私がよければすべてよし!   作:しょうゆらーめん

4 / 16
遠山キンジの災難

今日は日曜日。

学校も無く、家で過ごすという選択肢もあったのだが、何となくそれは憚られた。

だから、俺は仕方なく出歩いていたのだがーーーー

 

「何だ、あれ」

 

チョコレート色のハンチング・キャスケット帽に、同色のコートを羽織った人物が駄菓子をいっぱいに詰めた紙袋を抱えて、駄菓子屋の前に立っていた。

よく見ると、武偵高の女子制服を着ていることがわかる。

嫌な予感がしてすぐに立ち去ろうとしたが、運悪くその駄菓子女は振り向いてしまった。

 

「やあ、遠山じゃないか!奇遇だね」

 

切れ長の目に、遠くからでも楽しげな色が浮かんでいるのがわかる。

両手で抱えていた紙袋を器用に片手で支え、空いた片手をこちらに向けてぶんぶんと振っている。

黙っていればクールな美人なのだが、彼女は相当な変人である。

そしてそれは、入学初日の自己紹介から皆に知れ渡っていた。

(峰 理子を除き)皆が当たり障りのない挨拶をしていたというのに、彼女は自己紹介の序盤でとてつもないインパクトを与えた。

何と言ったかというとーーーーこれは後に置いておこう。

 

「…キリ」

 

さすがにそこまでされては無視できず、俺は仕方なく名前を呼んだ。

自称天才の駄菓子女は、俺と同じクラスの江戸川 キリだ。

彼女は軽快に駆け寄ってくると、俺に紙袋を差し出す。

 

「ちょうどよかった!これ持ってて」

 

予想外の行動に思わず受け取ってしまった自分が憎い。

 

「ちょ、おい!」

 

キリは俺に背を向け、また駄菓子屋に戻る。

おい、これだけ買っておいてまだ買う気か。

持っていろと言われた手前そのまま立ち去ることもできず、俺はキリの側にいることにした。

随分と楽しそうに駄菓子を手に取っては、子供用の小さな買い物カゴに詰めていく。

こんなやつでも一部の男子には人気があるようだが、俺には全くもって理解できない。

というか、どれだけ駄菓子を買うんだよ。

もうそのカゴいっぱいだぞ。

それでもまだ時間がかかりそうだったので、俺も売られている駄菓子に目をやる。

お、俺が小さい時に売られてた駄菓子もあるんだな。

懐かしい、兄さんと一緒に買った覚えがあるぞ。

 

「おばちゃん、これちょーだい!」

 

どうやら買い物は終わりらしい。

子供のようなヤツではあるが、買い込む量は尋常じゃない。

おまけにあの量の駄菓子に、瓶のラムネを10本ほど追加してやがる。

まさかこのまま俺を荷物持ちにするんじゃないだろうな。

 

「ラムネも重いから持って」

 

そのまさからしい。

 

「おい、どうして俺がーーー」

 

「いいじゃないか、どうせ暇なんだろう?」

 

図星だ。

反論しても論破されそうなので、ここは大人しく従うしかないようだ。

 

「それ、私の部屋まで運んで。ほら、行くよ」

 

「待て!お前の部屋って女子寮だろ?俺が気安く出入りするわけには、」

 

「この時間は寮にいる人って少ないから、だいじょーぶ」

 

そういう問題じゃないだろ…

その後も文句を言おうとする俺を無視して、キリはどんどん歩いて行く。

そしてそれに、何だかんだ俺も付いて行ってしまうのだった。

 

 

 

 

女子寮のとある一室。

俺は、とうとう来てしまった。

さあさあ、と俺の背中を押して半ば無理やり部屋に招き入れたキリは、駄菓子を乱雑にちゃぶ台に置く。

 

「どうしたの?入りなよ」

 

玄関に立つ俺に、キリは不思議そうに声をかけた。

ここまで来て引き返すのもアレなので、素直に従う。

思っていたよりも散らかってはいないが、それはおそらくまだ荷解きができていないせいだろう。

隅に積まれた段ボールがそれを物語っている。

入学してから数日経っても片付けてないのかよ。

しかし、それを差し引いても女子の部屋にしては、少し殺風景だった。

 

「意外だな。お前のことだから、もっと本とか置いてあるのかと思った」

 

正直な感想だった。

天才だ何だと言うキリのことだから、本で色々と知識をつけているものだと思っていたのだ。

 

「私の嫌いなものは、無駄な知識と常識だからね!」

 

笑顔で話すことじゃないだろ。

常識が嫌いって、どういうことだよ。

ますます江戸川 キリという人間がわからなくなる。

 

「あ、荷物机に置いて。あと、ラムネ二本出して」

 

思わず自分で出せと言いたくなるが、ラムネの袋を持っているのは俺だ。

荷物を置いてから、はいはい、と二本取り出して渡す。

 

「ご苦労!特別にラムネを一本君にあげよう!ここで飲んでいくといい」

 

一本返された。

自分で二本飲むんじゃなくて、くれるつもりだったのか。

貰えるものはありがたく貰っておこう。

キリは机の前に座り、ラムネを飲み始めていた。

それに習い、キリと向かい合うように座って俺もラムネを開ける。

瓶を傾けると、ビー玉の転がる涼やかな音がした。

 

「君はどうやら女嫌いのようだから、断られると思ってたよ」

 

目の前のキリは、何を考えているのかわからない笑顔で座っている。

 

「女嫌いだとわかっていて強引に誘ったのは誰だ」

 

言い返してみれば、キリは何が面白いのか声を出した笑い出した。

 

「あははは!君はいつでも私の誘いを断ることができたさ。なら、それをしなかったのはどうしてかーーーー君の女嫌いは、過去の女性関係に起因しているのだろう?」

 

一瞬動揺してしまった。

探偵科の、ましてやAランクの生徒にそんなところを見せては、肯定したも同然だろう。

 

「しかし、いざこざがあった女性たちと、私では性格も態度も大きく違った。だから君は、私には隙を見せた」

 

自分でも理解しきれていなかったことを、キリはすらすらと言い当てていく。

 

「その女性関係は、君の何らかの特徴が招いてしまったことだろう。それは、人と関わるのが得意でない君の性格からも推理できることだ。しかし、流石の私でも知らないことは推理できない。だから私は、異性が関係する“特徴”を、少し調べてもらった」

 

ラムネ瓶を握る手に力が入る。

ごくり、と唾を飲み込んで、不敵に笑うキリから目をそらした。

 

「ヒステリア・サヴァン・シンドローム」

 

ああ、くそ。

こんなに少ない情報から、見抜く人がいるなんて。

 

「その反応からするに、当たりのようだね。…これは、ついでにある人から聞いたことだけど、遠山金一という武偵は、君の兄だね?」

 

どこまで知っているのか。

目の前のキリが、何か得体の知れないものに思えてきた。

 

「ところが、おかしいね。彼の仕事の依頼人は、遠山カナという女性が来たというんだ。これも、そのヒステリア・サヴァン・シンドロームが関係していると考えられる。おそらく遠山金一武偵は、女装することで性的興奮して、HSSになるんじゃないか?」

 

兄のことも、すべてキリは知っている。

こんなにはやくヒステリアモードのことがバレたのは初めてだ。

最も驚きなのはーーーキリが、一度も俺がヒステリアモードになったところを見たことがない、ということだ。

なのに、真実にたどり着いてしまった。

ふと、中学の時のことが蘇る。

 

「恐れなくてもいい。私は、君を利用するつもりなんてないからね」

 

キリは、急に興味を無くしたように不敵な笑みを消した。

しかし、まだ油断はしない。

俺はそらしていた目線を、もう一度キリに向けた。

 

「本当か?」

 

「だって、利用なんてしなくても、君はこうして荷物持ちをしてくれるだろう?」

 

その言葉があまりにも予想外で、俺は目を丸くする。

 

「で、でもーーー」

 

「他の人に言ったりなんてしないよ。そんなことしても意味ないだろう?そんなことよりさ、ビー玉取って」

 

もう俺の話題はどうでもいいのだろう。いつの間にか、キリはメガネを外していた。

空っぽの瓶を揺らして、その中のビー玉を見ている。

自己紹介の時の、キリの言葉が浮かぶ。

 

『私は江戸川キリ。君たちのような愚かな人を守る、世界最高の名探偵だ!』

 

あながち、全てが嘘ではないようだ。

少しくらいは信用してやってもいいか。

俺はちょっと警戒を緩めて、キリから瓶を受け取った。これ、割るしかないんじゃないか。

 

「あ、あと…君のお兄さんに会ってみたいな」

 

は?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。