シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第4話『Strange Days』

 

「なんとか逃げられずに済んだね」

 

 カラスを倒し、頬の傷と乾いた血の痕を気にしながら林のなかを2分ほど歩いたところで、困惑した顔で立っている奈緒を見つけた。すぐそばに、カラスのスタンド使いの男がうつぶせに倒れている。

「いきなりブッ倒れたんだ……。つまり、やったんだな? 猫は無事なのか?」

 こちらを振り返りながら尋ねる奈緒に、ざっくりとさっき起こったことを説明する。猫を助けたこと、『ネヴァー・セイ・ネヴァー』の能力のこと。

「なんだよ⁉ 『空中を移動できる』とか、超カッコいいじゃん……派手だし」

 奈緒はやたらとスタンド能力に派手さを求めているようだ。

「派手じゃなくても……『ワン・ヴィジョン』だっけ? カッコいいじゃん、強かったし。それに派手なのって、そんなにいい? 私はさっきの姿、誰かに見られてなかったか気になってしょうがないよ」

 あの光景をはたから見たら『横になって空中をけっこうなスピードで飛んでる女子高生』……。そんなとこ見られていたら、まずい。とりあえず、スカートはしっかり押さえてたからパンツは隠せていたはずだ。たぶん。

「よし、今度こそ先生を呼ぶぞ」

 奈緒がスマホを取り出す。そして、操作しようとしたところで……

「ん……おぉぉぉぉぉぉぉぉ、背中……クソいてぇ……」

 男が目を覚ましてしまった。

「ちくしょおぉ……は、はやく……はやく戻ってこい……!」

 意識を取り戻した男は、どうやらカラスを自分のもとへ移動させてるようだが、余裕のない声で明らかに焦っている。もうスタンドを動かすだけの体力が無いのかもしれない。

「いいかげん観念しろ! もう終わりだ」

 奈緒が男を恫喝する。

「ぐ、クソ、クソ……クソォ……!」

 この期に及んでまだなんとか逃げようと画策しているようだ。

 私もさっき『絶対に諦めない』と決意したばかりとはいえ、この人の絶対諦めない気持ちは見習えないな──などと考えていたとき、すこし奥にある大きな樹の陰からガサガサと音が聞こえた。まだ神経が(たかぶ)っていた私たちは、その方向へ瞬時に注意を向ける。

 音の主が正体を現した。私たちとそんなに年の変わらなさそうな制服姿の女の子だ。オレンジみのある明るい茶髪頭から長く伸びたもみあげと三つ編みが青く染まっている。独特なヘアカラーセンスだ。

「キミたち、さっきからなにをしているんだい」

 女子高生ふたりの前に男が倒れている──そんな光景にこれといってうろたえることなく、彼女は静かな光をたたえた紫色の瞳で私たちに視線を注ぐ。

「……アンタには関係ないことだよ。この子が、この男に財布を盗まれたの。危ないから下がってて」

 奥になにか秘めているような目の輝きに、若干言い淀みながらも言い放つ。

「財布を盗まれた……ね。それが真実だとしても、倒れている人に追い打ちをかける必要はあるのかい?」

 事情を知らない彼女には、おそらく私たちがこの男に暴力をはたらいて、カツアゲかなんかをしているように見えるのだろう。そんな風に見られていようがなんだろうが逃がすわけにはいかない……そもそも追い打ちじゃなく、押さえつけるだけのつもりなんだけど。

「とにかく、そいつ捕まえて人を呼ばなきゃならないから下がって──」

 

「ぬ……おぉぉぉぉぉぉん‼ がんばれオレぇぇぇぇぇ‼」

──⁉

 問答の最中に男が起き上がり、死力を振り絞って女の子に駆け寄っていく。

「やめ──」

 制止の言葉を言い終える前に男は女の子の背後に回り、顔の前にジャンケンの『チョキ』の形をつくった拳をつきつけた。

「ハハハハハ! 今度こそ……今度こそ俺の勝ちだぁ! 動くなよ? 動いたら、この子の目が見えなくなっちゃうかもしれないからなぁ‼」

「この期に及んでまだそんなこと……最低のゲスヤローめ!」

「好きなだけ言ってろよぉ! フフ……さて、まず、カラスを戻させろ。おまえらはさっきのやつら……『スタンド』つったか? も出すな。おとなしくしてろ」

「…………」

 猫のとき同様、人質をとられては解放されるまで下手な行動はできない。これで終わるつもりはないが、ひとまず命令に従う。

「……ちっ」

 奈緒が舌打ちする。1分ほどすると、カラスが這々(ほうほう)(てい)で飛んできた。帰りぎわに攻撃されるのを恐れて私たちのそばを避け、まわりこんで男のもとへ舞い戻り、肩にとまった。

「よーし、よしよし、このお利口さん! ……じゃ、今度は追うなよ。おまえらを撒けたと判断するまで、人質は放さねぇからな。ヘヘヘ……最初からそうすりゃよかったんだ……」

「ぐっ……約束なんて守らないクセに……!」

 吐き捨てるように奈緒が漏らす。

「テメェらからこれ以上恨みを買うのはごめんだ……今度は守る。この子にもなにもしねぇよ」

 痛い目をみて多少しおらしくなっているようだが、こうしてまた人質をとるような気力が未だ残っているようなやつを信じる気にはなれない。そもそも、こんな危険人物を逃がす気なんて私たちには最初(はな)から無い。しかし、あの子を傷つけずに男を捕まえる方法は……。

 

 いっそのこと、正面から馬鹿正直に斬り込んでみるか……。決して無謀な策だとは思わない。自信がある。さっきの戦闘で私のスタンドはかなり素早く動けることがわかった。男かカラス……どちらかを完全に気絶させれば、今度こそ決着だ。問題は、どちらを狙った方がより確実か。そこを冷静に見極めなければいけない。

 はやる心臓の鼓動に気をとられないよう、目の前のターゲットと攻撃のタイミングを慎重にうかがうことに意識を集中させる。そんなとき、

「なるほど。『そういうこと』か」

 ──えっ?

 人質にされてから口をつぐんでいた女の子が、いきなりそうつぶやいた。しかしその言葉の真意が私にはわかりかねる。『そういうこと』とは、いったい……?

「んだァ? いきなり。黙ってな。もうちょい付き合ったら放してやる」

「その必要はないよ。自分でできる」

「あ? なに言ってやがる」

 人質にされてるというのに怯えたようすもなく、澄んだ紫の瞳で男の顔を見ている。

 そして彼女は、おもむろに男の頭へ右手をのばした。

「てめぇ、なんのつもりだ?」

「つまり……『こういうこと』さ」

 

 カチャッ……

 

 次の瞬間、その手には『拳銃』が握られており、男のこめかみに当てられていた。

「……へ?」

 なんとも間の抜けた男の声。それに続くように、

「おやすみ」

 

 そう言い放ち、彼女は引き金を引いた……。

 

 すると、奇妙なことが起こった。

 男が消え、かわりにそこに現れたのは……『棺桶』だ。目も離してないのに、いつの間に……?

「なに……これ……。あ、あいつは……どう、なったの?」

 奈緒が震える声で女の子に尋ねる。

「そう。キミが恐れているように『棺桶』は死の象徴。死を保管する(おごそ)かな(はこ)……。でも怖がることはないよ。彼は死んでない……ちょっと『棺桶になった』だけさ。それ以上でもそれ以下でもないし、すぐもとの姿に戻る」

 ニヒルに微笑みながら、やや芝居がかった口調で彼女は答えた。

『棺桶になった』って……身も蓋もない滅茶苦茶な能力だ。まあスタンドに滅茶苦茶もなにもないが。

 そう、またしても『スタンド』だ。偶然出くわしたこの子も、『スタンド使い』……。またもや引かれ合ったわけだ。

「さて、あとは大人にまかせよう」

 そう言うと、女の子はスマホを取り出し、どこかに電話をかける。

「もしもし、早苗(さなえ)さん、ボクだ。また『スタンド使い』が現れたよ。生徒が襲われた……軽いけどケガ人が出た。大丈夫……あぁ、了解。待ってる」

 話を終えたらしく彼女が電話を切った直後、

「……あァッ⁉ なんだったんだ? いきなり真っ暗になりやがって」

 男が棺桶になったとき同様、一瞬でもとの姿に戻った。

「てめぇ! いったいオレになにを──」

「そいやっ!」

 ばたり。奈緒がスタンドで素早く当て身を打ち込んで、男は意識を失った。

「あれ……決まった?」

 自分でやっておきながら驚いている。どうやらとっさの勢いでやってしまったらしいが、それが功を奏したようだ。

「フフっ、やるじゃないか。それじゃあ、あとは早苗さんが来るまでこいつを見張っていよう」

 動じることもなく彼女が指示する。しかし私たちには、彼女がなにをどうしようとしているのかよくわからない。

「いまいち話が見えないんだけど……早苗さん、っていうのは誰なの?」

「ふむ……名前を知らなくても当然か。守衛だよ。ボクらの学園の」

 守衛? 守衛さんを呼んでどうしようというんだ。呼ぶなら先生なんじゃないか。

「そのようすではなにも知らないようだね……教師だけじゃなく、守衛も『スタンド使い』なんだよ」

 私の態度を察したのか、彼女はそんなことを教えてくれた。

 学園を出る前に先生からもらったプリントを鞄から取り出しすみずみまで見てみると、いちばん下のところに『守衛:片桐早苗、大和亜季』と、名前と電話番号がたしかに書いてあった。

「ああ、プリントはもらっていたのかい。ならもう理解(わか)っただろう? そういうことさ」

「見落としてたみたい……。守衛さん、しかもふたりとも『スタンド使い』だったんだね……」

 守衛さんのことは、名前は知らなかったが、さすがに学園に通う身な以上見た目くらいは知っている。ひとりは背が低めで童顔ながら威勢のいい声が印象的な人だった。もうひとりは、私と同じくらいの背丈で体格もがっちりしていて、なぜか年下の私たちにも名前のあとに「殿」をつけて呼んだり「~であります」と変に丁寧な話し方をする人だ。

 

 それにしても……先生、生徒、そして守衛……。もはや『引かれ合う』ってレベルじゃないほど、学園周辺は『スタンド使い』だらけじゃないか。スタンドとはそんなにポンポン出てくるような力なんだろうか。

「そしてキミたちも……『スタンド使い』なんだよね? そっちの彼女は、当て身をくらわせたときに出したのを確認したが」

「うん、私も『スタンド使い』だよ。ほら──」

 彼女の前に『ネヴァー・セイ・ネヴァー』を出す。

「ほう、これがキミの……洒落た容姿をしているね。素敵なスタンドだ」

 そう言って彼女は静かに目を光らせて『ネヴァー・セイ・ネヴァー』を見つめる。……気のせいか、どことなく奈緒を彷彿とさせる反応だ。

「アンタはさっき『拳銃』を出してたけど……あれがスタンドなの?」

 私が質問をした、そのとき、穏やかだった紫の瞳が燃えるように輝いた……ように見えた。

「いかにも。スタンドのヴィジョンは多岐にわたる……生物だけとは限らない。ボクのスタンドは『拳銃』なのさ」

 そう言って彼女も自分のスタンドを出した。銃のことはわからないが、見た目はまさしく拳銃そのものだ。古い映画なんかで見る、回転するところから弾を入れて発射する、いわゆる「リボルバー」というやつだろう。

「それでなにかを撃つと……『棺桶』になるわけ?」

「そうだ。正確には「なにか」ではなく「誰か」……有効なのは生き物にだけ。精神力の弱いものほど『棺桶』にできる時間は長くなる──もっとも、それでも1分ほどが限界だがね。誰かを倒すとか、ましてや殺すなんて到底できない、少しのあいだ自由を奪うだけのささやかな能力(ちから)さ……」

 自虐的な物言いだが、喋るそのようすから前のめりなエネルギーを感じる。

「だがね、こう捉えることもできないかい? ……『刹那の死を与える』能力、と……。そう考えると、いささか畏れ多く罪深いスタンドなのかもしれないね……フフフ」

 この朗々と語る感じ……やっぱり奈緒に似てる……ような気がする。奈緒と比べるとだいぶ詩人な感じだが。

「『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』……」

 ──? 上気した顔をやや上に向け目を閉じ、彼女はいきなり謎の言葉を口にした。

「名前、さ。このセカイに存在するすべてのものは言葉を用いることでさらに力を増すといわれている……。いわゆる『言霊』というやつだね。ボクは自分のスタンドに『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド』という名前を付けた。キミたちにもあるんだろう? そのスタンドに宿した、自分だけの『言霊』が……!」

 いちいちわかりにくい言いまわしだがスタンドの名前を教えてくれ、ということなんだろう。

「あたしのスタンドは『ワン・ヴィジョン』っていうんだ! こいつの持ってるステッキでものに触れるとだな……」

 私より素早くその言葉の意味を理解した奈緒は、屈託のない笑顔で自分のスタンドについて語りはじめた。やはりこのふたり、似ている……。

 

「おーい、飛鳥(あすか)ちゃーん!」

 ふたりのやりとりをボーッと聞いていると、誰かの呼び声とザザザッ、と草を踏み鳴らす音がした。それはしだいにこちらに近づいてくる。

「お待たせっ! みんな大丈夫だった? ってケガしてるんだったわね。あっ、あなたね。あちゃー、よりにもよって顔か。災難だったわねぇ。でももう安心よ♪ ねっ、清良(きよら)ちゃん」

「怪我人はあなただけ? では、こっちにいらっしゃい。診てあげる……早苗さんは、そっちをお願いします」

「了解!」

 現れたのは、あの背が低いほうの守衛さん。この人が早苗さんか。そして、もうひとり──この人は顔も名前も知っている。養護教諭の柳清良(やなぎきよら)先生だ。

「傷は……うん、深くはないわね。これならあっという間に治るわ。動かないで」

 清良先生は傷の具合を見ると、そのまま私の頬に触れて意識を集中する。すると先生の背後から、ワンピース型の白衣をまとい、ナースキャップを頭に乗せ、首に聴診器を掛けた、いかにも看護師さん然とした姿のスタンドが現れた。

 先生のスタンドも手をのばし、私の頬の傷にそっと指で触れる。次の瞬間、そこに弱い圧迫感。おそらく絆創膏かなにかを貼られた?

「治ったら勝手に剥がれるから、おとなしくしててね」

 清良先生はそう言うと優しく微笑んだ。

 

「さぁて、じゃ、次はあたしの出番ね! 『キャント・ストップ』!」

 早苗さんが意気揚々とかけ声を上げると、また別のスタンドが現れた……が、なんだこの見た目は。

 頭には警官帽、目にはパトライトのような真っ赤なバイザーを装着している……のだが、その下はラメの入ったシャンパンゴールドのタイトなミニのワンピースに毛皮のコート。そして抜群のセクシーボディ。奈緒が喜ぶタイプとは違うベクトルでド派手なビジュアルのスタンドだ。

 そんな早苗さんのスタンドが、手から金ピカの『手錠』を出した。ジャラジャラいわせながら、気絶したままの男に迫る。

「はい、タ・イ・ホ♪」

 空気より軽い口ぶりで、黄金に輝く手錠を男の両腕にガッチリとはめた。

「これでオッケー」

 早苗さんがそう言ってスタンドをしまったそのとき、男が目を覚ました。

「ん……うぅ、ん……ん? ん⁉ んだこの趣味わりぃ手錠は⁉」

「あらあら、そんなこと言っちゃう悪い子はどこかな~? シメちゃおうかしら」

 寝転がったままの男に笑顔で近づき、ふたたびスタンドを出すと、今度は男の両足に手錠をかけた。

「ああぁぁぁぁぁ⁉ んだクソッ‼ おい! 外しやがれ! 痛い目みんぞ⁉」

 男が大声を出し、自由のきかない身体をくねらせ暴れる。

「痛い目……ねぇ。やれるもんならやってみれば?」

 片腹痛いわ、とばかりに早苗さんが男を挑発する。その言葉を聞いた男の顔が怒りの形相に変わる。

「なめんなよ……てめぇに一撃くらわせるくらいの力は……………………」

 男が急に固まり、愕然とした顔になる。

「カ、『カラス』が……出ねぇ⁉ なんで⁉ まだ俺の力は……」

「悪あがきはよしてくれる~? 手錠をくらった時点であんたの負けなの。負・け!」

 しゃがみ込み、男の顔をまっすぐ見つめ言い放つ。

「あたしの『キャント・ストップ』の手錠は身体だけじゃなく、心もタイホしちゃう(いき)でイナセなスタンドちゃんなのよ。もうあんたはスタンドが動かせないだけじゃなく、嘘もつけないようになっちゃってるから、そこんとこヨ・ロ・シ・ク♪」

 ペロッ、とイタズラっぽく舌を出し男に向けてウインクする。

「こ、こんなことしていいと思ってんのかよ⁉ このチカラは、法律でどうこうできるもんじゃないからって、アンタらに俺を裁く権利なんてねぇだろうが‼」

 最後の最後まで男は見苦しく抵抗する。私はもう、あきれてものが言えなかった。

「……そんなことを言える立場なのかしら? そもそも事のはじまりは、あなたがこの子たちをスタンドを使って襲ったからじゃないんですか?」

 

 ──シュンッ‼

「ひいっ⁉」

 

 清良先生が口を開いたのと同時に、男の股下スレスレの地面に、なにか銀色の細い物体が突き刺さった。それは手術道具の『メス』だった。よく見てみるとうっすら透けている。どうやら先生のスタンドが出したメスのようだ。

「……どうなんですか?」

 笑顔を崩すことなく先生が男に問いただす。そのやわらかい微笑みが怖い。男は顔を青くして震えている。

「は、はい……そう、です……」

「よーし! それじゃ御用よ! 清良ちゃん、ここはよろしくね。それじゃ、みんな気をつけて帰りなさいよー!」

「ぢ、ぢぐじょおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 ついに観念した男をスタンドで担ぎ上げながら、早苗さんがどこかへ去っていってしまった。男の悲痛な叫びが小さくなっていく。

 

「さて、と……終わったわね。大丈夫?」

 さっきと変わらぬ笑顔を向けて、先生が私たちに聞いてくる。

「助かったよ、清良さん。はやく帰って、カフェオレでも飲んでひと心地つきたい気分だよ」

『あすか』──と、早苗さんに呼ばれていた少女がそう言った。

「うふふ、あなたは問題なさそうね、飛鳥ちゃん。……あなたたちはどう? このまま帰れそうかしら?」

「ええ、ありがとうございました。大丈夫です。ねっ、奈緒?」

「ああ。ケガした凛が平気だってんなら、あたしもなにも問題ないよ」

 いたわるような視線を私に向けながら奈緒が喋っていると、頬にあった圧迫感が無くなる感覚。大きい絆創膏のようなものが、剥がれ落ちて地面に着く前に溶けて無くなっていくのが見えた。

「おー……すごいなぁ、完璧に治ってる……」

「それはそうよ。乙女の顔に傷なんて残しちゃ、かわいそうだもの」

 奈緒の感心する声に、先生は目を細めて笑いながら言葉を返す。

 スマホを取り出しミラーアプリを起動して確認してみると、カラスにつけられた顔の傷はきれいさっぱり無くなっていた。痛みもなく、もはやどこをケガしたか自分でもわからないほどだ。

「それじゃ、私も学園に戻って先生たちに報告しないと……」

 報告……それは単に、下校中に生徒が危険な目にあったというだけの報告なんだろうか。学園とスタンドは……なにか関係があるんじゃないのだろうか。早苗さんはあいつをどこへ連れていったのだろうか?

「いろいろ気になることもあるだろうけど、深く考えても答えは解答()ないよ。疲れただろう? 今日はもう帰ろう」

『あすか』が私の目を見て言った。たしかに疲れた……命の危機にさらされ、空を飛び、カラスを撃退した。昨日のことも霞んでしまうほどの怒濤の一日だった。

「あとで話を聞くことがあるかもしれないけど、今日のところはこれにて一件落着、ってところ。さよなら。気をつけてね」

 清良先生はそう言うと、スタンドをしまい学園へと帰っていった。

 

「さてと。ボクもここでお(いとま)させてもらおうか。それじゃあ」

「あっ、待って」

 歩きだそうとする彼女を止めて、私は尋ねた。

「名前……まだ聞いてない。『あすか』って、早苗さんが言ってたけど」

「あぁ、そうだったね。スタンドのことを語っておきながら、自己紹介がまだだったとは……ボクとしたことがうっかりしてたよ」

 かすかに苦笑してから、彼女は答えた。

「いかにも。ボクの名前は飛鳥(あすか)……二宮(にのみや)飛鳥だ。君たちは?」

「私は渋谷凛。こっちは友達の神谷奈緒」

「よろしくな」

「凛さんに、奈緒さんだね。次に会うのはいつかわからないが、こちらこそよろしく」

 短い自己紹介を終え、飛鳥はその場を離れていく。

「おっと」

 が、少し歩いたところでまた立ち止まり私たちの方へ振り向いた。

「スタンドなんて摩訶不思議な力を持ったものどうしだ。気取った別れの挨拶でもさせてもらおうかな」

 そう言うと、またあのニヒルな笑みを浮かべて飛鳥は言葉を紡いだ。

 

「この奇怪で愉快な奇妙な日々(ストレンジ・デイズ)へようこそ、お嬢さん」

 

 その言葉を最後に、今度こそ飛鳥は公園を去っていった。

 夕日に照らされた静かな公園の樹木たちが、吹き抜けた春の涼しい風にざわめきたつ。その音を聞きながら、私と奈緒はしばらくその場に立っていた。

 

 ──そう……飛鳥の言ったとおり、これが『奇妙な日々』の、はじまり──

(To Be Continued……)

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