はじまり
世間一般の中学3年生といえば、中高一貫校でもない限りは、受験生である。
それはこの私、江戸川 キリであっても例外ではない。
まあ、他の人のように勉強漬けにはなっていないが。
「高校はもう決めてあるのか?」
父親、江戸川 誠の問いに、私は夕食の手を止めた。
大正浪漫の面影が色濃く残る室内に響いていた食事の音はぴたりと止む。
私たちは、テーブルを挟んで目を合わせた。
こんな時代に古めかしくも着物を身にまとった父さんは、心配そうな目つきをしていた。
だから私は、精一杯の笑顔で答える。
「全っ然決まってないね!いやー私って天才だから、選択肢がいっぱいあって迷っちゃう!」
冗談?いやいや、私は本当に天才なのだ。
学校のテストなんかはあんまり本気を出さないから、目立たないだけで。
それを父さんはちゃんと理解しているから、あまり私に口出したりはしない。
「…武偵になるのはどうだ?」
武装探偵略して武偵。その名の通り、武力を行使する探偵。
頭を使う探偵は、私に向いているのかもしれない。
「…選択肢にはいれておくよ」
食事を再開する。
武偵、か。
東京武偵高のパンフレットを一瞥する。
うーん、悪くないかな。
適当な高校に進んだって、その先、職業選択がまだ待ち受けている。
どうせしたいこともなりたい職業もないし、そんなのは面倒臭いじゃないか。
なら、初めからなれる職業があらかじめ決まっている武偵高は、将来的に楽かな。
強襲科ではなく探偵科なら、命の危険も少ないだろう。
決めた。
「よし、東京武偵高を受けよう」
とうとうやって来た受験の日。
武偵高には父さんが、時代錯誤なクラシックカーで送ってくれた。
電車とかバスで来るっていう手段もあるが、何を隠そう私はどちらの乗り方も知らないのだ!
聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥というが、聞いても分からないなら仕方ないよね。
文明が進化するのはいいが、それにともない複雑化するのはどうかと思うよ。
そんなことを言ったら、バスや電車の利用法は簡単だよ、と友人に指摘されてしまったが。
この話はもういいだろう。
というか、校内に入ったはいいが、建物が多すぎて受験会場が分からない!
案内図を見たが、さっぱりだね。
今自分がどこにいるのかもわからないんだから。
地図もろくに読めない私は、人に聞くしか手段はないようだ。
「ねえ、君。探偵科の受験会場どこか知らない?」
受験生っぽい男の子に、背後から声をかける。
背中をトントンと叩くと、振り向いてくれた。
なんか根暗そうな人だなあ。
怖そうよりはマシだけど。
「それなら、すぐそこのあの建物だ。わかるか?」
「おお、あそこか!灯台下暗しとはこのことだな!恩に着るよ。じゃあ、強襲科の試験、頑張って」
あはは、不思議そうな顔をしているなあ。何で強襲科を受けることを知ってるんだ、って顔だ。面白い。
教えてあげてもいいが、今じゃない。今後会うことがあれば、その時に教えてやろう。
手を振って、ようやく受験会場となる建物に向かう。
会場には既に多くの人がいた。
探偵科は筆記試験。皆緊張した面持ちで席に着いている。
受験番号によって決められている席を探し当てて座る。
メガネケースから、黒縁のメガネを取り出してかけた。
視線だけで周りを見回すと、一人の女の子が目に付いた。
うわ、あの人派手だなあ。ツーサイドアップの蜂蜜色の髪に、フリルを大胆にあしらった服ーーーあれはもしかして中学の制服、であってるのか?
ああいう服装は、可愛い子にしか似合わない。
似合うような人は少ないのだろうが…彼女は少数派、似合う人のようだ。
顔立ちからして、純粋な日本人ではなさそう。
そんなことを考えているうちに、試験が始まる。
武偵高の探偵科。
どんな問題が出るのだろう、と期待していたのだが…
うーん、簡単すぎて退屈だなぁ。
解答用紙を全て埋め、それでも退屈だったから色々と解答を追加していく。
まあ、この程度か。
ちょっと期待しすぎたみたいだ。
職員会議にて。
探偵科の教員の一人である高天原ゆかりは、文字によって黒く埋め尽くされた答案を見て戦慄した。
「間違いなく、彼女は天才だな」
尋問科の綴は、そう言ってタバコをふかす。
その言葉に異議を唱える者は、誰もいない。
脅威にもなりうる才能を持つ生徒が、一般中学校にいたとは。
目前にしても未だに信じられず、高天原はその偉業を口に出した。
「犯人とその証拠、動機ーーーーだけじゃなく、どうすれば犯人が自供するか、犯人の育った環境や人柄まで言い当てている…?」
探偵科の入試は、筆記試験である。
その問題の中に、事件の概要がまとめられた紙から犯人を推理し、犯人とその証拠を書く問題がある。
他の生徒は、正解不正解はともあれ、要求されたことだけを解答していた。
しかし彼女だけは違った。
こんな問題はお遊びだとでも言うかのように、事件の背景までもを鮮明に解答していた。
もちろん結果は、すべて正解。
書き足されている情報も含めて、答案に書かれたことは寸分の狂いもない真実。
文句なしの満点だった。
「これが、まだ中学生の子供だというの…?」
信じられないとばかりに、高天原は再度答案を読み直す。
プロでもここまで鮮明に解答できるものは、ほんの一握りいるかいないかだろう。
「Sランクでも申し分ない、どころかRランクでも通じそうな実力…しかし、すこし様子見が必要だろう」
江戸川キリーーーー現時点でのランクは、A。
最後の方修正しました。