シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第23話『Holy Cow』

 

 奇襲をかける狩人のように大木の陰から飛び出してきた虎も、拓海は臆することも迷うこともなく『ワイルド・ウインド』で殴り飛ばした。拓海から逃れて私たちに近づくことができても、高峯先生の『変形する壁』の表面が刺状になって不用意な相手を容赦なく突き刺す。ふたりとも判断と攻撃、どちらも雨で視界不良の中にもかかわらず正確で、今のところ私たち3人は拓海と先生についていってるだけで、私なんかは傍観者にも似た心境だ。

 雨で視界も悪ければ草木と今はそれに加えてぬかるみで動きづらいこの場所では『ネヴァー・セイ・ネヴァー』はどうしても機動力に欠ける。なるべく冷静に現状を把握しようとするほどこの事実が言い訳のように思えて歯痒いけど今は下手に動く方がまずい。ふたりで十分対処できてるのだからしばらくは動く置物になってるのが懸命だけど、そう言い聞かせたところでやきもきする気持ちが収まるわけでもない。とにかくこの場所を早く抜けて開けたところに出たい。そう思っている間にも草木の陰からいろんな獣や獣人の怪物が飛び出し、拓海にやられるか先生の壁に無意味な攻撃を加えてからか、それすらもできないまま串刺しにされていく。景色の不穏さや状況のただならなさとは裏腹に私たちの歩みは順調だった。

「そろそろ先を踏まえて温存したらどう?」

 敵の気配が鳴りを潜めたところで高峯先生が口を開いた。

「温存すんのはそっちなんじゃねぇか先生よ? 四六時中スタンド動かしてたらバカになんねぇだろ。肝心なとこでアンタにガス欠起こされたら困るからな」

 拓海が言葉を返す。最後まで頼りっぱなしになる気はないものの、その口振りに疲労の色が見えないのは頼もしい。

「洗練……動きを半ば機械化させ負荷を軽微に……。私自身を例に取ると、最初に『ワンダーウォール』をドーム状に展開、あとは攻撃時にのみ敵のおおよその位置に合わせて表面に刺を生成、排除……。スタンドの持続的発現における最小効率化は肝要。覚えておきなさい」

 一方で疲労どころか、感情の色そのものを交えずに先生は単調に拓海にそう言った。その言葉で『ワンダーウォール』が先生のスタンドの名前なことを知る。

「あー……? よくはわからねぇけど、『習うより慣れろ』とか『考えるな、感じろ』ってことだろ。そういうのは得意だぜっ。大丈夫だ」

 知ったかぶりな言いようではあるものの、拓海の言う「大丈夫」はなんだか安心感がある。『最小限の思考と行動で最効率を出せ』ってことだと思うんだけど、思考、判断のプロセスを省略して感覚を頼りに直感で動き続けるのは拓海は得意そうに見えるし、論理と身体のどっちが先行するかが違うだけで、帰結する部分は先生が言ったことと同じなのかもしれない。いずれにせよ感覚であれだけ力強く立ち回れるということは、拓海はスタンドを使って戦う──もしくは戦うことそれ自体の──経験がかなりあるようだ。

「……期待してるわ」

 先生は進む先をまっすぐ見たまま静かに言った。その言葉の意味をそのまま素直に捉えても、呆れとか他意があるように捉えても、どっちでも合っていそうな感じのあった響きを不用意にも辺りへの警戒を(おこた)って頭の中で反芻(はんすう)しているうちに、前方の小道の出口の向こうに小さくではあるが城が見えてきた。

 

   *

 

 小道の出口手前へ到達した頃には城はさっきよりも近く大きく私の視界に広がっていた。城の回りは整地され、短くきれいに刈り揃えられたような原っぱが広がっていて、そこには入り口の門らしき場所のすぐ側を始め、二足歩行のなんらかの生物たちが辺りに点在している。ここからではあまりよく見えないが気づかれないように私たちは小道の出口付近に並ぶ木々に身を隠してその光景を覗き見る。馴染みたくはないがお馴染みのミノタウロスたちだ。斧、剣、ハンマー、パイプ、様々な武器を様々な大きさのミノタウロスが持ち歩いていて、中には盾を持ったやつもいる。秩序立った配置や列をなしているようには見えないが数は多いし城の中だってどうなっているかまるでわからない以上騒ぎは起こしたくない。

「そろそろ騒ぐぜ」

「えっ」

 私が思ったことと真逆のことを拓海が言った。いきなりだったから苦笑しそうにすらなった。

「騒いだらまずいでしょ、どういうつもり?」

 不意を突いて出た声から生じる気恥ずかしさを取り繕うように私は喋った。

「アタシが突っ込んでなるべく端っこの方でアイツらの相手するからよ、タイミング見て中に入ってくれ」

 そうすることが当たり前のように拓海が言う。しかし目の前は、いくら拓海でも事が簡単に運ぶような状況ではない。怪物たちは雑に数えてみても20体はいる。単身囮になるのは無理がありすぎる。

「はい、はいはい! アタシもそれ手伝う」

 重ねて加蓮までそんなことを言い出した。それを聞いて「んなっ!?」という顔をした奈緒がなにか喋る前に、奈緒の顔の前に手のひらを差し出して加蓮が奈緒を制してなにか喋ろうとするよりも先に先生が口を開けた。

「いいわ。全員の準備が整い次第開始よ」

 意外なように思えたその言葉を、先生はそれまでと同じように平静かつ簡潔に言った。

「えっ、いや先生……いいのかよ……?」

 内心自分と同じ意見だろうと思っていたであろう奈緒は先生の発言の意外さに素直に困惑した。

「協力が必要なのは確か。自ら買って出るのであれば尊重するまで。ただし……こちらの期待を損なうようであっては困る」

 先生は直立不動で拓海と加蓮を見据える。その視線は鋭く、熱い。

「そうこなくちゃ、こっちも困っちゃう」

 加蓮も微笑みながら先生に視線を返した。風が吹くより確かに場の空気が動くのを感じた。

「準備はいい?」

 加蓮を見たまま先生が私と奈緒に言った。

「ほんとにやる気か? 大丈夫なのか?」

「やる気もやる気よ。あのねぇ奈緒、アタシの心配より乃々ちゃんの心配をするべきじゃない?」

「なっ……なぁ~っ!」

 そう言われると奈緒は、痛いところを突かれた顔で言葉にならない声を上げた。

「よしっ! OKだ、やってやる!」

 そして吹っ切れたのか急に勢いよくそう言い放つと、

「神谷奈緒、静かに」

 次には先生にたしなめられた。確かにうるさくするのはいけない。しかしその注意の感じが完全に生徒と先生の関係そのもので、今の状況にはまるで合ってないのが少し滑稽に見えた。

「渋谷、お前も大丈夫か?」

 城の回りの怪物たちを目ざとく警戒しながら拓海が聞いてきた。

「みんながいいなら、私はいつでも」

「よし。じゃあ先生、そろそろ外に出してもらおうか」

 拓海が言うと、先生は壁改め『ワンダーウォール』を収縮させた。今までは足を濡らすだけに留まっていた雨が全身に当たり始める。しかしそれはわずかな間のことで、拓海と加蓮を外して再び先生のスタンドは私たち3人の回りに展開された。

「傘、入ってくでしょ」

 加蓮はすかさずスタンドを出して傘を開いてその中へ入った。傘はしっかり雨を弾いている。

「いや、いい。どうせ2、3分後には濡れてんだ」

 拓海は傘を断ってスタンドを出しつつ城まで続く平原を眺め続けている。

 

   *

 

 囮役とはいえ、拓海と加蓮はあまりに堂々と平原を歩きだす。当然とばかりに20秒後にはふたりを見つけた怪物たちの鳴き声がいたるところから聞こえてくるような状況になった。

 まずいちばん近くにいた槍を持ったミノタウロスがふたりに迫った。そこへ加蓮の『フローズン・ティアー』が傘を向けて吹雪を放った。風圧でか寒さでかその両方でか、前進するスピードが大きく落ちたミノタウロスに拓海が近づく。接近距離が5mあたりになったところで加蓮は吹雪を射つのをやめた。次の瞬間、態勢を整える間もないままミノタウロスは拓海の『ワイルド・ウインド』に殴られ、平原を越えて森林地帯に突っ込むまで吹き飛ばされる。離れている内は加蓮が、近づいてきたら拓海が攻撃するといった流れが出来上がっていて、一ヶ所に密集していなかったのも功を奏して怪物たちは拍子抜けするほど鮮やかに倒されていった。

 拓海と加蓮は平原地帯のなるべく隅の方へ移動しつつ敵を倒す。私たちは森林地帯から出ずに城の入口に近い茂みまで静かに移動した。

「行くわよ……走って!」

 そして先生の合図で茂みから飛び出し一気に入口を目指す。脇にいた拓海と加蓮は、それを援護するために大げさに動きながら敵の注意を自分たちに向け続けようとしてくれている。おかげで私たちの走っている周辺はがら空きだ。

 先頭を走っている先生が城に到達しかけたあたりで、入口の大扉が開いた。扉を開けるか壊す手間が省けたと思ったら、中から新たなミノタウロスが出てきた。それは予測の内にあったことだったが、同時に予想してなかったことも起きていた。

 新手のミノタウロスは数自体は2体だったがそれまでと異なって体格が今までのやつよりもふた回りくらい大きく、全身には鎧を身につけていてその鈍色(にびいろ)が雨越しのやや離れた距離からでも目につく。

 数秒遅れて入口に着いた私と奈緒を先生は前を向いたまま右手をこちらに向けて、それ以上近づかないよう無言で制する。あの鎧を『ネヴァー・セイ・ネヴァー』の攻撃で破れるとは思えないけど、それでも先生ひとりに任せているわけにもいかない。倒せなくてもやれることはあるはず。

 1体が手に持った巨大な斧を振り上げた。その動作は見た目よりもずっと素早く、背筋の震えるような感覚に一瞬陥ったけど、先生は振り下ろされた一撃をしっかりとかわした。

 かわしたところへもう1体がハンマーを横薙ぎに払った。先生はそれにも対応してみせた。しかも驚いたことに膝を曲げて体を後ろに180°、地面に対して水平の体勢をとってかわしてみせた。先生の全身は半透明の光に覆われている。背中からはその半透明の光が柱状に地面に向かって伸びていた。スタンドを支えにすることでこんなアクロバティックな回避行動をとっていたわけだけど、この人ならスタンドなしでもできるような、そんな気がする。

 スタンドを支えにして先生はそのままハンマー持ちの顎の辺りを蹴り上げつつ後転して体勢を立て直した。2体が身につけている鎧は首や脇、膝裏といった関節部分まではガードされておらずそこを狙ったようだったがわずかに急所を外してしまったようで、ミノタウロスは先生の蹴りにこれといった反応を示していなかった。そんなことを確認している間にも次にはまた斧持ちがすぐさま武器を構え直して攻撃、それが外れればハンマー持ちが次の一撃を加えて来るといった具合に、先生は防戦一方の状態に持ち込まれてしまう。

 そんな状況を30秒も見ていると頭よりも身体が先に判断を下す。策もないままに私は2体のミノタウロスへと走り出していた。

 2体は私に目ざとく反応し、ハンマー持ちの方がターゲットを私に変え臨戦態勢をとった。私も走りながら『ネヴァー・セイ・ネヴァー』の剣を抜いた。

 ミノタウロスの10歩手前あたり、スタンドのギリギリ射程内くらいで私は止まり、『ネヴァー・セイ・ネヴァー』だけ前進させる。ハンマー持ちが武器を真横に振るったのを見るより速く、『ネヴァー・セイ・ネヴァー』が跳ぶ。ハンマーをかわしながら宙を蹴って空中で大きく後ろ宙返りをして自分の元に後退させる。これでいい。ほんの少しの間先生を2対1の状況から引き離せればいけると思った。事実、私に注意を払って防戦の体勢を解かなかった先生は、私がそれ以上敵に向かって動こうとしないのを把握した途端、ハンマー持ちの注意が再び先生に向くよりも素早く、鮮やかに行動を開始した。

 遅くないとはいえ、2体で連携して攻撃後の隙を埋められなくなった、先生からしてみれば大味な動きと化したであろうミノタウロスの斧の一撃を苦もなくジャンプして避けると、先生はそのままミノタウロスの後ろ首に両脚を挟んで(また)がった。そして一呼吸置いてから、跨がっていたミノタウロスの首が落ち、先生は着地した。おそらく先生を包む『ワンダーウォール』の、ミノタウロスの首を挟んでいた両脚部分を刃状に変えて、無防備だった首を斬り落としたのだ。あまり直視したくない光景だったけど、幸いハンマー持ちへ意識を向けなければいけなかったのでそこを見つめている余裕はなかった。

 

「おおおぉぉぉぉぉぉ、どいてくれえぇぇぇぇぇぇ!」

 

 そして後ろから聞こえてくる緊迫した大声。振り返ると射るような三白眼で一点を睨みながら全速力でこっちに向かってくる拓海の姿があった。怖い。目的は明らかなので素直に道を空けた。さらに遠くから加蓮も走ってこっちに近づきつつある。その後方には大きな物体がそこかしこで横になっていて動かない。ふたりはもうノーマルなミノタウロスの群れをすべて倒してきたようだ。

「どおおおおおおおおおお……」

 拓海は走りながらうなり声を上げて『ワイルド・ウインド』を1歩前に先行させた。ハンマー持ちは鬼気迫る勢いで近づいてくる拓海を標的に選んだようで、ハンマーを振りかざしながら重みのある小走りで自らも拓海に向かっていった。

「りゃああああああぁぁぁ!」

 そして攻撃の射程内に入ると即座に拓海もスタンドも立ち止まって、『ワイルド・ウインド』は右拳を思いきり繰り出した。ほとんど同時にミノタウロスもハンマーを振るう。

「ブオォォォォ!」

「うおおおおおっ!」

 胸に拳を叩きつけつつ『ワイルド・ウインド』は左腕でハンマーをガードした。しかし勢いを殺しきれずに拓海もミノタウロスも、互いに相手の攻撃を受けてそれぞれ反対方向へ吹っ飛んだ。

「いっ……てぇなァッ、オイッ!」

「拓海っ! 大丈夫かっ!?」

 奈緒が声をかけると拓海は左腕をかばいながらもすぐに立ち上がった。

「痛ぇけど平気だよ。それより前見てな、来るぞ!」

 その言葉に反射的に向き直ると、ハンマー持ちがもう起き上がって私たちに向かってきていた。拓海の『ワイルド・ウインド』の一撃をくらったのに……。

 あっという間に目の前まで来たミノタウロスがハンマーを再度振るった。

「どおおぉぉぉ……りゃっ!」

 1歩前に進み出た奈緒がスタンドを出して、なんとミノタウロスの両腕を掴んで押さえつけた。

「ウウ……ウウゥゥゥゥゥ……!」

 苛立ってるような苦しんでるような唸りをミノタウロスは上げて、押さえつけられた両腕は小さく震えている。

「あたしの『ワン・ヴィジョン』だってっ、パワー型だぜぇぇぇ……ッ!」

 必死の表情で全身に力を入れてミノタウロスの動きを止めながら奈緒が言った。奈緒のスタンドがこれほどのパワーを持っていたのは思いがけないことだったけど、決して余裕ではないのは見て明らかだった。

「お見事」

 淡白な声が聞こえたと思ったら、突如ミノタウロスの首から半透明の太い刺が生えてきた。

「おわっ……!?」

 奈緒が少し驚いた声を出すと、ミノタウロスの力と拮抗していたはずの『ワン・ヴィジョン』が、あっさりとその巨体を押し倒した。倒れたミノタウロスをさっと避けて事も無げな顔の高峯先生の姿が現れる。奈緒がミノタウロスを押さえつけている間に背後から接近して刺状に変形させた『ワンダーウォール』を首に突き刺した……のだと思う。

「奈緒、大丈夫? 拓海も!」

 遅れて駆けつけた加蓮が荒い呼吸を整えながら言った。これで開かれた大扉の前に全員が揃った。

「あたしは平気だよ。って言っても動き止めるのが限界であのままだったらどうしようもなかったけど……」

「いや、大したもんだ。ハンマーで殴られたときに反射的に後ろに跳んじまったから踏み込みが甘くなって焦ったけどよ、いいスタンド(モン)持ってるおかげで助かったぜ」

 攻撃を受けた腕の具合を確かめるように左肩を小さく回しながら拓海が奈緒を褒め称えた。

「その力、称賛には値すれど、それを言葉に換えるには尚早……。あの大口を越え、戻るまでは」

 私たちに静かに近寄りながら先生は大扉を見た。扉は開け放たれたままで新たな怪物などが出てくる様子はない。

「早いとこ入ろ。このままじゃ敵だなんだって前に風邪でダウンしちゃう」

 『フローズン・ティアー』の日傘で扉を指し示して加蓮が言った。確かに寒くはないがみんな雨で全身濡れて、足の方は走ったときに跳ねた地面の雨水で汚れている。唯一、『ワンダーウォール』で全身を守っている先生だけはどこも濡れても汚れてもいない、整った出で立ちを保っている。身だしなみの保持という意味でも便利なスタンドだと思った。

「……」

 そんな私の、あるいは私たちの視線を知ってか知らずか先生はこっちを振り返って一瞥(いちべつ)してから、やはり静かに大扉の先へと歩みを進め、私たちも無言でそれについていく。城内の得体の知れなさを思って少し不気味な気分になりながら。

(つづく)


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