シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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まだまだガンバリマス!


第15話『Want To Be Close』(神谷奈緒の冒険②)

 

 ぼろぼろではないけどそれなりに使い込まれている布巾に、今はもうぬるくなっている冷水だった水が染み込んでいって布の感触にわずかな湿り気が混ざっていき、それは水が染み込んでいくほどにはっきりとしていって、さっきまでの布のふんわりした手触りが今はもうなく、手にはびちょびちょした水の感覚が次々伝わってきたから一度布巾を絞ってからふたたび床を拭いて、最後に別の布巾できっちり乾拭きをして掃除を終えた。

「あーあー、派手にブチ撒けちまって……」

 ちゃちゃっと慣れた手つきでグラスにコーヒーカップ、ソーサーを片付けながら夏樹さんが言った。茶に近いシックな色味の金髪から覗く横顔は、ほんの数分前まであんなことがあったようには見えないくらい落ち着き払っていて綺麗だ。

「しかし、神谷(アンタ)も『スタンド使い』とはねぇ」

 片付けを完全に終えると夏樹さんが冷水の入ったグラスを両手に持っていて、左手に持ったグラスをあたしに差し出してきた。

「こんなビックリ能力持ってる人がいっぱいいるとかコワい世の中になったわねぇ」

 そんなに怖がっているようには見えない様子でマスターが言った。

「にしても、夏樹さんにはビックリさせられたなぁ~。スタンド出したと思ったら一瞬で3人吹っ飛ばしたんだもん……」

「ハハ、まあこの店の用心棒みたいなもんだな」

 軽く笑う夏樹さんの背後に、例のスタンドが現れた。そう、これ! 『西部劇のガンマン』のスタンド!

 さっきの短い間、しかもとんでもないことが起こっている中で見たときでさえもカッコいいと思ったけどこうしてじっくり見ればさらにカッコいいし、じっくり見ることによってさっき見たときと印象が変わるところもあって、でもやっぱりカッコいい。

 落ち着いて見てみると夏樹さんのスタンドは、髪型は男らしいリーゼントだけど、顔はけっこう線の細めな、いわゆるヴィジュアル系に近い顔立ちで初見のときよりも中性的な印象がある。背は高く、あたしの『ワン・ヴィジョン』ほどではないけれど身体つきも頑丈そうだ。口には煙の出ないタバコを咥えている、と思ったらそれは細長い白い棒だった。棒つきキャンディの棒みたいな。上半身にはクモの巣模様のポンチョを身に付けていて、髪型に劣らず目立っている。そして腰に巻いたベルトの左側にあるホルスターからは、拳銃の黒い持ち手の部分が見えていた。

「『ジギー・スターダスト』……コイツの名前さ」

 ほえ~っ、見た目もカッコよけりゃ名前もカッコいいのな。

 

   *

 

 一難去って翌朝、3日目ともなればとりあえずひと通りの流れはざっくりと覚えて、そこそこ余裕も出てくる。接客業って忙しくて目まぐるしいものかと思ってたら、それはそうだったけれど、それはそうとしてけっこう楽しいなんて思うことも自然と増えてきた。

「お待たせいたしましたご主人様! こちらコーンポタージュとコーンサラダのコーン多めになります。ごゆっくりどうぞ~」

 配膳を終え、2枚重ねた曇りのないピカピカの銀のトレンチを抱えながら志保さんが戻ってきた。

「それが、志保さんの……スタンド?」

「そうだよ……はいっ!」

 と言って、おもむろに両手にそれぞれ一枚ずつ載せたトレンチをあたしの前に差し出した、と思ったら志保さんが右手に載せていたほうのトレンチが突如として音もなく消えてしまった!

「お~、ホントだ……でも、それっていったいなんなの?」

「この上に料理を載せると、『料理の状態が固定される』んです。温度とか鮮度とか。暑いものと冷たいものをいっしょに載せてもそれぞれちゃんとその状態を保ってくれるから、料理をいつでも出来立てのままお客さんに提供できる、我ながらステキなスタンドなのです!」

 目を輝かせて自慢げに語ったあと、志保さんは空いた右手でOKサインをつくってみせた。

「だからと言って何日も前のものを作り置きして出してるってことはないわよ? 品質的には問題ないとはいえ……ね」

 なんだか言い訳がましい感じでマスターが言うけど頷ける。そういう能力だからといって、じゃあとっくの前に作ったものをお客さんに出せるかといったら出せないだろう。この辺は実態よりも意識の問題みたいなものだろうけど、そういう風に思ってるほうがなんかいい気がする。

「自分で食べるぶんには節約とかになりそうでいいなぁ」

 軽く言ったら志保さんがビシィッ! とグーサインをしながらまた語りはじめる。

「そう! それなの! これがあれば作りすぎて余りに余ったパフェも食べきれるの! おかげで新作パフェ作りが捗ってるんですよ、マスター! あとラーメンだって伸びずにとっておけるから、あらかじめ作っておけば好きなときにいつでもホカホカの状態で食べられるんですからっ!」

「志保ちゃん……甘いものと炭水化物はほどほどにね。30過ぎると来る(・・)から……これ先輩乙女からのアドバイス」

 アクセルを利かせて話す志保さんにブレーキをかけるようにマスターが冷静に言う。先輩乙女……先輩乙女? 先輩乙女とは。

「大丈夫ですよ。たまにアヤちゃんや伊吹ちゃんの体力作りに付き合って走ったりバドミントンやったり、このバイトもありますからっ!」

 爽やかな笑顔の現役女子大生の志保さんの答えに先輩乙女たるマスターはたじたじになったのか、なにも言わずにちょっと硬い笑顔で返した。

 

 先輩乙女……

 

 あたしの頭の中で『先輩乙女』の文字が大量増殖してゲシュタルト崩壊を起こし、次には『早乙女先輩』の文字が浮かんできて、やがてそれは“学園のアイドル・早乙女先輩に密かに想いを寄せるヒロイン”という架空の少女漫画の1コマとなった。

 

 「早乙女先輩……」

 

   *

 

 にしても……スタンド使いっていうのはちょいとした資格を取るようなレベルで身につくものなのか? 昨日の修羅場の時点で『スタンド』の名を発していたマスターはともかくとして志保さんもスタンド使いなのはまったくの予想外で、それは今日の朝更衣室でメイド服に着替えてるとき、こともなげに夏樹さんとの会話の中で知ったことで、夏樹さんはもうとっくにあたしがそれを知っているものだと思っていたようだった。

 それだけで話が終わればまだちょっとビックリするだけで済んだろうけど、話はそれだけでは終わらなくて……

 

「うぇぇぇ、このお店にもそんなヤバい人来ちゃうのか……あたしらの城にそんなことが……恐ろしいじぇ」

「このマスターがいるお店にそんなことしに来る人がいるんスねえ。大した度胸ッス」

「“この”ってどのよ? “この”って……。でも、ウチの店員(アイドル)にはアタシが指一本触れさせないわよ!」

「そのヘンタイさんたち追い払ったの夏樹ちゃんでしょ。マスターはなんにもできなかったんでしょ」

「なんで知ってんのよ?」

「他ならぬ夏樹ちゃん本人から既に聞き込み済みだじぇ」

「マスター……仲良いとはいえ実習生に助けてもらってどうするんスか」

「アタシはまず志保ちゃんたちの身の危険を顧みてたのッ! そしたら、買い出し帰りの夏樹ちゃんが空気も読まずに派手にやっちゃったのよ……結果オーライだったけど」

「同じ『スタンド使い』の身でありながら女の子に助けてもらうなんて、オトコの名が廃るじぇ、マスター!」

「おだまり! アタシもか弱いオンナよ!」

「5000兆歩譲ってオンナだとしても、か弱くはないっスね」

「そんなに譲らなくてもいいじゃない。大気圏外に出ちゃうわよ……」

「空中移動能力のないマスターのスタンドじゃそれはムリっス」

「重力その他モロモロの現象もあるから地続きで放浪の旅やね。ユリユリなら聖地巡礼する~」

「変にまともにツッコまないでよ……」

 意気消沈しつつ比奈さん由里子さんと喋るマスター。3人のこの何気ない会話の中にも『スタンド』が登場していた。そう、夏樹さんが言うには比奈さんと由里子さんまでもがスタンド使いだという。この町の(他の場所がどうかは知らないけど)スタンド使い密度の高さにはほんとビックリというか、呆気にとられるというか……ワクワクしてくるというか、ワクワクするほかない。でも治安とかも心配だ。

 

   *

 

「そういえば夏樹さん、バンドやってるの? ギター弾いてたけど」

 ランチタイム前の穏やかな時間。スタンド以外に気になっていたことも訊いてみた。

「やってるよ。昨日のあのアコギはマスターのだけどな」

「え……」

 まさかなんとなくで訊いてみたことから意外な情報が出てくるとは。マスターがバンドマン……バンドウーマン……。

「あれでメチャクチャ歌上手いんだよ。アタシの歌の師匠みたいなもんだし」

「なんか想像つかないな……ていうか夏樹さん、マスターとどういう知り合いなの?」

「ん? 行きつけのライブハウスにマスターが出てて、そこで知り合った感じ。で、中学の頃、一時期ここでバイトしながら歌とギターを教えてもらってたんだ。ギターの腕はもうとっくに追い越したけどな!」

 ニコニコ笑って夏樹さんはエアギターを軽くジャカジャカ弾いた。

「……中学生でライブハウス行って、そこで知り合ったおじさんと仲良くなって、その人がやってるお店でバイト……しかもメイド喫茶……」

「ハハハ……よからぬこと(・・・・・・)は別になにもないからな?」

 夏樹さんがちょっと語調強めに言った。いかん、そんなことを考えてる顔になってたみたいだ……。

「音楽の話で気が合ったし、歳だけで人を判断するようなヤツでもなかったからすぐに打ち解けたのさ。それに……いたからな、『彼氏』が」

 か、『彼氏』…………。

「……そうなんだ」

「だからその辺の心配もムダにしなくてよかったんだよ。メイド喫茶はさすがに面食らったけど、慣れちまえばなんてことないし、今じゃすっかり憩いの場さ」

 余裕ありげに話すけど、それにしたって中学生でその行動力はスゴいと思う。あたしだったら中学時代はおろか今でも真似できる気がしない…………ん?

「あのさ、中学でバイト……してたの?」

「ああ。……あ、美城(ウチ)の中等部はバイト禁止なのか。アタシは高等部からの美城生だから。中学は違うガッコだよ」

「あっ、なんだそうかぁ~──」

「その中学もバイト禁止だったけどな」

「え」

「店内BGM、店の雰囲気とぜんぜん合ってないだろ? 全部マスターが趣味で選んでるからなんだよ。中にはアタシとか、アタシのバンドのメンバーでよく来るやつが選んだのもあるけどさ」

「えっ、あっ、うん? そうなんだ?」

 唐突に話題を変えられてしまった。少なくとも校則に縛られない程度の行動力を持っているようだ……。

 

   *

 

 このお店のレイアウト自体は、それなりに落ち着いていてメイド喫茶といえどもそこまでファンシーな雰囲気ではない。とはいえ、制服のメイド服は可愛い女の子がたくさん出てくるようないかにもアニメっぽいキュート系のデザインでスカートだってそれなりに短くフリフリで、リアルメイド派(?)の人たちが見ようものなら即ダメ出しされそうだ。窓に少しだけ掛けられたカーテンもお屋敷のカーテンみたいな真っ白いフリルのものだし、メニューにスマイル(無料)やケチャップで文字を書くサービス(有料)なんかもあって、いわゆる『萌え系』なコンセプトが少なからずあるお店なのだ。

 

 けれど夏樹さんの言うとおり、このお店で流れているBGMはメロディよりもリズムが際立ったファンキーな曲やギターの音がガンガンに目立った曲ばかりで、しかも洋楽だ。お世辞にも大半の曲がお店のイメージにはまるで合っていなかった。だから選曲がマスターの趣味だと知ってあたしはひどく納得した。

「まあマスターの趣味ならお店と合ってなくてもそういうものなんじゃないかな。別にそれが原因でお客さんが来ないってわけでもないみたいだし」

 勤めて3日の身分でなにかを語れる立場ではないけどお店はけっこう繁盛しているし、比奈さん由里子さんのように常連さんもいる。まわりの迷惑になってるとか経営が赤字とかじゃなければ別に問題ではないだろう。現にあたしもちょっと違和感があっただけで不快だとは思ってないし。

「それに親しみやすさが無いわけではないしさ。何曲かあたしの知ってる曲もたまにかかってるし」

「おっ、そりゃマジか? 例えば?」

 夏樹さんが明らかに嬉しそうに、といっても身を乗りだしたり鼻息を荒くしたり目を輝かせたりはせずに反応したので、あたしもその態度になんだか嬉しくなって鼻息が荒くならないよう気にしながら答えた。

「んー、ビートルズにクイーンだろ……あとニルヴァーナ、レディオ・ヘッド、そんなとこかな」

 ここで聴いた覚えのある曲の断片を矢継ぎ早に思い出しながらアーティスト名を挙げていった。ビートルズやクイーンは馴染みやすいし、店の雰囲気に少なくとも合わないというほどでもない曲だってあるからまだ自然なほうだけど、メイド喫茶でニルヴァーナはやっぱ場違いだと思う。でも『ラヴ・バズ』が流れたときはひそかにテンションが上がった。

「いいねぇ。わかるやつがここにもひとりいるって知ったらマスターも喜ぶぜ」

「いや、ほんのちょっとしか知らないよ?」

「いいんだよ。そういうのがわかる同級生は貴重だからアタシも嬉しい」

「そう? なんか少し照れるなぁ。好きな曲を聴くってだけで知識的なことはぜんぜんだし、クイーンのメンバーの名前もフレディ・マーキュリーしか知らないし」

「アハハッ! 上等上等! ウチのバンドのボーカルはフレディすらわかんなかったからな! でも『この曲いいよね、カッコいいよね』って無邪気に言ってさ。その単純な気持ちは大事なんだよな。誰だって最初はそういう気持ちで色んなものを好きになるわけだし」

 そう話す夏樹さんの様子に楽しそうで無邪気な感じがあるんだけれど、それを言おうかどうか軽く悩んでいたら、耳が新しく流れ出したBGMに敏感に反応するのを感じた。

「んっ!? ……ん?」

「どうした?」

「いや……今流れてる曲、一時期よく聞いてた覚えが……なんの曲だったっけかな……」

 すごい聞き覚えがある、脳がやたらと嬉しく感じてるからそれは間違いないと思う。けど誰のなんて曲かはスルッと抜け落ちたかのように出てこない。

「あぁ、これはウチのバンドのベーシストが選んだ曲だ。曲名は……アタシも知らないな。ゲームの曲だって言ってた気がするけど」

 ゲーム……? ゲームはそれなりにやるけど……うーん、思い出せない。

「ド忘れしたっぽいなぁ……曲だけ知っててゲーム自体はやってないのかも」

「ド忘れならそのうち思い出すだろ」

「だね」

 

 ~~~♪

 

 と、店内にランチタイムを知らせるメロディが鳴った。

 

   *

 

 メイド喫茶ではあるもののマスターが料理上手なこともあってこの店のランチタイムはなかなか激動だ。毎日のようにやって来る比奈さんと由里子さんは当然それをわかってるからランチタイム前には店を出ていく。そういうお気に入りの店との呼吸を合わせるような気遣いぶりが微笑ましいというか羨ましい。羨ましいだけでなく、今はここで働いているあたしにとっても、その配慮が生むありがたさの一端のようなものを偉そうにも感じていて、体験学習はこういうことを知るためにあるのかなんて少し思ったりもしているけど今は忙しくて考えに集中してはいられない。

「お待たせしましたご主人様~! 『妖精の王様御用達ミルクプリン』と『森の木陰でひと休みホットココア』になります~」

 ……このネーミングセンスにはまだまだ全然ついていけそうにない。ホントにマスターがつけたのか疑いたくなるほどの乙女チックさだ。スイーツ関連のメニューにしか付けられてないだけマシか。お客さん側はいいな、単に『ミルクプリンとホットココア』って言えばいいんだから。

「はーいお待ちどう、ご主人様。ハニートーストとフルーツオレね」

 ……ハニートーストは『蜜蜂さんたちの舞踏会ハニートースト』、フルーツオレは『妖精の王様も夢中フルーツオレ』って名前なんだけどなぁ……夏樹さんはあくまでブレない。ちなみに妖精の王様シリーズは他に『妖精の王様お気に入りガトーショコラ』と『妖精の王様イチオシイチゴタルト』がある。妖精の王、いろいろオススメしすぎ。国の統治で忙しいだろうけどもっと悩んでから推しを決めろ。挙げ句には『妖精の王様が王子時代に好きだったマロングラッセ』なんてのもあって、やたらと妖精の王がフィーチャーされていてこの店と妖精王国との癒着関係が疑われている。誰にだ。

 

   *

 

 メイドになってから3度目のランチタイムを乗り切り、とたんにガランとした店内でマスターが小さな声で「あっ」と叫んだ。

「マスター、どうかした?」

「ウエハース買い忘れちゃってたわ。なっちゃん悪いけど今日も買い出し行ってくれない?」

「えぇ、またかよ……? 自分で行ってきたらいいだろ」

「昨日あんなことがあったのに外出なんてできないわ。今度万が一があったらアタシがお店と従業員を守らなきゃ」

「じゃあアタシひとり買い出しに行かせるのもナシなんじゃないか?」

「なっちゃんだったらバイクでちゃちゃっと行ってこれるでしょ。お願い!」

 胸の前で両手を組んで上目遣いで祈るみたいに夏樹さんに懇願するマスターのその仕草を見ても、今ではあまりヘンに感じてない自分がいた。

「すぐ行けるったって……メンドーだな。また着替えるのかよ……」

「そのままでも構わないわよ。ジャージ穿いて行ってきたら?」

「誰がそんなカッコで乗るかよ」

「水着で海岸沿い転がすよりはマトモよ」

「だろうな。でもどっちにしてもアタシはやらないね」

「なんでそんなことやったのかしらね、たくちゃん(・・・・・)は」

「暑さと夏休みで脳がオーバーヒートしてたんだろ」

「今年はやらないよう注意しなくちゃね」

「去年の時点でさんざんリナ(・・)に注意されてたから大丈夫だよ。たくみ(・・・)はバカでも、話は聞くバカだからな」

「リナちゃんに言われたなら尚更ね」

 どうやら突如としてあたしの知らないふたりの共通の友達の話に入ったみたいで、話を聞いてる限りでは『たくみ』という人が去年の夏休みに水着でバイクに乗ってたらしい。う~ん、想像してみたら気持ちよさそうな気はするな……。まあ男の人ならバカで済むかもしれないけど、女子(あたし)がやったらアウトだ。やらないけど。バイク乗れないし。

 

「色気付いてきたのかしらねぇ、たくちゃんも」

「いや、そういうわけではなさそうなんだよな……気持ちいいと思ってやってみたくなっただけらしい」

「……耳の痛くなる話ね。あの子、まわりの視線が気にならないのかしら。保護者ヅラするのもなんだけど不安だわ……」

「アタシもそこはよくわからん。自分で谷間出してんのに、ほんのちょっとチラ見されただけでキレるしな」

「うん、そうね……オトコ側に肩持つわけじゃないけどアレは見ちゃうわよ」

「勘違いされるようなカッコしといてナンパしてきたらキレる。アリ地獄みたいなヤツだな! 正直ツルんでて飽きない」

「そこは止めなさいよ。っていうか、なっちゃんだって割と攻めたカッコするときあるじゃないの」

「アタシのはライブ前にギア入れるみたいな意味でやってるだけだし、近づいてきたらきっちり断るっての。いきなり照れて顔赤くしながらブン殴ったりしねーよ」

「堂々と見せつけといてウブとか、なかなかあの子も魔性よね。このままじゃ今年の夏もヘンな虫にたかられちゃうわよ」

「心配かい?」

「心配は心配だけど、まっ、たくちゃんだしね……大丈夫でしょ。あの子アタシより力あるし、リナちゃんもついてるし」

 

「…………女なのッッ!?」

 

 思わず声が出た。途中からすっかり聞き耳立てて夢中になっちまった……。

「あ、ごめん。でもなんか、だいぶアレだね。その『たくみ』さんってヒト……」

「アハハッ! 今のハナシじゃそうも言いたくなるよなぁ!」

 人の世間話に聞き耳を立てていたことをふたりとも別段とがめる気はないようで、夏樹さんは大きく笑ってマスターもそれにつられそうになって笑顔を噛み殺していた。

同級生(タメ)のダチだよ。向井拓海(むかいたくみ)って、フルネームならたぶんわかるだろ?」

「えっ!?」

 ひょっとして、あの『ムカイタクミ』のこと……?

 

 顔はおぼろげだし詳しいこともわからないけど、『ムカイタクミ』の名前ならおそらく高等部の生徒はほとんど知っている。

『ムカイタクミ』のウワサは有名で、町のガラの悪いバイク乗りのチームをひとりで壊滅させたとか、女子高生なのに100人くらいの規模の走り屋チームのリーダーをやってるとか、美城の『特攻三鬼龍(マッシブライダース)』なんていう、町のバイク乗りたちに伝わる伝説の3人のバイク乗りの内のひとりだとか、どこかの月刊少年マンガ雑誌みたいな根も葉もないウワサがたくさん語られていて、つまり恐れられているということだ。

「あの『ムカイタクミ』の、トモダチ……なの?」

「“どの”かは知らないが、そうだよ。……70%(パー)くらいはアイツ自身の振る舞いによるものだけど、あんまり妙な偏見を持たないでやってくれ。頭は悪いが、悪いヤツではないからさ」

「そう……」

「悪いヤツではないけど頭は悪いヤツだからさ」

「なんで文脈入れ換えて言い直すのよ」

 人差し指と親指で口ひげを撫でながら半笑いでマスターが言う。

「まっすぐすぎるくらい根はいい子よね。荒っぽいのはまあ事実で、だからヘンな逸話が次から次へとできてるわけだけど」

「まったくただのウワサ……ってわけでもないんだけどな」

「ええっ!?」

 ホントのことが存在するのか? 全部デマだと思うんだけど……。

「しょうがない、買い出し行ってくるわ」

 気になるところで話を切り上げて夏樹さんはカウンター奥に消えていった。向井拓海……いったいどういう人なんだろう?

 

   *

 

「へいへ~い、まだやってるぅ?」

「課金しに来たっスよ~」

「そういう言い方しないっ!」

 ぴしゃり、とマスターの一言が入り口に向けられて、そこには比奈さんと由里子さんがいた。本当にこのふたりは筋金入りの常連さんだ。一日複数回訪れる、どころかお客さんの出入りが少ないタイミングにやってくる。配慮がガチ勢のそれだ。メイド喫茶ガチ勢だ。

「姫、お紅茶をいただきたい気分にございますわよ?」

「はーい、お待ちくださいお嬢様~!」

「アタシはエナドリで」

「ないです! お好きな席へどうぞ~」

 志保さんが応対とツッコミを同時にこなす。出遅れたあたしは入口付近というほどでもないところで足を止める。志保さんはホントに反応が速くて、お互い手が空いていても来客への反応は志保さんのほうが3歩くらい速い。

 

 ──カラ~ン……

 

「お帰りなさいませご主人様っ!」

 奥へ戻ろうと入口に背を向けた瞬間またベルの音が聞こえたので、あたしはそのままクルッと一回転してふたたび入口に向き直りつつ挨拶した。接客態度としては行儀が悪い。マスターに微妙な顔で見られてるかもしれないと背後が気になりながらも入口を見た。

 

「ただいま、かわいいメイドさん……」

 

 そう囁いてそこに立っていたのは『ひどい奴(デンジャラス)』──昨日のビデオカメラ人間のスタンド使い3人衆と知らない男の人がひとり……不気味な笑顔の4人の男たちだった。

 

(つづく)

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