私がよければすべてよし!   作:しょうゆらーめん

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遠山金一の驚愕 後編

私は、弟のキンジとその友人、江戸川 キリと一緒に散歩することになった。

キリの要望に私が便乗し、それにキンジを付き合わせている形だ。

 

「何で俺まで巻き込むんだ…カナとキリだけでもいいだろ…」

 

そのため、キンジはさっきからこの調子で下を向いて歩いている。

 

「あらキンジ、何か不満でもあるのかしら?」

 

「…なんでもない」

 

ちょっと文句を言いながらも、何だかんだで付き合ってくれているキンジは、我が弟ながら優しい子だと思う。

 

「駄菓子屋はないの?ラムネ飲みたい」

 

二歩分くらい前を進むキリは、そう言いながら周りを見渡した。

 

「もう少し歩けばあったと思うけど」

 

昔の記憶を辿りながらそう伝えれば、キリは嬉しそうに振り向いた。

 

「ほんと!?どっちなの?」

 

「そのまま真っ直ぐ歩けばいいわ」

 

この子供のような言動からは、キリが世界的にも素晴らしいであろう推理力を持っているとは夢にも思わない。

でも、実際私は目の当たりにしてしまったのだ。

どうやったのかもまったくわからない、見ていたんじゃないかと思うほど正確な推理を。

 

「お前、またラムネ飲むのか?」

 

「だっておいしいでしょ、ラムネ」

 

どうやらこの子はよくラムネを飲むらしい。

そういえば駄菓子も好きだと聞いた。

もしかしたら、推理で酷使した脳の栄養補給のために、お菓子を食べているのかもしれない。

本人にその自覚は無さそうだけど。

私はずっとカナでいると睡眠期がやってくる。

脳を休めているのだ。

それと、キリの駄菓子を摂取することは、多少似ているのかもしれない。

 

「ほら、あそこよ」

 

先の方に少しだけ見えたお店を指差す。

教えると、キリは突然帽子を抑えながら走り出して駄菓子屋の前で止まった。

キンジも一緒に慌てたように走る。

私は歩調を変えずに、ちょっと遅れて店に着いた。

 

「おばちゃん、ラムネ!」

 

店にいたおばあさんは、そんなキリを見て微笑んだ。

小柄でかわいらしいおばあさんだ。

おばあさんは近くの棚からラムネを取り、キリに手渡す。

キリはがま口の財布から小銭を出して、たくさん皺が刻まれたおばあさんの手に優しく落とした。

 

「キンジとカナさんは?」

 

急にこちらを向く。

その表情はとても嬉しそうだ。

 

「私はいいわ」

 

「俺もいい」

 

そんなキリを微笑ましく思いながら、おばあさんに会釈して店を出た。

ラムネ瓶に入ったビー玉は、キリが歩くたびに綺麗な音を立てる。

 

「キンジ、また後でビー玉とって」

 

「ああ、それはいいんだが…この辺りに公衆トイレか何かなかったか?」

 

キンジがさっきからそわそわしていると思ったら、そんなことだったのね。

 

「それなら、少し遠いけど公園にあったはずよ。私たちは、ゆっくり歩いてるわ」

 

「すまん、ありがとう」

 

キンジはそう言って走っていった。

キリに、行こうか、と声をかけようと思ったが、彼女は通って来た道の先をじっと見つめていた。

笑顔は消えている。

不思議に思い視線の先を辿ると、黒っぽい服装の男性がひとり歩いてくるだけだった。

本当にどうしたのかしら。

あの男性に何かあるの?

尾けているなら私やキンジが気づかなかった訳がないし、男性が不審であるとか、そんなことはないように見える。

男性は徐々に近づいてくる。

そしてそのままキリを通り過ぎようとした時、

 

「あんた、ここにくる前に人を殺したね?」

 

キリは男性に言う。

真っ直ぐ目を見てそんなことを言われた男性は、立ち止まる。

 

「いきなり何なんだ、私は人を殺してなどいない!」

 

男性はおそらく30代、中肉中背で背広を着ており、仕事用なのかカバンを持っていた。

私には、普通の営業マンに見える。

 

「ふーん。あ、行こうか、カナさん」

 

「え?い、いいの?」

 

キリはふつうに歩き出そうとする。

 

「ま、待ちなさい。私が殺人犯ではない証拠を見せましょう。一緒に来てください」

 

「え、やだ」

 

本当に彼は殺人犯なのだろうか。

だとしたら、武偵として逮捕しなければならない。

 

「キリ、証拠はあるの?」

 

「その鞄の中にあるべっとり血のついたナイフ。他にも調べれば出てくると思うよ。過去に何人も殺した、連続殺人犯みたいだし」

 

男は顔をひきつらせる。

私は自分の武装を確認しつつ声をかける。

 

「すみませんが、ちょっと来てもらえますか?」

 

「っ、くそ!」

 

逃げるのか、と思いきや鞄から血で染まったナイフを取り出した。

そう来たか。

男の手から離れた鞄は、重力に従って落ちた。

こちらに向かってきた男のナイフをまず避ける。

それからナイフを持つ手首に手刀を入れた。

カラン、と音がしてナイフがコンクリートに当たる。

そのままその手首を掴んで捻り上げ、足でナイフを遠くに飛ばしてから地面に男を組み伏せた。

キリは私が蹴り飛ばしたナイフを、指紋が付かないようにするためか、白い手袋をはめて拾い上げた。

 

「どーするの、これ?」

 

「うーん、証拠品だから警察を呼ぶまでは置いてていいと思うわ」

 

「ふーん」

 

キリは興味無さそうに答える。

そしてナイフを、私物を机に適当に置くような雑さで地面に置いた。

 

「警察に連絡してくれる?」

 

「面倒臭いなあ」

 

キリは手袋を外し、ポケットから携帯を取り出した。

面倒だと言いながらも、きちんと連絡してくれるらしい。

 

「もしもーし、武偵高の江戸川 キリだけど。今偶然連続殺人犯を捕まえちゃってさあ。…え?場所?巣鴨の何処か」

 

すごく不安になった。

まず敬語じゃないし、すごく軽い口調で結構衝撃的なこと言ってるし。

私は一度ため息を吐いて、彼女にこの場所の詳細を伝えた。

キリはそれを一言一句違わずに警察に伝え、電話を切る。

警察を待つ間に、気になることを聞いてみようか。

 

「どうして、この人が連続殺人犯だとわかったの?」

 

「今日は休日の、それも昼間だよ?まずこんな格好の人がいること自体おかしい。当然疑うよね」

 

それは確かに私も思ったことだ。

でも、この男は一切不審な様子が無かった。

さらに理由を問おうとして、やめる。

キリは間違いなく天才だ。

キンジは確か、そう言って私に彼女の話をしていた。

それは出会い頭に祖父の所在を言い当てた時から、疑いようの無い真実となった。

きっとこの子の目は、私には見えていなかった多くの手がかりを捉えていたのだろう。

 

「では何故、見過ごそうとしたの?」

 

「興味無かったから」

 

思わず口をつぐむ。

真顔で答えたキリに、何も言えなくなった。

 

「そいつが連続殺人犯で、罪を逃れて逃亡中であろうが、私にはどうでもいいことだからね。私は、社会正義や倫理観で名探偵をやったことなんて一度もない。面倒臭そうだったので放置したかったんだけど……そうも行かなかった」

 

私のせいだとでも言いたいのか。

と思ったが、当人はそんなつもりでは無さそうだ。

 

「あ、キンジ」

 

キリがいきなり私の後ろを見て声をかける。

振り返ると、キンジが不思議そうな顔をして立っていた。

 

「どう言う状況だ?」

 

 

 

 

 

 

あれから警察署で事情を話し、ようやく解放された頃にはもう日が暮れかけていた。

随分長い一日だったように思う。

 

「はー、半日無駄になったじゃないか。どうして名探偵の私があんなことを!」

 

事情を話すのが長引いた原因は、キリにある。

警察相手でも自由奔放な振る舞いは全く変わらなかった。

挙句に警察を馬鹿にするような発言の数々…キリに振り回されることになってしまったのだ。

頭は良いのに、どうして礼儀だけはどうにもならないのだろう。

 

「ほら、もうすぐ着くわよ。夕ご飯も食べていく?」

 

「あんまりお腹空いてない!それに、そろそろ帰る」

 

どうしてだろう。

不思議と、不遜な態度を許してしまうのは。

そうさせる魅力が、この子にはあるのかもしれない。

 

「連絡先、交換しない?」

 

「私やり方分かんないから、カナさんがやって」

 

ぽん、と携帯を渡される。

よく連絡先の交換方法も知らずに使っていられたものだ。

『遠山 金一』と登録された連絡先を確認してから、携帯を返す。

私は、キリの登録名に『江戸川』と打って、少し迷ってから消す。

『名探偵 キリ』

これでいい。

 

 

 

 

武偵高のとある男子寮の一室。

日が沈み、完全に暗くなってから俺とキリは武偵高にようやく帰れた。

寮が違うキリとは途中で別れ、寮へ帰る道を歩きながら一人考える。

駄菓子屋で会ったあの時、キリは両手で抱えなければいけないような紙袋を手に、まだ駄菓子を選んでいるようだった。

そしてタイミングを計ったかのように振り向いた。

もしかしたら、と俺は思う。

あの時、俺があそこを通るとわかっていて、駄菓子屋で待ち伏せていたのだとしたら。

まさか、とは思うが、否定はしきれない。

キリは一体、何処まで読んで行動していたのだろう。

もしかして、自分はキリの手のひらでいいように転がされていたのではないだろうか。

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