「さあ、ゲームでもして暇を潰そうじゃないか…江戸川 キリ君」
教授と呼ばれるその男は、期待を込めて笑みをこぼした。
これは、一対一の勝負。
楽しい楽しい、推理ゲームだ。
学校の廊下を、ラムネ瓶片手に歩く。
もう片方の手には、
教務科に呼ばれるのは、これが初めてではない。
今まで何度か、警察や他の武偵の手に負えない事件のお鉢が回ってきたことがある。
仕方ないよね、この世の難事件は、すべからく名探偵の仕切りに決まっているのだから。
「失礼します」
最低限の礼儀としてそう声をかけ、私は目の前の扉を開いた。
「おぅ、来たか!」
「こっちよ江戸川さん」
蘭先生、それから高天原先生は、私を認識した途端に大きな声をかけた。
二人の先生の前には、既に先客がいる。
遠山 キンジ、強襲科Sランク
峰 理子、探偵科Aランク
不知火 亮、強襲科Aランク
武藤 剛気、車輌科Aランク
レキ、狙撃科Sランク
皆各学科の優秀な生徒だ。
「よし、全員揃ったな」
蘭先生は、名前の通り豹のように鋭い目をして笑った。
「お前らでチーム組んで、事件解決してこい」
「はい、これ資料」
高天原先生は、優しい笑顔で皆に紙束を配る。
拒否権はないらしい。
教務科からの依頼を単独で受けることはあったが、チームで受けるのは初めてだ。
「用はそれだけや。解散ッ!」
蘭先生はそれだけ言って私たちを追い出した。
「連続爆破テロ事件、か…」
資料を見ながら呟いたのは、キンジ。
確かこの事件は、テレビニュースにも大々的に取り上げられていた。
「にしても、先生たちもうまくチームを組んだもんだな」
専門的なことも記されてある資料に飽きた武藤が、皆の顔をぐるりと見回す。
「そうだね。お互い足りないところを補強しあえるような組み合わせだ」
不知火は資料から目を外さずに答えた。
彼の言う通りだ。
峰と私で情報面は補える。
さらに戦闘になっても、私以外の全員がある程度戦える。
バランスが重視された良い組み合わせだ。
「この、爆弾…」
ぴたりと紙をめくる手を止め、不知火が呟いた。
「どしたの、ぬいぬい?」
峰はその様子を不思議に思って、不知火の方を伺った。
爆弾…爆弾と言ったか。
私は資料の少し先を見て、不知火が手を止めた訳を理解した。
「厄介な爆弾が使われているね」
これは警察による調査の結果だ。
このテロに使われている爆弾は、スラリー爆弾にアルミニウム粉末を組み合わせた車両爆弾。
乗用車に数百キロの爆薬を積み、特定の信号で信管を遠隔爆破させる。
さらに安価で大量生産可能な代物。
爆心地から半径200メートル程度の人間は爆風で即死。
離れた距離にいたとしても、爆風の高熱と融解アルミの雨が降り注ぐ。
アルミニウムは燃焼促進剤であり、強い白光を放ちながら燃えて爆炎の威力を増す。
と同時に、爆風に乗って飛散し、摂氏600度の高熱飛沫となって人の肉体を貫通し焼き尽くす。
とどめに、金属アルミニウムは水と反応して可燃性の水素ガスを発生させる。
つまり、
消化のための放水で、さらに爆発が連鎖し、救助が困難になる。
「…この爆弾を使う犯罪者、もしくはこれを作れるような犯罪者がいないか、峰は後で調査してくれ」
私は早速峰に指示を出す。
「りょーかい!」
峰は可愛らしいペンで紙にメモを取る。
「人口密集地で爆発が起これば、後の停電や事故なんかの二次災害も含めると、千人を超える死傷者が出るんじゃないかな」
不知火は難しい顔で資料を睨む。
今までの爆発は人のいないところで起こっていた。
だからまだ、目立った被害はない。
「乗用車で運べるから、監視もむずかしい。…とりあず、今できるのは調査くらいだな」
キンジも、根暗そうな顔を一層暗くして悩んでいる。
「まあ、こっちには江戸川もいるんだし、犯人はすぐに分かるんじゃねえか?」
武藤は呑気に私を見た。
もちろんだ。だって私は、世界最高の名探偵なのだから。
「でも、どうして犯罪者に絞るんだ?」
私はキンジからの質問に、馬鹿だなあ、と返してから答える。
「爆破予告状があっただろう?資料に載ってる」
「ああ…」
予告状には、爆発が起こった場合の被害の様子まで記してあった。
『太陽が落下したかのような白光と消えぬ炎。居並ぶ建物は根こそぎ崩れ、人々は焼けながら逃げ惑い、路面は融解し、吹き飛んだ車両が建物に刺さって燃え盛り、————』
「…妙にリアルな爆発の描写だ。おそらく、この文章を書いた犯人は、実際にこの光景を見ている。…しかし、これだけの大爆発を撮影なんてしてる余裕は無いはずだ。それにこれは爆発からほんの数分後の様子みたいだし。…この人は、爆弾を設置して逃げた後、現場に戻ってきてこの光景を見た」
根拠はそれだけではないのだが、キンジたちを納得させるにはこれだけで充分だろう。
現になるほど、と頷いている。
「でも、こんな爆弾作れるような人って少なくはないよね?…だとしたら、あんまり絞り込めないよー…」
と、言いながら私を見てきた峰に、確かに、と武藤も同意を示した。
「絞り込まなくていい。調べてリストアップしてくれれば、それで充分だ」
私はにやり、と笑う。
私には、それだけあれば充分だ。
犯人が、私並みの天才か、相当狡猾な者でさえ無ければ。
「頼もしいね、江戸川さん」
不知火が人の良さそうな笑みを私に向けた。
今日のところはこれでお開きとなった。
しかし、峰は最後まで私から離れることなくそばにいる。
「…キリ。どうしてあたしの…イ・ウーのこと、誰にも言わないの」
その瞳に、いつものおちゃらけた感じは存在しなかった。
「馬鹿か君は?いや、疑問形は失礼だな…馬鹿だ君は!」
敵意の篭った眼差しが向けられる。
私はその視線を笑い、峰の問いかけに対する答えを述べる。
「どうでもいいからだ」
驚きに見開かれる目。
しかし、私の言った意味と峰がとった意味はきっと少し違う。
彼女はきっと、犯罪者がのさばることに関心がないのだと、そう思ったことだろう。
勘違いに気づかずに。
それでも指摘してやる気はない。
私は峰に背を向けて、そのまま歩き出した。