私がよければすべてよし!   作:しょうゆらーめん

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大変遅くなりました。
この事件だけはどうにか早めに書き終えるつもりです。


黄昏の独唱曲

俺と武藤、不知火、それから理子とキリ。

そんな妙なチームであたることになった事件は、誰もがすぐに解決できると信じて疑わなかった。

なぜなら、江戸川 キリがいるから。

キリがいれば、どんな事件でもすぐに解決する。

キリの絶対的な推理能力があれば。

それはある意味崇拝にも似ていたのかもしれない。

キリだって間違えることはある、人間なんだという当たり前のことを、俺たちはいつのまに失念していたのだろう。

 

『大切なのは、キリの才に圧倒されず、常に彼女を、一人の少女として、客観的に見てやれることだ』

 

福沢と名乗った男に言われた言葉を、俺はすっかり忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きりりん、資料出来たよー!」

 

チームでの集合場所に一人遅れてきた理子は、紙束をぶんぶん振り回しながらキリに飛びついた。

キリは一歩横にずれるだけで、みごとにそれを回避。

理子はその勢いで綺麗に前転し———

 

「ふぐぁっ!?手首、手首がああぁぁ!!」

 

みごとに負傷していた。

座り込んで手首を抑えて叫んでいる。

何やってんだ、この理子(あほ)は。

 

「ご苦労」

 

そんな理子を歯牙にもかけず、資料だけを奪うキリ。

理子のことが見えていないかのように資料のページをめくりだす。

流石に少し理子に同情してしまった。

あそこまで完璧なスルーは虚しい。

 

「キーくんの視線が悲しい!」

 

どうやら同情がバレたらしい。

ひどいよー、と言いながら理子は顔を覆って泣き真似を始めた。

あ、よく見るとこいつ、ちらちらこっちの様子を伺ってやがる。

そろそろめんどくさい。

 

「ほら、いつまで床に座ってるんだ。汚いぞ」

 

相手にされていないことを理解したのか、理子は泣き真似をやめた。

そして俺をちらっと見て…

 

「そこは手を差し伸べてくれるところじゃないの?」

 

理子が白い頬を膨らませながら不満をこぼす。

負傷したのは手首であり、立つことに問題は無いんだから自分で立て。

俺に何を求めてるんだ。

なんて思いながらも、じっと見てくる理子に根負けして俺は手を差し伸べた。

 

「ほら」

 

「わーい!」

 

その手にはちょっと触れる程度で、理子はほぼ自力で立ち上がる。

おい、絶対意味無かっただろ。

 

「なあ、峰」

 

ようやく立ち上がって制服のゴミを払っていた理子に、キリが声をかけた。

キリの方を見ると、もう結構資料を読み進めていた。

声をかけている間もなお、紙をめくる手は止まらない。

 

「君はこの事件、どう思う?」

 

おそらくその瞬間、皆が思ったことは完全とはいかずともほぼ一致していただろう。

まさか、キリが意見を求めるなんて。

あいつのことだから、何でも知っていそうな印象があった。

———しかも、その内容は普段のキリとは結びつかないものだ。

事件なんて、大抵一人で簡単に解決してしまうキリが、人に意見を求めるとは。

 

「…え?」

 

案の定峰も驚いていた。

しかしその驚き様は俺以上で、完璧にフリーズしてしまっている。

こいつでもこうなることはあるのか。

キリはページをめくる手を止め、煩わしそうに理子の方を見遣る。

 

「君も探偵科なんだから、ある程度推理くらいできるでしょ?」

 

しかし同じ探偵科とはいえ、理子が得意なのはどちらかというと調査の方だ。

推理だってできるが、それはキリのような天才には遠く及ばない。

いや、そもそもキリよりも推理ができるやつなんているのか?

 

「…あ、えーっと、うーん…愉快犯、かな?今までの爆発は全部死者が出てるけど、それに関連性はない。つまりは無差別。…だから私怨の線は薄いかな」

 

「間違ってもいないが合ってもいないな」

 

と、キリは微妙な判定を下した。

しかしそれ以上何も言おうとはしない。

 

「犯人は———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と不知火、理子、武藤はキリが資料から特定した犯人のところへ来ていた。

レキは既に少し離れたビルの屋上で狙撃準備をしている。

キリは何処にいるのか知らないが、インカムで指示や推理を行う手筈になっている。

 

『突入、開始』

 

インカムから聞こえたキリの声に従い、武装した俺たちは廃工場へと入った。

 

中は薄暗く、静かだった。

しかし得体の知れない空気が漂っている。

俺は強襲科のSランクとはいえ、今はその力を使えない。

ヒステリアモードを使う気はない。

まあせいぜい不知火の足を引っ張らないようにするしかない。

 

「本当にここなんだよな…?」

 

『ああ』

 

慎重に足音を殺して進む。

ここにはいない…別の部屋か。

目の前の大きな鉄製の引き戸に手をかける。

鍵はない。

少し錆びついているため、どう開けても音が出るのは防げないだろう。

ギギィ、と音を立て一人通れるくらいまで扉を開けると、

 

「来たぞおおお!!!」

 

その中から、男のそういう叫び声が聞こえた。

仕方ない、と一気に開けて拳銃を向ける。

——中にいたのは、せいぜい小学校高学年か、それより下の子供ばかりだった。

しかもそれが、手榴弾やら拳銃やら物騒なものを持っている。

その子供たちが立ちはだかる奥では、資料で見た“犯人”の男が更に奥へと逃げようとしている。

 

「子供を盾に…!!」

 

理子が忌々しげに吐き捨てた。

そう言いたくなるのもわかる。

武藤や不知火も、苦い顔つきで武装した子供達を見ていた。

 

「おにいちゃんを、こ、殺さないで…!」

 

10にも満たない少女が、手榴弾を両手に持って恐怖に染まった表情で請う。

 

「おにい、ちゃんを…」

 

そして右手に持った手榴弾のピンを引き抜き、こちらに放り投げた。

すかさず理子が前に出て手榴弾を蹴り上げる。

幸い天井はボロボロで穴だらけだったため、うまく外で爆発してくれた。

それを皮切りに、皆思い思いに攻撃を始めた。

 

「おいキンジ!お前はあの男を追え!!」

 

武藤はそう言いながらナイフを持って襲って来た子供の相手をしている。

不知火はうまく銃だけを狙って撃ち、武装解除を試みる。

理子は手榴弾を持った子供を優しく無力化していき、レキは武器を使えないように銃弾で破壊していた。

 

「わかった」

 

俺はその合間をくぐり抜けるように奥へと向かう。

子供を使うなんて、全く趣味が悪い男だ…!!

 

『キンジ、聞こえてる?』

 

「キリか!?ああ、今俺が犯人を追って…」

 

『知ってるよ。そろそろ見失う頃かと思ってね』

 

どういうことだ、と言おうとして周りが閉鎖空間であることに気づく。

出入り口は俺が入ってきたところのみ。

窓は全て内からロックがかかっている。

 

「…その通りだよ」

 

『下だ、キンジ。地面にマンホールのようなものがあるはずだ。その中へ入れ』

 

指示通りに地面を見渡すと、確かにマンホールのような丸い金属があった。

見た目よりも軽かったそれを持ち上げると、わずかな明かりに照らされた通路が見えた。

 

「あった。今から入る」

 

梯子を伝って中に降りると、それは隠し通路に違いなかった。

点々とロウソクの灯が揺れている。

奥の方からは、急いで走っているような足音まで聞こえた。

反響で距離までは分かりにくいが、目指すべき方向は分かる。

足音を殺しつつ、急いで逃げられないように走る。

段々と足音は大きくなり、やがて犯人らしき男の背中を視認できた。

 

「動くな!!」

 

拳銃を構えてそう言うと、男は両手を挙げてゆっくりと振り返る。

 

「くそ、くそっ…!!どうして、俺が…!」

 

警戒しながら2、3メートルの距離まで迫る。

 

「俺はちょっと()()()()()()()()()()()()だけなのに…!」

 

……今、この男は何と言った?

 

『キンジ、インカムの音をスピーカーにしてくれ』

 

キリは静かに指示を出す。

俺はそれに従ってインカムのボタンを操作した。

 

『やあ、犯人くん。1つ聞くけど、どうしてこちらの襲撃を予想できたんだい?』

 

その言葉で俺は納得した。

そうだ、異常なほどに用意周到だった。

子供は何十人もいて、ひとりひとりが武装していた。

そんな数の武器を、いつ用意した?

急な襲撃で用意できるようなものじゃなかった。

何故?

———その答えが、予想していたから、だ。

 

「い、言えば殺さないか?」

 

『約束しよう』

 

武偵は人を殺せない。

約束も何もないのだが。

 

「ある、親切な男が教えてくれた。…あ、そうだ!そいつが、これを見せれば助かると……!」

 

男は慌てたように懐を探り、一枚の紙を出した。

銃は向けたまま、それを受け取って開く。

 

「キリ、情報だ。新たな容疑者が…」

 

『…本物、にしか思えない。でもおそらく、その容疑者に強襲を仕掛けても今回と同じ結果になるね』

 

とりあえず強盗事件を起こしたという男に手錠をかけ、廃工場の方に一度戻ろう。

その途端だった。

俺の携帯が鳴る。

しかも、この着メロ、蘭豹か!?

 

「は、はい!もしもし遠山です!」

 

慌てて出て、携帯が耳についたインカムにカチンと当たった。

しかしそれを気にする余裕はない。

 

『おう、遠山ぁ。さっきまた爆破予告が届いた。しかもこの東京武偵高宛に手紙で届いたそうや!後で教務科に取りに来い!!』

 

それだけで通話は切れた。

 

『爆破予告…か。先に私が受け取ってくる』

 

キリの推理が、外れた…?

爆破テロの犯人は別にいる?

キリの推理が、届かないってことなのか…?

そんな相手を、俺たちは捕まえられるのか?

 

 

 

 

 

『まったく、手の込んだことだ。そんなに暇なのか?』

 

キリは、少し苛立たしげにそう言った。


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