クラナガン中心部より少し離れた場所にある山沿いのトンネルはトラック事故により封鎖されていた。あくまで、表向きでの話ではあるが。
「状況を教えてくださいます?」
現場に到着した捜査官のギンガ・ナカジマは現場を指揮していた若い警官に身分証明書を見せながらそう質問した。警官は軽く敬礼すると手元の端末をギンガに示してくれた。
「初めはトラック事故として捜査してたんですが、どうも近頃話題のガジェットが絡んでいるらしくて」
「ガジェット?」
彼女はそれらを追う仕事に就いている妹、スバルの事を少し考えながら話を聞き続けた。
「トラックの残骸以外のものも散らばっているでしょう? あれですよ」
「ガジェットは、ロストロギアのある場所に現れるといいますが……」
「それなら、気になる物があります。こちらへ」
警官に案内されてギンガはトラックの積み荷の部分と思われる(ひしゃげて原型を留めていなかった)の内側を覗き込んだ。何やら薬品の臭いが立ち込めている。
そこにあったのは何らかの衝撃で壊れた生体ポッド……つまり、培養機の残骸だった。
「……トラックの運転手は?」
「顔面が骨格ごとグチャグチャになってまして、身元の特定には時間が掛かりそうです」
「そうですか」
彼女は潰れた荷台に登って生体ポッドを詳しく検分しようとした。すると、そこに何やら重いものを引き摺ったような跡があるのを発見した。その跡はトンネルの脇まで続いており、地下排水路への入り口の辺りで消えていた。
「地下……人造魔導師……まったく!」
そう呟くと上官に連絡を入れ、地下へと潜った。
※
地下排水路はクラナガン中の排水を集めるため、かなりの大きさとなっている。広く、長い水路はどこまでも続いており、向こう側は真っ暗で何も見えなかった。
地下に潜行した四人のフォワードたちはもうひとつあるであろうレリックを求めて少女の辿った通路を行く。脇では不思議と濁りの少ない水か流れていた。
「それにしても、あの子どこから来たのかしら。この先は廃棄区画よ?」
「廃棄区画を抜けると山道ですけど……街はありませんね」
「水がいやに綺麗なのはそれか……」
エリオはそんなティアナとキャロの会話を聞きながらぼんやりとした思考で走っていた。
あの女の子の身体には地下水路のすえた臭いの他に羊水のような独特の臭いがまとわりついていた。何故それが羊水なのかは分からないが、とにかく、そういった生臭さがしたのだ。
「エリオ、どうかしたの?」
「いや、少し」
横を走るスバルに声を掛けられ、彼は曖昧に返しながら、口の中で「プロジェクトF……」と呟いた。
『ティアナ、聞こえて? こちらロングアーチ』
「アルトさん! 何かあったんです?」
アルトはいつもは整備をしているが、有事の際は通信士をやっている。明るくどこか能天気なところがあるが、仕事はきちんとこなすタイプだ。
『この先ガジェットの反応があるよ! それと、……何かよく分かんないのが』
「は?」
『アンノウン!』
通信士なのだから、もっとしっかり指示を出してほしいと思うティアナだが、思えば敵がアンノウン、つまり未確認体だというのに的確な指示を出せと言う方が無理なのだとすぐに気付いた。結局最後の判断は現場に委ねられるのだ。
数分ほど走り、四人は先より狭い通路へ入った。足音が反響し、頭にガンガン響いてくる。暗くて閉ざされた環境と言うのはお世辞にも快適とは言えない。
「……まって!」
不意に、スバルが三人を制した。どうしたのかと訊くと、何やら音が聞こえるのだと言う。
「音……?」
耳を澄ました。確かに、モータ音とも、何かが地面を走る音ともとれる独特の音が静かに反響しているのが聞こえた。更に、その音はどんどん大きくなってくる。
「例の、アンノウンかな?……ティア、どうする?」
「とにかく、四人で全方位をカバーするの、急いで!」
四人は互いに背中を合わせてどの方向からも敵が来ても良いように構えた。
音はどんどん大きくなっていく。
バリアジャケットのお陰で体温調整がされているにも関わらず、汗が伝い、口の中が渇いていた。
「キャロ、目標は?」
「近づいてきています……スバルさんの至近です!」
キャロが叫んだ刹那、スバルの向いていた方向の壁が吹き飛び、瓦礫と粉塵が一気に舞い上がった。四人は立ち込める粉塵煙に向かって一斉に攻撃態勢を取った。だが。
「あれ?スバル?」
少なくとも四人中二人は聞き覚えのある声が立ち込める煙の中から響いた。そして、その煙が晴れたとき、スバルは歓喜の、ティアナは当惑の声をあげた。
「ギン姉!」
「ギンガさん! 何故ここに?」
スバルの姉、ギンガは後ろで纏めた長い髪を払いながら四人を見て、笑顔を見せた。姿容はスバルを一回り大きくしたような感じだが、キャロとエリオには凄まじく大人の女性に見えた。
「向こうのトンネルで奇妙な事故があってね。それで」
「奇妙な事故?」
「トラックがガジェットに襲われたのよ。中には、壊れた生体ポッドがあって……」
ギンガは気付かなかったが、この時四人は反射的にあの金髪の少女を思い浮かべて顔を強張らせていた。そのことを教えるべきか、教えないでいるべきか迷ったのである。
だが、その生体ポッドに例の少女が入っていたという確たる証拠も無いから、最終的に四人はまだ伝えないということで落ち着いた。何より、レリックの回収が優先される。
「私も協力しようか?」
「えぇ、助かります。それじゃ、いくわよ」
「了解!」
五人は再び走り出した。
※
なのはとフェイトはクラナガンの上空を音速に迫る速度で飛行していた。眼下にそびえるビル群は見る見る後ろへ去っていき、冷たい空気が二人の頬を撫でた。
「ヒィィフゥゥゥ!」
「なのは、落ち着いて」
なのはさんは今日も絶好調である。ロングアーチからの連絡で、海上に新型ガジェットの編隊が現れたというのだ。
その位置はフォワードたちの戦う場所から真逆の方向へ離れた場所で、誰の目から見ても明らかに陽動であったが、放っておく訳にもいかないので、さっさと方付けてフォワード達の援軍に向かおうという話なのである。
「フェイトちゃん! 新型だよ!」
「そうだよ」
「ヤベェ!」
最近フェイトが気付いたことなのだが、なのはは興奮状態になると、物事への感想が全て「ヤベェ」に統一されるのだ。事実、なのはが興奮するということは『ヤベェ』状況には間違いないのだが、そういうことはもっと正確に伝えてほしいのである。
「こちらライトニングⅠ、敵の状況を知らせてください」
『こちらロングアーチ。敵は飛行型ガジェット。五機ずつ編隊を組み、それが十あります』
「五十機かぁ……」
まったく、敵はそれほどの機械を作る金をどこから入手しているのだろう。
フェイトはボルテージが急上昇しているなのはを横目にそのような事を考え始めた。
初めての対ガジェット戦以来、彼女は銀行や戸籍など様々な方面から事件の犯人を割り出そうとしていたが、一向に見つかる気配が無かった。まるで、巨大な隠れ蓑に隠れているかのごとく。
この次元世界において、執務官や様々な捜査機関の目を逃れ、自らの姿を完全に隠すことがデキルほど巨大で大きな力を持つ組織は存在しない。
強いて例外を言うなら、時空管理局がそれなのだが……。
(まさか……ね……)
《敵捕捉》
フェイトを思考の海から釣り上げたのは相棒のデバイス『バルディッシュ・アサルト』だった。
《マスター、準備を》
「さーぁフェイトちゃん!レッツパァァリィィィ!」
「なのは、落ち着いて」
二人は更に加速をかけて、敵の群がる空域へ突入していった。
その頃、近くの空の雲の狭間、丸眼鏡にお下げといった風体の少女、クアットロは鼻歌を歌いながら浮かんでいた。
彼女のしなやかな指が、宙に描き出された、まるで鍵盤のようなコンソールを軽やかに叩き始める。
彼女はこの空域をひとつの芸術作品として完成させる指揮者であり、演奏家だと自負していた。その素晴らしい芸術作品をドクターに見せればきっと喜んでくださるだろう。
「なんだ?」
《敵数、増加》
そう言うバルディッシの合成音声は心なしかヒステリックに聞こえた。しかし、それも状況を見れば仕方ないと言わざるを得ない。
「敵の数が一気に増えるなんて!」
「ウッヒョォォォ!」
蒼白になるフェイトと目を輝かせるなのはの対比には非常に面白いものがある。
「幻術か?」
「イェァァァァ!」
「でも、ちゃんとバルディッシュも感知してる……」
「ヒヤッホォォォウ! 最高だぜぇぇぇぇ!」
「なのは、落ち着いて」
慌ててロングアーチに連絡を取るが、返ってきた答えはバルディッシと同じであった。各種レーダーに実体として投影されているらしい。
『現在、八神部隊長がクロノ提督と教会の騎士カリムにリミッター解除の要請をしています。暫しお待ちください!』
「了解……」
平時、隊長の三人はリミッターとよばれるものを掛けられている。
実は規則で各部隊の魔力ランクは総数が決まっているため、そうでもしないと隊長の三人でその規定に引っ掛かってしまうのである。それほどまでに隊長陣は化け物じみた力を持っているのである。
ちなみにランクはなのは、フェイトがAA(実際はなのはSS、フェイトS+)、はやてがA(実際はSS)だ。
「バルディッシ、許可を貰って、はやてがここに来るまでどれくらい掛かりそう?」
《短くて五分です》
五分は一見すると非常に短く感ぜられる。が、しかし、圧倒的多数に対して戦闘を行うとするとその五分というのが尋常でなく長い時間に変化するのだ。
フェイトは自分の腕にはある程度の自信を持っている。隣には妙に頼りになる変人もいる。それでも、五分間耐え続けられるかは不安であった。
「なのは、いけそう?」
「うーん、まぁ、大丈夫じゃね?」
なのははニヤリと笑うと指を特に意味もなくパチンと鳴らした。
「それより、新しい技を産み出したから、試してみたい」
「わ、技?」
フェイトは突然何を言い出すんだとなのはを見返した。するとなのはは目を瞑り、自らのデバイスを掲げて「あー」やら「うーん」やら唸り始めた。そして、目をくわっと開くやいなや、
「リミッター、限定解除!」
《了解、リミッター限定解除》
瞬間、フェイトは目の前で親友のバリアジャケットがより防御力を高めたデザインに変化したことを知った。長年見馴れた『悪魔的強さ』の象徴……。
「なのは……えっ? 何で?」
先にも述べた通り、リミッターの解除には許可が必要である。二人にははやての許可が必要で、はやてにはクロノやカリムといった人物の許可が必要なのだ。
それにも関わらず、なのはは勝手に、自分の意思で、気紛れで、リミッターを解除した。
「ふふん……たぎってきた」
「なのは……」
ギラギラと目を輝かせるなのはにフェイトは頼もしさと不安を感じながら、バルディッシの柄を握り締めた。
飛行型のガジェット編隊が機体を傾け、こちらに向かってくる。
「来た!」
「ようっし! 突っ込もう! レッツ、ジェノサイド!」
二人は敵陣に突入していった。
リミッター限定解除の許可が降りたのはちょうどその時であった。
フェイトは猪突猛進でお馴染みのなのはに付いて突入したことをひどく後悔した。周り中見渡す限り敵、敵、敵、である。その数は先程よりも増えているように思われた。
「凄いよフェイトちゃん、私たちモテモテだね!」
「そうだね、だけど私の好みじゃないんだけど!」
「無機物的な殿方はお嫌い?」
そう呟くとストレンジ・ハートを腰だめに構えて、「フェイトちゃん、うまく避けてね」とウィンクしてきた。
「へ?」
「いくよ、私の新必殺技!」
《了解》
「ディバイーン……」
デバイスの先に魔力を集束し始めた。何の事はない、ただのディバインバスターである。
「バスタァァ!」
いつも通り、馬鹿みたいな威力を持ったディバインバスターが発射された。フェイトはそれを「相変わらずすごいなー」などと呑気に眺めていたものだが(迫り来る敵を倒しながらである)、次になのはの取った行動は彼女の理解の範疇を越えていた。
「高町ローリングスペシャル!」
なんと、なのははディバインバスターを撃ちながら高速で回転し始めたのだ。直線的な砲撃が一瞬にして広域制圧型に変化した。
馬鹿みたいな威力を持つディバインバスターをまるでサーベルのように振り回す様はこの世のものとは思えないほど暴力に満ち満ちている。そんなものにガジェットが耐えられるはずもなく、一瞬にしてそれらは単なる金属塊へと変身を遂げた。
一方的なジェノサイド・ショーを見せ付けられたクアットロは正に怒髪天を衝くといった様子で、トレードマークのお下げ髪を重力に逆らわせていた。
ガジェットが壊されたことにではない。連中が自分の思う通り踊ってくれなかったことに腹が立っているのだ。
「折角私の完全なショーを!」
彼女はひとしきり髪をかきむしるとどうにか冷静さを取り戻し、後はディエチちゃんがなんとかしてくれるわ、と言い聞かせた。
「こんな危険なところ、早いところスタコラサッサだわ」
そう一人ごちると彼女の姿は雲の狭間に消えていった。
「フェイトちゃーん」
そのようなクアットロの存在など露も知らず、なのはは急に見えなくなったフェイトの名前を呼んでいた。しばらくすると下から「なのはー」と呼ぶ声が聞こえ、下を見るとボロボロのバリアジャケットに身を包んで波間に仰向けにプカプカと浮かぶフェイトの姿があった。
「あっ、大丈夫そうだね?」
「なのはは、生きていれば何でも大丈夫だと思う節があるよね」
フェイトは突然のなのは大乱舞に巻き込まれてディバインバスターを喰らったのだ。幸いにして咄嗟にプロテクションを展開したため死にはしなかったが、十年前にSLBに飲み込まれて以来の恐怖体験だった。
「きっと良いことあるよ」
「ホント、そう願いたいよ」
「それじゃ、私は例の女の子の方へ行くから」
なのははそう言うと波間のフェイトにビシッと敬礼をして、猛スピードでその空域を去っていった。
その後はやてが来るまでの数分間、フェイトは波間を漂い続けた。
※
ディエチは廃棄都市の一角にある廃ビルの屋上から遥か彼方をユラユラと飛行するヘリコプターをはっきりと捉えていた。彼女の『目』は望遠カメラとなっており、遠くの物もはっきりと見える千里眼なのだ。
「クアットロは、砲撃程度じゃ死なないと言っていたが……」
彼女は肩に担いでいた相棒の超遠距離狙撃砲『イノーメスカノン』を膝立ちで構えると照準器と自身の『目』を同調させた。彼女の視界には風速、気温、重力や太陽光線など様々な情報が映し出されており、その中心部分に目標を乗せたヘリコプターの姿があった。
「あまり気分の良いものではないな」
出来るだけヘリコプターの窓は見ないようにしていた。そこから人の顔を見てしまったら、きっと撃てなくなってしまう……。なんとも、情けないことだ。
「ドクターのため、落とさせて貰う……!」
彼女は口の中で呟くと砲口にエネルギーの集束を始めた。物理破壊型の超高出力である。そろそろ、奴さんもこれの存在に気が付くだろう。
しかし、もう遅い。
彼女は完全に砲の一部となって引き金を引いた。
放たれた圧縮魔力は一筋の巨大なビームとなって脆弱なヘリコプターに空気を切り裂きながら迫った。そして、発射から一秒と少し、砲撃は着弾し、爆煙の華が夏空に咲いた。
確実に撃墜した自信があった。
先程まであれほど嫌な気分だったのに、今は何ともない。都合のいいものだ。
彼女は改めてそのヘリの咲かせた爆煙の花を確かめようとした。
「……う!?」
しかし、彼女が見たものは元気に空を飛び続けるヘリの姿と、その目の前でプロテクションを張る白い魔導師の姿であった。
「バカな、クアットロが陽動してるんじゃないのか!?」
驚愕するディエチ。それとは対照的にヘリの前にいるなのはは「ホラーショー!」と叫びながら狂喜乱舞していた。
「実にホラーショー! 今日はなんという吉日だ! 全く経験はないが、きっとマルチックとのイン・アウトやドレンクロムをキメルのよりずっとずっとホラーショーだ!」
ヘリの中にいた操縦士のヴァイスや膝に例の女の子の頭を載せるシャマルはなのはの意味不明で過激な言動に唖然とする。そんなことはどこ吹く風といった調子で、なのはは遥か向こうで驚いているディエチを指差した。
「向こうで隠れてるデボチカはたっぷりフィリーしてアゲル!」
そう言うと彼女はストレンジ・ハートを構えて再び集束を始めた。ディバインバスターの構えである。
対するディエチも砲撃の構えを取った。ここで逃げ出すのは彼女のプライドが許さなかったのだ。
「ディバイィィィン! バスタァァァァァァ!」
「……
二人は集束砲を同時に放ち、それらは射線上の中心でぶつかり合った。ここからは完全な力比べである。
「くっ……何てパワー!」
ディエチは全身全霊をかけて押し返そうとした。しかし、先程の砲撃の影響もあり、完全なコンディションでなかったため、中々押し返すことが出来ない。
そんな中、彼女はよせばいいのにその超望遠で相手の顔色を窺った。
「!?」
言葉を失った。
相手は苦しむどころか余裕、いや、それ以上に快感を覚えている様子であったのだ。人と戦っているとは思えないその口からは少しヨダレが垂れており、ディエチは思わず、
「うわぁ、キモい」
と呟いてしまった。
それが、彼女の犯したミスだった。
砲の威力が拮抗する中、大切なのは集中力である。ディエチはその謎の好奇心のせいで集中力を一瞬だけ途切れさせてしまったのだ。
たかが一瞬。
されど一瞬。
拮抗が崩れた瞬間、なのはのディバインバスターはディエチの魔力砲をみるみる飲み込んでいき、最後にはディエチ自身もその光の渦の中に飲み込んだ。
「光がっ……ウアゥッ!?」
彼女の悲鳴はそこまでで、光に飲まれた彼女は奥にあるビルに叩きつけられた。
目標が完全に伸びたことを確認するとなのはは口の涎を拭い、「一名確保」と報告した。
つづく
なのはさんの意味不明言語は「時計じかけのオレンジ」でお馴染みのナッドサット語です。
誤字脱字、その他質問などがあれば是非下さいませ。作者が喜びます。