シンデレラの奇妙な日々   作:ストレンジ.

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第6話『Girl Next Door』

 

『自分の他にも超能力が見える人がいるかもしれないと思って披露した』──。

 

 堀という少女の行動の真意は、つまるところそういうことだった。

「いきなりで申し訳ありませんでした、渋谷さん!」

 そう言って勢いよく頭を下げる。お守りなのか彼女流のオシャレなのか、首から下げたスプーンが揺れる。しかも先割れのだ。危なくないのだろうか。

「誤解だったって分かったし、もう気にしてないって。私もいきなり喧嘩腰になってたし、お互い様ってことで」

 やれやれ、ただ単にスタンドを見せたかっただけとは……。いきなり出してくるものだから反射で臨戦態勢になってしまった。カラスに襲われて以来、急に飛び出してくるものに敏感に反応するようになった気がする。

「まったく……禁止するとは言わないが、不用意にスタンドを出すのはいただけないな。今回はなにもなくて良かったが、騒ぎの種になりかねないぞ」

 木場先生が私たちを交互に見る。

「話は以上だ。教室に戻りたまえ」

 こうして昼休みのサイキック騒動は、授業時間に10分食い込んでケリが着いた。

 

   *

 

 さっき雑用で訪れたばかりの職員室をふたたび出ると、5限目の時間に入った校内は静まり返っている。校庭から体育の授業中の生徒の声がかすかに聞こえてくる。

「そういえば……結局、あなたの能力はなんなの?」

 横を歩く堀さんに話しかける。彼女は私にどんな能力を披露しようとしたのか? 誤解が解けて、彼女が害をなす存在ではないことが分かった今、純粋に好奇心で尋ねてみた。

「フッフッフッ……そうですよね。やっぱり気になりますよねっ? ……っと、あんまり声を張るとまた木場先生に見つかってしまう……」

 途中から声のボリュームを落とし、立ち止まって私の方に向き直る。

「では……改めて、私のチカラをお見せしてもいいでしょうか?」

 軽くうなずいて問いに答えると、彼女は占い師に手相を見せるように私に向かって手の平を差し出した。

「いきますよ…………それっ──」

 彼女が合図を出すと、差し出された手の平からさっきも見た紙コップのようなものがニューッと出てきた。まじまじと確認するとそれは間違いなく紙コップだった。

「ムムム~ン……」

 紙コップが彼女の手の平を離れ、浮いた、ように見えたが、紙コップの底には糸が付いていて、その糸も手の平から出てきている。

「……『糸電話』?」

 見たままの感想が口からこぼれる。手の平から出てるので紙コップはひとつしかないがその見た目は明らかに『糸電話』だ。

「そのとおり。糸電話です。ですが……ハイッ!」

「えっ、ちょっ……!?」

 糸電話は私に向かってきて、その紙コップ部分が──あっさりと私の胸の中に『入った』。でも痛みや異物感などはない。

 

(『大丈夫です! 身体に害はありません』)

 

「──えっ?」

 彼女がそう言った。しかし声の聞こえ方が今までと違って妙な感じがした。少しエコーがかかっていて……なにより『聞こえた』というよりは、『頭に響いた』というか……とにかく変な感覚がした。

(『聴こえるでしょう……ユッコです! 渋谷さんもなにか言ってみてください。ただし声には出さず、私に伝えたいことを心に念じるような感じで!』)

 また声が響いてくる。だがしかし、彼女は『口を動かしていなかった』。これはつまり──

 ここで私は彼女の能力の正体をなんとなく理解した。頭に響いた彼女の声に素直に従ってみる。

(『……名前で呼んでくれて構わないよ。私の名前は、凛』)

「それなら『凛』ちゃん! 私のことも今後は名前呼びでけっこうです! 堀裕子(ほりゆうこ)、またの名をエスパー・ユッコといいます!」

 今度ははっきりと彼女──裕子は自分の口を動かして喋り、私が頭のなかで思ったことに応えた。

「もうお分かりいただけたでしょう! 声を出さずに直接心で会話ができる! これが私のさいきっく・ぱわー、改めスタンド『ミラクルテレパシー』の能力です!」

(『じゃじゃぁ~~~ん!!』)

 心の声でわざわざ効果音を発すると、裕子はスタンドを解除した。私の胸に埋まっていた糸電話が掃除機の電源コードのように裕子の手の平の中へとスルスル戻っていく。

「スタンドのこと、もっといろいろ聞きたいのですが、5限目は音楽室に向かわなければいけないので……今はこれにて失礼!」

「待って裕子。クラス、どこ?」

「E組ですっ! なんてったってエスパーですから!」

 誇らしげにそう言い残すと、裕子は颯爽と階段を上っていった。

 多分にマイペースだが、悪さをするような子ではなさそうだな、と私は思った。

 

   *

 

「あれ……凛?」

 上階へ行った裕子を見送ると、今度は階下から私を呼ぶ声が聞こえた。

加蓮(かれん)

「授業時間中にこんなとこでなにしてるの?」

 現れたのは加蓮だった。

「加蓮こそ、どうしたの」

「ん、ちょっと寒気がして。風邪かな、と思って保健室行ってた」

「えっ」

 私がやや心配そうな顔を向けると「まあ、なんともなかったんだけどね~。もう寒くないし」と仏頂面で加蓮はそう付け足した。

 加蓮は幼い頃、病弱で入退院を繰り返していたらしい。あくまで昔のことで今はもう全然平気だと言っていたのを前に聞いたが。そんな過去があるからか、疎ましいとか、やっかんでいるという気持ちがあるかは分からないが、まわりからの気遣いに対して敏感なのかもしれない。

「そう? ならいいけど」

 過度な心配は加蓮の気を煩わせるだけな気がした私はこの話を切り上げた。

「で、凛ちゃんはなに? もしかしてサボりかな~?」

 上目使いでいたずらげにこちらを見つめながら加蓮が言った。

「違うよ。ちょっと木場先生に呼ばれてただけ」

 そう言ったら加蓮は少し驚いた顔になった。

「えっ!? ちょっと凛、アンタなにやらかしたの?」

「やらかした、って……別にそんなんじゃないけど……」

 ちょっとした誤解が起こしてしまった騒ぎを注意されただけ……。それだけなのだが、いかんせんスタンド絡みのことなのでうかつには喋れない。

「ふーん? そうなんだ、つまんないなー。ま、凛の不真面目そうなとこは見た目だけだもんね」

「……不真面目そう? 私」

「不真面目そうっていうか、生意気そうっていうか……いつもクールだから不敵に見えるんだよね。『ぎょえぇぇぇぇぇっ!!』って驚いたりするイメージがまったく無いってカンジ」

「ふふっ、なにそれ。『ぎょえぇぇぇぇぇっ』なんて、そんな驚き方する人見たことない……」

 いや、いた。裕子。ほんのさっきそんな叫びを上げて木場先生に見つかったんだった。

「アタシは嫌いじゃないけど、アンタのそういう雰囲気とか良く思わない人もいるかもしれないよ。背も高くて目立つし」

「良く思わない、って言われても……。自覚はあるけど、それが()だから」

 そこを変えようとは思わない。しかし『スタンド使いは引かれ合う』ということを考えると、用心しなければならない。そうでなくとも先日襲われたばかりだ。

「まあ、気になるときはキュートな奈緒ちゃんを横に置いてバランスとれば大丈夫じゃない?」

「奈緒? んー……なんだかんだでけっこう突っかかってくタイプだと思うけど」

「あはは! 凛もそう思うんだ? 確かにそんなとこもあるよね。律儀で……義侠心? だとちょっとカッコ良すぎるか……あっ、飼い主を守る忠犬、みたいな!」

 加蓮が無邪気に笑う。大声ではないが、その笑いが静かな階段の上に下に響いていくのが聞こえて今が授業時間中なことを忘れていた自分に気づく。

「加蓮、教室に戻らなきゃ」

「なんだー、戻るの? このままサボらない?」

 いたずらげな瞳をふたたび輝かせる。

「そういうわけにもいかないでしょ。それこそ、ふたり揃って木場先生に怒られるよ」

「ふふっ、あの人に怒られちゃうんじゃ割に合わないなぁ。仕方ない、戻りますか」

 そう言って私の横に並んだので廊下を歩きだしたのだが、すぐに加蓮は立ち止まってしまった。

「どうしたの? 加蓮」

「ごめん、また寒気が…………あれ? しない…………気のせい?」

 ほんの一瞬だけ不快そうな顔を見せたあと、加蓮は不思議そうに首をかしげた。

「どうなの? 大丈夫なの?」

「ん……うん。大丈夫みたい。なんだったんだろう」

「保健室、戻る?」

「いい。大丈夫大丈夫。あんまり休んでるとまたまわりに気遣われそうだし。ていうか現に凛に遣われてるし」

 うーん、と伸びをしてから、ことさら笑顔になって加蓮が言った。

「ベッドが恋しいけど、参りますか」

 そう言うのならこれ以上はなにも言うまい。ふたたび加蓮と横並びで廊下を歩いて、お互いの教室へと戻った。

 

   *

 

 そして放課後──

 

「なるほど。『スタンド使いは引かれ合う』……私が凛ちゃんや奈緒ちゃんと今こうしていることも、もしかしたら『引かれ合った』のかもしれませんね!」

「そうかもな。でもこれがまた厄介でもあるんだなぁ。あたしと凛はこの間ここで──」

 

 奈緒と裕子と3人で森林公園を歩く。奈緒には裕子のことを、裕子にはスタンドについて基本的なことを教えておこうとふたりを誘って下校してみれば、お互いのスタンドを見せたり、能力を語ったりとさっそく和気あいあいと話せる仲になれたようだ。

「スタンドを悪用するとは……恐ろしい人もいたものですね……」

 眉間にしわを寄せて神妙な面持ちになる裕子。

「その時はなんとかなったけど、裕子もそういう奴らに出くわさないとも限らないから気をつけてな」

「ムムッ……今まで他のスタンド使いに会ったことはありませんけど、そういうことを言われると不安になりますね……」

「ま、そうなるよな。しかも糸電話のスタンドとなると、戦うのは無理そうだしなぁ……まあ普通戦おうなんて思わないか」

「でも、『ミラクルテレパシー』の糸の部分は、けっこう長く伸びて強度もあるんです。だからロープみたいに相手をぐるぐる巻きにして捕まえることはできるかも……。決定力にはなりませんけどね……」

「射程距離が広いスタンドはパワーが低いのが基本だからなぁ……」

 奈緒が分析してみせる。木場先生からもらったスタンドについてのプリントをよく読み込んでいるようだ。

「それに奈緒ちゃんたちと違って、身体から分離させられませんからね。けど、糸は数百m先まで伸ばすことができますよっ」

 えっへん、と言わんばかりに裕子が得意気に胸を張る。

「そいつは素直にスゴいな……あたしらのスタンドは10mも離れられないからなぁ」

 奈緒が感嘆のため息を漏らす。確かに射程距離が数百mもあるのは驚きだ。この森林公園からなら、入り口を出て坂を上って、と、わざわざ道なりにスタンドを動かしていったとしても学園まで余裕で届くことになる。ということは、私と奈緒を襲ったカラスのスタンドと同等かそれ以上の射程距離なわけだ。

「──でも、この間襲ってきたカラスのスタンドは、けっこう強かったうえに遠くまで飛んでたよね」

 カラスと裕子のスタンドを頭のなかで照らし合わせていると、そんな疑問が浮かんだ。

「あのカラスの場合、単純なパワーが高いっていうよりはスピードと鋭いくちばしの組み合わせが強烈だったからな。それに、力と射程距離は必ず反比例の関係になるとは限らないし。遠くまで行けてパワーの強いスタンドも中にはいるらしいぞ」

「ふーん……思ってた以上に、スタンドには色んなタイプがあるんだね」

「どうせなら、もっとたくさんのスタンドに目覚めませんかね。テレポートとか、分身とか……」

「スタンドは基本ひとりにひとつだからなぁ……難しいだろうな」

 駆け抜けた少し強めの風に髪を押さえながら奈緒が言った。

「ムムム……そうですか……。せめて私のスタンドも、もっとこう、ふたりみたいにカッコよくならないものですかねぇ……もう一度見せてくれますか?」

 裕子のお願いに「ああ、いいぜ」と返すと奈緒は立ち止まり自らのスタンド、『ワン・ヴィジョン』を出す。

「うう~む……やはりカッコいい……! シルクハットに燕尾服、ステッキ! しかも帽子を深く被って顔を見せないことでクールなミステリアスさを醸し出していて……ホント、奈緒ちゃんのスタンドはエスパー冥利につきるビジュアルですよっ!」

 ご機嫌なテンションで奈緒のスタンドをベタ褒めする裕子。奈緒は少し顔を赤くしながらも、たいへん満足そうに笑っている。

「お次は凛ちゃん! さあさあさあ! スタンドをカモン!」

「へっ……?」

 裕子が今度はこちらを向いて手招きして催促してくる。熱意あるリクエストに応えて私も再度『ネヴァー・セイ・ネヴァー』を出す。

「これでいいかな……?」

「そう! それですよ! この謎めいた仮面に耽美な洋装! 大きな帽子に絡みつく茨から咲く一輪の薔薇! しかもブルー! イッツ・ア・クール! ベリー・クール!」

 芝居じみた口調に拍手までして『ネヴァー・セイ・ネヴァー』を讃える裕子を前に、私も気恥ずかしさを感じつつも口元が緩みそうになる。大仰ではあるものの、その瞳は純真そのものだ。そんな目をして褒められたら当然、悪い気はしない。

「いいなぁ……カッコいいなぁ……」

 2体のスタンドに忙しなく羨望の眼差しを交互に向ける裕子。

「あっ、別に糸電話がイヤなわけではないんですよ? しかし……美少女サイキッカーとスタイリッシュかつタフなスタンドの名コンビ! それは例えるならっ! カレーに福神漬け! ひと泳ぎして疲れたあと食べる海の家の焼きそば! 『おおはらベーカリー』のあんパンに『おいかわ牛乳』っ! ……ステキな組み合わせだと思いませんかっ、凛ちゃん!?」

「えっ……まあ、うん……そうかもね」

 ひときわ瞳を輝かせ力説する姿に思わず圧される。

「う~ん……あたしはクリームパンがいちばんだな~」

 奈緒がのんきに言った。いつから話題が『好きなパンについて』になったんだ。

「凛ちゃんはなにが好きですか?」

「えっ、この話続くの……? 別にいいけど……チョコクロワッサン、かな」

「んんん~っ、確かにクリームパンもチョコクロワッサンもおいしいですよね~。これまたどっちも牛乳に合いますし……」

「クリームパンならコーヒーもいいぞ! クリームの甘味とコーヒーの苦味が口のなかで入れ替わり立ち替わり広がって……」

「ムムム……なるほど……」

 目を閉じて奈緒がうっとりと話す。クリームパンにコーヒー、か……。

「チョコクロワッサンならカフェオレ、かな……。甘いのと甘いので、くどくなるようでならない……カフェオレの甘さとクロワッサンの甘さ……タイプの違う甘味が組み合わさって……」

「ムムムッ……! ましてや、そのチョコクロワッサンが焼きたてだったら……!」

「そう……中のチョコレートがとろけて、より強い甘味が出てきて……」

「な、なんてこった……おい、凛! なんでそんなこと今まで黙ってたんだ!? 一緒に『おおはらベーカリー』行ったこと、今まで何回もあったのに……!」

 強い口調で奈緒が詰め寄ってくる。

「だ、だって……クリームパン買ってるときの奈緒の顔、いつもすごく嬉しそうで……」

 ──余計な口を挟むようで、言えなかった…………。

「落ち着いて、奈緒ちゃん。過ぎたことを気にしても仕方ありません……しかし、今ならまだ間に合います……『おおはらベーカリー』の閉店時間は20時。今はまだ17時前……公園(ここ)からなら30分もかかりません」

「裕子……」

 奈緒の紅い瞳が、そっと(きら)めきはじめる。まるで迷路の出口を見つけたかのように。

「奈緒……ごめん。今まで言えなくて」

「凛…………いや、いいんだ」

 先ほどの険しさとは打って変わって、優しい微笑みを私に向けながら奈緒が語りかける。

「きっとこれは運命だったんだ。あたしたち3人というスタンド使いが引かれ合うことで、今日この事実にたどり着くことができた……。これは、運命。めぐり合わせだったんだ。だから気にするなよ、凛……」

「奈緒……」

「奈緒ちゃんの言うとおりですよ、凛ちゃん。そして私たちに時間は十分すぎるほど残されています」

「裕子……」

 裕子の力強い笑顔が、私たちふたりのあとを押す。

「進みましょう…………前へ!」

 

「……………………」

「……………………」

 

 裕子の結びの言葉に、私も奈緒も無言だった。言葉はいらない──それは裕子にも、テレパシーを使わずとも伝わっているはずだ。

 沈黙したままの私たちの間を、やわらかい風が通り抜けた──。

 

   *

 

 このあと3人で『おおはらベーカリー』に寄ったのは言うまでもない。

 ……しかし、スタンドの話はどこに行ってしまったのだろう……。

(つづく)

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