私がよければすべてよし!   作:しょうゆらーめん

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エビで鯛を釣る 下

「夾竹桃、ジャンヌ、ここだよ」

 

あたしは、二人の方を向いて、武偵高女子寮のひとつの扉を指差した。

二人はイ・ウーの同期で、あたし達は結構仲が良い。

でも今回は遊びに来たんじゃなくて…

 

「ここが、江戸川 キリの住まい、か」

 

ジャンヌは険しい表情でドアを睨んだ。

きりりんの部屋には、あたしも入ったことがない。

キーくんは入ったことあるって聞いたけど、他には誰も入れてないみたい。

きりりんは、途轍もなく賢い。

だから本当はイ・ウーのことをどこまで知っているのか、把握しておく必要がある。

 

「理子、鍵はあるの?」

 

夾竹桃があたしに聞く。

あたしは、前に作っておいた合鍵をポケットから取り出した。

 

「くふふっ、きりりん鍵の管理はぞんざいなんだもん。簡単だったよ〜」

 

さっそくその鍵で、きりりんの部屋を開ける。

部屋の中は、殺風景だった。

隅に置かれたゴミ袋にはお菓子のゴミがいっぱい入っていて、そこだけに生活感が現れていた。

 

「物が少ないのね」

 

夾竹桃は部屋を見渡してそう言った。

確かに全然物がなくて、本当にここに住んでいるのか、と疑いたくなるくらいだった。

もしかしたら、この部屋には何もないかもしれない。

それでもあたしたちは、可能性がある限り手がかりだけでも探す必要がある。

江戸川 キリという、イ・ウー始まって以来の最大の脅威を、取り除くために。

 

「…異様に瓶が多いな」

 

ジャンヌは、不思議そうにキッチンを見る。

十数本のラムネ瓶が、転がっている。

でも、中にあるはずのビー玉は全部無くなっていた。

どこかに置いているのかな、と少し探せば、棚にある透明のケースの中に、ビー玉が詰まっていた。

よくラムネを飲んでいるのは見ていたけど、まさかビー玉を集めてるなんてなあ。

一応携帯のカメラで写真を撮る。

後に教授に見せるためだ。

あたしたちだけじゃ見逃すこともあるかもしれないし、それに教授ならどんな些細なことからも見抜いちゃうこともあるだろうから。

…それは、キリも同じなんだよね。

どんな小さなことからでも、推理しちゃうんだから。

 

「うーん、この部屋は何もないのかな」

 

あたしは一通り写真を撮ってから、他の部屋に続くドアを見た。

閉まってはいるけど、鍵まではかかっていない。

そっとドアノブに手をかけて、扉を開く。

 

「…っ!」

 

その部屋の壁には、新聞やネットの記事、誰かがまとめたらしい資料が乱雑に画鋲で止められていた。

しかも、よく見るとあたしたちイ・ウーに関連するような事件ばかり。

武偵殺しや魔剣(デュランダル)、その他イ・ウーの知り合いの記事がたくさんあった。

少しだけ、違和感を覚える。

ジャンヌが顔をしかめるのが見えた。

あたしも、多分同じような顔をしているのだろう。

 

「全部、お見通しってわけ?」

 

夾竹桃が嫌悪感たっぷりにそう言う。

 

「でもこれ、キリが集めたんじゃない」

 

あたしは冷えた頭で考える。

だってキリは、探偵科には向いてないんじゃないかって程調査が苦手なはずなんだ。

 

「なら誰が…」

 

ジャンヌは顎に手を当てて唸る。

 

「フクザワ…」

 

あたしは気付けばそう呟いていた。

 

「誰なの、それ?」

 

「わからないけど、キリの知り合いみたい」

 

キリは度々その名前を漏らしていた。

調べる価値はありそうだよね。

いくら賢くても、キリは普通の人間。

ジャンヌや夾竹桃みたいに特殊な能力を持ってるわけじゃない。

だから、何の情報も無しに推理することはできない。

必要な情報を、どこから掴んでくるのかと思ってたけど…

“フクザワ”

その人が、助手のような役割を果たしていたのかも。

 

『やあ!気は済んだかな?』

 

その声は、聞き覚えのある、今日は依頼に出ているはずの人の声だった。

身体が硬直する。

夾竹桃やジャンヌも動く気配は無いから、おそらく二人もあたしと同じように固まっているのだろう。

真っ先に口を開いたのは、意外にも夾竹桃だった。

 

「江戸川 キリ…?」

 

『御察しの通り、名探偵だよ!』

 

静かな室内に、家主の明るい声が響く。

焦りと混乱でぐちゃぐちゃになった脳内で、ああやっぱり、と少しだけ思った。

 

「嵌めたのか…!」

 

ジャンヌは険しい顔つきで、一点を睨む。

それは、一冊の本。

ファイルが乱雑に突き刺さる本棚で、一冊だけ置かれたタイトルの無い本。

あたしはそれをそっと手にとって、開く。

想像通りそれは本ではなく、箱だった。

そこには小型の機械が仕込まれている。

 

『嵌めたなんて、人聞きが悪いなあ』

 

どうやらその機械から声が聞こえているらしい。

音が一段と大きく聞きやすくなった。

それとほぼ同時に、ジャンヌが舌打ちをする。

 

「実際そうだろう」

 

ジャンヌがちらりとこちらを見る。

“喋るな”ということだろう。

予想外の事態に戸惑っているが、自分もジャンヌも案外冷静らしい。

あたしがココにいる、ということは、キリには知るすべなど無いはずだ。

見た所どの部屋にも監視カメラの類は無かった。

それに、武偵殺しがあたしだってことも、気づいているとは限らない。

武偵殺しや魔剣などを調べてはいたようだけど、その正体に関するような資料は無い。

だから、あたしはバレないように静かにしなきゃいけない。

 

『どうして私がイ・ウーの君たちを嵌めなきゃいけない?』

 

どういうことだ。

しん、と静寂が下りる。

嵌めたんじゃない、ということを単に言いたかっただけなのかもしれない。

でも、きっとそれだけじゃない。

嵌めるまでも無いってこと…?

手元の小型の機械に、視線を下ろす。

 

あたしは、ふと先日のことを思い出した。

そして、気づいた。

 

この機械を設置しておいたということは、キリは前々から侵入者が来ることを知っていたことになる。

いつも置いているのかと思ったが、それにしてはタイミングが良すぎる。

これは録音なんてできない、リアルタイムで音声を届けるタイプのものだ。

依頼に行くと言っていたキリが、音声を確認した時とあたしたちがこの部屋に入った時が、たまたま重なったとは考えにくい。

なら、どうして侵入者が“今日”“この時間に”来ることが分かったのか?

 

“明日から三日は連続で依頼が入ってるし、まだわからないから…まあ、予定が合えば行ってやってもいいけど”

 

あたしが別の依頼の日を尋ねた時の、キリの台詞だ。

侵入の日付を今日に決めさせた言葉。

どうやってその三日のなかから、今日この時間を割り出したのかは、わからない。

あの名探偵のことだから、他の細かい判断材料を掻き集めて辿り着いたことなんだろう。

…その時に分かったとしか、考えられないのだ。

そしてそれなら、キリの言葉の意味もわかる。

嵌めるまでもない、当たり前だ。

だってあたしは、自分からこの日に行きますと言ったようなものなんだから。

でもそれは、ある一つの仮説の上に成り立っている。

……あたしがイ・ウーに属する犯罪者だと、キリは知っている。

でも、いつから?

少なくとも、おとといにはもう知っていた。

 

『何か言いたいことがあるんじゃないかい、峰・理子・リュパン4世?』

 

4世、という単語に、一気に頭に血がのぼる。

噴き出しそうになる感情を、あたしは必死に押さえつけた。

キリはそういうつもりで4世と言ったんじゃない。

今問題なのは、キリがそこまで知っているということだ。

でもまずは、別の質問から。

 

「依頼は、どうしたんだ」

 

キリが今日は依頼に行くのだということは、ちゃんと調べて裏付けた。

でもキリは今、こうして話す余裕がある。

 

『あれねえ。死体を一目見たら犯人と手口が分かったから、さっさと解決してきちゃった』

 

キリのこういうところは、本当に流石としか言いようがない。

 

「…いつから、あたしの正体に気付いた。どこまで知ってる」

 

『矢張りそれが本題か。…君が単なるただの武偵じゃないってことは、最初から気付いてたよ。本格的に調査、推理をしたのは、シャーロック・ホームズと話してから。峰がそこに所属しているというのは、その時に分かったからね』

 

教授は一切あたしたちのことは話していないと言っていた。

なのにどうして分かったのか、なんて聞いても意味は無いだろう。

大事なのは過程ではなく結果だ。

 

『どこまで、か。君が4世という呼び名を好いていないこと、その理由ーーーーそれから、ある吸血鬼から解放されるために、初代を越えようとしていることとか?』

 

そんなことまで。

思わず機械を壊してしまいたくなった。

 

『ああ、ついでに言うと峰以外の二人ーーー魔剣 ジャンヌ・ダルクに夾竹桃、君たちのことも粗方調べはついてるよ』

 

予想はついていたことだ。

それでも空気が凍るのは、情報を掴まれているということがどれだけ脅威であるのかを、あたしたちは知っているから。

 

「…何がしたいの」

 

夾竹桃は苦々しい顔で吐き捨てるように言った。

 

『いずれ侵入されるなら、させればいいと思っただけだよ。…ああ、それと私の部屋を漁っても無駄だと思うよ』

 

そうだ。

部屋に入った時の違和感の正体が、今になって分かった。

どうやって一人暮らしなんてしてるのか疑問に思うほど、キリは自由奔放で生活力がない。

こんなに、綺麗に事件の資料をまとめているわけがないんだ。

これだけ資料が揃っていて、キリが推理できていないわけがない。

解決済みの資料を、放っておくなんてキリらしくない。

この部屋を作ったのは、キリ()()()()

 

『無駄足ご苦労!!じゃあ、ちゃんと鍵かけて帰ってね!』

 

その屈辱に、あたしたちはどうすることもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…以上が、江戸川 キリの部屋であったこと」

 

あたしが報告すると、教授は顎に手を当てた。

 

『フクザワ、か。ある程度推理はできるが、一応調べておいてくれ、理子君』

 

その頼みに頷きながら、ふと今更疑問が湧く。

 

「そういえば、どうして正体を知りながら誰にも言わないんだろう」

 

「…断定は難しいが、彼女に何らかの企みがあるのかもしれない」

 

教授にしては自信が無さそうな感じだ。

それほど、キリは有り体に言えば すごい のだ。

 

「一人の人間が、観察と推断を基礎として、一瞬で論理的結論を導き出すーーー単に推理と言えばそれまでだが、手持ちの情報を結合させ、結論を一瞬で導き出すのはそう簡単ではない。だが、彼女にはそれができる」

 

「教授にも、できるんじゃないの?」

 

あたしの問いに、教授は楽しそうに笑いながら否定する。

 

「推理小説の名探偵でも、活躍するのは事件の最後、本の終わりだ。なら現場にも行かず容疑者にも会わず、ただ資料を一瞥しただけで事件を解決する江戸川 キリは、凡庸な名探偵程度では手の届かない、恐るべき推理力と観察力を持っているということになる。ーーー僕に、そこまでの力は無い」

 

教授の明らかな敗北宣言に、あたしは驚くしかなかった。

 

「能力ならばただの現象だ。しかし、彼女は誰もが持つ思考力を働かせた結果、事件を解決に導く。実に素晴らしいよ。間違いなく、彼女が世界一の名探偵だ。…だが、彼女は子供。僕はもう長く時を重ねてきた。簡単に負ける気はない」

 

そうして教授は、大好きなゲームを目の前にした子供のように、笑った。




ちなみに、サブタイトルには二重に意味を考えています。
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