メニューを眺め、私は値段的に問題ないかどうか加蓮に確認をとってから3人それぞれオーダーを決める。
「せっかくのメイド喫茶だし、アタシは王道で行ってみようかな」
そう言ってオーダーを決め終えると加蓮がテーブルの上の呼び鈴を押す。警戒心からか、少し渋い顔をした奈緒が私たちのテーブルにやって来た。
「オムライスとサラダのセット」
「シーフードドリア」
「シェフの気まぐれおにぎりセット、ジンジャエール」
「気まぐれおにぎり……あー、ほんとだ。そんなのもあるんだ。っていうか、おにぎりにジンジャエールって……」
「それで全部か?」
「とりあえずはね。あとでデザートとか頼むかもだから、そのときはまたよろしく……っていうか!」
注文を確認するメイド奈緒に受け答えしたあと、声の調子を上げて加蓮は話を続けた。
「喋り方。『ご注文は以上でよろしいでしょうか、お嬢様?』でしょ。そこは」
「ああ……そういうのもあるかもしれないなぁー」
面倒そうな顔で奈緒がはぐらかす。どうやら言われたようにするつもりはないようだ。
「主人に曖昧な態度をとるなんて生意気なメイドね。お客さんが知り合いであっても、礼儀をもって応対するのが接客業の基本じゃなくって?」
「ぐ、ぬぬ……」
高飛車お嬢様が板に付きつつある加蓮の指摘に言葉を詰まらせた。真面目な奈緒にとっては痛いところだろう。
「確かにそうだけど……お前はあたしの反応を見て楽しみたいだけだろ! メイドが主人に礼儀を払うなら、主人もメイドに礼節をもって接するのが真の主人だと思わないか?」
さすがに奈緒も毎回加蓮のペースに乗せられるのは不服らしく、拒否の態勢を崩さない。
「第一、なんで知ってるんだよ。あたしの職場体験学習の働き先……飛鳥まで呼んじゃってさ」
「あ、それはたまたま。嘘じゃないよ。ね、飛鳥」
伝票を書きながらムスッとした顔で呟いた奈緒に、飛鳥に説明を促す形で飄々と加蓮が答えた。
「……まあ、そうだね。たまたまというか、凛さんと加蓮さんをここに誘ったのはボクだ」
非があるわけではないが、どことなく申し訳のなさそうな表情で飛鳥が言った。
「……まじ?」
「マジよ」
ぽかんと驚く奈緒へ楽しそうに返す加蓮の顔は活き活きとしている。屈託のないお嬢様がそこにいた。
「ただ、ボクは奈緒さんがここで働いていることは知らなかったよ。ここを選んだのは、単にボクの行きつけだからだ」
「あ、そうなのか。そうだよな、あたしがどこで働いてるかなんて、飛鳥にも言ってなかったはずだし……」
「そのとおり。これはあくまで偶然の産物。
「セレンディピティ、
「うるさい!」
飛鳥との会話に茶々を入れる加蓮に直裁なツッコミを叩きつける奈緒。加蓮のお嬢様ぶりがこのままのようでは従順なメイド奈緒はまず見れないだろう。
「でも
加蓮の言うとおりではある。少なくとも私から見た飛鳥のイメージにメイド喫茶は合わない。飛鳥からしてみれば余計なお世話だろうけど。
「端的に言えば、部活の先輩がここの常連なのさ。何回か連れて来られるうちにボク個人も利用するようになったんだ」
「へぇ、お前部活やってたんだな」
「メイド喫茶に入り浸る女子校の先輩ねぇ……どんな人かちょっと気になるかも」
「なら首を右に向ければいい。キミの知りたい
「えっ?」
と、その言葉につられて私と加蓮、奈緒も揃って右を向いた。そこには他のお客さんに給仕している金髪の
「彼女……って、えっ……夏樹さん、か?」
「そう、彼女さ」
「ってことは飛鳥、お前……
「どうした、呼んだか」
奈緒の声に反応して、件の金髪のメイドが私たちのテーブルへとやって来た。
「やあ。体験学習ご苦労様」
「飛鳥、来てたのか」
「ああ。奈緒さんの友人たちとね」
「ん、そうだったのか。アタシ、木村夏樹。見てのとおり奈緒といっしょにメイド中。よろしく」
私と加蓮を見て金髪メイド改め木村夏樹が自己紹介をしてくれたので、私たちも同じように挨拶を交わした。
「にしても、メンバー以外の高等部のヤツとも付き合いがあるなんて、大したヤツだぜ。高等部にひとりで来て入部届けを直接渡しに来るだけのことはあるな」
挨拶を終えたあと、夏樹が飛鳥に向かってそう言った。
「年齢で順列が決まるなんて、今時ナンセンスにもほどがあるだろう? ボクは逢いたい人に逢い、敬うべきものだけを敬う。それにどっちにしたって、中等部と高等部じゃたかだか4つや5つの違いだろう。自分が生まれる前の音楽に精通してる奴の言う台詞でもないよ」
「ハハハ! 違いないな」
いつものように澄ました調子で話す飛鳥の言葉を夏樹は笑って受ける。
「それに、凛さんたちと知り合ったのは……火急の事態がきっかけだったからね」
「……『スタンド』か?」
「そうさ」
『スタンド』。不意に出てきたワードに、一瞬だけ私たちの回りの空気に緊張が走った。
「凛も、加蓮もか?」
「うん……アンタも?」
「そうだよ。ホラ」
そう言った夏樹の背後に、古い映画に出てくるガンマンのような格好の男が現れた。
「うわ、マジだ。ほんとゴロゴロいるんだね。『スタンド使い』って」
加蓮がそう言ったが、その様子に驚きはあまり見られない。なんとなくわかる。驚いていないわけではないけど私も加蓮もスタンドに目覚めてからこの3週間程度、良かれ悪かれ様々なスタンド使いに何度も出会った。1ヶ月も経たないうちにそんな異常事態が何回も起きてるものだから半分感覚がマヒ、そしてもう半分は悟り、というか呆れのような境地だ。危害を加えてくるような相手でもなければそうヒステリックになるようなことでもない。この『スタンド』と呼ばれる存在への認識が、つまり私たちの中でいよいよ常態化したということなのか。夏樹が同級生なことから無意識的に感じている薄い仲間意識のようなものもあるかもしれない。
「そういえば……ふたりはどうだった、体験学習中。なにもなかった?」
考えている間に気づいた。私がまわりに危害を加えるスタンド使いに出逢ったのなら、こうして今顔を合わせていることからみんなが無事なのは言うまでもないとはいえ、奈緒や加蓮にもこの1週間の中で同じようなことがあったかもしれない。
「ありも大ありだ。スタンド使いの男が4人、ここに来てな。まあゴタゴタあったけど夏樹さんがブッ倒して、あとは早苗さんに任せたよ」
「やっぱり……奈緒もあったんだ」
「ってことは凛もか……?」
「うん。相手はひとりだったけど、こっちは子どもたちがいたし、その子どもを利用するような奴だったから大変だった」
「マジか……」
「最っ低ね、そいつ」
夏樹と加蓮が顔をしかめた。飛鳥もなにか考えるように口元に手を当て少しうつむき、無言ながら嫌悪感を放っていた。
「おいおい、大丈夫……だったんだよな。その様子なら」
「どうにかね。幼稚園の先生とか、他の実習生にもスタンド使いがいて、みんなでなんとかしたよ」
「ならよかった。子どもが悪いやつに襲われて、そいつをみんなで協力して倒すなんてアニメじゃワクワクするけどさ……実際に起きたらたまったもんじゃないよな。加蓮は?」
奈緒は心底ホッとした顔でそう言ってから加蓮に訊いた。私はここで城ヶ崎姉妹に会ったこと、実習生としていっしょに幼稚園で働いていたことや彼女たちもスタンド使いだったことなんかを一挙に話したくなった。そこには正直自慢もある。
「あたしは特に問題なし。5日間ずっと営業スマイルでポテト揚げたり売ったりしてた」
「他のメニューも作ったり売ったりしろ」
「今作ったり売ったりするのはアンタの仕事でしょ。そろそろ注文を通してくれる? メイドさん」
ちょいちょい、と加蓮が小さく人差し指で店の奥を指し示した。そっちを見ると店長が私たちの方、おそらく奈緒と夏樹のことをじっと見ていた。
「おおっと! 今は長話するタイミングじゃないな……わかったよ……お嬢様」
なんだかんだと加蓮と軽妙なやり取りを交わした末に仕方なく折れた奈緒はテーブルを離れていった。
「アタシも適当に業務に戻るとするかな。またな」
そう言って夏樹も私たちのテーブルを離れた。話すことはあるにしても仕事の邪魔をするわけにはいかず、私は曖昧に手を上げて見送った。
*
「今日は意外尽くしの日ね。あの木村夏樹と、メイド喫茶なんて意外な所で知り合いになったと思ったらスタンド使いだったとか」
去っていく奈緒と夏樹の後ろ姿から視線をこっちに戻した加蓮が言った。
「夏樹のこと、知ってるの?」
「けっこう有名な子だよ。軽音部の部長。去年学祭で見た。もう回りの子たちがキャーキャー言っててスゴかったんだから。凛知らないの?」
「うん……っていうか、加蓮が学園祭のバンドを見に行ってた方が私には意外かな」
「そう? べつに私だってそういうのも聴くよ。まあでも見に行ったのは部活の友達が出たからだけどね」
「部活……? アンタ部活やってたっけ」
「やってます~。たまにしか行かないけど」
「何部?」
「家庭部」
「はぁ?」
我ながら新鮮な驚き声が出たと思う。加蓮に対してただただ失礼だが出てしまったものは仕方がないし、自分の中から普段は出ないような音が発されたことから来る変な面白さもあってなんだか少し楽しい。
「ずいぶん失礼な反応ね」
「だって……」
「家庭部というと、
フォローするような意図はないように見えるけど結果的にはそうなるような形で飛鳥が言った。
「そそ。
「……そういえば、幽霊部員がいるって言ってたかな……」
加蓮のその台詞を聞いて、少し長い瞬きをしてから飛鳥が言った。
「あー、それたぶんアタシ」
「アンタそんな行ってないの?」
「幽霊部員は大げさだよ。今年度に入ってからは行ったの今のとこ2回かな」
「……もうすぐ6月なんだが」
そっと飛鳥が呟いた。なにが「我が家庭部~」だ。今年2回でそんな台詞を言うなんて乗っ取りもいいとこだ。
「私が入部してもない園芸部にたまに行く回数より少ない……」
「そうなの? 入部しちゃえばいいのに~!」
また朗らかな顔でそんなことを言う。今のとこ入部までいくほどその気になりきれてないとか、家の手伝いとかで顔を出せない日が多いかもとか、そんなことで気を遣ってる私がバカみたいじゃないか。
「海もなかなか斬新よね。軽音と家庭部かけ持ちとか。それに、ウィンド? サーフィン? よくわかんないけど趣味でそれもしてるんだから。バイタリティハンパないよね~」
「確かに海さんは積極的に動く人だね。ことによると軽音部でいちばん体力があるのは彼女かもしれない」
「やっぱり? そんな気するよね。あっ! さっき奈緒もビックリしてたけどアンタ軽音入ってたの? 去年のステージいたっけ?」
「入ったのはあの後さ。去年の学祭のときはボクも観客のひとりだった」
「じゃあ見覚えないわけだ。こんなビジュアルの子、見たら簡単に忘れないもん。パートはなんなの? “当方ボーカル。全パート募集”なカンジ?」
「……学祭を見たならボーカルは誰か知ってるだろう? ベースだよボクは。まったく歌わないわけでもないが……」
自らの部活動ぶりを棚に上げて、というかどんどん押し入れの奥へと押しやっていって話を飛鳥の所属する軽音部について進めていく加蓮。行いを改めるために今度家庭部に強制的に連れてってやろうかと思わないでもない。
「冗談よ、冗談。ボーカルは“リーナ”だもんね」
「リーナって、
聞き覚えのある名前に、私は加蓮に訊ねた。
「そうだよ。知ってるんだ?」
「
「あー、友達の友達ってヤツ? 未央経由ならよくある流れね。ホント、あの子の行動力も大概だわ。ウチらの学年で
「それは流石に言い過ぎだけど……“友達100人できるかな?”を実現しかねないよね」
言い方はどうあれ、少なくとも未央は私たちの学年では知らない生徒より知ってる生徒の方が多い、そう断言できてしまうほど交遊関係が広く、いわゆる『誰とでもすぐ友達になれるタイプ』だ。本人もそれを自負していて『友情番長』なんて肩書き(?)を自称している。
「アタシみたいに中等部から
「ジェラるって……、別に。人は人、私は私、でしょ。未央も私も振る舞いたいように振る舞ってるだけだし。その方向が違うだけ」
「まあ、凛ならそう言うと思ってた」
「言わなかったら?」
「んー……アタシと奈緒がいるよー、ってナデナデしてあげてた?」
「けっこうです」
まるで
「彼女の場合、ボランティア部ということも幅広いコミュニティの構築に繋がっているだろうね」
私を特に気にする様子もなく、視線の先の飛鳥がそう言った。
「えっ……飛鳥も知ってたりする? 未央のこと」
「ああ、知ってるよ」
「あちゃー、
ニコニコと調子良さげに冗談を飛ばしてから加蓮は一口水を飲むと、テーブルにグラスを置いた音がしたところでまた飛鳥が喋り出す。
「彼女がスタンド使いかどうかは知らないが、最近よく来るんだ。部室に」
「軽音部の? 未央が軽音部になんの用があるっていうの?」
「テーマソングが欲しいって……ボランティア部の。そう夏樹さんに相談してた」
「ボランティア部の……」
「テーマソング~?」
そう私の言葉に割って入ってきたのは、料理が載った大きな銀のお盆を手の平の上に載せたメイド奈緒だった。
「お待たせ」
「『お待たせしましたお嬢様』……でしょう?」
「待たせたな、ポテトの国のお嬢様」
服従を命じるお嬢様と、それに逆らうメイド。ふたりの軽い笑いを誘う不毛なやり取りが再び始まった。
「ほら、後輩ファーストだ。おにぎりセットとジンジャエール」
「どうも」
左手で飛鳥に料理を渡す。おにぎりセットは見たままで中くらいの大きさのおにぎりが4つ、長方形の落ち着いた色合いの緑のお皿の上に並んでいる。
「凛のシーフードドリア」
「ありがと」
私も自分の分の料理を受け取る。今まで喋っていた間は特になにも思わなかったのに、こうして料理を前にするとかなりの空腹を感じてきた。
「ほれお嬢様」
力の抜けた呼びかけとともに、最後のメニューであるオムライスとサラダを加蓮の前のテーブルに置いていく。声に力が入ってなくとも配膳の手際はよく、仕事に手抜きはない。
「当然ケチャップで文字は書いてくれるんでしょう? さあ、『永遠の忠誠を誓った加蓮お嬢様へ』って書きなさい! ほら!」
料理が揃うと加蓮は奈緒にいかにもメイド喫茶らしいサービスを要求した。なるほど。それでオムライスを頼んだのか。
「お嬢様、当店ではオムライスにケチャップで文字を書くサービスは有料になります」
「ええっ!? そうなの?」
「メニューをよおぉ~く見やがりくださいお嬢様」
「……あった。『+300円でメイドがご主人様のために心を込めてケチャップでメッセージをお書きします』……」
「メニューにはしっかり目を通しておくことだ、お嬢様」
反逆メイド・奈緒はどんどんぞんざいな口調で加蓮お嬢様を攻めていき、もはや『お嬢様』はただの語尾と化している。
「で、頼む? 頼まない?」
「うーん……、! よし、やめとく……代わりにこちらを追加いたそうかしら」
「なんだ?」
トントン、と加蓮はメニューの一点を人差し指で叩いて、奈緒によく見せた。
「この……『スマイル(無料)』ひとつお願いできるかしら、メイドさん?」
勇者を罠に陥れた魔王のような勝ち誇った笑みを浮かべて加蓮は奈緒を見つめた。加蓮からメニューをもらって見てみると、そこには確かに『スマイル(無料)』の文字があった。
「しっかりとメニューに目を通したわ……ご忠告ありがとう、メイドさん……」
加蓮の笑顔はよりいっそう邪悪さを増す。これが漫画なら吹き出しに『ククク……』と書かれた台詞があったことだろう。
「奈緒、大丈夫。加蓮が見つけた以上私は頼まないから」
「頼むつもりだったのかよ!? どっちみち避けられないってことか……」
どうしても逃れられない事実を前に、奈緒はいよいよ覚悟を決めそうな表情になっている。形勢としてはまだ困り顔が勝っているが、やるときはやる奈緒のことだから、やるだろう。次またこんな状況が来たら、そのときは奈緒の側につこうと思わないこともないと思った。
「よし、いくぞ……いくぞ! ……ご、ご注文ありがとうございます、お嬢様っ!」
迷いを断った奈緒が私たちに渾身のスマイルを見せてくれた。かわいい。
「ふふ……うふふふふふふふふふふふ!」
それを見た加蓮が不気味に笑う。奈緒のキュートさが脳の許容量を越えてバグってしまったんだろうか。
「……それでよい」
と思ったら次にはいかにも支配欲を満たされたような高慢そうな笑みをクールに見せつけた。
「ぐっ……」
歯がゆそうに奈緒が小さく唸った。確かにこの顔が自分に向けられたら私でも
「ふぅ……満足したところで、メイドさん。まだ注文があったわ」
「え!? な、なんだよ……?」
「フライドポテト」
「……そう。かしこまりましたお嬢様」
また無茶をやられる心配から解放された安堵と、相変わらずのポテトに対する探求心への呆れから力の抜けきった抑揚のない返事をして再び奈緒はテーブルから離れていった。