「犯人は、君だーーーーー巡査」
私が指差したのは、被害者の後輩だという巡査だった。
「は…?」
巡査はぽかんとして私の指と顔を交互に見る。
私は、不謹慎にもにやりと笑ってしまった。
「巡査が、彼女を殺した」
「な、馬鹿なこと言わないでください!大体、現場に都合よく犯人がいるわけーーー」
鑑識科の生徒は、無謀にも私に反論してくる。
しかし、すぐに私を認めざるを得なくなるだろう。
「犯人だからこそ現場にいたがる。それに、言ったよね…証拠がどこにあるかもわかるって」
鑑識科の生徒は口をつぐみ、私の次の行動を観察する。
私は、巡査に近づいて手を差し出した。
「銃出して」
「!!」
「一般人に貸すのならともかく…私は武偵だ。何も問題ないだろう?」
ほら、と催促しても、巡査は動かない。
何かを言おうとして口を開いては閉じる、という行為を無意味に繰り返している。
そうだよね、証拠をみすみす武偵に渡すほど馬鹿ではないよね。
私が渡しやすいようにしてやろうじゃないか。
「いくら武器がぽんぽん出回る世の中とはいえ、短時間で素人が銃弾を補充するのは、容易じゃない。それが支給された銃であれば尚更だ。…今、考えているんだろう?ーーー減った三発分の銃弾について、どう言い訳するか」
「っ!」
「ーー巡査、銃を見せてください」
周りにいた武偵も、さすがに怪しいと思い始めたのだろう。
巡査に疑いの目が向いている。
たくさんの目にさらされ、ようやく巡査は銃に手を伸ばした。
「…そうだ、それでいい」
武偵は銃を受け取ろうと、彼に半歩近づく。
が、巡査は銃を取り出すと同時に撃鉄を起こしていた。
追い詰められた人間の行動なんて、限られてくるよね。
「峰、行け!」
予想していた私は、峰の背中を思い切り押した。
峰はその勢いのまま、巡査の方に飛び出す。
「ええ!?」
驚いたような声を出しているが、問題ないだろう。
思った通り、峰はまず銃口をそらし、あっという間に巡査を取り押さえてしまった。
「は、離せ!!僕は関係ない!」
「逃げても無駄だ。犯行時刻は昨日の早朝、場所はここから150M上流の、造船所跡地」
巡査は目を見開く。
私にはすべてお見通しなのだから、逃げたところで意味などない。
それを思い知った方がいい。
「そこに行けば、あるはずだ。君と被害者の足跡。それから、消しきれなかった血痕も…」
まだ暴れようとする巡査を峰は1人で押さえつける。
探偵科なのになかなかやるなあ。
「どうして…」
「私に解決できない事件など無いよ」
だって私は、名探偵だからね。
武偵高での取り調べに、私と峰も同席することとなった。
巡査はパイプ椅子に腰掛けて、項垂れている。
そしてそのまま、静かに話し始めた。
私には既にわかっている、事件の真相を。
「撃つつもりは、無かったんです。ーーー彼女は、ある政治家の汚職事件を捜査していました。そして、大物議員が犯罪組織に関わっているという証拠を、予想外にも手にしてしまったんです」
私も峰も、取り調べをする武偵も、黙って巡査の話を聞く。
まるで懺悔のようだ。
「しかし議員も老獪で、警察内のスパイを使って証拠を消そうとしました」
「そのスパイが、君というわけだね」
巡査は黙って頷く。
人は見かけによらないものだね。一見すると、ただの優男なのに。
「昔、警察官の試験に三度落ちて、落ち込んでいたんです。そんな時に声をかけられました。“どうしても警察官になりたいか”って………昔から警察官に憧れていた僕は、議員の力でその夢を実現させました。その見返りに、議員の指示に従っていたんです」
「そして、議員の犬として被害者を殺したのか?」
取り調べを担当する武偵が彼にそう聞いた。
随分と早計で、愚かな発言だ。
私は、巡査が答える前に口を挟む。
「違うよ。ねえ、巡査」
「はい。…僕は、彼女に警告を…」
私に否定された武偵は少し不満げだが、そんなことは関係のないことだ。
私は悪くないしね。
「このままでは消されるから、証拠を手放せと。しかし、彼女はーーー決して手放さない、後は証拠を馴染みの検察に渡すだけだと言って…だから、僕は…」
「銃で、被害者を脅したの…?」
峰はいつになく真剣な表情で、巡査に向き合っている。
いつもはふざけているような態度の彼女だが、さすがにこの状況では真面目だ。
「…僕に彼女は撃てなかった。彼女もそれをわかっていたからーーーー僕は、自分に銃を向けて彼女を脅そうとしました。彼女は僕を止めようとして揉み合いになり、そのはずみで発砲を…」
ひどく辛そうな表情で、巡査は話す。
彼にとっても彼女を撃つのは本意ではなかった。
私は彼の後を継いで話す。
「このままでは殺人犯、警察もクビになる。混乱した君の頼れる人物は、ひとりしかいなかった…電話した君に、議員は証拠隠滅の方法を教え、君はその通りに彼女の胸にもう二発撃ち、他の犯罪組織の仕業に偽装…………発見を遅らせるため、川に遺体を流した」
巡査は黙っている。沈黙は肯定と見なしていいんだよね?
「被害者が入手した証拠はどこだ?」
武偵は、怖い顔をして巡査に聞く。怒鳴るような勢いのそれだったが、しかし巡査は黙ったままだ。
仕方がない。少し背中を押してやろう。
「彼女の最後の言葉、当ててみせようか」
私は、巡査にそう話しかけた。
巡査は、不思議そうにこちらを見上げる。
「“ごめんなさい”……だね?」
「そこまで、わかっちゃうんですね…」
巡査は、わずかに声を震わせてもう一度うつむいた。
「証拠品は、僕の机の引き出しにあります…」
日が随分と傾き、街は茜色に染まっている。
私と峰は、二人並んで歩いていた。
取り調べを終え、寮に帰るところである。
「もう、酷いよー!りこりんを犯人の方に押し出すなんて、ぷんぷんがおー、だぞ!」
やっぱりそれを怒ってくるか。
予想はついていたが、思ったより軽い感じだった。
こういうところが人に好かれるのかもしれないな。
「もちろん君が戦えることくらい、わかっていて背中を押したよ。君には言ってなかったか…私は、大体見ただけで人の筋肉量から、何ができるかくらいわかる。…私の観察眼を甘く見ない方がいいよ」
「それにしたって、いきなり押すなんて酷いじゃん!」
峰は、頬を膨らませて私の前に立ちはだかった。
私は足を止めて、笑顔を見せた。
「それについては反論できないね」
謝るつもりもさらさら無いが。
むー、としばらく膨れていたが、やがてため息をつくと、峰は元通り並んで歩き始めた。
「まあいいや。すごい推理も見れたし!…そういえばきりりん、彼女の最後の言葉まで当ててたよね?どうしてわかったの?」
「ああ、あれか。…彼女に交際相手はいないって話だったけど、彼女の腕時計は海外のブランドものだった。そして、巡査の腕には同じブランドの紳士モデル…」
一度そこで話を区切り、私は峰の方を見た。
「犯罪組織の報復手口に、似たようなのがある、って言ったよね」
「え?う、うん。言ったよ…?」
「巡査は、それを完全には真似ることができなかった。君も言ってたよね、雑だ、って」
峰にもある程度わかってきたようだ。
まさか、と言うように目を丸くしている。
「二人は恋人同士だったのだろうね。…職場には、内緒の。だから巡査は、例え遺体であろうとも、彼女の体に酷いことはできなかった。そうしないと、犯罪組織の仕業に見せかけられないと分かっていてもね…」
「す、すごいねー…りこりん全然分かんなかったよ…」
当たり前だ。だって私は天才で、名探偵なんだから!
ある組織にて。
「どうしたんだい、理子君」
オールバックで髪を整えた20歳ほどの男は、訪問者の方をちらりとも見ずにそう話しかけた。
しかし、名前を呼ばれた峰 理子は驚きもせずに男に少しだけ近寄った。
「教授」
教授と呼ばれた男は、ようやく峰の方を振り向いた。
その顔には、余裕そうな微笑が張り付いている。
「江戸川 キリーーーあの子は、危険だよ」
峰は、教授とは真逆に真剣な表情で話す。
数日の間で見た、江戸川 キリの異常性。
「入試ですごい成績出したって話題だったから、あたしは声をかけたんだ。でも、今日までは目立った活躍とかも無かったし、ただの自称天才だと思ってた」
そう、つい昨日まで、峰は江戸川 キリのことを教授に比べると凡人レベルに過ぎないと思っていた。
今日、一緒に依頼に行っていなければ、入試での成績は偶然だと済ませるつもりだった。
しかし、今日ーーーー昨日までの認識は、呆気なく翻った。
「今日、キリの依頼についていったんだ。ろくに自分で調査しないし、その割に大口叩くし、最初はホントにダメだなー、と思ったよ。でも、ーーーあたしの認識が甘かった。誰も手がかりをつかめていない、難事件を、キリはーーーー」
「解決した、かい?だが、それだけではないようだね?」
教授の言葉に、峰は知らぬ間にうつむいていた頭を持ち上げる。
その表情は、決して明るいものではなかった。
「司法解剖も終わっていないのに、犯人が誰で、いつどこで殺して、どこに証拠があって、ーーーーどうすれば犯人が自白するのかまでわかったって言うんだ。実際、キリは真実にたどり着いていた」
あの現場には、15分もいなかった。それだけの短時間で、江戸川は事件を解決して見せた。
そして、言葉一つで巡査に証拠品の所在を話させた。
自分で地道な調査なんて一切しなかった。
同じ探偵科のAランクである峰でも、あの事件を解決するにはもっと調査をしなければならなかった。
江戸川が名探偵には必要ないと言った、調査を。
「ふむ…江戸川 キリ、か。この時代にも、それほどの頭脳を持つ者がいるとはね」
教授は、まだ江戸川 キリを甘く見ていた。
事態を楽観視していた。
それもそのはずだ。
なぜなら、峰が見た江戸川は、まったく本領を発揮していなかったのだから。
そして彼らが理解するころには、もう遅いのだ。
江戸川が、組織を脅かすような存在であることをーーーー