学園、ユルくはないけどフリーダムだからね。っていっても、チアだってダンスだからそんなにかけ離れたもんでもないけど」
「あははっ! でも何回か本当にチア部のメンバーとして踊ったりもしたよね」
「あー……あれには少し参ったぜ」
ばつ悪そうに頭をかきながらアヤさんが言った。チョコパフェのグラスはもう空になっていた。
「チアリーディングだってダンスのひとつだってのに、アヤさ~、恥ずかしがっちゃってさぁ~。さっきの奈緒ちゃんみたいで可愛かったな~!」
「かわ……おま、いや、だって……チアリーディングとか、スゴい女子っぽいじゃんかよ!? アタシにゃ似合わねえよ……」
「そんなことないっつーの! 志保もそう思うでしょ?」
「うんうん、可愛かったよ! もっと自信をもって!」
「いや、自信ってーか……その、カワイイってのが、アタシにはなんかちょっと……」
「自信もってアヤちゃん! カワイイよアヤちゃん! カワイイカワイイ!」
「オマエのそれは
あれ? なんか……
「そういやアンタなんでこないだ買った服着てこないのよ? せっかくアタシと志保がチョイスしてあげたのにさ。」
「……いや、いきなりアレ着てガッコーとか、ハードル高いだろ。踊れねえし……」
「そんなの、着替え持ってくればいいでしょ~がっ! いいかげんそのパーカー見飽きたのよ」
「なんだよ! オマエだってしょっちゅうパーカー着てるだろ! パーカーのこと悪く言える身分じゃないだろ!」
「アンタは普段からパーカーばっかじゃない。アタシは女子っぽいカッコもします~! あっ、ねぇ奈緒ちゃん、ホントこの子困っちゃうのよ~。こないだアタシらファッショニスタが可愛いワンピースをこの子に買わせたのにさ、今日着てこないんだもの。似合ってんのにさぁ~、カワイイのにさぁ~。あっゴメン、喋ってるだけじゃわかんないよね。写真撮ってあるからさ……コレなんだけど見てよ」
と、伊吹さんが差し出してきたスマホの画面を見ようとしたら、
「だあぁッ!! やめろ! そんなもん初対面のメイドさんに見せんな!」
「なんでよ~? よく撮れてるのに……」
「うるさい! とにかくやめろ!」
とっさに突き出されたアヤさんの手に遮られて見れなかった。
……似てる……なんか似てる……あたしと、加蓮のカンジに……。
「もっと一歩を踏み出しなさいよアヤ~。いつまで朝な夕なにパーカーにジーンズでいる気よ」
「るっさいなぁ! アタシだって暑くなりゃもうちょいソレっぽいカッコするっての! そんなの知ってるだろ?」
「アタシが言ってんのは、いつになったらスカートを穿くのかってことよ」
「スカートは……いいよ、アタシは……動きづらいし」
「そんなだからダメなのよっ! 女子ならスカートくらい穿けよっ! オンナノコを楽しめよっ! 志保を見習いなさい、プライベートでもスカート、バイトでもスカート、チア部の衣装だってスカートよ! 女子力の塊よ!」
「オマエ女子力の根源をスカートに求めすぎじゃないか……? いや、だってスカートだと、急にシャドーやりたくなったときとかやりづらいじゃんか……」
「するか! そんなの、よっぽどボクサーっぽい格好してなけりゃ不審者も同然だよ!」
「だから、スカートじゃヘンだって言ってるだろ!」
「だから! 急にシャドーボクシングなんてしたくならないっての!」
「わかんねぇだろっ! 人それぞれだろ! オマエだって道端で急に踊りたくなるだろ!」
「ぐっ、それは……ぅ、その……」
なるんだ……路上で、急に……。ストリートダンスってそういうもんなのかな……?
「とにかく、もっとこう……信じなさい! アンタの中の女子力を!」
「女子力女子力って、いつでも真っ赤な顔で恋愛映画見てるようなヤツがホントに女子力をわかってんのかよッ!?」
「う……!」
アヤさんの言葉が思ってもみなかったものだったのか、伊吹さんが一瞬ひるむ。
「この恋愛映画マニア! ラブコメコレクター! この……ラブロマンサー! ラブロマンサー・小松!」
隙を見せた伊吹さんにアヤさんが間髪入れず叩き込んでいく言葉は、端から聞いてるともはやよくわからない中学生の悪口みたいだった。
「なっ! なんだよ! …………べ……べつに、いいじゃんかよ……ラブコメ好きでもさ…………」
「……お、おぅ……なんかスマン」
予想だにしなかった乙女チックな反応にアヤさんが思わずたじろいだ。伊吹さん……可愛いな。似てると思ったけど、こういうところはウチの
「アヤちゃんッッ!!」
「!? な、なに、マスター……?」
突如その場に大声でマスターが割って入った。レジで仁王立ちしているその顔は妙に儚げな色気みたいなものがあって、申し訳ないけどなんか変だった。
「スカート……いいじゃない。女子なら穿くべきよ……穿かなきゃ……。いい? 世の中にはね、スカートを穿きたくても社会的にヤバくて穿けない人もいるのよ」
……それは自分のことを言ってるんだろうか?
「やめてマスター。そのムキムキボディでそんなこと切実に言われると面白くて涙出る」
「ちょおーっ!? なによ伊吹ちゃんっ!? せっかく助け船出してあげたのにその辛辣な返しはァッ!?」
さっきの乙女チックはどこへやら。ある意味サポートに入ったマスターに、伊吹さんは笑いをこらえきれなさそうな顔を向けていた。
「ちわーっ。3人なんですけどぉーっ」
カランコロン、のベルの音と同時に3人の男性客が訪れた。ご主人様だ。お嬢様と間違えちゃマズい。
「はーい! お帰りなさいませご主人様ーっ!」
ふたりのやりとりをずっと見ていた志保さんが、すかさずメイドモードに入って接客を始める。さすがの働きぶりだ。
「あ、そんじゃあんまりお邪魔もなんだし、そろそろ出よっかアヤ」
「そうだな。んじゃマスター、お勘定」
「バイバイ奈緒ちゃん。またね」
「あっ……ありがっ……じゃない、いってらっしゃいませお嬢様!」
ちくしょう、やっぱあたしはまだまだだ……。
*
アヤさんと伊吹さんが去って新たに3人のご主人様が入店されると、人数的にはひとり増えているにも関わらず、うってかわって店内は静けさを取り戻した。
「はぁ~っ、そろそろランチタイムだっていうのに、どこまで買い出しに行ってんだか、
チリーーーン……
ここにいない子の軽い愚痴をマスターがつぶやくと、それを遮るように注文のベルが鳴った。志保さんがオーダーを伺いにいく。そのさりげなく洗練された動きを4番テーブルの掃除をしながらあたしは見ていた。有能メイドの動きを見て、その技術を盗むため……。
のはずだったのだが、ここでちょっと問題らしきものが起きていた。3人のお客のうちのひとりが、どうもさっきから志保さんの腰のあたりをガン見している……。見ているだけではあるけれども、いくらなんでもガン見が過ぎる。あれが熱線ならスカートに穴が空くレベルだ……。志保さんはどうやら気づいていない。
それ以上の事態が起きる可能性がないとは言いきれない。ゴタゴタが起こる前にマスターに知らせようと、掃除していたテーブルを離れようとしたとき──
「メイドさん……いいですね。とてもいい……腰だ」
「……………………はい?」
ガン見していた男が志保さんに言い放った。昔はどうか知らないが、残念ながらセクハラ成立だ。急いでマスター呼ばなきゃ……
「その腰の下……とても豊かだ。滑らかに……実っている……。『安産型』……それは神々の
「…………は、はい?」
クールに気取りながら男は意味不明な言葉を重ねる。かと思いきや突如、バンッッ! とテーブルに両手を叩きつけて立ち上がり、
「君の
「はあぁ~っっ!!!?」
というこの叫び声はあたしだ。なんなんだこの人は……? 堂々と犯罪宣言か!? なんかヤバい……。
そう思ったのと同時だ。その男のすぐ横に、突然スーツ姿の男が現れた。近くの物陰からいきなり出てきたとかではない。本当に、男の真横に『いきなり現れた』……。
ひと目でわかる、奇妙な
そのスーツの男は、いたって普通のスーツ姿の成人男性のようだった。ただひとつだけ、おかしなところがある。それは……
スーツ男の首から上は、『ビデオカメラ』だったのだ──。
そいつは、映画館の本編上映前に流れる、上映中の映画を無断で撮影するのは禁止ですよ、という注意をする動画に出てくるアイツによく似ていた。『録画』、と男はさっき言っていた。つまりあいつは、あのスタンドで『撮る』気なのだ。志保さんの…………その…………お、お尻を……。舐めまわすように……つぶさに……高画質で…………
「──この……どヘンタイがあぁーーーっっ!」
「ど、どどど、どーしたの奈緒ちゃんっ!?」
マスターがレジを離れ、こちらに飛んでくる。それだけの大声をあたしは反射的に出してしまっていた。しかし、この光景を見たマスターもまた大声でこう言った。
「やだッ──これ『スタンド』ッ!?」
え……? 今、マスター、『スタンド』って言ったか……? 知ってるのかマスターは……スタンドをッ!?
「バカ真面目に許可をとってるんじゃねえェーよ! そんなだからお前は『
ここで、それまで黙って座っていたふたりの男のうちの手前の席にいた男が立ちながら言った。
「なぁ、おい『
パンッ! と軽快な音が響く。今立った男が、ニセ映画泥棒スタンドを出している『
「あおゥっ! ──ゴメン、ゴメンよ『
頭を叩かれた男は情けない声で謝った。
「オオウッ! 『
そのふたりを、今度は奥の席に座っていた最後のひとりが立ち上がって叱りつけるように言った。
「だが俺たちはやると決めたら最後までやり抜く……! 『
「了解だっ! 『
最後のひとりのかけ声にふたりが応えると、それまで1体だったニセ映画泥棒が、3人に『分身』した。
「『セクシャルバイオレット』ッ! ばんごおぉーーー!」
「『No.1』ッ!」
「『No.2』ゥッ!」
「そして『No.3』ィ~~ッ!」
ババアァァ~~ン!
………………なんなんだ、このバカ騒ぎは……。
「よしっ! というわけでそこのマッチョ! 俺たちはこれからこの魅惑の安産型メイドさんを、主に腰部分を中心に全身余すとこなく撮影するッ! 痛い目にあいたくなけりゃ終わるまでおとなしくしてな! それとそこの太眉モフモフヘアーメイドさん! お前もこっちに来いっ! 哺乳瓶をしゃぶり倒す赤ん坊のように、その眉毛の一本一本を鮮明に徹底的に撮ってやる! 俺は眉毛フェチなんだあああっ!」
『ひどい奴』があたしにまでヒワイな言葉を浴びせてきて、つらい。しかし志保さんが、それにマスターも危ないこんな状況でヘコんでもいられない。分身だと思ったが、さっき番号を斉唱したあたりあの3体のニセ映画泥棒はそれぞれ3人のスタンドのようだ。
「アンタたちひどいわ! オンナの敵よおッ! 女の子をなんだと思ってんのよおッ!」
ヒステリックに叫ぶマスターを嘲笑うように、今度は『悪い奴』が不気味な笑顔で言った。
「フフ……俺たちのこの愛という名の欲望が、やがて秘めたる炎を抱えた世の男たちの『喜びへの道』となるのさ! すべての美少女はそのための“糧”だあァーーッ!」
とんだ変態スタンド使い連中だ……! ここはあたしがなんとかしなきゃ、
──ジャラララァ~~ン……♪
ん……? なんだ? ギターの……音?
「買い出しから帰って来てみれば……店がずいぶん賑やかだなマスター?」
音に続いて聞こえてきたのは、今ここにいる誰のものでもない声だった。
「なんだテメェはっ!? どっから入って来やがった!?」
「質問はゆっくりひとつずつするもんだぜ、ご主人様? まあいい」
『ひどい奴』のがなり声に臆する様子もなさそうな涼しげな声が、そのクールさを保ったまま男の質問に答るのが聞こえてくる。
「まず最初の質問に答えると──見りゃわかんだろ。メイドだよ、この店の。まっ、期間限定の雇われだけどな」
声は最初の質問に、律儀に詳細までつけ足して答えた。
「そしてもうひとつの質問は──店側の人間はフツー表から入らねえ。
声がふたつめの質問にも答えた。今度のその声色には、苛立ちのような、怒りのような……そんなざわめき立つものがわずかにあった。
「ギター抱えてカッコつけて……フフフ、色っぽい……色っぽいねェ、クールな流しのメイドさんよ? 帰って来たばっかで状況がわかってねえのか? ん?」
挑発するように喋る『悪い奴』のその声は明らかに苛立っている。
「ああ、わからないね。しいて言うならアタシが今のとこわかってんのは、アンタら3人がオトコの風上にも置けないサイテーのセクハラ野郎だってことだけだな」
「……テメェ……」
『悪い奴』の挑発的な言葉に乗るように、声はハッキリとそう言った。どう見ても一触即発だ……。
「ちょっと……
マスターがクールな声の主に話しかける。心配そうな声ではあるけど、マスターの顔はどこか安心しているような余裕が見えるのが不思議だった。
「ん? マスターは、大丈夫じゃないと思ってアタシが喋ってると思ってんのか?」
「そうじゃないけど……」
マスターに『なっちゃん』と呼ばれた声の主は、これまたクールなまま、おどけるように言った。
「うるせえぞっ! この状況でうだうだ喋ってんじゃねえ! てめえらT・P・Oが弁えられんのかっ!? どう見ても余裕な態度をとってられる場面じゃなかろうがっ! まったく、いったい誰に育てられたんだか……」
しびれを切らしたように早口で『ひどい奴』がわめき散らした。セクハラしてきたクセに妙に公共的なことにこだわるやつだ。
「──『ジミー・ペイジ』」
「……………………あ?」
突然飛び出した外国人の名前に、3人の男たちは頭の上に大きな『?』マークを浮かべた。
「いま言ったろ? 『誰に育てられたんだ』──ってさ……ジミー・ペイジだよ。あとキース・リチャーズ。エディ・ヴァン・ヘイレンとブライアン・メイもだ。もっと教えてやろうか? ジェフ・ベック、ポール・スタンレー、パンキー・メドウズ、ポール・コゾフ、ニール・ヤング、バート・ヤンシュ、レズリー・ウェスト、ビリー・ギボンズ、リック・デリンジャー、ゲイリー・ムーア、スコット・ゴーハム、ロニー・モントローズ、ロビー・ロバートソン、ロン・ウッド、ミック・ラルフス、スラッシュ、テッド・ニュージェント、ピート・タウンゼント、ジョージ・ハリスン、クリス・スペディング、ライ・クーダー、ジミ・ヘンドリックス……とにかく色んなヤツに育ててもらったってことだ。そして今もな……。まだ言ったほうがいいかい?」
まるで呪文だ。でもいきなり羅列されていく言葉たちの中に、なんとなく聞き覚えのある単語がいくつかあった。彼女はロックスターの名前を次々挙げていったようだった。
「オイオイオイオイオイオイオイオイ、生意気な
度重なる彼女の余裕ぶりに『悪い奴』は荒れてテーブルの脚を蹴る。グラスとコーヒーカップの中身がこぼれ流れて床に滴り落ちるのを今は誰も気に留めない。
「そうかい……アタシはその1000倍、アンタらがその子たちにとった態度が気に食わねえなあっ!」
ここではじめて彼女の冷静な口ぶりが少し崩れた。崩れたその間から怒りの火が
「はん! てめえの気なんざ知ったこっちゃねえ! いいか……人間には2種類ある。タマを持ってる男と、持ってない女だ。持ってないやつが偉そうにしてるんじゃねぇっ!」
『悪い奴』のその差別的な口汚い罵りはヒートアップする。
「メイドさんだったら黙って、恥じらいながらも大好きなご主人様からの『ご褒美』を期待しているのを隠しきれずに切なげな表情で瞳をほんの少し潤ませて熱い吐息をわずかに洩らしながらゆっ……くりとスカートをたくしあげてカワイイけど派手過ぎない控えめなデザインのまっ白なパンティを見せてりゃいいんだよおおぉっっ!!!!」
『ひどい奴』がそれに続く。
「そうだよおっ! そして俺たちの『セクシャルバイオレット』によって、長時間超高画質でそんなところをねっ……とり撮られていることに少なからず不安と焦りを感じながらもあくまでそれを見るのは自分だけで他人に見せたりネットに流出したりしないよう厳重なセキュリティで保管していることも知っていて私はご主人様だけのメイドなんだご主人様だけのものなんだという事実をあらためて噛みしめてさっきまで感じていた焦燥感以上の多幸感と更なるエクスタシーが押し寄せてご主人様に舐め回すように見られながら長時間超高画質で録画保存されている最中のカワイイけど派手過ぎない控えめなデザインのまっ白なパンティにあったかくて半透明の液体でイヤらしいシミをつくっちゃうんだよおおおぉぉっっ!!!!」
さすが『ひどい奴』と呼ばれるだけある。そのひどすぎる文言に、あたしはちょっと目眩がしてきた。
「バカ野郎。そんなこと、好きな奴以外に向かってするわけねえだろ」
男たちが喋ってる間にクールダウンできたのか、彼女の声は先程のように冷静そのものに戻っていた。しかし……わかって言ってるんだろうけど、そういう問題じゃないだろ……。
「ああもうその冷静っぷりマジムカつくぅ~!! お喋りは終わりだ! 『いい奴』、『悪い奴』! アタック開始ーーッッ!」
「アイアイサー!」
我慢の限界が来た男たちは、それぞれのニセ映画泥棒を3体すべて彼女へと襲いかからせた。ボーッと見てたらトンデモないことになってしまう……! 身構えて『ワン・ヴィジョン』を出そうとした、そのとき──
ダアッ、ダアッ、ダアンッッ──!!
「うごぅぐっ!」「もむべらぁっ!」「るがうぅぅッ……!」
銃声が聞こえて、ニセ映画泥棒が吹っ飛ぶのと同時に、奇声をあげながら男たちもその場に崩れ落ちた。
あたしは振り返って、今日ここではじめて、買い出しから帰って来た『彼女』を見た。
その姿は、いっしょに働いて2日目なので当然見覚えはある。しかし同時に見覚えのない点もふたつほどあった。ひとつはメイド姿のまま彼女が抱えているアコースティックギターのこと。そしてもうひとつは──
「男にも2種類ある。タマを持っている奴と、持っていると勘違いしている奴だ」
そう言い放つ、メイドさん兼ギタリスト然とした彼女のそばに、まるで用心棒みたいに『拳銃を構えた“西部劇のガンマン”のような格好をした大男』が立っていたことだった。
「さてと、アタシのご奉仕は終わりだ。ご満足いただけたなら…………お帰りください、ご主人様?」
「……ひぇ……ひぃえええええええええええええ!!!!」
「お、おい『ひどい奴』! 待ってくれよぉ! 俺を置いてくなよおぉぉぉぅわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「えっ、ちょ、兄貴ィ! 待ってくれよお! ひとりにしないでくれよおぉぉぉぉぉぉぉおっ!」
ドタバタと慌てふためきながら3人の無法者たちは料金も払わず全速力で店から逃げていった。彼らが残していったのはメチャクチャになった2番テーブルだけだった。
「ふぅ。みんな大丈夫か? なんもされなかったか?」
彼女があたしたちに声をかけた。その声色はさっきまでとは違う、優しい調子になっていた。
「大丈夫だったけど……もう、なっちゃん、相変わらず無茶するんだから……」
冷や汗をかきかき、少しうんざりした感じでマスターがつぶやくと、
「悪いね、こういうやり方しかできなくて。アハハハハッ!」
悪いねと言いつつ、悪気がまったくないような明るさで『なっちゃん』が笑った。その金色に染まった長めの前髪を揺らしながらニヒルな笑顔をつくる『なっちゃん』は、間違いなくあたしといっしょに昨日から体験生としてここで働いている