「最近、うちの神社の近くで首なし死体が見つかったらしいの。今回はそれに関係するかもしれなくて…粉雪ーーー私の妹の、ことなんだけど」
そんな前置きのようなものから始まった話を、私は電車に揺られながら思い出した。
「毎日、散歩で神社の前を通るおばあさんの様子が、変だ、って。でも他の人たちはその違和感を感じないらしくて。粉雪自身も、どんな違和感を感じるかとか、そういうのは具体的にわからないみたいなの。ただ漠然と、違和感があるって感じで」
違和感の正体がわからない、なんてよく聞く話だ。
人に対する違和感なんて、特に正体が掴めない。
雰囲気とか、ちょっとした言動とか、そういう言葉でここが違うとは言い表し難い違和感は、気のせいで片付けるにはいささか無理がある。
白雪の話は、まだ続く。
「それで、そう思い始めた日がね、首なし死体が発見される数日前で。何か悪いものでも憑いてるんじゃないかって不安そうなの。でも、多分ーーーこれは、そうじゃない。だけど何がおかしいのかなんて私にはわからないから…だから、江戸川さんに頼もうと思って」
面白そうな事件なら、首を突っ込む価値はある。
首なし死体事件についても気になるし。
だから今、こうして私は白雪とともに電車に乗っているのだ。(なお、呼び名が変わっているのはキンジの時と同じ理由だ)
星伽神社に行くために。
窓の外の見慣れない風景を、私はラムネ片手にぼんやりと眺めた。
星伽神社は、武装巫女が守り役をつとめる由緒ある神社だ。
昔からそうなのか、はたまた白雪の時だけそうなったのかは知らないが、白雪には姉妹が多い。
今回白雪を通して依頼して来たのは、そんな姉妹の一人である粉雪だ。
そう、目の前で私に怪しむような目線を送る、ツリ目気味の少女である。
武偵高の制服で胡座をかく私とは正反対に、きちんと足を揃えて正座している。
星伽神社に到着した私は、すぐに客間らしき部屋に通された。
白雪は先ほど、お茶を淹れると言って席を外した。
「ねえ君、毎日神社の庭の掃除を一人でしてるの?」
粉雪がおじいさんを見かけるのは、朝の掃除中とのことだった。
それで質問してみたんだが、彼女は眉をひそめて不機嫌そうだ。
「…いえ、何人かでしていますが」
「君だけ?違和感を感じたのは」
「…そのようです」
不機嫌そうな顔はそのままに、粉雪は淡々と答える。
「君は、例のおばあさんとよく話していたんだね」
返事は返ってこない。肯定とみなしていいのだろう。
粉雪は目線を逸らし、それきり口を開こうとはしない。
「お茶、どうぞ」
白雪が丁寧な所作で入室し、私の前に茶柱の立ったお茶を置いた。
その隣に、美味しそうな茶菓子も並べられる。
白雪は粉雪の隣に、綺麗に正座した。
粉雪が話そうとしないのをいいことに、私は茶菓子に手を伸ばす。
口に入れれば、優しい甘さが広がった。
うん、美味い!
何か白雪に買わせようと思っていたが、茶菓子を持って来たのでいいだろう。
「粉雪、あの話を江戸川さんに」
「…はい、お姉様」
私と二人きりの時よりも、ずっと優しい表情で白雪を見た後、粉雪はまた不機嫌な顔で私を見る。
相当姉が好きなのだろう、というのは誰が見てもわかることだ。
「私が、おばあさんーーー木根さんをおかしいと思うようになったのは、首なし死体が発見される数日前です。いつも通りの時間に神社の前を通られたので、挨拶しました。しかし、何だか……少し、引っかかって」
白雪に前もって聞いていたのと、同じ話だ。
「その日からもう十日が経ちますが、毎日木根さんを見かけました。でも、おかしいと思う気持ちは消えなくて。…それが、たまらなく気味が悪くて、お姉様に相談しました」
「話を聞いても私にはどうしようもなかったから、江戸川さんに依頼することにしたの」
姉妹は揃って不安そうな表情を浮かべる。
白雪は、私に縋るような視線を送った。
これは学校の任務外である。
私には拒否権があるし、第三者からすればそもそも私が依頼を受けるメリットなど皆無だろう。
恐らく利を求める武偵のほとんどは、“断る”とだけ言って済ませるような案件だ。
しかし、私は違う。
「わかった。その違和感なら、今すぐに解明してやろうじゃないか」
「今すぐ…?」
粉雪は怪訝そうにした。
私の名探偵ぶりをまだ知らないのだ、無理もない。
「ここに来る前からある程度わかっていたけどね」
そう、白雪に話を聞いた時から、大体推理は出来上がっていた。
「まずは首なし死体の話かな。…白雪、どうして犯人は首を隠したんだと思う?」
私は白雪に話をふる。
白雪は、少し考える素振りを見せた。
「そういう嗜好ーー首の収集癖とか?」
普通はそう思うものか。
「そういう犯罪者は、確かに存在する。…が、今回の事件は違うな。全く違う、とは言い切れないが。白雪、私は首を持ち去った理由ではなく、隠した理由を聞いているんだ」
結果、首なし死体が出来上がるのは変わらないが、表現ひとつで可能性は無限に広がる。
あ、と白雪が小さく声をあげた。
「えっと…死体の身元の判明を遅らせるため?」
自信なさげに声が小さく、語尾が揺れている。
その隣で話を聞く粉雪は、不思議そうに眉をひそめた。
「せいかーい!首を隠した殺人犯は、殺した人に成り代わろうとした。その理由は、それこそ白雪がさっき言ったような、嗜好、とかそういう類のものだろう」
ここまでくると、流石に話も見えて来たのだろう。
姉妹は大きく目を見開く。
粉雪は、すっかり青ざめてしまっていた。
「木根さん…だったっけ?その人は、先日見つかった首なし死体だろうね。粉雪が見ていたのは、それに成りすました殺人犯だ」
白雪は、衝撃の事実を知ってしまった粉雪を気遣うように顔を覗き込んだ。
下を向いてしまっていた粉雪は、その小さな体を震わせている。
「木根さんの家族ですら、成りすましには気づかなかった。それほどかの殺人犯は、完璧になりきっていたということだ。…それに気付くなんて、君は素晴らしいと思うよ」
「そ、んな……そんな推理は、出鱈目です!そうに決まっています!!」
粉雪は、急に立ち上がって私を睨みつけた。
「粉雪」
白雪がそんな妹を諌めようとするが、なんと言っていいかわからずに視線を彷徨わせる。
「信じないのは勝手だが、今日の夕方には首なし死体の身元判明のニュースが流れるだろうね。もう君が木根さんにも、殺人犯にも会うことは無いということだ」
「それも、推理ですか」
妙に確信を持って言われたその言葉を、私は否定したくなった。
「それによる未来予知だよ」
その方が格好いいじゃないか。
「粉雪、江戸川さんはすごい探偵さんだ、って話したよね。…多分全部、本当のことだよ」
ようやく焦点を粉雪に合わせ、白雪はそう言った。
粉雪は、みるみるうちに瞳に涙を溜め、しまいには白雪に抱きついて泣き出した。
その光景を視界の端に置き、私は一人考える。
この殺人犯は、私が今まで解決したどの事件の犯人とも違う。
捕まえるのが困難で、だからこそ面白い。
この殺人犯と会うのが楽しみで、私は依頼を引き受けたのだ。
せいぜい楽しませてくれたまえよ?