シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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神は言っている、ここでエタる運命ではないと……


第19話『Don't Speak Loudly』

 

 職場体験学習も無事、とは言い難いかもしれないものの一応無事に終わって週が明け、いよいよ衣替えと中間テストが近づきつつある5月の終盤、だいたいこのあたりの時期はいつも、いつもより早く家を出ていて、今日もこうして数日前よりも朝早くに家を出て、学園に着く上り坂の前にある森林公園内を通って登校している。周りにはたくさんの植物が見えものの、とりわけ今日は菜の花に気を惹かれていて、こうして旬の時期をやや逃した菜の花を見ていると、今年は今の今まで意識して見た覚えがなかった気がして勿体ないというか損をした気分が少しあったけど、だからといって今見ている菜の花が綺麗でないわけがあるはずもない。

 今に時期が過ぎて梅雨に入れば見る機会はなくなるだろう。でも意識して見てこなかったことに対して菜の花に申し訳なさを感じたりするのは違うし、なんか嫌だ。菜の花は、というか他の花だって私や誰かの意識とか思惑なんてお構いなしに咲くところに咲いていて、それでいいって感じだし、今は梅雨が近いことなんて思わせないくらいにいい天気でなかなか暑い。

 

 とりとめもない考えに頭を任せながら歩いていると不意に『それ』が目に入った。おそらく公園の管理者みたいな人が作ったであろう菜の花のサークル──半径3mくらいの、視力検査のマークみたいに一ヶ所切れ目の入った円形に菜の花が咲いていて、中心にも1mもないくらい花のないスペースがあって、切れ目からその中心に入ってそこでツイスタ映えする写真なんかを撮って楽しむためのゾーン、その中心にノートがぽつんと落ちていた。なんでこんなところに、と思いながら菜の花に囲まれているそれに近づいて見てみると、ページが開かれた状態で置かれていて表紙は見えない。

 菜の花を踏まないよう少し慎重になってサークル内に入ってノートを手にとって、栞代わりに開いていたページに親指を挟みつついったんノートを閉じた。どこのお店でも場所を選ばず買えるような一般的なものとは違う、なかなか凝ったデザインの表紙が現れた。

 最初に目についたのは『森のものがたり』という文字、というかタイトルだった。表紙の中央よりやや上側に、固くも丸っぽくもない手書き風の書体で書かれていて、そのすぐ下には小川の流れる野原、上流の方で川の水を飲む鹿、切り株の上でどんぐりを食べてるリス、色とりどりの花、その周りを舞う蝶、奥にはたくさんの樹が並んでいる、という森の風景が淡いタッチで描かれている。それらを囲むように四方にはミントグリーンに箔押しされてささやかにキラキラ光るシンプルな蔦模様があしらわれていた。全体的に派手さを抑えたデザインではあるものの、ノートというより絵本のような見た目だ。表紙に他に文字は書かれていない、つまりこのノートには持ち主の名前が書かれていなかった。これでは落とし主には届けられない。まだ落とし物と決まったわけではないかもしれないけど。

 名前が書いてあるかもしれない期待はあまりしてないものの、念のため1ページ目を開いて中を確認してみた。

 

 

『早食動物』

 

 出かけようよ 丘のむこうに

 

 柔らかい春の風に髪がなびいて 花びら舞えば

 はしゃぐ君にバスケット揺らされ ハムチーズサンドが踊る

 

 草上のパーティー 虎視眈々と狙う目を 木陰とミルクティーでごまかして

 サンドイッチにエッグタルト、フルーツサラダにレモンパイ

 とっておきのバケット切り分け バター塗って ハチミツたらして

 

 君がミルクティーを飲み干す頃 おそるおそるナプキン添えて

 木陰の隙間縫って 木漏れ日がメニューを照らしたら……

 

 あっという間に なにもかもおしまいさ!

 

 

 開いたページにはこんな文章が書かれていた。

 

 これは……『(ポエム)』──だ。

 

 確かにメルヘンな表紙は勉強用よりも漫画やポエムが描いてあったほうが似合う。持ち主はこの菜の花に囲まれてインスピレーションを感じながら詩作に耽っていたのだろうか。

 ページをじっくり見ていても持ち主の名前はどこにも書かれていない。ノートを閉じて、どうしたものかと考えながら頭を上げると、数m先の今までなにもなかった場所に小屋があった。

 小屋は童話にでも出てきそうな丸太で組まれた小さなものだ。小屋もそうだが周りの風景も変わっていた。同じ森林とはいえ通いなれた公園の景観との違いはすぐにわかった。いつのまにか私の周りに咲いていたはずの菜の花もなくなっている。ここは……

「……どこ?」

 ポエム張を開いて見てる間、一歩も動いていないのは間違いない。なのに、顔を上げたら自分のいた場所がそれまでと違っている。つまり、これは……。

「『ス』で始まって『ド』で終わりそう」

 ちょっとした軽口を言えるくらいには落ち着いている。もはや身の回りに異常が起きればそれはスタンドと相場が決まっている。決めつけ、思い込みはよくないが経験がそう告げていて、それだけすぐに察せるくらいの経験を気づいてみれば積んでいるんだな、としみじみしてても事態は変わらない。

 

 こうして異変に直面しつつも冷静でいられると、馬鹿馬鹿しい話だけど映画や漫画を元にいくつかの予測が頭から自然に出てくる。

 まず一切移動していないにも関わらず場所が変わっているということは、いわゆる『瞬間移動』的な能力が思いつく。誰がなんのために私にそうしたかはもちろん知る由もない。意図して私が狙われたのかもわからない。そうだとすれば私を狙った理由を考えればこの状況から抜ける手立てが見つかるかもしれない。が、自分が狙われたと考えるのはやっぱり憂鬱だ。それに、もうひとつ思いついたことのほうが個人的にはしっくりくるし、まずはそっちから考えてみる。自分ひとりの頭で考えてることに“個人的”ってなんだ。

 場所の移動に気づいてからすぐに、持っていたポエム張がなくなっていることにも気づいている。あの『ポエム張』がスタンドで、私が触ったことによって能力が発動して、『ポエム張の中の世界』的な空間に飛ばされたんじゃないか? このフィクションじみた考えは現実的ではないけど、最近は割と現実でフィクションみたいなことが起きているし一考の余地はありそうだ。奈緒なら瞬時に思いついたかもしれない。加蓮も、今はそう言った場合、私の脳内でのイメージでは人を小馬鹿にするような微笑を浮かべているけど、何度もスタンド能力を感じるような経験をすればこのフィクション的な発想が役に立ちそうなことを知るだろう。でも知らないに越したことはないかもしれない。そもそもすでにそうなってるかもしれない。奈緒、加蓮……今、みんなはどうしてるんだろう。……そういえば今は登校時間どきか。スマホを見ると7時58分。そろそろ遅刻の可能性を気にしだした方がいいけど、今はそうも言ってられない。幸い圏外にはなっていなかったから気乗りはしないけど、いざというときは誰か呼ぶ。

 さておき今は目の前に小屋がある。罠だとしてもやっぱり入った方が事の進展がありそうな気がしてしまう。ただこの未知の空間にいる私自身の実感としては、この場所に“悪意”とか“攻撃的なエネルギー”は感じない。むしろそういったものとは逆と言ってもいい。静かで……美しくて、どこか寂しげな気もする。もっともすべて私の感覚でしかないけど。しかし未知の事態だ、今は自分の感覚を信じるしかない。スタンドが心から生まれる力なら信じる気持ちは大切だ。

 スタンドを出し、用心深く地面を踏みしめて小屋に近づき『ネヴァー・セイ・ネヴァー』でドアノブを掴み、一気にノブを回して開けた。

 

「っ!?」

 

「ひぃぃィィッ!!」

 

「…………」

 

 開けたとたん、目の前に身構えている女性が見え、その後ろからは明らかに怯えているような女の子の声が聞こえた。

「……高等部、2年B組、渋谷凛。出席番号……14」

「え、あ……はい」

 臨戦態勢を解いて突然の点呼を始めた目の前の女性は、誰あろう学園の教師、高峯(たかみね)のあ先生だった。長い銀髪に見るものを釘付けにするような鋭い瞳、ほとんど表情を変えることなく言葉少なに喋ることも相まってミステリアスな雰囲気を大いに醸す姿に憧れる生徒も少なくないが、そのクールすぎる佇まい故に木場先生とはまた違った方向で恐れられている面もある。

「その『騎士』で、なにをするつもりだったの」

 いつもと変わらず落ち着き払った態度で先生が騎士──私の『ネヴァー・セイ・ネヴァー』に視線を向けて尋ねてきた、ということは把握できていなかったがどうやら高峯先生もスタンド使いのようだ。

「公園でノートを拾ったんです」

「ぇぇッ!!?」

 また女の子の甲高い怯え声が高峯先生の後ろから聞こえた。先生は一瞬後ろを気にしてから続きを話すよう促した。

「拾って……少し中を見て顔を上げたら、いたんです。ここに」

「み、みみみみみ、見た……見られた……」

 みたび先生の背後で、女の子が震えながらつぶやく声が聞こえてきた。

「それで……まあ……スタンドなんですよね? これ。で、とりあえず目の前にこの小屋があったから、警戒しつつ入ろうとしたら、」

「私たちがいたというわけね」

「そうです……で、その……なんなんですか、これは」

 事情がわからないから要領を得ない聞き方になってしまうのが歯がゆいが、先生がいることもあってか、とにかく今は危険は無さそうに思えた。

 高峯先生はスッと、さっきから聞こえてる震え声の主の姿が私に見えるように右に1歩動いた。木造の円形の机の下に潜って、すっかり怯えきった態度でこっちをチラチラ見ている女の子がそこにはいた。

「中等部、2年A組、森久保乃々(もりくぼのの)

「っ、ひゃい…………?」

 小動物の鳴き声みたいな返事を女の子がすると、それに答えるよう先生が小さくうなずき、それから私の目を見つめて言った。

「これは彼女のスタンド能力よ」

 なんとなく察しはついていたが、ポエム帳に、広がっているのか繋がってるのかわからないこの不思議な空間はあの森久保という子のスタンドだった。

「行くわよ」

 先生が突然言った。

「はい?」

「遅刻するわ」

 遅刻、という言葉を聞いてスマホで時間を確認すると8時7分だった。

「乃々、解いて」

「えっ……?」

「スタンド」

「えっ、あっ…………はい。んんっ、えっ?」

 唐突な流れの変化にしどろもどろが極まった森久保乃々はしばらく困惑した目で先生を見た。

「……」

「……」

「……」

 沈黙が流れた。状況がわからなすぎるせいか気まずい感じはしなかった。

「……………………あの」

 沈黙の中、森久保乃々が苦しい顔で口を開いた。

「外に……出ててもらえますか。緊張して……うまく、できないんですけど……」

「出ましょう」

 先生に直裁に言われるがままに小屋を出てふたりで少し待っていると、目に広がっていた風景が一瞬で元の公園の、ポエム帳の中を見る前の場所に変わった。

「これでいいですか? ……いいですよね?」

 後ろからした声に振り向くと、相変わらずおどおどした様子で、事の発端だったポエム帳を抱くように両手で持っている彼女がいる。控えめに控えめすぎな態度といい後ろのちょこんとカールしたベージュ色の髪といい、育ちの良い箱入りのお嬢さんといった風情の漂う子だ。

「急ぎましょう」

「あっ、はい……、どうも……あの、お騒がせしました」

「え、うん、いや」

 歩き出す前、森久保乃々が恐る恐るながら一言声をかけてくれた。人付き合いが苦手そうに見えるけど、そのあたりちゃんとしているのがますますお嬢様っぽい気がした。結局、狐につままれた気分のまま、3人並んで、とはいってもこれといって言葉を交わすこともなく粛々と軽い急ぎ足で学園へ向かった。

 

(つづく)


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