──藤堂七冠、本因坊戦防衛おめでとうございます。また、今回の防衛で五連覇となり、永世本因坊襲名資格保持者となりました。また、二年連続での七大タイトル制覇、併せておめでとうございます。今のお気持ちをお聞かせください。
藤堂:ありがとうございます。五年前に本因坊タイトルを獲得して、夢だった本因坊の襲名を果たせました。こうして歴史に名を残せたこと、本当に嬉しく思います。
──ここ数年は囲碁界激動の年だったと思われますが、藤堂七冠はいかがでしょうか。
藤堂:AI囲碁のことですかね。ええ、凄い時代になったと思います。去年の3月でしたか、李先生とalphaGOの対局は驚きでした。
MASTERに私も挑んだのですが見事に負けまして。あれもalphaGOでしたね。非常に悔しい思いをしました。
──AI囲碁は今後も発展していくと思いますが、囲碁界はどうなるとお考えでしょうか。
藤堂:囲碁界も発展して、さらに強くなると思います。新手も沢山生まれまして、検討をすればするほど新たな発見が見つかるんです。囲碁は最高の思考ゲームだと思っています。千年以上に渡って研鑽され続けてきた囲碁で、未発見の一手が、この一年で大量にできました。人間はコンピュータに計算では敵いませんが、発想と飛躍においては勝っていると思うんです。人間とコンピュータが研鑽していけば、やがて神の一手にも届くのではないか。そう思います。
──ありがとうございます。神の一手、ヒカルの碁から有名になった言葉ですね。そういえば、藤堂先生が碁を始められたきっかけもヒカルの碁だと伺っています。
藤堂:ええ、以前のインタビュー(2012年3月号刊)でも話したのですが、ヒカルの碁のヒロインのあかりちゃんと私の名前が同じで。祖父と父が囲碁を嗜んでいたので、興味をもって教わった。それがルーツですね。
自分のインタビューが掲載された雑誌を、隣の座席に放る。自分の顔写真が大きく写されたそれを読むのは中々気恥ずかしいが、それも慣れてしまったな、と苦笑する。
インタビューでも話したヒカルの碁。何度も読んだ作品だが、ふと読み返したくなった。今のような長時間の移動の時には棋譜を眺めたり囲碁のゲームをするのが常であるが、たまにはいいか、とタブレットを触り、電子書籍版のヒカルの碁を立ち上げる。
そうして1巻から黙々と読み始める。ああ、佐為と打ってみたいな。塔谷先生とも打ってみたい。私は勝てるだろうか。いや、私はまがりなりにも七冠のタイトルを保持する世界トップ棋士だ。負けるわけにはいかない。
そんなことを考えながら本を読んでいると。
新幹線が大きく揺れて。
体が投げ出される感覚と。
多くの悲鳴が耳朶を叩き。
私の視界は、真黒に染まった。
ため息を胸の奥に仕舞い込み、藤堂灯は教室のドアを眺めていた。今日から過ごすこの空間の先を思い、やはりため息を堪えるのは大変だった。小学生であったことなど、随分昔のこと……灯はそれ以上考えるのをやめた。歳のことなど考えてはいけない。折角若くなったのだ。見よ、この肌のハリツヤ。昨晩はシャワーを浴びて感動した。髪もさらさらの艶々だ。ああ、歳など取りたくない。大人になりたくない。ずっと子供でいたい。灯は現実逃避していた。
「はい、では……ふふ、もうみんな知ってるわね。転校生を紹介します。藤堂さん、入ってらっしゃい」
教室から聞こえる先生の台詞に、灯は小さく吐息を零し、覚悟を決めた。今日から小学生なのだ。11歳のぴちぴちぼでーなのだ。この子供の時間を謳歌しよう。
「失礼します」
教室のドアを開け、中へ入る。沢山の子供達の、興味津々の視線が突き刺さる。人に見られることは慣れていたが、どうにも居心地が悪い。囲碁教室や子ども囲碁大会で感じていたものとはまた別の、憧れや尊敬の混じらない同格のものを見る目。ああ、子供になったのだなあ、と、灯はしみじみと実感した。
「それじゃ、藤堂さん。自己紹介お願いします」
「はい。藤堂灯と申します。仙台から転校してきました。趣味は囲碁……ですが、みんなと遊んだりするのも楽しみです。一緒にいられるのも僅かですが、よろしくお願いします」
「ねえねえ、藤堂さん!仙台ってどんなところ?」
「どうして転校したの?」
「前の学校のこと教えて!」
都内の小学校とはいえ、転校生はあまり多くないのか、休み時間に同級生たちに囲まれて質問攻めにされていた。
「どんなところ、かあ……そうね、牛タンのお店が至るところにあるわ。あと、ずんだ餅とか美味しいわよ。あ、ひょうたん揚げというのもあるわね。アメリカンドッグの、中身がかまぼこなの。……しばらく食べれないわ。残念」
「ふふ、食べ物のことばっかり」
「美味しいのは大好きよ?あ、転校のことね。お父さん、和服のお店で働いてたのだけれど、東京に新しく作ったお店の店長になったのよ。だから、家族みんなで引っ越してきたの」
「あ、じゃあ藤堂さんが着物着てるのって、おうちのなの?」
「ええ、店の宣伝してこい!って。前の学校でもずっと和服だったの。ランドセルすごく似合わないから変よね。前の学校はね、教室は3クラスしかなかったけれど、体育館は2つあったし、プールもあったのよ。修学旅行に行けなかったの残念だったわ」
「あー、修学旅行!どこだっけ?」
「京都だったよね?」
「いつだっけ?」
「えーと……」
わいわいと質問に答えながら飛んでいく話を楽しむ。成長の早い11歳の女の子たちとはいえ、まだまだ子供だ。微笑ましくなる。
灯は自分は異質だという自覚がある。中身はれっきとした大人なのだ。排斥される不安もあったのだが、いい子たちばかりなのだろう。灯をすぐ輪の中にいれて、楽しそうに会話している。
「そういえば、藤堂さん、いごってなあに?」
「うちのおじいちゃんがやってたやつかなあ」
「将棋みたいなやつ?」
お昼休みにご飯を食べながら話をしていると、囲碁の話題となった。お弁当をつつきながら、灯はふむと思案し、
「簡単に言えば、陣取りゲームね。」
そう話しながら、ランドセルから取り出した碁石を並べてみせ、楽しそうに碁を説明していくのだった。
5時間目の授業は道徳だ。他の教科は前の学校と同じ教科書だったため流用できたが、この科目は別の出版社のものを使っているようだ。さて、どうしたものかと困っていると。
「あの、藤堂さん」
隣の席から声をかけられた。灯が振り向くと、そこには黒髪の、可愛らしい少女がこちらを見ている。先ほど囲碁のことを聞いてきた子だった。
「えーと、藤崎さん、よね。どうしたの?」
彼女の名前は藤崎あかり。名前が同じで苗字も似ているから、覚えてしまっていた。改めて彼女の顔をまじまじと見つめる。違和感、いや既視感だろうか。名前にもだが、彼女のことはどこかで見た気がするのだ。灯は内心で首を傾げていた。
「道徳の教科書、違うよね。わたしの、一緒に見よう?」
どこか恥ずかしそうに話してきた彼女に、まあ気のせいかと思いながら首肯して、机を近づけた。
「……ふふっ」
「ん、どうしたの?」
何がおかしいのか、突然に彼女が微笑んだ。訝しんで聞くと。
「ううん、名前で読んでほしいなあと思ったんだけど、ほら、名前一緒じゃない。苗字も似てるし、なんかおかしくて」
「偶然て凄いわよね。ええ、あかり、と呼んでもいいかしら。私も灯と呼んでちょうだい」
「!うん、灯ちゃん!」
満面の笑顔を見せるあかりを可愛らしい子ねえ、と微笑ましく感じる灯であった。
放課後、灯はまっすぐに家へ帰っていた。あかりと仲良くしたくもあったが、彼女は幼なじみの少年と一緒に帰るらしい。あかりの彼を見る目は、完全にホの字だ。お互いに全く気付いていないようだが、あの二人を引き裂くのも野暮だろう。応援しても良いかもしれない。なんだかんだでお似合いに見えるのだ。クラスのが皆も揶揄しながらも見守っているようだし。
しかし、あの少年。金髪メッシュの(地毛らしいが)彼は、進藤ヒカルと言ったか。名前にも、その外見にも既視感がある。あかりに続いてだが、会ったことがあるのだろうか。
今生では、おそらく無いだろう。東京には大会でしか来たことはなかった。あの二人は囲碁とは無縁の様子。では前世だろうか。しかし、あれほど特徴的な容姿ならば忘れはしないだろう。
そんな事を考えつつ、灯は自分用のパソコンの設定をしていく。父のお下りで貰ったものだが、この時代のパソコンは大きい。というかごつい。純和風の部屋には酷く似つかわないメカメカしさがある。
インターネットの設定は業者にやってもらっていたので、することはネット碁ソフトと棋譜管理ソフトのインストールと設定くらいだ。前世でも使っていたものなのでさくさくと作業を進めていく。
設定も終わり、落ち着いた時間になって、ふと、前世を思い出した。
記憶に残る最後の光景は、新幹線に乗って本を読んでいたところ。何を読んでいたのだったか。思い出せない。alphaGOとの記念戦の移動途中だったから、棋譜でも眺めていたのだったか。
ああ、悔しい。2勝2敗での最終戦だったのに。もし勝てれば、人間の強さを。コンピュータの可能性を。まだまだ追求できたのに。
灯の目から涙が溢れる。何よりも悔しく、悲しいのは、もう彼らとは碁を打てないことだ。彼らはこの世界にはいない。挑戦してきた彼らも。師も、中国や韓国、世界の皆も。名前が違うだけで、もしかしたらいるのかもしれない。だが、昭和以降の名だたる棋士が、前世と今世で異なっているのだ。顔も、名前も、棋風も。彼らとは、もう打てない。
灯の囲碁は彼らに勝つためにずっと磨いてきたものだ。だから、彼らと磨き上げてきた囲碁を、この世界に刻もう。
二十六世本因坊灯仙。世界ランク1位。至高と呼ばれた囲碁を、この世界の棋士たちにぶつけるのだ。
誤字修正
成長の早い12歳の女の子たち→成長の早い11歳の女の子たち
灯の彼を見る目は、完全にホの字だ。→あかりの彼を見る目は、完全にホの字だ。